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Short Short
My Heart Belongs To Daddy
 スピーカーから流れるジャズバラッドの隙間、パチッと、またひとつ小気味良い音を立てて豆の殻が割れる。
 ピスタチオを摘みながらウィスキーを呑むカフカの、そのピスタチオの殻を割る音のおかげで彼女、キャロは日付が変わったこの時間でもかろうじで起きていられた。
 間接照明の淡い光が、大好きなカフカの背中をぼんやりと映す。決して広い背中ではない、けれど好きな背中。枕に顔をうずめながらキャロは、まるで止まってしまったかのようなこの時間を恋しく思っていた。これでこそカフカの部屋、そのベッドに忍び込んだ甲斐があったというものだ。

「まだ、寝ないんですか?」

「キャロ! どうしてここに?」

 返事をしたのはカフカではなく、彼の晩酌に付き合ったフェイトだった。彼女の顔は間接照明の中でも分かるほど赤く、すでに出来上がっているのが見てとれた。
 カフカも釣られてキャロのいるベッドの方を見る。

「なんだ。怖い夢でも見たのか? どうしてキャロがここに?」

「怖い夢を見たからです」

 そう言ってキャロは毛布を被り直す。毛布からフェイトの髪の甘い香りが鼻をくすぐり、キャロは眉をしかめた――痴女め。

「今夜はお預けだねカフカ。でも、キャロと一緒に川の字作って寝ようね」

「どちらかというとお預かりだな」

 氷が溶け過ぎて薄まってしまったウィスキーを一気に煽ったカフカは、しなだれ掛かってくるフェイトに素っ気なく返事する。彼女はさして気にする様子もなくウィスキーに濡れて艶やかな唇、それを半開きにしてチロリと舌を覗かせカフカに突き出す。アルコールで熱くなった彼女の吐息と、目を伏せた色っぽい表情がカフカの情欲を駆り立てる。二人の顔が引き合うかのようにして近づいた。
 間接照明に作られた影、その顔の部分が一つに重なりそうになるのを見たキャロはすかさず枕をフェイト目掛け投げつけた。力一杯だ。フルパワーだ。意識飛べ。

「――痛っ!?」

「ごめんなさい。ついうっかり……痛かったですかフェイトさん? 良かったです」

 本音がポロッと漏れてしまったキャロはいっけなーい、わたしったら……といった具合に可愛らしくコツンと自らの頭を小突く。その可愛さといったらもうなかった。財布を便所に流されても思わず許してしまいそうなほどだ。
 フェイトはムッとしたような表情をキャロに向けたものの、急にハッとしたような表情を浮かべてカフカに視線を移した。

「暴力だよパパ。家庭内暴力だよパパ。カサブランカス家の一大事だよ? どうしようかパパ。ママ困っちゃう」

 ニコニコではなく、ニヤニヤと形容したほうが正しいような笑みを浮かべながらフェイトがウィスキーをカフカのグラスに注ぐ。そしてそれを呑む。フェイトが。
 妄想少女トロピカルフェイトはどうやらその冠である妄想をアルコールの力を借りてすっ飛ばし、現実との区別が付かなくなってしまったらしい。トロピカル。
 フェイトはお腹をさすりながら、もうすぐあなたの妹が産まれるのよ! とヒステリックな口調でキャロに向かって叫ぶ。キャロはドン引きだ。トロピカル。
 カフカはそれら一切を無視し、新聞紙の上に散らかったピスタチオの殻を集めながら、カサブランカス家唯一にして最後の良心である息子エリオに思いを馳せた。彼は現在、風邪で寝込んでいる。

「歯、磨いてくる」

 どうやらフェイト劇場は感動の場面を迎えているようだったが、カフカはそれを無視して立ち上がる。部屋から出る間際ウィスキーの瓶を胸に抱き、愛おしそうに撫でるトロピカルの瞳に輝くものが見えた。どうやら産まれたらしい。
 認知はしてやらんが名前は付けてやろうと、歯磨き粉を歯ブラシにたっぷり乗せたカフカが笑う。すれたような笑みだった。名前はサザン・カンフォートだ。サザン・カンフォート・カサブランカス。イカすじゃないか。ジョニス・ジョップリンを聴かせてやろう。マイサン。

「明日、朝一で離婚届を取りに行くか。親権は裁判だ。キャロもカンフォートもやるがエリオだけはやらんぞ、トロピカル」

 カフカもまた酔っていた。妄想少女トロピカルフェイトに毒されていたのだ。

「――二人目、デキちゃったみたい……」

 部屋に戻ったカフカを待ち受けていたのはさらなるカオスだった。トロピカル劇場第二幕、渡る世間は悪魔ばかり。開幕だ。

「ああカフカ、どうしてあなたはカフカなの?」

 ああトロピカル、どうしてあなたはトロピカルなの? 頭が南国だからさ。カフカはベッドに潜り込んだ。キャロはもう眠っていた。もう最近の彼女は寝ているときしか可愛くない。
 体を丸めるかのようにして眠っているキャロの頬をカフカは指で撫でる。気持ちを込めて、白くなーれ白くなーれと。

「……気持ち悪い、う、産まれるかも。カフカ……手、握って?」

 勝手に作って勝手に産んでくれるなと、カフカはトロピカルに背を向ける形で寝返りを打つ。息子カンフォートは床に転がっていた。
 ドタドタと足音を立てながらトロピカルが部屋を出て行く。お前が行くのは産婦人科ではなく、精神科だと言ってやりたかったカフカだったが、止めた。面倒だったからだ。

「ん……カフカ、さん……」

 キャロだ。あまりにもカフカが白くなーれと頬を撫でるものだから寝苦しかったらしい。
 ギュッと自分の寝間着をキャロに握られたカフカは、してやったりな笑みを浮かべながら眠る彼女を見なかったことにして間接照明を落とした。

 翌朝、カフカは目を覚ました。口が渇いているのは夕べのアルコールのせいだろうと、目をこすりながらベッドから起き上がり冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。そして、よく冷えた水をがぶ飲みすると一気に体まで冷えてしまったカフカはまたノロノロとベッドを目指す。二度寝だ。
 ベッドにはキャロとフェイトがいた。寝顔だけは二人とも天使だ。その両者の間にはぽっかりと一人分のスペースが空けられている。そこにカフカは潜り込んだ。とても暖かかった。

「愛してる…………。たぶんな」

 寝ながらにやけるといった器用な真似をする二人を見なかったことにして、カフカは横になった。
 まどろみに身を委ねながらカフカはキャロの頬を撫でる。いつかきっと彼女は誰かに恋に落ちることだろう。そのとき自分は少しばかり悲しむかもしれないと、カフカはまるで父親のようなことを思った。そしてどうかその相手はエリオではないことを祈った。エリオのために。
 寝返りを打てば、そこには幸せそうに眠るフェイトがいた。穏やかに眠る彼女はとても美しい。恋に落ちてしまいそうだ。だからどうかそのまま眠り続けてくれとカフカは祈った。自分のために。

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あきゅろす。
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