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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
その20.6 『断章2017/永遠に抗って』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

その20.6 『断章2017/永遠に抗って』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――なら、この人はさて置くとして……」

「ついに名字すら呼ばれなくなった!?」


麻倉はそうパンと両手を叩いて……笑っていた顔を、一気に険しくする。


「君は、本当に正気だったの……!? 実はメモリでおかしくなっていたとか」

「そんなのあるわけない……ちょ、体当たりし続けるな馬鹿!」

『馬鹿は君だよ! というか、それがとんでもない絶望だって気づいてくれないかな!』

「どうしてよ! 僕が正気じゃなかったらもっとヒドいことになっていたよ!?」

『正気で“それ”なのが絶望なんだよ! 言ってきたはずだよね!? 九年言い続けてきたはずだよね! 三分の一も伝わっていないの!?』

「壊れるほど愛してくれないからー」

『うるさいよ! というか気持ち悪いよ!』


蒼凪、手を振ってあり得ないって顔をするな! それならそれで、お前は元からヤバいやつって念押しがされるんだよ! 蒼姫の気持ちも分かってやれ!


「は? 気持ち悪いっていうのは、アレだよ。蒼姫の爪が伸びたら食べてあげるとか言うやつだよ」

「あ、そうだね。それは気持ち悪い」

「ちょっと!?」

『よく揃って今ここでその話をできたものだねぇ!
というかね、それでテラーとアナザーウィザードも同時に……それも生身で相手取るって聞いたとき、私はどうしていた!?』

「おのれは笑っていたじゃないのさ」

「「……蒼姫ちゃん……!?」」

『うんそうだね! 絶望すぎてもう笑うしかなかったんだもの!
そこで苺花ちゃんを助けるためにーとかもなく、ただただ『なんぞ』扱いだったしさぁ!』

「「それでかぁ!」」


そりゃ感情ぶっ壊れるしかないだろ! 来て一日も経たない中、そんだけ振り回したならさぁ!

蒼姫もそれでよく一体化とか選べたな! 絶望するんじゃないのか!?


「そんなの当たり前でしょうが」

「蒼凪……それ、当たり前にしちゃ駄目だと思うよ?」

「もう、鷹山さんまで……変身できるのはたった一度なんですよ?
そんな失敗前提の実験で、苺花ちゃんごときのために、貴重なストックを消費するわけないでしょ」

『ごとき!?』


なんぞの次はごときって言っちゃったよ! ヒロイン枠なのに!


「それはそれとして、舐めてくれた落とし前はつけなきゃいけませんし」

「だとしてもだよ! 生身は正気じゃないだろ!」

「ルビーがいましたし」

「魔法少女パワーでなんとかしたら、本当に大混乱だろ!」

「混乱させれば殺せる隙が増えるじゃないですか」

「表現を控えろよ!」


駄目だ! コイツにはなにも伝わっていない! なにが問題なのかを理解していない! 悲しいことになぁ!


「まぁまぁ……斬り合いに道理や主義主張なんて意味がありませんから。
使える手をなんでも叩き込まなければ、相手に申し訳がないというものです」

≪ドリフターズでも、薩摩が誇る妖怪首おいてけが似たようなことを言っていましたしね≫

「あれは聖典だ……」

「誰だよそれ! というかいかりや長介達はそんなことしないだろ!」

「そっちじゃなくて、漫画です。ファンタジー世界に、世界各国の偉人・英雄が召喚されて、戦っていくっていう内容で」

「え……じゃあドリフターズっていうのは」

「転移……ドリフトしてきた人達だから、ドリフターズ。
妖怪首おいてけは、主人公の島津豊久です」

「あ、そういうのがあるのか……って、ちょっと待て! それでその、薩摩節が出ているのかよ!」


すると蒼凪は目を輝かせながら首肯……相当好きらしいな! その光り方だけでよく分かるよ!


「あ、もちろんその前には、ラビットとホッパーにリベンジします。ちゃんと生身で殺します。
幸い苺花ちゃんとリンクしたときに、奴らも本宅でおじいさん達の警備に回っているーって情報は獲得しましたから」

「本当に正気なの!? ……というか……蒼姫ちゃん!」

『恭文君、アルトアイゼン、一から十まで説明してあげて……! じゃないとほら、めーさまが可哀想だから』

≪「え、言った通り斬り合いだから」≫

『だから! その斬り合いに勝とうとして! 何をしたかをね!? 説明する義務があるんだよ! それを理解して!』


蒼姫も大変だな! まずそこまでツッコまないと理解しないのかよ!


≪仕方ありませんねぇ。あなた、どうします≫

「……まず大事なことは、鳴海荘吉が苺花ちゃんにとって恐怖の対象ってことだね」

≪えぇ≫

「……お父さんと似ているから?」

「苺花ちゃんは米沢さんのみならず、それを傍観していた周囲も恐怖していた……だけならまだよかったんですよ。自分の周囲だけがアレって話に逃げられたから。
でもそうじゃなかった。鳴海荘吉という見も知らぬ人間も“同類”だったために、苺花ちゃんは世界全部を変える力……そんな奴らを駆逐する強い力に手を伸ばし始めた。それがミュージアムという魔導書です」


……そこで蒼凪が右指をパチンと鳴らす。


「その結果がおじさんへの過剰とも見えたアンチ&ヘイト行動……リスペクト行動に繋がっているんです。
というか、過剰というのも勘違い。おじさんへの攻撃行動は、苺花ちゃんが抱えている恐怖と比例しますから」

「苺花ちゃんから見た鳴海さんは、本当にただの怖い人ってこと? 誤解しているとかじゃなくて」

「その証明をしているのが、翔太郎や刃野さん達『名探偵:鳴海荘吉』を慕う人達ですよ。おじさんの言うことなら正しい。間違っているはずがない。信じなくちゃ駄目だと宣っていたんですから」

「…………」

≪そりゃあ無敵の人くらいは生み出されて当然ですよ。だって全てが無視されるなら、失うもの……傷つけたくないものなんてあるはずがないんですから≫

「でもそんなのがまだ……変身できず、這いつくばりながらでも自分に迫って、メモリブレイクを狙ってくるならどう思いますか。
変わらずに説教をかましてくるのなら……“自分がここまでやったのに、コイツには何一つ通用していない”と突きつけられたなら」

「やっちゃんはそこで、苺花ちゃんが使う魔法がテラーって見込んだわけ?」

「僕、療育施設で苺花ちゃんとゲームすることは多かったので。
プレイングのクセや思考パターンもある程度読み取れるんです。もちろん向こうもですけど」


そこでゲーム好きなのが絡むのかよ……! というか蒼凪、めっちゃ楽しそうなんだが。


「ADHDの特性上、慌てちゃうと辛いところがあるんですよ。そういうとき苺花ちゃんは大体定石に走る。
でも一瞬で殺すコースはない。苺花ちゃんには再度の証明が必要になる。力で鳴海荘吉を屈服させた……尊厳をへし折ったという確認が必要になる。
少なくとも“必要か”という疑問提起が必須処理項目として現れる。戦いの最中に、思考を一部でもそれに囚われるんです」

≪……そうしなければ、ここまでしてなお恐怖の対象に勝てなかった……結局暴力で殺して排除して、逃げただけというしこりが残るわけです。
まぁこの人ならその辺りさくっと割り切れるわけですけど、そんな非情さを苺花さんが持ち合わせているわけもなく……≫

「普通ならともかく、おじいさんと一緒に、僕を相手に戦っている中で、サプライズ的に奴が迫ってきたらどうなるか……そんなとき一番使いやすいのは、テラーだと見込んだんです。
耐性がある分生殺しにしやすいですし、一つ“奥の手”がありますから」

「……それ、鳴海さんにお話して協力してもらうとかは、駄目だったのかな」

「苺花ちゃんには元々サイコメトリー能力がありますから。そんな真似をしたら途端に見抜かれる。
……だからこそ徹底的に、鳴海荘吉の発言全てを言い訳にして、ぶちのめしたんですよ。
そうすれば読み取られても痛くもかゆくもない。というより、それ自体が苺花ちゃんの判断を鈍らせる布石になる」

「布石……!?」

「言っていることは苺花ちゃんの擁護でもありますからね。“だったら自分の説得が通用するかもしれない”……そう思わせるんです。……これで邪魔な思考がもう一つ増える」

『……』


コイツ、正気……何度目かだけどさぁ! だが六歳でそこまで考えて暴れたのか!


「だから鳴海荘吉も尊厳回復に動く……行動が固定化されるわけだ」

「行動が分かりやすいなら、アサシンな蒼凪くんに有利……ほんと悪質……!」


ほらほら、蒼凪……見ろよ。麻倉もさすがにって表情を歪めているよ。どう足掻いても地獄コースに飛び込ませるのはどうなのかってさぁ。


「それを選び取るのは鳴海荘吉自身ですよ? 僕の思惑なんて超えて謝り倒す道だってあるのに、そうしないんだから」

「どっちに転んでもいいようになるのが悪質って言っているの!
というか、責任を取るとか、限界を超えるって……こういう意味では言ってなかったと思うんだよ」

「想定している形で責任を取れるし、努力できるとは限らないでしょ。
現に麻倉さんもご存じの通り、碇専務達は伊佐山さんに惨殺され、その巻き添えも大量に出す形で取らされた」

「そこ駄目押ししないで!?」


すっ飛ばすことにも論破してくるんじゃないよ! お前はなんだよ! やっぱり悪魔か! いや、妖怪か!


「というか、どっちに転んでもいいよう振る舞うのは、当然のことだと思いますけど」

「どこでそんな、悪いことを覚えたのかなぁ!」

「手品の本です。魔術師の選択っていうのがありまして……」

「まじゅつ……?」

「なら実例を……今から予言のマジックをお見せします」


そう言って蒼凪は、右から百円玉、五十円玉、一円玉を取り出し並べる。


「麻倉さんは横から見ていてください。
……雨宮さん、これは予言のマジックです。今から雨宮さんが選ぶ硬貨を、僕が当てます」

「あ、うん……」

「じゃあ好きなのを二枚取ってください」

「うん……なら、これとこれ」


雨宮は左の一円玉、右の百円玉を取る。

すると蒼凪は残った五十円玉を脇へ置く。


「一枚渡してください」


雨宮が一円玉を渡してくれるので、それもまた脇に。


「手を出して」


当然雨宮は手に取った……残った硬貨である百円玉を見せてくる。

……そこで蒼凪も左手を開き、握っていた百円玉を見せた。


「え……!」

「嘘、当たった!」

「……いやー、そうして喜んでくれると嬉しいですねー」

「余興としては蒼凪の十八番だからな……」

「え、でもマジックだよね。なにかハンカチとか使ったわけじゃないし」

「それも二回目を見れば分かる。……蒼凪」

「はい」


というわけで、また硬貨を並べ直して……。


「雨宮さん、これは予言のマジックです。雨宮さんが選んだ硬貨を、僕が当てる」

「うん……」

「硬貨二枚取ってください」


並べられた硬貨は先ほどと同じ。

雨宮はさっきと同じように一円玉と百円玉を取り、残った五十円玉を僕が脇に置く。ここまでは同じだが……。


「一枚渡してください」


雨宮が渡すのは……さっきと違って百円玉。

だからその瞬間に、蒼凪はまた握られていた百円玉を見せてあげる。


「あ……」

「……あぁ……そっかそっか! そういうことか!」


これは雨宮や夏川だけじゃなくて、見ていた俺達全員も納得だ。確かにこれなら余興になる。


「あ、うん……これなら私も分かる! 最初から百円玉を握っていて……それが動くタイミングで、どやーってするんだ!」

「そうです」

「え、ほんならさ、あたしが百円玉を脇に置いていたら……」

「あなたが“脇に置いたコインはこれです”って見せつけるんですよ」

「ほへぇ……いや、でもこれ……コインだったからあれだけど、お話みたいに……自滅するような選択肢とか選ばせることも」

「魔術師の選択……一種の論理的思考ですけど、その考え方を理解し、実戦できる人間なら可能です」

≪もっと直接的に、毒とかでもいいわけですね≫


あぁ、それも納得だ。


……コイツ、事件以前から、そういう知識も蓄えていたわけだからなぁ……! しかも一発勝負ならってところも駄目押しだ。

今のも俺達は二回連続で同じ余興をやってもらったから、どう転んでもいいし、話の前提が蒼凪に有利な形で作られていたこともすぐ理解できた。

だがそうじゃないなら……少なくとも指摘できるのはその二回目からだ。騙されてやるしかないだろ。


「でもこれが十八番の余興……いや、でも盛り上がるかも! え、これあたしもやっていい!? 三期生ちゃんがきたときにやりたい!」

「どうぞどうぞ」

「……天さんがやるといたずらになるから駄目だって」

「余興だし! いたずらじゃねぇし!」

「……俺はこの余興を見せられたとき、心底ぞっとしたよ……!」


左が打ち震えるのも、また納得だ。こんな考えの上で自分達に……ただの子どもが接していたのかと考えたら、なぁ。


「なら蒼凪君、鳴海氏を蹴り出して公開処刑にしたのも」

「この下ごしらえ……奴と翔太郎に僕の意図と策略を読ませないための、支離滅裂なヘイトばらまきの一つに過ぎません」

「その後で治療し、警告したもの」

「破られること前提のフカシですよ。
で、ふーちゃんともども“これで引いたらどうしようー”と打ち震えてしまったんですけど」


おい待て! 階段で蹲ったとかはそれなのか! 人質に取った……非道を当然とした痛みとかじゃないのか! 想定外がすぎるぞ!


「でも思いついたんです。
……そういえば駄目押しに使える馬鹿が一人いたなーと」

「なお、いづみさん当人は言われたとき絶句していました……」

「……それでよく引き受けたね」

「ここで僕と揉めて、ミュージアム加入フラグを立てるか……。
苺花ちゃんが煽って、僕達の予想も付かない暴走をして更に状況が悪化するか……。
僕が直接煽って後々問題になって、PSAが窮地に陥るか。
それとも……四者択一、好きな方を選んでくださいと言ったら、感涙にむせびながら頑張ってくれました」

「……それ、絶対感涙じゃなかったはずだよ……!」


蒼凪ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! お前、そこは気づけよ! 恐怖の涙だったよ、それは! それで御剣いづみもさらっと脅しているだろ!

というかお前、その辺りで“やりかねない”と説得力を持たせるために、鳴海荘吉やらもボコっただろ! 見えたよ、俺はさぁ!


「えぇ……なんでそんな上手くいくの……!」

「それも積み重ねの帰結って下りと同じです。
――人は過去から未来を選択する。
過去を紐解けば、未来でどのような行動を取るか……どう“過去に縛られているか”も読み取り、操ることができる。
“過去の成功や失敗は、今を何一つ保障などしないのに”」

「………………」

「だから鳴海荘吉や翔太郎が言う男の選択とか、限界突破とか、奇跡とやらが、本気で笑えて仕方ありませんでし……ぷぷぷぷう……!」

「今笑わないの……!」

「まぁまぁ……鷹山さん達もそうして、強盗犯を未然に防がないという前人未踏を達成していますし。僕なんて猿まねですよ」

「うん、それはもう絶対見習っちゃ駄目だよ?」

「「麻倉課長!?」」

「そうとしか言えないじゃないですか……」


麻倉が本気であきれ果てていやがる! というか蒼凪……その話を持ち出すなよ! 俺達でさえ忘れかけていたのに!


「ちくしょお……!」


あぁ、左がまた膝を叩いて! 反論できなくて悔しがっている!


「とはいえ、その辺りを私達が否定しちゃあ台なしなんだよね」

「いちさん?」

「私達がやるお仕事だって、やっぱりその帰結を……相応の水準でお客さんに届けていくものだし」

「ん……それは、いっぱい感じた。
でもさ、それなら蒼凪くんも、ちゃんと天さんの言葉は受け止めてほしいな」

「にゃあ……?」

「まぁ、そこはやっぱり全部お話した後だけどさ。
でも……過去に縛られるなら、今までとは違う過去をここから積みかさねて、変えちゃうことだってできるはずだし」


麻倉はなにを言っているんだ。いや、筋は通るんだが、どういう意図で言っているかが分からない。蒼凪も小首を傾げまくっているしさ。


「縛られなくても同じ。それは過去だもの」

「そうだね。恭文君も御影先生がいたから、優しいキャラも、人斬りキャラも両方受け止められるようになったわけだし」

「あぁ、それなら……うん、まだ分かるんですけど……」

「いや、人斬りキャラはわりとビビるから! というかどうしてそんな性格に! 左さんとかさ……君と分かり合おうとしていたんだよね! なのに」

「だったら先輩は、碇専務達が下半身丸出しで近寄ってきても平気だったんですか。
分かり合いたいと……自分に抱かれて喜ばぬ女はいないのだから、股を開けと迫られて」

「そういうレベルだったの!?」

「そういうレベルです。……ただ、人それぞれこの身はあるので……やっぱりこれ以上は、駄目ですよね。もうなにも言いません」

「やめてよ! それを私の好みにしないで……顔を背けないでよ!」


そして蒼凪が容赦なしだ! どこまでも叩く構えか! そうなのか!


「がふ……!」


左がまた吐血しているぞ! 自覚があるって様子だからなぁ! 辛いなぁ!


「あと、どうしてと言われても……最初からこうですけど」

「………………」

「なので……先輩―♪ にゃあー♪」

「その突然の猫キャラで可愛らしくしても無意味だからな! 貴様がどういう奴かは思い知っているんだから!」

「「がふ!」」

「天さん!? というかまいさんまで−!」


蒼凪、とりあえずその河合粉ぶりっこはやめろ! 田所が絶句するからやめろ!

そこは障害のせいとか……ああもう、それを言っても無駄か。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


蒼凪の人間性……行動の異様さ。それは最初から出ていた話だった。

そう、最初からなんだよ。本当に最初から……だから疑問に思うこともおかしかった。


「まぁ、そう言うしかないよな……」

「タカ……」

「蒼凪にとっては “最初からある当たり前のもの”みたいだからな」

「そりゃあそうだけどさぁ……。
というか、風花ちゃんから見てもそれは」

「……幼稚園で飼っていたうさぎが寿命で亡くなったとき、みんな泣いている中、恭文くんだけが平然としていたんです」


そして風花も認めた。蒼凪にはそんな一面がある……確実に、そこにいたのだと。


「お世話して、可愛がって……仙狸絡みの能力でお話もできから、友達でもあったのに」

「……うん……」

「どうしてかって聞いたら恭文くん」

――別に殺されたわけでも、病気で苦しんだわけでもないし……あ、僕小屋掃除の当番だから行ってくるね――

「そうあっさり言い切って去っていくのを見て、先生や他の子達も凍り付いていたの……よく覚えています」

「そんなことあったっけ」

「……あった」


そういうことじゃないってやつなんだろうがなぁ……! あぁいや、その辺りの共感力が極めて低いのも、障害特性ゆえなんだろうか。


「あぁ、思い出した。でもほら、しばらくはそこいらでひょこひょこしていたからさ。特に寂しくもなかったし」

「それ、みんなには見えていないからね!?」


かと思ったら違っていたよ! 見えていたのかよ、うさぎの幽霊!

それはさすがに想定外……いや、そうだよな。想定外なところが多すぎるんだよ、蒼凪は。


「御影さんと会う前の恭文くんは、私やお姉ちゃん達でも……そうしてぞっとするときが多々あったんです。特に死生観が独特で」

「そりゃあ独特に……なって当然だよなぁ。やっちゃん、自分がいつ死ぬかってのも怯えまくっていたんだろ?」

「末期症状の患者が最も衝撃を受けるのは、その治療ではなく告知の段階だと聞きます。
五日後に死ぬ、十日後に死ぬ、一年後に死ぬ、五年後に死ぬ……タイミングは違っても、明確にゴールが提示されたことで、気力を失ってしまうとも。
それが蒼凪君の場合、明日……もしかしたら今日かもしれないんです。しかも彼は『死んだ存在』も見えるし話せて……言葉一つで乗り越えられるはずがありません」

「でも、あるとき本で読んだ実戦剣術の教えは、僕を救ってくれました」

「教えそのものは、御影氏と出会うより先に?」

「図書館通いをする中で、触り程度は。
……僕に必要なのは死ぬ覚悟……“そのために死ねる何か”。
それがあれば、ただ明日が来ることに怯えて、時間を消費し続けるよりずっとマシだって」

「………………」


蒼凪が命を平然と賭けられるのは、そこが根幹だった。本当に軽く見ているわけでもなんでもない。

そう、それが蒼凪の世界なんだ。だがそれは……。


「思えば、君が異常というのは、最初から出ていた話だった」

「赤坂さん!?」

「風花ちゃんも軽く触れていたしね……。この現代社会で、やっちゃんレベルで剣術や武術を高めて……極めてどうするのかってさ。
本当に忍者にでもならない限りは、大半の人間には意味のないことだよ。そういう武術の規範を一番にするのもさ」

「えぇ、そうです。僕は最初から間違っていたんです。
麻倉さんもああ言ってくれたけど……違うんです」

「…………」


フラッシュバックがヒドくなったとき、宥めたときのことだな。

障害の絡みで、そういう差異を感じていたというのもある。それは事実だった。

だがそこにもう一つ理由があった。その意味を察し、麻倉が胸元で両手を握り締める。


「僕という命は、本質は、その根底から……この世界にとって異物でしかなかった」

「蒼凪くん……!」


蒼凪には……見いだせなかったんだ。この世界の普通に折り合う理由が。その意味が。

“普通”は見いだせる。自然と見いだせる。だがそれもできない……普通ではないものを尊ぶ自分は、最初から異常だったのだと……そう告げる。


「でもなんでだろう。斬り合いって楽しいのに」

「一般人にはハードルが高すぎるよ! というかほら、バトルならバトスピとか……ガンプラバトルとか!」

「だから、全部楽しみたいんです! 斬り合いも! バトルも……全部!」

「救いようがないなぁ!」

「どうしてですか! 斬って斬られて……そうして積みかさねた技術の粋を使い尽くし、命と骨身を削り合うんですよ!? 僕は、年がら年中そんな戦いがしたいだけなんです!」

「感想がなにも変わらないよ!」

「……だから決めたんです。僕が戦っていて楽しい世界に変えてやるって。
誰も彼も僕の戦いに巻き込むし、揃いも揃って運が悪かったと腹を括ってもらうって」

「ついにテロリストみたいなことを言い出したよ! 忍者さんなのに!」


麻倉、大変だろうが頑張ってくれ! 目をらんらんと輝かせながら言うから……本当に大変だろううけどさぁ!


「ちなみに……本当にちなみになんだけどね? 恭文君の父方って、元々侍の家系だったんだよ」

「え!?」

「それも妖怪……アヤカシっていう存在を退治して、秘かにこの世を守っていたっていう家系の関係者。
恭文君が物作りを好きなのも、そういう異能の素養が高いのも、そっちからの遺伝みたいなんだ」

「私達もその辺りは全く知らなかったんですけど……この翌年に、その家系……志葉家というところから突然引っ張られて。
恭文君、一年ほどその家で国内ホームステイというか、侍の修行をしつつ、アヤカシの事件に対処もしていて……!」

「なにそれ! え……普通に家へ戻ったんじゃ」

「戻ったと思ったらそれなんです! あのときは本当に驚いて!」

≪この人の祖父から、関係が途絶えたんですよねぇ。だからお父さん達も何一つ知らず……まぁいい修行期間でした≫


なんか凄い寄り道しているな! だが井坂の一件は……その後か! その後なのか! だが侍って何するんだろうな! あとで確認しよう!


≪だからこの人は、この一件が発生し……なんとかしなければという使命感もありましたけど、同時に喜んでもいたんです。戦いの中には、その渇きを癒やすものがあったから≫

「もっと言えば、美澄さんや鳴海氏、左さんの破滅……その殺害すら当然としているところもですよ。
みなさんも思ったでしょうけど、その精神性を……選択を六歳の時点で通せてしまうことは異常です」

「連中の感情よりも規範……法律やなんかを重視しているってことだからな……」


とはいえ、仕方ないことだ。文字通り『明日をも知れない身』だからこそ、そのために死ねる何かとやらのために、命を使い尽くすと……そう定めただけ。

その覚悟がなければ……そんな昔の侍がしていたような覚悟がなければ、蒼凪は立ち上がることすらできなかったんだ。


――――だから、これほどに死生観が、感覚が、一般的なものから『逸脱』しているんだ。


「もちろん私達も、そんな恭文くんの世界を上手く捉えて、理解することができませんでした。
……だから薄々思っていたんです。そんな恭文くんが“正常な一般人として振る舞おうとすることそのものが異常”だって」

「豊川さん…………」

「希望は持っていたかったけど、それさえ……あのときの世の中が、米沢さんや鳴海さんのような大人が否定してきて。……恭文くんも、そんな世の中から距離を置き始めました。
一人で本を読んだり、アニメを見たり、プラモを作ったり……誰かと一緒に遊ぶってことがどんどん少なくなっていって。武術の修行にも傾倒していって」

「……当然、ですよね」

「当然です。ただ自分が見ている世界を、感じている通りに伝えるだけで、悪いことみたいに言われるんですから。そんなのを相手にしていたいわけがない。
しかもその空気は、どんどん強くなっていって……鳴海さんみたいに、頼んでもいないのに干渉してくる人まで出てきて……!」


……ローウェル事件……そこから派生し、強まった精神障害者への差別や偏見……排他意識か。

なら蒼凪のご両親がアレだったのも、そういうのに流されて……って、だったらその辺りも含めて全部次世代兵器研究会のせいだろうが! とんな因縁試合だよ!


「そうだっけ……」

「そうだった……!」


それで蒼凪はうろ覚えなのか! それは……いや、仕方ないのか。


「……恭文くん、その辺りから天眼……未来観測の能力が目覚め始めていてさ。余計に記憶があやふやなんだよ」

「え……じゃあ、小さい頃のこととか」

「風花ちゃんやお父さん達の話で、補填できる程度のことしかない。
……蒼姫ちゃんが、御影さんやお姉さん達の記憶で、その姿になったのも……そこが関係しているんだよね」

『“そういう大事な記憶そのものが、そう多くなかった”から……。
もちろん実験体にされた関係で、そんな中でも壊れたものは……もっとある』

「そんな……!」


伊藤が悲鳴混じりに声を上げ、蒼凪を見やる。


「まぁまぁ、伊藤さん……戦いこそ全てですから」

「刀は一旦鞘に納めてもらってもいい!? それで流せないからね!」

「描ける未来も、戻る過去もないというのなら……僕はせめて現在が欲しいんです。だから斬り合うんです」

「結論が台なし過ぎるよ!」


当人は『あったかなー』って様子なんだが……やめてくれよ。その軽さがよけいに突き刺さる。

蒼凪にとっては、それも……その記憶が薄いところも含めて、障害であり、当たり前なものなんだ。だから俺達とは受け止め方が違う。

……俺達が……伊藤や雨宮達が胸を痛めているその重さが、蒼凪には本当に、分かりにくいものなんだ。


「というか……」

「うん?」

「ちょうどやっていたガンダムSEEDとプリキュアを見まくっていたから、その記憶しかないって……前に……!」

「そこから!?」

「いや、当然ですよね。プリキュアについてはゆかなさんが出ているし」

「ゆかなさん好きもそこから!?」

「……ね、あのさ……やっちゃんって、こう……外観的にかなりそうは見えないんだけど、結構……オタク?」

「……重度のガノタではあります」


風花が顔を背けやがったよ! もう救いようがないと! どうしようもないと!


「あの、一応補足しておくと、環境と都合もよかったからですよ?
サブスクみたいな“ネットでの番組公式配信”の先駆け……その一つがガンダムSEEDですから」

「あ、そうなの?」

「ほら、二〇〇〇年代初頭だと、ブロードバンドとか光回線とかが始まり始めたじゃないですか。
そこで当時人気だった上戸彩さんをPRキャラにして、毎週CMとかも打って宣伝し始めたんです。ネット普及PRも絡めて」

「このプロバイダーさんなら、毎週パソコンでもSEEDが見られるーって感じだったよね」

「あったなぁ……で、ちっちゃい頃のやっちゃんもその流行りに乗って、番組を見始めたわけか」


ユージ、これが分かるのかよ! 俺さっぱりなんだけど! 美咲涼子の絡みで勉強し始めたけど、それでもさっぱりなんだけど! まだ常識に追いついていないってことか!?


「だから古い記憶を辿ると……あぁ、やっぱり炎の光景しかないな。
その中でゆっくりと立ち上がる、ディアクティブモードのストライク。そうして流れる≪あんなに一緒だったのに≫」

「なんでアニメの光景が一番古い記憶なんだよ……!」

「というか、おかしい。割とこう、重たい話をしていたはずなのに、一気にオタ話へシフトしている……」

「それ以前に……まぁプリキュアはいいよ。俺達もゆかなさんを布教されて、ふたりはプリキュア……見だしたからさ。分かるんだよ」

「しかも布教されたんですか!」

「やっちゃんがほんと好きで、悠久の嫁とか言っているからさぁ。どんなもんかと思ったら……面白いな! 人気なのも凄い分かる!」

「俺達、対象年齢から外れているけど、刺さるところたくさんあったよ! お父さん気分かもだけどさ!」

「あ、それならまだ分かるかも……。あの、娘さんと一緒に見て、お話の完成度とかテーマに感動したーって親御さんも多いそうなんです」


そうかそうか……現役声優の伊藤もそう言ってくれるのなら、安心できるな。俺達が見ても気持ち悪くないんだよ。いいことだ。


「だがガンダムってあの、戦争物だから描写……重たいよな」

「初代だとコロニー落としからだしね。やっちゃんには刺激が強いんじゃ」

「それでおじさん達も遠ざけようとしても、駄目なんです。あらゆる手段を用いて追いかけていくので……」

「その頃からやっちゃんなわけね!」

「それもほら、お父さん達が悪いんだよ。駄目と言われたらやりたくなるのが人間でしょ。こう、レジスタンス的な?」


あ、これは分かるぞ! 目的のためなら手段を選ばない! 蒼凪だよ! これは俺達の知る蒼凪だ!


「でも遠ざけたくなる気持ちは分かるよ!? いくら何でもサイクロプスとかジェネシスは悪影響だもの! グングニールも!」

「風花ちゃん、なにそれ?」

「劇中の戦略兵器です! サイクロプスは周囲十キロをマイクロ波で電子レンジ化!
ジェネシスはガンマ線レーザーで地球すら死の星に変える超大型発射装置!
グングニールはECMで敵モビルスーツを壊して……その後、虐殺します」

「それは悪影響だなぁ!」

「まぁまぁ、めーさま……それで数万とか数億死ぬのは、SEEDではいつものことですから」


そしてそれで平然とするなよ! お前、そのとき幼児だぞ! やっぱ悪影響だろ! そこは親としてさぁ!


「いや、でもさ? それでほら、分かり合うんだよな。ニュータイプ的に」

「分かり合いませんよ? SEEDではそのまま相手を滅ぼしにかかります」

「え……!?」

「え、蒼凪……そこは戦争が終わってとかじゃないのか?」

「終わりませんよ? 敵を滅ぼすまでは」

「え……!?」

「SEEDはそういう終末戦争を描く作品ですから」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――――蒼凪から“こういう話なんですよー”とは聞いた。ただそれは本当にさっくり。

遺伝子調整を行った人類≪コーディネーター≫と、自然分娩によって生まれた≪ナチュラル≫がお互いを憎み、妬み、疎み、その結果それぞれを違う種族として殺し合う話だと……!

その結果、そういう思想の過激派閥が軍上層部などを牛耳り、敵陣営への虐殺行為が数々描かれていくのだと。


その話を聞いた俺達の意見としては……。


『それは遠ざける!』

「なんでだぁ! SEEDは名作なんですよ!? それでもと叫ぶガンダムの本質がそこにあるんですよ!」


蒼凪、そこじゃないんだよ! 作品として素晴らしいかもしれないが……それを幼児に見せるのは辛いんだよ! 大人としてはためらうぞ!


「……おやっさんがプラモだなんだとか作るなとか言い出したのも、SEEDの一話を見てあきれ果てたからなんだよ……!
一話から爆殺やら銃殺やらしまくるし、こんなものを見ているからあんなことが言えるってさぁ。あと、プリキュアも……女の子が見るものだろうにって」

「痛みすら感じないメモリで弱い物いじめしていたクズに言われたくないわ」

「がはぁ!」

「そんな虐殺を楽しんでいたから、あんなことが言えるんだよ」

「ごぶ!」

「蒼凪、やめてやれ……!」

「というか、さすがに年齢を考えるべきだと思うよ? ……ボクが言うのも大概だけど」


そうだよ蒼凪! 照井とフィリップの言う通りだよ! 俺達だって今不安だもの!

いや、不安に思うのは仕方ない! 内容がこう、もっと穏やかだと思っていたんだよ!


「で、でもさ……それで無事に終わって、続編? なにするのさ」

「だよな。やっぱあれか、Zみたいに七年後」

「いえ、二年後です。それでまた終末戦争になりかけます」

「早すぎるだろ!」

「あ、ごめんなさい。間違っていました」

「え?」

「一年後です」


……蒼凪の言っていることが、全く理解できなかった。というか、理解したくなかった。


「無印の話が始まり、主人公≪キラ・ヤマト≫が戦い抜いて、精神的にぶっ壊れて……ってところまでが、大体八か月。
そこから停戦協定などの下りが入って、一年ちょいでDESTINY第一話です」

「協定した意味ないだろ! え、というかぶっ壊れるのか!?」

「SEEDはですねぇ、派手で見栄えのある戦闘シーンとかで勘違いしがちなんですけど……実は主人公をわりといじめ抜きます。
キラも一般人の枠から親友や同族と殺し合うことになり、守ろうと誓った人達を守れず、更に戦いたくもないのに“戦闘の才能が溢れているから”戦えてしまう自分に苦悩し……で、お話終了時には鬱状態になります」

「そこは帰れる場所があるからーとかないのか!」

「あっても立ち直れません」

「じゃ、じゃあ続編は……」

「DESTINYで出てくるシン・アスカは、キラが関わったとある戦闘の流れ弾を食らって、家族を殺されているんです」

「え……」

「だから当初から、その死によるPTSDでメンタル最底辺。その上気質がわんこなせいもあって、誰であろうと噛みつく狂犬。そこから鬱へのレッドカーペットが敷かれていきます」

「そいつもなのか!」


なんだよその作品! 主人公なのに鬱へのレッドカーペットって! 徹底的にこう、負荷をかける構えなのか!


「SEED世界は、それくらい恨が深いんですよ……。
続編でのDESTINYでは、レクイエムみたいなものまで出てきたし」

「レクイエム……蒼凪君、まさかそれも」

「超特大の戦略級固定ビーム砲って感じなんですけど、問題はその射線上にある中継ステーションです」


そして蒼凪は見せてくれる。ダイジェスト的に上げられている公式動画の一幕を……!


「劇中に出てきた技術≪ゲシュマイディッヒ・パンツァー≫、その戦略級砲撃を曲げるんです。
だから中継ステーションの数と配置次第では、敵の警戒網……その脇を抜けて、本命を射抜くことすらできる。当然地球にも届きます」

「あの、これは……どっちの陣営が」

「連合軍のブルーコスモス派閥です」

「だからプラントというコロニーが撃ち抜かれていると……!」


本当に曲がるんだよ! モビルスーツなんてたやすく飲み込めるようなデカイのが、ギュインってさ!

それでコロニーをびゅいんーってぶった切ってさぁ! 怖すぎるだろ! こんなのどうやって止めるんだよ!


「だから僕、フィリップを助けるときも警戒していたんだけどなぁ……。
突然核ミサイルとか、曲がる戦略砲撃とか来るかなーって」

「それで君、敵が待ち伏せていることも気づいただね……」

「私達にも言っていたんですよ。自爆装置とかが仕込まれているかもしれないと。実際は杞憂だったんですけど」

「そうして僕の根っこには、ガンダムSEEDが詰まっているんです」

「うん……本当に、好きなのは、知っているんだけどさぁ……!」


そしてリーゼアリアも戸惑っているよ! 長い付き合いなのに、どうするべきかと! 実利もあるから余計止められないわけか! 師匠も辛いな!


「きっと劇場版でもまた吹き飛ぶんだろうなぁ。今度はなにがくるか……」

「そこは期待しないでほしいなぁ!」

「……でも療育施設で苺花ちゃんを知り合ってから、少しずつそういうのが緩和されていったんです。ミカさん達とも知り合いましたし。
少なくともガンダムSEEDとプリキュア、プラモの話しかしないことだけは、解消されて……!」

「ふーちゃん、なにを言っているのよ。他に話すことなんてないでしょ」

「反省をして!?」

「蒼凪くん……トークデッキは、もっと広げていいと思うよ? というかほら、それこそ図書館通いしていたなら、いろいろとさぁ……!」

「とはいえ、それも難しかったのかもしれませんよ?
……お話のテーマは、遺伝子……そこから違う人間同士の争いですし」

「………………」


風花が頭を抱えるのも仕方ない。小さい頃からこの調子だっら、幼なじみとしては苦労しまくるだろう。

とはいえ、蒼凪がそこまで心引かれた理由も分かってしまう……分かるんだと、雨宮も赤坂さんの指摘で胸を痛める。

劇中の中で描かれたことに、蒼凪は自分の未来を……世界の姿を見いだしていたんだろうからな。それは俺も察したよ。


「でも今時のテレビとか好きなアイドルとか、興味なくて……。
誰も政治経済についてお話しできないし」

「……それは、さすがに幼稚園の子が話す話題じゃないと思うんだよね」

「ゆかなさんについてもお話できないし」

「うん……もうちょっと歩み寄りが必要かなぁ」

「あとは歌謡曲とか」

「それも渋すぎるなぁ……!」


赤坂さんも頭を抱えたよ! そりゃそうだ! 六歳……幼稚園とか小学校の子どもが話すことじゃないんだよ!


「え、蒼凪くん歌謡曲好きなの!? どこから入ったのかな!」

「ゆかなさんが異邦人って曲をカバーしていて……そこから、あれくらいの年代の曲なら落ち着いて聞けるなぁっと」

「それも言っていたわよね。今どきの曲って、歌詞とかリズムが詰め込まれていて、落ち着いて聞けないって」

「発達障害の感覚も絡むのか……。えー、でもそれならやっぱ話合うってー! あたしもちょー好きだし!」


で、その結果自分より年上としか話が合わなかったわけか! 雨宮は食いついているし、歌織も納得しているが……でもちょっと嫌だなぁ!

ガンダムとプリキュア、プラモ、政治経済、歌謡曲についてしか話せない幼稚園児は!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ここまでのあらすじ――蒼凪の子ども時代、いろいろやばかった。もうこれだけで察してくれ。


「こんなのでも御影さんと会って……いろいろ教えてもらって、自分なりの受け止め方が定まってきて……もっと言えば、余分なものを抱え始めたんです……!」

「ふーちゃん、言い方がヒドいよ」

「ヒドくなるのも当然って気づいて!?」

「余分……人間性やそれに伴う感情。抜き身の刀を制御するための鞘ですね」

「……えぇ」

「ですが御影さんが亡くなり、美澄さんが暴走し始めた」

「……御影さんが亡くなったとき、恭文くん……私達が想像していたよりずっとショックを受けていたんです。
苺花ちゃんの自殺未遂も同じです。
もしかしたら、またすっぱり割り切っちゃうのかなと、ちょっと怖かったんですけど……」


とにかく……そんな危惧も杞憂だった。蒼凪の様子を見るに、それはなかったからな。

そこで少しずつ培った人間性……余分なものがあったからと。


「いや、人間性が余分っておかしいでしょ!」

「それもなにもおかしくないんです。蒼凪君が武術家……侍ならば」

「え!?」

「もちろん田所さんが仰りたいことも分かりますが……とにかく蒼凪君は、変わり始めていたんですね」

「見上げた月、魅了された物語の世界……それ以外の、生きている誰かとふれ合うこととか、それで得られることも知り始めて……かぁ」


山崎もまた詩的な表現をする。でもそうだよな。他二つは、蒼凪の中で完結できることだ。

そうじゃないものも含められるなら……。


「それは、安心もしていたんです。もしかしたらこのまま……少しずつでも、いろんなことに折り合っていくのかなって。
……人斬りとしての恭文くんは、きっと……そのまま一生渇き続けて……満たされることは、ないんでしょうけど」

「それでも、それ以外の何かで……そういう戦いたいーって気持ちがぶつけられるなら、もしかしたらって感じ?」

「でも、そうはならなかった……」

「………………」

「蒼凪君がミュージアムに襲われ、『本当に刀を抜いた』……抜いてしまったからですね」


そこで、ただの教えじゃ済まなくなった。蒼凪は教えられたことを実践した。実践できた。

命を軽んじるわけでもなく、他者を見下げるわけもなく……というかそんな必要があるのかと真正面から突撃し、刀を抜いて、斬り伏せた。

本当に抜く前であれば、教えは教えだった。それでもこの社会で前を向くためのものだった。


だが一度抜いてしまえば……それはもうただの教えじゃない。立派な“武力”だ。


「そして、恭文くんがガルドスさんとのバトルを通じて、そんな自分に気づいたからです」

「それも、ありましたね……」


しかも駄目押しが……俺達も過去映像で見せてもらったあのバトルだよ。

エクストリーム・ゾーンが魂の本質を表すというのなら、蒼凪が見せた顔は……六歳の子どもとしては異常だったんだろう。

本来なら怯えていい。泣いていい。もうやめてと降参してもいい。だが蒼凪は踏み込んだんだ。


恐怖を受け止め、それでなお……最後まで戦い抜くと、その死線を楽しんでいた。それを見ていた当時の風花……その心情を考えると。


「一度武力を……武器を手にした人間は一生呪われる。
その頼もしさを知ってしまえば、手放せなくなるから」


風花は俺の考えが正しいと、そんなことを宣う。


「ウェイバーさんが言っていたことです。
元々恭文くんは、ザラキエルという異能力がありました。それでも……ギリギリだったのに……」

「だったら、鳴海荘吉がその点をガタガタ言えた義理立てじゃないよね……」

「あの人自身がまず、メモリという武力を手放さない……そう選択していますから」

「……ん……そしてやっちゃんの場合は、“どう足掻いても手放せないものが多すぎる”」

「蒼凪君が現代社会の通念から見て、狂った……間違った存在と思われるのは、仕方のないことでしょう。
ですが、彼にはそうして制御するべきものが多すぎる……そして重たすぎる」


そして赤坂さんも頷く。痛々しげに表情を歪めながら。


「最初からそうだった……本当に、それが全ての答えなんです。
彼の精神が“現代的に普通の人間”なら、力の誘惑や悦楽に流されていますよ。
それは鳴海氏やミュージアムの構成員、メモリ購入者達……彼らがその末路で示しています」

「ほんと、どういうことなんだろうねぇ。散々異常だなんだと言われてきたやっちゃんが“それ“で、大多数の普通がちょっと力を手にしただけでイキリまくりってさ」

「じゃあ、お父さんとか、鳴海さんが普通の子どもになれ……それでいいんだって、励ましていたのは」

「全く状況を弁えていない……責任も取らない赤の他人が、好き勝手言っていたってだけだよね」

「やすっちは、切り離せない形で力と向き合い続けていたからね。それも一般的には産廃とされているようなものだ。
だから力の万能性ってやつを信じていないんだよ。いい意味でね。
……しかもそれはあくまでも現代の通念に通じればという話だ」

「力を持つ武術家としては極めて正しいんですよね。もっと言えば、現代人は力……暴力に対しての意識が低すぎるんですよ。振るう側としても、振るわれる側としても」

「最初に蒼凪が触れたとおりだな。もちろん碇専務達とかもその類いだった」


単純な殴る蹴るだけじゃない。言葉、行動、権力、信頼……そういうものは振るい方次第でいくらでも人を殺しうる刃となる。

だが……まぁ俺自身刑事としての仕事を通して思うことだが、余りに気軽な形でそれを振るい、犯罪に走る奴らも多い。、

奴らには想像力がないんだよ。それこそ蒼凪が触れたように、正しさや認められていることが、自分を守ってくれる警察か家族のように勘違いする。


あとは関係性だな。米沢敏樹も家族だからとやらかしたし、鳴海荘吉も信頼関係がないのに父親ぶってアレだ。

対して蒼凪は……そういう意味では運がよかったんだろう。ザラキエルという翼から学んでいたんだ。暴力の怖さ……それをただ振るわないと思うだけでは足りないことを。


「俺もそこは同感でした。時代さえ違っていれば、蒼凪は立派な侍となり、歴史を変えることすらあり得たかもしれない」

「侍……」

「忍者ではあるがな」


戸惑う田所には、照井も見かねておどけて対処する。……きっとこういうところがモテるんだろうな。


「なお言峰綺礼は、鳴海荘吉を蹂躙したとき……その点にも触れている。
運命を変えられるなどというのは、結局“変えられる程度の重さ”しか経験してこなかっただけの話だとね」

「本当の運命とは、変えられないもの……変えようがないものを背負い続けること、ですか」

「彼が狂人だと言うのなら、それは一生変わらない。そんな自分を貫くか、メモリ犯罪者のようになるか……二つに一つだ」

「私も……あのとき確信しました。
恭文くんは“普通の子ども”になれない……それはもう、無理なんだって……!」

「……風花ちゃん」


それも、風花からすれば絶望だろう。女の子で、ずっと蒼凪を想っていたんだ。自然と未来を描くこともあっただろう。


「……!」


溜まらなくなったという山崎が、風花にかけより横から抱き締める。それで風花は、またぼろぼろと泣き出して……。


「……え、それは」

「恭文君、お口チャック……ん」

「んにゅぅ!?」


……だがそれは無理だと突きつけられるんだ。ただ普通に働いて、一緒に暮らして、いつか子どもを産んで……そんな未来は存在しないと突きつけられるんだ。

しかも蒼凪については、顔や声もロクに覚えていない“知らない誰か”に夢中と来ている。いや、だからこそだ。


それだって障害が絡んでいるんだぞ。一生に一度の……ほろ苦くなりがちな思い出すら、蒼凪はきちんと保有できない。

そんな有様を見せつけられたら……このときの風花も、相当苦しかったんだろうな。しかも蒼凪の奴、そこで開き直りやがったし。


……ほんと、救えない……いや、救われているか!? なんかお口チャックされている奴いるし! それも羨ましい形でさぁ!


(その20.7へ続く)






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