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 会話に割って入って来た人物の言葉遣いには、ミッドチルダで耳にすることのない特徴的な訛りが用いられていた。
 そんな奇妙な訛りで喋る人間など、ミッドチルダには彼女1人しかいないのではないだろうか。
 隣りのヴェロッサは肩をすくめて、カフカは彼女に配慮してタバコの火を消して振り返った。

「やっ、お久しぶりやね2人とも」

 女性と言うには、少しばかり足りない年頃。未だ少女の肩書きが相応しいような人間がそこにいた。
 親しげな調子で差し出された彼女の手に、カフカは首を傾げて応えた。

「誰だ? ロッサの知り合いか?」

「いや、ボクは知らないな」

 こちらのあんまりな挨拶に、彼女はムッと顔をしかめた。

「会ったのは、ほんの1ヶ月前やろが!」

「1ヶ月前……? オイ、ロッサ。1ヶ月前、オレたちはこんな美人にお目にかかったか?」

「いや、ボクは覚えてないな」

 ヴェロッサと共に悪ふざけを続けていると、不意に頭に叩かれたような軽い衝撃が走った。そして、間髪置かず頭上よりキンキンと甲高い声が。

「ひどいです! ふたりは、はやてちゃんのことを忘れたですか!?」

 一体何事だ、と視線を巡らせる。するとそこには、ぷんすかぴーっ、と怒る妖精の姿があった。手のひらサイズなのにもかかわらず、管理局の制服を着用しているのが何とも言えず可愛らしい。

「見ろよロッサ、ティンカーベルだぞ。きっとピーターパンが近くにいるはずだ、探してみよう」

「いいね。ネバーランドに連れて行ってもらおう」

「資金繰りが厳しくて閉園してないといいな」

 ヘラヘラと、ネバーランドに入園できる年齢をとうの昔に過ぎてしまったカフカは、同じくヴェロッサと共に笑う。
 妖精にはやてと呼ばれた少女は息を大きく吸い込むと、再び声を張り上げて2人の注意を引いた。

「は・や・て! はよ思い出して! 八神はやて! ほら、どう? 思い出した?」

 グイッと背伸びして、はやては顔を近づけてくる。
 なんの意識もせずにそういうことをする辺り、彼女もまだ子どもだということか。と、カフカははやての乱れた髪に指をやり顔を覗き込んだ。

「これがはやてだって? はやてはこんなに美人じゃなかったはずだ」

「ボクも驚いてる……言葉もない……」

「だから、ほんの1ヶ月前に会ったばっかりやろ!」

 顔に飛んだ唾を鬱陶しげに拭い、カフカは口を開いた。

「驚いた。はやては会うたびに綺麗になっていくな」

「たった1ヶ月やんか」

 呆れたようにそう口にしたはやてに、ヴェロッサは首を横に振って言った。

「なら、その1ヶ月の間に綺麗になったんだろう」

 彼のとびっきり爽やかな笑みに、はやては心底呆れて言葉もでないといったように首を振る。

「はいはい。2人のナンパの手口はわかったから、はよ仕事させてな」

 そして、アスファルトに横たえられた男の方へと足を向けた。
 彼女は男の側にしゃがみこむと黙祷を捧げ、共にやって来た医療関係者に運ぶように言い付ける。
 担架に乗せられ、露わになった男の姿に顔を背けることなく見送ると、はやては残されたカフカの血塗れのスーツを手に取り、立ち上がって言った。

「わたしが調べなあかんのは、カフカ君とロッサの捕縛方法に間違いがなかったか、っていうことなんやけど……」

「質量兵器の入手ルートについては?」

 こちらが提示したその問いかけに、はやては首を横に振って答えた。

「そういうのは、わたしみたいな下っ端にやらせてくれる仕事と違うんよ」

「同じ下っ端でもえらく違うもんだな」

 と、カフカは同意を示すようにヴェロッサに笑いかけた。
 ヴェロッサはまったくだ、とばかりにため息を吐き出し頷いた。

「ボクらはこの後、男の“家捜”の方に行くよう指示が出てるんだ」

 家捜とは、家宅捜索のことだ。
 男は死んでしまったが、残された資料から別の犯罪者が明らかになるかもしれないということを考えれば、決して無駄な作業ではない。

「あー、ほんなら早速やってしまおうか」

 咳払いをひとつ入れ、はやては顔を真面目なものに変えて口を開いた。

「当時の相手の心理状態はわからんけど、相手が自殺という選択をとったほどに、2人は彼を追い詰めていたのかもしれん。追跡方法に何か問題はなかったん?」

「こちらが追い掛ける以上、相手にプレッシャーがかかるのは仕方がないだろう? それに、本来査察官に戦闘スキルなんか求められちゃいない。あれ以上上手くやれと言われても、オレは無理だ」

 そう言ってから、カフカは男の逃走の経緯から、ここ空港の駐車場のやり取りまでの詳細を付け加えた。そして、いかに最良の方法だったかということも。
 だが、これは話さなかった。とびっきり上手くやれた方法が、ひとつだけあるということを。
 けれど、はやては思っていた以上に優秀なようだった。

「うーん……。でも、やれたんと違う? ロッサのレアスキルがあるやろ? それをフルに使えば、きっとできたと思うんよ」

 それなら確かに、可能だった。
 ヴェロッサのレアスキル“無限の猟犬”をフル活用すれば、男自身に知られることなく捕縛することが可能だっただろう。そしてその光景は、簡単に連想できる。
 10以上の猟犬を気づかれることなく男に近づかせ、手足の自由を奪い、地面に這い蹲らせ、罪状を告げるのだ。
 しかし、カフカははやての意見に首を振った。

「ダメだ。そんなことをすれば、オレもロッサも笑っちまう」

「笑っちまう?」

 はやては眉をひそめた。
 さすがにその言い方は不味い、といったようにヴェロッサが口を挟む。

「相手は局の人間だったけど、魔導師じゃなかった。だから、なるべくそういう方法を取りたくなかったんだよボクらは」

「それに、相手は質量兵器を保持してた。査察部のマニュアルに、質量兵器を有した人間と対峙した際についての項目は、存在しないのさ」

 ヴェロッサの言葉に、そう続けた。
 この一件。なにが悪いかと言えば、やはり査察官にこんな仕事をさせたことだろう。男が質量兵器を持ち出したところから、これは査察官の仕事ではなくなっていた。本来ならこれは、地上部隊の魔導師が飛んで来て然るべき事件だ。
 それがわかっているのか、はやては握り締めた血塗れのスーツに視線を落とした。

「仕方ないか……。査察官にそこまで求めるのも、酷っちゅーやつやね」

 ヴェロッサがそれに頷く。

「むしろ、民間人に被害が出なかったことを評価してほしいところだね」

「そこはさすがやね。管理局の人間が質量兵器……本当なら、えらい騒ぎになってもおかしなかったし」

 えらいですー、と頭を撫でてくるリィンを払いのけ、何気ない調子でカフカはそのことについて尋ねた。

「ソレは公表されるのか?」

「……されると思う?」

「さあ、オレは賢いから知らないな」

 ぽかんとした表情で首を傾げるリィンに、デコピンをしながら笑う。
 その言葉の意味を図り終えたのか、はやては疲れたようにため息を吐き出した。

「陸の連中が、早よ来てくれたらこんなことにはならへんかったのに……」

「身内だと、動きづらいんだと思うよ」

「そんなん関係あらへん」

 ヴェロッサの言葉に彼女は首を振る。

「管理局の存在意義を考えれば、そんなん言い訳にもならへんよ」

 彼女の若さからくる実直さに、カフカは思わず苦笑いを浮かべた。まるで自分が年寄りのようだと思いながら。
 不意に、はやては思い出したように頭を掻いた。

「……って、あかん。2人はこのあとも仕事やったね」

「ああ、だけど別にいいさ」

 カフカの顔が曇る。
 たった今目の前で死んだ男の家族に、平気な顔をして会えるほど自分はタフなハートの持ち主ではないのだ。少なくはない罪悪感を覚える上、おまけに嫌なことまで思い出す。
 けれど、仕事はしなければならない。

「スーツを返してくれ、はやて」

「ん? ああ、ごめん。これカフカ君のやったか」

 手を差し出したカフカに、はやては一度はそれを返そうとしたが、手を引っ込めて笑った。

「ええよ、わたしがクリーニング出しとくよ」

「血塗れのスーツを? 一体、店員になんて思われるだろうな」

「うーん……、普段から浮気を繰り返す男にとうとう切れた女が包丁で男をグサリと。そして証拠隠滅を図ってクリーニングに?」

 ふと、背中にビリビリと電気が走ったような、そんな嫌な予感をカフカは覚えた。なにか自分に対して非常に良くないことが起こりそうな……。そんな感覚だ。
 その直感に従って、はやてに遠慮の言葉を口にする。

「自分で出しとくよ。ほら」

「いや、ええって。わたしが出しとくよ。どうせまたすぐ会うことになるし」




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