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お題SS小説
サバイバーズ・ギルト





今でも思う。
あの時、俺達があの場所にいかなければ。

俺が彼女をあそこに
連れていかなければ‥‥



そんなことを目をつぶるだけで、寝始めるまでの間、一瞬でも余裕が出来ると考えてしまう。


もう過去には戻れない。
振り替えることは出来ても事実を変更することなんて神ですら出来ないことなのだ。


そんなことは最初から
わかっているのに。






どうして俺だけが‥
どうして俺だけがこの世界に残ってしまったんだ。





あの時が
あの過去がすべて嘘だったら良かったのに。





「酒井さん、」



「‥あ、はい」


「今、ぼーっとしてましたよ。どうしたんですか?酒井さんらしくないですね。

今日一杯どうです?」



大里さんが酒を飲むポーズをとってこっちに体を向ける。


「あー‥、今日は用事があるんで、今度また」



「‥‥またそうやって断るんですね、酒井さんは」


大里さんがため息をついてあからさまに肩を落とす。この人は俺と違ってとても表現豊かだ。わざとらしくそんな動作をやっても自然な動きに見えてくる。外国に住んでいたのが長かったからか、大里さんはジェスチャーが激しい。




「すいません」

「謝らないでくださいよ。酒井さんが今日命日である彼女さんのお墓参りに行くことぐらい、

私だって知ってますよ?
むしろ、困らせてしまってすいませんね」


両手を合わせて申し訳なさそうな顔をした大里さんがこっちを見る。

「あ、知ってたんですね。

まぁ、あれからもう10年は経つんですけどね。」



「じゃあ、そろそろ次の恋をしたらどうですか?」



大里さんが俺の顔をじっと見たまま少し真剣に言う。



「俺にはもう、そんな権利なんてないですから。」



俺は頭を掻きながら苦笑する。



「それは残念ですね。
酒井さん優しいしかっこいいから狙ってる女の子、結構社内にもいるらしいですよ」


「‥‥ははは」



不器用な俺は上手く返しが出来なくて苦笑する事しか出来ない。





もう10年、経つのか。


彼女が生きていたら34歳。
俺はもう36歳で、あれからかなり年を取ってしまったんだなと感じる。





「ひろ君の彼女で良かったな、私。今一番幸せよ」





あの時、
彼女はそう言った。
不器用な俺はただ笑うことしか出来なくて、表現下手をあの時、どれだけ恨んだだろうか。



俺も幸せだよ。



ただ一言すら言えずに
彼女はあっけなくあの世に行き、俺は生きてしまっている。何故俺は助かったんだ。とそんな問いをもう何百回だって自分に問いかけてきた。



「やっぱり酒井さんは恋をするべきだと、私思うんですよ!」



突然、大里さんが俺の隣でデスクをバンと叩き立ち上がる。大柄な大里さんが叩いたことでデスクの振動がこちらのデスクにも伝わってくる。その音が想像以上に大きな音で思わず俺は目を丸くして大里さんを見た。


「あはは、すいません。ちょっと大きすぎましたよね?

でも私、絶対酒井さんが気に入る女の子を知ってるんですよ!もう凄い良い子で‥‥ね、酒井さん、やっぱりそろそろ恋愛してみましょう?良い男が恋愛しないで仕事ばっかなんて、寂しすぎるじゃないですか。

死んでしまった彼女だって、きっと酒井さんに次の恋愛をしてもらいたいって思ってますよ。

うーん、じゃあ明日!
その子に会いましょ!?」


ずんずんと相手の領域に土足で踏み込んでくる大里さんが目を輝かせてこちらを見つめる。‥‥有無を言わさない強い目力で。




「‥‥でも、」

「ね?!」


「あー‥、はい…」










仕事が終わる頃には、外はもう薄暗くて少し雨が降っていた。これは早くしないと本降りになりそうだな。


俺は、鞄から折り畳み傘を取り出しさすと、走るように駅まで急いだ。
そして、3駅ほどで降りて駅から10分程度の霊園まで行くと甘いミルクティの缶を1本とお線香を買って、彼女の墓まで走った。閉園まであと15分。




「人ってさ。死んじゃうといつか相手の顔も思い出せなくなっちゃうんだよ。

顔のどこにほくろがあったとかその人の匂いとか、いつか絶対忘れちゃうんだよ。悲しいね。」





彼女のいつかの言葉を思い出す。強い芯をもった女性だった。


でも時々、寂しさを表すことがあった。付き合って4年で彼女の弱いとこなんてあんまり知らなかった。あんまり弱さを見せない、そんな女性だったから。



ただその言葉だけは忘れられなくて、彼女がその言葉を口に出した時の俺がどんな反応をしただとか、どこでその言葉を彼女が言ったとかは全く覚えてはいないのに、あまりにもその言葉が印象的で

今でも俺は彼女の写真を定期の後ろに1枚だけ忍ばせている。彼女は写真の中で向日葵畑に囲まれて笑ってこちらを見ている。そんな写真。







墓石まで着くと墓は綺麗にされていて向日葵の花が刺されていた。彼女の一番好きな花だった。



俺はその花の横に彼女が好きだったミルクティとお線香を置いて、手をあわせて目をつぶった。





彼女の死因は火事だった。


俺が連れて行ったペンションで彼女は死んだ。火事の原因は俺らとは別の客の煙草の不始末。ちょうど煙草を捨てた場所が俺らの泊まった部屋で、ちょうどその時、俺は電話をする為に少しばかり外に出ていて自然の空気を吸っていた。彼女は部屋の中で服とかを整理していた。俺が部屋に戻った時、俺達の部屋は炎に包まれていて、走ってドアを開けて火の中に飛び込んだが彼女は煙の吸いすぎで部屋で倒れていた。俺が彼女をおんぶして部屋から出てきた時には彼女はもう手遅れだった。俺は軽い火傷だけで助かって彼女はこの世界にはもういないんだと、彼女の眠ったような顔を見る度に何度も思った。





「ひろ君は、さぁ、
何か一つに夢中になるタイプじゃない?

それも良いけどさ。他のことにも手を出したりしたら、世界がもっと広がりだすよ、絶対。」




またいつかの彼女が俺に言った言葉を思い出した。その時俺は、「わかった」とだけ言って彼女の顔を見た。彼女は優しい笑顔でこっちを見ていた。




「きょうこ、‥‥俺、次に進んで良いのかな。」






「ひろ君はさぁ、
もっと自分の意志で決めちゃって良いんだよ。強い男でいないと、私がいないとダメな男になっちゃうよー」




昔、彼女が笑いながら俺に言った。




もう、
ダメな男になってるよ。
きょうこの言った結末になってるんだよ、俺。








「‥俺は、きょうこを忘れないけど、明日から次に進んでも良いんだよ、な。





このままだと俺、本当にだめな人間になっちゃうんだ。ごめんな、きょうこ。




今までありがとう…。
‥‥俺も幸せだったよ」
















「え、」




大里さんが大きな瞳をより一層大きくしてこちらを見た。



「…はい、今日会ってみたいです、大里さんのお気に入りの子と」



「うんうん、是非会ってあげてよ〜」



大里さんが瞳をキラキラさせながら俺の肩を叩く。
俺は少し苦笑しながら大里さんの隣を歩く。







大里さんが、ふいに「あ」と声を出して、顔をこちらに顔を向けた。





「そういえば私、まだその子の名前言ってなかったよね…?



‥‥響子ちゃんっていうのよ。花山響子。」








俺が大里さんに彼女の名前を言ったことは一度だってなかった。








「きょう、こ‥‥」








END.



お題サイト様:君色愛者
お題:「“ウソだったら、良かったのに”」




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