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Short Short
I'm Not In Love
 ダサいダサいと文句を言いつつも貰ったマフラーを首に巻き、げた箱に引っ掛けてある靴べらをかかとに突っ込んだカフカはそこでふと思い、動きを止めた。
 このところ、やけに当たり前になってやしないだろうか――フェイトやエリオやキャロと過ごすことが……。それ自体は別に構わない。構わないのだが、そうであることが当たり前過ぎるような……。
 例えば休日、やれどこどこへ行こう、連れてけ、遊ぼう、ごはんを食べよう、お泊まりしよう。ここ最近に至っては平日ですら夕飯を食べに向かう始末だった。そして今日もだ。
 そんなことばかり増えたからだろうか、カフカは一夜を過ごす女ともいつしか会うことも少なくなっていった。ある日、女はまるで不倫しているかのようだと言ったとき、カフカは思わずくわえていたタバコを思わず落としそうになった。
 ため息を吐き出したカフカが靴べらを戻したところで玄関が開く。ルームシェアしているヴェロッサが帰って来たのだった。

「――今夜も向こうでご馳走になってくるのかい?」

「ああ……。そうなる、な」

 あまり乗り気では無い様子のカフカを不審に思ったのか、ヴェロッサはどうしたのかとカフカに尋ねた。
 カフカはつい先ほどまで考えていたことをヴェロッサに話した。

「なるほど……。そういえばカフカ、クロノがこんなことを言っていたんだけど、キミもその場にいなかったかい?」

 クロノが? とカフカは首を傾げる。流れからこの話に関係ありそうなことなのだろうが、思い当たらなかったので首を横に振った。

「双子のおむつを替えながらクロノはこう言ったんだ――気がついたら結婚して、気がついたら子どもができていた……。人生は、いつだってこんなはずじゃないことばかりだ、と」

 ゾクリとカフカは突然の寒気に襲われる。そして途端に、この間の公園でフェイトがカサブランカス姓を名乗ったことが真実味を帯びてきたような気になる。マズい。手遅れになる前に距離を置かなくては。

「あー……寒いし、出るのが億劫になってきたな……。今日は止めとこう」

 すぐさま通信を開いたカフカはフェイトの下へと繋ぐ。すると彼女はほとんど間を置くことなく出た。

「――ん? どうしたの? 晩ご飯はなにかって? 今日はカフカの大好きなグラタンだよ〜。今から焼くところだから早くおいでよ。甘い甘いおみやげを用意してくれたら大歓迎かな? あはは」

 フェイトの後ろに見えるのはキッチンで、彼女は可愛らしいエプロンを身につけ料理の邪魔にならないように髪を纏めていた。
 断り憎い……。ポンポンとカフカの肩を叩いたヴェロッサはさっさと靴を脱いで、部屋に入って行った――ここも一人だと広くなると言い残して。

「アー……ケーキ、なにがいい? チョコか? フルーツか?」

「ん、ちょっと待って――」

 エリオー。キャロー。とフェイトが振り返って二人を呼ぶと、バタバタとした音がした後にモニターに二人の姿が映る。

「カフカが、ケーキを買って来てくれるんだけど、どんなケーキがいい? だって」

 んー……と、モニターの前で揃って悩み始める二人を見たカフカは思わず笑みがこぼれる。先ほどまで行くのを渋っていたのが嘘のようだ。寒空の下トナカイのソリをかっ飛ばして早く二人に会いたくなった。

「えっと……わたしは、いちごがたくさん乗ってるケーキがいいです」

「ぼくはチョコケーキが食べたいです」

 分かったとケーキの約束をしたカフカは通信を切った。玄関を出た後の彼の足取りはとても軽かった。

「――よかったね二人とも。カフカのことだから……たぶん、ね?」

 どうせ後悔するくせにクラナガンのとびっきり高い店でエリオとキャロのためにケーキを買ってくるカフカを思い、フェイトは苦笑いを浮かべた。
 手伝うことはないかと申し出てくれる二人に遠慮の言葉を述べて、フェイトはグラスを二つ取り出した。カフカは車でやって来る。アルコールを呑ませたなら自然と泊まるしかなくなるわけだ。クスッと漏れた笑いと共に、フェイトの形の良い唇が歪められる。それはまさしく女の顔だった。
 彼女にとって今の生活は、かつて思い描いていた暖かな家族そのものだった。与えられたものではなく、自分で作り上げそして手に入れた幸せだ。それを脅かすようなら、どんな小さなほつれも許さない。取り除く。

――だから、必要、ない、でしょう? わたし以外の女は。

 少し前に取り除いたほつれ、男好きしそうな顔の女を思い出しキリッと音を立てそうなほど強く、フェイトは唇を噛み締めた。憎悪がねっとりと渦を描きながらゆっくりと胸の内を熱く満たしていく――なにが恋人だ。ちっとも構ってもらえなかったくせに。笑える。笑える。笑える。どうせ体だけの関係だったに違いない。わたしたちの方がよっぽど彼に愛されているではないかと、フェイトはカウンター越しに見えるエリオとキャロの姿を視界に収めた。
 この暖かな家族の絆をもう少し強固なものとすべきだろうか、そうなると形に残る“なにか”が必要だとフェイトは分かっていた。それは契約、それと――。

「もう一人、いいよね?」

 静かにこみ上げてくる興奮といずれやって来る最上の幸福にゾクゾクと背中を震わせながら、フェイトはどうやっても抑えきれない笑いを俯いてやり過ごす。

――ほしい。ああすごく、すごく、すごく。もっとしあわせになるために、わたしが、エリオが、キャロが、カフカが、もっとしあわせになるために。ほしい。わたしとあなたの――。

 ガチャッとリビングの扉が開く音がしてカフカが姿を現した。その手には約束通り、そして予想通りずいぶんと値の張りそうなケーキが。

「――寒いな、オイ、雪が降りそうなくらいだ」

「あっ、いらっ……おかえりなさい」

「いや、いらっしゃいの方で合ってる」

 ケーキを傷まないように冷蔵庫に入れておいてくれとフェイトに渡し、マフラーを解いたカフカが引きつったような笑みを浮かべた。これでは通い妻ならぬ通い夫ではないかと思ったからだ。

「ううん、間違いじゃない。合ってる。おかえりなさい」

「……フェイト?」

「おかえりなさい」

 妙な迫力を湛えた彼女のに押され、カフカは思わずただいまと小さく漏らした。すると彼女は満足そうに頷き、ニコッと微笑んでもう一度おかえりなさいと言ったのだった。
 カフカが思わずただいまと言わざるをえなかったのは、彼女の手に鈍く光り輝くものが握られていたからではない。たぶん。

「……今日はやけにご機嫌だなフェイト」

「フフッ、サンタさんにねだるものが決まったからかな?」

「……靴下に入るものにしておけよ? それと、サンタはどうやら金欠らしいぞ? 財布に優しいものをねだってやれよ?」

「うん。分かってる。大丈夫。お金はかからないよ。いるのは愛、かな?」

 そいつは経済的で素晴らしいといつものカフカならフェイトの手を取って褒め称えるところだが、彼女のどこか遠くを見つめる惚けたような笑みが彼を踏みとどまらせた。だらしなく緩んだ口元と熱に浮かされた瞳、彼女のその様子がカフカにはどこかうすら寒いものに感じられたのだ。

「――あっ、おかえりなさいカフカさん」

 振り返ればそこにはエリオが。カフカはただいまと彼の頭を撫で、パタパタとスリッパを鳴らしながら彼と共にリビングへ向かう。

「CD持って来てくれましたか?」

「アー……悪い。忘れた。なんだった?」

「ストーンズです。貸してくれるって言ったじゃないですか」

「まだ早いだろストーンズは。まあいいけど、歌詞カードを見るのは大人になってからにしろよ?」

 まるで親子のような二人を見てフェイトは嬉しくなる。これはわたしが望んだもの、種をまき、育て、作り上げた暖かな家族だと。涙が出そうになる。けれどまだ足りない。もっとだ。仮初めの家族を本物にするには、まだ足りない。

「――それじゃ、いただきますしよっか」

 テーブルの上に最後の皿を並べたフェイトはエプロンをたたみ、ソファに座ってテレビを見ていた三人を呼んだ。

「グラタンは、器が熱くなってるから気をつけてね? カフカ、これお願い」

 カフカにソムリエナイフが手渡される。ワインのコルク栓を抜くためならばスクリューだけで良いのだが、変なところで妙にこだわる彼が買い、ここに置いていたものだった。

「オレは飲まないぞ? 車だからな」

 袖を捲り上げ、ワインの口を覆っているキャップシールをナイフで円を描くように丁寧に切り取ったカフカは、次にスクリューをコルクに差し込んだ。

「……飲まないの?」

「ああ……。管理局の人間が飲酒運転なんて、笑えない」

 ポンッ、と小気味の良い音を立ててコルクが抜かれる。香り高い上等な白のワインだった。名残惜しいと言わんばかりに、カフカはテーブルの上に置かれたグラスにそれをそっと注いだ。

「泊まっていけばいいんだよ。ね?」

 フェイトはカフカの腕を掴みながら、エリオとキャロに同意を求める。二人は当り前だというように頷いた。

「ほら、二人もこう言ってることだし……ね?」

「分かった。分かったから――」

――そんなに爪を立ててくれるな。

 腕を掴んでいたフェイトの手が離れる。カフカはそっと溜め息を吐き出して捲り上げていた袖を戻す。爪の痕がエリオとキャロに見えないように。
 カフカは分かっていた。もうこの疑似家族からは逃れられないということが。そして自分はそれに組み込まれていて、役柄は父親だろうということも。
 もちろんカフカとて三人が嫌いなのではない、むしろ好きだ。けれどフェイトはやりすぎだ。やりすぎゆえに生まれる異常なまでの執着。それがカフカを追い詰めていく。徐々に、徐々に。

――ピーピーと、突然音が鳴る。それと同時にカフカの目の前にモニターが展開された。映し出された名前は今この場で出るには少し、いやだいぶマズい相手だ。カフカは通信を切ろうとする。

「――出ないの?」

 惚れ惚れするような笑みと共にフェイトがカフカに尋ねる。それは出ないのかと尋ねておきながら、なぜか出たら許さないと言っているかのようでカフカは恐ろしかった。

「いいよ? 繋いで。席は立たなくてもいいから。ここで、わたしの目の前で繋いで。挨拶をしなくちゃ。早く繋ぎなよ」

 カシャンッとひときわ大きな音を立てて、キャロがスプーンを取り落とした。エリオが行きたくもないトイレに走る。キャロもそれを慌てて追いかけて行く。とても賢明な子たちだ。今からここは戦場になる。さあ早くお逃げと、カフカは心配そうに振り返ったキャロに頷いてみせた。
 トクトクトクッと音を立てながらフェイトが乱暴にワインをグラスに注ぐ。彼女の目はもう据わっていた。赤い瞳が暗く鈍い色で輝いている。

「大丈夫だよカフカ。ちょーっと怒ってるけど、少しだけ嬉しいんだ。わたし」

――だって、本物の夫婦みたいでしょう?

 フェイトはそう言って心底嬉しそうに笑い、ワインで唇を濡らして笑顔を引っ込めると能面のような表情で通信を繋いだ。

「――こんばんわ。ご機嫌はいかが? わたしは最低かな? 家の旦那に何の用? 汚い雌猫さん」

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