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 過労だそうだ。
 慢性的な睡眠不足が原因なのではっきりとした病名などはないが、過労というところに落ち着くそうである。
 十分な休息と栄養をとることによって二三日ほどで戻ってくるそうなので、カフカも休むことにした。わざわざ見舞いに行くほどのことでもないし、なによりフェイト自らがこちらにも休むよう勧めてくれたためだ。
 だから今、カフカはここにいた。そこらじゅう染みの目立つ汚らしいバーに、ヴェロッサとともに。

「はやても心配してたよ」

「だろうな」

 小皿のナッツを摘むでもなくかき混ぜると、干からびた小蝿が目についたので、皿ごと隣のヴェロッサに寄せて香りの強いウィスキーに口をつける。

「キミがテスタロッサ執務官の足を引っ張っているせいじゃないかって」

 意地の悪い笑みとともに、彼はナッツを口に放り込んだ。

「なにせ廃墟とはいえ、ビルを吹っ飛ばしてくれたしね」

「早いな、もう知ってるのか」

 思ったよりも事が大きいのか、と少し驚く。

「気をつけてくれよ? べつに責めてるわけじゃないんだ。ただ、文句を言う口実には十分ってことさ」

「わかったよ、次はオレが粉々になる」

「ぜひそうしてくれ」

 ナッツに混じった小蝿を目にしたヴェロッサが、思い切り顔をしかめながらそう口にした。

「ボクはさっさと査察官に戻りたいんだ、キミが粉々になればそれを理由にして辞めてやる」

 自分が死ぬこととヴェロッサが査察官に戻ることを、いったいどういう具合に理由づけるのだろうか。
 というかそんなにも査察官に戻りたいのか。普段の働きぶりからいって、査察官という職業にそんなに熱を上げているようには見えないのだが。
 少し意外なものを見た、とカフカはタバコに火をつけて灰皿を手繰り寄せる。

「お前がそんなに自分の仕事が好きだったとは知らなかった」

「むしろ愛してる」

 そろそろ店を出た方がよさそうかもしれない。
 カフカは、椅子に引っ掛けたコートを手に取り腰を上げる。

「言っておくが、ボクは本気だ。査察官はボクが初めて自らの意志で決めた道だし、天職であると思ってる。愛着もあるしね」

「言葉だけならなんとでも言えるさ、でもそれだけじゃ女に逃げられる」

 くり返すようであるが、普段のヴェロッサの働きぶりからはとてもそれが窺えなかった。

「確かに、ボクはいいかげんだったかもしれない。けど、真剣だった」

「この酔っぱらいに水を一杯やってくれ」

 バーテンダーにそう言って、タバコの灰を落とす。
 ヴェロッサは黙って水を受け取りそれを飲みほすと、仕切り直しとばかりにこちらへ向き直った。

「結局なにが言いたいかって? そうだね――」

「ちょっと待ってくれ、通信が入った」

 通信機を取り出し、誰からなのかを確認する。
 それでようやくわかった。

「店を出た方がいい、はやてからだ」

「ああ、そうだね、そうしよう……少しトイレに行ってくるよ」

 こちらに急な休みが入ったからといって、ヴェロッサまで休みというわけではなかったのだろう。おそらく無断で抜け出してきたなりしたに違いない。
 ヴェロッサがトイレに行くのを見送って、カフカは通信に応じた。

「ロッサおる?」

 えらく不機嫌な表情のはやては、開口一番そう言って、画面の向こうからこちらを覗きこむかのように顔を近づけてくる。

「ヴェロッサ?」

「あのアホ、仕事ほっぽりだして逃げたんよ……で、そこにおるんと違う?」

「いや、いないな」

 ヴェロッサの分のグラスをはやての死角になるよう動かし、ひらひらと手を振ってみせる。
 けれど、彼女の方はまるではなっから信じていないようである。

「お酒飲んでるみたいやけど、ほんまにカフカ君一人?」

「ああ、一人だとも。なんならはやても来るといい。汚いバーにだって花くらいあってもいい」

「ふーん……じゃあ行くわ。わたしやなくザフィーラが、やけど」

 ゴン、という派手な音がトイレの方から聞こえてきた。
 その後、ヴェロッサをなかば引きずるような形でザフィーラが連れてくる。

「奇遇だな、いたなら声くらいかけてくれたっていいじゃないか。いったいどこで飲んでたんだ?」

「……トイレで飲んでいたんだ」

 ふてくされたような調子でヴェロッサは笑う。

「そうか、どうりで会わなかったわけだ」

「トイレの水はタダだしね」

「ああそうとも、はやく行けよ、クソ。さっさと仕事に戻れ」

「すまない、カサブランカス」

 ふさふさの耳をもつガタイのイイ男、ザフィーラが軽く頭を下げる。
 ヴォルケンリッターの一人である彼がわざわざ出向いて来るとは、はやてもよほど腹が立っていたのだろうか。

「こんな男でも優秀なのだ、いなくては主も困る」

「べ、べつにロッサなんかおらんでも困らへんわ! ほんのこれっぽちも困らへんわ! 嘘やない、おらん方が仕事はかどるくらいなんや!」

 画面の向こうで一気にそうまくしたてたはやてに、ヴェロッサはやれやれとばかりにわざとらしく肩をすくめて笑った。

「カフカ、ボクは仕事に戻るよ」

「そうするといい。けど、金は払っていけ」

 気前よく二人分の支払いを済ませてくれた彼は、そのまま機嫌よく店を出て行った。あの調子なら、二日くらいはちょっとした無茶でも聞いてくれるだろう。

「ちょろいもんやなあ、ロッサも」

 無茶を言うのはもちろん、未だ通信を切らずにせせら笑っているはやてだ。さすが将来の機動六課総部隊長は、人の動かし方を心得ている。けれど、

「ロッサもそこまでアホじゃないだろう」

 彼女がこうして笑っていることくらい気づいているはずだ。

「そんなんわかってるよ。わかっててロッサはこうして笑われてくれてるんやろうし」

 自嘲的にそう言って、はやては目を伏せる。

「あれでロッサも大人やしね」

「大人ねえ……」

 最も遠くに位置する言葉のような気がしてならないのは気のせいだろうか。

「カフカ君も大人や、と言いたいところなんやけど……。フェイトちゃんが具合悪うしとるとき、お酒飲んでる男の人を大人なんて言えへんしね……」

「そりゃそうだ」

「そもそも上司が倒れて部下がぴんぴんしとるって言うのは、いったいどういうわけなん?」

 こちらを非難するような彼女の視線を受け流し、カフカは肩をすくめてごまかす。こちらが本題だったかと思いながら。

「さあ、いったいどういうわけなのか……オレにもよくわからん」

「わからん、て……カフカ君はフェイトちゃんの部下やのに?」

「そもそも仕事量はそれほど変わらないはずなんだ。そっちはオレが足を引っ張っているんじゃないかと思ってるようだが、ここ最近のオレの働きっぷりと言ったら、そりゃもう目を見張るものがある」

「んー……それじゃあなんでなん? なんでカフカ君がそこでヘラヘラお酒飲んでて、フェイトちゃんが倒れなあかんの?」

「オレがヘラヘラしようが酒を飲もうが、そんなのは自由だろう」

 氷が小さくなったグラスを傾け、はやてのお望みどおりにヘラヘラ笑ってみせると、彼女は爪を噛みながらキツイ視線を寄こしてくれる。

「自由、やけど……腹立つ……。でも仕事量が変わらんって、それならますますわからんわ……、これはもうカフカ君の存在自体がフェイトちゃんのストレスになってるとしか……」

「酷い言い草だ。これなら素直にビルの下敷きになっておくべきだった」

「うそうそ、冗談や」

「そんなに気になるなら――」

「え?」

「そんなに気になるんなら、直接本人に聞けばいいだろう」

 そのほうが部下になって日が浅い自分に訊ねるよりも賢明である。
 結論は出たとばかりにカフカは通信を終えようとするが、はやてが口を開く方が早かった

「そんなん、無理。フェイトちゃんぜったいに話してくれん」

「友達じゃないのか?」

「友達やけど……フェイトちゃんは迷惑かけたない、って遠慮すると思うんよ。そういうの、あるやろ?」

 カフカは考えてみるが、いや考えるまでもなかった。
 なんと儚い友情か。せいぜいが、仕事をさぼってバーで飲んでいたことを庇ってやるくらいのものである。けれどそれすら自分になんの害もないからであり、そうでないなら売り渡している。

「いや、カフカ君とロッサにそんなん期待してもあかんかったわ……」

「そうでもない、オレにだってロッサに話せないことくらいある。たとえば奴がアシュレイに愛想を尽かされたのは、つまり、オレのせいだったってことさ」

 ああ言ってしまった、と罪を懺悔する敬虔な信者のようにカフカは顔を手のひらで覆う。

「うわあ、最悪、聞きたなかったわ……。というか、わたしとフェイトちゃんをそんなんと同列に扱ってほしくない」

「なんだ、違うのか」

「ぜんぜんちゃうわ!」

「オレには違いがわからないけどな」

 コートを手に取ってそろそろ通信を終えたい旨を示すが、はやては少し迷うように口をもごもごと動かす。

「悪いんやけど、カフカ君の方からもそれとなくさぐりを頼んでもいい? それと、ちゃうからね? カフカ君とロッサのそれとはちゃうからね? わたしとフェイトちゃんのそれはもっと神聖な――」

 カフカは通信を切った。

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