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Sexx Laws2
 いつもと同じニオイだったからか、寝ぼけ眼のカフカは自分がいる場所がマンションだと信じて疑わなかった。けれど目を擦りうんと背筋を伸ばしたなら、そこはいつも寝ているベッドではないことに気がついた。

「朝食だ。顔洗って来い」

「……普通は挨拶が先だろう」

 不機嫌な顔を隠そうともせずに朝食の用意ができたと告げたクロノに、カフカはやれやれと欠伸を噛み殺す。
 朝一番に目にしたのが不機嫌な男の面というのは甚だ不愉快ではあったものの、勝手に押しかけ勝手に寝床を借りた身の上としてはそんなことを言うわけにもいかない。

「なんだ……夕べエイミィにお預けでもくらったのか?」

 けれど、カフカは朝から自らの調子を確認するかのように皮肉を口にした。どうりで不機嫌なわけだと、クロノに対して。

「僕たち夫婦とお前たちを一緒にするな」

「オレとフェイトを一緒にしてくれるな」

 心底うんざりしたかのようにカフカはため息を吐き出すと、サイドボードの上のタバコを手に取りベッドから起き上がった。

「贅沢は言わない。ブロンドで、美人で、胸と尻が大きくて、色っぽい唇の女が欲しい。Sランク魔導師でなけりゃ最高」

「でも、Sランク魔導師だ」

「ああ、最悪だ」

 カフカは半ば本心からそう思った。
 何事も自分の思い通りにいかなければ嫌だ。とまではいかないが、カフカという人間は周りの物事が自分のコントロールの内にあることを好む。女もだ。
 だがフェイトはどうだ。まるで手に負えない上に、こちらが管理されているような立場ではないか。生活全般において。
 管理局に入らなければ売人にでもなっていたかのような人間であるカフカにとって、自由を奪われるというのは耐え難い苦痛だ。

「ところで、いくつになった?」

「なにが?」と、カフカはクロノの唐突な問いかけに反応した。

「歳だ。歳はいくつになった?」

「ジミヘンとブライアン・ジョーンズまであと3年」

「24か、そろそろだな」

「なにが?」

「結婚だ」

 なにが24でそろそろで、結婚なのかカフカにはわからなかった。思わずクロノを二度見だ。

「なあ、いいもんだぞ結婚は」

 朝の日差しに目を細め、クロノは口元に穏やかな微笑を浮かべた。まるで仏のような笑みだ。だが、カフカには新興宗教の似非教祖のソレにしか見えない。

「お前も一度くらいしてみればわかる。結婚の素晴らしさが」

 二度も三度もしたらダメだろうとカフカは思ったが、とりあえず一度もしたくはなかった。

「だから、な?」

 ガシッと、クロノはカフカの両肩に手を置いた。

「結婚しようカフカ」

「………喜んでお断りだバカ野郎」

 引きつったような笑みを浮かべながら、カフカは只今ブライダルキャンペーンの真っ最中なクロノの手を振り払い、廊下へ飛び出した。
 彼からのプロポーズの言葉ですか? えーっと……意外に普通でした。なんてことを自分が口にする日がやってくるなんて思いもしなかったカフカは、洗面所でジャブジャブと冷たい水で顔を乱暴に洗う。
 タオルタオルと、手をさまよわせると親切にも誰かがタオルを寄越してくれた。誰かは知らないが礼を言い、カフカはそれで顔を拭く。

「おはようカフカ君」

「ああ、おはようエイミィ」

 さすが主婦は朝が早いなと、カフカはそこに立っていた女性の姿を認めた。
 彼女はエイミィ。ハラオウン夫人だ。クロノの二度めのプロポーズをカフカが受け入れないかぎり。

「朝ごはんの用意はできてるから」

「先に食べててもよかったんだ」

「いただきますはみんな揃ってから。それがこの家のルールなの」

 うふふ、と頬に手をやりながら微笑むエイミィのその表情は、すっかり若奥様が板についていた。

「カフカ君のお家のルールはどんな風になるのかなあ? 楽しみだねー」

「は?」

「ほら、そろそろでしょう?」

「なにが?」と、カフカはデシャヴを味わいながらも聞き返した。

「結婚よ。けっこん!」

 するとエイミィはカフカの両肩をガシッと掴み、鼻息荒くそう告げた。
 夫婦揃ってこれだ。きっとなにかあるとみて間違いはないだろう。
 朝食をご馳走になったらさっさと出て行こうと、カフカはため息を吐き出した。結婚が幸せだというなら、どうぞ逃げてくれといったような深いため息だった。
 さてそんな幸せな食卓、ニコニコと笑みを浮かべるリンディ―――クロノとフェイトの母親である彼女の、いただきますという挨拶で食事が始まった。
 テーブルにはこんがり焼けたブレッドにソーセージと豆のスープ、チーズオムレツにパプリカの色鮮やかなサラダと蜂蜜のかかったヨーグルト、紅茶。
 不健康カフカは真っ先にサラダを横によけたかったが、ご馳走になっている以上はそんなことが許されるわけもなく、ひたすら虫の如く嫌いな野菜をモシャモシャと頬張る。サラダを片すと、次いで豆のスープに手をつけた。塩っけのあるスープはブレッドと相性がとてもいい。

「口にあうかしら?」

 リンディが黙々と食事をするカフカに笑顔を向けた。

「美味しいですよ」

「フェイトさんにもこれから毎日そう言ってあげてね?」

「毎日?」と、カフカはスープを口に運ぶスプーンを止めた。顔を上げたなら、クロノにエイミィにリンディにアルフが皆ニコニコと似たような笑みを顔に浮かべている。

「ええそうよ。毎日」

「ちゃんとフェイトに言ってあげなきゃ噛みつくぞ!」

 そう言って牙を見せながら笑うアルフに、カフカの尻が疼く。ナニか突っ込まれたいとかそういう意味ではない。絶対に。
 あはははは、とアルフの冗談にカフカ以外の全員が声を上げて笑う。下手な芝居でもそんなあからさまな笑い声はあげないだろうというような笑みだ。

―――謀られたか!

 と、カフカが気づいた時にはもう遅い。
 ガチャリとリビングの扉が開き、彼女が姿を現した。

「おはよう!」

 現れたのは孔明……ではなく、当然フェイトだった。 彼女は鼻歌でも口ずさみそうなほどご機嫌な足取りでテーブルに近づくと、迷わずカフカの隣りの椅子を引いた。
 トントンっとテーブルを指で弾きながら、フェイトは今気づいた! とばかりに隣りのカフカを見る。

「どうしてカフカがここに!?」

「………夕べ、ここに来たんだ」

「そっか、ごめんねカフカ。わたしのことが気に入らなくて飛び出したんだったね……」

 わたしったらなんて健気! とでもいうかのようにフェイトは目を伏せ、いじらしく唇を噛み締める。

「でも、てっきりアコース査察官のところに行くとばかり思ってたのに………」

「………お前のせいか!」

 フェイトの瞳の奥に愉悦に染まる光を認めたカフカが思わず唸った。おそらくは彼女が女でも紹介してやったのだろう。
 今ごろは女と甘ったるい朝を過ごしているであろう友が酷く腹立たしい。奴は友より女をとったのだ! 最も、カフカもきっとそうするに違いないのだが。

「ごめんね、わたしが至らないばかりにカフカに嫌な思いばかりさせて………」

 普段なら迷わず頷いてみせる場面も今はそうもいかない。ここはアウェイ。目の前にはリンディが、彼女の母親がいるのだから。

「フェイトさん、一晩中考えてみました。キャロにお尻を蹴られ、エリオに白い目で見られながら、一晩中考えてみました。なにがいけない、なにかが足りないと。カフカは一体、なにが足りないと思う?」

 胸に手を当て、フェイトはスゥーッと大きく息を吸い込んだ。そしてパッチリと目を見開き、カフカの手をギュッと握った。

「うん、そうだね。愛が足りないんじゃないかな? うん、愛が足りない。愛を取り戻せ!」

 足りないのは人の話を聞く余裕だなと、カフカは思った。
 ところが、ハラオウン一家からパチパチパチパチと拍手が沸き上がる。そうだと、そのとおりだと。

「ありがとう。ありがとう母さん、兄さん、義姉さん、アルフ」

 オッホンと、フェイトは咳払い。

「足りないのは愛。それはわかってもらえたと思います。思えば、それはカフカにも原因があるのではないでしょうか? 釣った魚には餌を与えるというのが道理というもの。釣っただけで満足してはならないのです!」

「新しい魚を釣るさ」

「ほらっ! すぐまたそんなこという!」

 ビシッと、フェイトがカフカを指差す。
 向けられた指をたしなめるかのように、カフカはやんわりと彼女の細い人差し指を折る。

「フェイト……、お前は確かに美人だ。ああ、美人だとも。魚でいったらツナだな、ツナ。オレはドデカいツナを釣り上げたわけだ。ところがどうだ。お前は泳ぐのが速くて、とてもついて行けない。なんてたってツナだからな」

 その言葉にフェイトはキョトンと首を傾げると、狙いすましたかのような表情で眉を寄せて、カフカを下から覗き込んだ。

「わたし、結構積極的だよ?」

「……ああ、知ってる」

「知ってる? マグロって、お口をパクパクさせながら泳ぐんだよ?」

「そいつは知らなかったな」

「きっと口寂しいんだね。夜のわたしとおんなじで」

 ペロリと舌なめずり、フェイトは唇を唾液で妖しく光らせる。
 気まずい沈黙がテーブルに降りた。例えるならちょうど、家族でTVを観ていたらラブシーンが始まったかのような、そんな感じだ。

「ぅおっほん!」と、クロノ。そんな気まずい沈黙を咳払いで誤魔化す。

「カフカさん……あなた、責任を取る気はありますか?」

 ニコニコとした笑みを消したリンディが目を細め、まるで睨むかのようにカフカを見つめる。
 この中で一番目上にあたる人間である彼女の雰囲気が変わったことによってか、リンディ以外の人間の背筋も自然と正された。もちろんカフカとて例外ではない。

「……なんの責任ですか?」

 頬が引きつるのを感じながら、リンディの顔色を窺う。

「うちの、むすめを、傷物に、した、責任、です!」

「………いずれは」と、カフカは逃げに走る。

「―――いずれ?」

「ええ、いつかは」

 ホッと、カフカは息を吐く。
 冗談じゃない。自分はまだまだこれからも釣って釣って釣りまくって、食べて食べて食べまくるのだ。こんなところで船を降りるわけにはいかない!

「でも、いつか来るその日のために身の回りを綺麗にしておいてくださいね?」

「ハハハ、今も十分クリーンですよ?」

 嘘だ。カフカの通信デバイスの履歴を見れば真っ黒だということがよくわかるだろう。

「そう……、ごめんなさいね。カフカさんの悪い噂を時々耳にするものだから」

「妬んでるんでしょう。イイ男だから」

「確かに、カフカさんみたいな男の人は今まで周りにいなかったかしらね? だからフェイトさんもホイホイ付いて行っちゃったのかしら……」

 えへへーっと照れくさそうに髪を撫でつけるフェイトを見ながら、リンディがため息を吐き出した。

「どうかむすめをよろしくお願いしますねカフカさん」

「不束者ですが、よろしくお願いします。ちなみにクーリングオフの期限は、とっくに切れてますので……」

 頭を下げたリンディに続いてフェイトもカフカに向き直り、ニッコリと笑う。

「ついでにやっとく?」

「なにを?」と、カフカ。

「男が女の実家に来たらやることなんてひとつしかないだろ?」

 なにを言ってるのだと、アルフがわざとらしい笑みを浮かべた。

「僕もエイミィの実家に挨拶に行ったときは緊張したなあ……」

「ガチガチだったよねー……クロノ君」

「ああ、あんなに緊張したのは始めてだったよ」

 リンディの、クロノの、エイミィの、アルフの、そしてフェイトの、期待に輝く瞳がカフカに集まる。
 またまたお戯れをと、カフカは手をヒラヒラさせてみるものの、場の空気は冗談ではなさそうだ。

「認めたくないものだな……若さゆえの過ちというやつは」

「過ちってなんなの!?」

 ニヒルな笑みを浮かべたカフカにフェイトがぷんすかぴー。
 頭の中で走馬灯の如く、今まで関係を持った女の顔が次々と流れる。そんな中でフェイトは、一番と言ってもイイくらいの女かもしれない。
 覚悟を決めるかと、カフカはフェイトの手を取った。

「お嬢さん……が、オレのことを欲しいそうですよ?」

「はい、カフカを下さい!」

 カフカ、最後の反逆だった。フェイトはやっぱりぷんすかぴー。

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あきゅろす。
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