Short Short Wouldn't It Be Nice 窓から吹き込む潮風と車内で流れるビーチボーイズのSurfin U.S.A.が車を加速させる追い風となる。 波の音はまだだ。ひょっとしたら聞こえているのかもしれないが、車の音でかき消されていることだろう。 ミラーをチラリと覗いたカフカは思わず口が綻ぶ。海岸の前に立ちふさがる味気ない灰色の壁のせいで見えるわけもないのに、車の窓にをこれでもかと額をくっつけているエリオとキャロが見えたからだ。 そんな二人を見て笑みを浮かべたのは何もカフカだけではない。助手席に座るフェイトもだった。 「二人とも危ないから座ろうか」 「はーい」と、二人は口を揃え大人しく席に座った。隠しきれていない好奇心がまだ着かないのかと、車を運転するカフカを急かす。 「少し飛ばしすぎじゃない?」 スピードメーターを確認したフェイトが窘めるかのようにカフカを見る。 海に行くせいなのか、夏という開放的な気分がそうさせるのか、彼女は胸が強調されるかのようなサイズの小さいTシャツと、瑞々しい太ももが露出するホットパンツという煽情的な格好をしていた。 「この車は年寄りでな。ボケてんのさ。ホントは80キロなんて出てやしない。ホントはきっと……40キロくらいさ――なあ?」 後部座席から二人分の元気の良い返事が返ってくるのを聞いて、フェイトは仕方ないとばかりに笑った。待ちきれない二人、いや三人の気分を害するようなことをしたくなかったし、それに待ちきれないのは彼女もだったのだから。 ――海、行ってみたいです。 キッカケは美しい海を流していたテレビを見ていたキャロのその一言だった。 カフカはタバコを吹かしながらボンヤリとプールでいいんじゃないかと、たまの休日に遠出を渋る父親のような発言をした。 そんなカフカにキャロは静かに抵抗を続けた。あくまで静かに、だ。彼女の性格上、表立って反抗することはない。 まずは仲間を増やすためにエリオを引き入れた。そして事あるごとに海の話題を口にした。 フェイトには――海に行けばフェイトさんの魅力は、周りの女性とは一線を画すものなんだと言うことをカフカさんも思い知るはずです! で釣った――釣れた。 面倒だと渋るカフカには――海って可愛い女の子や綺麗なお姉さんがたくさんいますよねで釣った――釣れた。 こうして海に行くことが決まった。綺麗な海に行くには、少しだけ汚い心を持っていなくてはダメなのだとキャロの隣りでエリオは一人悟った。 「――脱衣場はアッチだ。オレとエリオはココで着替えて先に行ってる。パラソル刺しといてやるから、ソコで日焼け止めを塗るといい」 ビニールバッグを持ったフェイトとキャロはまた後で、とカフカとエリオに手を振って脱衣場の方へと気持ち足早に向かって行った。 二人を見送り、トランクス型の派手な水着に着替え終わったカフカはストローハットを被り直し、持ってきた袖なしのパーカーを羽織ると、トランクから組み立て式のパラソルを取り出した。 「行くぞエリオ。色とりどりな魚がオレを待ってる。すぐ釣らないと他の誰かに釣られてしまうかもしれん」 「魚……ですか? 釣りをするんですか? カフカさん」 「ハハッ、見ろよ。釣り放題だろう?」 カフカの視線の先には色とりどりなビキニ姿の女の子たちが、ビーチバレーを楽しんでいる。時折、激しい動きで食い込みが気になるのか恥ずかしそうに直している。 「じゃ、さっさとパラソルおっ立てるとしようか――もちろん、夜もな」 含みのある言い方をするカフカの、その含みの部分は分からなかったエリオだったが、きっとフェイトのプラズマザンバーが彼に落ちるだろうということだけは、なんとなく理解していた。 「さて、オレは行くからエリオも好きにするといい。ただフェイトになにか聞かれたらこう言え――カフカは小さな頃に命を助けられたイルカと運命の再開を果たし、話しが弾んで二人はそのまま仲良く泳ぎに行ってしまったと……」 うわー……と、子どもも引っかからないような嘘を付いたカフカにエリオは一応頷いた。けれど、まあフェイトならば引っかかるのかもしれないとも……。 カフカはそのままヒャッホウ! と女の子の群れ一直線に走って行く。まるで水を得た魚だ。いや、水を求める魚か。実に生き生きしている。 「――お待たせ……って、あれ? エリオ一人? カフカは?」 背後から聞こえたフェイトの声に振り返ったエリオは思わず顔が引きつった。それ、着る意味あるんですかと言うくらいに、布地面積の小さい水着を身に着けたフェイトがいたからだ。それは裸よりもエロかった。 深呼吸をして心を落ち着けたエリオは、仕方なしにカフカの言葉をそのままフェイトに伝えた。 「イルカ……そんなわけアルカ!」 バッと、エリオとキャロは同時にそっぽを向いた。あまりにもくだらなかったからだ。 「今のナシ今のナシだから。エリオはキャロと遊んでおいで。わたしはカフカを捕まえてくるから」 パーカーを手に取ったフェイトは浮き輪をキャロに渡し、あまり沖に行かないようにとの注意を残してバルディッシュを手に取った。 逃げて下さいカフカさんと、念話ではなくただ思うだけというところにエリオのカフカに対する深い愛情が窺い知れた。 「――冷たい物が欲しくない? 喉渇いたでしょ」 「んー……奢ってくれるの?」 「ああ。その代わり、一緒に遊んで欲しいんだけどな」 「いいよ! キミ、カッコイいし、面白そうだし」 「カフカだ。オレの名前はカフカ。キミの名前は? 教えて欲しいな」 「わたしの名前は――」 《――Sonic Move!》 視認のできないほどの速度のせいで金の閃光となった何かが、話していた二人を引き裂くかのような形でカフカの方を砂浜へと情け容赦なく吹き飛ばす。 声もなく吹き飛んだカフカは急に訪れた強い衝撃に息と心臓が止まりそうになるも、すぐに口から砂を吐き出して首に腕を回してぶら下がっている事の元凶を見た。 「結構、キツかった……ん、だけど? 今のは……フェイト」 「愛の鞭だと思って」 咳とともにもう一度砂を吐き出したカフカは、状況に付いて行けずに棒立ちになっていた女の子に手を振って大丈夫だと伝える。 「次はプラズマザンバーだから」 ぼそりと呟き、胸元に思い切り歯を立てられ、カフカは女の子に手を振るのも愛想笑いも止める。トラウマザンバーは勘弁して欲しかったからだ。 「アー……素敵な水着だ。よく似合ってる。脱がしたくなるほどに」 「もう、脱がしたら意味ないでしょ……」 「ハハッ、それもそうだ」 フラフラと立ち上がったカフカは頭を振って立ち眩みを振り払う。まだ頭が混乱しているかのようで軽い倦怠感があった。 それにしても、自分からあんなことをしておいて大丈夫? などと聞いてくる辺り、フェイトも分からない。同時に、一時の激情が彼女をあそこまで突き動かすのかと思うと、いつか本当に刺されかねないと背筋が寒くなった。 「――カフカさーん! フェイトさーん!」 不意に聞こえた声に名前を呼ばれた二人が揃って顔を向ければ、そこには浮き輪に捕まり波に揺られるキャロとエリオの姿があった。二人ともこちらに向かって大きく手を振っている。 ひらひらとカフカとフェイトも二人に向かって手を振り返し、あまり沖に行くなよと返事をする。 「二人の楽しそうな顔を見るだけでも、来て良かったって思うでしょう?」 カフカはまあなと呟き、パーカーのポケットから先ほどの衝撃でクシャクシャになってしまったタバコに火を付け砂浜に腰を下ろす。フェイトもそれに倣ってカフカの隣りに腰を下ろした。 「泳がないの?」 「泳げないんだ」 「えっ? そうなんだ……わたしが教えてあげようか? 手取り足取り懇切丁寧に」 「海は眺めるだけでいいのさ。それと隣りに美人がいれば何も言うことはない」 「フフッ……じゃあ、今は文句なしの状況なんだ」 甘ったるい空気が流れる。まるで海の塩がそっくり全部、砂糖に変わってしまったかのように吹く風も甘かった。けれど不快ではない。むしろ心地良いとさえカフカは感じていた。 フーッと吐き出されたタバコの煙が、青すぎて目に痛い空に溶け、アイスクリームのような入道雲の仲間入りを果たす。 「わたしも、吸ってみたい」 「……体に悪い」 「じゃあ……カフカの口から吸わせて?」 チリチリと音を立てたのはタバコか、それとも太陽が肌を焼く音か、カフカは甘ったるい空気に侵された頭の片隅でそんなことを考えた。 「――苦い。苦いんだね、タバコって」 「……オレは甘かったな」 「ズルい……もう一回」 ぷかぷかと波に浮かびながらエリオとキャロはできるだけ砂浜の方を見ないようにしていた。気まずい。まるで家族で洋画を観ているときのラブシーンのようだった。 実はそろそろ陸に上がりたかったりする二人だったが、そこは気を利かせた。 まだかな? うわー……。そろそろ? あうー……。もういいでしょ? えー……。いい加減に! うひゃー……。 「お、終わった? エリオ君」 目を手のひらで覆いながらも隙間からその様子を窺っていたキャロが、沈黙に堪えられず意味の無い質問をする。 「う、うん。終わったよ。これでやっと上がれるね」 後で文句を言ってやろうと固く誓った二人は、赤くなった顔を海の水で冷やしノロノロと陸を目指した。 「――寝ちゃったね。二人とも」 フェイトがバックシートで肩を並べながら仲良く夢を見ているエリオとキャロを見ながら微笑んだ。髪の毛に残るほのかな潮の香りが、目を覚ました二人に夢ではなかったんだと教えてくれることだろう。 「終わっちゃったね」 また来ればいいさとカフカは欠伸を噛み殺す。夕焼け空にボブディランなせいで出た大欠伸だった。 「絶対また来ようね。今度は泳ぎ方、教えてあげるから」 「オレは泳がないさ」 「どうして?」 「オレが疲れたら、エリオとキャロが帰り道、安心して眠れないだろう?」 誰が車を運転するのだとカフカは、幸せそうに眠る二人をミラー越しに見て満足そうに笑った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |