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 たった今しがた降りてきたばかりのエレベーターに再び乗り込み、カフカが年下の上司に連れてこられたのは執務室。カフカの予定では、美人な上司と甘い時を過ごすはずだった所だ。

「ここがわたしの執務室だから、覚えておいてね」

「できれば覚えないうちに仕事を終えたいね」

 扉を開いてくれたフェイトにそう言って、カフカは部屋に足を踏み入れた。

「3年間通っても覚えられない頭の作りをしてるなら、わたしが毎日送り迎えしてあげようか?」

「なんだって?」

 と、カフカは振り返る。
 皮肉な言葉ではなく、返ってきたのが単純な疑問のそれだったからか。フェイトは、ビックリしたように背後の扉に背中を張り付けた。

「えっ? なに? 本当に送り迎え、してほしいの……?」

「……そこじゃない」

 ふう……、とフェイトは安心したように肩を下ろして息を吐いた。よほど緊張しているのだろうか。
 だが、カフカが詰め寄ると彼女は再び体を緊張させた。

「3年間ってなんだ。そんなことは聞いてないぞ?」

「え……、えっと、そういう可能性がなきにしもあらず……?」

 カフカは冗談じゃないとでも言うかのように手を振り、ソファに腰を下ろした。
 今日から3年間、ということなのか。あまりに拘束時間が長すぎる。本当に出向の範囲で収まっていない。
 カフカはクロノに文句を言うべく、通信用のデバイスを宙に展開する。そして、チラリとフェイトに視線を寄越して言った。

「耳を塞いでおいた方がいい」

「なんで?」

「オレの顔は、汚い言葉を口にするには少し上品過ぎる。もしかしたらショックを受けるかも」

 一体何を言っているのだ、とばかりにフェイトは呆れたような視線を寄越す。
 通信はすぐ繋がった。今、最も憎らしい男の姿がモニターに映し出される。
 モニターの向こうのクロノは、カフカが何を言わんとしているのかを察したのか、酷くめんどくさそうな顔をしながら口を開いた。

「自己紹介はもう済ませたか?」

「済ませたよ、とっくに済ませて食事の約束を取り付けたところさ」

「そんなのしてない!」

 と、フェイトがモニターの向こうの兄に向かってそう言った。
 クロノは「わかってる」と頷くと、カフカを指差しながら彼女に忠告を与える。

「いいかフェイト。カフカの言うことは話半分の半分に聞いておけ」

 ほとんど聞いてないじゃねえか、とカフカはソファに体を持たせて足を組んだ。
 それよりも、半分の半分にしてほしいのはこちらのほうだった。

「水臭いじゃないか。どうして教えてくれなかった? 3年間なんて聞いてないぞ?」

「済まないとは思ってる。だが、機動六課設立に動ける人間が少ないんだ」

「動く必要のない人間まで動いてるくらいだからな」

 それは自分だ。
 機動部隊設立などを手伝って、一体何のメリットがあるのだろう。美人に釣られて来てしまったが、それも3年間と聞いていたら断っていた。

「“ジ・エンド”だよクロノ。“ハートに火をつけて”をすっ飛ばしてアルバムはラストナンバーだ。オレはもう蛇の背中にさしかかった」

「なら、火をつけるまでだ」

 それを聞いたカフカは、音量を絞ったモニターに顔を寄せて小声で呟いた。

「―――それで?」

「なにが“それで?”なんだ」

「オイオイ……つまらん芝居はいい。あんまり焦らすなよ。さっさとオレの尻に火をつけてくれ」

 クロノはため息を吐き出すと、仕方ないとばかりに口を開いた。

「聖王様と騎士カリムに感謝するんだなカフカ……」

「ああ、お祈りはかかさないさ」

 抑えられない口元の笑みを手のひらで隠しながら、ソファに背をもたせる。
 それに複雑な表情を寄越すクロノに気づいたカフカは、イヤらしい笑みを隠すことなく言ってのけた。

「仕方ないさ。人は糧なしでは生きていけない」

「ずいぶんと……哲学的じゃないか。一体誰の言葉なんだ?」

「敬虔なる神の下僕、カフカ・カサブランカスだ」

「なるほど、どうりで薄っぺらな言葉のわけだ……」

 クロノは呆れたようにそう口にし、別れの挨拶もそこそこに通信を終わらせた。
 満足のいく会話を終え、気分よくソファに頭を持たせる。すると、反転した視界に映る年下の上司が軽蔑の眼差しを送ってくるのに気がついた。

「どうした?」

「会話の内容はわからなかったけど、自分の顔を鏡で見てきた方がいいよ」

 カフカは確認するように頬をさすってみるが、なんら異常は見当たらない。ただ今しばらくは笑みが消えそうにないということ以外は。
 こちらの笑みが消えない間は、彼女の不愉快さを隠そうとしない態度も変わらないだろう。

「カフカ君、すごくイヤらしい顔してる」

「人間だからな」

 懐から取り出したタバコを口にくわえ、上司の了解を得ることなく火をつけて煙を吐き出す。

「そして人間には糧が必要なのさ」

「それは必要な糧なの?」

 と、フェイトは眉をしかめてタバコを指差した。

「いや、コイツはただのクソだ。それ以上でもそれ以下でもない。それより、仕事の内容を詳しく知り―――いや、さっきクロノにはああ言ったが、自己紹介はまだ済んでいないじゃないか」

「たぶん、その必要ないと思うんだ。わたしは兄さんから、カフカ君のことをずいぶん詳しく教えられたから」

「人から聞いただけじゃダメだ。実際に自分の目と耳で確認した方がいい」

 フェイトは目を細めてジーッとカフカを睨んだ。

「出会ったばかりだけど、カフカ君の人柄についてはおおよそ把握できたと思うよ?」

「おおよそ? まだ出会って一時間も経ってないのにおおよそだって? オレはそんなに薄っぺらな人間か?」

「……それは、わかんないけど……」

「オレが病気の母親のために働いていると知ったら?」

「えっ……?」

「ウソだ」

 2度と口を聞いてやるもんか、とでも言うかのようにフェイトは思い切りそっぽを向いた。
 話半分の半分に聞け、とついさっきそう言われたはずだろうに。彼女はどうやら純粋な人間か、それとも心の優しい人間なのかもしれない。
 カフカはそっぽを向いたままの彼女に笑いかけた。

「悪いね。青臭い感情で動くには、少しばかり歳をとりすぎてるんだ。ところで灰皿はどこだった?」

 視線を寄越すことなく彼女はボソッと返事をした。

「……そんなのないよ」

「大変だ。灰が落ちる」

 だが、その一言によって彼女はそれまでとは一転する。

「あ、あ、あ、ストップ! カーペットに穴が、カーペット、備品なんだってば! カーペットは管理局の備品なの!」

 手で器を作ってみたり指に髪の毛を巻き付けてみたり、部屋をぐるぐる回ってみたり爪を噛んでみたり、と慌ただしく動き回り出したのだ。その様子はまるでブリキを回し過ぎたオモチャのよう。
 なかなか愉快な人間らしい、とカフカは彼女の認識を改める。

「ほら、カフカ君もなにか探してよ!」

「なにを?」

「灰皿に代わるなにか! 焦げ跡なんかつけたら、弁償だよ!?」

 ぷんすかぴーっ、とフェイトは両腕を振り上げた。

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