向日葵の君 忘れられない人2 「お待たせしました」 振り向いた土方は、煙草を口に持っていこうとした状態で再び数秒停止する。 嫌な予感は的中。 着替えて店から出てきた茜は、牡丹色の着物に身を包んでいた。 「……なんでそっち着てるんだよ」 煙を吐き出した土方は、不機嫌な声で言った。 「いけませんでした?」 明るく店から出てきたのに文句をつけられ、茜は意味がわからず戸惑っているようだった。 その様子にあまり強く言えなくなる土方は、心持ち優し目の声を意識してみた。 「いけないことはねェけど…俺はもう一つの方が似合ってるって言っただろ?」 「もう一つは私が選んだでしょう? こっちは土方さんが選んだ物だから」 「選んでねェよ!!」 つい、また声を荒げてしまう。 「あ……ごめん。悪ィ」 「……」 しまった、言い過ぎた。 このあと茜は、今にも泣きそうな視線をぶつけてくるか、泣きそうなのを無理矢理我慢していじらしく微笑むか……。 土方はそんな予想を立ててみる。 正直どっちも苦手なパターンだ。 「茜?」 「どうしてこっちじゃ駄目なんですか? さっきから土方さん、おかしいです」 予想に反して茜は、真っ直ぐに瞳を見据えて反論してきた。 思いがけない展開に、土方の方が戸惑ってしまう。 「ごめん。駄目なことはねェんだよ。ちょっと……なんつーか、もう一つの方が俺はいいと思っただけで……」 なんで俺謝ってんの? 今日ずっと俺の方が後手に回ってねェか? 苦しい言い訳を口にしながら、ふと思う。 「わかりました。私、土方さんの前では、もうこれ着ませんっ!」 呆気にとられる土方を尻目に、茜はスタスタと歩き出した。 「おいっ……!」 土方の声を無視して精一杯早足で進む後ろ姿は、やっぱりどこか可愛い。 思わず鼻で笑ってから、早足で追い掛ける。 「おい、待てって」 どうしたって足の長さが違うので、あっという間に追い付き横に並んだ。 「茜」 普段あまり呼ばない名前を呼ぶと、茜は素直に足を止めた。 「悪かった」 土方の言葉に茜が顔を向けたが、その表情が土方にはまるで読み取れなかった。 「土方さん、誰かを思い出してるんでしょう」 いきなり核心を突かれた土方は、思わず生唾を飲み込んだ。 なんでわかるんだよ。 こいつエスパーか!? 答えに悩む。 何でわかったなんて言えば、「はい、そうです」と白状してるようなものだ。 「何言ってんだ……お前」 適当な言葉で茜の出方を待つ。 先に茜の方が表情を崩した。 まだ茜のペースに乗せられたままの土方を、いたずらな笑みを浮かべ見つめて言った。 「当たってるでしょ?」 そうなんだよな。 出会った時のことを思い出してみろ。 コイツ案外肝が座ってんだ。 「なんか……すげェ女だな、お前」 「土方さんが女の勘を甘く見すぎなんです」 完全に気圧されている土方に、茜はふて腐れた声を返した。 「おい、次はどこだ?」 「……お団子食べます」 女の勘ねェ。 とてもそんなもんが冴え渡っるようには見えないが。 並んでゆっくり歩きながら隣の茜を横目で見る。 最初は彼女を思い出してしまった牡丹色。 もう今は、可愛くむくれた茜のイメージが強く重なってしまっていて。 次に茜がこれを着ていたら、きっと今日の日のことを思い出してしまうような、そんな気がした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |