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 ぷんすかぴーっ、と忙しい上司を横目にカフカはソファから立ち上がって、執務室に備え付けられていたシンクへと足を運ぶ。そう広くはないスペースだが、お茶を淹れたりするには十分過ぎるくらいだろう設備が整っている。ゆで卵ひとつ作れない人間にはよくわからないが。
 カフカは換気扇のスイッチを押すとシンクにもたれ掛かって、未だ慌ただしく動き回っているフェイトの姿を眺める。
 彼女は躓いたりしゃがんでみたり。そんな可愛らしい姿を目にすると、執務官と言ってもやはり16歳の少女なのだなと思えた。ふと、自分が16の時ははたしてどうだっただろうと考えてみるが、思い出されるのが女の尻だけではないことは確かだったので、カフカはすぐさま思考を打ち切った。
 そして再び視線を年下の上司へと戻す。
 彼女はひと仕事やり遂げたような清々しい顔で、ソファに腰を落ち着けて休んでいる。なんだか今にも鼻歌を歌い出しそうな表情だ。動き回っているうちに、自分が何をしようとしていたのか忘れてしまったのだろうか。
 タバコを吸い終えたカフカが向かい側へ腰を下ろすと、案の定フェイトはハッとしたかのように再び立ち上がろうとした。

「タバコ……ッ!」

「シンクで火を消してゴミ箱に放り込んでおいたさ」

「そう……」

 急に恥ずかしくなったように目を泳がせ、彼女は誤魔化すように俯く。だが、どうして自分がこんな思いにならねばいけないのだと気がついたのか、顔を上げカフカを睨みつけて言った。

「この部屋での喫煙は禁止します」

「わかった、そうしよう。オレもそうしたほうがイイと思ってたんだ。タバコに火をつけるたびキミが走り回るんじゃ、オレも落ち着いて吸ってられないからな」

 鼻を鳴らしてそう口にすると、彼女は“ぷんすかぴーっ”の“ぷんすか”辺りまでいきかけたように腰を軽く浮かせたが、堪えたように腰を下ろして別の話を切り出した。

「……仕事の話をします」

「待ってました」

 絶対にウソだ、と彼女の視線はそう物語っているが、カフカはまるで気にすることなく続きを待つ。

「六課設立までの間、執務官補佐を抜けたシャーリーの代わりをカフカ君には勤めてもらいます。けど、執務官補佐本来の仕事はしなくてもいい。というより、する必要はないんだ。わたしたちの目標は機動六課設立、今日から3年間はその準備をすることになる」

「執務官が自分の好き勝手に動いていいのか?」

 そう口にすると、フェイトは少し笑って言葉を続けた。

「厳密に言えば、わたしとカフカ君がするのは執務官の仕事でもあるんだけどね……。ガジェットって知ってる?」

「いちおうは」

 正体不明、けれど、管理局に敵対する組織が作ったと思われる魔導兵器だ。魔法の効力を無効にする、あるいは弱める効果のある能力を有していることから、魔導師の天敵だと言われている。その魔導兵器のバックにあるのが組織だと思われているのは、ガジェットの出没数と出没地域が多いからである。

「で、そのガジェットがどうしたんだ?」

 シャーリーから聞いていたが、ここは彼女と目の前の上司の顔を立てるために敢えてそう訊ねた。

「機動六課で使用することになる仮想シミュレーターのために、可能な限りそのガジェットに接触してデータを集めます」

「可能な限り……ね」

 いくらガジェットの出没数が多いからと言っても、そう毎日ホイホイと現れてくれるのではない。そんな考えを見透かしたかのように、フェイトは言った。

「ガジェットの詳しい正体やバックグラウンドがわかっていない今、ガジェットの戦闘はなるべく高位の魔導師に回ってくることになってるの。例えば、航空魔導部隊のエースや執務官なんかにね」

「なるほど、だから執務官の仕事の内でもあるわけだ」

「そう。それに航空魔導部隊には、共に六課設立を目指すわたしの知り合いがいる。ガジェットが出没したら、応援要請という名目で連絡がくる手筈になってるんだ」

 ずいぶんと手回しが出来上がっている。これならば効率良くガジェットのデータを集めることが可能かもしれない。だが、

「オレはあの空飛ぶソーセージ共と戦ったことがない。焼いた方が美味いのか、それとも茹でた方がイケるのか知らないってことだ」

「うーん……わたしは数が少なければ大抵ちょん斬るかな?」

 こんな風に、と手に持った何かを振る動作をしてみせたフェイトに、カフカは思わず身震いしながら言った。

「怖ろしいことを……」

「へ?」

「いや、なんでもない……」

 なぜだろう。彼女がちょん斬ると言ったことに対して、妙な悪寒が拭えない。まるで自分がそうされたかのような……。

「どうしたのカフカ君、顔が青いよ?」

「……いや、きっと気のせいだろ」

 と、そう思うことにしたカフカは話を元に戻した。

「戦闘なんてものと縁のない査察官が、いきなりガジェットなんか相手にして大丈夫なのか? 答えによっては、今すぐ保険屋に駆け込んで掛け金を吊り上げに行かなきゃならない。死ぬ方にな」

「うーん……カフカ君の魔導ランクはどのくらいだったっけ?」

「AAだ」

「なら、大丈夫だと思うよ?」

 査察部1の魔導ランクAAを持っていても「大丈夫だと思うよ」なのか。これは明らかに人選ミスだろう、とカフカは友達の少ないクロノを恨んだ。

「もし不安なら、対ガジェット用のシミュレーションがあるよ? 現時点で可能な限り再現したもの、っていう条件がついてるから本物には及ばないけど」

「そうだな……そいつをやっといた方がよさそうだ」

「じゃあ、ついでにコンビネーションの確認もしておこうか。こっちはいきなりで合わせられるものでもないし」

「コンビネーション?」

「そう、コンビネーション」

 なぜそんなことを、というニュアンスが含まれたカフカの疑問に、フェイトはとても大切なことであるとでも言うかのように頷いてみせた。

「初めてコンビを組んでそれが上手くいくなら、ロミオとジュリエットだって駆け落ちに成功したはずだよ」

「それはロミオが腑抜けだっただけのことだろう?」

 乙女な喩えに茶々を入れられてムッとしたのか、フェイトはカフカを睨んだ。

「じゃあカフカ君ならどうするの?」

「女なら星の数ほどいるんだ。別の女にするさ」

 その女とよく似た、とは付け加えない。
 カフカの答えに“ぷんすかぴーっ”寸前のフェイトは、目を細めた。

「でも星に手は届かない。ましてカフカ君の言葉は、まるで検討違いの方向に手を伸ばしてる。星のない、真っ暗闇の方をね」

「なにも手を伸ばす必要はないさ。届かないんだろう? だったら、撃ち落とせばいい」

 指鉄砲を窓の外へ向けながら、カフカは唇を吊り上げる。
 彼女は立ち上がってその銃口の先へ足を運ぶと、16歳の少女には不釣り合いのニヤリとした挑戦的な笑みを浮かべながら言った。

「その鉄砲は星に当たるのかな?」

「当たらないのなら、ロケットで星まで飛んでいくさ」

 絶対的な自信を伴ったカフカの不敵な笑みは崩れない。
 フェイトは落ち着きの無い様子で髪の毛を指で弄びながら、照れ隠しのように唇を尖らせた。

「そっちの方がわたしの好みかな……?」

「残念。ロケットで飛んでいくまでもなかったか」

 つまらなそうな表情で、指先から出るはずのない硝煙を吹き消したカフカに、彼女はぷんすかぴーっと両腕を振り上げ抗議した。


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