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他生の縁
他生の縁 6
それから数日後――、

再び、あの屋敷の門前に二人で立ったとき、夕日が沈みかけていた。

険しい山道は、体調が万全ではない俺にはもちろん辛いものだったし、軟弱な霧島には、ほとほときつかったらしく、到着するまでに何度も休憩が必要だった。

屋敷が見えると、屍人のようだった霧島は、途端に目を輝かせた。

「これは変だな……」

内側が赤く塗られた奇妙な門扉を見て、霧島はそう呟いた。
だが、彼は赤いことよりも、門の存在自体に、何か違和感を感じているようだった。

それから屋敷の玄関に歩いていき、扉を開いた。
時間帯のせいで、以前訪れた時よりも内部は薄暗く――俺は不気味さに、背筋を震わせた。
一方の霧島は、妙に興奮した様子で周囲を見回していた。

布が被せられたシャンデリアを見た霧島は、顔を曇らせる。

「これもおかしいな……」

「どういう意味だ?」

「これは外したんじゃない、天井から落下したんだよ。……よく見てくれ、形が酷く歪んでいるだろう? 
ただ老朽化しただけでは、こうはならない」

言われてまじまじと眺めれば、なるほど、骨が歪んでいるし、取り付けられていたガラスが一部無くなっている。
また、吊るすための鎖が途中で、力を加えたように不自然に引きちぎれていた。
天井をよく観察すれば、鎖の残骸がそのまま残っていた。あんな高所にあるものを、どうすれば引きちぎられるのだろうか。

「廃墟好きの君から見て、他におかしな点はあるかい?」

「……そう言えば、やけに荒れているとは思った。壁紙の破れ方とか、窓ガラスの割れ方がどこか不自然なんだ。
だが、人為的にも見えない。この壁紙の傷なんて、まるで大きな獣の爪痕みたいだ」

「爪痕、ね……」

意味ありげに呟いた霧島は、二階を見上げた。
俺に付いて来るよう目配せすると、階段を上り始める。
事前に情報を与えていないのにも関わらず、霧島はあの霊と初めて接触した部屋を選び、躊躇わず扉を開けて入った。

室内にある家具、調度品の一つ一つを、確かめるように眺めたり、時折手で触れたりしながら、霧島は何故か微笑んでいた。……その表情は、不思議なくらい穏やかだった。

入り込んだ涼風に、あのレースのカーテンが揺れる。
振り返った霧島がゆったりと微笑み、夕日を宿す双眸で見つめ返す――その時、不思議な既視感を覚えた。

それについて触れる間もなく、霧島は自身の推理を語り始める。

「君が話してくれた夢について、僕は違和感を覚えたことがあった。
君の夢の中の視点が、青年と少年、両方を客観的に捉えていることだよ――
つまりその夢は、君でも少年でもない、「第三者視点」の記憶ということだ」

霧島の指摘は正しいが、俺は納得がいかなかった。
仮に第三者の記憶だとしても、二人と極めて近しい距離にあった者でなければならないだろう。
青年と少年の関係を、あれほど詳しく知っていたのだ――果たして、そんな人物がいただろうか?

「その第三者が、写真に写る霊の正体なのか?」

「ああ。だけど君は、納得できていなさそうだね。僕もそうだ。
君の話を聞く限り、とても彼は「人間らしく」振舞っているから、ちょっと半信半疑だよ」

――チリン。

まるで話を聞いていて、疑問に応じるように、その鈴の音が鳴った。

「……呼び出してみてくれ」

霧島にひっそりとした声で頼まれ、俺はカメラを構えた。
最初に見た時と同じ位置、ベッドの上にピントを合わせて、シャッターを切る。

通常と変わりなく、少年は姿を現した。
ベッドの縁に腰掛けている姿勢で、じっと上目遣いにこちらを見つめている。
どこか挑発的な眼差しで、「僕の正体を当ててみて」と、問題を投げ掛けているようだった。

だが、俺にはさっぱり解らないので、霧島の様子を横目で伺う。
にやりと不敵に笑い返した霧島は、自信たっぷりに話し始めた。

「彼らの逢瀬は、人目を避けて行われた。……だが、それ以外の目には映っていたんだよ。
特に彼の立場なら、二人の側にいることは容易かっただろう」

霊に近寄った霧島は、おもむろに片手を伸ばした。

「――君の正体は、少年の飼い猫だね?」

霧島が正体を告げた途端、霊は姿を変えていた。
ベッドの上に行儀よく座っている猫は、大人しく霧島に撫で回された。
首についている首輪の鈴が揺れ、チリンチリンと鳴った――なるほど、その音だったのか。

「君が喋れないのは、やっぱり猫だからかい? でも、言葉の意味は解っているようだね。
どうすれば、君をここから開放してやれるだろうか」

そう霧島が尋ねると、猫は何か伝えようとするように頭を上げた。
俺にはやはり解らなかったが、二人の間で、何かしら交わされたらしい。
霧島が迎えるように両腕を広げると、そこに目掛けて猫は飛び込んだ――ように見えた。

彼の腕の中には何もいなかった。あの猫の姿は、忽然と消え失せていた。

そんな怪奇現象に驚愕することもなく、平然とした様子で霧島は言った。

「さあ、用事は済んだから、帰ろうか」

「……いや、無理だ」

俺は窓を指差した――日はもう、地平に沈んでしまっていた。
あの危険な山道を、夜に通り抜けるなど無謀すぎるだろう。
「もう夜になる。ここで一泊するしかない」

やれやれと、霧島は肩を落とした。ここに来る道中の苦労を思い出したらしい。

「こんな山奥に住む人の気がしれないな」

苦笑いを浮かべ、疲れたように埃っぽいベッドの上に座った。

その夜は結局、持ってきたテントを屋敷の庭に張り、用意していた携帯食料を食べ、二人で体を並べて眠った。

あの不思議な夢を見ることはなく、久しぶりに熟睡できた――
だから、その時はまだ、眠りこける俺を見る、霧島の異様な目に気付くことはなかった。


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あきゅろす。
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