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余裕を見せることは許されても、減らず口までは認めてはくれないらしい。
管理局の駐車場へと降り立ったカフカは、愛車の助手席のドアを開いて肩をすくめる。
「一体どうやって判別してるんだ? 似たようなものだろう?」
「笑みがこぼれるのが余裕。イラッとするのが減らず口!」
赤いミニクーパーの助手席に乗り込んだフェイトは、まるでカフカの手からひったくる様にして勢い良くドアを閉めた。
オンボロで所々錆まで浮き出ているミニは、まるで不満でも口にするかのようにギシギシと不吉な音を鳴らす。
「オイ、あんまり乱暴にしないでくれ。コイツは持ち主と一緒でデリケートなんだ」
運転席に乗り込み、差し込んだキーを都合3回ほど回してエンジンをかける。愛車は今夜も絶好調だ。
「早く出して!」
「ああわかったよ、わかったさ。でもシートベルトが先だ。そいつを締めな嬢ちゃん。さもないと天国の扉をアタマでノックする羽目になる」
コンコン、とフロントガラスを小突く。
フェイトは引っ張り出したシートベルトを締めて、「これでいい?」とカフカに視線を寄越した。
「ああ、それでいい」
「よし、それじゃあ行こう!」
「まだだ」
「どうして?」
「行き先も現場の状況もオレは聞いちゃいない」
彼女は空飛ぶ魔導師だから、現場には飛んで行くことが多いのだろうが。自分はそうではない。
彼女は数々の戦闘をこなしてきた歴戦の魔導師なのかもしれないが、自分はそうではない。
自分は情報を武器にし、地面を這い蹲りながら生きる査察官なのだ。
「その場で全てを判断できるほど、オレは器用じゃない。だから知る必要がある。進んだ先がクソの中だったなんてのはまっぴらだ」
「……うん、そうだね。ごめん」
跳ねた髪を撫でつけながら彼女は瞳を伏せる。
その素直に謝りを入れる様などは、なんともいじらしく。こちらに被があるようにさえ思えてしまう。
「別にいいさ。謝罪の言葉は花束と一緒に冷たい石の上に置いてくれたらな」
こんなときでさえ出るのが、まるで追い打ちをかけるような憎たらしい皮肉だと言うのだから、自分でもほとほと呆れてしまう。
普段隣にいるのがヴェロッサだからか、それとも自分勝手なガールフレンドだからなのか。つい普段の調子で話すのだが、そのたびに彼女はそうではないと思い返してしまうのだ。 ほんの少しの罪悪感に苛まれたカフカが窓の外へと視線を外していると、助手席からはクスクスと忍び笑いが漏れ出した。
「カフカ君の皮肉は、ミッドチルダじゃわかりにくいよ」
「おかげでコミュニケーションはいつだって円滑さ」
別に罪悪感など感じる必要はない、ということがわかり、カフカは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「ごめんごめん……、えっと……行き先を先に言うから、現場の状況は道すがらにね?」
「ああそうしてくれ。このままじゃ夜が明ける」
アクセルを踏んで、閑散とした駐車場を後にする。
時刻は午前2時だが、通りを走る車の数は昼間とそう変わりはない。むしろ、一般車両の代わりにトラックの数が多い分込み合っているようにも見受けられる。
けれど、それはクラナガンへと入ってくる道路だ。市街地へと向かう道を行くミニクーパーは、そんなトラックの群れをあざ笑うかのように軽快なスピードで走る。
「ガジェットが発生したのは、クラナガンの市街地。工業スペースの一画みたい」
「工業スペース?」
それがどんな場所なのか、パッと頭に浮かんでは来ない。クラナガンに住んでいながら、そのような場所があることすら今まで忘れていたくらいだ。
「うん、工業スペース。海沿いにあるでしょ?」
と、まるで当たり前のような調子で言われても、クラナガン生まれクラナガン育ちのシティーボーイカフカは、曖昧に頷く他ない。
フェイトは目を細めながらジィッとカフカを睨んだ。
「もしかして、知らない?」
「ああ……悪いね、確かそんなものがあったようなことは覚えてるんだが……」
仕方ないなあ、とばかりにフェイトはため息を吐き出す。
「海沿いに工場が沢山あるでしょう? あれがクラナガンの工業スペースなの」
「ア―………」
「どう? 思い出した?」
「なんとかな」
工業地帯というものは大抵海沿いにあるものだ。ぼんやりとだが、その風景は浮かんでくる。
そこにガジェットが出現したなれば、今の時刻を考えて一般人の被害はあまり気にしなくてもよさそうだ。
「現場には無人とは言え稼働してる工場もあるから、建物の被害を最小限に抑えること」
「なるほどね……」
そっちの方が神経を使いそうだ、とカフカは笑いながらハンドルを切る。
「現場は比較的遮蔽物が多い空間だから……いけるね?」
「オレはやりやすいな」
圧倒的な力のあるフェイトはともかくとして。射撃に特化していて、かつ空戦のできない魔導師には、遮蔽物の多い空間は動きやすい。
「いい? 早速だけど、ちゃんと訓練どおりに動くんだよ?」
「ああ、わかってる」
あくびをひとつかみ殺し、“この先クラナガン工業スペース”と書かれたシティエンドの看板のとおりに、ハンドルをそちらへ切る。
しばらく道沿いを照らすオレンジの明かりに従って車を走らせていると、突如として目の前の暗がりに無機質な建物群が現れる。どうやら暗いせいで急に現れて見えたようだ。
工業用の建物というのは、いささか冷たい印象を受けるものが多いが、夜に見ればその印象は更に迫力を増す。なおかつ、時折地面の底から響いてくるような機械の稼働音までするのだから、冷たさを通り越して気味が悪い。
普段はトラックが行き交う工業スペースの出入り口、その案内板の前でミニクーパーは停まった。
どうやら工業スペースはきちんと分けられているらしく。出入り口を境として、それぞれA〜Gまである区間へ向かう仕組みとなっているようだった。そしてそれぞれの区間の広さは、ハッキリ言ってウンザリするほどだ。
ハンドルに腕を持たせながら、カフカは助手席の彼女に訊ねた。
「どの区間だ?」
「最初に確認されたのはC区間みたい」
「C……Cねえ……」
空を飛びながら移動するガジェットは、果たして一カ所に留まっているものなのだろうか。目的がわかっていれば多少は動けるというものなのだが。
と、そこでガジェットの基本的な習性を思い出す。
「ガジェットは、あれだろう? ほら、アレが大好物なんだろう?」
「ロストロギア」
「そう、それだ。それに釣られて出てくるんだろう?」
「工業スペースにロストロギアがあると思う?」
あるわけがない。
ではなぜガジェットは工業スペースなどに出現したのか。
ガジェットの後ろには組織がある、という管理局の読みどおりならばそこには目的があるはずだ。けれど、残念ながら今のところそれはわかっていない。稼働テストだという説が有力だ。
それを知るのも仕事のうちに含まれているのだろうか、とカフカは助手席の彼女を窺う。
「ガジェットの目的は分からないけど、データを集めていくうちにそれが明らかになるかもしれない……。だから、行こうか」
励ますような笑みと共に、彼女は案内板のC区間を指差す。
年下の人間にそんな顔をされたら、こちらは頷く他ない。
カフカは灰皿からシケモクを漁って口にくわえると、減らず口を叩く代わりにアクセルを踏んだ。
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