向日葵の君
忘れられない人4
「悪ィな」
茜の隣に腰を下ろした土方は、先ずは謝った。
「どうしたんですか? 知ってる人だったんでしょう?」
「いや、どうでもいい」
素っ気ない返事に茜はそれ以上は何も言わず、団子の小皿を差し出した。
「あの、これ私からです」
「……」
「土方さんにお礼です」
気を使ってもらう必要もないと思っていたが、団子程度ならば有り難く頂くことにする。
「こっちこそありがとうな」
「何がですか?」
そういえば何がだ?。
何となく流れで口にしたものの、聞き返されると自分でも悩む。
うまい言葉は浮かばないけれど、茜と会ってから少しずつ変わってきている。
気持ちが楽になってるのが自分でもわかる。
女なんてただめんどくさいだけの存在だったのに、案外癒されている。
土方は煙を吐き出した。
「俺といてくれて」
茜がどんな顔して聞いているのか見てみたいが、きっと真っ赤なこの顔を見せるわけにいかないと、土方はそっぽ向いた。
* * *
あっという間に空は茜色に染まってきた。
最近は陽が落ちるのも早い。
「そろそろ戻るぞ」
「そうですね」
買い物も済ませ、二人は屯所の方角へ歩き始めた。
土方は茜から手にした袋を黙って奪い取る。
「あっ、ありがとうございます」
「楽しかったか?」
「はい。また、来たいです」
「ああ」
目を輝かせ見上げてくる瞳を期待していたが、茜はどこか遠くをぼーっと見ていた。
「どうした?」
「いえ……別に」
微かな笑顔が作り笑いに思え、心当たりがないわけではないだけに、土方は何となく胸が重苦しい。
もうだいぶ冷たくなってきた秋風が、二人の間を吹き抜け袂を揺らす。
「何かあるんだろ? 早く言えよ」
「……」
先に茜が足を止めた。
「土方さん」
改まった茜の声に、土方も足を止め向かい合う。
「どうした」
「本当に私のこと好きで付き合ってくれてますか?」
「何だよ、急に」
思わず辺りを見回した。
ちょうど薄暗く人気もないので、仮に茜に泣かれても人目につくことはなさそうだ。
泣かせたくないと思ったくせに、茜が泣くことを前提に考えているなんておかしな話だと自分でも思う。
「土方さん、時々寂しそうな顔してるんです。辛そうな顔してるんです、私といても。ずっと気付いてました」
「……」
淡々と話す茜は、「これ……」と胸の前で自分の袖口を掴んだ。
「何か思い出があるんですよね。私、勢いに任せて好きだとか言っちゃったけど、本当は土方さん、私のことそんなに好きじゃないのかなぁって思って」
全部気付いてたのかよ。
気付いててずっと笑ってたのか。
自分のことばかりで、不安にさせていたなんて思いもしなかった。
自分なりに甘い言葉をかけてやれば、きっと喜んでくれていると信じて疑わなかったのだから。
さっきは辺りを確認していた土方だが、思わず茜の手首を掴み引き寄せた。
バランスを崩した茜が胸に寄りかかり、初めて出会った時のように強く胸に抱く。
「ごめんな」
少し掠れた声が頭上から響いてくる。
腕に包み込まれていると、何でもいいから側に置いてほしいと茜は思った。
もしも心が他の場所にあったとしても、それでもいいから。
土方が軽く腕を緩め、茜がそっと見上げると二人の視線がぶつかる。
頭の上から撫で下ろされた土方の腕が、首の後ろで止まった。
強く腕で支えられ、土方の唇が降りてくる。
何度か口づけは交わしていたけれど、こんなに苦しくなるのは初めてだった。
* * *
「帰るぞ」
歩き出してすぐ、土方は茜の手を取った。
黙ったままだと何だか気を使われているように思えて心苦しい茜は、無理矢理に口を開く。
「土方さん」
「何だ?」
「私、自分でも驚いてるんですけど、すぐに思ってること言ってしまうんです」
「そうか?」
土方の声は怒ってるふうでも、困ってるふうでもなく、普通に優しい声。
「今までは全然そんなことなかったのに、土方さんのこと好きになってからなんです。すぐに何でもはっきり言いたくなっちゃって」
「そういえばそうかもな」
確かに予想しないような言葉を口にすることが増えたかもしれないと思った土方は、軽く笑って答える。
「さっきはごめんなさい。せっかく楽しい一日だったのに、変なこと言って」
「いや。俺の方こそ悪かった。確かにお前に気ィ使わせてたからな」
茜の顔にじんわりと笑顔が広がっていく。
すっかり辺りは暗くなり、町に一気に外灯がつき始めた。
初めて会った時はもう少しガキっぽく見えてたはずだが。
灯りの下、明るく照らされる茜が、とても綺麗に見える。
「茜」
「はい」
「その色も似合ってる」
一体どういう意味に受け止めればいいのかわからず、茜はとりあえず笑ってみせた。
こうしていても胸の内まではわからない。
だけど一緒にいられるなら、私はあなたの言葉を例え嘘でも信じる。
茜はせつない決心を固めた。
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