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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2017年3月・フロニャルドその5 『Mはいつでも待っている/星詠みの鏡』


エクレール「ミオン砦攻防戦もなんとかよい形に着地し、ユキカゼとダルキアン卿も戻り、沸き立つ我がビスコッティ。
これでガレットの侵略も落ち着いてくれると助かるのだが……」

リコッタ「とにかく自分らも小休憩という感じでありますなー。今のうちに勇者殿の送還準備を整えなくては!」

エクレール「それは休憩になっていないだろ……。まぁ、私も次の戦に備えた鍛錬があるんだが」

恭文「僕も、紋章術の修行を頑張ろう。いろいろ思いついたところがあるんだよねー」

リコッタ「……まず自分達が精査するであります」

エクレール「そうだな。全部を吐け。隠し事をするな。まずお前はそこからだ」




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2017年3月・フロニャルドその5 『Mはいつでも待っている/星詠みの鏡』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


密度の濃い一日だったけど、ふだんから鍛えているおかげか疲れはほとんどない。そんな感想で、フロニャルド二日目の朝を迎えました。

まずは早朝に軽い見学のつもりで城下町へ出て、全力疾走……!


「……あれま! 勇者様!」

「なにしているんだい!」

「朝のトレーニング! お騒がせしまし」


……というところで足を止めて……朝市で頑張っているおばちゃん達に駆け寄る。


「おばちゃん! このりんごとバナナ……あと、こっちのパンで挟んでいるやつ!?」

「あ、グリーニかい?」

「これも入れて、三つずつちょうだい!」

「あいよ! ありがとうねー!」


途中朝食も買い込み、そのまま走って走って走り続けて……適当な公園らしき場所で、しっかり朝食。なおゴミはちゃんと持ち帰りました。

そのあと、一晩付き合ってくれたルージュさんとジェノワーズノ三人をお見送りです。


「じゃあノワ、ジョー、ベル、気をつけてね」

「うん」

「ありがとうなー」

「勇者様……それにしゅごキャラちゃん達も」

「それで、ルージュさん……ありがとうございました!」

「いえ。こちらこそ話を聞いていただき、感謝しています」

「……って、勇者様−!?」


もちろんルージュさんとは手を取り合って……えへへへ……えへへへー♪ やっぱり魂が輝いているんだよなー。奇麗なんだよなー。


「その、プロポーズについても改めて、またお話するということで……」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「うぅ……いいです! それならしゅごキャラちゃん達から……また」

「「「歯は磨けよー」」」

「さっき磨きました−! ……あ、それと勇者様……もとい、ヤスフミくん」


するとベルがこっちに近寄って、思いっきり抱擁……おぉ、凄い圧力がー!


「あ、あのー」

「ありがとうございます」

「え」

「ビスコッティのこと……ミルヒオーレ姫様のこと、気に懸けてくださって。
今は難しい状況ですが、ワタシ達ガレットの民は、誰もがこの国が……姫様が大好きなんです」


それで、鼻先も触れあうような距離で、僕と目を合わせてくれて……。


「ワタシ達もできる限りのことはしてみます。
ですのでどうか、このまま……」

「ん……僕も同じく、できる限りで頑張ってみる」

「ありがとうございます。じゃあ、また」


でもそれだけじゃない。ベルはそっと、僕の猫耳に耳打ちしてくれて……。


「添い寝に来ますから……♪」

「それは大丈夫なの!?」

「それくらい気軽な関係なんです。本来なら」

「いや、添い寝はまた別問題……」

「いいんです! というか……ワタシの魂、輝いていませんか?」

「そんなことないよ! ふわふわぷにぷになマシュマロオパーイは、とっても煌めいているよ!」

「ふふ、ありがとうございますー」

「勇者様? まずは私……私からですよ? 私は本気で考えますので」

「あ、はい」


そうして、みんなは笑顔で手を振り、そのままセルクルに乗って、ガレットへの道を進む。


「まぁでも、またなー」

「……ん、またね! 今度はそっちにも遊びに行くからー!」

「うん、待っている」

「そのときは、真っ向勝負で模擬戦しましょうねー! ワタシ達も、ルージュさんも、結構強いんですからー!」

「それはいいですね。では勇者様、それも約束ということで」

「分かった−!」


四人とそんな話をして、姿が見えなくなるまで見送って……。


「まぁまぁアホなのは確かだが、気のいい奴らだな」

「……ルージュについては天使同然だろ。いきなりプロポーズされた上、添い寝までしたのに……」

「まぁお兄様が限界だったので、そのまま一緒にとなっただけなんですけど……むしろ男と意識されていないのでは」

「「有り得る……!」」

「そうだよね、天使だよね……ルージュさん……ベルも……あぁああぁあああぁああ!」

「「「またいつもの悪いくせがぁ……」」」

――その後は、城内にある謁見の間へ。僕とリコ、ユキカゼは右脇で待機。

中央のレッドカーペット上には騎士達がローブを纏い整列。領主であるユキカゼから、報奨金を一人ずつ受け取っていた。


「ちゃんとしているんだねぇ」

「勇者様、国事でありますよ? ちゃんとしなくてどうするでありますか」

「僕のときはエクレールに放り投げられたけど。町中で」

「……自分が悪かったであります」


ちゃんとしているってどういうことだろう。三人で並んで考えている間に、エクレールの番。

僕の世話やらなんやらで頑張ってくれたと褒められ、更には頭を撫でられ始める。


「……!」


……エクレール、嬉しそうだなぁ。尻尾がぶんぶんしているもの。


「ねぇ、これはちゃんとしているうちに入るの?」

「もちろんでござるよ。姫様の撫で撫では天国レベルでござるから」

「まさに幸せそのものであります」

「そっかぁ。やっぱ異世界って凄い」


妙な感動を覚えながらも、笑顔の姫様を素直に見られなかったりするわけで。

……いや、ルージュさんとジェノワーズ、ロランさんからもね、改めて状況を聞いたのよ。

ガレットの侵略が激しくなったせいで、世界的な有名歌手の姫様も活動休止状態。さすがに領主としての対応が優先だってことでさ。


それどころか侵略に備え、国を挙げてのイベントもできないとか。例えば芋掘り大会とか、ビーチバレー大会とか。

特にうたえないのは……なんとかしたいなぁと、考えてしまっているわけで。


(あぁ、そっか……)


機能のコンサート、姫様がすっごく楽しそうに見えたから……どうしてかと思ったけど。


(うたうのが好きだから、なんだよね)


だったら、やっぱりできるだけ力になりたいなぁ。うん、約束はまだまだ友好だもの。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そうして改めて、怒濤だった勇者初日は終わりを告げ……その間は比較的平穏な時間が過ぎていった。

そうして異世界来訪から数日が経過――あっという間に経過!



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


早朝の訓練場――赤髪アップのメイドさんが放つ乱撃を、下がりながらすれすれで回避していく。

一旦後ろに大きく飛び、三角型の障害を背にする。メイドさんは両手の剣を振り上げ、挟み込むように斬撃。

それを飛び越え、一メートルほどの障害に乗る。すかさず足へ薙ぎ払いが飛ぶので、もう一度跳躍し反転。


メイドさんの背後を取ると、頭部に向かって右薙一閃。右刃でのそれを伏せ、左刃の刺突も右に回避。

連続的に刺突が放たれるのですっと踏み込み、右腕を取って上から押しこむ。

するとメイドさんはひとりでにコケ、僕の脇を滑った。でもすぐに起き上がり、反撃しようとする。


……でもそれは無理。その前に踏み込み、喉元に右足を叩きつけた。

もちろん寸止めだけど。メイドさんは動くこともできず、ただ固まるばかり。


「……参りました」

「ありがとうございました」


足を引くと、糸目を悔しさでにじませながらメイドさんが起き上がる。

この人はリゼル・コンキリエ――フィリアンノ城のメイド長で、姫様のお側役。

なんでも護衛関係も承っているらしい。その分相当なすご腕だよ。


なお声は……性別こそ違うけど、陽昇博士の息子であるハジメによく似ている。


「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! この城のメイド長足る私が、素手の相手にここまでしてやられるなんて!」

「それは、なんの冗談ですか……!?」


……あっちこっちボロボロなんだよ! ここまでの斬撃、相当数かすっていたもの!


≪未発の像は≫

「ちゃんと読めていた。でもぎりぎり……」

≪リゼルさんも格上ですね。すさまじい速度でしたから≫

「やっぱりフロニャルドすげー」


どれもクリーンヒットじゃないけど、あれでようやく反撃できたのよ。

あのね、はっきり言おう……アルトを抜いても勝てるかどうか分からない。剣術勝負なら間違いなく格上だもの。


「それでもメイド長としての威厳が……まぁいいでしょう」


リゼルさんはパンパンと土を払い、すっと僕に近づく。……昨日の事を思い出して、ついドキドキしてしまった。


「あなたが夜の兵法だけでなく、実際に強いのはよく分かりましたし。昨日も私を何度も何度も」

「その話はやめましょう! というかあの、添い寝! 添い寝だけぇ!」

「ほう……つまり私やメイド隊の温もりをひたすらに抱き締め、この胸に一晩中甘いなでなでを送り続けたことも添い寝のうちだと」

「ごめんなさい!」

「そんなに慌てなくても……冗談ですよ」


ごめんなさい、今はその冗談が重いです。だって数日で……うぅ。


「あなたはちゃんと申告してくれましたし、私のみならず他のみんなにも誠実な対応をしてくれました。
ただメイド長として、一つお願いがあります」

「な、なんでしょう」

「あの子達のことは、大切にしてあげてください。
添い寝だけだったとしても、それ以上があったとしても……あなたとのふれあいを望んでいたのですから」

「……」

「……たとえここにいるのが、今だけだったとしても……お願いできますか?」

「……もちろんです。リゼルさんも含めて」

「ありがとうございます」


リゼルさんが顔を近づけ、薄く開けていた目も完全に閉じる。そうして僕をぎゅっと……ぎゅっと……え……!?


「あ、あの……」

「私にも、甘えてくれてかまいませんから。できるだけ不安にならないように……」

「……はい」


……改めてリゼルさんに、めいっぱい……僕からも、ありがとうとぎゅーってする。

それから後片付けした上で、お風呂へと向かう。自然と手を繋ぐのは、もう許してほしい。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


リゼルさんと一汗流し、お風呂でさっぱりした後は……いや、お風呂はさすがに別だよ? ここ数日で、アルトにも協力してもらって翻訳アプリ、作ったし。

幸いここの言葉……文字については、アルファベットに近い作りだと分かったから。あとはシステムを介する形でも、僕達の言語と上手く繋げればいいってわけだ。

おかげでもう城の案内板を恐れることもない! あとは自分でも書けるようになれば、ばっちりってところだね!


そんなわけで一つ落ち着いてから……朝食の時間なんだけど。


「「……♪」」


合流したリコと二人、鼻をくんくんさせながらやってきたのは、城の調理場。

石畳で作られたそこは、まさしくファンタジー世界。同時に調理師なおばちゃん達の戦場だったりする。


「「おはようございますー!」」

「おぉ……リコちゃん! 勇者ちゃんもおはよう−!」

『おはようー!』

「上手そうな匂いだなぁ……よし、私が味見をしてやる!」

「おのれはキャベツ生活だと言ったでしょうが……!」


アホなことを抜かすヒカリはしっかり止めておく。だってコイツ、ミオン砦のことを一切反省していないし!


「はい……じゃあこれ」


そこでおばちゃんの一人が、籠に入ったパンやお肉、野菜、チーズ、調味料達を渡してくれる。


「いつも通りの切り落とし。挟んで食べてね」

「「はーい」」

「あと、悪いんだけど訓練場に届け物をしてくれないかね」

「届け物ですか?」

「騎士団のみんなに差し入れがあるんだ」

「分かりました。じゃあリコ」

「自分達に任せるであります!」

「ありがとうねー」


おばちゃん達からもう二つ三つ籠を預かり、リコと二人城の廊下に出て、また歩き出す。


「うーん……この匂いは、花蜜のタルトでありますな! 美味しそうであります!」


リコは下手をすると自分より大きい籠を持ちながら、ニコニコ……さすがにつまみ食いはしないけど。

まぁかく言う僕も何だけど……訓練場までならなんとかって感じだ。


≪でも騎士団のみなさんも、朝練とは気合いが入っていますね≫

「それも勇者殿のご活躍があればこそであります。やっぱり勝つとテンション上がるでありますから」


そうそう……一つ説明が抜けていたかも。僕とリゼルさん、かなり早朝から、少しだけ訓練場(あそこ)を使わせてもらってね。

その後で、きちんとしたスケジュールの時間に、騎士団のみなさんが練習を始めたって感じなんだ。


『――は! は! はぁ!』


そうして練習場に到着すると……やっているねー。

素振りをする人達、アスレチックゾーンに備えて、高台やら障害物やらをクリアする練習に励む人達。

そしてロランさんは、そんなみんなを監督しつつ……暖かくも優しい瞳を向けていた。


あの輝きには覚えがあるなぁと思いつつ、僕達は籠を持って、邪魔しないように近づいて……。


「……お、勇者! リコも……二人で差し入れを持ってきてくれたのか。ありがとう」

「いえいえ……あ、一つは花蜜のタルトだそうですよ」

「自分の鼻チェックはごまかせないであります! 期待するでありますよー」

「それは楽しみだ」


籠はロランさんの脇に置かせてもらって……というか、ロランさん……尻尾が振られているよ。やっぱりアレ、美味しいからなー。騎士団長さんとか関係なく魅了されるかー。


「しかしちょうどいい……」

「「はい?」」

「みんな! 勇者殿が来てくださったぞ! また腕前を見せてもらおうじゃないか!」

『……お願いします!』

「一致団結して懇願!?」


え、なに……練習をすっ飛ばして、全員でお辞儀してきたんだけど! なにその勢い! ちょっと怖い!


「……お前が技術のみでガウル殿下と打ち合っていたからな。あれで感心していたんだ」


すると、練習中だったはずのエクレまでやってきて、呆れ気味に補足してくれる。


「ガウル殿下がおっしゃっていた通り、お前にはお前の湧かせ方があるということだろうな」

「ん……その、あの、ありがとう……ございます……!」

「なんでぎこちないんだ、お前は……」

「まぁまぁエクレ。勇者殿も照れているでありますよー」


えぇい、リコは黙って! そういうのじゃ……そういうの、だけど……うぅ、やっぱり慣れないかも。


「まぁ腕前を見せてくれるというのなら、相手になろうか。
……今日はなににする」

「ん……剣術、小太刀、格闘術……だったよね」

「もう少し違うものが欲しいな」

「じゃあ……」


それならばと、両手をパンと叩き、右側にかざす。

……術式発動によって、地面に火花が走り、バチバチと金属製の槍が出てくる。

ただし、刃というよりはいたになっており、切っ先は球体として構築。


いわゆる宝蔵院槍の形を模したそれは、一秒足らずで完成。そのまま地面から引き抜き、頭上で一回転させて……腰だめに構え!


「槍にしよう」

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

「また派手な……! というか、刃がついていないぞ」

「ちょいタイトなこともするからこっちで十分」

「……切れるぞ」

「斬らせないってー」


そしてエクレもいわゆる素槍を持ってくるので、きちんと演習場の空いたスペースへ移動し、お互い腰だめに構える。

……エクレ、基本は短剣の二刀流使いだけど、一通りの武器は練習しているんだね。構えがちゃんとしている。


≪油断したら落とされますよ≫

「うん、そう思う」


槍が間合いの武術だってことも理解している。ただ派手に打ち合うものじゃないってことも。

だけど……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……なんだ、あの槍は。まぁ勇者の世界ではフロニャ力などもなく、練習の災亜も殺さないよう配慮された武器を使うそうだが……そういうことでは説明できない要素がある。

どうして槍の横に刃が二つある。斧というのなら、もっと幅広でなければ意味がないだろう。

あと、こちらの槍より一回り短い。勇者の体格が小さいせいで、五人してしまいがちだが……恐らくリーチは私の方がある。それも腕一本分くらいはだ。


槍は相手を近づけず、如何に射抜くかという武器だ。あの短さは致命傷と言える。構えそのものは同じだが……いや、考えても仕方ない!


「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


踏み込みまずはひと月――! フロニャ力の籠もあるので、刃が奴を貫くことも、一応は恐れなくて済む。

その腹を狙った一撃に対し、勇者は……『巻いて落とした』。

いや、そうとしか表現できなかったんだ。槍を下から弾いたかと思うと、くるりと器用に翻し、私の槍だけが地面に落とされた。


手から払われたわけでもない。ただその切っ先が、急激に方向転換された……!


「……!」


これは、落とされただけではないんだ。実戦だったら私は、こうして驚いている間に……!


「ほらほら、エクレ……もう一本だ」

「く……!」


また構え直し、仕切り直し……今度こそと踏み込み一撃――!


「やぁ!」


すると今度は……奴の槍、その切っ先が私の左肩を捉えていた。、すれすれで寸止めされていたが。


「な……え、今何をしたんだ!」

「鎌でおのれの槍を抑えつつ、そこから滑らせて突きだしたの」

「鎌ぁ?!」

「ここのことだよ」


すると勇者が、軽く槍を振る。そうして目立つのは、あの……横の刃……!

だがリーチ……私の槍を抑えつつ、回避行動を取っていたのか! だが、そういうものなのか! そういう武器なのか!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「うわぁ……エクレ、やられているでありますよ」


とはいえ、エクレも負けてはいない。突きや払いで打ち合っても、勇者はあの鎌……だったな。

あそこを器用に振るい、エクレの槍を抑えて突き、払い……これはなかなか。


「勇者は槍もいい腕をしておられる」

「兄弟子がちょうど宝蔵院槍……あの槍の使い手でな。槍対策には覚えるのが一番だと、教えられたんだよ」

「なるほど……」


私達と一緒に見てくれているヒカリの補足で納得する。

……確かに、槍のような長物は、剣と比べても三倍有利とされている。それだけ長い間合いで戦えるというのは強いんだ。

当然近づかれたらまずいので、槍使いはその対策もする。勇者もそれと同じだ。使い手として長所短所を理解することは一番の近道だろう。


だがそれであそこまでとなれば、その御仁も槍の使い手としては相当な腕前と見た。少なくとも勇者以上だろう。

私も一応、騎士としては……あれとは流儀も違うが、槍を使う身なのでな。是非とも一手仕合いたくなってしまった。


「でもエクレ、なんだか楽しそうでありますなぁ。押されっぱなしなのに」

「年も近く、実力も近いからな」


だからほら……勇者に押されたのは最初だけ。槍の特性を理解したら、それに合わせて打ち合えるようになっている。

あの槍が自分より短いことを理解し、より遠い間合いで……鎌で制されないようにだ。


「兄としてのひいき目にはなるが、他の騎士達より抜きんでている分、練習相手には恵まれなかった。
勇者がハーレム状態ということであれば、エクレも嫁としてもらってほしいものだが……」

「あはははははははは……!」

「……騎士団長、せめてエクレールさんの意志は確認した方がよろしいかと」

「だなぁ。他に意中の相手とかいたら」

「それはそれで嬉しいので、もちろん応援するぞ」

「強ぇなー!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


リコが頑張って調べてくれているので、あまり焦りはない。なのでトレーニングと冒険を兼ねて、ダルキアン卿の庵へ。

地図はもらったから問題なし。穏やかな木漏れ日を浴び、山道を進むと……庵を発見。

藁葺き屋根に竹の柵――昔懐かしい和風建築に見える。……まぁ、異世界だからおかしい表現だけど。


そんな庵には、着物姿のお手伝いさんらしき人達が数人。更に柴犬っぽい犬達もかなりの数寝転んでいた。

そのうちの一人に薄緑色の着物を着た、金髪狐耳の女性。庵の玄関から入りながら。


「お邪魔しますー。……ユキカゼー」


女性に呼びかけてみる。女性はザルいっぱいの野菜を持ったまま、こっちへ振り返る。


「あ、勇者殿ー」


あぁ、あの笑顔とスタイルが……しかも着物がミニスカ式で、絶対領域もバッチリ!

……でも躊躇う部分もあるわけで。いや、一晩寝て冷静になったのよ。ここ、異世界じゃない?


行き来とかできるようにならないと、いろいろと問題なんじゃないかとか……胃が、痛くなってきた。


「早速口説きにきたでござるかー。勇者殿は本当に積極的でござるな」

「だって、魂が輝いているから!」

「……お兄様は、また……」

「おいユキカゼ、お前……彼氏とか婚約者はいるか? 実は人妻とか……好きな人でもいいぞ! いるなら言ってやってくれ!」

「はい? え、そういうのはないでござるが……ショウタロスはどうしたでござる」

「コイツ、この調子で一目惚れすると、往々にして振られるんだよ……!」

「ショウタロス、し!」

「それはまた、悲しい業を背負っているでござるな……」


やめてぇ! ユキカゼ、同情の視線を向けないで! ここまで念押しするには、相当敗北しまくったんだろうなーって……察した瞳を向けないで!


「まぁ拙者は問題ないでござるよ?」

「……って、ないのかよ!」

「奇跡が起きたなぁ、おい!」

「でもここに魂、現れているでござるか」

「すっごく現れているよ!」

「それはなにより。
で……また輝力武装でござるか」


ユキカゼが見るのは、僕の右側に抱えたボード。

なので笑いながら軽く上へと放り投げ、輝力へ戻しておく。


「緩い速度も出せるように練習しているの」

≪前回は楽ですけど、抑制は技術があればこそですしね≫

「ほうほう……早速努力しているようでなによりでござるよ」

「で、ユキカゼは」

「川辺で親方様のお手伝いでござるよ。ついてくるでござるか?」

「うん」


ついでに大小様々な犬達もついてきて、すりすりされまくり。


「みんなふかふかで可愛いなぁ」

「拙者と親方様のお供……忍犬でござるよ。あ、一応タツマキもその筆頭でござるよ?」

「……みんな! 会話もなしに人を術式に巻き込んじゃ駄目だよ!? 鍋にするしかないから!」

『わん!?』

「だから……タツマキは、もういないものと思っていいよ」

『わんぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?』

「勇者殿、気持ちは分かるでござるが……さすがに剛速球過ぎるかと」


――そうしてみんなの相手をしながら数分後、近くの川へ到着。岩に座り、紺色の羽織を着たダルキアン卿がいた。

ダルキアン卿は竹の竿を持って、釣り糸を垂らしていた。


「親方様ー」


ユキカゼが後ろから呼びかけると、ダルキアン卿がこちらへ振り返る。


「おぉ勇者殿。ユキカゼを早速娶りにきたでござるか」

「実はそうなんですー」

「お兄様……そこを堂々と認めるのは問題ですよ? レオンミシェリ閣下への無礼もあるのに」

「そうでござったなー。まずはそちらと結納してもらって……となると、拙者とルージュは側室でござるか?」

「側室なんて真似はしません……! ちゃんとみんな平等です」

「ほうほう、つまり拙者達はレオ閣下と肩を並べてと……」

「恭文、お前……どんどん逃げ場がなくなっているぞ?」


ヒカリがなにを言っているか分からない。というか、側室とか認めだしたら……現地妻ズとかが、ね! あれとか認めるも同然だから!


≪まぁこの人達はいつものことだからよしとして……調子はどうですか≫

「今日はいい釣り日和でござるよ。釣り糸を垂らすだけでも楽しいものだ」

≪いいことです≫

「確かに……ここなら存分に楽しめそう」


確かに……風は穏やかで、水の流れも安定している。草木が風で揺れ、その音が耳を心地よく刺激する。

なにをするでもなく、のんびりと言うのなら確かに格好のシチュだ。


「そうだ。勇者殿、釣りの経験は」

「それなりに」

「では是非腕前を見せていただけぬか」

「えっと……ダルキアン卿のご迷惑でなければ、喜んで」

「どうぞどうぞ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ダルキアン卿の邪魔をしないよう、下流で釣り開始。道具はユキカゼが持ってきてくれたものを借りた。

餌は岩場の虫……餌になってくれる事へ謝罪と感謝を持ちつつ、仕掛けを投入。

竿は竹で、釣り糸は……もちろん地球みたいな工業製品じゃない。なにかの髪の毛のような、不思議な質感。


「へぇ……毛針もあるんだ」

「勇者殿の世界にも毛針が?」

「うん。面白いよねー」


竿も地球の竹より強度がありそう。なので……せっかくだし、毛針を借りて、釣り糸の重さも生かしてポイントを責める。

流れに乗り、魚が潜んでいそうな岩陰を狙い……でも仕掛けを投入するだけでは釣れない。自然と一体化する事が釣りの極意……らしい。

気配も殺すのではなく『溶かす』……だっけ。ヘイハチ先生からヘラブナ釣りを教わったとき、聞いたことを生かしながら呼吸……。


川のせせらぎ、風邪によって葉がこすれる音、無視や動物の鳴き声……その全てに、体を溶かすように……ゆったりとして……。

その上で、何度も、何度もポイントへ投げ込む。ゆったりと……毛針が水面を優しく叩き、波紋を生み出す。それもまた餌の一つだから。

そうして動きや影響、流れ……全てを活用し、魚を誘い出す。それが毛針釣りの楽しさだよ。


「勇者様は不思議な方でござるな」


静かな時間を楽しんでいると、ダルキアン卿が笑いながらそう言ってきた。


「その年で、自然と付き合う術をよく知っている。元の世界でも釣りを?」

「はい。師匠の一人に、精神修行になるからって……教えてもらって」

「それはよいことでござる。ちなみになにを狙うのでござるか」

「川で、ヘラブナっていうのを……」


あ、でも別世界だから、分からないか。これは画像を見せて話さないと。


「おぉ、そちらにもヘラブナがいるでござるか。あれはなかなかに難しいでござるのに……」

「こっちにもいるんですか……!」


必要なかったよ! ヘラブナがいたよ! どうなっているの、フロニャルド!


≪ちょっと、これ……勇者召喚、一度や二度じゃないでしょ。わりと直近でもやらかしていますよ≫

「確かに、ペンライトがあったし……日本家屋や和服もあるし」


……すると竿先がくいっと沈む。すぐに合わせようとしたけど、一瞬停止。

まだ足りない。多分ツツいただけ……一呼吸分の間を置き、竿をピンと跳ね上げる。

すると竿が一気にしなり、釣り糸も張り詰め右に左にと逃げ回る。つい引きずられるも、両足を踏ん張りしっかり耐える。


「うむ、いい合わせでござる」

「ありがとうござい……ちょ、なにこれ! 毛針釣りでこんな手ごたえは初めてなんですけど!」

≪まるでカジキでも釣ろうという勢いですよねぇ≫

「む、これは大きいでござるな」

「大きいってレベルじゃないー! あの、この川……なにがいるんですか!
もしかしてこう、飛び込んで泳ぐのとか駄目な感じですか!?」

「………………」

「いきなり笑顔を浮かべて沈黙しないでぇ!」


駄目だ! ダルキアン卿は当てにならない! というか、この人さらっと僕の反応を見て楽しんでいるよ!

というか、本当に何がいるの! 確かに大きい川だけど、これじゃあ……いや、でも待って。


これ、もしかしなくても……耐えられる……!?


(この竿と糸の性能なら……)


慌てる気持ちを整え、川の流れに合わせながら、河原を移動。


「ほう……」


この手応えで、力ずくは無理だ。流れを利用し、魚が進む方向へ合わせて加速する。

どうしてお互いの流れが同じになった一拍……そこを狙い、瞬間的に竿を引く。


「ど……せい!」


水面が噴水の如く跳ね上がる。そうして飛び出してくるのは、表面に石っぽい鱗を身につけた魚。

その全長はどう見積もっても五メートルで、僕の身長くらいはある胴体を揺らめかせながら、頭上を飛び越える。


「シーラカンスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」

「あらまぁ」

「でかすぎだろ! どこに潜んでたんだぁ!」

「だがうまそうだぞ…………あ」


空中で針が外れ、魚は近くで焚き火をしていたユキカゼのところへ。


「ユキカゼ!」


慌てて右手をかざし、魔法を発動――物質操作の要領でシーラカンスの落下速度を制御・緩和。

巨大な魚は、ゆったりと……優雅さすら感じさせるように、静香に地面へと横たわる。


「ふむ……見事なり。異世界の慣れ親しんだ術式と言えど、一瞬でここまでやるとは」

「あ、ありがとうございます。……って、ユキカゼ、大丈夫!? ごめん!」

「大丈夫でござるよー。お気遣い感謝でござるー!」


魚の向こうからユキカゼの声。本当に無事らしいので、ホッと胸をなで下ろす。


「……なぁヤスフミ、これ……川の深さとか、どうなってんだよ」

「うん……」


ほんと、どこにどうやって潜っていたの? というかこの川、もしかしてかなり深い?

……やっぱり異世界だし、不用意な行動は慎もう。命大事に政策が一番だ。


「ユキカゼ、下処理も頼むでござるよ」

「分かったでござるー」

「これ食べられるんですか!?」

「美味しいでござるよー」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


あの魚は……遠慮なく火にくべられました。更に石焼でお野菜のバーベキュー&おにぎりまでついてきた。

豪勢な食事と作ってくれたユキカゼに心から感謝しつつ、ホクホクな魚を切り分け食べる。

鱗なんかもついているんだけど、全然不快な感じはしない。パリパリホクホク……ジューシーで美味しい。


「この頭の石、美味しいですね」

「うむ。焼くとパリパリとして、塩混じりの風味が食欲をそそる」

「だがこれ、川魚のレベルじゃねぇだろ! どっか遠い海の魚だぞ!」

「しかし手が止まりません……。あっさりしながらも芳醇な味わいで、お姉様みたいに食べ過ぎてしまいそう」

「食べていいだろ! というか……最高だな! フロニャルド!」

「気に入ってくれたならなによりでござるよ。
……あ、勇者殿、野菜も食べるでござるよー」

「あ、はーい」


取った分の魚を頂いてから、ユキカゼが持ってきてくれたお野菜を……改めて見ると不思議だ。


「なす、玉ねぎ、ピーマン、人参……」

「なんだ、勇者殿は野菜がお嫌いか」

「あ、これらは大丈夫……なんですよね。僕の世界でもある野菜だから」

「おぉ、そうでござったか」


野菜を小皿に乗せて、まずは人参から。……うーん、エグみもなく、優しい濃厚な風味だ。


「人参も甘くて美味しい……! タマネギもお醤油だけで立派なごちそう……お醤油もあるんだよなぁ!
このピーマンも、ナスも……お米まであるなんて!」

「ははははは……食は基本ゆえ、気に入ってくれたのなら何よりでござるよ」

「でも同じ野菜でござるか……。
勇者殿と拙者達の世界は案外近いかもでござるな。たとえば」


ユキカゼが空を仰ぎ見る。そこには星の輪がかかった、二つの月……昼間でも大きく見えるなぁ。


「あの月とか」

「かもしれないね……」


……あ、ヤバい! 玉ねぎが焦げそう!

なので慌ててお皿に取る。そのままかじると……うーん、やっぱり甘い!

こんな甘くて美味しい玉ねぎがあるとは……これだけでも持って帰りたい。スープとかも作ってみたい。


「勇者殿はやはり、元の世界へ帰られるおつもりでござるか?」

「うん……さすがに、誘拐同然で失踪は」

「大問題でござるなぁ。まぁタツマキには姫様と拙者達で適度に説教したので、八つ裂きは許してくれると助かるでござるよ」

「うん、そこはもういいよ。もう二度と同じことをしなければ……!」

「それも重々言っておくでござる」

「……とはいえ、リコに負担をかけまくっているのが申し訳ないんだ。
ビスコッティの研究者仲間だけじゃなくて、遠方の……学会なんかで知り合った人達も頼りまくっているそうだし」


またジューシーなナスを食べながら、つい困った顔をしてしまう。そっちについては僕、一切口出しできないからさぁ。

というか……うん……。


「姫様のとちりも、自分が最初に、一方通行で取り返しがつかないーって説明しておくべきだったって、相当気に病んでいるし」

「それはあるなぁ……。オレ達があれこれ言う暇もないくらい、滅茶苦茶ヘコんでいたしよ」

「まぁ……そっちも適度に、頑張り過ぎないように見ていくでござるよ。リコと拙者は一応若手組な友達でござるから」

「助かるぜ」

「それにまぁ、過労で倒れるようなこともないでござるよ。実は拙者達、遠方を旅する事が多いのだが」


ダルキアン卿が魚の身をつまみ、そのまま口へ。


「ん……!」


かなり美味しいらしく、表情は変わらないものの尻尾が震える。


「……違う地方の勇者は使命を終え、元の世界へ戻ったという話もあるでござる。
リコにもそこは伝えてあるので、もしかするとかなり早く見つかるかもしれん」

「本当ですか! ありがとうございます!
……でも、その前に」


左手を挙げ、中指につけているパラディオンを見る。その前に、姫様の事をなんとか……だよね。

……笑っていてもきっと姫様は、苦しんでいるから。


「勇者殿?」

「ガレット獅子団のレオンミシェリ閣下とガウル、それに姫様って仲良し……なんですよね」

「……あぁ。隣国という事もあり、何代も前から付き合いがある。ただ拙者達も詳しい事はよく知らぬ」

「拙者達、一年ほど旅に出ていたでござるからな。というか、そこはジェノワーズやルージュ達には」

「添い寝しながら確認したけど、他の人の話も聞きたくて」

「早速口説いてるでござるなー」

「ルージュさんはともかく、ジェノワーズは滅茶苦茶懐かれたんです……」


それでも……あぁ、そうなのかなぁ。その言葉が今は突き刺さります。それはもう……ぐさっと。とにかく。


「とにかくみんな、それまでとは方向転換が急すぎて戸惑っているって感じでした」

「しかし姫様にも、ロラン騎士団長達にも……そうなる覚えがない」

「それがルージュさんやベル達、ゴドウィンのおっちゃんにガウル達までってなるのは……異常事態ですよ。
ガレットの侵略については、まさしくレオ閣下の“暴走”と言って差し支えないわけで」

≪とにかくレオ閣下が“らしくない”のは確定なんですよね。その辺りはユキカゼさんとダルキアン卿も≫

「同意見でござるよ。……実際……拙者と戦ったときも」

≪あと五分足止めしてほしかったアレですか≫

「うむ、それはすまなかった。
とにかく、拙者はまだまだ姫様が領主として至らず、それを見ておられないがゆえと思っておったのだが……」


ダルキアン卿がピーマンをむしゃむしゃ食べきり、魚の切り身にかぶりつく。


「んぐ……なにやら、それすら待てないような切羽詰まった事情があったご様子。
それでまぁ、つい道を譲ってしまったのだが」

「……・……」


確かにおかしい……よねぇ。

侵略してなにかやらかすつもりなら、警備強化なんて話をするわけがないし。


「話を勧める体で、警護の陣形を把握……いや、違うか」


焼きナスを一口……うーん! ジューシーで甘みたっぷり! これはめちゃくちゃ美味しいって予感がしてたわ!


「当然でござるよ。幾らレオ閣下が我が国と懇意であるとしても、そんな重要情報をほいほいと教えてたら意味ないでござる」

「元々友好国でつーかーでもあるしねぇ。だからジェノワーズも侵入・誘拐なんてできたわけで」

「まぁそっちについては、ガウル殿下がこの状況に焦っていたゆえとも取れますが……お兄様」

「うん……」

「勇者殿、なにか気づいたでござるな」


ダルキアン卿の視線が厳しい。いや、穏やかではあるんだけど、僕からなにかを見定めようとしている。


「気づいたというか、方針ですね。こういうときは、やっぱりハウダニットを追い求めるべきかなーと」

「ハウダニット?」

「僕、元の世界では異能やオカルト……霊的な悪いこととか、人とは違う力を悪用した事件なんかを調査する仕事なんです」

「「………………」」


あれ、急になにか、二人の空気が張り詰めたような。まぁ気にせず進めよう。


「そのとき、コツの一つとして教えてもらったのは……誰が、どうやって、どんな目的で……この三つの指針が推理の基本だけど、異能事件の場合目的……動機から推理するのが得策だと」

≪異能が絡むと、犯人が誰かとか、トリックがどうとかもごまかされやすいんですよ。
でも動機は違います。異能を用いてまで行ったことは、純粋にその動機……ハウダニットと呼ばれる要素を映し出す≫

「話は分かるでござるが……これは国の政(まつりごと)であって、異能の事件ではないでござるよ?」

「ところがどっこい、国の政治を動かすような力もまた、異能みたいなものなんだよ。それを振るえない人間からすればね」


そう……ユキカゼの指摘はもっともだけど、それもまた解釈の一つと告げる。


「それこそ料理や仕事……小さな積みかさねで得られる技術だってそうだ。
……これがレオンミシェリ閣下による”犯罪”とするなら、閣下はその権力や信望を利用し、目的を果たそうとしているの。そういう”異能”を用いてね」

「だから動機……ハウダニットというものも、そこに現れるでござるか」

「面白い考え方でござるな。……して、勇者殿の見立てとしては」

「そう定義すると、まず目的自体はぶれていない……のかなとは」


こういうときはきちんと文字に起こすのも大事。というわけでメモ帳を取り出し、さらさらとまとめて……。


「姫様の安否を心配して、その結果こっちに侵略を仕掛けてきている……その理由はなにか。
最初のそれとない融和的な“警告”では、閣下から見えている“何か”が一切改善できなかった。
なら戦興業という手段を振るってきたのは、それでビスコッティを負かし続ければ、その何かが改善できる。
……勝利の報奨として、その問題に、合法的に触れられる……からとか」

「ビスコッティに対し、合法的な政治干渉をするため……となると、余計に閣下から見て、なにが問題なのかが気になるでござるな」

「なんですよねぇ。しかもそれを家臣に話していないっていうのも……」


……あれ、待って。話していない?

それって……つまり…………あ、そういうことかも。


「勇者殿?」

「……話しても信じてもらえない……信じてもらえるだけの確証がない程度には、不安の中身があやふやなのかも」

≪有り得ますね。でもそれをレオ閣下当人は無視できないから、一人で抱えてしまっている≫

「ガウル殿下やゴドウィン将軍達であれば、どのような話だと受け止めるとは思うが……」

≪無視できないと同時に、信じられないのかもしれません。いえ、信じたくないんです≫

「それで”らしくない行動”をしている……筋道は立ちますね」

「で、時間がないと焦っているわけだよね」
……なにかしらの諍いで姫様が嫌いになったーとかも、なさそうだしなぁ」

「「ないないないない……」」


うわぁ、揃って断言か。手を振りながら呆れてすらいるよ。それよりは今話した過程の方が信じられるって勢いだよ。


「でも、なんでござろうなぁ。それだとビスコッティ……引いては姫様に危険が迫っているとしか」

「なんですよねぇ。ただ城の様子を見ると、姫様ってすっごい慕われているじゃないですか」

「あ、秘かに命を狙う不届き者がそこに!
……って感じもなさそうだよなぁ。みんな頭を撫でられて、本気で嬉しそうだったんだぞ?」

「政治家が純粋に……嘘偽りなく、洗脳とかもなく、ただただ真っ直ぐに人が慕われているなんて、奇跡だよ」

「……勇者殿の世界では、一体どういう人物が王様とかになっているのでござるか」

「うさんくさいけど相応に実行力があって、相手と利用し合っても上手くやっていく有能な人間です」

「なかなかに殺伐としているでござるなぁ」


ダルキアン卿も苦笑する程度には、僕の世界でリーダーになる人間は……うん、アレなんだね。でもそれで美味しくやっていくのが世の中だよ。ここでは違うけど。

いや、分かるんだけどさぁ。姫様のあの純粋で親しみやすい人柄を見ると……まさしくアイドルって感じだし。


「まぁコイツもそんな悪党に、お前は正義の味方か悪党のどっちかしかないと断言されているからなぁ……もぐもぐ」

「ほう……」

「まともじゃない官僚には、その二種類しかない。悪党が嫌なら正義の味方を張るしかない……そんな感じです」

「なるほど。つまり勇者殿はまともじゃないのでござるか」

「まともでなんていられないので」

「まともでいる努力をしてくれてよ……。頼むからよぉ」


ショウタロスがなにを言っているか分からない。まぁ、とにもかくにもだよ。

やっぱり来て二日目だし、分からないことだらけ……だしなぁ。まずはこっちの常識を覚えて、その上で判断?

でも感触としては間違っていないと思う。あとはどうするか……うーん。


「でもレオ閣下当人だけが抱えているのなら、吐かせるのも一苦労でござるなぁ」

「ん……しかもそれだと、原因は分からないけど姫様にとって悪いことが起きるから、止めたいって流れだしね。
それも時間がない……領主として成長を待つことも謀られるというのなら……言い換えれば……」

「……姫様の御身に遅う悪いことは、命に差し障るような話……でござるな」

「そう、なっちゃうんですよね。でもそれならそれで、余計に相談しない理由が……やっぱりできないのかな」

≪それは有り得ますね。そもそも相談できるだけの材料……確証を得られていなくて、話すのをためらっているのでは≫

「それだと本当に暗殺やらクーデターの兆しがーってレベルなんだけどなぁ。でもそういう気配はゼロだし……うーん」


悩む……悩む……。まぁ姫様になにかって感じなのは理解したんだけどさぁ。


「とりあえずガウルとジェノワーズ、ゴドウィンのおっちゃんは除外されるだろうし……」

「そのこころは?」

「先日の一件で宣言しちゃっているもの。“お前ちょっとおかしいぞ”って」


うん、独自行動をやらかしたわけだし、そういう話になっちゃうんだよ。

それにベル達曰く、これまでも『どうしてそうなった』って話は何度もしているそうだからさ。

そりゃあガウル達にバラすようなへまはしないよ。それはそのまま姫様に白状するのと同じだ。


……それで絶対にバラすわけがないのは、ユキカゼやダルキアン卿も納得してくれて。


「……本当に困ったものでござるなぁ」

「攫って拷問もためらうしなぁ」

「悪党気質は出さないでいいでござるよー」

「大丈夫だよ、ユキカゼ。僕は忍者としてそういう訓練も受けている。
結果こわもて教官に『そんなことしたら戦争犯罪だから!』とがち泣きさせたこともある」

「本当に出さなくていいでござるよ!?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


お昼を食べ終えたら、しっかり後片付け。立つ鳥跡を濁さずとも言うし、ここはちゃんとしないと。

自然とうまく付き合う中で、一番大事なことだよ。それで改めて、あのシーラカンスやお野菜にお米へ感謝。

やっぱり自然と、その恵みに支えられているんだなぁと……こういう時間を過ごすと強く思うから。


ダルキアン卿はお城に用事があるらしく、黒紫のセルクルに乗って移動開始。

ユキカゼも黄色いセルクルに乗り……なぜか僕が手綱を握らされた。


ただその、一つ問題が。


「あの、ユキカゼ……これは、いいの?」

「いいでござるよー。何事も経験でござる」

「あの、そうじゃなくて、当たって……」

「拙者にプロポーズしたのなら、これくらいは受け止めてもらわなきゃ困るでござるよー。
なにより魂、輝いているのでござろう?」

「それはもう最高に!」

「で、ルージュにもプロポーズしたとか」

「すっごく好みだったから!」

「ヤスフミィ……!」


ユキカゼが背中にもたれかかってるから、なんか凄い事に……! だってあの……本当に凄いの! もうどきどきしっぱなしでー!


「まぁ大丈夫でござるよ? 拙者の方が大分お姉さんなので、甘えるくらいは……」

「え?」

「……勇者殿の武勇伝を聞いていると、そうなってしまうのも無理はない」

「ダルキアン卿?」

「しかも障害……でござったな。難しいものも抱えて……うぅ、もっと拙者に甘えていいでござるよ!」

「ちょ、ぎゅっとするの駄目ぇ! どきどきしすぎてー!」

≪……あなた、気づいていなかったんですか。二人揃ってどん引きしていましたよ≫

「なんでだぁ!」


ウィザードメモリの下りとか、井坂のこととか、TOKYO WARのこととか、舞宙さんのこととか……いろいろ話しただけなのに!


『この馬鹿はぁ!』


あれ、なんか僕から蒼い光が出て……というか巫女服の蒼姫がぁ! なんかあの日のままぷかぷか浮かんでー!


「異世界だっていうのになんでフラグを立てようとするの! ハーレムしろとは言ったけど想定外すぎるよ!」

「蒼姫!?」

「蒼姫……おぉ! おぬしが勇者殿と一体化したという、魔導師の記憶でござるか!」

「そうだよ! 出てきちゃったよ! ほんとこのモンスターがご迷惑を」

「おのれ、なんでふつうに体があるの!? まだ無理なんじゃ!」

「………………あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「気づいてなかったんかい!」


ふわふわ浮かびながら、蒼姫自身混乱。自分の体を見ながら、とにかくビクついていて。


「あれ、あれ、あれ……なんだろう。ここにいるとこう、自然とこうなれて……あれ……!?」

「ふむ……恐らくフロニャ力の加護でござろうな」

「蒼姫殿のような存在にとっても、ここは過ごしやすい世界なのでござるよ」


ダルキアン卿、ユキカゼ、それでいいんですか! 朗らかに進んでいますけど……いや、僕が悪いんですけど!


「恭文君、運勢最悪でそういう加護が一切受けられないのに!?」

「おい待てこらぁ!」

「まぁまぁ。それなら蒼姫殿も、勇者殿や拙者達と楽しくフロニャルドライフを満喫するでござるよ」

「あ、はい……。あの、突然ですけど、よろしくお願いします……!」

「ふ、二人とも……ありがとう……!」

「でも勇者殿、それで彼女がたくさんでござったなぁ」

「……いろいろ、悩むんだ。お話したとおり……障害もあるし」

≪なかなかに難しいところですよ。少なくともそういう相手として、ハードルが高いのは確かですから≫

「普通と違うゆえで、ござるか……」


そう、僕はハードルが高い……重たい。いろいろ……舞宙さん達に受け入れてもらえても、考えちゃうところはあるんだ。将来への不安も相応にあるし。

でも……。


「でもなんだろう。フロニャルドはあんまりそういうの、感じないというか……」

「勇者殿も、拙者達と同じく耳と尻尾があるでござるからなぁ。
それに拙者は……勇者殿に見初めてもらって、実はかなり嬉しいでござるよ?」

「え」

「ほら、こうしていると伝わるでござろう? 拙者の気持ちが……」

「はにゃああ!」

「ど、どうしよう……ハーレム推進した張本人としては、止められない……でも止めたい……!」

「ならば蒼姫殿もくっつくとよかろう。拙者は目を伏せておくので」

「さすがにそれは申し訳ないのでぇ! というか、親方様としていいんですか!?」

「うむ」


ダルキアン卿に笑顔でそう言われ、グサグサと突き刺さる。同時にユキカゼが腕の力を強める。

するとあの魂が……ユキカゼの温もりや匂いが……にゃああぁあああぁああぁあぁあ! 幸せ過ぎるけどぉ!


「……あー! そういえばダルキアン卿のセルクル、カッコいいですね!」


話を逸らさないと、理性が飛ぶ。なので隣のダルキアン卿とセルクルを見ると、ダルキアン卿が照れくさそうに笑う。


「ありがとう。ムラクモと言うのだが、拙者と同じで図体がデカくてな。
ところで……ユキカゼの気持ちには、答えてはくれぬか?」

「逃げ場はないのかぁ……!」

「うむ」


そうして二人から尋問されつつ、安全確実に移動。

蒼姫についてももう、凄く快く受け入れてくれて……フロニャルド、すげー。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


勇者様と全く会えません。領主としての仕事に追われ、毎日心配するばかり。

リコの調査は進んでいるようですが、ハラハラは継続中で。

今日も執務室で商工会議所の書類に目を通し、はんこを押している。そこにロランがちょうど来てくれたので。


「ロラン」

「はい」

「勇者様は、今はなにをしておられますか」

「……姫様」


右隣に控えている私の秘書官、アメリタが赤い紙を揺らしながらしたり顔。眼鏡の奥で、瞳が困り気味に輝く。


「ここ数日、通りがかる人々に同じ質問を何度されるおつもりですか」

「そ、それはその……私のせいで勇者様、彼女さん達やご家族を残して、帰れなくなってしまいましたし」

「それだけですか?」


……つい言葉に詰まってしまう。だって、だって勇者様は……だってー!


「騎士団長、教えてあげてください」

「……勇者はダルキアン卿とユキカゼともども白に戻られてから、またメイドの一人とお出かけを」

「お出かけ……」

「資材の買い出しを手伝うとのことで」

「これで、全員でしょうか」

「アメリタ、頼む……私に聞かないでくれ……」


はい、勇者様は城のメイドにお手付けを……ううん、少し違います。メイドの方が自然に好感を抱くようで。

ただ勇者様は、メイドを弄ぶような方ではありません。異世界にいるということもあって、その……大人なこととかをしても、弄ぶことになるからと、ちゃんと断っているんです。

でもそんな勇者様の気遣いが余計に心を打つようで……結果添い寝という形ですが、勇者様と情を交わして。


その結果、メイド隊のほとんどが勇者様と懇意になりました。


「ただまぁ、メイド達が親身になるのも……どうも当然のことらしい」

「と言いますと」

「私も気になって、リゼルに確認したのだ。そうしたら……勇者様が常用している治療薬、数に限りがあるらしい」

「常備薬……?」

「発達障害……だったか。あとは、遺伝子変異による超能力を制御するものだ」


……かと思っていたら、そこにはちゃんと理由があって。どうも昨日リゼルが添い寝をしたのも、そのせいらしく。


「幸いフロニャルドの環境は勇者殿に合っているそうだが、精神的不安もある。それを抑制するための薬もあるが……専門の医者もいないここでは」

「つまり、メイド達はそういう不安を極力癒やすため、献身的に奉仕しているだけだと」

「その結果、勇者殿に好意を抱いただけのことらしい。そんな自分達を大事にしてくれることもあってな」

「そうでしたか……。姫様」

「そういうお話なら、私は問題ありません。それでみんながしょぼんとしているわけでもないのなら……でも、お薬……」


あぁ、そうか。異世界になんて引っ張ったら……必要なお薬だって手に入るわけがない。私、そんなことも分からないまま……!


「そのお薬がないと、大分困る……んですよね」

「精神が落ち込みすぎて、無気力になる病気や、超能力の暴発にも繋がるそうなので……難しいものです。
その障害を患っているだけで、そういう病気になる確率が常人の何倍にもなるそうですから」

「やっぱり、勇者様は送り返さないといけません」

「そうですね」


……でも、安心もしてはいた。

やっぱり勇者様は、私が見初めた……勇者様そのままで。


「ただ今のところは大丈夫のようです。リゼルも今日の朝は、剣の手ほどきを行ったようで」

「結果の方は」

「勇者様の実力は姫様がご存知の通りですが、剣ではリゼルが上だったようです。
……実は私とエクレも騎士団の朝練前に、様子をこっそり見ておりまして……とても仲睦まじかったですよ」


リゼルはメイド長であると同時に、他のメイドと一緒に護衛役も務めている。

彼女は双剣の達人で、エクレールも彼女に師事して実力をつけていった。でも……そんなリゼルも、勇者様と懇意に。


「むぅ……」


ちょっと膨れちゃうのはもう、どうしてだろう。勇者様がみんなと仲良くしているのも、メイド達がそんな勇者様を支えようと頑張っているのも、いいことなのに。


「……姫様、今日は午後のレッスンと夕食会の後は、スケジュールを空けております」


モヤモヤしていると、アメリタがなだめるようにそう言ってくる。


「勇者様とは、そのときにごゆっくり」

「アメリタ……はい! ありがとうございます!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


買い出しの手伝いから戻ると……リゼルさんから『夕飯後、姫様とお茶』という予定を突然告げられる。

まぁ突然固まったらしいけど。お姫様兼領主だし、お仕事が多いのよ。会議やら慰問やら、書類仕事やら……。


なので夕飯を食べた後、メイドさん達に体を洗われ……。


「ちょっと、待ってぇ! さすがに自分で洗う……洗います−!」

「駄目です。いえ、勇者様の匂いが気になったことなどはありませんが、手抜かりがあっては姫様に申し訳ないので」

「あと、目は開けてほしいなぁ。さすがに危ないし」

「だって、みんな……服脱いでぇ!」

「勇者様だからいいの」

「そうです! ここは私達を信頼してください!」

「ふにゃああぁああぁあああぁ!」


そんな大変なお風呂の後、僕に合わせてくれたのか、蒼い着物を着せてくれて……でもお風呂直後に着るものじゃない!

とにかく蒼姫と……同じく着物に着替えた蒼姫と合流し、白のテラスへ。


「……蒼姫、おのれ……髪型、そんなに気合い入っていたっけ」

「言わせないでよ……!」


ただ、蒼姫はポニテになっていました。その上でウェーブとか、髪飾りとかも装備で……!


≪あなたもメイド隊の洗浄作業を受けまくったんですね。文字通りの洗礼を≫

「お化粧までさせられたよ! 初体験だったよ!」

「それでか。ふだんより奇麗だなーって」

「……馬鹿ぁ……」

「なんで!?」


とにかく疑問に思いながら城のテラスへ。

きらびやかだけど決して派手過ぎないテラス……その中央には、大理石にも似た質感の丸テーブル。

既に紅茶のポットやカップが置かれていて、姫様はそこに座っていた。なお周囲には、護衛のためか槍騎士やメイドさんが二人ほど。


「姫様、おまたせしました」

「あ、はい。……勇者様、素敵です。
それと……初めまして、ですよね。蒼姫さん」

「あ、はい。お姫様、あの……突然乱入しちゃって、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です。というか私、あなたともお話したかったので……会えて凄く嬉しいです!」

「私のことも知っているの!?」


……あぁ、そうだなぁ。そこも解決しておきたかった。姫様、最初から僕達のことを熟知しまくっていたしさ。


「ならあの……これは、いつ調達したのかな」

「あ、そうだよね。僕達、採寸とかもしていないし……」

「さぁ、いつでしょう。勇者様はメイド達と随分仲良しのようですし」


あれ、姫様がなんかつんつんしてる! 尻尾が軽く逆だってるんだけど!


「まぁとにかく……どうぞ」

「「お、お邪魔します」」


姫様に従い座ると、槍騎士やメイドさん達が下がっていった。

夜風の吹くテラスで、姫様と二人きり。つい気配を探っていると、姫様が紅茶を淹れてくれる。


「今日は少し涼しいですから、温かい紅茶を用意しました。甘いお茶はお好きですか?」

「大好きです」

「私も、お茶は好きです」

「よかった」

「でも不思議だよね」


差し出された紅茶を受け取り、まずは甘い香りを堪能。


「ありがとう。……紅茶に着物、お米に野菜、食文化――やっぱり僕の世界に似ているところもある」

「リコから最近聞いたのですが……勇者召喚の影響も大きいそうです」

「そこから異文化が持ち込まれて?」

「時折、そういう種子も混じっていたとか」


文化的侵略ってやつかなぁ。外界――ここは外国とかでもいいんだけど、それに触れる事で自国文化に変化が生まれるの。

そっかぁ。ここもそうして……少しずつ進んできた世界なんだね。なんだか感慨深くなりながら、お茶を一口……を。


「……うん、やっぱ美味しい。フルーティーだし、自然な香りが心地いい」

「ほんとだ。凄くほっとする……」

「紅茶はビスコッティが誇る、名産品の一つなんです。遠方では結構な値で取り引きもされていて」

「分かるよ。これなら」

「それであの、勇者様」


姫様がカップを置き、少し頬を赤らめる。


「その、もう一度ちゃんと謝りたくて……勇者召喚のこと、すみませんでした」

「それは以前も言った通り」

「大丈夫じゃありません! 患っている障害や超能力……お体のこと……今の私達では、潤沢に配慮できませんし」

「お姫様……」

「それにアルトアイゼンだって……リコから聞きました。
デバイスは今のビスコッティ……フロニャルドの技術力を大きく飛び越える存在。
きちんとした修理や維持も難しいと」

≪……いや、リコさんの力ならなんとかなりそうな気もするんですけど≫


アルト、気持ちは分かるけど言わないでおこうか。おのれのことも心配しているんだしさ。


「……だったらさ、一つ……質問いいかな」


そこで姫様が身構える。別に責めたりどうこうじゃないので、表情を緩めて安心させておく。


「どうして僕を勇者に? というか、元から知ってる感じだった」

「……そう、だよね。私のこともすんなり受け入れてくれたし」

≪でもHGSなどに絡んだ、この人が抱える難しい部分には疎かった。ちぐはぐはしていますねぇ≫

「あ……そう、ですね」


たとえば最初、姫様は僕の実力をよく知っているとか、そういう話をしていた。ショウタロス達のことも含めてだよ。

タツマキだって無目的に送り出されたわけじゃないようだし、僕を選んで召喚……ってコースなのは確定。

でもその理由はどうして? フロニャルドと地球は今のところ行き来できないっぽいし。


「…………」


流れる雲と輝く月の下、姫様の頬が更に赤くなる。更に顔を背けるも、姫様は尻尾を揺らした。


「勇者様は、星詠みというのは聞いたことが」

「ううん」

「紋章術の一種なんです。映像板を通し、いろんなものを見る術。
遠く離れた世界のこととか、人によっては探しものやちょっとした未来も」

「もしかしてそれで」


姫様は僕から顔を背けたまま、こくんと頷く。尻尾が揺れているのは、不安か……または別の感情か。


「まず星詠みは、本当にちょっとしたものしか見られないんです。未来を見るにしても、漠然としていて」

「…………」

「私も少し星詠みができますので、ときどき見ていたんです。遠い世界のこと――そのとき、見つけたんです。
栗色の髪に黒いコートや和服を着た、小さな男の子を。その子は傷だらけになりながら、笑って戦っていた」


……誰のことかなんて、聞くまでもなかった。姫様は湯気立つ紅茶を見ながら、優しく笑う。


「最初は怖いって思いました。戦いを楽しんでいて、魔物みたいな姿に変身していて……でも違った。その子の後ろには、泣いている人がいたんです。
戦うことが楽しくても、そのために誰かの不安や痛みを当然にしない。
それで……その世界の普通とは違う自分がいても、受け止められる……その優しさを他者にも送ることができる」


そうして、姫様は僕を見てくれる。


「私達と同じ、獣の耳と尻尾を持つ男の子」

「姫様……」

「でもそれだけじゃなくて……青い服がとても似合う、髪の長い奇麗な人のコンサートでは、とても目をキラキラさせて」

「え」

「そらさん、でしたよね。その人を見ている瞳が、とても奇麗で……その奇麗さが、たくさんのことに向けられていて」


え、待って。それって……雨宮さんのライブ!? そこまで見ていたの!? 見られちゃっていたの!?


「そんな男の子を見て、思ったんです。
この子とお話してみたい。
この子が見ているものを、守りたいと思うものを、寄り添って一緒に見てみたい。
それで……もしこの子が私の……私達の勇者だったら、いいなって」

「…………」

「――――ご、ごめんなさい!」


姫様は慌てて、思いっきり頭を下げる。


「怖いなんて言って……でも私、今はそんなことを全然考えていません!
勇者様のこと、まだちょっとしか知らないけど、それでも」

「大丈夫だよ」


立ち上がり、まず姫様を起こす。それから優しく抱き締め、頭を撫でてあげた。

……こうするとすっごく安心するって、メイドさん達に……教えてもらったから。


「ふぇ……勇者、様」

「恭文君!?」

「こうされるの、嫌じゃない?」

「そ、それは絶対にないです!」

「ん……あの、姫様、ありがと。僕を選んでくれて」


姫様は顔を上げ、僕をマジマジと覗き込んでくる。


「……ほんと、ですか?」

「うん」

「………………」


頷きを返すと、嬉しそうに笑って尻尾もふりふり。


「……ミルヒです」

「姫様?」

「ミルヒ、です。親しい人は、そう呼んでくれます」

「じゃあ僕のことも名前で。大丈夫かな、ミルヒ」

「はい、ヤスフミ!」


尻尾がより一層激しく振られ、姫様が抱きついてくる。その感触が嬉しくて撫でる。


「……知らないよぉ……私はぁ……!」

≪あなたが発案者なんですから、覚悟を決めてください≫

「それでもこれは想定外−!」


姫様……じゃなくて、ミルヒを受け止めながら、静かな夜を……暖かな時間をめいっぱいに堪能する。

だから、この幸せが余りにも尊くて、かけがえがなくて……僕達は想像だにしなかった。


この翌日、レオンミシェリ閣下の布告により、再びビスコッティはどったんばったん大騒ぎになると――。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――同時刻

ガレット獅子団領・レオンミシェリ自室



……明かりも付けず、鏡を見つめる……見つめ続ける……。

今度こそはと、きっと次こそはと……鏡に映る景色に、希望を求める。


だが、無駄だった。


「なぜだ……!」


誰かに悟られることも怖くて、打ち震え続けるしかない。

鏡の中に映る……血にまみれ、倒れる二人の姿を見て、震え続けるしかない。


「なぜ、こんなものを見続けなければならない!」


何度……何十回やっても変わらない。いや、変わっている……縛り上げるような苦しみを伴ってきている。

うっすらとしたものが、どんどんはっきりして……そして、ついに……!


「止めなくては……」

――ビスコッティ領主:ミルヒオーレ・F・ビスコッティ及びビスコッティ勇者:蒼凪恭文……宝剣所有者二人、三十日以内に死亡――

「このような未来、ワシは認めん!」

――この結果は、覆らない――


ワシが、止めなくてはいけない。

たとえどのような手を使おうと……ワシが、あの笑顔を……絶対に守り抜く!


(その6へ続く)






あとがき

恭文「というわけで、DOG DAYS編第五話……うん、前話で詰まっていたんだ。
とにかく僕が姫様……ミルヒに呼ばれた理由はこんな感じで」

鷹山「……いやいや……蒼凪、その前にあの、お前……ヤバいことになっていないか?」

いちご「そうだよ! 必ず死ぬって! 聞いてはいたけどどういうこと!?」

恭文「星詠みの概要は言った通りなんですけど……これがいわゆる未来観測や予測にも繋がっているんですよ」

いちご「それで悪い未来を見ちゃったってこと!? え、だったら……」

恭文「ただ、そんな未来が確定的になりつつあったのは確かです」

いちご「え」


(神刀ヒロイン、ぞっとした表情で凍り付く)


恭文「後々ミルヒやロランさん、エクレとリコにも説明するんですけど、繰り返し似たような結果を見るってのは……」

大下「……やっちゃん、どういうこと? だってほら、そういうのはあやふやなものだって、やっちゃん自身が」

恭文「だから、そのあやふやなものを通しても、そういう未来が固まっている……そう断定するしかないほどには、フラグが立っているんです。
少なくとも僕とミルヒが揃って巻き込まれ、死亡するような“何か”が、レオ閣下の視点では起こりうるんです」

大下「そのフラグをへし折ろうとしていたわけだね、レオ閣下は」

恭文「同時にレオ閣下の安否も危ういです」

大下「なんだって?」

恭文「レオ閣下の視点……見えている世界に近い形で、起きることですから。だったら領主として、宝剣の一振りを相棒とするレオ閣下はどうなるのかって話ですよ」

大下「おいおいおいおい……一体なにが起こるっていうのさ」

鷹山「基本は平和な世界なんだよな。フロニャ力がある限りは殺傷などもできない……それでどうしてお前や姫様だけが」

シオン「というか、お兄様がという点で驚きですよ。まぁ私達は知るよしもなかったことなんですが」

ヒカリ「あれは、相当でかかったからなぁ……」


(すごいことになったようです)


舞宙「でもミルヒちゃん、それで恭文君を呼ぶくらいだから……やっぱり相当気になったんだね」

古鉄≪蒼姫さんもあちゃーって顔でしたよ。得に雨宮さんのライブで瞳キラキラーって辺りで≫

恭文「あ、あれは恥ずかしかった……!」

舞宙「焼けるなー。あたしだってうたうたいなのに……いや、その前に……これで確定か。ミルヒちゃんが本当になにも知らずPONしちゃったって」

鷹山「あぁ……二度と帰せないと分かっていたら、呼び出しはしないからな」

大下「やっちゃん、やっぱり責任を取らなきゃだって……。しかもミルヒちゃんについては、お風呂場で遭遇だし」

いちご「…………私も、話し合うから」

恭文「いちごさん!?」


(神刀ヒロイン、ヤキモチモード突入です。
本日のED:和楽器バンド『Valkyrie-戦乙女-』)


杏奈「……恭文さん、今日は月末……杏奈の、マンスリーバースデー……です……。
あいにくの天気模様だけど……その分、いっぱい……ゲーム、だよ……?」(コントローラーを持ってきょとん)

恭文「うん、いっぱい遊ぼうね。……バイオ8VRのタイムアタックだ!」

杏奈「しかも、ナイフクリア……新記録、作ろう……!」(ごごごごごごご)

いちご「……あの滅多差しでの瞬殺を、更に早くするの?」

才華「それがゲーマーの性なんだよ、いちさん……」


(おしまい)






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