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Short Short
Someday My Prince Will Come
 毛足の長い絨毯の上だ。いくらフェイトがヒールを履いていようとも音など立つはずもなかった。それでも彼女は腹が立っていたから少しばかり音を立てたかもしれない。
 ホテル・アグスタ、そこにフェイトはいた。以前任務で訪れたときと同じようにドレスを身に纏ってだ。だが前回と違うのは、今日は任務ではなく私用でこのホテルに訪れていたことだった。
 そしてその私用とやらが問題だった。なぜならフェイトは今日、なにも望んでこの場にいるわけではなかったからだ。
 彼女は今日、お見合いをさせられたのだ。話を聞けば、相手は以前ホテル・アグスタで見たフェイトの姿に一目惚れだったらしいどこかのお坊ちゃんだった。
 乗り気ではない。むしろ断りたいくらいだったフェイトだったが、母リンディの顔を立てる意味でも無下に断ることもできなかった。会ってみるだけ、ただそれっきりなら構わないと彼女は我慢することにした。
 我慢、できなかった。やって来た高いスーツ姿の男はペラペラと舌が回った。その姿はどこか彼に似ていたかもしれない。けれど彼と目の前の男とでは決定的に違うことがあった。彼が冗談や皮肉を交えながらおもしろおかしい話をするのに対し、目の前の男は自分のことをこれでもかと自慢するのだ。だからフェイトは思わず言ってしまった。

――そんなに自慢話がお好きなら猿山に行かれてみてはいかがでしょう。

 フェイトのそのひとことに場が凍りついた。男は羞恥やら怒りやらが入り混じった顔を真っ赤にした。
 しまったと思うよりも先に、フェイトは自分も大概毒されてるなあと思った。ここにはいない彼にである。
 けれど彼なら、カフカならここでもっと強烈な皮肉をお見舞いしたことだっただろうなと考えた。そして考えたところで、ふと思った。
 なぜ彼はわたしをさらいに来てくれないのだろうかと。普通はここでオレの女だ手を出すな的な展開があるはずであるし、なければならない。むしろそう仕向ける為にお見合いしなくちゃならないのと周囲に言いふらして回ったのだし、それはきっと彼の耳にも届いたはずだ。なのになぜ彼は来ない。
 来てよ。早く来て。来なきゃダメ。なんで来ないの。もういい、わたしが行く。と彼女は席を立った。

――大変、お顔が赤いですよ? わたしが急いでドクターを呼んでまいります。

 と去り際に言い訳を残してフェイトはハンドバックを引ったくるようにして持ち、長い毛足の絨毯をヒールを踏み鳴らしながら出口へと向かった。
 途中、母リンディに回線を繋いでごめんなさいと伝えた。彼女は画面越しに笑った。フェイトは彼じゃなきゃダメなんだものねと。面と向かって言われるとさすがに恥ずかしいものがある。フェイトの頬が朱の色を帯びた。母リンディはそんなフェイトに頑張りなさいと告げて回線を切った。実に母らしかった。
 フェイトはバックから車のキーを取り出すと、ドレスを太ももの辺りまで捲り上げ乗り込んだ。カボチャの馬車? そんなものでは遅すぎる。彼を捕まえたいならターボエンジンを積んだスポーツカーでなければダメだ。
 ヒールを脱ぎ捨てアクセルを踏み込むと、車は凶暴な唸り声と共に道路を獣のように疾走した。開けられた窓から吹き込んでくる強い風が、フェイトの髪を泳がせる。
 カーステレオを操作して彼の部屋から失敬したツェッペリンのアルバムを大音量でかける。プラントが原始の叫びを上げペイジもギターでお喋りだ。ジョーンズの極太なベースがアソコを熱くさせ、ボンゾが固い太鼓でハートを刻む。
 酒と音楽は地球の方が良い。彼が言っていた言葉だ。そうかもしれない。いやきっとそうだ。だって彼がそう言ったんだから。だけど言わせて欲しい。

――イイ女は、ミッドだと。

 車は勢いを殺すことなく機動六課前に、横滑りしながら突き刺ささるようにして止まった。耳を塞ぎたくなるかのようなブレーキ音だった。これにはさすがのフェイトも汗が引く思いだったが、すぐに思い直すことにした。後でこのタイヤ痕を見せて彼に自慢しよう。きっと笑ってくれるに違いないと。
 車のドアを蹴り開けるかのように外に飛び出たフェイトは、走り出そうとしてヒールを履いていないことに気が付いた。けれど別に構わなかった。足が痛いなら彼に抱き上げて貰えば済むことなのだし、ここまで近くに来れば今度こそ彼がやって来るだろう
 隊舎から先ほどのブレーキ音を聞きつけた人間が続々と集まって来る。まだ彼の姿はない。

「――フェ、フェイトちゃん? どうしたの? お見合いは?」

「なのは……カフカ、知らない?」

 人混みから飛び出してきた親友に少しだけ落胆しながらもフェイトは視線を走らせた。
 エリオとサッカーでもしているのだろうか、それともキャロに冗談を言っているのだろうか、はたまた女の子を口説いているのだろうか。きっと最後だ。女の勘と彼を見てきた経験がそう決めつけた。

「――カフカは……きっとロングアーチの娘を口説いてるはずだから、呼んできて! 今すぐ!」

 いつもと違うフェイトの様子に場が散り散りになった。髪が乱れ太ももが露わになったドレス姿の美女がヒステリーを起こしたと知れば、誰もが厄介ごとだと関わるのを避けたがる。事実、彼女はヒステリーを起こしているように見えたからだ。
 感情がおかしい。フェイトは泣きそうなのに笑いたい、本当は怒ってないのに怒りたかった。

「――来なきゃダメなの! カフカぁ」

 目をこすりながら泣きじゃくるフェイトに、その場に残ったなのはや後からやって来たエリオとキャロはどうしていいのか分からずに、慰めたりオロオロしたり方々に向かってカフカの名前を呼んだ。
 そんな中ひょっこりとカフカは現れた。口にくわえたタバコを吹かしながら、車で六課に突っ込んで来たなんともクレイジーなテロリストがいるって聞いたもんだからと。
 なるほど確かにフェイトはテロリストだった。車で突っ込んで来たと思ったら叫び、叫んだと思ったら泣き出したのだ。しゃっくりをあげる無差別テロリストだった。

「――カフカぁ……お見合い、わたしお見合いってっ、言った……のにっ……どうしてっ、迎え、にっ、来てっ、くれない……のっ?」

「ハハッ、アグスタだろ? 今からかっさらいに行こうとして服を選んでたんだよ」

 見てみろよこの格好と彼が両腕を広げた。カフカはいつもとなんら変わらない制服姿だった。
 フェイトはカフカに飛びついた。タバコの臭いが鼻をくすぐった。彼の香りだとすぐに首筋に顔をうずめ鼻を啜った。

「――ホントはベッドの上で聞くつもりだったのさ。オレの方がイイだろう? ってな」

 耳元でそう囁いたカフカの頭にフェイトは思いきり自分の頭を打ちつけた。カフカの悲鳴が上がるが無視する。

「――バカッ! そんなのカフカがイイに決まってる!」

 どうやらわたしの王子様は迎えには来てくれないらしい。フェイトはそのことに落胆するでもなく笑った。分かっていたからだ。

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