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Born To Lose
 ゲロが出そうなくらい湿っぽい咳が口から飛び出る。ゲロは出なかったが、代わりに胃がひっくり返りそうになって目から涙が出た。死にたい。
 沈む沈む沈む。気持ち悪いだけだ。クソックソックソックソッなにが純度100だ。死ね。混ざりものだろ絶対。今度あの腐れな売人を見つけたら管理局に突き出してやる。罪状はなんだって良い。顔が気に入らない。そうだ。それでいい。
 裏路地から歩いているのに、地面を這っているかのような感覚のまま小綺麗なクラナガンの街に出る。顔が少し引きつっているのが自分でも分かる。

「――兄ちゃん。いい体してるじゃないか。どうだい? いっちょ管理局武装隊で働いてみないか?」

 職安の前を通りかかったからか、くたびれたスーツを着た男に声をかけられる。消えろ。管理局のIDカードを厳つい顔をしたオヤジの眼前に突き出す。
 大体、お前の目は節穴かハゲ。身長175cm、体重54kgのオレのどこがイイ体だ。アホか。男娼の勧誘か? あん? ケツの穴はやらねえよ消えな。

「これは失礼いたしました」

「敬礼はいい。それより、火、あるか?」

「はあ、火、でございますか?」

「タバコだ。タバコ」

 いちいち面倒な男だ。だからこんなとこに追いやられているに違いない。
 男から火を貰い、そのままフラフラと冬のクラナガンを歩く。行き先は不明。それでも足は止まらない。
 街にはカップルが多い。目に付いた不細工な一組のカップルに幸福を、初々しい若いチェリー共には怨念を。幸せに。
 どこかでオレも女を引っ掛けよう。抱き心地の良い女が良い。寒い夜を一人で過ごさなくても良いなら少しくらい顔の造形が悪くても腹が出ていても気にしないさ。ブスなんてこの世にはいない、それはアルコールが足りないだけだ。
 タバコがフィルター付近まで灰にした頃、股も頭も緩そうな女と目が合う。おんなじような気分の奴はおんなじような気分の人間を引き寄せるのだ。

「お、にーさーんー。アタシと遊んでくれゃゆぅ?」

 女はどうやら酔っ払っているらしかった。マスカラが落ちて、少しおっかない顔をしているし、着ている服には染みができている。手に持ったバッグには中身が入っていない、足下に化粧品が落ちていることから、落としてしまったらしい。

「ジョニーだ。オレの名前は、ジョニー・ハートブレイカー。お前の名前は?」

 女に嘘の名前を教え、崩れ落ちそうな彼女の体を抱き起こす。目の焦点が定まっていない。少し後悔したが、オレは子猫は拾ったら捨てられないタイプだった。

「アッタシー? んーっとぉ……リオ! アッタシィの名前はぁ……リオ!」

 ゲジゲジ虫のような女のつけまつげを取ると、可愛らしい丸い瞳が現れた。どうやらリオというこの少女は思ったよりも幼いらしい。本当にキティかと気分が萎える。

「ふられたの。捨てられたのよアタシ! 大好きだったぁの! なんでぇ? アイツ他に女つくってやがったわ! ムカつく。すぐ別れろ! それで、アタシのとこに戻ってこぉい! ひっぱたいてやる!」

「黙りなお嬢さん。今からでもダンボールに突っ込んでやってもかまわないんだぜ? 誰が拾ってくれる? 少なくともオレみたいなイイ男じゃないことは確かだな」

「抱くの? おにーさんもアタシを抱くの? 痛くする? 優しくシテ」

「キティとやる気はない。10年後に同じセリフを吐きな」

 こちらに巻きつくようにして抱きついてくるリオの腕を解いて、背中に背負う。軽い。強く触るとポキリと音を立てて折れそうな細い枯れ枝のような印象を受ける体だった。

「んっふぅ……いいよ。おにーさんなら。イイ男なんでしょ? 抱きなよ。上手いんでしょ? 抱きなよ。涙が出てもメチャクチャにしなよ」

「抱かないつってんだろ。黙りな嬢ちゃん。オレはティーンには興味ないのさ。それに、ペド野郎がお望みなら裏路地に捨て置いてやるが? どうする?」

「イヤ。痛いのも怖いのもイヤ。ギュッてして愛してるって言って」

「愛してる愛してるさベイビー。野良猫は保健所に連れて行かなきゃな」

「気持ちがこもってなーい! 愛してるって言って!」

 喚き散らすリオのせいで周りの目が痛い。ヤバい奴がいると相手にはしないが、遠巻きなチラチラと見てくるのは鬱陶しくて叶わない。消えろ。

「愛してる。リオ」

 と、ひとこと背中の野良猫にだけ聞こえるような声で言う。野良猫は嬉しそうに鳴くと抱きしめる力を強めてきた。

「優しいねおにいさん。ジョニーって呼んでいい? 愛を込めて」

 三十分ほどかけてリオを背負いながら歩く。どうやらようやくクスリがいい具合に収まってきた。あの売人、許してやらんこともない。
 オレは気分良く歩く。行き先はベガーズ・バンケット。素晴らしき肥だめベガーズ・バンケットだ。今日はジュークボックス前の席は空いてるだろうか、いや空いてるだろう。ソコがオレの特等席だ。テーブルの上にコインを積んで占領しよう。オレのお気に入りだけを流すのさ。バーボンを引っ掛けよう。クスリをもっと寄越せ。最短で天国を目指し吹っ飛んでやる。そんで下品で猥雑、同じ意味か……なゴミみたいな音楽をジュークボックスに叩き込もう。ジョニー・サンダースを掛けよう。ボーン・トゥー・ルーズだ。今宵オレは天国にいる天使のケツに唾を吐く。そうすりゃ幸せな明日を迎えられる。拾った野良猫は……夜が明けたら好きにさせよう。飼うつもりはないが。

「Oh! Baby I'm born to lose!!!!」

 夜空の下でバッドトリップに中指を立てる。気分が少し上向きになってきたところでベガーズ・バンケットに着いた。汚い店だ。いいかげん電球代えろよハゲ。なんか出そうだぜオイ。ストーンズなんてもう生ける屍だっつーの。70年代に散ってりゃ伝説だったのによ。
 両手が塞がっているから、代わりにオレのとびっきり長い足で店の扉を蹴り開ける。客の入りが良くなるように風通しを良くしてやんぜ感謝しなベイビー。
 ビキャアガャーン! ビチィッ! と派手な音を立てて店の扉が根元から蝶番を引きちぎり、開く。オーオー悪いなオヤジ。顔は良いが、手癖と足癖は悪いのさ。ちなみに金はねー。酒を出しな。

「――坊主。お前は、とことん頭が悪いらしいな。扉ってのは押すか引くかだ。パパの金玉の中からもう一回人生やり直しな」

 溶けたチョコレートを冷蔵庫に戻して固めたような顔をしたオヤジがこちらを忌々しげに見てくる。奴こそ店の主、地球出身のロックン・ロールが大好きなロクデナシ。オレの死んだパパに言われて店を作るも客は来ない。ハハッ、ざまぁみろ。恨んでくれるなよ? 安らかに死ね。

「いいじゃねえかオヤジ。どうせ客なんて来やしないさ」

 眠り込んだ背中の野良猫を下ろして、店の片隅に置かれたホコリまみれのレスポール・ジュニアを手に取る。イエローカラー、キースでサンダースだ。シールドをマーシャルのアンプに突っ込む。ブツッと音を立てて電源が入る。ブチビチィッとノイズが混ざる。ブビィーンとノイズは消えない。気にはならない。

「ヘイ! リクエストは? ちなみにオレはジョニー・サンダース」

「失せな坊主。ニューヨーク・ドールズはゴミだ」

「アホめ。ジョニーがレスポール持ってステージに突っ立ってるだけで最高だろ」

 めいっぱいチョーキングすれば、レスポールがキロギロジロジャローっと喚起の悲鳴を上げる。そしてそのままキンクス風のスピーカーコーンを引き裂くかのような鋭いリフをガッツリと一発鳴らしてギターを放る。萎えた。

「オイ坊主。そこの嬢ちゃんは? 拾ったのか?」

 そうだと答えれば、オヤジはそのまま興味をなくしたのか、それとも最初からどうでもよかったのか、グラス磨きに精を出し始める。

「ヘイ、起きな。チャオだったか?」

「んぅ……」と、声を出しながら女が目を開く。眠そうだ。

「チャオ、お家はどこだい? ママは? パパは?」

「チャオ……? アタシの名前はリオよ」

「オー……そいつは済まないな。けど、さっさとお家に帰んなベイビー。タクシー呼んでやるぜ? 金はテメェで払いな」

「パパもママもいないわ。友だちと空き家をスクワットしてたんだけど……追い出されたの」

「ずいぶんヤンチャじゃねーか。どうする? どっか娼館を紹介してやろうか? フツカーとして朝日に縋りな。可愛い嬢ちゃんなら、男が群がるさ」

 ニヤリと口の端を歪めて笑って見せたなら、リオの顔が青ざめる。アホめ。

「えっ? えっ? ココどこ? あなたは誰? イヤァ……」

 リオは怯えたかのようにケツをズルズルと引きずりながら汚い店の床を後ずさる。背筋がぶるっと震える。ロリサドペド野郎の気分が少しだけ分かるような気がした。

「さあ、帰んなベイビー。その軽そうなケツを上げて、ネズ公みたいにな。ハリーハリーハリー!」

 木の床を革靴で踏み鳴らせば。とても良い音がした。ダンッダンッと。
 大きな音に怯えたのか、小動物のようにブルブルと震えるリオは動けないでいる。

「なに? なんなのよぉ、あなた……」

「小汚い嬢ちゃんをここまで運んでやったのはオレなんだがな……」

 タバコに火を付けて、少しばかり傾いた椅子に腰をかける。ギシッと音を立てた椅子から釘が一本抜け落ちた。小学生の自由工作かアホめ。

「……泊めて。お願い。今晩だけでいいから。抱いてもいいから……」

「今までロクな男に引っかからなかったらしいなオイ」

 震える体。青くなる顔。可愛らしい容姿は顔を潜めて、いや、それら全てを押し殺して生意気に女の顔をするリオの腕を引っ張りあげる。細い体だ。抱いてもつまらんだろうに。

「オイ! オヤジ! この店、バイト募集中だったよな?」

 グラスを磨くオヤジの返事はない。構わない。好きに取らせてもらうとしよう。

「ココで働きな嬢ちゃん。料理はできるか? できるんなら酒しか出ないこの店も、昼にも開けることができるようになるんだがな」

「……少しだけ。ママの手伝いを昔してたから……」

 どうやらワケ有りらしい……。聞くつもりなんざないが、暗い。

「場末の酒場みたいなところだが……。上に部屋がある。まっ、スクワットしてたんなら空き家よりはマシか――店の名前はベガーズ・バンケット。乞食たちの宴。どうする?」

「働く! 働かせて! だから、捨てないで!」

「オーライ、キティ。今日からお前はこの汚い店の飼い猫だ。鈴をやろう。オレに拾われたことを鳴いて喜びな」

 ポケットから店の鍵を取り出してリオに放る。彼女はソレを掴み損ねたが、直ぐに拾いなおした。

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あきゅろす。
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