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Lust For Life2
この部屋の主は、部屋に帰ってくるなり机上に広げられたメモ用紙を見つけてさぞ慌てることだろう。そして次に、新たな一節が詩に付け加えられているということに気がついて身悶えるに違いない。
本来ならばその様子を眺めて悦に浸るところだが、そうも言っていられない。この部屋の主がチャタレイ夫人ではなく、夢見る乙女だとわかったからだ。
カフカは、メモ帳のしわをアイロンがけでもするかのように取ってから机に置く。
「額縁がないのが残念でならない。本来なら、これはさっきの廊下に飾られてしかるべきだろうに……」
きっと味気ない宗教画よりも人々を笑顔にさせるに違いない。
はたして教会の人間はユーモアを理解してくれるだろうか。などと思いながら、カフカは部屋の外へ出た。
「まあ!?」
「失礼」
この部屋の人間だろうか。思わず部屋の前にいたシスターと思しき女性とぶつかりそうになってしまうが、謝罪の言葉を述べてそれが極めて自然な動作であるかのように道を譲る。
美しいブロンドの髪を湛えたそのシスターは上品な笑みを浮かべてそれに応えると、ホテルのボーイにそうするように軽い会釈をして部屋へと入っていった。
「どこかで見たことのある顔だな……」
はてどこだったか、と首をかしげる。
だが、どう考えてもあのような清楚な女性とは縁がない。俗世に生きる自分にとって彼女のような人間は、文字通り天上の存在だ。
おそらく他人の空似だろうと結論付けてカフカはその場を立ち去ろうとするが、突如として部屋より上がった金切り声がその足を止めた。まるで死ぬほど恥ずかしいものを見られてしまった人間が上げるような、そんな悲鳴だ。
「どうされました?」
扉をノックし、一体なにがあったのか訊ねる。
少しだけ開かれた扉の隙間から顔を出した彼女は、震える瞳を伏せながら小さな声で言った。
「あ、あの……誰かが部屋の中に入ったみたいなんです……」
「なんですって? それは大変だ。なにか盗られたものでもありましたか?」
「いえ……盗られたものは、ないみたいで、その……」
「本当ですか? 本棚の小説なんかはどうです? なくなっていたりしませんか?」
「確かめてみます」
彼女は慌てて顔を引っ込め部屋の中に引き返すと、しばらくしてからほっとしたような顔でまた扉を開けた。
「大丈夫みたいです」
「それはよかった。もしなくなっていたら、恥ずかしくて届け出せないものばかりでしたからね」
「ええ、本当に……」
「特に上段の左端にある――」
「ああダメです! 言ってはいけません!」
「おっと失礼」
これはうっかり、とわざとらしく口元を押さえてウィンクをする。
彼女は、ほっとしたかのように胸を撫で下ろした。
「では、なにも盗られてはいないのですね?」
「……はい、奇妙なことに。水差しの水が減っていた程度でした」
「それはきっと、喉が渇いたネズミの仕業でしょう。もしかしたら本当は誰も忍び込んでなんかいないのかもしれません」
「そう……ですね。そう思うことにします」
納得はしていないがそう思うしかないとでも言うかのように、彼女は深刻な表情で頷いた。
そんな彼女の耳元に口を寄せ、カフカは低い声で呟く。
「ひょっとしたらまだ部屋の中にいたりして」
「そんな怖いこと言わないで下さいよ、もう」
眉根を寄せて困ったように笑う彼女を見て、カフカはようやく思い出した。
彼女の名前はカリム・グラシア。教会の騎士という位の高い役職に努めており、かつヴェロッサの姉でもある人物だ。
たしか管理局にも形だけとはいえ籍を置いていたはずで、けれど、一応それなりの地位で。その気になれば自分のような査察官の一人や二人どうにでもできるはずであるからして、ひょっとしてひょっとしたら――自分は結構マズイことをしでかしたのではないだろうか?
ここまでのコントのような悪ふざけが自らの首を絞めていることに今さらながら気がつき、カフカは顔を青くする。
「どうしました? 顔色が優れないみたいですけど……よろしければお茶でも飲んでいかれませんか?」
「いえ……友人を待たせていることを思い出したので……」
「ふふっ、ヴェロッサのことなら放っておいても大丈夫ですよ。今日はいつにもましてシャッハが張り切っていましたからね」
先ほどまでのそれは全て演技だったとでも言うかのように雰囲気が一変し、悪女のような笑みを浮かべたカリムの瞳があやしい光を湛える。
「お茶、飲んでいきますよね?」
それはもはや問いかけではなく確認。
頷く以外の選択肢がはたしてあろうか。
獲物を罠にかけた喜びに口角を上げる彼女に抗う術はなく、カフカは促されるがまま部屋に足を踏み入れた。
「今の気分をどうぞ」
「教会で口にしていい言葉かどうか、躊躇われるね……」
ソファに腰をおろし、もはや遠慮など要らないとばかりに足を組む。
「かまいませんよ、聞かせてください」
「神様に叱られたくないからヒントをやろう。 “ク”で始まって“ソ”で終わる言葉だ」
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