他生の縁 他生の縁 2 その不可解な体験があってからも、他の場所で数枚写真を撮ったが、また幽霊が現れやしないかと気が気ではなかったので、結局、早々に屋敷から引き上げた。 撮ったものを現像することも躊躇われたが、あの写真に何も写っていなければ、ただの見間違いだったと安心出来るだろうと考え、思い切ってすることにした。 ――だが、予想を遥かに超え、奇怪な結果になった。 「嘘だろ、全部に写っているのか……」 例の部屋で撮った写真にはもちろん、屋敷の他の場所や外で撮ったものにさえも、あの影は写っていたのだ。 しかも、枚数を重ねるにつれ、より輪郭がはっきりとして、人の姿に見えてくる――写真により立ち位置やポーズも違うので、やはりただの誤作動と片付けられない。 最後の一枚には、門の前に佇むように影が写っている。 この写真になると、背格好や顔も、おぼろげだが観察することが出来た――どうやら、俺よりも年下の少年らしい。おそらく、高校生くらいだろうか。 カメラを構える俺に、彼は儚げに微笑んでいた。 正真正銘、本物の心霊写真のはずなのだが、不思議なことに、その少年を恐ろしく感じなかった。むしろ―― 「綺麗だな……」 写真に写る少年の面立ちは、類稀な美しさだった。 上品な格好をしているので、もしかすると、あの屋敷にかつて住んでいた主の息子かもしれない。 それが亡霊であることも忘れ、俺は魅入られたように写真を見つめていた。 それから数日後、更に驚くべきことが判明した。 なんと、俺が撮る写真全てに、あの少年が映り込むようになっていたのだ。 俺の趣味がカメラだと知っている大学の友人に、ちょっとした集合写真を頼まれて撮ったところ、あの少年が隅に写りこんでいたのだ。 なんだか所在無さげに、他の人々と並んで立ち、はにかんだ笑みを浮かべていた。 もちろん、心霊写真を渡すわけにも行かず、現像の際にフィルムが感光して駄目になってしまったと嘘を吐いて、その写真を誰かに見せることはなかった。 それからはいろんなことを検証してみた。屋内と屋外、晴れと雨、昼と夜……撮影するときの場所や条件により、この現象に変化は生じるのか。 結果として、空を見上げて写すとか、近接撮影するとか、無茶なアングルを選ばない限り――写真の中に入れる余地さえあれば、どんな場所、時だろうと彼は映り込んだ。 使用するカメラを変えると、途端に映らなくなってしまった。使い捨てカメラでは映らない。同じフィルムを使用するタイプだろうと駄目だった。 おそらくあの屋敷で、最初に彼を写したカメラに、この現象は限定されているらしい。 この時点で、俺の思考は既に狂い始めていた。 この世にたった一つ、彼を写し出せるカメラを捨てようとは思わなかった。それさえ手放せば、この霊現象は収まるのに。 しかも逆に、ふらふらと近所を散歩して、公園のベンチとか、打ち水がされた路地とか、朝顔の鉢の側とか、彼に似合う場所を見つけると、そのカメラで写真を撮ってみた。 彼がどんなふうに写っているかは、その場で解らない。持ち帰り、フィルムをすぐに現像しては、出来上がった写真を眺めて、満足げに溜息を漏らした。 幽霊の少年は被写体として、非常に優秀だった。 カメラマンである俺の意図を汲み、場面に合わせてポーズをとってくれるし、いつでも魅力的な表情を見せてくれる。 一週間くらいそうして毎日写真を撮っていたが、ある時、シャッターを切った後に、また新たな現象が起こっていることに気が付いた。 つい今しがた撮影した場所――おそらく彼が今居る場所が、ぼんやりと光っていたのだ。 最初に屋敷で見たような、輪郭もまだはっきりとしていない時の姿に、それは似ていた。 十秒も経つと影は消えてしまったが、俺はある可能性に気付いて、気分が高揚した。 このまま写真を取り続ければ、写真だけにとどまらず、現実でも彼の姿を見られるかもしれない。 それだけでなく、例えば言葉を交わしたり、触れたり―― 「何を考えているんだ、俺は……」 熱に犯されたような思考がおかしくて、自嘲気味に笑った。 いくら惹かれたとして、その想いが叶うはずもない――そう解っていながら、写真を撮ることをやめなかった。 むしろのめり込み、悪癖のようになってしまったのだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |