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 全てが合致する。
 わざわざあてつけのように結婚報告の葉書を持って来たのも、自棄酒の道連れにとひっぱった手を振り払わなかったのも、俺のくだらない泣き言を聞き続けて帰ろうとしなかったのも、そのちっさいコミュニケーション道具の向こう側、顔も見えない相手の為にわざわざ目を細め口角を吊り上げてやっているのも。
 彼は、自分の為にやっていただけにすぎない。

 ぎゅう、と胸が締め付けられた。気にも留めなかった自分を恥ずべきだ、とすら思った。いやその点は、彼の真意にもよるのだろうけれども。
「やめろよ」
 自然と縮んでしまった声で、言う。何か言ったかと目配せのみくれる瞳は、邪魔をするなと言っているようだった。ずきずきと痛む。
 俺だ。俺がいる。
「ファルコ、」
「あー、じゃあ、連れが騒いでっから切るわ。あ?」
 口の形を「あ」のままにして、向こうからの一言を受け取った彼は、眼を伏せた。寄ってしまった眉根に、まるで自嘲するような口元の笑みだ。

「オンナじゃねえよ、じゃあな」

 ぴ。



***


 しん、としていた。
 店内の客入れはそこそこで、酔いどれの下品な笑い声や罵声のような騒ぎ声は、傍からみればきっとけたたましかったのだろうけれども、俺とファルコだけは、遮音性に優れた柔らかなカプセルの中に居るようだった。
 電源ボタンに当てられた親指が、不安定に揺らめいているのは錯覚だ。ぐらりぐらりと覚束ない意識があるのは確かだから、きっと不安定に揺らめいているのはどちらかというと俺の方だろう。むしろ彼は全ての現実を目の当たりにして、受け止めた上で、それでもまだしっかりと仁王立ち出来ているかのようにさえ見えた。椅子に座ってるっていうのに。
「…おそろ?」
「ああ」

 ぼやかして言えばきっと伝わらないからと踏み切ってみたのに、どうしてこう言う時だけ察しがよいのだろう。ぎりぎりと痛んでいるのは、酒に焼かれた胃でも食道でもない。傷心者がふたりして、情けなく並んで、ならばお互い、自分のことだけに胸を痛めればよい筈なのではないのか。顔は、見ることができなかった。そこがラインだと思ってしまったのだから仕方ない。
「…スンマセンネー」
「は。謝んなよ、むしろ安心した」
 お前が飲みに出るぞと息巻いてくれて。続く言葉の柔らかさに、またもぎゅう、と音がする。



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あきゅろす。
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