Short Short
Give It Up Or Turn It Loose
まんまるな瞳は、まるで『わたしが欲しいの?』と言わんばかりに挑発的にカフカを見返す。
しなやかな肢体で誘惑し、ペロリと舌を覗かせたならもう負けだ。抱くしかない。
仕方がなかったんだと、なぜならあまりも美しく可愛いかったから。抱かなければ男が泣くと。そんな風に言い訳を考えながらカフカはマンションに帰宅した。
体から染み付いて離れない雌の匂い。ザンバーか。ザンバーなのか。即ザンバーだろうな。トラウマザンバーだ。
カフカは溜め息を吐き出し、ただいまとリビングの扉を開いた。
「………ネコ、買った」
右手に持ったケージ。にゃーん。鳴き声。カリカリカリカリ。爪研ぎ。
カフカの言葉を聞くやいなや、キッチンで夕飯の支度をしていたフェイトがびっくりしたように飛んで来た。
「ど、どうしてネコなんて買ったの!?」
「……エリオとキャロが喜ぶだろう?」
「うそ! どうせカフカが欲しくなっただけでしょ!?」
「………もう買っちゃったし」
「ネコが欲しいなら、なんでもっと早くそう言ってくれないの!?」
憤慨したかのように口調を荒げたフェイトは、エプロンを脱いでリビングを飛び出して行こうとする。
「オイ! どこ行くんだ?」
すかさずカフカは彼女の手を掴んで引き止めた。
「放して! ネコならわたしが! わたしがなる! 108着の中に2つもあるの! ピチピチキャットスーツと、もふもふキャットコスが!」
なってどうすると、喉まで出かけた言葉をカフカは飲み込んだ。……それは聞くだけ野暮というものだろう。それでも敢えて言うなら、にゃんにゃんするためだ。
「アー……フェイト?」
「にゃに?」
「ならなくていい。お前はネコにならなくていい」
「にゃんで?」
ねえ、にゃんで? とフェイトは手首をネコのように丸めてカフカに詰め寄った。
「にゃんにゃんできるんだよ?」
背中に手を回し、柔らかな胸を押し当てる。心地よい温もりに惚けそうになるが、カフカは彼女を引き剥がそうとする。
「いや!? カフカのニオイ、カフカのニオイィィ」
けれど、彼女は離れてはくれない。それどころかフーフーッと獣のように息を荒げ、胸に頬ずりまで始める始末だった。
カフカとて決してやぶさかではないが、時と場所と雰囲気くらいは考えてほしいのだ。
「オイ、いいかげん離れてくれ……」
「いや、いや、いやぁ……。にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんー……」
離れまいともたれかかってくるフェイトにカフカはバランスを崩し、ガタッと腰を打ちつけた。一体なににぶつかったのかと振り返ったならテーブルだ。
「にゃんにゃんだから! にゃんにゃんだから! ×××から! ×××から! ×××から×××××にゃんにゃんして!」
ぐりぐりと鼻先を押し付けるように、フェイトは首に舌を這わす。早く早く早く、同じ気持ちになってよと言わんばかりに。
吸い付いては舐め、啄ばんでは舐め、甘噛みしては舐める。そんな風にして、カフカの首はフェイトのよだれで濡れていく。
「ベタベタだ………オイ」
「綺麗にしてあげるから、わたしがペロペロして綺麗にしてあげる!」
当然綺麗になるわけなどない。綺麗にしたいなら舌ではなくタオルを持ってくるべきなのだ。
ぴちゃりぬちゃりむちゅり。そんないやらしい水音を聞きながら、カフカはぼんやりと上を見上げ暖色系の灯りを見つめる。いっそベッドに行って、やることやった方が楽なんじゃないかと思いながら。
「アー……夕飯の支度はいいのか?」
「だいじょぶ。もうできてる。後でチンすればいいよ。……それとも、今からチンする?」
首から顔を離し、フェイトはしゃがみこんでカチャカチャとズボンのベルトを弄くり回しながら妖しく微笑んでみせた。
さっさとベッドに行こう。根負けしたカフカはそう口にしようとするが―――目があった。ネコと。
ネコは、盛ってんじゃにゃーよとばかりに冷ややかな眼差しを向けてくる。
「そうだな………。やっぱり人間らしくしたい。ネコじゃなくて」
テーブルに手をつきながら、カフカはフェイトの唇を親指でなぞる。
「人間らしく?」
「ああ、まずはキスからだ」
フェイトは大人しく目を閉じてキスを待つ。んーっと、喉を鳴らしご褒美を待つ子どものように。
その唇にカフカは押し付けた。テーブルの上に置かれたスプーンを。むちゅっと。
「んっ……あ、ふむぅ………」
フェイトはとびっきりお熱いのをご所望だったらしく、彼女の唇はスプーンの口内への侵入を容易く受け入れ舌を絡め始めた。ねっとりと。
うっとりしたままスプーンとキスを続けるフェイトの口から、カチャリカチャリと音がする。今こんなにも濃厚にスプーンと愛し合っているのは、宇宙広しと言えども彼女を置いて他に乳幼児くらいのものだろう。
「歯ぁ……当たっ、てるよ? や、激し」
カフカはスプーンをフェイトの口に突っ込むと、ようやくケージを開いてネコを出してやる。
「エリオ! キャロ! ちょっとリビングに来てくれ! 見せたいものがあるんだ!」
ドタドタドタッと廊下を走る音。二人はリビングの扉を開き、そして固まった。
「見せたいものって……」
エリオがうっ、と言葉を詰まらせ
「―――この気持ち悪いフェイトさんをですか?」
キャロがにこやかに、けれど、心底うんざりしたような口調でフェイトに視線を寄越す。
「んぁ、……すごい、あっ、もふっ……」
取り憑かれたかのようにスプーンと愛し合うフェイトを。
「……いや、そっちじゃなくてこっち」
ひょいっと、カフカはネコを持ち上げる。灰色の短い毛並み、真っ黒な瞳を持つネコを。
「可愛いです! カフカさん! このネコちゃんどうしたんですか? すっごく可愛いです―――まるでわたしみたい!」
なのかどうかはわからないが、ネコはとても愛くるしい。
「買ったんだ。可愛いだろう?」
カフカはネコをフローリングの床に下ろす。するとネコは真っ先にキャロ……ではなくエリオの下へ。本能でなにかを察したのだろう。
エリオがネコの喉を撫でたなら、ネコはあっさり腹を見せ服従のポーズでされるがままに目を細めた。
「名前はなんていうんですか?」
「アー……まだ決めてないんだ。よかったら一緒に考えてくれないか?」
「雌ですよねこのネコちゃん? それなら……キャロラインなんてどうでしょうか? きっとわたしに似て可愛く育ちますよ」
キャロはネコに手を伸ばした。けれど、すぐに威嚇されて引っ込める。
「むっ、生意気ですねキャロライン……」
キャロライン(仮)は、お前の名前からいただくなんてごめんだとばかりにキャロに一瞥をくれると、エリオに一直線。エリオにネコまっしぐら。ゴロニャンゴロニャン愛してニャンニャンだ。
「困ったな。ずいぶん懐かれちゃいましたね……」
「それならエリオが名前を決めるといい。きっとネコもそのほうが嬉しいだろうからな」
うーん……と、エリオは腕を組ながら考える。
その間、ネコは何かを期待するかのように彼の膝元に擦り寄る。
エリオはひとしきり悩んだ後、閃いたとばかりにネコを持ち上げた。
「よし、お前は“にゃん太”だ!」
「―――センスなさすぎだよエリオ君」
こればっかりは流石にキャロの言うとおりだった。
雌に“にゃん太”だ。ありえない。あまりのありえなさにネコも心なしか微妙な表情を浮かべているくらいだ。例えば愛する人の趣味が、スプーンをナメナメすることだと知ってしまった。そんな感じだ。
「……………そう、かな」
エリオはネコをそっと下ろした。
「うん。ありえない。なにをどう考えたら“にゃん太”なんて名前に行き着くの? ねえ、なんで? なんでなの? バカなの? ねえ、バカでしょ? うん、バカだよ。エリオ君、バカ。バーカ、バーカ、バーカ、バーカ。ふふっ、少し、頭冷やしたらいいんじゃない?」
なにがキャロをそこまで突き動かすのだろうか。彼女はこれでもかというほどエリオをなじるなじるなじる。しかも、とても生き生きとした表情で。
「ほらほら、認めなよエリオ君。“ぼくはバカです”ってさ。あはは、ほらほらほらほらほらぁ」
「う、生まれてきてごめんなさい………」
はっきり言って目を逸らしてしまいたい光景だ。
暗く歪んだ快楽に目覚めてしまったようなキャロと、なんだかこちらも危ないんじゃないだろうかと思われるエリオ。いつからこんな風になってしまったのだろう。
カフカは、エリオを足蹴にしようとするキャロを抱き上げて阻止する。
「悪い。そう、オレが悪かった。ネコは家族になるんだ。みんなで名前考えなきゃな」
だから、今こそ封印を解くときだった。
カフカはフェイトの前まで行くと、封印されし聖剣を―――スプーンを引き抜いた。目覚めよトロピカル。
「えへ、えへ……えへへへへぇ……すごかったよぉカフカ……もっとぉ……」
カフカはもう一度スプーンを彼女の口に突っ込んだ。かぷりちょんっと。
「んぅ! なんへ、すふぅーん!?」
面食らったかのように目をしばたき、フェイトはスプーンを引き抜いた。
「スプーンなんかじゃ、満足できないよ! もっとぶっといの! わたしのお口に突っ込んでっ!」
彼女はすっかりヤル気満々だ。
ぺたんと床に腰を下ろすと、フェイトは口を開いて艶めかしく舌を動かしながらカフカの腰に腕を回した。
カフカは辺りを見渡す。ナニかスプーンの代わりになるものはないだろうか。太くて硬いナニかは。
「カフカさん、これをフェイトさんのお口に」
そう言ってキャロが差し出したのはフォークだった。これっぽっちも太くはない硬くて鋭いフォークだ。
「刺すのか………」
カフカはフォークを手に取った。
「はい! ズブッと!」
キャロは、惚れ惚れするかのような素敵な笑顔で告げる。
「…………挿す気?」
ジーッと、フェイトはカフカを見上げる。
「ズブゥッと、挿す気なんだね?」
ハァハァッ、とフェイトの荒くなる息がカフカの下半身にかかる。
「じゅぶじゅぶ挿すんだね?」
「………………“刺す”な。うん」
フォークをテーブルに放って、カフカはフェイトもソファに放る。そしてチャックを上げた。始めからこうすれば良かったと思いながら。
「―――名前を、考えよう」
仕切り直すかのようにカフカはそう告げた。
ネコを中心に据え置き、4人集まってみんなで考えようじゃないかと。
「うーん……。フェイちゃんなんてどうかな? わたしに似て可愛いく育つと思わない?」
口寂しいのか、ちゅうちゅうと親指を吸いながら、フェイトは名案だといった風に顔を輝かせる。
けれど、呆れたようにキャロがため息を吐き出した。
「年がら年中発情してくれるのがオチですね……」
「腹黒キャロラインになるよりはいいと思うけど?」
どっちもどっちだった……。
エリオは……と、カフカは彼にも意見を求めようとしたが止めた。先ほどのキャロによるダメージから立ち直れていないのか、うじうじと床をつついているのだ。
「カフカはなにかないの?」
「………ヘンリエッタ?」
フェイトに尋ねられ、とっさに思いついた名を口にしたが、これはマズかった。
ヘンリエッタと聞いた彼女の目が細められる。怪しいとばかりに。
「ふーん………誰? ヘンリエッタって」
「…………………昔の女」
フェイトは、よだれでベトベトに濡れた親指をカフカの服で拭う。地味な嫌がらせだった。
「止めてよね。昔の女の名前なんて付けようとするの。絶対にネコちゃんのこと好きになれない」
「悪かったよ。悪かった」
「だからフェイちゃんって付けようよ。そうしたらたくさん愛せるでしょ?」
ねーっと、ふて寝しているネコをフェイトはニコニコしながら抱き上げる。
離してくれと、フェイトの腕の中で嫌がるネコをキャロがすぐさま横から取り上げた。
「止めてください。フェイトさんの名前なんて付けようとするのは。絶対にネコちゃんのこと好きになれません! ここはやっぱりキャロラインに!」
どっちもどっちだった……。
スルリとキャロの腕を抜け出し膝の上に乗ってきたネコの喉を撫でながら、カフカはため息を吐き出す。
「ジャクリーンなんてどうだ? 洒落てる。……長いか? なら、サロメは?」
目を細めるネコの首を手のひらの上に乗せ、カフカは笑った。逆だろうと。
「キャロラインですよねカフカさん!」
「フェイちゃんだよ!」
「いいや、サロメだ。こいつの名前はサロメに決まったのさ」
キャロラインとフェイちゃんよりもマシだとばかりに、サロメは欠伸をひとつ。
カチリと、銀色の首輪をサロメの首に着けてやる。
「さっ、メシにしよう。サロメもだ。缶詰めがある」
ようやく決まったと、カフカは立ち上がる。
名前ひとつ決めるのに色々ありすぎて少し疲れた。腹も減ったのだ。
「……………………にゃん太」
だから、聞こえた未練がましい呟きは無視する。
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