Short Short
No You Girls
タバコタバコタバコタバコ! と、カフカは喫煙とコーヒーを求めレストルームへと歩いていた。
少しばかり早足気味なのは仕方がないことだった。ひと仕事終えた後の喫煙ときたら、それはもうこれ以上美味いものがあるのかというほどなのだから。
いくらおっかないブロンド赤目のハニーがタバコを止めろといったところで、止められるわけなどない。なぜならカフカにとってタバコは、どんな女よりも長く続いている恋人ともいっていい存在なのだ。
そんな恋人、クシャリと少し潰れたタバコを懐から取り出して、カフカはレストルームに入る。
「―――あっ、カフカ君!」
けれど、レストルームに入ってすぐにひょこっと現れた女に進路を妨害される。
その女―――なのはは、イラッとしたようなカフカに驚いたのか頭を掻いた。
「ごめん、なんか急いでた?」
「ああ、急いでた。二度とやるなよ?」
イギリス定番のジョークを決め、カフカはなのはの横をすり抜ける。
が、しかしなのははそれを許さなかった。カフカの袖を引いたのだ。
「実は、カフカ君に相談したいことがあるんだけど………」
「オーケー。人から相談を受けたオレの答えはいつだって決まってる。他の奴に頼んでくれ」
「カフカ君じゃなきゃダメなの!」
「止せ。フェイトの目はどこで光ってるかわからないんだ。オレは誤解で4回も死にかけた」
誤解といっても、カフカにかかれば真実も誤解に早変わりしてしまうのだが……。
そのことを知らないなのはは、誤解を招きそうなことを言ってしまったとばかりに口を手で覆う。そしてきょろきょろと辺りを確認すると、そのままカフカの腕を引いてレストルームの中へ。
外からは目につかない席、その喫煙可能な席に二人は腰を下ろした。
「ここなら大丈夫かな?」
「フェイトのことをわかってないな……」
「どういうこと? ………フェイトちゃんとの付き合いなら、カフカ君よりも長いんだけど」
ムッとしたような表情でこちらを覗き込んでくる彼女に、カフカはひらひらと手を上げてウェイトレスを呼んだ。今からそれを証明してやると。
銀のお盆を手にしたウェイトレスがカフカの姿を認め、駆け寄って来てご注文ですねと伝票を取り出す。
「コーヒーふたつに、彼女にショートケーキを。それとキミの電話番号を」
「コーヒーふたつに、ショートケーキがおひとつですね? それとお客様へフェイト執務官より言伝をお預かりしていますが、いかがいたしますか?」
どうぞ教えてくれと、カフカは半ば投げやりな口調でウェイトレスに言う。
「“女の子を口説く暇があるなら仕事しようね”だそうです」
ニコリと笑みをつくって、ウェイトレスは下がっていく。愛されてますねと、付け加えなくてもよい言葉を付け加えて。
ポカンとするなのはに向き直り、カフカはシニカルに笑ってみせる。
「――――な?」
「………さすがフェイトちゃん」
レストルーム、しいては管理局内などフェイトの目はどこだって光っているのだ。
カフカは、思わずやってられるかとばかりにカ灰皿を引き寄せてタバコに火を付けた。
彼女は、フェイトはなんでもお見通しなのだ。いっそ怖くなるくらいに。
それはまるで、見えない首輪が自分の首に着けられているようで……しかも徐々にキツくなっていっているような、そんな感じだ。
「ふふっ、カフカ君にフェイトちゃん、取られちゃったかな?」
「逆だな逆。女の子はみんなこう言うんだ―――“フェイト執務官にカフカさんを取られちゃった”と」
「………もう、そんなことばっかり言ってるからフェイトちゃんに怒られちゃうんだよ?」
なのはの呆れたような視線を受け流し、カフカは彼女にかからないようにタバコの煙を吐き出した。
「それで? なにか相談したいことがあるんだろう?」
「あ、うん……。カフカ君ならわかるかなって………」
途端、もじもじと意味のない恥じらいの仕草をしながら、なのははカフカを上目に見つめる。
焦らすのは好きでも焦らされることは好きではないカフカは、早く言ってくれとばかりにタバコの灰を落とした。
「あのね……? フェイトちゃん、すっごく色っぽいの。こう、大人の色気というか、そんなのがむわぁーんって。エロモンが出てるの……」
「フェロモンな、フェロモン。“フ”は大事だぞ」
「いや、“えろもん”なんだってば!」
バンッと、テーブルを叩いたなのはがカフカに詰め寄る。
「お化粧も、なんていうか……今までは凄く薄かったのに、最近はとにかく“えろもん”なの!」
話しがいまいち見えてこない。なのはは親友であるフェイトのエロさを力説したいのか、それとも“えろもん”と言いたいだけなのか……。えろもん。
「むちむちボディなフェイトちゃんが、むんむんな“えろもん”撒き散らしてむらむらなの!」
どうやら両方らしい。えろもん。
カフカはなのはの“むんむんむらむらむちむちえろもん”についての講釈を聞き流す態勢に入った。
今日の晩御飯はなんだろうか。そういえば、この間食べた日本の料理はとても美味かった。またフェイトに作ってもらうとしよう。名前は確かニクジェイグァ……いや、ニックジャガーだ。よし覚えておこう。ニックジャガー!
「聞いてるのカフカ君!?」
「今日の夕食、フェイトにニックジャガーを作ってもらおうと思うんだ」
「聞いてない!?」
「日本の料理なんだろうニックジャガー? あれは美味いな。イギリスじゃ、芋も野菜もグダグダになるまで煮るからな……。とても食えたもんじゃない」
イギリス料理で美味いのは朝食だけだ。なぜ朝食のクオリティで昼も夜も作らないのだろう。
イギリスの料理ときたら焼くにしろ煮るにしろ揚げるにしろ、ただそれだけなのだ。味付けなどほとんどない。個人が好きにできるようになど、作り手の怠慢に他ならない。
それに比べて日本の料理ニックジャガーのなんと美味なことか。料理が上手なところだけはカフカもフェイトを大絶賛だ。
日本食を食べるのに“ハシ”を使わなければならないというのは、カフカにはいささか不便だったが。まあ、それくらいはニックジャガーのために目を瞑ってもいい。
うんうん、と満足げにタバコを吹かすカフカの対面。むっつりと頬を膨らませたなのはが、見るからにご立腹な表情でテーブルに肘を着く。
「ねえ、聞いてよ。わたしのお話……」
「―――あっ! そうだ……。帰りにサロメのエサを買わなきゃならなかったな」
「聞いてよ……、わたしのお話………」
「贅沢なネコなんだなコレが。一体誰に似たんだか、ワガママなんだ」
ハハッと、無駄に爽やかな笑みを顔に貼り付けて、カフカはタバコを灰皿に押し付ける。爽やかな笑みもカフカが浮かべたなら、軽薄を通り越していっそ胡散臭いものですらあった。
なのはは、もう“ぷんすかぴー”一歩手前だ。拳を握り締めわなわなと肩を震わせている。
「………頭は、冷やさなくてもいい」
カフカは、なのはが手に持ったお冷やをそっとテーブル置いた。水に濡れてもイイ男なのは間違いなかったが、濡れるよりも濡らすほうが好きなのだ。
「………お話、聞いてくれる?」
「聞こうか。……けど確か、なのはは相談だと言ったなオイ。ところがどうだ? ん? 話すことといったら……。アー……、“えろもん”についてだ」
コトッ、とテーブルにコーヒーとケーキがウェイトレスによって置かれる。
注文は以上かと尋ねるウェイトレスを手で下がらせ、カフカはコーヒーに口を付けてケーキの皿をなのはの方へと寄せた。
「相談があるんだろう?」
「………うん、ある」
「話しを聞くだけならオレにもしてやれるさ」
「………本当に話しか聞いてくれなさそうだよね、カフカ君」
ショートケーキをフォークで切り崩し、なのははそれを頬張る。不満げな顔も甘いもの効果か、少し柔らかなものとなった。
「あのね、どうしたらフェイトちゃんみたいに色っぽい女の子になれるのかな?」
「アー……、それが相談?」
二本めとなるタバコに火をつけようとして、カフカは止まった。
相談かと、少し身構えてみたなら彼女の口から発せられたのは、
「わたしもこう、“大人の女!”っていうのになりたいの」
というものだった。
拍子抜けだ。あまりに拍子抜け。くだらない。アホらしい。ケーキを食べ終えたら是非お引き取り願おうではないか。
そんなカフカの考えは、どうやら顔に出ていたらしい。なのはがあからさまにしょんぼりしているからだ。
「……いいんだ。うん。ははっ、わたし、19なのに少女だよ少女。フェイトちゃんはむっちんぷりんで、むんむんえろもん。わたしは乳臭いガキ………」
サクッとイチゴにフォークを刺して、なのはは肩を落とす。
これはひょっとしてアレなのだろうか。彼女は、なのはは自分のことを誘っているのではないだろうか。“女”にしてくれという意味で。
カフカは、椅子に座り直してなのはの手を取った。
「なのはもなれる。魔法艶女になるんだ」
「魔法……、艶女?」
ぽかんと、自分が手を握られていることにも気づいていない様子で、なのはは首を傾げた。これっぽっちも色気を感じさせない、無垢な子どもを思わせる表情で。
カフカは、ケーキに触れそうな彼女の横で束ねられた髪をそっと払って続ける。
「さあ、リリカル」
「……リリカル?」
「マジカル」
「……マジカル?」
「―――エロティック!」
「―――エロティック!」
釣られて、というよりも思わずといった風に、ぐっと手を上げたなのはの瞳がキラキラと輝きだす。
「わたしを“女”にしてカフカ君!」
そら来た。ほい来た。合点承知!
カフカは、なのはに椅子ごと近付いて肩を抱く。
「……な、なんで肩抱くの?」
身を縮こませながら、なのははそっぽを向いた。相手の目を見ながら話すには、吐息が掛かるほど近い位置だからだろう。
「か、カフカ君……?」
「思い出すんだ、なのは。誘ったのはどっち?」
「………や、その、え、あ、そんな意味で言ったんじゃ―――フェイトちゃん! ほら、フェイトちゃんに怒られちゃうよカフカ君!?」
なのはは、カフカの胸を押した。
体が離れる。カフカは彼女の肩から手を離して、ショートケーキのイチゴを摘んだ。
「わかってる。わかってるさ。冗談だ冗談。焦るな、どもるなイイ女」
カフカだって命は惜しいのだ。
目の前のイチゴを摘みたい気持ちもあるが、その代償が葉に隠れた蜂に刺されるのでは堪ったものではない。
楽しみにとっておいたのに……と、恨めしそうな視線を寄越すなのはの目の前で、カフカはこれ見よがしにイチゴを口に放り込む。
「オレに相談なんかするのが、そもそもの間違いなんだ。……その、わかるだろう?」
カフカは、十分に一回恋する男なのである。女の子を見かけたら声をかけずにはいられないのである。
そんな下半身に司令塔を置くカフカに相談など……わざわざあり地獄に足を運ぶ、ありさんのようなものだ。ぱっくんだ。ぺろんちょだ。食べられちゃうのだ。
「うーん……。でもわたしは、カフカ君の好みの女の人じゃあないよ? ブロンドでもないし、色気もない。胸もお尻も……」
自分で言ってて虚しくなったのか、なのはは俯きがちになっていく。
「そうだな、なのははどんなケーキが一番好きなんだ?」
「………ショートケーキ」
「じゃあ、チーズケーキは嫌い? チョコレートは? ティラミスは? フルーツは?」
「………全部好き」
「だろう? つまりそういうことなのさ」
なのはは、顔を上げてカフカを見る。
ということは、現在の自分は狙われているのかとなのはは思った。
なんていったって、嬉し恥ずかし19歳の女の子である。思考は直結ピンク色。
「ブロンドでなくても? 色気がなくても? 胸もお尻も、そんなに大きくなくても?」
「そんなことは些細なことだ」
「………ま、魔王少女でも?」
「―――それは無理」
途端に、なのはは絶望した! あるいは裏切られた! と、いった風な顔で手に持ったフォークを取り落とした。
「いや、なのは……お前は男になにを求めてるんだ?」
「た、耐久力………」
この広い宇宙の一体どこに、SLBを受けても愛の言葉を囁ける人間がいるというのか。マゾか、マゾなのか。というか、それはもう人間ではないだろう。
「でも、カフカ君なら………!」
冗談がキツすぎて、もはや冗談の範疇に収まっていない。遠回しな“お前はもう死んでいる”だ。
雷を落とされてもザンバーを頂戴しても、包丁を向けられても空鍋で精神攻撃を受けても、のこぎりを向けられても鉈を向けられても無事だったカフカでも、さすがにSLBは死ねる自信があった。なにせ骨密度50歳なのである。不健康でひょろひょろなのである。
そんなか弱い自分が星をも砕くSLBなんか受けちゃった日には、全宇宙の女性が泣く……と、カフカは勝手に思っている。
「というわけだ。なのはは、孤独の道を歩むといい……」
ザンバーだけで間に合っているカフカは、伝票を手に持ってさっさと席を立つ。
けれど、なのははそれを許さない。カフカの腕を引いた。
「魔法艶女にしてくれるって!?」
「………忘れてくれ」
「魔王少女でも良いって!?」
「………言ってない」
「わたしを“女”にしてくれるって!?」
顔を伏せ、声を震わせるなのは。
これではまるで自分が悪者のようではないか! と、カフカは思った。
「わ、わたしも……、フェッ、フェイトちゃっ、フェイトちゃん、みたいっにぃ―………」
ぐじゅぐじゅと鼻を啜り、しゃっくりに言葉を詰まらせながらなのははそれでも続ける。
「おとっ、大人の女にぃ……なりっ、なりた、なりたいなりぃ―……」
拙者コロ助なり。
カフカは、むずむずと笑いそうになる口を押さえた。
「おっぱ、おっぱいもぉ―……おしりもぉ、大きくなりっ、なりっ」
くるかコロ助。出るのかコロ助。できれば止めて欲しい。
カフカは、口を押さえながらなのはの言葉の続きを待った。
「なりっ、たいっ、なり―……」
カフカの口から奇妙な音が漏れた。堪えられなかったなり。
なの助は、テーブルナプキンで鼻をチーンすると決意を固めたようにカフカを見上げた。
「お願いカフカ君、わたし、大人の女になりたいの!」
カフカは、今それどころではない。それどころではないなり!
それにもかかわらずなの助は、肩を震わせながら息を整えるカフカが共感してくれたのかと勘違い。嬉しそうにはにかんでカフカの手を取る。
「わかってくれたんだね」
わからないなり。これっぽっちもわからないなりよ。と、カフカは思った。
「と、とりあえず落ち着こうなのは。コーヒーが冷め、冷めたなり。新しく注文するなりよ」
これっぽっちも落ち着くことのできていないカフカだったが、手を上げてウェイトレスを呼び止める。
「コーヒーをお代わりしたいなり」
「そうなりか……。ところでお客様、ずいぶん楽しそうだったなり。手を握ったり、肩を抱いたり、まるで恋人みたいだったなり」
ひんやりと、冷たい感触が首もとを撫でる。一体なんだとカフカが思ったなら、それは手だった。ウェイトレスの手が首を掴んでいるのだ。
振り返ることはできない。というよりもしたくないカフカは、正面に座るなの助の顔を見る。
なの助は、驚いたように口元を押さえて顔を青くしていた。
「―――フェ……」
言わなくもわかる。その言葉の続きはわかるなりよ。
ふぅ、とカフカの耳を湿っぽい吐息が撫でる。
「一体、なんの話をしてたなり?」
「なのはが―――」
と、説明を始めようとしたところで、なの助がブンブンと首を横に振る。言っちゃダメなりと言わんばかりに。
本人に知られてしまうのは恥ずかしいのだろうか。自分もフェ……彼女のように色気のある女性になりたいということが。
「ふーん………。ナニソレ? ふたりだけの秘密っていうのかな?」
だがしかし、自分の命を考えて欲しいなりと、キツく絞められていく首を押さえながらカフカは思った。
爪が食い込み、酷く痛い。言うから放してくれと、カフカが口にしようとしたその時。
「………言うから! 言うからお願い! カフカ君を放してあげて!」
なの助が、こんなのもうたくさんよ! と、ばかりに昼ドラのヒロイン張りの口調でそう口にした。
けれど、だがしかし、なぜか、カフカの首から手が放されることはない。それどころか一層キツくなる。
「なんでかな―――すごく腹が立つ。まるでわたしが悪いみたいでさ」
もっと可愛らしく登場すればよかったのだ。フェイトは。
えー、なになに? なんのはなしー? え? 秘密? そんなひどいよー……といった具合に。
「立ち位置がオカシイと思うんだ。普通はさ、わたしがなのはのところだと思うんだけど」
だから、可愛らしく嫉妬アピールでもすればよかったのだ。フェイトは。
いつからか病んでしまった彼女は、サーチ・アンド・デストロイの思考になってしまっているらしい。
「それで、なんの話だったの? 教えてなのは。友達でしょう?」
完全に悪役になってしまったフェイトは、もはや開き直ったのか、今にも“この雌豚め!”と言いそうな調子だ。
「うん、あのね………?」
大丈夫だからと、なの助は安心させるかのようにカフカの方を見て頷く。
首はまたキツくなった。
「わたしを“女”にしてくれるって」
――――かふかは、めのまえがまっくらになった。
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