[携帯モード] [URL送信]
ページ:3

 自分のこめかみに銃を押し当てている男は、くたびれたような笑みを浮かべながら口を開いた。

「ずいぶん余裕なんだな、君は……」

「実はこいつがオモチャじゃないかって、祈ってるとこなんだ」

 こめかみの銃を指差す。

「試してみるかね?」

「いや、遠慮しとくよ」

 勘弁してくれ。
 カフカはうんざりしながら、神さまに会ったときにつく悪態のレパートリーを考える。なにせつい今し方まで追いかけていたはずの人間が、いつの間にか自分の車の後部座席にいて、なおかつ自分の頭に銃を突きつけているという状況なのだ。
 銃! そう、銃だ!
 銃はミッドチルダで使用はおろか、単純所持すら禁止されているはずである。

「不思議なものだ……」

 と、不意に男がそう口にした。

「君は魔導師かね?」

「ああ、そうだ……」

「どういう気分だね? 絶対的優位な立場にいたはずなのに、今こうして呆気なく覆された気分は」

 高笑いを堪えたような、今にも裏返りそうな忍び笑いが男の口から漏れた。
 今すぐシャツを脱いでさっさと嫌な汗をャワーで流しに行くべきだと、カフカにはわかっていた。けれど、それは今しばらく叶いそうにない。

「魔導師……! 私も憧れた。いつかは自分もああなりたいと、子どもの頃そう思っていた。空を飛び、地を駆け、悪を討つ。子どもが憧れない理由がなかったのだ」

「今からでも遅くないさ。夢と女の尻は、いつまでも追いかけるべきだ」

 どうやら自分には、ネゴシエーターの才能が無いらしい。こちらの言葉をまるで無視して男は続けた。

「だが、それも私に魔導師としての素養がないとわかるまでだった……」

「年下の女をモノにする才能はあったわけだ……」

「私は魔導師が妬ましかった……。しかし、若かった私は自分にこう言い聞かせ続けた『魔導師でなくとも人々を救うことができるじゃないか』とね」

「そうだな……アンタきっと、消防士にでもなるべきだったんだ」

「そうして私は管理局へと入局した。楽だったよ……とても簡単な道のりだった。私にとってそれは、造作もないことだった。私は頭も良かったし、しようと思えば愛想良く振る舞うことだってできた」

「それに、大抵の女と寝ることができた」

 それに答えることなく、まるで演説するかのような調子で男の言葉は熱を帯びてくる。

「そんな風だったから、私は割と早い内に出世することができた。魔導師でなくとも、管理局地上本部でそれなりの地位に上り詰めた」

 “それなり”の地位。
 カフカは、頭の中から男に関する情報を引っ張り出す。
 確か、男は最年少で今の地位に収まったはずだ。魔導師部隊を指揮してとある事件を解決してみせ、その実績が認められて、勲章と共にちょうど空きができたポストに収まったのだ。

「けれど、私の中の魔導師に対する羨望はいつまでたっても消えることなく、くすぶり続けた。ちょうどそこの消しそこねたタバコのように」

 男は灰皿から上る煙を指差した。あるいは“消えそこなった”タバコを。

「魔導師は、すなわち選ばれた人間と言い換えることができるかもしれない。私は選ばれはしなかった。持たざる側の人間だったのだ」

 チャッ、とこめかみに押し当てられた銃が音を鳴らした。

「ところがこいつはどうだ。この銃は、銃というものは。まさしく盲点だったよ。質量兵器など前時代的で野蛮な代物だと思っていたし、そう教えられてきた。他ならぬ訓練学校でだ!」

 荒くなった語尾につられて、車内の温度まで熱くなったような錯覚を覚える。
 カフカは薄い唇をさすりながら、軽く伏せた目を窓の外へと巡らせた。
 それに気づくことなく、男はクライマックスへとさしかかったように締めに入った。

「限りのある魔導師ではなく、誰もが使用することのできる質量兵器。ああ、確かに危険だろう。だが、それに目を瞑っても構わないくらい有益なものではないだろうか。平和を作るには、やはり暴力が必要なのだよ。それは歴史が物語っている。君も考えて―――」

「みるまでもない」

 そもそも質量兵器が禁止されているのは、それが誰にでも扱えるという危険性があるから。と、いうのはミッドチルダの常識であるが。逆に考えれば、選ばれた人間にしか扱うことができない魔法の優位性を保つためである、と言い換えることができるだろう。男の言葉も暗にそのようなことを物語っていた。

「今、なんと言った?」

「考えてみるまでもない、と言った」

「君は知らないだろうが、今君の頭に押し付けているこれは、君の頭を消し飛ばすくらい簡単にやってのける代物だ」

 グイッと、硬質な感触がこめかみにキツく押し付けられる。
 カフカはそれを鬱陶しげな眼差しで見やると、シニカルな笑みを浮かべた。

「その危険な思想と公金横領は、何か関係があるのか?」

 残念ながら、男の熱い言葉や崇高な理想など知ったことではない。自分は査察官なのだから。

「オレがゲシュタポじゃなくてよかったな。感謝してくれよ?」

 ニヤリと唇を歪ませ、体重を乗せたシートを後部座席に勢いよく倒す。
 男は片手に持った物騒なものに気を遣うあまり、バランスを崩して後部座席に背中を打ちつけた。しかし、その手から銃を離すことはない。
 カフカはレバーを引き上げシートを戻すと、再びシートを男に叩きつける。何度も何度も。
 男は無闇に引き金を引くことなく、両腕を交差させて、執拗に繰り返される攻撃を身を縮めて堪えている。
 狭い車内に2つの荒い息遣いが響き、熱を持ち始めた。
 これで最後だとばかりに、目一杯力を込めてシートを男に叩きつける。
 けれど、それより早く男は後部座席で身を横へ滑らせてシートを避けると、銃口をこちらへと向けた。

「終わりだ」

「―――アンタがな」

 その瞬間、車内に凶暴なうなり声と共に1頭の猟犬が飛び込んでくる。
 反射的に男の銃はそちらへと移るが、猟犬はそれを気にすることなく男を組伏せる。
 そして、とても魔力で作られたものとは思えないほどの生々しい牙が、男の腕にズブリと突き刺さった。

「あぁぁぁっ!?」

 悲鳴を上げながらも銃を取り落とさないのは流石だ、と口笛を吹いたカフカは、運転席にあるスイッチを押して後部座席の扉を開ける。すると猟犬は、いとも容易く男を車外へと引きずり出した。
 それを追って、カフカも待機状態のデバイスを引っ付かんで外へ出る。

「ヒヤヒヤしたね、まったく……」

 と、そこには車にもたれかかったヴェロッサが待っていた。
 その姿を認めると、カフカは懐から取り出したタバコに火をつけ、煙を吐き出して愚痴を漏らした。

「来るのが遅い。遅すぎだ。70も神に祈るヒマがあった」

「ボクの記憶が確かなら、キミは教会に行ったことはないはずだ」

「それに、ついでに頼んどいたキドニーパイの方がお前よりも早く届きそうだった」

「それは届かなくてなによりだ」

 ふうっ、とヴェロッサは息を吐き出して額の汗を拭った。
 どうやら彼なりに急いでくれたらしい。いつも涼しげなこの男の額には汗が、長い髪には少しの乱れが見受けられる。
 カフカは緊張感あるやり取りで凝り固まった肩をほぐし、鼻を鳴らした。

「まあいいさ。ともかくオレは生きてる。今日ばかりは寝る前に感謝の言葉を口にするとしよう」

「ボクに対してもそうしてくれ」

 その言葉に手を上げて応え、カフカは愛車の陰に隠れて様子を窺う。
 ヴェロッサによって人払いの魔法が使われているのか、駐車場に一般人の姿は見えない。
 そして時折聞こえる猟犬の息遣いと、ミッドチルダでは耳にすることのない発砲音。それらによって、昼過ぎの空港とは思えない異様な空間が作り出されていた。
 車の陰からひょっこりと顔を覗かせていたヴェロッサが、嬉しそうな顔で振り返った。

「まるでハリウッドだ。ほら、キミといつか観た映画だよ」

「ハリウッド? だったらこいつはオレの仕事じゃない。火薬と戦場が好きな、とびっきりタフなヤンキーを連れて来いよ。ナイフ一本で全部解決してくれる」

 ウンザリしたようにそう口にし、駐車場へ視線を巡らせる。
 何十頭もの猟犬に見つからずここを抜け出せるのは、せいぜいランボーくらいのものだろう。いや、もしかしたらランボーでも無理かもしれない。
 猟犬の放たれたこの場所は、すでにヴェロッサの手のひらの上なのだ。
 不意に、それまでヘラヘラとした笑みを浮かべていたヴェロッサが、一転して険しい表情で口を開いた。

「―――来る」



[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!