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薄暗い工業スペースを、ミニクーパーはゆっくりとしたスピードで行く。
幅広な道の両側には無個性な建物がずらりと並び、そのシャッターは全て降りている。
それぞれの建物は大きさから隣の建物までの距離まで、計ったように均一に統一されていた。
C区域は精密機械を作っているところらしいが、建物までも精密に作らなければならないのか。と、カフカは意味の無い悪態を欠伸と共にかみ殺す。
「ほら、怠けない」
すると助手席で気を張っていた上司に目敏くそれを叱りつけられてしまう。
彼女は既にバリアジャケットに身を包み、対ガジェットには準備万端だ。
カフカは彼女に適当な返事をして、自らも外へと視線を移す。外にはガジェット一匹どころか、虫さえ見えなかった―――それもこの30分間だ。
探査系の魔法が使えたなら話は早かった。けれど残念ながら彼女は『探査系の魔法はあんまり得意じゃないんだ……』と、照れたように言ってくれたのだ。
だったらいっそ空を飛んで探して来てくれ、と彼女の尻を助手席から蹴飛ばすわけにもいかない。
AAAランク程度の魔法を打ち消すことができるガジェット相手に、Sランク魔導師のフェイトが1人でデータを集めるよりも、AAランクの魔導師がいかにしてガジェットを倒すのかという方が、データ的には役に立つからだ。
カフカはため息を吐き出した。
狭い車内では大きく響いたそれにイラッとしたのか。フェイトは勢い良く振り返ってカフカを睨みつけた。
「……探査系の魔法が得意じゃなくて悪かったね」
「気にしなくていい、“AAランク”のオレはそんなもの使えやしない」
プライドを刺激するようなその言葉に、彼女はムスッと顔をしかめて再び助手席の窓に張り付いた。
このやり取りも何度めになるのか、もう忘れてしまった。少なくとも初めてでないことは確かだ。
「なあ、」
「なに?」
返ってきた声は短く、そして剣呑だ。
「応援を呼んだらどうだ?」
「ダメ、みんな忙しいから」
みんなというのは、六課設立に協力する彼女の知り合いだ。何人か名前くらいは聞いたことがある。
そして健気なことに彼女はそんな友だちを気づかって、応援を呼んではくれない。
このまま朝を迎えて工場の運営を遅らせてしまい、陸の連中に貸しを作ってしまうことのほうがよっぽど迷惑になるだろうに。とは、もちろん口にはしない。つい数時間前に執務室で色々と聞かされたばかりだからだ。
けれど、なにも彼女の大切な友だちとやらを呼ぶ必要はない。
「探し物が得意な奴を1人知ってる」
「え?」
聞いていなかった、ではなく。聞こえきた言葉を確認するかのようにフェイトは振り返った。
カフカはブレーキを踏んで、通信用のモニターを宙に出す。
「泣いて喜んでくれ」
「うん、うん!」
爛々と瞳を輝かせる彼女を横目に、カフカはモニターを操作する。
真夜中過ぎて明け方間近だからか、ややあってようやく通信は相手と繋がった。
「よう、ロッサ。モーニングコールだ」
笑顔を作ってモニターに手を振る。
眠気と疲労と不機嫌を通り越して殺意を入り混ぜた表情で、彼は通信に応じた。とても友人と会話するような表情ではない。親の敵にでも見せる表情だ。
『……やあおはようカフカ。いや、キミ流に言えば違うな。バッド・モーニング? それともファッキン・モーニングかな?』
「オイ、朝から下品な言葉を口にするな。レディもいるんだ」
と、隣りのフェイトを指差す。
自らの姿を見たヴェロッサの顔が打って変わって爽やかなものになったことに驚いたのか、彼女は肩をビクリとさせて頭を下げた。
「あ、おはようございます……」
『やあおはようお嬢さん。朝からキミみたいな美しいお嬢さんの顔が見られてボクは幸せだ。ついては、隣りにいるクソ野郎に言伝を頼みたい。ああ、心配ない。短くて簡単な言葉だ。たった一言なんだ。さあ、言うぞ? “死ね”どう? 覚えたかい? 覚えたね? よし、それじゃあさっそく隣りにいるクソ野郎にそれを伝えるんだ。キミの美しい顔をしかめさせるのは心が痛むが、どうかありったけの憎しみを込めて伝えてはくれないだろうか。それじゃあよい1日を』
こちらが何かを言い返す前に、ブツリと通信を切られる。
明け方少し前に叩き起こされるという相手の気持ちを酌んでも、やはり腹が立つ―――寝られるだけあちらの方がマシではないか!
ふつふつと湧き上がってくる理不尽な怒りを抑えるかのように、カフカは黙ってアクセルを踏んだ。
「ずいぶん、素敵な友だちだね……」
「友だち? たった今そうじゃなくなったさ」
同情の色を含んだような皮肉にそう返し、空けた窓から入ってくる風で火照った顔を冷やしながら、外に視線を移す。
けれど、目が冴えるほどのイライラは一向に収まらない。それどころか増すばかりだ。
「ねえ、それ止めて」
「なにが?」
「その、トントンってやるの」
どうやら知らず知らずのうちにハンドルの縁を指で叩いていたらしい。
こちらがハンドルを指で叩くのを止めると、彼女はまた黙って助手席の窓に張り付いた。
カフカは気紛れにカーステレオに手を伸ばし、スイッチを押す。すると耳障りなノイズが大音量で車内に鳴り響いた。
一瞬肩を震わせたフェイトは、すぐさま振り返ってカフカを睨みつけた。
「うるさいっ!」
「ラジオをつけようと思っただけだ」
「こんな明け方にラジオなんてやってるわけないでしょ?」
バカにしたようなその物言いに思わず頬が引きつるが、咳払いでそれを誤魔化してラジオを切る。
「そうだな、仕事をさっさと終わらせてたら聞けたかもしれない」
「……探査系の魔法が得意じゃないせいで仕事を長引かせて悪かったね」
「別にそんなこと言っちゃいないだろ? そう卑屈になるなよ。鬱陶しいからな」
そう言って鼻で笑うと、彼女はぷるぷると身を震わせながら呟いた。
「……別に使えないって言ってるわけじゃないんだからね? ただ得意じゃないってだけなんだからね?」
そこのところを勘違いしないように、とでも言うかのようにフェイトはカフカをジィッと睨み続けるも、カフカは肩をすくめて薄い笑みを浮かべるだけだ。
「なに、その笑い方は?」
「笑ってるように見えたか?」
「笑ってるよ」
「なら、可笑しいことがあったんだろ」
彼女の瞳が徐々に剣呑さを増して吊り上がっていく。16歳の少女と言えどもSランク魔導師とあって、妙な迫力があった。
なにやらただならぬ雰囲気を纏った彼女に、内心大人気なかったかと反省する。
けれど、こちらが謝罪の言葉を口にするよりも早く彼女は言った。
「証明してみせるよ、別に使えないってわけじゃないことを」
出現させたバルディッシュを狭い車内で握り締め、フェイトは息を大きく吐いて目を瞑る。 カフカは車を止め、サイドブレーキを引いて結果を待つ。上手くいったら褒めてやってもいいと思いながら。
どれくらいそうしていただろうか。ゆらゆらと立ち込める心地よい魔力に酔っていると、不意に彼女が目を見開いた。顔には先ほどとは打って変わって、晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいる。
「いたよカフカ君!」
「おお、さすがSランク魔導師!」
ハイタッチを交わし、続きを待つ。
フェイトはグッと拳を握り締め、まるで内緒話でもするかのようにカフカに顔を寄せた。
「位置はね……けっこう近いかも、近いかもカフカ君!」
「さすがSランク魔導師!」
再びハイタッチ。狭い車内に歓声が2つ上がる。
その瞬間、ガシャンという金属がひしゃげたような音と共に車が前後に激しく揺れた。
まるでケツを掘られたようなその衝撃に、シートごと前につんのめるフェイトを片腕で押さえながら、カフカはバックミラーを盗み見る。
ミラーには車の後ろに群がるガジェットが映っていた。後ろを振り返ってもその正確な数は把握できないが、いるのはミラーに映るものだけではないだろう。
「さっきのは取り消しだ。こんだけ近けりゃSランク魔導師じゃなくたってわかる」
「降りよう! 行くよカフカ君!」
「バカ言うな」
距離が近すぎる。
もう少し距離を取って態勢を立て直す必要があった。
カフカは一瞬躊躇するも、舌打ちと共にサイドブレーキを倒して車を後ろへと急発進させる。
車はボコボコとボディを凹ませる音を立てながらガジェットの群れを突き破り、逆に今度はこちらが背後を取る形となった。
ふらふらとぎこちない動作で漂うガジェットたちに向け、狙いもつけずに手に握ったデバイスの引き金を引く。
敵を捉えた感触は無かったが、隙を作りだせたならよかった。
「よし、降りるぞ」
窓から突き出した腕を引っ込め、フェイトと共に車から飛び出る。
パッと金色の閃光を咲かせながら彼女は即座に宙へ。カフカはそれを見送ると、車のドアを盾代わりにしながら牽制の誘導弾を撃ち込んでいく。
ドアを削り取ったガジェットのビームに顔を引っ込め、キラリと閃光が散った宙に向かって訊ねる。
「AMFは!?」
「まだ展開してない!」
その報告に カフカは薄い笑みを浮かべる。
握っていたデバイスを2丁へ増やし、立て続けに引き金を引いて牽制しつつ車の陰から飛び出す―――車を盾にして穴だらけにされるわけにはいかないのだ!
素速く滑り込んだ建物の陰に隠れ、あちらの様子を窺う。
ガジェットの数はおよそ20。敵の出鼻を挫くことができたため、そのほとんどがAMFも展開できず未だ地上にいた。
コンビネーションの想定通りならば、今が絶好のチャンスだと言える。
こちらが敵をかき回し、彼女がその機動力を持って一層するのだ。
敵を宙へと飛び立たせないように絶え間なく引き金を引きながら、カフカは念話で訊ねた。
「いけるか?」
『―――うん、いけるよ』
「よし、なら全部喰っちまえ」
銃口の先に出現した灰色の魔法陣が歯車のように噛み合い、そして弾けた。
夜の暗闇よりもほんの少しだけ明るい灰色の矢が空を覆い、それら全てがガジェットの下へと着弾する。狙いがいい加減で目くらましか弾幕にしかなっていないお粗末な代物だったが、それで十分だった。十分過ぎた。
それを合図に、待ってましたとばかりにフェイトは一筋の閃光となって地面へ降り立つ。
そこからの彼女は早かった。
金色の刃で暗闇に線を描き、討ち漏れたガジェットを瞬く間にガラクタへと変えていったのだ。
「よし、全機破壊」
彼女は額を拭って腕を伸ばす。
物を壊すという行為に反して美しくもあるそれに拍手を贈ると、カフカは見るも無残なお尻になってしまった愛車の下へと戻る。
「初めてがポークビッツじゃ、コイツも救われないな……」
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