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 上司を怒らせてばかりの自分は、なんてダメな補佐なのだろう。と、これっぽっちも思っていないカフカは、ムッとした表情を崩さないフェイトに連れられて訓練場へと来ていた。
 確かコンビネーションの確認も訓練に含まれていたはずだが。どうやらそれは出だしから躓いてしまったらしく、現在シミュレーターの設定を行う彼女の背中からは、絶対に話しかけるなという怒りが感じられる。
 だが、カフカはそれを無視した。

「最後に訓練なんてしたのはいつだったかな……」

 返事はないが、ただのしかばねのようであるわけはないので言葉を続ける。

「そういやオレがキミくらいの歳、1度だけクロノと模擬戦をやった覚えがある」

 なにがキッカケだっただろう。自分からそんなことを言い出すわけないので、きっとクロノからの提案には違いなかった。

「完敗だったね。オレはまるで手も足も出なかった。伊達にあの若さで提督になった男は、やっぱり違う」

 やはり彼女からの返事はないが、ざまあみろと思っているのはこちらに伝わってくる。

「その後、ご機嫌なクロノがまさかあんなことを言い出すとは……」

 思いもよらなかった、と言葉を終えたカフカは、晴れ渡る空へと視線を移した。
 フェイトがモニターを操作する音と鳥の鳴き声が、唐突に終わった言葉によって空いたスペースを埋めていく。
 ムズムズする終わり方に堪えきれなかったのか、彼女はモニターを操作する手を休めて振り返った。

「な、なにがあったの?」

「なんだ知りたいのか?」

「当たり前だよ! あんなに気になる終わり方されたら、誰だって気になるに決まってる!」

 うーん、とカフカはわざとらしく勿体ぶる様子で腕を組んだ。

「わたしは妹だから、その話の続きを聞く権利がある」

「オレは友人だから、その話の続きを言わなくてもいい権利がある」

 ジィッと、見つめ合いが続く。
 しばらくして折れたのはカフカの方だった。

「わかった話そう」

「やった、それで兄さんはなんて言い出したの?」

「昼食を取りにいかないか、って言い出したのさ」

 それだけ? と、フェイトはまばたきして間抜けな顔を晒したので「それだけだ」と頷いてやる。
 耳を赤く染めた彼女の顔に血が上っていくのがよくわかる。だが、彼女は怒鳴り散らすようなことはせず、振り返って作業を再開し始めた。先ほどよりもモニターを操作する手は乱暴だ。

「この話からオレがキミに言いたいことは、つまりこうだ。この後一緒に昼食でもいかがですかお嬢さん、と」

「回りくどいっ!」

 出だしから躓いていたコンビネーションは、ここへきてとうとう破綻したようだった。
 けれど、悪ふざけもここまでだ。
 スーツからバリアジャケットへとその姿を変えたカフカの目の前、距離にして7メートルほどの地点に、魔導師の射撃訓練に用いることが多い丸いスフィアがひとつ浮かんでいる。魔導師に星の数ほど撃ち落とされてきたであろうそれは今、魔導師泣かせのバリアを張って生まれ変わっていた。
 同じくバリアジャケットへとその姿を変えたフェイトが、カフカの隣りに並んでそのスフィアへデバイスを向けるが、やれるもんならやってみろとでも言うかのようにスフィアはふわふわと浮かぶばかりだ。

「まずは、AMFがどういうものかを認識した方がいいかな」

「魔法を打ち消す、と聞いたことがある」

「うん、ただその効果がどの程度のものなのかって言うと……」

 例えば、と前置きして放たれた彼女の誘導弾が金色の尾を引いてスフィアへ直撃する。それなりの威力を伴っていたであろう誘導弾は、派手に土煙をも巻き上げたが、現れたスフィアは依然として宙に浮かんでいた。

「AAAランクに相当する程度の魔法なら、AMFに打ち消されてしまうの。まあ、このシミュレーションは急遽シャーリーに作ってもらった物で、本物には及ばない未完成のものなんだけどね。見た目もスフィアだし、動きの再現度もそれほど高くないんだ。だから、これから頑張ってデータを集めよう」

 話を元に戻すよ、とフェイトは言葉を続ける。

「AMFを発動させた対象に、魔法を使った攻撃が通じないというわけじゃないの。例えばこんな抜け道も存在する」

 パッと、金色の花が咲くように魔法陣が彼女の足下に展開し。パチパチと耳を塞ぎたくなるような音が辺りに鳴ったと思った次の瞬間、スフィアの頭上に稲光がチラつき一筋の細い雷が落ちた。

「今の雷は魔法で作ったものなんだけど、雷自体は魔法じゃない。だから……ほらね?」

「なるほど……」

 土煙が晴れるのを確認するまでもなく、スフィアはその姿を消していた。

「ここで気をつけて欲しいのは、ある程度対象と距離を取って魔法を行使するということ。AMFの発生範囲内では、移動に行使している魔法も効果は減退するし、長くその場に止まればやがて打ち消される。ましてAMFの発生範囲内で新たに魔法を行使することは、よほど自力で魔力を練るのが上手くなければ不可能だから」

 残念ながら、そんな特殊技能があれば査察官などやっていない。

「ランクAAのオレが上手く立ち回るには、やっぱりあれか?」

「うん、AMFを発動される前に叩くのが一番だね」

 お手並み拝見、とでも言うかのように。フェイトが宙に展開させたモニターのキーを叩くと、あらかじめ設定しておいたのだろうか。規則性のない配置で、訓練場のあちこちにスフィアが出現する。
 それらのスフィアを、カフカはすぐさま頭の中で篩に掛ける。自分の技術で撃ち落とせるものと、そうでないものとに。
 けれどのんびり考えている時間はない。じきにスフィアがAMFを展開し始めるからだ。
 いつもは1丁の銃型のデバイスを2丁へ増やし。それらを前方へと構えたカフカは、特に狙いもつけずに引き金を引いた。
 ピストルには釣り合わない重い音と共に銃口の先から飛び出た矢は、まるで散弾銃のように辺りをカフカの魔力光である灰色へと塗りつぶしていく。絨毯爆撃にも似たそれは、けれど、それぞれが意志を持ったかのように的確にスフィアを破壊していった。
 体から抜けた魔力の代わりにやって来た軽い倦怠感を無視し、カフカは走り出す。魔力を用いた高速な移動は、どちらかと言えば跳ぶに近かったが。
 そうして自らが巻き上げた土煙の中をカフカは突き抜け、射撃での破壊を諦めていたスフィアへと迫る。離れた位置に配置されていたそれらスフィアは、もうすでにAMFを展開してカフカを待ち構えていた。
 けれど、AMFの発生範囲内では魔法の行使が不可能ということならば、あらかじめ魔法を作っておけばいいだけのことである。
 2つの銃口の先から灰色の魔力で編まれた刃が牙を向いた。


「お疲れさま、思った以上に戦えるみたいで安心したよ」

「サンダンス・キッドみたいだったろ?」

 クルクルと銃を回しながら笑うと、フェイトに肩を竦めて苦笑いを返された。

「最初の判断の速さはそう言えるかもしれないけど……。最後の魔力刃を使った戦いは、まるでジャック・ザ・リッパーだったよ」

 なるほど、確かにそう言えるかもしれない。魔力刃の大きさや切れ味は、AMFの効果によって徐々に小さく鈍いものへと変えられていってしまうのだ。だから、行動は迅速かつ的確でなければならない。人目につきやすい場所で極めて迅速に、なおかつ解剖学に精通しているのではないかと言われるほどの的確さを持っていた殺人鬼、切り裂きジャックのように。
 だが、カフカは顔をしかめて言った。

「これからメシを食うんだ。リッパーの話なんか止めてくれ」

「忘れてない? 次はコンビネーションの確認をするからね?」


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あきゅろす。
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