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 その後、愛車はすぐにレッカー会社を呼んでいつも厄介になる修理会社まで運んでもらえるように手配した。地球産の車で、おまけに型が古いものだからしょっちゅう調子が悪くなってくれるのだ。人間で言うならば、掛かり付けのお医者様とでもいったところだろう。
 レッカーにかかる費用と修理会社から来た仮明細を細部に至るまでカフカは読み上げ、イヤイヤと耳を塞いで首を振るフェイトに聞かせた。
 そうしてひとしきり満足するまで文句を言った後、寝る前に再び仕事にとりかかった。ガジェットとの交戦データをまとめなければならないのだ。
 執務室にある簡易のメンテナンス機具からデバイスのデータを解析し、必要なものとそうでないものとに選りわけ、シュミレーションシステムを作り上げているシャーリーの下へと送るのである。解析するまでが機械の作業で、選りわけるのは実際に戦闘をこなした人間の手で行う。

「それにしても……」

 叩いていたキーボードから手を離し、フェイトはくるりと椅子を回してこちらに向く。

「今さらだけどカフカ君、地球生まれだったんだね。ほらミニクーパーって地球の車だしさ」

「いや、オレは違う」

 コーヒーを淹れるついでに換気扇の下で吸っていたはずのタバコの火を消して、思い出したようにサーバーからカップへコーヒーを注ぐ。

「あ、わたしもコーヒー欲しいな」

「ミルクがない。やめとけ」

「そんな子どもじゃないってば……」

 手に持ったコーヒーのうち片方を彼女に渡して、カフカは数日前までシャーリーのものだったデスクに腰を落ち着ける。
 机の上に置かれたモニターは未だ途中経過しか示していない。

「それじゃあさ」

「ん?」

 いったいなにが「それじゃあさ」なのか。カフカは口をつけていたカップを離して彼女を見る。

「カフカ君の知り合いか誰かが地球出身なの?」

「……ああ」

 さっきの続きか、と椅子の背にもたれる。

「父親が地球出身なんだ」

「へえ、そうなんだ」

「それで、いったいなんでそんなことが気になるんだ? 地球なんて惑星、ミッドじゃほとんど誰も知らないだろう?」

「そんなことないよ。ほら、いるでしょう? わたしの友だちに」

 そういえばそうだった。彼女の友人であるはやてとなのはは地球の生まれだった。どうやら寝不足のせいか、いまいち頭が働いてくれていないらしい。カフカは苦笑いを浮かべた。

「それにわたし自身、地球で暮らしてた時期があるからね」

「へえ……そいつはいいな、羨ましい。酒と音楽は地球のに限るっていつも言ってたからな」

「誰が?」

「親父が」

「カフカ君のお父さんは――」

「終わったぞ」

 データの解析を終えたことを告げるモニターを指差し、コーヒーに口をつける。
 そうしてしばらくはお互いが目の前の物事の処理に取り掛かる。コーヒーを啜る音とキーボードを叩く音、あくびとため息のみが聞こえる退屈な空間の出来上がりだ。
 はっきり言ってガジェットを直接相手にする方が楽だったとカフカは思うが、全ての人間がそうではない現状を変えるためにはこの面倒な作業も必要と言えよう。そう思えばなかなかやりがいのある仕事ではないだろうか、などと自分を鼓舞しようにも、残念ながら性根がそのような殊勝な人間ではないことは百も承知。ため息とあくびに舌打ちが混じる。

「休んでもいいよ」

 疲れた目元を揉むカフカに、フェイトはそっと告げた。

「そうだな、ここらでオレが上司の指示に従う真面目な部下だということをアピールしておくのもいいかもしれない」

「……それはそれで腹が立つ。大体わたしは“休んでもいいよ”と言っただけで、“休みなさい”とは言ってないよ」

 むすっとした顔で彼女は目を吊り上げる。寝不足と相まってなかなか凄味のある表情だ。

「そうか……なら聞き間違いだったな」

 そう言ってぬるくなったコーヒーを飲み干すと、再び仕事に取り掛かる。

「カフカ君……」

「出来のいい部下だろう?」

「その一言がなかったらね」



 ザーザーと流れる水の音でカフカは目を覚ました。時計を見れば、そろそろ深夜に差し掛かったところだろう。仕事を終えて眠りに着いてから、そう時間はたっていない。
 耳障りなその音に舌打ちをひとつ、

「閉めてきてくれないか?」

 しかし、隣のソファで眠っているはずのフェイトからはなんの返答もない。
 グリーンな心など別に持っていないカフカは、それでも自分の睡眠を妨げられたくない一心で蛇口を閉めに行くべくタオルケットを捲りあげた。
 靴を引っ掛け目を擦りながら音の出どころを探れば、灯りまで消し忘れていたらしいことに気がつく。どうやら簡易に備え付けられたバスルームがそれらふたつの原因らしい。

「水と空気と緑を大切にしない奴はみんな死ねばいい」

 この先二度と口にしないようなセリフと共に、カフカは灯りのついたバスルームへと踏み込んだ。
 開け放った扉からバスルームにこもった湿気と湯気がシャンプーの甘い香りと共にあふれ出てくる。そしてクリアになった視界の先に現れたのは、濡れそぼった長く美しい金糸のような髪と女性特有の丸みを帯びた下半身だった。

「え? ちょっ…………」

 体を隠すことも忘れてしまったかのような表情のフェイトを置き去りに、カフカはまるで点数でもつけるかのように彼女の体を眺め、素敵な提案があるとばかりに明るい口調で言った。

「スポンジを貸してくれたら、洗うのを手伝ってやってもいい」

「きゃあああああああああああっ!?」

 泡だらけのスポンジとシャワーの堅いヘッドがその返答だった。他に投げるものがないことに感謝しながらカフカは逃げ出す。
 この短くも騒がしいやり取りのせいで一気に目が覚めてしまった。アルコールでもあれば、とキッチンの棚を漁ってみてもそれらしいものは見当たらない。この部屋の主が未成年ということを考えれば当然なのだろうが。
 仕方なしにミネラルウォーターで喉を潤してテレビを見ながらうつらうつらしていると、しばらくして赤い顔をしたフェイトがこちらを睨みつけながらやって来る。もちろん今度は裸ではない。

「あのねカフカ君……兄さんはあなたを信頼してるからここに寄こしてくれたの。だからわたしもカフカ君を信用しているし、信頼したいと思ってる。でもね? さっきみたいなことされたらいくらなんでも……」

「アー……わざとじゃないんだ。覗きたくて覗いたわけじゃない」

 彼女の瞳が、その言葉が本当かどうなのかを確かめるかのように細められる。カフカは肩をすくめてそれを受け流し、ミネラルウォーターを彼女に寄こす。

「その証拠に、オレの紳士の領域はペナルティゾーンを越えちゃいないだろう?」

 自らの下半身に視線を向け、「ごらんのとおりだ」と言わんばかりの表情でフェイトを見返す。
 湯上りと思わぬ事故で赤かった彼女の顔は、熟れ頃のトマトのようにさらなる赤みを帯びる。そして一歩後ずさり、カフカの下半身を指差しながら吠えた。

「……し、紳士にあるまじき言動だよそれはっ!」

「とても残念なことに、そいつに口はついちゃいない。もしついてたならさっきの感想も聞けただろうけどな」

 その言葉に、フェイトの肩がビクッと露骨な反応を示す。

「き……、聞きたくなんてないからね。……ほんとだよ」

 16歳の少女をたぶらかしてお縄につきたくないカフカは、その言葉の追及もこれ以上の紳士的振る舞いもしない。

「それより……」

「え?」

 カフカはフェイトの顔を値踏みするようにじっくり見つめ、唐突に顔を顰める。

「な、なに?」

 彼女は両の手のひらで顔を覆い、指の隙間から戸惑うような眼差しを寄こす。

「どこか出かけるのか? 化粧なんてして」

「ちょっとね……」

「なるほど、デートか。つまりこれからやることやって泥のように眠るわけだ」

 健全な16歳じゃないか、と笑う。同時にこちらまで人恋しくなってくる。サリーは今夜暇だろうか。

「でも、その化粧は少し濃いんじゃないか? 補導されたくないのはわかるけどな……舞踏会にでも招待されたみたいだ」

「違うよ!」

「そうか、ならサイズの合ってないガラスの靴を忘れるなよ?」

「だから違うってば! これからシャーリーのところへデータを渡しに行くの!」

「わざわざ? 送ればいいだろう?」

「それは、直接話さなきゃいけないこともあるし……」

 別に隠さなくてもいいだろう、と口にすれば「違う!」と再び返ってくる。カフカはニヤニヤしながら彼女を送り出した。

「だから違うんだってば!」

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