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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2017年3月・フロニャルドその4 『Mはいつでも待っている/ミオン砦の攻防!』


ベル「……勇者様がヒドすぎます−! いくら何でも砦まで全速力で引きずっておいて、すぐさまUターンはないですー!」

ジョー「アカン……ほんま、リコの言う通りや。ワタシら、怒らせたらアカン奴を怒らせたぁ!
というかガレットを賭けることにもなってもうたし! 姫様もさくっと身柄を確保されとるし! どうなるんよこれはぁ!」

ノワ「いや、でも大丈夫。そんな状況に我らがレオ閣下も突撃。ダルキアン卿がいてもこれで………………今のうちに逃げよう……!」

恭文「そんなこと許すと思っているの? レオ閣下もろとも潰すに決まっているでしょうが」

ベル・ジョー・ノワ「「「……やっぱり怒らせちゃ駄目な人だったぁ!」」」





魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2017年3月・フロニャルドその4 『Mはいつでも待っている/ミオン砦の攻防!』





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……会場の座席は、少しずつ埋まっていく。

お客さん……というか、ビスコッティの国民達も、今日のコンサートは本当に楽しみだったんです。

久々の勝利な上、異世界から勇者も来ていますから。ただ、誘拐奪還戦の話は既に広まっているので、不安な声もあって……。


「ねぇ、パパ、ママ……姫様のコンサート、中止にならないよね」

「あぁ……だがほら、勇者様も砦で頑張っているそうだし」

「こんなことして、筋が通らないって怒ってもくれていたもの。いい人が着てくれたし、大丈夫よ」

「うん……!」


そんな親子連れの会話も耳にして、少し胸が痛む。ただ、それならと意を決して……。


『――早い時間から、会場に来てくださり、本当にありがとうございます』


壇上に出て、姫様のお付きとして、しっかりお仕事です。


『私、ミルヒオーレ姫様の仙人秘書官でもある、アメリタ・トランペからお知らせです。
緊急のことではありますが、現在ガレット国営放送で行われているミオン砦攻防戦の様子を、こちらでも放映します』

『――!』

『昼間の戦ではヒーローインタビューなどもできなかったため、姫様が……我が国がお呼びした勇者様が、どれほどの物か、是非その目で見て、応援していただければと思います』


……正直逆効果になる可能性もある。勇者が負けでもしたら、その時点でコンサート中止は確定だもの。

でも、このままそわそわさせて、不安な気持ちで待たせるのも申し訳ない。幸いここまでの様子では、そこまでヒドい状況にはなっていないようだし……。


『それでは、特別緊急企画≪ミオン砦攻防戦 勇者応援上映会≫を開催します』

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


とりあえず初手は盛り上がり、私は一礼した上で壇上を出る。

あとはコンサートの演出用に用意していた、スクリーンで国営放送の映像を映して……!


『――さぁ、みなさん……見ているでしょうか! こちら、砦内部の中継カメラによる映像です!』


すると、勇者は輝力解放したガウル殿下に、四方八方から攻撃を加えられ続けていた。


『ビスコッティ隠密衆のダルキアン卿、ユキカゼの乱入により、ガレット側は極めて劣勢!
更に勇者も姫様の身柄を見事確保したのですが……現在、ガウル殿下との一騎打ちに突入しております!』


……よりにもよって最悪なタイミングだった! 会場がざわつきましたし!


『さすがの勇者もガウル殿下には敵わないか! ……ガレット獅子団駐屯地にいらっしゃる、バナード・サブラージュ将軍! いかがでしょう!』

『ガウル殿下の得意技……獅子王双牙による乱撃は、簡単には防げません。
屋内ではあの翼の武装は使いにくいでしょうからね』


あぁ、そうです! あれは空を縦横無尽に飛ぶから……そして勇者様は攻撃によって宙へ打ち上げられて……。


『ただ……』

「これは……」


部隊袖に来てくれたロラン騎士団長も、渋い顔をする。

さすがにまずかった……判断を誤った。そういう様子が窺えて。


「……勇者殿は、一体どのような鍛錬をこなしてきたのだ……!」

「え」


その驚愕の言葉に、意味が分からなくなっていると。


『天雷! 爆砕じぃぃぃぃぃぃぃぃん!』


そのまま天井を蹴り飛ばし、ガウル殿下が勇者へ強襲……!


「……勇者様! 負けちゃ駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

『ああぁああぁああぁああぁあ!』


みんながもう駄目だと、そう思った瞬間……勇者様の両足に、蒼い光が宿る。

それを蹴り飛ばしたかと思うと、空中で反転。ガウル殿下の突撃をするりと避けて……ガウル殿下は、そのまま地面に落下。滑り落ちて壁に激突する。


「……え」

『さすがにそのコンボは読みやすいって……』

『大型砲弾を受けるか避けるかしたところで、追撃しつつ隙を大きくし、必殺の一撃……定番と言えば定番ですけどね』


あの、勇者様……なんでそんなに、平然としていらっしゃるんですか。

ガウル殿下の強襲を、意図もたやすく……まるで避けられたのが当然と言わんばかりに。


「当然の結果だ」


すると、ロラン騎士団長が、冷や汗を払いながらそう告げる。


「勇者の服だ。あの強襲を受けながら、ほとんど傷がない」

「…………ぁ……!」


そういえば……いえ、傷はあるんです。でも、あの猛攻を受けた後にしては、余りに奇麗すぎて。

――それは、二人が改めて応対し、またガウル殿下の猛攻が始まっても変わらない。

傷が、増えない……かすらせもしない。圧倒的なのは間違いなくガウル殿下なのに、全く触れさせない……!


『……ビスコッティの勇者……とんでもない怪物かもしれません』

『バナード将軍!?』

『我々は、あの空を飛ぶ武装が勇者の戦い方だと思っていました。ですが違う。
勇者は武装が使えない武技についても、卓越しています。ガウル殿下の乱撃に対応しきっている』

「バナードの言う通りだ。あそこまでの対応は、ダルキアン卿か私達でなんとかというところだろう」

『しかも、紋章術を使っていません』

「私でもあれなら紋章術を使う」


……そうだ。勇者はそういったものを使っていない。でもそれはその時間がなかったからでは。

現に今の今まで慌ただしいことが続いていましたし……でも、バナード将軍の冷や汗は、ロラン騎士団長の慟哭は、それが勘違いだと如実に示していた。


「勇者は昼間の戦いぶりを見るに、状況判断能力は相当に高い。
しかも今回の戦は、姫様のコンサートもかかった大事なものだ」

『この状況で、そんな無謀な真似をして、やられては意味がありません。
仮に来たばかりでその選択肢を持ち合わせていないとしたら、退却するくらいのことはするでしょう』


そう、だから……。


『――きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえい!』


私達はまた驚かされる。とんでもない方向から放たれた剣閃は、砦を……周囲の外壁を両断する鋭さを見せたのだから。


『な、なんだアレはぁ! 勇者の一撃が、ミオン砦を切り裂いたぁ! ガウル殿下はぎりぎりで退避! 受けていたら』

『間違いなくやられていました。……あれは昼間の戦でも見せた打ち込みですね』

『勇者は……刀だ! 刀に輝力を纏わせています! しかし小さい! 歴戦の騎士達が見せる技と比べて、余りに小さい!
バナード将軍、あれでもあの威力が出せるものなのでしょうか!』

『……我々がふだんの戦で見せている技と一緒にするのは、勇者に対して無礼でしょう』

『へ?』

『あれは、輝力を極限まで凝縮し、刃にコーティングしています。そうして威力を上げているんです。
言うなら、“何でも斬れる刀”を作る技。その上で勇者自身の技量を合わせ、あの威力を出しています』

「そんな刀を作れたとしても、振るう技がなければ意味もないからな。……これで確定だ」


ロラン騎士団長は言いきる。これこそが、我が国の勇者なのだと。


『純粋な剣技……紋章術や輝力に依存しない、技術の冴え。
それでガウル殿下の切っ先を皮一枚でかわし続け、あれだけの一撃も撃ち込んだんです……!』

「勇者の見せる技術……それは、我々が扱う異能に並び立つものだ」

「そんなことが……本当に」

「武術は“術(じゅつ)”だからな。突き詰めればそういうこともあるさ。
だから驚くべきは……あの年と外見で、それほどの修練を突き詰めた精神性だ」

『勇者の世界がどのような文化を持っているか、本当に……興味が尽きませんよ』


だから、レナード将軍も言いきった。怪物だと……技術で術や輝力を圧倒するほどに、卓越した使い手だと。


『彼は、昼間の戦でその本領を発揮していません。していたとしてもほんの一瞬だけだったんです』

『な、なんですってぇ!』

『これは想定外です。殿下一人では、危ういかもしれませんね……』


そして認める。殿下一人では手に余る……負けるかもしれないと……!


「……パパ! ママ!」

「えぇ、凄いわね! 勇者様は!」

「あんな戦い方、見たことないもんな!」

「うん! 頑張れ−! 勇者様−!」

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


ただ、おかげでこちらの会場は大盛り上がり。上手くいくかもしれないという希望があって、あっちこっちから慣性が上がり続ける。


「……この声を現場の勇者に届けられないのが、残念だな」

「それなら大丈夫です。会場の様子は随時記録していますから……後ほど」

「よろしく頼むよ、アメリタ」


それは、私達も同じ。さっきまでの絶望が嘘みたいに、笑っていたもの。

ユキカゼやダルキアン卿達も援軍としてきてくれているなら……このまま。


『ん、ちょっと待ってください! 砦に迫る影が一つ……こ、これはぁ!』


でも、状況はまた別の色を見せ始めて。


『ガレット獅子団領主! レオンミシェリ閣下が参戦だぁ! ものすごい勢いで砦に突入していった!
それを迎えるのは……砦の中庭にて、戦力を壊滅させたダルキアン卿! これは凄いカードになります!』

「レオ閣下が……!」

「まずいな。万が一ダルキアン卿が突破されたら……」

「勇者やエクレール達だけでは抑えきれない……!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


さてはて……どうしたものでござるかなぁ。なかなかに面倒な流れでござるが。


「……閣下ぁ!」

「ゴドウィン、下がっておれ」

「は!」


跪く斧将軍を諫め、レオ閣下はセルクルから降りて、その子も脇に逃がす。

そうして右手で魔戦斧をぎゅっと握り、拙者の前に立つ。


「久しいな、ダルキアン卿」

「ご無沙汰しております、レオ閣下……ご壮健なようでなにより」

「世辞はいい。ワシはガウルとアホ勇者に用がある。そこをどけ」

「申し訳ありませんが、それはできませぬ」


一礼しつつも優しく告げると、レオ閣下は無表情のまま近づいてくる。


「一応聞こう。何故だ」

「拙者達はロラン団長の命により、この戦場に参加しております。
そして勇者殿やエクレ達若者達の殿(しんがり)を勤めると、宣言した身であれば」

「押して通れと」

「如何にも」


……即座に愛刀を振りかぶり、突撃。

一瞬の沈黙を打ち破るような、渾身の袈裟一閃。それはレオ閣下の戦斧と衝突し、周囲の炎を散らす衝撃も生み出す。

そうして一歩も惹かず、ギリギリとせめぎ合い……ふむ、図体のみならず腕前もなかなか。これは甘く見たらやられるでござるな。


「よかろう……それを無礼などとは言わん。
いや、戦の場においてあのようなことを言うワシが無礼か。それは許せ」

「構いませぬ。ただ、老婆心ながら……今の勇者殿には手出しはせぬ方がよいかと。
姫様のコンサートを台なしにされたことで、相当激怒しているので」

「だとしてもガレットをもらうとか抜かしていたアホだぞ!」

「兵は詭道なりと言いますれば」

「限度があるだろうがぁ! 説教の一つもしてやらんと」


そう言いながら拙者の刀を上へ弾き、踏み込みながらシールドバッシュ。


「気が済まんわ!」


追撃を防ぐ意味も込めた一撃は、素直に後ろへ飛んで回避。続けざまの袈裟・逆袈裟の斬り付けはスウェーで回避。

八撃目で足を止め……嵐を巻き起こすように、乱撃を放つ。レオ閣下は一歩も引かず、拙者と三十合以上打ち合う。


嵐のような風が、一合一合打ち合う度に吹き抜ける。刃の衝突で火花も破裂する。

それが……ただそれだけのことが、拙者達以外の何者も立ち入らせないと、叫び続ける。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……勇者様の底は、まだ見えてすらいなかった。

剣技で……技術のみで、輝力解放も果たしたガウル殿下に拮抗している……!


「おいおい、なんだよ今の技は……!」

「流儀じゃないけど、一応解説してあげるよ。
鉄輝一閃……僕が扱える異能の力を、刃に纏わせ、研ぎ澄まし、『何でも斬れる刃』にする技だよ」


鉄輝一閃……あ、そうです。勇者様はあれを使っていました。私はよく知っています。

刃に光を纏わせ、あらゆるものを斬り裂く必殺技です。


(そう、斬り裂いていた……)


敵を、悲しみを、絶望を、運命を……だからなんだろうか。

あの刃は、人の命を奪いうる力なのに、とても奇麗に感じるのは。


「一応魔力……元々の力以外でも使えるよう訓練していたけど、さすがに異世界だからね。
エクレールに監修してもらってからの方がいいと思ったんだけど」

「てめぇ、そこんところをすっ飛ばして……オレから盗んだな! 輝力解放を!」

「あとはジョーとベルだ」

「アイツらが!?」

「二人とも、引っぱるときに輝力や紋章術で身体強化していたからね」

「そういうことか……!」


勇者様、そこまで考えてあの滅茶苦茶な行動に……それでまず、一つ……自分の得意技を、輝力や紋章術の範囲で再現した。

それは、ガウル殿下を倒しうる一撃になるから。実際にガウル殿下は避けた……避けてしまわれた! アレは防げないと判断して!


「悪いけど僕、そこまで派手な技は好みじゃないんだ。
技術や出力……相手との差など関係なく、ただ急所の一撃って師匠から教わったし」

「馬鹿が。それも言った通りだ。
てめぇはてめぇの流儀で、客を湧かせればいいんだよ」

「だったねぇ。……なら」


……そこで勇者様の姿が消える。ガウル殿下は咄嗟にガードして……その瞬間、火花が走った。

勇者様はガウル殿下の後方で滑るように着地。その瞬間、殿下が両腕に纏っていた爪が悉く両断されて……!


「コンサート前の景気づけだ」

「え……コンサートォ?」

「とっておきを見せてやる」

≪速度勝負なら、この人もなかなかですよ? ついてこられますかねぇ……あなたに≫

「……当然だぁ!」


だから、ガウル殿下は輝力で爪を再生成……先ほどよりより研ぎ澄ました上で、加速する。

そうして勇者様も同じように……ううん、違う。

今度は右半身を前に向け、刀の柄尻をぎゅっと握り、片方の手を刃の峰に当てる……不思議な構えだった。


「……なに、あの構え」

「あれでは、先ほどのような打ち込みはできないはずですが……」

(確かあれは……)


勇者様が、敵を“削り殺す”ときに使う……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


魔戦斧の一撃をたやすく捌き、受け止め……まるで岩山を相手にでもしている気分だった。

いや、むしろ滝か? 滝を切ろうとする馬鹿はおらん。これが達人の冴えと言えば分からなくもないが……いや、やはり腹立たしい!

グランヴェールを構えながら突撃すると、ダルキアン卿もあの大刀で受け止め……ちぃ、片手では押し込めすらせんか!


「ときにレオ閣下、我が国へ度重なる侵略を行っているようですが……」

「それがどうした!」

「我が国の生真面目な騎士団長が、どういったことかと頭を悩ませております。
姫様のコンサートや一般イベントも、戦への対応に取られてなかなか行えぬと」


……そこで小さく走る胸の痛み。それはきっと、ワシが甘いゆえ……だから、それを振り払うように叫ぶ。


「それがどうしたぁ!」

「……」

「大体、貴様らの犬姫が開催するイベントなど……秋の芋掘りバトルだの!
海水浴もどきの水上戦などで、若者の英気を癒やしてやれるかぁ!」

「いや、なかなかに楽しそうでござるが」


そののんきな返答にいら立ち、つばぜり合いを弾いて数間下がる。

……生半可な打ち合いでは押しのけることすらできんのは、よう分かったからな。

もし活路があるとすれば、最大出力での一撃。それで一本取れるかどうか……ふん、馬鹿らしい。


取らなくては、意味がない……ならば。


「……楽しくないとは言うておらん」


左手のスモールシールドを、固定具もろとも素早く外す。

そうして魔戦斧に両手をかけ、息吹……。


片手で押し通れないのであれば、両手で……より強靱な一撃を打ち込むのみだ。


「それだけでは、済まぬこともあると言うておる……」

「まぁうちの姫様にも至らぬ点はありましょうが……年と経験を重ねれば、今より立派な領主になっていかれると、家臣一同信じています」


………………だから…………。


「ゆえに、今しばらくは」

「…………だから……」


そうじゃない……。


「そうできれば……!」

「レオ姫……?」


輝力を吹き上がらせ、魔戦斧グランヴェールを頭上で一回転――そうして回転に合わせ、身体中の輝力を集束し、研ぎ澄ませる。


「おしゃべりはここまでじゃ!」


そのまま刃を振りかぶり、紋章術で身体能力を極限まで跳ね上げて……!


「誰になんと言われようと……ワシはワシの道を行く!」


そのまま突撃……そうして、渾身の打ち下ろし――!


「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」


――勝負は一瞬で決着した。

魔戦斧を振り切り、金属音が響かせたかと思うと……ダルキアン卿が吹き飛んでいた。

そうして近くの壁に叩きつけられ、羽織っていた旅装束の一つ……長いコートを破裂させて、倒れ込む。


それから、勝利を知らせるようにからりと落ちる金属……ワシの一撃でたたき折れた、あやつの刀だった。


「はぁ……はぁ…………はぁぁぁぁぁぁぁぁあ……!」

「うん……お見事」


すると奴は薄ら笑いを浮かべながら、小さな白旗を手元に出す。


「降参でござる」

「〜〜〜〜〜〜!」


その言葉に怒りが吹き上がる。ただ、今は時間もないので、奴に背を向け……。


「こい、ゴドウィン!」

「は……!」


そのまま砦の中へと足を進める。いら立ちながら……我が身の未熟を呪いながら……。


「閣下、あの騎士を仕留められるとは……お見事でしたぁ」

「たわけ。あやつ、二割の力も出しておらんかった。
単に譲られたも同然じゃ……!」


あれだけの腕前なら、当然あの一撃を裁くこともできた。隙を突いたなどと言うつもりもない。

……あの勇者も相当な腕前だったが、そこに加えてダルキアン卿……えぇい、迷うな!


「まぁ、かく言うワシも三割……いや、二割五分じゃったがな!」

「は……!」


とにかく、今はガウルと勇者のアホを止めることが先決じゃ! それで、今日の借りも次の戦で必ず返す!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――まさか、ここでこれを出すことになるとは思わなかったよ。

でもまぁ、うん……いろいろ絆されちゃったしね。出し惜しみはなしといこうか。


≪――あなた、楽しむのもほどほどにしてくださいよ? 残り十分を切りましたから≫

「分かっているよ」

「つれないことを言うなよ……」


アルトにはそう応え――。


「もっと楽しもうぜぇ!」


とっておきの構えを取った上で、ガウルの突撃をやり過ごし、反転しての一撃も伏せて……ううん、伏せながら左に加速し、ガウル死角から右切上一閃。


「く……!」

「ガウ様!」


ガウルはすかさず爪を翻す。でもそれは下がった僕には追いつかず、ただ虚空を切り裂く。

そうして腕が振り切られるすれすれのところで、再び踏み込む。同時に左右へと鋭くステップ。

残像を生み出し、奴にに近づいては離れを繰り返し……そうしてまた切り上げを打ち込む。


ガウルは左の爪でそれを防ぎ、反撃……でも届かせない。お前が貫くのは、僕の残像のみだ。


あれ、残像……残像…………あ、一つ思いついた! あれができるかも!


「なるほど……速度を重視し、刀をより遠くまで届かせるため、持ち方を変えたのか。
その構えも、お前が前後左右どの方向からでも、一瞬で全開加速するため」


そしてもう一撃……まぁこの一撃は、たやすく両爪のガードで防げるんだけど。


「だが、それじゃあ威力が出ねぇぞ!」


ガウルは反撃……また虚空を貫くけど、まだ追撃してくる。

だから足を止めて急反転。その左脇を取りながら、右切上一閃……の構えを取る。


当然奴は素早くガード体勢を取る。だから急停止し、床を蹴って奴の背後に回り、背中へ一撃入れる。


「ぐ!?」


振り返り反撃しても、その爪の切っ先は届かない。届かせる前に、僕は消えているから。

だから跳躍し、壁や天井を蹴っての三次元攻撃に映る。でも……気配と角度が丸わかりだから、全てすれすれのスウェーで回避する。


「このぉ!」


当然紋章砲も放つけど、それは予備動作もあって本当に楽々避けられる。

ガウルは避けた直後を狙い、踏み込んで左ストレート……それも僕の残像をかすめるだけだった。

……同時に、全身に輝力を纏わせ、地面を蹴って奴の右サイドを取る。


するとどういうことだろう。僕の加速によって離れた輝力がその軌跡を描き、いくつもの形を取る。

そう、比喩などではなく、加速する僕の残像として……その出現に、奴の目が泳いだところで……もう一撃撃ち込む。


「な!」


右二の腕をまた斬られたガウルは、ダメージ覚悟で踏み込み、接近戦を挑む。

僕も踏み込み……奴はガードを固めるので、一撃撃ち込む寸前で停止。


「……!?」


そのままガードをかいくぐるように、奴の左脇腹を切り裂き、素早く後退……。

そのまま輝力の残像で目くらましをしつつ、奴の四方八方から斬撃の嵐を見舞い続ける。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ガードを固めても無意味だった。固めた瞬間に勇者様が停止し、その隙を突いて一撃入れる。

ガウ様が四方八方から攻撃しようとしても、もう防ぐこともしない。全て……全てが、『攻撃を打ち込んだ瞬間に回避されているから』。

そして勇者様の残像が……姿を映した力の粒子が、辺りに舞い散り続ける。それが、ガウ様の目を惑わせてもいて……!


「……ガウル殿下が、追い込まれている……!?」

「まぁ、ガウ様も楽しそうだけど……これはまずいかも」


ルージュが慟哭し、ノワが呆れた様子で笑う。

そう、打ち合いながら、追い込まれながら、ガウル様も笑っていた。


だけど、あちらこちらに傷が増えて……息を切らし初めて。


「……アイツはなにをやっているんだ……!」


エクレールも声を荒げるのが現状だった。でもそれは叱責などではない。明確に混乱です。

勇者様が一体何をしているのか、私達には理解できないんです。余りに私達の知る武技とは違いすぎていて。


「てめぇ……なんだこれは。とっておきってのはもう出しているのか」

「出しているよ。この構え……天地人の構えがとっておきだ」

「てんちじん……!?」

「おのれが言う通り、この構えは速度とリーチに全振りした状態だ。
その上で、僕はお前が放つ攻撃の気配を読み取らせてもらっている」

「気配……」

「行動の起こり……その気を読み取って対応すれば、相手の先を取り続けることができる。そういうものを極意とする武術が多いのよ。
……これも同じだ。お前が防御を固めても、カウンターを狙っても、僕の後ろを取ろうとしても……その気配さえ読み取れれば、先んじて対応できる。
もちろん……あえての後出しして、隙を突くこともね」


あ、なるほど。ようはその後出しで、ガウル殿下の防御や攻撃をかいくぐり、一撃を与え続けて…………なんですかそれはぁ!


「おま、それはアリなのか! 反則とかないのか!」

≪実戦に反則なんてありませんって……。というかこの人も言ったでしょ? 誰でも考えることだと≫

「それはそうだなぁ!」

「その気配を読み取れるから、ガウ様の速度にも追いつける……!?」

「いえ、これでは……単純な速さ比べではありません!
そもそも桁が違う! 速さの質が違う! 殿下も同じ領域に辿りづけなければ、勝負にならない!」

「勇者様……!」


でも……凄いです! ヴァリアントや魔法などに頼らなくても、本当にその技術だけでガウ様と拮抗しているなんて!


「なんだそりゃ……。ほんと反則だろ」

「バレないよう反則して勝てって教わったからね」

「それは悪質だな! ならその残像は……」

「M.E.P.E(質量を持った残像)ってやつだ。さっき思いついた『客の湧かせ方』だよ」

「そいつは嬉しいんだがなぁ!」

「……この構えは本当にとっておきでさぁ。強い相手を、本気で削り殺すときにしか使わないの」」


勇者様は一旦構えを解き、刀となったパラディオンを手元で一回転……でもガウ様は踏み込めない。

隙を突くこと……その気配すらも読み取れるのならと、冷や汗を垂らし、警戒し続けていて……。


「もちろんここはフロニャルドだから、それはアウトだけどさぁ」

「は……だったら、やってみせろよ!」


そして二人はまた踏み込む。殿下の攻撃に対して、勇者様は構え直して右に回避……そこから脇腹を切り裂く。


「あめぇよ!」


でも殿下は輝力でシールドを展開。あれでは刃は通らない……と思っていたら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ノーモーションで、前進に輝力を纏わせ防御か。うん、そうだよね……そうくるよね。

だから攻撃を打ち込む直前で刃を引き、平正眼の構えを取る。

刀……パラディオンの切っ先を奴に向けたまま踏み込み、刺突――!


「――――!」


ガウルは目を見開きながら、回避もできず……その思考を持つことすら放棄したのだと気づき、まともに一撃を受ける。

そうして衝撃から大きく吹き飛び、進行方向上の壁へと派手に叩きつけられた。


「ガウ様……!」

「甘いのはそっちだ」


刃を引き、また手元で一回転……。


「こっちの斬撃を見越し、防御や反撃を加えようとするなら、それを打ち砕くだけの攻撃に切り替えればいいだけのこと」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「弱点を埋める技も、持っているというのですか……!」

「それも今更だと、思う。……あの打ち込みがあるし」


そう、そうなんです。ルージュの驚愕も分かりますが、ノワの言う通りなんです。

ただ威力が半減する……速度と射程全振りな構えを取っているだけなんです。

それで通用しないと判断すれば、その場で切り替えればいい。普通なら隙になるんでしょうけど、今のを見る限り……!


「切り替えの隙もあるから、きちんと順序だっているみたいだ」

「実際今の変化は、外から見ている我々も驚くばかりの速度だった。
……これだと殿下は、その変化にも注視することになる」


エクレも冷や汗をまた一筋垂らす。きっと、自分だったら……自分が破るならと考えているんだと思います。


「剣術一つで、ここまでのことができるのか……!」

「マジかよ……」


殿下はまた吹き出した鼻血を払いながら、壁から抜け出る。そうして笑いながらまた構えて……。


「たかが構え一つ変えただけで、別人のような戦い方になるとかよぉ……」

「だったら覚えておくんだね。侍ってのはたかが構え一つ変えるだけで、扱う力が切り替わるのよ。
……ま、滅茶苦茶練習しなかったら無理だけど」

「いいねぇ……反則とは言っちまったが、やっぱ最高だぜ! 姫様が呼んだ勇者はよぉ!」


そうして殿下はまた踏み込む。勇者はまたあの……諸手で刀を構える形で、ガウ様の連撃を受け止め、隙あらば斬り付けて。


「まだ速度が上がるか……これはなかなか」

「それに対応して、ガードに回ったてめぇもさすがだ! だが……必ず切り崩す!」

「その前に削り潰す――!」


そういう攻防を繰り返し、お互いに力を、技術をぶつけ合うことに笑顔まで浮かべ始めて。


「……お二人とも、よい友人同士……いえ、ライバルになれそうですね。姫様」

「ルージュ……はい!」

「「にゃあにゃあー♪」」


ルージュの言葉には、笑顔に返せた。バノンの子ども達も、勇者様の頑張りには大興奮です。

だから私達も、安心してその様子を見守ることができて……。


「あれ?」


でも、なんというかあの、なにか……忘れているような……。


「でも、コンサートってなんだよ!」

「姫様が出る祝勝コンサートだよ」


そこで二人は刃と爪をぶつけ、競り合いながら言葉も交わす。とても楽しげに……あ。


「……おのれらがその直前に誘拐してくれたから、中止の危機なんだよ!」

≪なので残り五分で、始末します。覚悟してください≫

「なんだそりゃあ! おい、ノワ……どういうことだぁ! 説明しろぉ!」


あ、そうです。コンサートのことがありました。でもお二人とも、本当に仲良くなられて……本気で斬り合いながら、そんな会話もできるなんて。

……え、ちょっと待ってください。ガウル殿下は、ご存じなかった……?


「……ルージュ」

「いえ、私達もなにも……ノワ?」

「……勇者が、間に合えばいいだけだと、思っていたから……」

「ノワー!?」

「なんですかそれー!」

「………………」


ちょっと、顔を背けないでください! そこは説明が必要ですよ! 特にガウル殿下にはー!


『ガァァァァウゥゥゥゥゥルゥゥゥゥゥゥゥゥ!』


……あれ、この声は……。


『そしてアホ勇者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


そこで、演習場の扉が砕かれる。全員がそちらへ注視すると……怒り心頭のレオ閣下が、ずかずかと入ってきて……。


「姉上!?」

「貴様らぁ……戦を馬鹿の遊び場にしおってぇ! そこに座れぇ!」

「いや、邪魔しないでよ。今おのれの弟と楽しく斬り合っているところなんだから」

「いいからじっとしておれ! 貴様らには言いたいことが山のようにある!」

「無理だよ……その前にコンサートなんだよ。もうここをでないとヤバいんだよ」

「いいから待っておれ!」

「大丈夫だよ。あと三分でコイツを切り刻むから」

「勇者、ちょっと止まれ! というか煽るな! 会話をしてくれぇ! 姉上がなんか滅茶苦茶やばい!」


そして、レオ閣下は聞く耳を持たず、全員にお説教を始めて……勇者様やエクレがコンサートの話をしても、全く聴いてもらえず……。

結果……私達は超えちゃいけないタイムリミットを、平然と超えてしまって……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ここまでのあらすじ――レオ様が乱入して、説教祭りになりました。

その結果……。


「とにかく……今回のことはきっちりと詫びもするし、賠償もさせてもらう。すまなかったな」

「あ、いえ……あの、レオ様」


……そんなことを抜かすアホ閣下には、鋭くハリセンで一撃!


「……何をする!」

「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! おのれが来なきゃ、コンサートには間に合っていたんだよ! なのにながながとわけの分からない話で時間を無駄遣いしおってからにぃ!」

「アホにアホと言われたくないわぁ! そもそも貴様がガレットをもらい受けるなどと言わなければ、ワシとてこんなところに来るはずもなかったわ!」

「だったらジェノワーズに言ってよ! 全部アイツらが勝手に決めたことなんだから!」

「いや、あの、私達……そこまでしていない……!」


ああもう、言っている場合じゃない……。懐中時計を取り出し、時間をチェック……あぁああぁあああぁあぁ! 絶望しかなかったぁ!


「残り、三十分……!」

「勇者、それは大体どれくらいだ」

「半刻の半分」

「セルクルでは間に合わん……!」


僕達は砦の応接室に戻って、頭を抱えるしかなかった……。ひたすらに抱えるしかなかった!


「姉弟揃って空気が読めない馬鹿ですって、看板をかけてよ……。今度からそういう対応をするからさぁ」

≪言えてますねぇ。ジェノワーズがその場ののりでアドリブをかましただけで、ガウルさんはコンサートのことを知らなかったそうですし≫

「ほんとすまねぇ! この詫びもする! 必ずだ!」

「じゃあガレットをよこしてよ」

「話が戻るからやめてくれぇ! ……というか、お前……空は飛べるよな? それで間に合わせるとか」

「そうして尻ぬぐいを当然とするのか。さすがガレットだ。滅びてしまえばいいのに」

「詫びは全力でさせてもらうので、その話も後日……後日ぅ!」

「分かっているって……。
まぁそれならギリギリだけどさぁ」


でも……そこで一つ引っかかっていて。いや、それならなんとかできそうなんだけど……。


「城に付けておいたマーキングでの転移は、ちょい難しそうだしなぁ」


試しに右手をかざし、ベルカ式魔法陣を展開。そうして向こうのマーキングと接続してみるけど……うん、上手く繋がらない! 多分フロニャ力とか、この辺りの地理がよく分からないせいだ!


「でもガウルとやり合って、こっちの流儀も楽しかったからなぁ。できれば輝力や紋章術で解決したい……」

「そう言ってくれるのはありがたいが……いや、でもここは確実に! 着実に! 堅実に!」


ガウル、そんな必死に縋り付かないでよ……。おのれが本当になにも知らず、ノリで動いたのは理解できたからさ。


「というか、普通こういう場合、一番やらかしたレオ閣下が尻ぬぐいをするものですけど」

「だな……」


あ、そうだよね。ここまで来る速力があるなら……でもそれは無駄だった。それに気づき、冷や汗を垂らしたのは……ヒカリだった。


「まぁ当人、どこにもいないけどな!」

「姉上!?」

「……あやつどこ! さっきまでいたよね! そこにいたよね!」

「あの、申し訳ありません。もう用はないと言わんばかりに部屋を出てしまって……」

「……ガレットはどうなっているんですかぁ!」

「申し訳ありません!」

「本当にすまねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


……いつの間にか消えているんだよ! なんなのアイツ! というか、ダルキアン卿もなにしているの!? そこはもう五分足止めしてほしかった!


「……勇者様、領主と殿下、及び親衛隊の不始末を押しつける形になるのは……メイドとして本当に申し訳なく思います」


すると、青髪ポニテのメイドさんが、ぺこりとお辞儀してきて……。あの、ルージュさんって言う人だよ。


「ですが、お願いします。異界の技術……手段でなんとかなるのであれば……もちろん私でお手伝いできることがあるのなら、なんなりとお申し付けください」


……そうして、ルージュさんが瞳を潤ませて……僕をじっと見て……だから、自然とその両手を取って。


「結婚してください」

「え!?」

「おい待て勇者ぁ!」

「だって、髪が奇麗な蒼で! オパーイ……魂もすっごくおっきくて、輝いていて! しかも声も奇麗で!」

「そこじゃないだろ!」

「そ、それはさすがに……あの、まだお互い知り合って間もないですし」

「ならもっとお互いを知るところからで!」

「それならまだ……って、そうではなくてでね!」


まぁまぁルージュさん、そんなに慌てないで。というか……うん、うん……あ、なんか思いついてきたかも!


「まぁルージュさんの言いたいことは分かりました。なんとかしましょう」

「なんとかできるのですか!?」

「姫様、おんぶするからこっちに」

「え」

「早く」

「は、はい!」


姫様をしっかりおんぶしてから、改めてルージュさんを見上げる。


「じゃあルージュさん、また改めて……あの、えっと……お散歩からで!」

「は、はい」

「でも、手伝ってくれるって本当に」

「もちろんです!」

「ならお願いします! 一つ手があるので!」

「本当ですか!」


もちろん……いや、ルージュさんがそう言ってくれるのならありがたい。心置きなく頑張れるぞー


「で、ガウル……輝力はただのエネルギーじゃないんだよね。
意志に応じて、おのれがやったみたいな武装形態として、力を発揮もできる」

「え……あぁ」

「つまり、イメージによっては、攻撃とか、防御とか、速度に特化することもできる」

「よってはな。
……あ、そこからよりイメージを強固にして、物質としての特性を持たせることもできるぞ」

「そうなの?」

「それが輝力武装だ。とはいえ、ほいほいとできることではないが……って、お前まさか」


それなら問題ないね。……まずはザラキエルを展開して。


「ザラキエル、クローモード」


フィンアームを編み込み、クローとした上で正座中のノワとルージュさんをぎゅっと握り締める。


「ぐげ!?」

「え!?」

「ノワ!?」

「だったらコイツとルージュさんも、燃料代わりに引っ張る」

「燃料!?」

「ザラキエルは、僕だけが使える固有の超能力。その特性は触れたものか、半径五十センチ以内にいる存在のエネルギーを吸い取ることだから」


そこから意識を集中……輝力を両足に集束させて……全力で集束させて……!


「輝力がどこまで持つかは未知数だしねぇ。ちょうどいい」

「つーことは、やっぱり……!」

「ルージュさん、すみませんけど」

「えっと、輝力を貸す感じで……いいのでしょうか」

「それです!」

「……分かりました。ノワ、あなたも覚悟を決めてください」

「えぇ……!」


いや、ルージュさんは話が早くて助かる! あとは……ガウルにも一言言っておこう!


「じゃあガウル、今日の続きは約束だから。……それでチャラにしてあげるよ」

「あ、あぁ! だが気をつけろよ!」

「うん。……あ、ジェノワーズとルージュさん達も、ちゃんと後日返すから」

「それも頼む!」


というわけで、全力で足を蹴り出し……!


「……ブースト!」


前のめりになりながら、部屋の窓から飛び出す。

輝力がまるでスラスターのように吹き出し、一気に僕達の体は宙に投げ出された。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


アイツ……加減なく飛び出していくなぁ! おかげで部屋が凄いことになっているぞ! 衝撃で家財が吹き飛んで……というか私達が吹き飛んだぞ!


「げほ、げほ、げほ……あやつ、いつの間にあのような使い方を」

「早速オレから技を盗んでくれやがったんだ」


言葉としては辛辣だが、ガウル殿下は笑顔だった。


「……ほんととんでもない奴だな! ビスコッティの勇者は!」

「まぁ……かなり、滅茶苦茶ですが……」

「ただ、あれくらいがちょうどいいのかもしれねぇぞ」


そう、笑顔だったんだ。とても楽しげに、勇者の背中を見送り続けていて。


「こうよ、水ってのも……流れが止まると、淀んでいくだろ? そうして底も見えねぇ沼になってさ。
そういうもんが必要なときはあるが、それじゃあ困るときってのもあるんだ」

「はぁ」

「アイツはなんていうか、そんなのを吹き飛ばして……水の中をかき乱してくれる感じがするんだよ。
淀んで止まっていたなにかを爆発させ、動かすパワーがよ」

「淀みを動かす、力……」

「現に今日一日……アイツが著ただけでいろんなことが起きて、変わっただろ?」


確かに、そうだ。たった一人……あの滅茶苦茶さがフロニャルドに放り込まれただけで、なにかが変わった。

こうしてガウル殿下……ガレットの人間とも穏やかに話ができて。


「ああいう勇者が姫様の傍にいてくれるっていうのなら、オレ達もやりやすい。
……エクレール、悪いんだがちょっと付き合ってくれ」

「と、言いますと」

「情報交換だ。はっきり言うが、オレは姉上の行動が気に食わない」

「………………」


それは謀反と取られても仕方ない言葉だった。だが違う、その意味を、私は知っている。

ガウル殿下は言ってくれているんだ。自分の心……目的は、私達ビスコッティと同じなのだと。


……これもまた、アイツという嵐が起こした変化……なのだろうか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


いやぁ、ついレオ様に道を譲ってしまったでござるが……これ、もしかしなくても戦犯でござるか?

いろいろ謝る必要はあるかと思いながら、けものだまとなった兵士達を撫で、面倒を見ていると……。


「ダルキアン卿−!」


砦の城壁を鋭く蹴りながら、空を飛ぶ勇者殿と……お、背中に姫様が。あれは輝力解放でござるか。


「挨拶もそこそこで済みません! 姫様を送ってきます!」

「……気をつけるでござるよー」

「はいー!」


そうして夜闇すら切り裂く風となり、勇者殿は砦の外へ……うむ、あれならばコンサートにも間に合うだろう。

しかし……。


「まさしく風……ガウル殿下の見立ては正しいでござる」


実はこっそり聞き耳は立てていたでござる。距離はあったが、戦いも落ち着いたのでな。

あの勢いに拙者やユキカゼもはせ参じ、ついにはレオ閣下まで呼び寄せ……だが、今のビスコッティには必要な風だとも思った。

停滞した状況を動かすのであれば、生半可な力では意味がない。嵐を思わせるような風を……それを起こす力が必要でござる。


あの勇者殿には、その力がある。そんな止まった何かを動かす力が……誰にでも持ち得ない何かが。


「……勇者殿がこれからどんな風を巻き起こすのか、拙者も気になってきたでござるよ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ひたすらに足を動かす。でもただ走るだけじゃない……体重加重を常にかけながら走る、縮地の基本技法を応用。

乞食清光から学んで、少しずつ形にしてきた技術。まだ沖田総司の領域にはほど遠いけど、それでも……!


「ゆ、勇者様……大丈夫ですか!? 輝力をそんなに消費されては!」

「大丈夫! 足には自信があるし」

「あ、あああああ、あああ……お腹、空いてきたぁ……!」

「燃料タンクもある!」

「ノワァァァァァァ!」


それに、さすがに湯水のような消費はできない。だから少しずつ……力を制御し、効率よく……!


「あ、でもルージュさんは……辛いならもうここで」

「ご心配なく。これでも側近メイド長として、相応に鍛えておりますので……ん……!」


するとルージュさんが、淡い水色の輝力を全身から出し始めた。ザラキエルを破壊しない形で……そうか、吸い取りやすいように!


「勇者様、どうでしょう」

「……助かります!」


その心遣いに感謝して、足を鋭く動かす。そうするとほら……どんどん変化が起きていく。

最初はドリルみたいに地面を砕いていた両足は、その勢いと破砕を少しずつだけど、小さくしていく。

これは力を出していないということじゃない。最小限かつ最効率で、力を無駄なく消費している証拠だ。


「でももっと速度を出すなら……」

「勇者殿−!」


左隣から突然阿澄佳奈さんボイスがして、ついよそ見をしてしまう。

すると金髪の髪をアップにし、ノースリーブで淡青の忍者服。しかもミニスカで黒タイツ。

インナーも黒で、首元には赤い宝玉。でも……大きい。いちごさんやレティさん張りだ。


狐耳と尻尾を揺らし、エメラルドの瞳が夜の中でも輝いている。

……なにこれ、めっちゃ可愛い! めっちゃ好み!


「お初にお目にかかるでござる……って、なんか凄いことになっているでござるなぁ」

「「「ユキカゼ(さん)!」」」

「は、初めまして……この人がユキカゼさん!? というかいつの間に!」

「今でござるよ。隠密隊・筆頭、ユキカゼ・パネトーネでござる。……あ、さんは不要でござるよー」


そこで素晴らしい笑顔が……。


「結婚してください!」

「勇者様ぁ!? ちょ、なにを言っているんですか! ルージュにもプロポーズしたじゃないですかぁ!」

「そうです! さすがにそれは許しませんよ、勇者様!」

「おぉ、勇者殿は大胆でござるなー♪ 拙者とルージュでハーレムでござるか!」

「だって、オパーイが……魂が輝いてぇ!」

「オパーイ……え、これでござるか?」

「はい! 滅茶苦茶煌めいています! ルージュさんもすっごくキラキラだったけど、ユキカゼさんも凄い!」

「そ、そういえば勇者様、胸に女性の魂が宿るとか、映るとか言っていたような……!」


あれ、姫様にその話をしたっけ。……まぁいいや! それもまた後で聞こう!


「ならそのお返事は後々考えるとして……足なら拙者も自信があるでござるよ。交代しながら進むとよかろう」

「ありがと! でも、大丈夫! ここからは飛んでいくから!」

「飛ぶ?」

「イメージを固めて……輝力で素材を打ち上げるようにすれば……」


その上で、姫様も乗っかってもらえるように……あ、いけるかも!


「これだ!」


足下の輝力を凝縮させながら、跳躍。すると蒼色のフライトボードが現れ、その後部からはジェットのように蒼い輝力を吹き上がらせる。

経常的には紙飛行機のような三角形。姫様を乗せるイメージで考えたら、こうなっちゃった。


その上に左半身で着地し、バランスを取って……!


「ゲットライード♪」

≪……マジェスティックな夜にー♪ ドラスティックな君がー♪
グラマラスに着こなしてー♪ 蒼い道走り続けようー♪≫

「どうしてアルトアイゼンはいきなり歌い出すんですか!
……って、そうじゃない! これって……!」

「おぉ! 輝力武装でござるな!」

「ユキカゼさん、それじゃあお先に……挨拶は後ほどで!」

「頼むでござるよー!」

「――フルブースト!」


輝力の炎を吹き出し、そのまま空へと飛び出す。機構が単純な分、セルクル以上の速度もあっという間に出せて……そのまま姫様を支えながら、ボードに乗せる。


「わぁ……勇者様、凄いです! 魔法で飛ぶのではなく、輝力武装を使うなんて!」

「やっぱりこっちの流儀も覚えたかったし!」

≪あえての縛りプレイですね。分かります≫

「あ、でも……余り、無理をなさらないでください。
輝力を使い過ぎると、後で大変に」

「だから大丈夫。風に乗っているから、消費もかなり抑えられているし」


ザラキエルで確保したままの二人を見上げると、ルージュさんが大丈夫と頷いてくれる。


「ルージュさん達も協力してくれているから」

「それなら、いいのですけど……勇者様、ありがとうございます」


速度を維持したまま、姫様を落とさないよう改めて抱っこ。すると、姫様は僕の方へ振り返ってきて、嬉しそうに笑う。


「魔法やヴァリアント……それだけでも戦を戦い抜くのに十分なはずです。
でも、それだけじゃなくて、私達の……フロニャルドのことも、こんなに受け止めてくれて」

「それは、ありがとうでいいの?」

「いいんです。……まひろさんやふうかさん達ともう会えなくなるかもしれない……そんな状況に引きずり込んだのに」


姫様、ふーちゃんのことまで……。


「……どういうことだ、おい……」

「お兄様、改めて確認は必要かと」

「今は無理だろうがなぁ……もきゅもきゅ……」


肩からひょこっと出てきたショウタロス達を見やると、当然揃って首を振る。話す余裕もなかったしね。

あとヒカリ……おのれ、そのシュークリームはどこから奪った。僕の肩を汚しながら食べた以上、そうおうのお仕置きは覚悟しておけ……!


「勇者様は、もっと怒っていいはずなんです。なのに、私を助けに来てくれました。
ガレットのことも嫌いになれないと、ガウル様とも戦い、戦興業に向かう姿勢を……フロニャ力や輝力の有り様を知ろうとしてくれました。
今だって、コンサートに間に合うように……ビスコッティのみんなが、私の歌を楽しんでくれるようにって、頑張ってくれています。
……どうして、ですか? どうしてあなたは……こんな、駄目駄目なひよっこ領主に……そこまでしてくれるんですか?」

「それも言った通りだよ。姫様が心を痛めてくれているから」


ただ、今は姫様のことだった。だから……ブルースライダーは加速させながら、姫様を解放。

そのまま安全なように、肩を優しく掴んで……振り向かせて、アメジストみたいに煌めく紫の瞳を、真っ直ぐに見据える。


「なにより……今日一日、なんだかんだで面白かったもの!」

「…………」

「強い奴と戦えて! 知らない世界や技術にたくさん触れられて! その上で姫様や困っている誰かも助けられる! 最高の旅と冒険だもの!
もちろんルージュさんとユキカゼさんみたいに、魂キラキラな人とも知り合えたし!」

「そこも、含めますかぁ……!」

「姫様、勇者様の女性関係については、私も改めて……プロポーズされた一人として確かめますので」

「お願いします!」


そう……考えてみれば、僕は凄い冒険をしているのよ。さすがに今までとは毛色が違い過ぎてビックリしたけど、滅茶苦茶旅と冒険なんだよ。

だったら、やっぱり楽しむしかないんだよ。だから、僕は姫様にこう言う。


「姫様、ありがと! 僕をフロニャルドに呼んでくれて!」

「……本当に、そう思ってくれますか?」

「うん!」

「だって、もう戻れないかもしれないのに」

「絶対に戻る!」


そしてこう続ける。そうでなければいけない……この物語は、それで幕を引くしかないのだと、宣誓する。


「そうすれば、これは不幸でもなければ罪でもない……最高に幸運な思い出になる!
だから舞宙さんも、ふーちゃんも泣かせない! 姫様も、ビスコッティのみんなも、絶対笑顔にするから!」

「勇者様……」

「……まぁ、リコ頼みになるけどね……!」

「ふふ……」


最後にちょっとおどけると……姫様はようやく笑ってくれて。


「もう……それは台なしです!」

≪そういう人なんですよ。なのでまぁ気にしないでください。適当に、好きなように暴れますから≫

「そうですね。それで……ルージュやユキカゼには、プロポーズしていましたし。
……私、魂が輝いていないんでしょうか」

「そんなことないよ! 姫様もすっごく煌めいているから!」

「じゃあ、その……け、けけけけ……結婚したいと……お話、してみたいと……思って、くれますか!?
あの、まひろさん達みたいに……フィアッセさんや、レティさん、リーゼさん……あと、あすかさんや、いちごさん達みたいに!」

「……現状でハーレム状態なのですか?」

「いろいろあって……」


いや、いちごさんは違うんだけど……って、そうじゃないんだよ! なんでそこまで知っているの!? それも由布院でお上見習いなあすかさんのことまで!

よ、よし。それも改めて、後ほど確認しよう。今は、姫様の……必死な声に応えるときだ。


「……うん、してみたい」

「そ、そうですか! それなら……いいんです」


そしてその笑顔のまま、姫様は僕に体をまた預けてくれて……だから、しっかりと抱き締める。


「勇者様」

「うん」

「……ありがとうございます」

「ううん。……あ、ここで一度着地するよ? 衝撃もあるから、しっかり捕まっていてね」

「はい」


月も輝く空を飛び、僕達はひたすらに目指す。

姫様の声を……その笑顔を待ってくれている、ビスコッティを。

だからほら、ちょっとずつでも、見えてきたよ。


夜闇すら吹き飛ばすように、優しく照らされているコンサート会場……そこから漏れる光が……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……公演開始まで、あと十分。

本来姫様がスタンバイしているはずの控え室で、城のメイド達ともどもじりじりと待つことしかできなかった。

すでに砦での戦は終わっている。でも、レオ閣下まで駆けつけた混乱で、出立が遅れてしまったと……それは、砦に残っているエクレール達から聞いています。


あとは、勇者様がどこまで早く移動できるかという問題で……公演時間をずらすべきかと思案していると。


「……遅くなりました!」


すると、控え室の扉が勢いよく開かれ……。


「ミルヒオーレ、参りました!」

『――――姫様!』


姫様はどこも……汚れや傷一つないお姿のまま、部屋に飛び込んで来た。

……それにはメイド達も沸き立ち、私も心から安堵する。


「……出番まであと十分。メイクさん、衣装さん、お願いします」

『はい!』


早速準備に動いてくれるメイドさん達……。


「お説教は後回しです。……流れは頭に入っていますね」

「はい、大丈夫です! アルトアイゼンが振り返りも手伝ってくれたので!」

「アルトアイゼン……確か、勇者様と一緒に戦うデバイス……でしたよね」


勇者様の魔法……それを使うサポートする、意思を持った機械であり武器。リコからはそう聞いている。

同時にそれはただの道具ではなく、心を持って共に戦うパートナーでもあると。ヴァリアントなども、そんなアルトアイゼンがサポートして上手く使えるとか。


「はい。勇者様とアルトアイゼンは、こういうコンサートの警備もしたことがあるので……いろいろ詳しいんです」

「そうでしたか……。あとでまた、お礼を言わなくてはいけませんね」

「はい!」


……そうして左側を見る。控え室の開かれたドアの向こうには、こちらに背を向け、伸びをする勇者の姿。

こっちをどうして見ない……って、当たり前ですね。女性の控え室なんですから。


なので、その揺れる肩や汗にまみれた髪……首筋などに注目しつつも、しっかりと一例。それから静かに、ドアを閉じた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


あぁ……さすがに疲れた−。でも勢いって大事だね。とにかくルージュさんに支えられながら、部隊袖でそわそわしながら待っていると。


『――お待たせしました! ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティ姫殿下! ご登場です!』


壇上にスポットライトが当たり、肩だしのルージュなドレスに身を包んだ姫様が……髪を下ろして、首元には宝石。頭にお花の飾り……まさしくアイドルだった。

そして姫様は会場に一例した上で、手元のマイクらしきものをあげて、静かに優しい声を届ける。


『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

『……今日の戦では、ビスコッティに来てくれた勇者様と、いつも頑張ってくれている騎士達が、この国に勝利を運んでくれました』


そうして色とりどりのペンライトが客席で翻り、光を届けて…………え。


「ぺん、らいと……」


うん、そう言ったよね。あれって、ペンライトだよね。すっごく見慣れたものだよね。


『今日の勝利を糧に――今日よりもっと素敵な明日を、みなさんに送れるように!
頑張る勇気を載せてうたいます!』

「え……!?」

≪異世界のコンサート……ですよね?≫

『――きっと、恋をしている』


曲のタイトルを告げたかと思うと、優しくも明るい曲が……いや、あの、待って。

ペンライトが姫様カラーに染まっている場合じゃないんだよ。


これは、これは、これはぁ!



「ヤスフミ、あの……オレ達の想像と全然違うんだが」

「滅茶苦茶アイドルソング、だよね……! というか、あれ、あれ、あれ」

「すっごく見慣れたものですよね……」

「……どうなっているんだ、フロニャルド」

「勇者様、みなさまも……客席が……どうされたのですか」


そこで僕を支えながら、ルージュさんが首を傾げてきて……って、そうか。さすがに不思議だよね。


「あれ、ペンライト」

「えぇ。……あれ、勇者様がご存じということは」

「あの、僕の世界にもあるやつです……!」

「あら……凄い、偶然ですね」

「ですよね!」


誰が作ったんだろ……! 後でリコに聞いてみようっと。

うん、後でいいよね。それより今は……。


「でも、奇麗な歌声……」


星の海……そう形容して差し支えない客席に、その光を生み出す一人一人に、姫様の歌声が届いていく。

なんというか、そうなんだよね……うん、今まで飛ばされた異世界って、こういうガチファンタジーな感じは少なかったから、すっ飛ばしていたのかも。


歌声は……そこに込められた願いが届いていくのは、どこの世界でも同じなんだ。


「はい。レオ様もお好きだったのですけど」

「……そういえば、幼少期から姉妹同然の付き合いだって」

「それについては、コンサートが終わった後……改めてお話をさせてもらってもいいでしょうか」


その光景に胸が震えていると、ルージュさんが少し申し訳なさげな顔をする。


「実は勇者様が私やノワを引っ張ってこられたのは、いろいろ都合がよかったので」

「分かっていますよ。ロランさんも交えて……ゆっくり聞きますから」

「……ありがとうございます」


そうして僕達は、改めてステージを見る。

そこでうたい、笑顔で輝き続ける姫様を……。

そして、そんな姫様にたくさんの思いを伝えるように、輝き続ける星達を。


……本当に、よかった。みんなのこと……しょんぼりさせずに、ここに繋げられて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ライブは開始されて……砦の設備で兄様に連絡を取る。

すると兄様は待っていましたと言わんばかりに、すぐでてくれて……。


「――ライブ映像はこちらにも届いています。間に合ったようで安心しました」

『そうか……。レオンミシェリ閣下は』

「今回の戦はガレット側の不始末で、迷惑をかけた分の補償なども後日きっちりするとだけ言って、すぐに」

『そういうことでは、ないのだがな……』

「それを言う暇すらなしでした……」


さすがにないとルージュやガウル殿下もお怒りだったが、それすら気にせず……だからなぁ。

まぁそうして悪化した空気の緩和に、姫様のライブ中継が効果的で……みんな笑って見ているんだが。


「ですが……この戦が起こったこと自体は、結果的によかったとは思います」

『どういうことだ』

「勇者が出立してから聞いたのですが、ガウル殿下……というか、ガレットの家臣達も、ビスコッティへの度重なる侵略には不信感を持っているそうなんです。
それでもガレットの気質として戦自体は好きだし、兵や民達が盛り上がるならと、今のところは受け入れていたそうですが」

『……ここまでする理由を、レオ閣下は家臣達に明かしていないのか。弟であるガウル殿下にすらも』

「もしかしたら自分達が知らない間に、喧嘩でもしたのかと……そう思って、姫様の誘拐を目論んだそうです。
あとは、勇者がそんな姫様の力になってくれる人間かどうかも、見極めたかったと」

『そうか……。その辺りについては』

「後者については、大満足だったようです。ルージュ達もよいライバルになれると太鼓判ですよ」


私やレオ閣下が来て水入りになったが、なかなかいい勝負をしていたそうだからな。それは中断された後の応対だけでも分かる。

性格や立場はまるで違うだろうに……というか、今日知り合ったばかりのはずなのに、随分親しげだったからな。あれにはつい頬が緩んでしまった。


……っと、そうだ! その片割れのことも気になっていたんだ!


「で、その勇者は大丈夫なんですか。あんな無茶な輝力の使い方をしたら」

『あぁ……なんというか、相当に修羅場をくぐり抜けているんだろうな。
今は部隊袖でライブを楽しんでおられるよ。ルージュも支えてくれるから、大丈夫だ』

「そうですか……」

『あと、今日の詫びも兼ねて、明日まではルージュとジェノワーズの三人で面倒を見るそうだ』

「え……!」


突きっきり? え、初対面だよな。大丈夫なのだろうか。……大丈夫と思おうか! もう考えたくもない!


『……勇者殿に、フロニャルドやビスコッティ、ガレットの基礎知識を教えると言ってな』

「え」

『勇者殿が頼んだようなんだ。姫様や我々の希望たり得るのであれば、まずは学ぶこと……そう言ってな』

「アイツは……だったら私達に頼れというのに!」

『そう言ってやるな。ガレット側からの話を聞けるチャンスというのも、今の状況では多くないんだ』

「それは、そうですが……」


なるほど。これを機会にということか。まぁそれは分かるので、つい弱腰にはなるが……まぁ、そういう構えならやりやすい。

アイツが相当に腕利きなのは分かったが、それでもフロニャルドの流儀を真っ当するにはほど遠い。明日からみっちりしごかなくてはな。


『まぁ、細かいことはガレット側の回答も受けた上で、こちらで処理する。
お前達は城に戻ってきてくれ。……二連勝の宴も準備しなくてはな』

「はい!」


――こうして、激しくも様々な課題を呼び起こした一日は、終わりを告げた。

そう、たった一日……アイツが来て、たった一日でこの大騒ぎだ。

風というか、とんだ爆発物という勢いではあるが……ガウル殿下の言うことも、分からなくはなかった。


私達だけではせき止められた沼になるしかないのなら、それを突き動かす風が必要だったんだ。だからきっと……ここからは、もっと風が吹き荒れる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


あなたが好き……恋をしている。そんな気持ちを込めた歌声は、今までよりずっと、私の胸を締め付けて。

それがどうしてか分からないけど、でも……そこで浮かぶのは、勇者様の姿。

私との出会いを……ここにきたことを、最高に幸運なことだと信じてくれる。そうなれるようにと約束してくれる。


しかもそれは嘘じゃない。私を助けに来てくれたし、私をこうやって、みんなの前に送り届けてもくれた。

やっぱりあの人を選んでよかった。鏡に映し出された、宝石のような奇麗な何かに惹かれたことは、嘘じゃなかった。

ううん、嘘にはしない。私も約束するから。あなたと出会ったことは、最高に幸運なのだと……証明するために頑張るから。


だから――。


『――――――!』


聞こえていますか、この声が。見えていますか、この景色は。

これは、あなたと出会えたからこその輝きです。みんな、あなたのショータイムで笑顔になった人達です。

誰がなんと言おうと、私が太鼓判を押します。あなたは、みんなに希望を与える魔法使いで、我が国の勇者で……。


そして、私にとっては――たった一人の。


(その5へ続く)







あとがき

恭文「というわけで、お待たせしましたDOG DAYS編第四話。原作で言うとEPISODE5まで消化しました」

古鉄≪なんとか姫様のコンサートには間に合って……でもビスコッティとガレットの諸問題は、根深く進行中って感じですね≫

鷹山「……え、でも蒼凪……天地人の構え、出したの? 王子様相手に」

恭文「あと三分で仕留めきれていました……。レオ閣下が邪魔さえしなければ!」

鷹山「それは逆ギレだろ……」

大下「元はと言えば、やっちゃんが滅茶苦茶言ったことが原因だしねぇ」

恭文「だから座捕りで投げ続けて、装甲を全破壊してやったんですけど……」

鷹山・大下「「やり返していたのかよ!」」


(そんなことはありません)


いちご「いや、待って待って……それはともかく、おかしい描写があったよ? ペンライトってさぁ」

鷹山「確かにな!」

大下「え、ペンライトがあるの? ファンタジー世界なのに」

鷹山「それを言えば、テレビやその放送技術がある時点で……普通のファンタジーではないよな」

大下「確かにね。食べるものも基本近いっぽいし……」

ショウタロス「オレ達もビックリしたぜ……。エクレ曰く、少しでも応援の気持ちが伝わるようにって開発されたものらしくてな」

シオン「こちらと流れは同じなんです。むしろアイドルに対しての気持ちゆえ、答えが同じになってしまうというか……」

いちご「それならまだ納得できるけど……え、でもそれなら、私達が向こうに行っても……こう、ペンライト振られるの?」

才華「そういえば……そういうの込みでの、運営手法も確立しているなら……できそうだよね」

舞宙「うん、だからあたしがガレットに召喚されたとき、ちょっと試してみる予定」

いちご・才華「「それはずるい!」」

舞宙「そう言われても困るよ! これもいろいろテストしてのことなんだから!」


(夏は大騒ぎになる予定のフロニャルドです)


舞宙「でさ、あたし的に気になるのは、輝力武装ってやつだよ! え、本当に物質として作られるの!?」

恭文「作られますよー。その辺りも研究しがいがあるんですよねー」

いちご「……ほんと楽しんでいたんだなぁ」

恭文「ミルヒとも約束しましたしね。最高に幸運な時間で終わらせるって」

いちご「そっかぁ……でも、ルージュさんとユキカゼちゃんにプロポーズした件は、説教だ」

恭文「いちごさん?」

いちご「首を傾げないでくれるかなぁ……!」

鷹山「……だが、滅茶苦茶美人なんだよなぁ。ユージ、俺達もフロニャルド……行ってみるか」

大下「だね! 遅ればせながらの勇者デビューだ! というわけで課長……」

鷹山・大下「「助けて?」」

恭文「……召喚術式の改良については、リコに確認しないと無理ですよ? 僕の権限じゃないですから」


(やっぱり夏は大騒ぎになりそうです。
本日のED:アリス九號with将さん『CROSS GAME』)


鷹山「……だが、まだ疑問はあるぞ。そのミルヒオーレ姫、いちごや妹、リーゼ達のことまで知っていたんだよな」

大下「レティ提督もだよね。それも来て一日で、そんなの話す余裕もなく……やっちゃんがオパーイに魂を感じるところまでばっちりって。なんで?」

恭文「……そこなんですよ。僕がビスコッティに勇者として呼ばれたのは」

大下「そりゃ一体……って、聞くまでもないか」

舞宙「元々タツマキも、恭文君を狙い撃ちで引っ張り込んでいますしね。やっぱり何かしらの手段で、元々恭文君のことを知っていた……調べていたんですよ」

恭文「同時にその手段が、ガレットを……レオ閣下を暴走させている要因でもありました」

舞宙「だったね……!」


(おしまい)






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あきゅろす。
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