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 このまま帰ってもよかった。タクシーを拾ってガールフレンドのいるマンションへ戻り、そしてまだ半分ほど残っている休日をやり直すのだ。
 けれど、カフカはそうすることなく椅子に座り直した。

「聞くだけだ、いいか? 聞くだけだぞ」

「まあ、そのセリフを口にした時点でキミの負けなんだろうけどね」

 にやりと笑うヴェロッサのスネをカフカは蹴りつける。
 クロノはいくぶんほっとしたかのように、肩を落として口を開いた。

「ここ最近、レリックと呼ばれるロストロギアが度々管理局でも持ち上がっているのは2人も知るところだろう。その管轄は機動課なんだが、現在5つある機動課で完璧に対応仕切れているかと言えば、必ずしもそうは言い切れないんだ」

 機動課と言えば、ロストロギアを管理するというその性質から危険な任務に着くことが多く、優秀な魔導師が数多く所属する、管理局の花形と言ってもいい部隊だ。
 自分に最も縁の無い部隊だ、と料理をどけてタバコに火をつけたカフカに、クロノはこれからだとばかりに話を続ける。

「そこで、新たにフットワークの軽い第6の部隊を作ろうということになった。極めて独立性の高い、機動六課だ」

「独立性なんて言葉、管理局のどこを探しても無いはずだ。一体どこから引っ張ってきた」

 カフカはそう言って鼻で笑った。
 時空管理局は巨大な組織だ。頭は海と陸の2つだが、それぞれの組織の部署に好き勝手やっていいという裁量権が与えられているわけではない。組織というものの特性上、力を持つ人間がいなければならないのだ。

「まあ、ボクたちは別だけどね」

 けれど、中には例外もある。
 ヴェロッサが言ったように、査察部は比較的独立性の高い部隊だ。むしろそうでなくては意味がないのだが。

「そうだ、お前たちは僕と違って動き回ることができる」

「提督と違って尻が軽いからな」

「頭もね」

 余計なことを言うヴェロッサのスネを、カフカはもう一度蹴りつけクロノに向き直る。

「で、尻と頭も軽い査察官に頼みたいことはなんだ? お前はまだそれを口にしてないはずだ」

「六課の設置に協力して欲しい」

「無理だ。査察官は誰にも頭を垂れないし、誰とも手を繋がないから査察官なんだ」

 でなければ、強い力を持っているから独立性を保っているわけではない査察部の意味が無くなってしまう。
 わかっている、とばかりにクロノは苦渋の表情で頷いた。

「けれど、それでも人がいないんだ。信用できる人間が足りない」

「ボクたちを信用してくれるのは有り難いんだけどね、それでも今回は無理だ」

 強い言葉を遣うカフカを遮って、ヴェロッサはやんわりとそう言った。
 任せた方がいいだろう、とカフカは黙ってタバコを吹かす。

「ボクらは査察部に席を置いてる人間だし、そうホイホイ仕事を投げ出すわけにもいかない。それに、大体たかが査察官のボクらに何ができるって言うんだい?」

「それなら心配ない。査察部にはすでに出向願いを出しておいた」

 思いもかけないその言葉に、カフカは吸っていたタバコにむせてしまう。この男は今なんと言った。聞き間違いでないなら、信じられないようなことをたった今口にしてくれた。
 同じく取り残されたように呆けているヴェロッサを気にすることなく、クロノは何気ない調子で言葉を続ける。先ほどまでの重苦しい調子は芝居だったのか。

「ヴェロッサは査察官でありながら聖王教会にも席を置いてる人間だ。教会の方から出向願いを出させて貰った。喜べカフカ、キミも名前だけだが教会に席を置かせて貰えたぞ」

「待て、少し待て……」

「姉さんも関わっているのかい?」

「ああそうだ。騎士カリムは、機動六課設置を全面的に支援してくれるそうだ」

「そこじゃない」

「そうだ、どうしてカフカみたいな背信者が教会に席を置かせて貰えたんだい?」

「教会から出向願いを出す以上、形だけなんだが……シスターシャッハは最後まで反対していたな。『教会が腐敗するのは確実です』と言いながら」

 ハッハッハッ、とクロノはわざとらしい笑い声をひとしきり上げると、深々と頭を下げた。

「本当はきちんと説得したかったんだが……。時間が足りないために、やむを得ずこういう形を取らせてもらった。すまない」

「どうかこのクソ野郎に神の裁きを」

 その言葉に、クロノは顔を上げ爽やかな笑みで応えた。

「心配ない、聖王様は大変寛大でいらっしゃる。カフカの名前を教会に置くことを許してくれたんだからな」

 確かに、と頷くヴェロッサのスネをカフカは蹴りつける。そしてまだ話は終わっていない、とクロノに向く。

「勝手に出向願いを出して、受理されたのかそれは」

「ああ問題なく受理された。査察部と聖王教会はどちらも管理局
とは距離のある部署と団体だからな、問題がないかぎり受理される」

「問題はあるだろう? なにせ、とびっきり優秀な査察官が2人も抜けるんだよ?」

 ヴェロッサのその言葉に、クロノは首を横に振って言った。

「どうやらお前たちを優秀な査察官と思っていたのは、僕だけだったみたいだ」

 カフカはヴェロッサと共に、薄情な同僚に神の裁きが下ることを祈った。
 査察官が出向扱いでホイホイ貸し出されるなどと、あっていいものなのか。おそらく前例は無いだろう。これはひょっとすると、実質ヒマを出されたということではないのか。要するにクビだ。

「そうだ、肝心なことを話していなかったな……」

 と、クロノは椅子に座り直しながらテーブルに身を乗り出す。

「お前たち2人の出向先だ」

「出向? 異動の間違いだろ?」

 投げやりな調子でそう口にしたカフカに、クロノは苦笑いを浮かべ口を開いた。

「ヴェロッサ、キミははやての下で働いてもらう」

「はやて? 八神はやてかい?」

「そうだ、それというのも機動六課は、彼女がそもそもの発案者なんだ。それと、お前たち2人が欲しいと言ったのも彼女だ」

「どうりで……どうりでまたすぐに会うことになるわけだ……」

 発案者がはやてで、その下にヴェロッサが向かうということは、彼のレアスキルが求められているのだろう。
 たかが16の少女が新設の部署を手に入れるには、上手く立ち回らなければならない。必要なのは情報だ。特に対人。ヴェロッサがそれをかき集めるのだ。
 うんざりしたように、カフカはタバコの煙を吐き出して言った。

「はやてのとこには、ヴォルケンリッターもいる……」

 はやてには、まるで神の僕のように付き従う4人の騎士がいるのだが、これがまた揃いも揃って曲者だった。中でも自分と相性が悪いのが、堅物と評される剣士シグナムだ。とびっきりの美人だが、性格もとびっきりキツい。こちらの冗談に剣を抜かれた日などは、たまったものではなかった。シグナムには首輪を着けるべきだ、と思わずはやてに進言したほどだ。
 鈍い光を発する刃を思い出したカフカは、勘弁してくれとばかりに肩を落としたが、クロノ言葉がカフカのテンションを引き上げた。

「いや、お前には……僕の妹と動いてもらいたい」

「妹? 初耳だ。どうしてオレに紹介しない。友達じゃないか」

 先ほどの裁きはどうか取り消していただきたい、とカフカは心の中で神に告白する。罪深いのは友人にそんな仕打ちを願った自分であり、彼ではないのだから!
 妖しい光を湛えたカフカの瞳に気がついたのか、クロノは疲れたようにため息を吐き出した。
 そんな彼の調子などお構いなしに、カフカはペロリと舌で唇を舐めると、まるで耳打ちするかのようにコッソリと訊ねた。

「で、美人か?」

「………友人の妹に手を出そうとするこのクソ野郎に、どうか神の裁きを」


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