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 はたして保険は効くのだろうか、などという面倒な問題はさておき。
 カフカは車内に備え付けられているシガーライターでシケモクに火をつけ、苦い煙を朝焼けの空へと垂れ流す。
 夜は明けた。それなのに今だここに残っているのは、待っているからだ。

「あとどれくらいで来るって?」

「もうすぐで来ると思うよ、正確な場所をさっき教え―――ほら来た」

 赤い空を背に、3台のセダンが2台の大型トラックを引き連れる形でこちらへとやって来る。
 セダンはこちらに気づくと停車し、後ろのトラックもそれに続いた。そしてセダンから管理局地上部隊の制服を着た人間が3人降りてくる。
 その中に見知った人間がいることに気がついたカフカはタバコを灰皿に放り込んで手を上げるも、彼女はそれを無視してフェイトの前に立った。

「ご苦労さまです、テスタロッサ執務官。それで被害は?」

「周りの建物への被害はほとんどないと言っていいと思います」

 フェイトは敬礼の姿勢を取ってそう言った。

「周りの建物にはな」

 ポンポン、とボロボロになった愛車を叩く。
 またもや彼女はそれを無視するとメガネの弦を指先で叩き、部下らしき背後の人間に指示を出した。

「では、ガジェットの残骸を回収する作業に取りかかって下さい。できるだけ迅速に行動することが望ましいですが、周りの建物に被害がないか確認も怠らないように」

 彼女と喧嘩でもしたのだろうか。少なくともこちらにそんな覚えはない。最後に会ったとき、つい先日のことだが。そのときは仲むつまじくとまではいかないものの、それなりに会話をしていたはずだ。自分と、彼女オーリスは。
 わざとらしく肩をすくめるカフカに、フェイトは彼の袖を引いて小声で注意した。

「カサブランカス補佐、そのような行動は謹んで下さい」

「了解しました、テスタロッサ執務官」

 キリリと表情を引き締めて敬礼の姿勢を取ってみせると、彼女は笑いを堪えるかのように口をムズムズさせながらそっぽを向いた。

「どうかなされましたか? テスタロッサ執務官殿」

「や、やめて……にあっ、似合ってないから……」

 ぷしゅっ、と彼女の口から奇妙な音が漏れる。堪えきれなくなったらしかった。
 その音にオーリスの注意がこちらへと向く。彼女の視線は口を押さえて恥ずかしげに俯くフェイトからカフカへと移り、

「もうお帰りになっても結構ですよ? 後の始末はこちらで引き受けますので」

 冷たい視線でそんなことを口にしてくれる。
 皮肉のひとつでも言ってやろう、と口を開こうとしたそのとき。不意にフェイトの通信機器が音を鳴らした。

「すいません、ちょっと……」

 表示された通信先を目にした彼女は、そそくさとこの場から離れるように足早に立ち去った。
 タイミングを失い、口から出るはずだったとっておきはため息へと変わる。
 帰れと言うなら、大人しく帰ればいいだけのことだ。さっさと帰りたかったのだから。
 ところが運転席のドアに手をかけたところで、いきなりカフカの体を突き飛ばす人間がいた。
 弾き飛ばされふらつきながらそちらを見れば、自分を突き飛ばして運転席に乗り込んだフェイトの姿があるではないか。

「ごめんねカフカ君、コレ借りる」

「あ、オイ、待てよ!」

 慌てて運転席の窓、は叩くと割れそうな状態であるので、開閉レバーをガチャガチャと動かす。けれど、すでにロックされているらしくドアは開かない。
 ミッドチルダ製のものとは色々と勝手が違う運転席で彼女はなにやら唸り声を上げていたが、しばらくするとキーを回して笑った。

「うん、大丈夫。心配しないで、免許は一応持ってるから」

 ぶるり、とミニクーパーはその車体を震わせながら急発進して走り去って行く。
 飛び跳ねそうな勢いで去っていくそれを見送りながら、カフカは腕を広げて有り得ないと首を振る。

「……そういう問題じゃないだろ」

 検討違いもいいところである。
 一体自分はどうやってここから帰ればいいと言うのだ。タクシーでも拾って帰れと言うのか。捕まるはずないだろう、ここは工場だ。
 酷い脱力感に苛まれたカフカの背後より、オーリスが露ほどもそう思っていなさそうな言葉を投げかけた。

「お気の毒さま」

「本当にそう思ってるなら、どうかオレを送ってくれないかオーリス?」

 先ほどの彼女の態度から、これっぽっちも期待などしていなかったが。オーリスは仕方がないとばかりに頷いた。

「いいわ、私もあなたに聞きたいことがあったから」

「とてもそんな風には見えなかったな」

 そう言って肩をすくめる。
 果たしてこの中で一番身分が高そうな彼女が一足先に抜け出していいものなのか。という心配はいらなかったようで。

「ガジェットの残骸を回収するだけだもの。彼らが信じられないくらい無能ならともかく、さっさと終わらせるわ」

 停められたセダンの1台に乗り込み、自らのそれとは違うふかふかのシートに深くもたれかかる。
 さすがにイイ車に乗っている。カフカは満足げにシートを撫でながら笑った。

「これだけ座り心地がいいと、陸の連中の到着がいつだって遅れるのもわかる気がするな。なにせコイツはオレの尻を吸い付いて離してくれない」

 これくらいは別に言わせてもらっても構わないだろう。
 彼女はそんな皮肉にも眉ひとつ動かすことなく、黙ってシートベルトを締めてアクセルを踏み込んだ。
 その瞬間、まるでミキサーの中にでも放り込まれたように激しく揺れた車のせいで、体がシートから離れ浮いた。
 外から見たならばわかったことだろう。車はガシャンガシャンと破壊的な音を立てて、まるで痙攣するかのようにシェイクするばかりで、ちっとも前に進んではいないということに。
 わけがわからずパニック状態に陥ったカフカが言葉もなく運転席を見たなら、オーリスはズレたメガネを直しながら照れたように言った。

「普段、運転することがないから。あなたもベルトを締めたほうがいいわよ」

「……オーケー、どうやら口の締まりも見直した方がよさそうだな」

 うっかり彼女の気に喰わないようなことを口にして、またまたうっかり彼女がアクセルとブレーキでもまちがえようものなら。想像するだけでもゾッとする。
 できれば運転を代わりたかったが、

「私が運転するわ。だっていい機会だと、そうは思わない? たまには自分で運転しないと、いざという時に役に立たないもの」

 その“いざという時”に車に乗っているのが、どうか彼女1人であることを願うばかりである。
 ハンドルに張り付くようにして運転するオーリスは、聞きたいことがあると言いながらそれどころではないようだった。
 案外負けず嫌いな性格らしい。
 いや、彼女は負けず嫌いだったのだ。
 不意にカフカは思い出した。

「やっぱりお前は名キーパーだった」

「え?」

「顔面でシュートを止めたことを思い出したんだ。それでもお前は泣かなかった」


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