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「頭がおかしくなる瞬間を覚えているか、ウルフ」
「…いいや。そもそもお前に俺の頭がおかしいこと前提で会話を切り出されること自体、不本意なんだがな」

 室内の空調システムはごうごうと唸りをあげて「私は頑張っていますよ」と主張しているようだった。私は「私は頑張っていますよ」と主張されることほど煩わしいことはないと考えているので、今すぐにでも無音のエア・コンディションを買うべきだとウルフに言った。彼は「無視をするな」と諫めたが別に怒ったわけではないようだ。何よりである。


***


 カタリナ前線基地の一画が襲撃されたとの報道が耳を突いた。ライラット全域に言い渡されたこの不穏な事件はそれなりに世間を騒がせた。ベノム側は、ウルフ・オドネルを祭り上げた。彼自身はその件について口を開くこともなければ、その件について訊ねられたところで無視を決め込むか、相手のみぞおちを殴りつけるかのどちらかで、せめてそれが前者のケースが多いのであれば「スターウルフの若き筆頭はひたすらに無愛想である」と言われるだけであるのに、彼は後者の割合が多すぎたものだから、気付けばその件について、彼に何かを言うものは失せていた。
 敬愛を知らない、少なくともアンドルフにそれを向けることはないという意思の表れだと言う者もあれば、彼はまだ縦社会、恐怖政治の恐ろしさを知らないのだと遠目から耳打ちしあう者もあり、ウルフはやはりどちらも無視を決め込むか、相手のみぞおちを(以下略)。

 おおかた。誰も彼を理解しては居ないのだ。
 「かくいう私は分かっていますが」と、言いたいわけではない。現に私は彼のことは書類と会話と視覚からの情報しか知らないのだ。私とて彼をほとんど理解していない。そもそも私と彼は別の世界で生きている。触れることも会話をすることも可能ではあるし、同じアンダーグラウンドでその身を置くことも共通していたりするのだけれども、その実、はっきりとした私からの線引きと、彼の作る間合いとの間そのものが、くっきりと異次元の線として見て取れた。ここが限度だと思われるところで会話を続けると、ものの5分で私は轢死してしまいそうだった。その限界に挑戦してみたりなどしていたのは、言うまでもない。



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