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なぜ管理局のエレベーターはガラス張りなのだろうか、とカフカは不満げに舌打ちを鳴らす。
密閉空間ではやけに響いたそれに、反射的に肩を震わせたシャーリーが呟いた。
「ごめんなさい、こき使うような真似をしてしまって……」
「いや、そっちじゃない」
と、カフカは足下のダンボールをつま先で小突く。そして、まるでアル中のように手をブルブルと振るわせながらシャーリーに笑いかけた。
「……高いとこがダメなんだ」
「え、魔導師なのにですか?」
「オレは飛ばないよ。地べたを惨めったらしく這いずり回るのさ。クリープと呼んでくれ」
例え空を飛べなくとも、戦闘を行わない査察官にとっては何ら支障はないのだが。
というか、彼女は自分が魔導師だということをなぜ知っているのだろう。査察官と聞けば、普通は魔導師とは結びつけない。
「オレが魔導師だって知ってたのか?」
「ええ、ハラオウン提督からお話は伺ってます。それに、戦闘をある程度こなせる人間を希望したのはフェイトさんですから」
シャーリーの顔を覗き込むようにして、カフカは彼女にシニカルな笑みを向けながら言った。
「それまで補佐をしていたキミはお払い箱ってわけか?」
「違いますよ。フェイトさんはそんな冷たい人じゃありません」
「それを聞いて安心したよ」
「ふふっ、心配してくれたんですか?」
「ああ、心配したとも。これから補佐に入る自分を」
むすぅっ、とシャーリーの顔が羞恥やら怒りやらで膨らむ。
けれど、カフカはそれを特に気にすることなく話を元に戻した。先ほどの話の中で最も気になったことがあるのだ。
「戦闘ができる人間を希望したってことは、あれか?」
「きっと忙しくなりますよ。まあ、その辺はフェイトさんからきちんとした説明があると思います」
なにやら意味深な笑みを浮かべながらこれ以上は話せませんと口にする彼女に、カフカはわざとらしく身震いした。
「頑張って下さいね。フェイトさんとカサブランカス査察官の頑張りが、わたしにとっても大変な助けになりますから」
「キミは何をするんだ? というか、キミもあれか。クロノに話を聞いたってことは、」
「ええ、わたしも機動六課設立に協力するんです。それで、その後はそのまま六課に配属されるんです」
「まだできると決まったわけじゃないだろう?」
「できますよ。機動六課は必ず設立されます」
そう言い切った彼女に、カフカは肩を竦めて応えた。
「で、補佐をクビになったキミは具体的になにをするんだ? 自宅待機か? 羨ましいね」
「だからクビじゃありません! なんなんですかもう! あなたは話を前に進めない天才ですね!」
「それじゃあ、いちいち付き合ってくれるキミは一体なんなんだ」
しばらくシャーリーは唸りながらニヤニヤ笑うカフカを睨んでいたが、やがて大きく息を吐くと咳払いをして口を開いた。
「これから設立される六課は、実験的な試みをするには恰好の部隊なんです。新設で実績の無い部隊ですからね。わたしの担当はメカニックなんですが、六課では実験的な試みも兼ねて最新の設備を取り入れようと思っているんです」
「なるほど、つまりキミの仕事は」
「ええ、六課設立まで必要なデータ集めってところです。デバイスから仮想シミュレーターまで、しばらくは大忙しですよ」
予想外に彼女は優秀な人間らしい、とカフカはシャーリーの認識を改める。
シャーリーも目を見張ったカフカに気をよくしたのか、胸を張って得意気な調子で言った。
「つまり、縁の下の力持ちってやつです」
「すごいなキミは。で、オレはなにをするんだ?」
今ならなんでも話してくれるかもしれないと思い口にしたその言葉に、彼女は案の定喋ってくれた。
「カサブランカス査察官にはフェイトさんと共に、仮想シミュレーター開発のためのデータ集めを手伝ってもらおうかと思っています」
「要するに?」
「ガジェットと戦闘です。それも、たくさん」
チンッ、とエレベーターが目的地に到着したことを知らせる。
あっ……、とシャーリーが慌てて口元を押さえた。
カフカは足下のダンボールを無視してエレベーターを降りると、彼女に手を振りながら言った。
「悪いね、そいつは自分で運んでくれ。オレは急な用事ができた」
冗談ではない。バカげている。たかが査察官に一体なにをさせようと言うのだ。クロノにありったけの文句を言わねば気が済まない。
と、カフカは振り返って早足で歩き出そうとした。
「きゃっ……!」
が、エレベーターを待っていた人間とぶつかってしまう。
「ああ悪い、悪いね綺麗なお嬢さん。少し急いでる。南へ行かなくちゃならない。ワインが美味くて女も綺麗らしい。そこで思いやりを知らない友人から隠れてしばらくバカンスを楽しもうと考えてたら、ついつい足が急いだ」
適当な早口をまくし立てたカフカは、目の前で尻餅を着いている少女に手を貸す。
「はあ……?」
少女は困惑の表情を浮かべながらその手を取った。
愛想の良い笑みを浮かべたカフカは、もう一度謝罪の言葉を述べてその手を離そうとした。
「悪いね、それじゃあ」
「待って下さいよ。一体どこへ行くんですかカサブランカス査察官」
が、少女はにこやかな笑みを浮かべながらその手を離してはくれない。
そこへ歯を食いしばってダンボールを抱えたシャーリーがやって来る。
「あ、お帰りなさいフェイトさん」
「ただいまシャーリー。ごめんね、今日だったね……」
「いえ、気にしないでください。六課が設立されたなら、毎日会えますから」
それもそうだね、と笑いあう少女2人を横目にカフカは天を仰いだ。
どうやらそうらしい。彼女がフェイト・テスタロッサ・ハラオウンらしい。よく見れば確かに彼女は執務官の制服を着用していた。
美しく長いブロンドの髪と整った顔立ち、すらりとした肢体と細い腰は、彼女が将来約束された美人になることを教えてくれる。だが、それも将来だ。彼女もまた10足りていない。
仲良く談笑する少女2人に割り込むようにしてカフカは問い掛けた。
「アー……聞きたいことがあるんだ」
「なんですか?」
「キミはいくつだ?」
「16です」
6つ年下の上司だ。笑えない。
査察部には、上司と呼べるような人間はいなかった。査察官には階級が存在しないためだ。
カフカは初めて持つ上司のことを思い、目元を押さえて息を吐いた。
「不満ですかカサブランカス査察官? 年下の、それも女の上司は」
「いや、そうじゃない」
「なにやら嫌そうな顔をしているように見受けられましたけど?」
こちらを値踏みするような視線をフェイトは寄越す。もしかしたら彼女も年上の部下を持つのは初めてかもしれない。ナメられないようにしたいのか。
あるいは挑むようなそれに顔を上げたカフカは、シニカルな笑みを浮かべて口を開いた。
「キミのことを、なんて呼んだらいいのか考えてたんだ」
「好きに呼んでください。呼び捨てでも結構です」
「わかった。それじゃあテスタロッサちゃんで」
頬をヒクつかせたフェイトは、離すタイミングを失っていた手をようやく離して言った。
「よろしくお願いしますねカフカ君。兄からあなたのことをよく聞いています。職務態度や悪癖。そう言えば、なんでもカフカ君は褒められて伸びるタイプなんだとか?」
「聞かされたのはそれだけか?」
懐から取り出したタバコを口にくわえながら、やれやれと肩を竦める。
フェイトはすぐさまそれを口から引っこ抜いた。
「管理局では喫煙スペースを除いて全面禁煙です」
引っこ抜かれたそれに未練がましい視線を送ると、カフカはフェイトに顔を近づけて言った。
「イイ男だとは聞かされてないのか?」
「聞かされて、ませんっ……!」
フェイトは顔をしかめてカフカの胸を押した。
それもそうか、とカフカは頷く。
「見ればわかるからな」
だろう? と、カフカはシャーリーに同意を求めようとするも、彼女の姿はどこにもない。本当に彼女は優秀なようだった。
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