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Short Short
Catch Hell Blues
 そうだ! こんなときこそさっきまで練習してた愛想笑いだぞシグナム! そうか、そうだな……よし、どうだ? ナニソレ……わたしのコト、挑発してるの? ねぇシグナム……スグにそっち逝くから、逃げないで、カフカも、アナタも…………。

――と、いった殺り取りが行われた。

 そして現在。女という女を股に掛けるカフカ……ではなく、力で一家を治める国連で言えばアメリカ的な存在、フェイトを始めとするトロピカル一家は、八神家へと訪れていた。

「いらっしゃいませ八神家に! なんや、初めてやなお客さんは」

「メシが減るじゃねぇか、帰れよう……」

「わんわん、わんわわわん!」

「あらあらあらあらー……お帰りなさいアナタ。ごはんにする? お風呂にする? それともわ・た・し? きゃっ、言っちゃった」

「お邪魔するね、はやて。大丈夫だよヴィータ、わたしも夕飯は持って来たから。ドッグフード食べてて、ザフィーラ。歳、考えて、シャマル」

 初々しい新妻のように腰をくねらせ定番のおふざけを決めたシャマルにだけは、シベリアの如き絶対零度の声音を用いたフェイトを横目に、カフカは持参した鍋を八神家の玄関へと下ろす。
 漂ってくる匂いから、フェイトが作ったのはカレーだということがわかった。きっと自分の好きなチキンカレーに違いない、彼女には少し悪いことをしたとカフカは頭を掻く。
 修羅場というよりも自分一人がボコボコにされるだけだが……。それを回避するために、カフカは夕食を一緒にしようと提案したのだ。
 それを口にしたときのモニターの向こうのフェイトの視線といったら、危うく新たな性癖が花開きそうなほど冷たかった。

「フェイトさん、頑張ってたんですよ? カフカさんの大好きなカレーを一生懸命作ってたんですよ?」

 そっとエリオが耳打ちしてくれる。

「……カフカさんのせいで、ニンジンがたくさんになりました」

 キャロもだ。舌打ちを絡めながらしっかり毒づいてくれる。冷たい視線は誰に似たのか、言うまでもない。

「……ところで、八神家の夕食のメニューはなんだ?」

 そんなキャロの視線から逃れるかのようにして、カフカは話しを逸らした。

「カレーや。チキンティッカマサラや。グレアムのおっちゃんがイギリス人やったからなー……。自信作やで」

 そして地雷を踏んだ。

「おお! カレーですか主! 楽しみです! ……ところでテスタロッサ、お前が持ってきたのはなんだっかな?」

 ニコニコというよりも、ニヤニヤといった笑みを顔に貼り付けたシグナムがフェイトの顔を窺う。彼女は知っていて尋ねているのだ。
 主の料理は美味い、絶品だ。などと聞かされていたし、それを抜きにしても主至上主義である彼女のことだ、はやてを持ち上げフェイトを貶めるに違いない。

「………カレー、だけど?」

 若干上擦ったような調子でフェイトは答えた。
 被った。見事に被ってしまった。こちらはただのチキンカレーで、八神家はチキンティッカマサラだ。名前からして負けている。
 まるで少年サッカークラブチームがプロサッカークラブチームと試合するようなものだ。もちろんこちらが少年サッカークラブチーム……。
 フォローせねばなるまい。なぜなら、先ほどから足をフェイトに踏まれているからだ。気を利かせろ、わたしを褒めろ! といったところか。
 カフカは仕方なしに口を開いた。

「アー……、まあ、カレーパーティーが出来ていいんじゃないのか? フェイトの作ったカレーは美味しいから」

「なにを馬鹿な。主が作ったカレーのほうが美味いに決まっている」

 シグナムは鼻を鳴らして鍋を見下ろす。

「あ、あたしはカレー好きだから嬉しいけどな! な! お前らもそうだろ?」

 焦ったような調子で、ヴィータがザフィーラとシャマルに同意を求めた。
 ヴィータでさえ空気を読んでフォローに回っているというのに、シグナムといったら……。

「まあ、せっかくだ。食べ比べてみるといい。二度とテスタロッサのカレーが食べられなくなるかもしれないがな……」

 高笑いをしながらシグナムは、はやての背を押してリビングへと去って行った。
 こんな空気を作り出しておいて、しかもそれに気づくことなく去っていく。誰が被害を被ると思っているのだ――自分だ!

「わかってるよねカフカ? カフカならわかってくれてるよね? カフカはわかってると思うけど……」

 ギリギリと、そしてミシミシと音を立てそうなくらいキツく腕を握り締め、ボソボソと低い声で囁いてくださるフェイトにカフカは黙って頷いた。一度と言わずに二度、三度と。
 例え、万が一、ひょっとして、ひょっとしたらはやての作るチキンティッカマサラ方が美味しかったとしても、フェイトの作ったカレーの方が美味しいと言わなくてはならない。

「シグナムったら……。あんな言い方しなくてもいいのに、はやてちゃんの作るカレーの方が美味しいからって……。ねえ?」

 ニコリと微笑み、シャマルが溜め息を吐き出す。
 一見、フェイトを気遣う言葉にも取れるのだが、食べてもいないのに断言している時点で言葉の意味も笑みも、正反対のものとなっているのだ。

「まるで姑みたいな言い種だねシャマル」

「あら、気に障った?」

「ううん、行き遅れのシャマルになにを言われても、痛くも痒くもないから大丈夫」

 唇を噛み締め表情を強張らせたシャマルを見て、今度は反対にフェイトの顔が愉悦に染まる。
 とりあえず、この胃が痛くなる争いを止めねばとカフカは口を挟もうとするが、余計なことはしなくていいとばかりにフェイトが腕を絡め抱きつく。目の前のシャマルに見せつけるかのように。

「私にも気になってる人はいるんだけど、彼、悪い女に捕まっちゃってるのよね……」

「へー……。てっきり、シャマルはもう女として枯れてるとばかり思ってたんだけど」

「この間も一緒にお茶したときに、その彼が言ってくれたの。『フェ――より、シャマルのほうが好きだ』って」

 ギシリと、空気がそんな風に軋んだ音を立てた。キャロが逃げ出し、エリオは行きたくもないトイレを借りに走る。そしてヴィータはザフィーラに跨り夜空を駆ける。オレも、とカフカはザフィーラの尻尾を掴むが『悪いな、一人乗りなんだ』との返答を頂戴し、取り残された。
 次元震、これは次元震が起こっているに違いない。ならば管理局員として事故は未然に防がねばなるまいと、カフカは口を開く。できるだけ隣りを見ないように。

「……フェレットじゃないのか? ああ、きっとそうだ。ソイツはきっとフェレットより、シャマルの方が好きだって言ったに違いない」

「“フェ”の後に続いた言葉は“レ”じゃなくて、“イ”だったでしょう?」

 119! ダイヤル119! オウ、ジーザス・クライスト! たまには雲の上から降りて来てオレを救ってくれ! でないと、そう多くないアンタへの信仰心は残らず便所行きだ。オウ、ジーザス・クライスト! たまには働いてくれたっていいんじゃないのか? 寄付金やら有り余る信仰心の分くらい働いてくれたっていいんじゃないのか? でないと、教会を見るたびに唾を吐いてトゥー・コールド・フィンガーをキメることになりそうだ。オウ、ジーザス・クライスト! たまには人助けするのも悪くないぞ? アンタだってクソもすればファックだってするだろう? 葉っぱを吸えばストゥージズだって聴くだろう? 一杯奢るさ、だからどうか助けておくれ!
 カフカは天に祈る。が、普段から信じてもいない神には呆気なく裏切られた。

「“イ”の次に、なにが来るか知りたい? フェイ“ト”ちゃん」

「“ト”だったら、わたし、どうかなっちゃいそう――ね、カフカ?」

 “あとで”フェイトは、カフカにだけ聞こえる声でそう付け加える。死の宣告だった。

「さっ、フェイトちゃんは台所でお鍋を温めてこなくちゃね?」

 勝った。そんな陶酔しきった満面の笑みを顔に浮かべながら、シャマルは暗にあっちへ行けとフェイトを促す。
 フェイトはしばらく鬼のような表情でシャマルを睨みつけた後、カフカから体を離してカレーの入った鍋を持ち上げた。そして、のしのしと足音荒く歩いて行く。怒りのあまり若干放電しているのは仕様だ。

「ばいばいきーん、フェイトちゃーん……フフフッ」

 シャマルのどこまでも挑発するかのような声音に、一瞬、停電が起こった。フェイトの怒りのパラメーターが、三回転半を決めて振り切れたせいだろう。

「ああ、やっと二人きりになれた……」

 フェイトが見えなくなったところで、シャマルがカフカの胸に収まる。背中に手を回し抱き締めるその様は、自らのニオイを付け縄張りを主張する猫のようだ。

「死んだ。裁判も上告もすっ飛ばして死刑が確定しやがった……。電気椅子だ」

「死んじゃヤよカフカ君。わたしが治してあげるわ。何度でも」

 艶っぽく、湿り気を帯びた生暖かい吐息が首を舐める。クラクラするほどの色気だ。いっそこのまま身を委ねてしまいそうに――ならない。
 ガリガリと壁に爪を立てながら、ろくに焦点の定まっていない暗い瞳をこちらに向けるフェイトが見えたからだ。彼女は呪詛のようにブツブツと何事かを呟き、いや呪詛なのだろう。詠唱が必要な大規模魔法でもぶっ放そうとしているのだ。ピッピカチュウ。
 カフカは慌ててシャマルを引き剥がす。名残惜しそうに離れた彼女もこちらを見るフェイトに気が付いたのか、けれど、シャマルは“卑しい雌猫ね、見てたの?”と言った風な笑顔をフェイトに向けた。カフカは別の意味でクラクラした。

「――デラうま!」

 ヴィータがカレーを小さな口一杯にかき込んだ。
 食卓には、それぞれ各自に二つずつ小振りな皿にカレーが盛られており、はやてが作ったチキンティッカマサラにはナンが、フェイトが作った普通のチキンカレーにはライスが添えられている。
 インド発イギリス発祥のスパイシーな香りのチキンティッカマサラ。タンドリーチキンにかぶりつけば、チキンの中まで染み込んだルーと肉汁が堪らないことだろう。
 カフカはスプーンをチキンティッカマサラに向け――るわけにもいかず、馴染みのフェイトカレーを掬った。特になにかしらのコメントは必要ない。いたってシンプルな美味しいチキンカレーだ。

「美味しいカフカ? 美味しいよね? 美味しいでしょ? 美味しくないわけないよね? 美味しいに決まってるでしょ? 美味しくないなんて言わせない」

「止めなさいフェイトちゃん。見苦しいわよ?」

 美味しい。確かにフェイトのカレーは美味しかった。ただし、この殺伐とした雰囲気の食卓で食べることがなければ、より一層美味しいと感じることができたに違いない。

「シャマルは黙ってて」

 フェイトは鋭い目つきでシャマルを睨みつける。ギリリと噛み締めた歯、引き結ばれた口。とても普段の彼女からは想像もつかないような、悪鬼のごとき表情だ。
 カフカやエリオとキャロにとっては見慣れたものだったが、他の人間はそうではなかったらしい。手に持ったスプーンを宙に浮かべ、恐怖と驚愕にその表情を凍りつかせた。

「あぁん、怖いわカフカ君」

 シャマルも一瞬怯んだように身を竦ませたが、すぐにカフカにしなだれかかる。だがそれは、自ら断頭台に首を乗せるようなものだった。
 フェイトがゆらりと立ち上がる。彼女の半開きに開かれた唇は、今にもよだれが垂れ落ちそうなくらい艶やかな光を帯びている。そして、とろりと熱に浮いたようで、けれど、少しも明かりを通さない暗い瞳。鉈かノコギリなどを持っていれば、これ以上ないくらい今のフェイトにはマッチする。そんな感じだ。

「ねえ、しゃまる。わたし、いったよ? どうかなっちゃいそうって。ドウカナッチャイソウってさ。どうかなっちゃうよ。……ほんとに、もうがまんできないもん。しゃまる、ううん、いやしいめすねこ、めすねこだ。しゃまるはめすねこだよ。きたないめすねこなんだ。かふかにまとわりつく、きたないめすねこのしゃまる。じゃま、じゃまだよ。くじょしなきゃ、うん。やだもん、かふかに、においつくから。ねっ、ねっ、ねっ? がんばるよかふか。わたし、やっつけるよかふか。きたないめすねこのしゃまるを、ばいばいきんするよ? あはっ、だからほめて? いっぱいいっぱいほめて? わたしのこと、いっぱいほめて? ふぇいとはえらいこだねって。ぎゅってしてぎゅってして? あはっ、いっぱいぎゅってして? ぎゅってしてくれなきゃ、やぁー」

 舌っ足らずで普段よりも幾分か高いトーン。誰に話しかけ、自分がなにを話しいるのかすらわかっていないような印象を、今のフェイトからは受ける。
 虚空をゆらゆらと漂う熱に浮かされた瞳。それはお菓子を目の前にした童女のような輝きを帯びているようにも見えるが、違う。考えることを放棄し、本能を優先した狂気の瞳だ。ぷっつん。
 こうして、フェイトの人格はくるりと入れ代わる。そして彼女がぱっぱらぱーなとき、その目的はいつも決まってひとつ――邪魔者の抹殺、あるいはバイバイキン。あなたが落としたのは金の斧? それとも銀の斧? なんて泉の女神が似合いそうなフェイトも、今では金の斧を笑いながら振り下ろすキリング・マシーンだ。
 キャロが逃げ出し、エリオが行きたくもないトイレを借りに走る。シグナムがはやてを抱えて別の部屋に避難し、ヴィータはザフィーラに跨り夜空を駆ける。オレも、とカフカはザフィーラの尻尾を掴むが『悪いな、一人乗りなんだ』との返答を頂戴し、取り残される。

「あはっ? あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははぁっ? みーんないなくなっちゃったー。なんでー? どーしてー? さみしーな、うん。わたし、さみしーな。でも、だいじょーぶ。かふかいるから。かふかがいるから、ほんとはさみくなんてないよ? あれぇ? でも―――邪魔な雌猫が一匹いるね」

 フェイトの手に握られているのは、もちろんポリンキー、ポリンキー、三角形の秘密はね? ポリンキー、ポリンキー、美味しさの秘密はね? ポリンキー、ポリンキー、三角形の秘密はね? 教えてあげないよジャン♪――だったらどんなに良かったことだろうか、正解は越後製菓! ……なわけなく、バルディッシュ!

「ざんばーでざっくりイクか、それともほーげきでけしずみにされるのかどっちがいいかな? ――選ばせてあげるよシャマル」

 フェイトが一歩踏み出せば、シャマルが三歩後ずさる。一歩進み、三歩後ずさる。また一歩、また一歩と進んだフェイトは、ついにシャマルを壁際に追い詰めた。
 シャマルは、壁を背にした状態でなにか言わねばと口を開いた。

「止めてフェイトちゃん!? わたしのお腹にはカフカ君の子が!?」

「うん。なら、ざんばーけってー」

 中に誰もいませんよ? 中に誰もいませんよ? 中に誰もいませんよ? リセット! リセット! リセーット!! 緊急回避緊急回避。こちらカフカ、こちらカフカ、ブラッディーなエンドを回避する選択を求める。繰り返す。ブラッディーなエンドを回避する選択を求める。なお、シャマルのお腹のベイビーについては全く身に覚えがない。虚言である。それは虚言である。

「よし。……………逃げよう」

 カフカは、こっそりと足音を立てないように玄関を目指す。
 誠に残念でならないが、シャマルには犠牲になってもらうしかない。誠に可哀想だが、それしかない。誠に情けないことだが、とても今のフェイトを止められる自信がない。

「助けてカフカ君っ!?」

「お前が、カフカの、名前をっ、呼ぶなぁぁぁあっ!」

 鉈だ。どうやらフェイトは、ノコギリから鉈に持ち替えたらしい。ぬらぬらと地を這うような炎が、爆発を伴う激しい炎へと変わったのだ。
 涙目シャマル、ガクブルカフカ。逃げようとした足は、床に根を下ろしてしまったかのように動かない。

「それじゃあ元気に言ってみよーっ! バイバイ――と、その前に。カフカ、スコップ持って来てくれる? すぐに必要になるから」

 バルディッシュを振り被った状態で、フェイトがくるりと首だけを動かす。
 スコップ………ナニに使うんだ? などと聞いてはいけない、聞きたくない。掘るんですか? それとも埋めるんですか? 両方ですよね、ええわかってます。聞かなくてもわかります。

「よしっ、それじゃあ気を取り直して言ってみよー! バイバイキーン♪」

 はーひふーへほーっと、応える声は……ない。

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あきゅろす。
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