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向日葵の君
忘れられない人

ようやく二人の休日が合う日がきて、約束通り二人は一緒に町へ出ることになったが。

『隠すつもりはねェけどよ…やっぱり一緒に出て行くのはマズかねェか?』

はっきりしない土方によって、二人は屯所の裏口を出た角で待ち合わせることになった。
先に着いた土方は少し落ち着かない様子で、早速二本目の煙草を口にする。
こういうことには慣れていないのだ。

こんなだったら一緒に行くとか言わねェで黙って尾行すれば良かったかもな。
あーそれはそれで格好悪いか。
もし見つかったら何て言い訳すりゃいいんだ。

今更無駄な事ばかり考えていると、屯所の側から足音が近づいてきた。
歩くリズムで、何となく茜なんだろうと予測がつく。

「遅くなりました! ごめんなさい」
「ああ。そんなに待ってない」

角から現れた茜は、いつもの仕事着ではなく出会った日と同じ着物に身を包んでいた。

「休みの日はそれか」
「そうなんです。古くて汚れていて恥ずかしくって。早く新しいの買うのが楽しみなんです」

確かに少し痛んでしまっている袖口を、気にするように触りながら茜は言った。



 * * *



賑やかな町に着くと、ずっと屯所に篭もりっぱなしだった茜はうれしそうに一軒ずつ店先を覗いて回り始めた。

「土方さん!」

少し退屈しながら後ろをゆっくりついて歩いていた土方は、弾んだ茜の声に顔を上げた。
前方の古着屋から茜が顔を出している。

「ここか?」

手にしていた煙草を消し店の前までやってきた土方だが、女物の衣装が並ぶ店に眉間を寄せ入口に立ち止まった。
女の買物に付き合っているという状況が、何となく気恥ずかしくて足が重い。
そんな土方に構わず茜は、中から呼び掛けてくる。

「どれがいいと思います?」
「別にどれでもいいだろ。お前が好きなのを選べ」
「じゃあ土方さんはどんなのが好みですか?」

少し突き放した返事にも茜は特に気にする様子はなく、逆に聞き返してきた。
溜息をつきながら、とりあえず店内を見回してみる土方の目に、一枚の着物が止まった。

柄まではもう覚えちゃいねェが、確か色はあんな感じだったか。
 
そう思ったのはほんの一瞬のはずだったのに。

「これ、ですか?」

土方の視線に気付いた茜が振り返った。
なんでわかったんだと焦る土方の前で、茜はその牡丹色の着物を手に取ってみせる。

「綺麗な色。土方さん、こういう女らしい色が好きなんですか?」
「いや、俺は別に何も言ってないだろ」
「どうですか?」
「……」

土方の言葉が聞こえていないのか、茜はそれを顔の近くに当てて振り返った。

似ていない。
全然似ていない。
茜は茜だ。
それもわかってる。

土方はそう自分に言い聞かせ、微笑みながら返事を待っている茜を不安にさせないよう、無理やり口角を上げた。

「あー、いいんじゃねェか?」
「そうですか!? じゃあこれと、あと一枚は…」

茜は店内をぐるりと見回す。

「今、着てる色なんかいいと思うけどな。俺は」

何となく胸が痛い土方は、二着目はしっかりと選んでやろうと積極的に口出ししてみる。

「これなんかはどうでしょう?」

今度は今着てるものより明るい色味の、黄色い着物を選んで持ってきた。

「お前らしくてよく似合ってる」

向日葵色は本当にさっきの牡丹色よりも茜によく似合っていて、土方は素直にそう言った。

「そうですか?」

じゃあこれで決まりと支払いに行った茜は、また奥から声をかけてきた。

「土方さん。少し外で待ってもらえますか?」
「どうした?」
「いえ、今着てるのがあまりにみすぼらしくて、私…土方さんと歩くのが恥ずかしかったんです。だから今買ったのと着替えていこうかと思って」
「ああ、そりゃ別にかまわねェけど」
「じゃあ、すいません。少しだけ待っててくださいね」

茜が店主とともに店の奥に入っていき、土方は外に出るなり煙草を取り出した。

きっと買いに来るのを楽しみにしていたんだろう。
早速新しい着物で一緒に歩こうとする茜を想像すると、素直に可愛く思える。
が、ライターを煙草に近づけたところで土方は停止した。

あいつ、まさか最初の着物で出てこねェだろうなぁ?
俺、二着目の方をちゃんと褒めたぞ!?
普通そっちを選ぶよな!?

何となく感じる嫌な予感を必死で打ち消した。

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