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 「長い間コンビを組んできたお前と別れるのは、まるで半身を引き裂かれるようでツラい」と、笑顔のカフカがヴェロッサの肩を叩いたのは昨日の出来事だった。
 なぜだろう。半身を失ったのにも関わらず、今日はすこぶる気分がよかった。レッカーされたクーパーのレッカー代を支払うときも、いつもなら「沢山利用してやっているのだから、少しくらいサービスしてくれ」と文句をつけるところだったが、昨日はそうしなかった。とにかくカフカはハッピーだった。
 それもこれもあれもそれもどれもこれも、クロノの妹がどうやら美人らしいということを耳にしたからだ。焦らし上手な友人は、自分の目で確かめろと言って教えてくれなかったのだ。
 数日前までは、紫色に塗り替えようとまで考えていたクーパーを駐車場に停め、カフカはクロノの妹であるフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの執務室へと向かうべく、局の建物へ足を踏み入れた。
 そしていつもどおりの調子で受付の女の子たちに挨拶を済ませ、さっさとエレベーターに乗り込む。今日も受付にサリーの姿はなかった。彼女は本当にここで働いているのだろうか。
 ガールフレンドの職務態度について思いを馳せていたせいか、うっかり査察部の部屋がある階のボタンを押しそうになるのに気がつき、カフカは指を上へ上へと持っていく。さすがは執務官、高いところがお好きなようだった。別に彼女がそうしたかったのかどうかはわからないが。
 音もなく、けれど急激な上昇をするエレベーターに、カフカの気分は先ほどまでとは打って変わって下降を始める。
 高いところが好きになれないのは、高いところから落ちたことがあるからだった。だから自分は落ちる前に別の場所へ飛び移ろうとするのだろう、とカフカは思った。ちょうど今日のように。あるいは女性に対してそうするように。
 しばらくして目的の階に着いたエレベーターは、味気ないベル音を鳴らして扉を開いた。
 エレベーターを降りたカフカは、なるべく窓の外を見ないようにしながら、タバコの吸い殻でも落としてやりたくなる毛の長い絨毯が敷かれた廊下を歩く。査察部のある階には絨毯など存在しないのだ。

「さて、と……」

 カフカは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの札が掲げられた執務室の前で足を止めると、咳払いをひとつ。ネクタイが曲がっていないか、スーツに女の髪の毛が着いていないかを確認し、小さく扉をノックする。

「はいはーい、どうぞー」

 執務室へ足を踏み入れたカフカは、思わず扉へ掲げられていた名札をもう一度確認してしまう。

「どうしましたか?」

 部屋にいたのはメガネを掛け、とぼけたような表情の少女だった。そしてなぜか足下にはダンボール、手にはガムテープを持っている。
 美人だ、と聞いていたカフカは思わず拍子抜けしてしまった。確かに少女は美人だろう、薄目を開けて見たならば。というか彼女は少女だ。少女には美人という形容を用いない。なぜなら彼女には10ほど足りていないものがある。歳とバストだ。
 何も言葉を発しないこちらに、彼女はキョトンとしながら首を傾げた。

「あの、どちら様ですか?」

「キミのお兄さんの友だちさ」

「お兄さん?」

「そうだ。そのクソッたれの兄貴に言っといてくれ。よくも騙してくれたな、って」

 少女はしばらくそうして首を傾げていたが、何かに合点がいったのか口を開いた。

「ひょっとして、あなたがカサブランカス査察官ですか?」

「いかにも」

 大袈裟に顎を引いて茶化すように頷き、カフカは応接用のソファにだらしなく腰を沈める。そしてそのまま、失われたテンションに別れを告げようとタバコを取り出してみたが、目の前のテーブルに灰皿はなく。代わりにお菓子の入った小さなバスケットがあるのみだった。
 それをジッと見つめるこちらに気づいたのか、少女はにっこり笑いながら言った。

「美味しいですよ、それ」

「だろうな、なにせ執務室の茶菓子だ。査察部にこんな上等なものはない。たまに空からチョコレートが降ってくるくらいだ」

「そっちの方が素敵だと思いますけど」

「感性の違いだな。オレがあと17若かったら、空から降ってくるチョコレートが素敵に思えた」

「今いくつなんですか?」

「22」

 それを聞いた少女は、ムッとしたように言った。

「わたしの感性は5歳児並みですか?」

「そうは言ってない」

「そう言っているのと同じです」

 ビッ、とガムテープを引き伸ばし、少女は足下に置かれたダンボールにそれを貼り付ける。

「さっきから何をしてるんだ、それは」

「荷物を梱包してるんです」

 幾分素っ気なくなってしまった少女の口調を気にすることなく、カフカはなぜだと問いかけた。

「出向です、出向」

「出向? 一体どこへ行くって言うんだ? ここはキミの執務室だろう?」

 何を言っているんだとばかりに、少女は困惑の表情をして言った。

「なにか勘違いしてません?」

「なにを?」

「わたしはフェイトさんの補佐のシャリオです。ちなみに愛称はシャーリーです」

「アー……オーケー、チャーリー……」

「シャーリーです。チョコレート工場へ行く予定はありませんし、お茶目な犬も飼ってません」

「ドラムは?」

「叩きません」

 うーん、とわかりきった事柄をもったいぶるようにカフカは唸る。そしてソファにもたれかかっていた体を起こし、まるでラスト5分前の探偵よろしく結論を下した。

「つまりキミはフェイト・テスタロッサ・ハラオウンじゃない」

「だからそう言ってます」

「じゃあ、この部屋の主は一体どこへ行ったんだ?」

「少し外へ出てます」

 自分が今日から配属されるという知らせはクロノよりされているはずなのに、それでも外へ出ているということは外せない用事か、それともよほど急を要することのどちらかなのだろう。
 どちらにせよ今日は無駄足だったようだ、とカフカはソファから腰を上げた。

「どちらへ?」

「日を改めるさ」

「はあ、そうですか……」

 と、シャーリーは足下のダンボールに視線を落とす。パンパンに膨らんだそのダンボールは酷く重そうだ。
 カフカも彼女の視線の先にあるそれをちらりと一瞥したが、背を向けて扉へと足を向けた。

「あーあ、わたしに持てるかな……」

 が、呟きにしては大きな声がその足を引き止める。
 ため息をひとつ、カフカは振り返って言った。

「もしキミが礼儀正しい人間なら、たちまち紳士がやって来てそいつを運んでくれることだろう」

「お願いしますカサブランカス査察官。どうかこのダンボールを運んでくださらないでしょうか」

 間髪入れずに両手を合わせて瞳を潤ませるところに、シャーリーの逞しさを感じながら、カフカは彼女の足下のダンボールを持ち上げた。
 女の腰よりも重いものを持つようにはできていないカフカの細腕は、今にも引きちぎれそうに悲鳴を上げ、ベッドの上での運動しか許容しない柔な腰は「明日は覚悟しておけ」と忠告をしてくれる。紳士は紳士でいることに早くも後悔し始めていた。

「もう少し逞しい紳士を期待してたんですが……」

「……落としてもいいんだぞ?」

 正しくは落としてしまうかもしれないだった。

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