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他生の縁
他生の縁 5

また、不思議な夢を見た。
あの屋敷に住む少年は……そう、生まれつき病弱だったのだ。
必要以上に過保護な母親や兄のせいで、ほとんど自由な外出を許されなかった。
だから、青年がこっそり屋敷から連れ出したこともあった。

不思議なほど自然に、二人は関係を「友人」から「恋人」に昇華させた。
それはきっと、彼が世間から遠ざけられ、深窓の令嬢のように育てられたせいもあるだろうし、村にいる女子より、よっぽど可憐で美しかったせいもあるだろう。

家の者の目を盗んで、恋人らしい逢瀬を楽しんでいたが――ある時、ついに自分たちの秘密の関係がばれてしまった。

悪ければ死にかけるほどの罰を青年は食らったが、少年が必死に許しを請い続けたおかげで、もう二人が会わないことを条件に、どうにか生き延びることは出来た。

青年は諦めてはいなかった。怪我の痛みに苦しみながらも、少年を連れ出して逃げる方法を考え続けていた――だが、それから間もなく、彼は死んでしまった。

まるで青年を追うように、少年も急な病で息を引き取った。
その後、屋敷から人は去り、幾多の月日が流れ――


「……起きたようだね、気分はどうだい?」

意識が浮上すると、上から覗き込んでいる霧島と目があった――ここは、部室か。
黒い革張りのソファに、俺は寝かされていた。嫌な汗で体が濡れている。

微かに油彩の刺激臭がする狭い室内に、クーラーのような立派な空調設備はなく、開け放した窓から入る微風と、首を均等に振る扇風機だけが頼りだった。

「暑い……」と漏らすと、霧島は扇風機の位置を調節し、俺に冷風を集中させた。

「驚いたよ、君が目の前で急に倒れるから。本当に心臓に悪い」

「……悪い、面倒かけたな」

ゆっくりと起き上がろうとすると、瞼から涙が流れ落ちる。
袖で濡れた頬を拭っていると、霧島が気遣うように尋ねた。

「酷くうなされていたようだけど、どんな夢を見ていたんだい?」

そう訊かれて、俺は先ほど見た夢の内容をはっきりと思い出した。
あれはおそらく、俺自身が失っていた記憶――いや、本来ならば固く閉じられているべき、俺の前世の記憶なのだ。

かつて恋人だった霊に干渉することで、少しずつ、それを取り戻しつつあるのではないだろうか。
彼に対して異常に心惹かれたのも、それなら納得がいく。

頭の中で考えを整理していると、霧島が訊いてきた。

「そろそろ、僕に相談してくれてもいいんじゃないか。君が最近抱えているトラブルについて」

「それは……」

言い淀んでいると、霧島は恐ろしげな笑みを浮かべ、詰め寄ってくる。
間近に迫った彼の顔は、思わず赤面してしまうほど美しい。

座っている俺の両腿の間に、霧島は片膝をつき、年代物のソファを軋ませた。

「正直に答えなければ、このまま押し倒してしまうよ。
幸い、今の君は酷く弱っているから、非力な僕にでも出来るだろう……さあ、どうする?」

妖しく光る双眸を見つめ返していると、なんだかそうされてもいい気がしたが、すぐに思い直し、霧島の体をやんわりと押し返した。

「全部話す。……だけどその前に、これを見て欲しい」

そう告げて、鞄の中に入っているアルバムを取り出した。中に入っている写真は、全て「霊の彼」が写り込んでいる写真だ。
……まさか、自分にしか見えないのかと一瞬不安になったが、心霊写真を見た霧島は、明らかに表情を変えた。

最初は驚愕した様子で、写真をめくるうち、何故か恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
……確かに、こんな下心を感じる写真を見せられたら、そうなるだろう。

それから、要求された通りに、俺は全てを打ち明けた――
事の発端である、あの屋敷での不可思議な体験。自分が撮る写真にことごとく写るようになった少年の霊。
近頃見るようになった奇妙な夢と、自身の体調の悪化。
霊に対して持つ、異常なまでの執着心についても、洗いざらい白状した。

今しがた見たばかりの、自分の前世の記憶についても、信じてもらえないかもしれないが話した――聞き終えた霧島は、難しそうな顔をして考え込む。

「……有り得ない。その霊が、君の前世の恋人なんて」

妙にきっぱりと否定された俺は、少し腹が立って言い返した。

「確かに馬鹿馬鹿しいだろうが、現に幽霊は存在している。
輪廻転生や、前世があったって、おかしくはないだろう?」

「いや、そういう意味じゃないんだ……」

急に歯切れが悪くなった霧島は、視線を泳がせる。
その方向を目で追うと、布が被せられた額縁が置いてあった。おそらく、彼が描いた作品だろう。

この幽霊サークルは、霧島が大学内で絵を描く場所を確保するためだけに、始められたものだ。
部を維持するために必要な活動実績は、彼が描く作品だけで賄われている。実力は確かで、作品を増やしさえすれば、個展を出せるだろう。

「ともかく、その夢の内容が本物だと、安易に信じてはいけないよ。
その記憶が君自身のものであると、証明出来るかい? その霊の作り話かもしれないじゃないか。
あるいは、他の誰かの記憶を、君に植え付けようとしているのかもしれないだろう?」

「それは……」

考えたくもない可能性だったが、しかし、否定することも出来ない。

「……だが、彼が悪意を持って、俺を騙しているようには見えない」

「そう見えるだけじゃないか。……君はもう、だいぶ心を狂わせられているようだ。このままいけば確実に、君はその霊に殺される――これだけは動かない事実だ。そんな得体の知れない存在に、恋することはやめたまえ。これは、一人の友人としての頼みだ。……もし、君が死んでしまったりしたら、僕は発狂するよ」

大げさだと笑い飛ばせないくらい、霧島の表情は真剣そのものだった。

薄々感じていたが――霧島は自分に対して、友人以上の感情を抱いているらしい。
そうでなければ、こんな懇願するように、人を諭したりしないだろう。

母親に叱られた子供のように、黙って頷くと、霧島はわかりやすく表情を緩めた。

それから俺達は、実験を試みた。少年の霊を、霧島に見てもらうことにしたのだ。

だが、何枚か撮ってみても、彼は一向に姿を現せなかった。
第三者の視線があると、上手く出て来られないのかもしれない。

「そう言えば、このアルバムに、例の屋敷の写真はあるかい?」

「ああ……それなら、こっちの方に分けてある」

別のアルバムを渡すと、霧島は熱心に写真を眺め始めた。
何か感じたことがあったのか、その顔は、見る見るうちに驚愕に変わり――

「――僕を、この屋敷に連れて行ってくれ、遠田君」

霧島の頼みを、俺はすぐに了承した。
断ることなど、出来ない雰囲気だった。


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