小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作) 西暦2019年10月・星見市その14 『変わりゆくG/神崎莉央はなぜいら立つのか』 さくらの忘れていた宿題も、ガンプラ関ヶ原バトルも、過熱とカオス、混乱……やっぱりカオスを交えながらなんとか終了。 季節は十月の半ばとなり、いよいよ今日……気候も落ち着いてきた中、ストレッチ中の私達はどうにも落ち着かなくて。 「予選が始まって二か月……それで今日、NEXT VENUS グランプリの本戦参加者発表かぁ」 「いよいよって感じねー」 「……僕もビクビクですよ。 今日の配信が残念会になった場合、どう話を展開しようかって……」 「恭文くんー」 なお、あっちこっちの包帯が取れて、外見だけは普通に戻った恭文も……同じくじゃないわよ! どうして私達が落ちること前提になっているの!? 「恭文君、せめて祝勝会になる心配をしようよー」 「ポイントレース終了の一週間前から、ランキングは伏せられていたでしょ? その直前のおのれら、順位がいくつだったと思っているのよ」 「それは……えっと、十位くらい」 「……サニピは十九位、月ストは二十位だったでしょ……!」 「だったね……!」 そこをツツかないでよ! いや、かなりギリギリ……アウトな方向でギリギリだとは思っていたけど! ≪まぁ三年ぶりの開催で、乱戦状態でしたからねぇ。それでベスト二十に入っていることが驚異ですよ≫ 「そこから最後の追い上げをあっちこっちでやっていたわけでしょ? 正直予想できないよ」 「特に私達の場合、デビューして間もないものね……。 大躍進と言って差し支えないんじゃないかしら」 「遙子も弱気になってどうしますの!? というか、それなら本戦に入れてもおかしくないでしょうに!」 「すず……枠は十六組よ?」 「……間口を広げるとかどうなりましたの!?」 「どうにもならなかった……んでしょ……!」 屈伸をしつつ、すずにはそう答えるけど……だからこそ焦れったい。 これで落ちていたら、本当にどうしよう。私、ジンウェンの配信にはもう出ているけど、さすがに……あ、確かに困るかも! どんな顔すればいいか分からない! 「ねぇ恭文……確か下馬評では」 「やっぱりリズノワ、トリエルだよ。 この二組はきっちりベスト3内をキープしていたし」 「元々の人気、実力、両者ともに切迫。必然の結果。 ……もしあの人達を凌駕できるとしたら、BIG4クラス。いや、今回は出ないけど」 「出場条件からも外れるしね」 ……そういえば説明していなかったかも。 今雫が触れたBIG4というのは、VENUSプログラムの上位ランカーをキープし続ける四グループ。 ランキングはライブバトルによるポイントレースだから、当然負ければランクは下がる。上位陣となれば誰も彼もが実力伯仲。相応の入れ替わりが巻き起こるタイミングも多い。 だけど、そんな仲……二年近く頂点を制しているグループもいて。プレタポルテっていう大手事務所に所属している三人≪IIIX(スリーエックス)≫などはその代表格。 で……実はNEXT VENUSグランプリがアイドルの登竜門とされるのは、このIIIX……通称スリクスにも原因がある。実はメンバーのmihoさん、第十三回グランプリの優勝者でもあるの。 そのときは別グループだったそうだけど、そこからトップモデルのfranさん、圧倒的支持を得ているインフルエンサーでもあるkanaさんとユニットを組んで、一躍BIG4入りを果たしたの。 まぁ、そういう先輩にあやかってというか、そんな活躍を夢見て、このグランプリに熱意を賭けている人は多いと思う。私もその一人だし。 ……でもそれだけじゃない。 私達がトップアイドルになるのであれば、まず今のBIG4を超えなくちゃいけない。そのあやかっているスリクスとも戦って、勝たなきゃいけない。 そうして私達自身がその一角となることで、初めてトップアイドルだと……そう名乗る資格があるのだと、証明することができる。 そういう意味では、余計にグランプリへの熱意は強くなる。なって然るべきなんだけど……。 「先輩先輩先輩先輩先輩……!」 「……千紗……田所さんをそんな、念仏みたいに唱えなくても」 ……その前に千紗ね! 緊張のあまり凄いこと口走り続けているし! というか落ち着いてよ! 別に田所さんは神様でもなんでもないじゃない! 至って普通の声優さんよ!? 「あ、そうだ。千紗、先輩がこの間……予選期間最後のライブバトル、見に来ていたんだって」 「え」 「たまたま仕事先に近くて、当日チケットも取れたとか。 ……また練度が上がっていてびっくりしたし、ダンスはもう追い越されたなーって感心していたよ」 「せ、先輩が……ああぁあぁああ……♪」 そうしてまたバタリと、幸せの笑みを浮かべて倒れる千紗……。 「千紗ちゃん!」 「相変わらず、良い顔で寝てやがる……!」 幸いさくらと雫がすぐ受け止めたけど……って、よくない! 「恭文、なにしているのよ! 分かっていたでしょ! 千紗はこうなるって!」 「伝えておいてって頼まれたんだよ……」 「今伝えなくていいじゃない! レッスンがあるのに!」 「というか千紗ちゃん、ほんと田所さんが好きなんだねー。芽衣もびっくりだよ」 「……この間のビリオン5thライブも、一日目、大盛り上がり。 二日目も盛り上がっていたけど、明らかにテンション、違っていた」 雫が触れたのは、ビリオンのライブ。私は恭文の付き添いで袖から見ている側だったけど……うん、大盛り上がりだった。本当に最高だった。 「あぁ、うん……そうだね。牧野さんも大変そうだった」 「……って、さくらもいたの!?」 「一人でチケットを、取った。現地で鉢合わせてびっくり」 「あははは……黙っていたわけじゃないんだよ。ただキャンセル枠、取れちゃって。 でもそれなら恭文さんも」 「こっちも同じよー。舞宙さんと雨宮さんの出た二日目はもう……はしゃいで怪我がひどくなるんじゃないかってテンションだったもの」 「やっぱり……」 「僕は比較的冷静だったよ。仕事でもあるし」 「それは逆に凄いですからね!? いろいろ縁があったとしてもですよ!」 さくらの言葉であの光景を思いだし……前屈で背中の筋とかをまた伸ばしながら、胸がきゅっと締め付けられる。 「練習量では負けていないと思うんだ。ただ、それは私達が『暇も多い新人アイドル』だからっていうのもあるし」 「うん……」 「なにより、本業は声優さんで、ビリオンはあくまでも携わっている仕事の一つで……それであの熱量を生み出せる。 演じているキャラの声とか、イメージとか、雰囲気とか……そういうものも大事にして、表現して……凄い技術と熱意だと思った」 ライブのアーカイブ……というかディスクね。うん、ディスクは見た。雫が買ってきたし、私も興味があったから自分で購入もしたし。 そうしたらそこにはやっぱりドラマがあって、私達と同じ熱意があって。それで今回、実際に現場へ触れさせてもらって、本当に思ったんだ。 ……ただお姉ちゃんの後を引き継いでって思っていた私は、とても小さかったんだなって。 それだけじゃ届かない……触れられないものが、ステージの上にはある。 「……不思議だよねぇ」 「恭文?」 「僕なんてさ、琴乃やみんなと違ってほぼほぼ趣味の領域だけど……それでも見ていたら、もっとーって気持ちが出てきちゃうんだから」 「……そっか」 「それはいいことよ。恭文くんがうたうことや表現を、それだけ好きになっているってことだもの」 「そう、なんですか?」 「そうじゃなきゃ思わないわよ。絶対に」 それで恭文も……そんな趣味の領域だったのに、こうしてレッスンに参加する程度には本気で取り組んでいる。 ……きっと恭文には、歌を届けたい人がいるんだと思う。例のお姉さんもそうだけど、それだけじゃなくて……。 (……それは野暮ってものかぁ) 遙子さんもその辺りは気づいているけど、ぼかして触れることはしない。でもそれでいいんだと思う。 それは恭文の今までとは違うけど、確かに希望の届け方で、大事な可能性でもあった。 だったら……私は……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 琴乃ちゃん、ビリオンのステージを間近で見て、またたくさん刺激を受けたみたい。目がね、キラキラしているんだ。 それは恭文さんも同じだよ。きっと後押ししてくれたいちごさん達にも、自分の歌をもっとよりよい形でって……そう考え始めていて。 「……私、アイドルと同じくそっち関係もあまり履修していなかったんだけど……そこまでなんだ」 怜ちゃんはさすがにあのライブには行けなかったんだけど、実際に舞宙さん達とも会ったから……いろいろ興味がある様子で。 「うん、そこまでだった。それに背負っている責任も重たいしね」 ≪あくまでも請け負っている仕事の一つですけど、自分の活動で問題が起こったりすれば、そのキャラのファンまで傷つけかねませんしね……≫ 「そこまでいかなくても、体調不良でライブどころか声優活動が難しいとかね。 ……実際アイラバ全体でもそういうあれこれで、キャストが交代するとか、一時期休業ーってこともあったんだ」 「……不祥事もですけど、体調不良は怖いですね。どれだけ気をつけていてもって場合もありますし」 「恭文さん、確か……えっと、種田さんですよね。一日目のライブに出ていた方が、最近復帰されて」 「そうそう」 まぁいちごさんや田所さんとお話するチャンスもあったからなんだけど、ビリオンについては軽く勉強して……それで、親近感を覚えた出来事だった。 病気について細かく発表はしていなかったそうなんだけど、それで一年ほど休業されていた方がいたの。それが種田さん。 ちょうど『東京』の一件絡みで、恭文さんやPSAが出演者さん達の定期ガードを始めた時期……舞宙さんもイギリス留学に出た時期だったんだって。 だから最新アプリについてもその種田さんが演じられていたキャラクターは、参戦が遅れていた。無事病気も治って、仕事に復帰したら、キャラクター追加って流れでストーリーも作ったそうなの。 キャスト変更の可能性もあったとかで、ファンの間でも相当揺れて、心配していたっていうのは……うん、そういうふうに、作品やキャラクター、キャストさんを応援してくれる人達に支えられているものなんだよね。 その送られている愛の分、やっぱり責任は重たいわけで……それが自業自得の不祥事ならともかく、不慮の事故や病気で達成できないっていうのは……やっぱり、辛いよね。 「演じること、その役を理解すること……そういう経験と勉強をした上で、自分の活動を健全に続けた上でできるお仕事なのよね。 実際に先日お話もさせてもらったけど……みなさん、一人一人本当に凄いと……思うわ……ん……!」 遙子ちゃんも同意だと、笑って背を逸らし……あ、やっぱり大きい。あの圧力はプレッシャーだ……! 「しかも舞宙さん達の場合、役に携わっている時間も何年かってレベルだし……一朝一夕にできるものじゃないもの」 「……それ、牧野さんも似たようなこと、言っていた……。 恭文さんの表現も、むしろそっちよりかもしれないとも……」 「僕が?」 「確かにそうかも。恭文は素に近くあるけど、ジンウェンっていう“役”を背負って活動しているわけだし」 「ん……曲とか作るなら、そっちに寄せていかないと駄目かなとか……またいろいろ考えているみたい……」 恭文さんもそれでまた、一歩進み始めている。この間のガンプラ関ヶ原バトルも大盛り上がりだったし。 あれでも、ジンウェンとしてのガンプラを作って、戦って……それだって歌やダンスと同じ表現ではあるし。 ……だったら……私は……。 (私は、麻奈さんと同じように歌えている……みたいだけど、それで……いいのかな……) 最近、迷いが出た。ううん、もしかしたら欲かもしれない。それも大それた欲。 今まではただ、胸の高鳴りを信じて、導かれるままに進んできた。この“バトン”が大事なものなのは変わらない。 だけど……それだけじゃないなにかも、あるんじゃないかって……ちょっとずつ、そう思い始めてきて。 表現すること、舞台に立つこと……今まで未知数だったなにかに触れて、私は……。 「――みんな! グランプリ運営から、本戦参加者の結果が届いたぞ!」 「届いたよー♪」 すると牧野さんが、マンティコアタロスくん二号のお姉ちゃんを右肩に乗せて、慌てた様子でスタジオのドアを開いて……って、結果ぁ! 慌てて立ち上がり、全員で牧野さんに詰め寄る! というかそれしかない! 『結果は! 揃って本戦!? 揃って残念会!?』 「落ち着いてくれ! というか近い近い近い……分かるが圧が凄い!」 「牧野さん、残念会のサムネってどう作れば……茶化したら炎上しますよね」 「恭文君は冷静すぎるな! もうちょっとやきもきしてくれていいんだぞ!」 「もうそこはゲームとかプラモ作る配信にして、その中でさらっと言えばいいんじゃないかな」 「なるほど、それでいこう」 「麻奈も乗っかるな! というかだな……残念会については、必要ない! 聞いているだろうが!」 え、必要ない!? この不謹慎ネタで盛り上がる必要がないと! ……ということは……! 「じゃあ、牧野くん!」 「……えぇ」 牧野さんは私達を宥めながら、軽く咳払い……そうして嬉しそうに笑う。 「月のテンペスト、十五位――。 サニーピース、十六位――。 二組とも本戦出場決定です!」 ――――こうして私達はまた、一歩先に進む。 『――やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』 「おめでとう、みんな! 信じていたよ!」 ≪仲間ですしね。当然ですよ≫ 『嘘吐けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』 「おのれらヒドくない?」 「いや、それこそ当然だろ! ついさっき自分がなんて宣ったか振り返ってくれよ!」 「そうだよー。せめて口に出さない努力をさー」 「麻奈もな!」 そうして進んだ先は、今までとは違う壁があって……そう、壁がある。 私も、琴乃ちゃんも、みんなも……その壁にぶつかり、悩みながら……また戦って行く日々が始まる。 魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s 西暦2019年10月・星見市その14 『変わりゆくG/神崎莉央はなぜいら立つのか』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ グランプリ運営から結果が届いた。私達トリエルは二位、LizNoirは一位という形でNEXT VENUSグランプリ予選通過決定。 それでおめでとうーと終われるわけではなく……。 「――三年前のファイナル当日、あの事故で私達の時間は止まりました」 現在バンプロ社内の一室を借りて、私達はそれぞれのユニット衣装に身を包み、記者会見の真っ最中。 「実を言うとセミファイナルが終わって、長瀬麻奈との対戦が決まったとき……彼女から挑発を受けました」 「挑発、ですか?」 「こう言うと言葉は悪いですけど……ようするに『ファイナルは本気でぶつかって、最高に盛り上がったライブにしよう』という約束です」 「まぁ莉央の性格から、そっちの方が本気でかかるって思ったんだろうけど」 「否定できないのが悲しいところね……」 ……神崎さんは自嘲気味にそう告げ、目を閉じ……瞬くフラッシュにも動じず数秒黙り……そして深呼吸。 「理由はどうあれ、彼女との約束を果たすことはできませんでした。 ……だから今回の大会、優勝を狙うのは当然として……私達はこの大会の……少なくともLizNoirが携わる全てのライブを、ファンのみなさんが絶対に忘れたくないと思うような、最高のライブにしていきたい。 その上で願うことなら、ファイナルのステージにも立って、果たせなかった約束を本当の意味で……まず私達が叶える。それがLizNoirの目標です」 「それがあのときのお返しになるかもだしね。うん……僕は賛成かな」 「それで……止まった時間を動かして、また新しい一歩を踏み出します」 『――!』 それは、今まで聞いたこともない話。長瀬麻奈さんとのエピソードなんて、触れない人ではあったけど…………でも、それなら私達だって……! 「神崎さん、井川さん、大変大事なお話を聞かせていただき、ありがとうございました! ――それでは、TRINITYAiLEのみなさん、意気込みをお聞かせください!」 「はい――予選では二位通過ということで、先輩達には後れを取りましたが……ですが、優勝するのは私達です」 「……記録に拘るようじゃあまだまだね」 「そう仰る神崎さんこそ、長瀬麻奈には随分拘っていられるようですし」 「なんですって」 「でも私達トリエルは、いつだって未来を見て進んでいます。過去に囚われて止まることはありません」 「………………」 神崎さんからどうも厳しい視線を送られるけど、それは気にしない……する意味がない。 (る、瑠依ちゃん! ちょっと言い過ぎじゃ! フラッシュ凄いことになっているんだけど!) (大会前にヘイト稼ぎまくるんはよくないと思うよ? ほら、先輩達もめっちゃ睨んどるし) (大丈夫よ、すみれ。私にいい考えがあるから) そう、だって私は勉強したもの。こういうときにどうすればいいのか。ちゃんと、恭文さんから教わったことを復習して……予習して。 「まぁいいじゃないのさ、莉央。結果なら本戦ですぐ分かる」 「……そうね。あなた達に、初めての挫折を味合わせてあげる」 「だったら……私達は先輩の血を、マットの色で染めてあげましょう」 …………その瞬間、なぜか場が凍り付いた。 「…………は……!?」 「え、いや……だから、先輩の血を」 「逆よ逆! マットを! 私の血で! 真っ赤に染めるの! マットの色に血が染まるってどういうことよ! 白くなるの!?」 「……というか、どうしてそのチョイスにしたの? 長瀬麻奈の方が煽りは上手だったけど」 「え、でも……やす……もとい、ジンウェンさんから教わったんです」 あれも衝撃的だったと……軽く思い返しながら、ガッツポーズ。 「ぶっ殺してやるしぶっ殺したと宣言する……それが裏の礼儀(マナー)だと。 ……私、今までそういうのを知らなかったので。不勉強でした」 「迷いのない瞳でとんでもない狂気を吐き出さないでよ!」 「でもこれからは違います。神崎さん、井川さん、あなた達の血をマットの色に染めてぶっ殺してやります。 もちろんグランプリで対戦するアイドル達も、そうして倒し……私達トリエルが優勝して、あなた達をぶっ殺したと宣言します。お覚悟を」 「そう言われたら是が非でも優勝を阻止したくなるね。僕達だけじゃなくてみんなの血が白とか青になるのは、怪奇ってレベルじゃない」 「ほんとそれよね! というかまず……そんなのはプロレスで言うことなのよ! アイドルのステージではやらないの! あとアイドルがぶっ殺すとか言うんじゃないわよ!」 「すみませんすみませんすみません! 瑠依ちゃん、ちょいちょいこういうポカをやらかすので! ちょいちょいクレイジーなので!」 「瑠依ちゃん、それジンウェンくんとのコラボ配信で教えてもらったことやけど、今使うのはNGやからなー。自重しようなー」 あれ、すみれと優もどうしたんだろう。必死に止めてきているような。 「大丈夫よ。ほら、言っていたでしょう? 自分はぶっ殺せーって言える上司……リーダーになりたいって。 ……私も、そうしてみんなの後押しができるリーダーでありたいと思っているし」 「て、天動さんは……その、随分、ジンウェンさんと親しいご様子なんですね……!」 「はい。妻ですから」 『妻ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』 「…………あ…………」 「「瑠依ちゃんー!」」 「あの、ほんとに結婚しているわけじゃないんです。実は……」 そうだ、これは誤解がないように説明しないと。私はやましいところもないわけだし……うん、大丈夫。 「ねぇ……この子正気なの!? 怒りも吹き飛ぶんだけど! 恐怖過ぎて……ほら、膝が笑っているんだけど!」 「……君達、大変だね……」 「るい……!」 というか、舞台袖でてんどーさんがぴくぴく震えているような……でも大丈夫。ちゃんと説明すれば分かってもらえるから。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ そして翌日――実に頭が痛かったあの記者会見から、明くる日。 「あははははははは! あはははははははははは! 莉央、最高だった! 昨日の記者会見最高だったよ! あんな面白いの、僕見たことないよ!」 「……よく大笑いできるわね! あの後私達がどれだけ大変だったと!?」 「知らん。そんなの僕の管轄外だ」 「まずあなたからぶっ殺して! マットの色に血を染めるわよ!? 当然こころの中に戻ったっているショウタロス達も巻き添えだけど!」 「は? その前におのれの顔面が僕の右ストレートで砕け、衝撃が脳と眼球を潰し、更に首が頸椎から引きちぎれ、頭全体が吹き飛ぶって。プロを舐めるなボケが」 「無情すぎてサイコパスですら震え上がるレスを返さないでよ!」 今日もレッスン……というところで、星見プロの面々と鉢合わせした。 まぁレッスンのために星見市から出てきていた月ストと、その付き添いの恭文だけなんだけど……その結果がご覧の有様よ! よくもまぁ私を見た途端に大笑いして挨拶できるものよね! 反省もなく私を殺しにかかれるわね! おかげで仕事モードもすっ飛ばしてツッコむしかなかったし! ……ねぇ、ショウタロス、シオン、ヒカリ……あなた達とはほとんど初対面同然だったけど、これだけは言わせて! 絶対こころの中に戻るの、早すぎるわよ! これで『なりたい自分』っておかしいでしょ! この子はあなた達にどんな夢を描いていたのよ! というか……こんな劇物を放置した上で! フェードアウトするんじゃないわよ! せめて無害になるよう中和しなさいよ! どんな手を持ってしてでも! 「恭文……お願いだから、反省をして……!」 「そうですわよ! あれでジンウェンは天動さんともどもトレンド入り! 事務所にも問い合わせが散々来て、牧野も頭を抱えておりましたのよ!?」 「僕に言われても困るよ……。散々妻じゃない妻じゃない……お前は妻を名乗る不審者なのだと言い続けて」 「扱いが散々ですわよ!」 「まずは友達からってところで決着させたはずだったんだよ。雛見沢でさぁ」 ……かと思ったら決着させていたの!? よかった。それならまだ……なにもよくないわよ! だってそれ錯覚だもの! 錯覚じゃなかったらあんなことになるはずがないもの! 「というかおのれらも配信を見ていたから分かるでしょ? どうしてヒイロが『お前を殺す』と宣ったのか分からないから、僕が説明してあげただけだってさぁ」 「ヒイロ……ガンダムW!? じゃああれも、元はプロレスですらないの!?」 「そういう宣戦布告とかよくあるのかって聞いたから、プロレスみたいな格闘技でもやるねーとはね。 ……でも、それはあくまでも相手と合意の上で、盛り上がる演出だとも言ったんだけど」 「だったら改めて話した方がいいわよ! 伝わっていないから! 後半の大事なところを聞き逃しているから! 相変わらずあなたの妻を名乗る不審者のままだから!」 「天動さん……クールビューティーに見えて、実はという方なんですね。いえ、寝落ち癖のことだけでも十分ですか」 なによそれぇ! あの子が早合点で飲み込んだ結果ってこと! あまりの状況に白石さんも頭を抱えちゃったし! というか寝落ち癖ってなによ! まだなにか爆弾を抱えて……ああもういいわ! ……長瀬さんを見ていると思うところもあるし、一応……言っておかないと」 「……まぁそっちはあらかた恭文に押しつけるけど」 「押しつけられても困るよ。僕もしばらくトリエルとのガンプラ講習はお休みだし」 「それ以外でなんとかしなさいよ! というかできるでしょ! 一人は妻! 一人は婚約者! 一人は妹なんだから!」 「妹のすみれ以外は完全に自称なんだけど……」 「妹経由でいいからなんとかしなさい! とにかく……本戦出場、決まったのよね。おめでとう。 この間まで素人同然だったのに、大したものね」 「よかったね、すずにゃん! 褒められたよ!」 「当然ですわー♪」 ……どうしよう。この……早坂さんだったわよね。それと成宮さんには、嫌みが通用しないみたい。 純粋に喜ばれているのが辛い。裏があるって思われがちなのが業界の常なのに……私、汚れた大人になっているんだわ。今痛感した。 「以前ご指導ご鞭撻していただいたおかげです」 対して白石さんは……取り繕うように笑っている。こっちには伝わっているみたい。 「月のテンペスト……いいグループよね。バランスも取れている。三枝さんが認めただけのことはあるわ。 ……ただ……」 ……そこでつい厳しく見ちゃうのは……あの子だった。 「長瀬琴乃……あなたは長瀬麻奈によく似ているだけ」 「……」 「あの子のことをデビューからずっと見ていた。 誰よりも……だからはっきり言える」 いら立つ、いら立つ、いら立つ……あの子を見ていると、いら立つ自分がいる。だから。 「今のあなたは、長瀬麻奈の劣化コピーでしかない」 彼女の輝きを知る人間として、そんな紛い物では意味がないと突きつける。 「……琴乃ちゃんに謝ってください」 「謝る必要なんてないわ」 「あなたに琴乃ちゃんの何が分かるんですか……! 琴乃ちゃんがどんな思いでアイドルをしているか」 「渚」 ……そこで、恭文が止めに入る。そうしてため息交じりに、私を見やって。 「莉央……それは」 「それはあなた自身が、長瀬麻奈に縛られているせいですよね」 「……………………コトノサン?」 「あのね……天動さんのやらかしに絡んでいるのに! 説教する権利はないでしょ!」 「僕のせいじゃないからね、あれ!」 「それも最低よ!」 かと思うと逆にあの子が、そんな恭文を止めて……止めるのは当然よね! そこだけは心が一つだもの! そこだけは私達、仲良くなれるはずだもの! 「とにかく、ちゃんと言わせて」 「分かった。ぶっ殺すって言いたいんだね」 「言わないわよ!」 「分かった……あなたを、殺します」 「渚も黙っていて!」 あの子はひとしきりツッコんでから、私に厳しい視線を送る……。 「とにかく……例の会見を見ればその辺りは一目瞭然だし、今もその口で言ったじゃないですか。デビューからずっと見ていると」 「揚げ足取りだけは随分上手なのね、あなた」 「それはあなたじゃないですか」 「適当なこと言わないで」 「なら、三枝さんのことに拘るのはどうしてですか」 「……!」 「最初は、姫野プロデューサーとの関係性が中心……恭文が感じた通りのことだけかなとも思いました。 でもそうじゃない。あなたがお姉ちゃんに拘っているのなら、もう一つ答えがある」 なによ、それ……ちょっと、違うんじゃないの? 「あなたは三枝さんにマネジメントしてほしいわけじゃあない。ただ自分じゃなくて、お姉ちゃんに才能を見いだした三枝さんが許せない」 「な……!」 「だから三枝さんをバンプロへ呼び戻して、そのお姉ちゃんに勝ったって思わせたかった……そうですよね」 「ば、馬鹿を言わないで! 私はただ、あなたの現状を」 「底が見えましたよ?」 「――!」 「というか、恭文にあれだけ言ったのに……よく私に強く振る舞えましたね」 こんな子に、心を見透かされて……私は、動揺している……!? 「……でもこれじゃあ不平等ですから、私の心も晒します。 私の中には、お姉ちゃんの色があります。それが劣化コピーって言われるのも……多分仕方ありません」 「琴乃ちゃん……」 「だから、そんな……そんな縛られたままで! 先には行けないと言っているのよ!」 「だったらそれでもいいです」 それで、この子には届かない。私の言葉が……私の挑発が、思いが……何一つ……。 「……その色も含めて私で、それを重ねることで、生まれる可能性もある。 そう言って、信じて……この手を取ってくれた子にも、見せたいものがあるんです。 だから、あなたがなにを言おうと揺らぎません。相手にもしません。話はそれだけです」 「………………」 「……莉央、この件はしっかり、バンプロに抗議させてもらう」 「恭文、口を閉ざして……!」 「それでも私は」 「間違っていないなら堂々としていればいいでしょ。……たとえどれだけ憎まれようとさぁ」 「…………」 「まさかおのれ、その程度の覚悟もせずに抜かしたの?」 ……えぇ、分かっていた。分かっていたわ。 私の言っていることは暴言で、彼女を傷つけるものだって。 でも言わずにはいられなかった。今の彼女が、その姿が、表現が、あまりにいら立つもので。 私なりに、業界をよく知る人間として、それじゃあ通用しないと……そう叱りつけたかっただけで。 それは傲慢だったかもしれない。でも……。 「莉央、なにをしているの」 ……そこでひや水のような声が、後ろからかかった。 「こっちの話は済んだよ。そろそろ行こう」 振り返るとそこには、姫野さんと葵が……もう潮時だと、二人に振り向く。 「……えぇ、分かっているわ」 ……そうして一呼吸……最後に、一言だけ。 「それでも……断言できるわ。 ……長瀬麻奈に縛られているうちは、あなたはこの先には進め」 でもそこで気づく。 恭文達は……もうどこにもいなかった。 私が姫野さんの方を向いている間に、姿が消えていて。 「相手に……する価値すらないって……?」 「莉央、どうしたのさ。ちょっと様子が」 「……!」 苛立ち混じりで、近くの壁を蹴り飛ばした。 その程度の……子どもの八つ当たりしか、私にはできなくて。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ……………………ねぇ……馬鹿なの? 本当に馬鹿なの? 僕もさぁ、舞宙さん達の様子を見ているから、特殊な世界というのは分かるよ。厳しいことを言うときもあるってさぁ。 でも……でもねぇ……! 「みんな、あれこそが真のパフォーマーだよ! LizNoir最高−!」 「……その見方は人として何かが歪んでいるような気がしてならないんですけど……まぁ、それくらいの方がカウンターになりますよね」 「いや、それ以前に……全く理解できませんわよ。 あの流れでいきなり嫌みをぶつけるどころか劣化コピ−って。サイコパスなのですけど」 「まぁそれも含めて、事務所としてきちんと対応……しますよね?」 「じゃないと渚が殺しにかかるしね……。 だから渚、ひとまずその右手に握ったペンは、離して? もう突き刺す相手はいないから」 「……あ、そうだね。ごめん」 『怖!』 みんな、気づいていなかったかぁ。僕は気づいたから、前に出て対応をさくっと決めちゃったんだけどさぁ。 「まぁそういうわけだから琴乃、向こうと話すのは一切禁止だ。 近くに来ても相手にせず、そそくさと離れて」 「……私、相応にビシッとはね除けたつもりなんだけどなぁ」 「奴は長瀬麻奈ガチ勢をこじらせた厄介アンチだ。そう言えば納得だよね」 「何一つ納得できないんだけど!? というかね、それならぶっ殺すとか言わないで!」 「渚が怖いから……」 「そこは頑張って止めて!? 天動さんを止められなかったことも悔いて!」 「まぁいいじゃないですか。 あんな暴言を許していいはずがない……いいえ、許せませんし」 そして沙季も怒り……というか、この中で一番いら立っていたのが沙季だった。 (恭文ちゃん、沙季ちゃんが……ちょっと……) (……こう、いつもとは圧が全然違いますわ……!) ……だからそこで、芽衣が和服の左袖をくいくいと引いてきて。というか、すずも気づいて冷や汗ものだった。 (……琴乃や麻奈の状況に重ねちゃっているんだよ。千紗もいるから) (あ、そっか) (悪いけどさ、しばらくは沙季を刺激しないで。この件絡みでは絶対に。 渚はぶちまけられる分まだ対処しやすいけど……沙季はヤバい) (分かった……!) (えっと、ため込んでしまう……ということでよろしいのかしら) (よろしいです) そう……実は沙季、ため込むタイプなんだよ。その点ではふーちゃんや僕にも近い。 その点は、アイドルになった流れからも分かっていたことで……そもそも沙季ってね、小さい頃からアイドルに憧れがあった子なんだよ。 ただ同時に、気弱で控えめな千紗を支えることや、親御さんや周囲の期待に応えることを優先するところがあった。 そうしてアイドルへの憧れも自分だけのものとして、封じ込めていたそうなの。そういうのは我がままで、姉として……みんなの期待に応えていくことの二の次だって。 でもその抑圧に穴を開けたのが、沙季の進路絡みについて話し合ったこと……そして、そのときに千紗から、封じ込めていた憧れを指摘されたこと。 それで沙季は、大学の進学も計画しつつ、星見プロのオーディションを受けることにした。面接時にはその辺りの計画書も……僕や牧野さんが見て、かなりしっかりしたものを持ってきたんだ。 まぁようするに、そういうふうに自分より他人のことを優先しがちな子な上、ある種の禁欲……抑圧生活が身についているから、こういうときも怒りをため込みやすいのよ。 それは冷静とか、我慢できるという意味じゃあない。ため込んでため込んで……忘れることもなくたぎらせ続け、きっかけがあれば爆発する不発弾みたいなものだ。 実際進路絡みの話、ご両親は沙季の進路を改めて確認する程度の……柔らかいものだったんだ。沙季のやりたいことなら、なんでも応援するっていう気構えでね。 ……だけど沙季、そこで爆発したらしい。だったら自分は今までなんのために頑張ってきたのかってさ。 その辺りも白石さん夫妻から軽く聞いていたので、牧野さんも沙季のメンタルケアについては注意を払っていた。 というか僕については、ふーちゃん辺りのヤバさを知っているので、特に注意した方がいいと……リアルトンベリになりかねないからと。 (ほんと、馬鹿なことをしてくれたもんだよ……! よりにもよって月ストの……沙季の前でアレとかさぁ……!) あそこで止めて、きつめに言っていなかったら、沙季がどう爆発していたか……予想できないし。 その程度には、沙季はキレていた……あの一発で、それだけの怒りをため込み、ふつふつと今もたぎらせているし。 “牧野さんと三枝さんにも、きっちり言い含めておかないとまずいですね” “だね。甘い対応は即沙季の怒りを爆発させるってさ” 白石沙季……実は星見プロで一番あぶない女。そりゃあそうだよ、ふーちゃんや深町本部長の同類だもの。 でもまぁ、同類だからこそ対処もできるわけで。 「……なので、きちんと事務所としての対応も取る。 ここでこの業界はなんだかんだと言ってなにもしなかったら、親御さん達だって不安が残るもの」 「それは……」 「渚、沙季、それでいいかな」 「いいよ。有耶無耶にしないっていうのならね」 「……その程度には“ヒドいこと”ですし」 「…………」 年長者である沙季に……そして親友である渚にそう言われたら、琴乃も引くしかない。 納得はしていないようだから、ちょっと……拗ね気味に顔を背けているけどね。 「でもでも、すずにゃんじゃないけど……ほんと意味分かんないよぉ」 「きっと(ぴー)だよ」 「あ、そっか! 芽衣も重たいときはちょっと……って、渚ちゃん!?」 「渚、いら立っているのは分かるけど、とんでもないことを言わないで……!」 「だから恭文君、月の二週目は琴乃ちゃんとエッチしちゃ駄目だよ? していいのは三週目に入ってから。OK?」 「「渚ぁ!」」 待て! おのれちょっと待て! それは琴乃のいろんな状態を把握しているということ……いや、分かった! そうだそうだ、こやつ……自分の専用アカウントでもやらかしかけていた! デビューに合わせて開設したこやつのTwitter、琴乃観察日記なんだよ! 琴乃の話しかしていないの! だからね、渚のTwitterで琴乃の一挙手一投足が丸バレなの! なんなら監視記録となにが違うか分からないレベルなの! アイドル相手にそれはヤバいでしょ! それで渚の趣味が日記を付けることって書いてあったから、牧野さんともども“まさか”ってツッコんだら……リアルもそうだったよ! どんだけ琴乃が好きなんだって話だよ! だから分かるんだ……自分も女の子だから分かるんだ。それで今渚は……僕は勘違いしていた。沙季もヤバいけど、琴乃絡みなら渚も十二分に、ヤバい……! 「二週目にどうしてもってときは……私が! 相手をするから!」 「「渚ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」 「琴乃ちゃんだってまだ学生で……だから、半分! 琴乃ちゃんの半分でいいから!」 「受け持たなくていいわよ! そこは私と恭文で話して解決するから!」 「いや、琴乃もなに認めているの?! 僕とおのれはそういう関係ですらないでしょうが!」 「「…………」」 さすがにどん引きなのでツッコむと……なぜかその瞬間、空気がひび割れるような……そんな音が響いて。 というかれ? あの、渚……琴乃も、なんだか視線が冷たいような。 「どういうことかな……琴乃ちゃんになんの不満があるのかな!」 「そこじゃないんだよ! おのれが! 琴乃の彼氏に! 琴乃が駄目なときは自分がエッチするって言っているのが問題なんだよ!」 「だって、だって……神崎さんのあれを思い出したら、腹が立って……!」 「そことこれを結びつけるなぁ! 大体……本気で渚とそうなるなら! そんな身体だけ目当てで受け入れないよ! ちゃんと渚の将来とか、お父さん達とも話し合って! その上でお嫁さんの一人として受け入れるから!」 「え……!」 「当たり前でしょうが! 渚に……琴乃の大事な友達に、そんな真似できないし」 「…………恭文君……!」 よーし! 渚はこれで落ち着いた! なのでもう話を戻してレッスンに。 「そう、だよね。そんなの……琴乃ちゃんにも、恭文君にも……舞宙さん達にも失礼だよね。 なのに、気軽に琴乃ちゃんの半分でいいからなんて……ごめん。私、卑怯だった」 「僕より琴乃に謝った方がいいって。とんでもない情報暴露しちゃったんだし……琴乃」 「………………」 「………………ナガセサン?」 「あ、これは本気でお怒りモードの琴乃ちゃんだ」 「渚ぁ!」 「……私が今、腹立たしいのは……恭文の方だから……」 「なんでだぁ!」 本当にどういうこと!? 琴乃の視線が更に厳しくなっているんだけど! どうして!? なんでこうなった!? 「琴乃、大丈夫ですの? あの、劣化コピーと言われたときより……こう……」 「“ときより”というか、全然違いますね。こっちの方がショックなんですか」 「恭文ちゃん……これは芽衣もよくないって思うなぁ」 「なにが!?」 「〜〜〜〜〜〜〜!」 ちょ、琴乃……どうしたのよ! 両手で僕をぽかぽか叩くな! 割と痛い! 力が入っているから……痛い痛い痛い! お願いだから落ち着いて! 「……恭文君、琴乃ちゃんと、ちゃんと向き合ってあげてね?」 「どういうこと!? というかおのれ、よくそんな保護者面できるよね! ほぼほぼおのれのせいでしょうが1」 「まぁまぁ……それより、今後の対応は」 「録音はしているから、言った通りにやるって」 「ですね」 「恭文、そこはやっぱり……どうにも……」 「叩きながら会話に加わってくるなぁ! というか手を止めて! 一旦止めて!」 そう言って、ようやく琴乃がぽかぽか解除……こ、こやつ相変わらず……! ≪だけど琴乃さん、よくもまぁ冷静でしたね≫ 「前なら動揺していたよ。でも……」 すると琴乃が、僕をマジマジとみてきて……。 「だから、恭文には説教するね」 「どうして!?」 「当たり前だよ! 今の話は忘れ……なくていいけど! でも深く追及しないで! 話し合うときがくるまで待っていて!」 「なんで僕がそこで琴乃と話し合うのよ! というかそれ言ったの渚ぁ!」 「……どうして、そんなことが言えるの…………」 「僕の発言なにかおかしいの!?」 「天動さんには妻を名乗らせておいて! 私は駄目ってどういうこと!?」 「あれは止めてきたって話したよね! 話したはずだよね!」 というか待って! 琴乃が情緒不安定なんだけど! 僕の発言って駄目なの!? 「恭文君、琴乃ちゃんを傷つけたら……分かっているよね」 「理不尽かぁ!」 「私にさっき、してくれた感じでいいんだよ?」 「どういうことだぁ!」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ……ちょっと、ショックだった。 でも、仕方ないのかな。恭文、そういう恋愛の空気を読みにくい方みたいだし……なにより……えぇ、なによりなのよ。 なにより! もう彼女がいるもの! それも複数! 悩みに悩んでのハーレム状態なのよ!? それじゃあって私を彼女にできるわけもないし! しかも渚がこれなのよ!? むしろそんな人間としては正しい反応で、安心しなきゃ! なので……もし問題があるとすれば。 「…………」 私はそれで諦めきれなかった。 あの日、初めてステージに立ったときに感じたこと。 今も、そうやって……私の繊細な部分に、自分は踏み込んじゃいけないって、気遣ってくれること。 今までいっぱい、助けてくれて、支えてくれて、手を取ってくれて……それが嬉しかったこと。 全部が、この気持ちに繋がっている。だから覚悟は……うん、できるよ。 私の全部を受け止めてくれた子だから、私も……全部、受け止めたい。 それは、絶対に嘘じゃないから。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「いえ、そうよね。私が……はっきりしていないから」 「あの、琴乃……だから一体なんの話を」 すると琴乃は……僕の頬を両手で取って、強引に振り向かせてきて。 「んぐ!?」 「――――好き」 続けて唇を震わせながら、そう告げてきた。 その痛いくらいに伝わる真剣さは、とても……覚えがあるもので。 「私は、恭文のことが好き。ハーレム覚悟で、お付き合いしたい」 「あの……琴乃……」 「恭文と……将来的に、そういうことをする場合も……ちゃんと、話し合いが必要……それだけのことだから!」 「――!」 「駄目なら、ちゃんと言って! いきなりこういうこと考える、いやらしい子が嫌なら……はっきり!」 「そんなことない! あの……ありがと。凄く……嬉しい――!」 「……………………!」 え、つまりその、あの……ああぁああぁあああぁ! ちゃんと、舞宙さんやふーちゃん達と話さないと! 「ただ、あの……僕、琴乃はアイドルのこともあるし、そういう目で見るのは、駄目かなと……自然に思っていて……! だから、琴乃とお付き合いするとかって、ちゃんと考えてなくて…………ごめん」 そう、琴乃の気持ちは伝わった。だから、だから……だから……! 「僕、今……琴乃とそういう感じになれない」 「恭文ちゃん……」 「琴乃のこと、そんなふうに見てもいなかったのに、嬉しいからって……ちゃんと考えもしないで受け入れたら、絶対……琴乃の夢も駄目にする。だから」 「ん……分かっているよ。だったら、今からでも考えてほしい」 「琴乃」 「お姉ちゃんね、好きな人がいたの」 あぁ……例の下りか。うん、春先に聞いたのはよく覚えている。該当者が一人しかいなかったしね。 「ま、麻奈さまに!? 誰ですの! 誰ですの! その不届き者はぁ!」 「すずちゃん、それについては……もう答えが出ているようなものですからね?」 「出ているのですか!?」 すず、なんというかおのれ……いや、いいんだ。僕も覚えがある。推しの恋愛については、こう……ね? 嫌とかではないのよ、決して。ただ、恋愛や結婚とかって、物語的には佳境でゴールって感じでしょ? 推しが描いていたストーリーが、そこでひと区切りついて……また新しい段階に進んでってさ。そういうことでちょっとした寂しさを覚えることはあるんだよ。 ……って、そんな場合じゃない! 「本当は、いろいろ考えたんだ。私がトップアイドルになってからとか……いろいろ。 ……でも、それで……初めて好きになった人に、好きって伝えることもできないまま終わるのは、絶対嫌だったから」 「琴乃……」 「だから、お試し期間。私のこと……女の子として見られるかどうかだけでも、確かめて……ほしい」 「………………」 「私はお姉ちゃんとは違う。今までの夢も、恭文のことも、両方大事にしたい。 そうじゃなかったら……それができるアイドルじゃなかったら、もう前に進む意味がないの」 …………琴乃は瞳に涙を浮かべていた。こぼれないように、必死に踏ん張って……。 「だって……」 「うん……」 「恭文がいなかったら私、変わりたいって、そう思えなかったから――!」 琴乃がここまで言うのに、どれだけ勇気を使っているかは……それが分からないほど馬鹿じゃない。 だから……そんな琴乃にドキドキして……視線と、両手を取っていた。 「……恭文?」 「……舞宙さんにも、ふーちゃんにも……ちゃんと話す」 もし、そんな琴乃を受け止めて、夢も応援して……なんて、未来があるなら……。 「でも、覚悟してよ!? これからは琴乃のこと、ちゃんと女の子として……見ていくんだから!」 「……うん……よろしく、お願いします……!」 「あの、こちらこそ……ほんとに、ありがと。それで……よろしく、お願いします――!」 ――こうして、月スト四人の前で巻き起こった告白を受け止めて……僕と琴乃は、もうちょっと……清い関係で、お互いを見て行くことになって。 「……芽衣、お腹いっぱいって感じだよー」 「私もよ。さっきのアレがすっかり吹き飛んじゃったし」 「まぁあの方のこともすっ飛ばせましたし……さぁ、気合いを入れてレッスンですわよー!」 「しっかりやっていこうね。さ、琴乃ちゃん!」 でも……そんな空気は、満面の笑みを浮かべた渚の一言で、一瞬で砕かれる。 というか、全員揃って『お前がそれを言うのか』とつい渚をガン見してしまった。 元はと言えば……ここまで脱線したのは! 渚が(ぴー)とか言い出してからなんだよね! 『………………』 「え、どうしたのかな」 「……その前に、渚には説教だから」 「あ、はい」 「よかった……自覚はしてくれていたんだね。 で、恭文の(ぴー)になりたかったの? 私、親友としてどん引きなんだけど」 「ち、違うの! それはあの、えっと……神崎さんが」 「……渚ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「ごめんなさーい!」 だけど、琴乃が……僕、なにしたっけ。フラグを立てるようなこと……ううん……! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――星見市内の病院に、俺とさくら、麻奈はいた。 「川咲さん……川咲さくらさんー」 「はい! ……じゃあ牧野さん、検査が終わったら、先生から呼ばれると思うので……ビリグロでもしていてまってください!」 「さすがに病院内ではできないって……。でも、気をつけてな」 「はい!」 呼びに来た看護師さんと一緒に、検査室へと向かうさくら。その姿を見送りつつ、一呼吸整える。 恭文君もまだ怪我が落ち着いていない中、月ストの付き添いを任せて申し訳ないが……ここだけは外せなかった。 ……さくらは心臓移植後、定期的かつ入念な献身が必須だ。しかも心臓という運動能力にも大きく関わる臓器だ。これはアイドル活動の継続可否にも繋がる。 そのため、さくらが星見プロに入った当初から、定期検診の際は必ず俺が付きそうことになっていた。 レッスンや普段の状態、活動で無理をさせていないかなど……俺自身先生方のアドバイスを求めているところもあるので、決して抜かせない大事な仕事だ。 だからまぁ、活気溢れる待合室の椅子に座り、一時間、二時間と待って……窓から差し込む日が、すっかりあかね色になるのも、慣れたもので。 「……改めてになるけどさ。こういう検査を定期的にって……さくらちゃんも大変だぁ」 「さくらの心配はいいけど……琴乃の方、いいのか?」 「いいよ。恭文くんがいるんだし」 「なかなかハチャメチャなことになっているようだが……!」 「琴乃のこと、女の子として見ていって、一緒にどうするか考えるーって清い関係でしょ? だったら逆に安心だってー」 「そこじゃないだろ! 渚と沙季だよ! 特に渚は……いや、もういい」 「うん……」 よし、気を取り直して……別のことを考えよう。じゃないともう、生きた心地がしない。 ……実は今回、麻奈はマンティコアタロスくん二号から出て、慣れ親しんだ幽霊モードで俺の脇にいる。 今頃マンティコアタロスくん二号は……星見プロの物干し竿に吊されている。きっと今頃いい感じに、ふかふかに乾いていることだろう。 それでまぁ、夏パワーによる霊の強化月間も落ち着いてきたので、久々に素の状態でのお出かけなんだよ。 それで気楽……じゃないか。なにせあのどったんばったん大騒ぎだからな……! 「駄目推しするようであれだが、多分……お前が挑発したの、根に持っていると思うぞ」 「だから、反省しているところ。でも、神崎莉央は理不尽に圧をかけるタイプじゃないんだけどなぁ」 「俺もそこは同感だ。恐らくはまぁ、“お前と同じ”なんだろうな」 「ん……」 ……実を言うと、麻奈は……ライバルとしてLizNoirを相当意識していた。特に神崎莉央さんはそうだ。 元々三枝さんに才能を見いだされ、活躍し始めたってところとか、ほぼ同期で年齢も近いってのがあってな。 決勝戦で当たるとき……昨日のインタビューでもあった挑発は、そんな彼女達と全力のライブがしたいという気持ちがあってのことだ。それはリズノワが解釈していたとおりだよ。 では、当の神崎さんはどうだったのか。恐らく……その内情は麻奈に近かったんだろう。 もっと言えば、それゆえに長瀬麻奈ガチ勢。そこまで言い切れるのにも理由がある……というか、彼女の発言がそれだ。 麻奈をずっと見ていた。だから琴乃が劣化コピーだと言い切れる。それはアイドルとしての麻奈が持つ魅力を、存在感を、ファンと言えるほどに突き詰めてみていればこそだ。でなければただの嫌味な先輩だよ。 もし俺達の予測通りだった場合、そういう気持ちを踏み荒らすことにもなるし、できれば今回のことも大事にはしたくないが……。 「牧野くん」 「お前が今考えているコースは、絶対に無理だ」 「……」 「俺は、琴乃のマネージャーでもあるからな」 「……そうだね」 そんな真似だけは絶対にできない。 たとえそうだったとしても、それは俺の個人的感情……そして彼女の個人的感傷に過ぎない。彼女は麻奈を物差しに、姉を亡くした被害者でもある琴乃に暴言を叩きつけただけの……無礼な人間だ。 残念だけど、そんな人間に対しては毅然としなきゃいけない。俺達は改めて、長瀬の親御さんから信頼を受けて、琴乃を預かっているんだ。それは裏切らない。 もちろん今検査中のさくらも、他のみんなも同じだ。恭文君だって同じだ。彼ら自身に非があるなら反省も必要だが、そうでない部分まで我慢させる必要はない。先輩だから、大手事務所だからで黙っている理由はない。 ……だから、恭文君が言ったようにきっちり抗議する。俺自身のつまらないこだわりより優先するべきものが、そこにあるからな。 「もう牧野くんは、琴乃のマネージャーだ」 「……なんか、棘がないか?」 「別に?」 だったらそっぽを向くなよ……。そういうところが堕落したって言われる所以だぞ? 絶対生前より子供っぽくなっているし。 「――――あの、川咲さんの、保護者の方でしょうか」 すると右側から、恐る恐る……三十代くらいの女性看護師さんがやってきた。なので立ち上がって。 「診察室三番へどうぞ」 「ありがとうございます」 看護師さんにお礼を言ってから、言われた通り診察室の前に……何度か来たから、ここは大丈夫だ。 で……。 「麻奈」 「はいはい……プライベートなことだから、でしょ? ぼーっと待っているから、早めにね」 「ありがとな」 麻奈には少し申し訳なくなりながら、診察室に入る。 ……五十代前後の先生は、穏やかな物腰でカルテを何枚も見て、優しくこう告げてくれる。 「今のところは……心配がないと言えば嘘になりますが、問題ありません」 「そうですか……」 「牧野さんにはご説明しましたが、移植してからしばらく経って、段階を踏んで今の運動量ですからね。 ……ただ、アイドルとなればレッスンのみならず、長時間の撮影なども……ありますよね」 「今のさくらについては大丈夫です。法律の問題で未成年の仕事時間は制限もついていますし、体調に絡んだ仕事量の調整も……先生のご指示があるおかげで、なんとか」 「例の……同じユニットの方が、相当練習好きというか、密度が高いといいうお話も聞きましたが」 「彼女にもユニット結成当初に説明して、さくらだけじゃなくてみんなにはそういうオーバーワークをさせないようにと徹底しています。 ……お父さんがお医者さんなのもあって、その辺りは本当に、すぐ納得してくれて」 「それはまた……」 そう……実は怜のことも先生には話している。 怜がさくらの状態を受け入れてくれるかどうか、不安だったこともあるんだが……それは杞憂だった。怜のお父さんは今言った通り、お医者さんだからな。 ただ人づてな上、それでも怜は医療関係では素人。先生達によるレッスンもどんどん難易度が上がっているし、ダンスに置いては一番の経験者として、ストッパーになるべきと……いろいろ考えてくれているんだよ。 それについては、千紗も、雫も、遙子さんも同じ。あまり縛るようなことをしても逆効果だから、ほどよく、俺達と連携しつつって感じだな。 「アイドルになると聞いたときは驚きましたが……気持ちのいい人達が周りにいてくれて、なによりですよ」 先生は笑顔を浮かべ、カルテ……いや、置いてある端末のデータに、今の話も書き込んでいく。 最近は印刷物を見てどうこうするだけじゃなくて、病院内のサーバーで管理もしているようだ。どこも進化するものなんだなぁ。 「さくらの人柄があればこそだと思います。……あの、先生」 「はい」 「さくらの心臓……そのドナーが誰かというのは、さくらやその親族にも知らせていないんですよね」 そう聞いてみると、先生の……キーボードを打つ手が止まる。一瞬だけ。 「それは大原則ですから、当然のように。 ですが、なぜいきなり」 「うちのサポートに回っている蒼凪恭文君も、軽く話したと思うんですが……以前所属して、事故死した長瀬麻奈というアイドルの妹も、さくらと同期で所属しています。 麻奈の心臓も誰かへ移植されたんですが、最近その妹……長瀬琴乃が、受け取った方に手紙を書けないかと」 「手紙、ですか」 「さくらが心臓移植を受けたことは、オーディションの段階から彼女も聞いています。 そのせいか、姉の心臓が誰かに移植された……その事実の受け止め方が、また変化したようなんです」 「……」 「その様子を見ていたら……さくらのことも含めて、対応を考えておきたいなと思いまして。それで先生にご相談を」 「そうでしたか……」 そう……これが、麻奈を中に入れられなかった本当の理由。 同時に、琴乃が少しずつ……ただ麻奈の代わりにと走り続ける自分から、変わり始めていた証拠。 琴乃はこれまでと違う形で、麻奈の死を受け止め……自分がアイドルとして走り続ける意味を、見つめ直しているんだ。 この辺りについては、坪井夫妻とのあれこれも大きかった。あれは琴乃の半端さが……自分と同じだという同情心が、二人を犯罪者にしかけた事件だったからな。 「でしたら臓器移植ネットワーク……JOTに相談されるとよいと思います」 「JOT……」 手帳を取り出し、先生の話をメモしていく……。 「年齢や住んでいる地域、イニシャル、移植が行われた日……もちろん麻奈さんが亡くなられた日などもNGですが、そこを守れば手紙を送ることは可能なはずです」 「その上でなら、直筆でも構わないんですか」 「問題がある情報は、そちらで添削する場合もありますが。 あとは金銭や物品などを同梱しないこと。お守りなどの、見返りとして見られないようなものも禁止です」 「……金銭などは、臓器移植の見返りという意味で分かるんですが……お守りもですか?」 「宗派が違う場合もあるので」 「あぁ……!」 そうかそうかそうかそうか……それで神社のお守りを送ったら、実は受け取り手がクリスチャンって場合もあるのか! 日本は全体的に言えば無宗派というか、その辺りが自由だからな! 言われなきゃ見落としがちな穴だろ、これ! 「なら、アイドルどうこうも引っかかりはない……で、大丈夫でしょうか」 「えぇ。そちらもやはり、伏せるべき個人情報ですから。 ……あ、ただ……活動の中で移植に触れる際は、やはり慎重にお願いします」 「そこで俺達が移植された日や内容に触れても、同じことだから……ですよね」 「そうです」 「……ありがとうございます」 やっぱり餅屋を頼る勇気は必要だったと、先生にしっかりとお辞儀。 「その点も含めて、当人達や社長とまた調整してみます」 「是非そうしてあげてください。 しかし……本当に不思議なこともあるものですな」 「……」 その言葉がどこかで引っかかりながらも、先生にはお礼を言って、診察室から出る。 すると待ちわびたという様子で、さくらが立ち上がって……麻奈もそれに続いた。 「牧野さん! あの」 「今の調子なら大丈夫だってさ」 「よかったぁ……」 「ただ、先生はやっぱり長時間の撮影もあるんじゃないかって気にしていた。 こちらも気を入れ直して、調整はより力を入れてやっていくから……さくらもそのつもりで頼む」 「うぅ……お仕事楽しいんだけどなぁ」 「楽しさにかまけて、今の調子を崩したら駄目ってことだよ。焦らずいこう」 「……はい」 さくらも納得してくれたので、二人で……もとい、三人で夕焼けに染まる廊下を歩き、ロビーへと戻っていく。 「よし。今日は本戦出場のお祝いだ。ぱーっといこう」 「ぱーっと……とんかつですね! なら池袋に行くしかありません! 『君に、揚げた。』ですよ!」 「……今回は、寮でできることを中心にしようか」 「えー!」 「それは、後……後でな! お祝いはどんどんグレードアップしていくぞ! 俺の財布を信じてくれ!」 「牧野さん……!」 「さくらちゃん、ほんととんかつ好きなんだねぇ……」 ……そう……実はさくら、超が付くほどのとんかつ大好き人間だった。 どこの店が美味しいとか、お勧めとか、豚はどこ産がいいとか、恭文君と語りまくっていたんだよ。 「じゃああれです! 来年になってからでいいので、お肉屋さんが『君に、焼いて揚げた。』に行きたいです!」 「現代風ネーミングの亜種!?」 「……さくらちゃん、それはどういうお店なのかなぁ」 「あ、『君に、揚げる。』の系列店で……なんと焼き肉も食べられるんですよ! 東武東上線の朝霞で開店準備中らしくて……ヒカリちゃんとも、開店したら行きたいなーって!」 麻奈、お前普通にさくらと……会話できたなぁ! 夏の影響もあって見えるようになったんだったな! 秋だからもう収まったかと油断していたよ! 「……だから、一緒に行きましょうね? 恭文さんもみんなと約束していたから……一緒に」 「さくら……」 「……そうだね。必ず行こう」 だが、さくらは自分の欲だけでそんな話をしていなかった。 ヒカリと……恭文君との約束だから、守らなきゃいけないと。その笑顔に俺も、麻奈も、頷くしかなかった。 「でも焼き肉にとんかつかー。牧野くんのお財布で耐えられるかなー?」 「なんとかなるさ。 というか、それよりもその二つをどうやって食べ合わせるかが……全く想像できない……!」 「それは同感かも!」 「だから未知数なんです! 楽しみだなー!」 ……世界どころか周囲のことすらなかなか思い通りとはいかないが、でも……あぁ、それでいいんだよな。 それでも俺達は、未来を見て、前を向いていられる。それが俺達の道しるべなんだ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 移動中の社内……車の運転席で、ある方と連絡を取る。 今日は星名専務じゃない。彼も大事なクライアントだけど、もっともっと大事な人もいる。 「――はい。その辺りは彼女が会見で言っていた通りです。 どうも恋愛に免疫がなかったゆえに、ぶっ飛んだ解釈をしてしまっただけのようで」 用件は、天動瑠依が……まぁその、実に馬鹿なことを言った件だった。 これで彼女の商品価値が落ちるなどを心配したわけだけど、その必要は全くなかった。 「その辺りはジンウェン当人も、自身の配信できっちりと言っています。 ……少なくともそれ、自分が知っている恋愛ではないと……えぇ……!」 『……脅しには使えなさそうだなぁ』 「残念ながら」 というか、あきれ果てるしかなかった……! お風呂に女の子だと思って誘ったら、すぐ当人から親告があった。なのに誘ったのは事実だから責任を取れって、どういう詐欺なのかしら。新手の美人局としか思えない。 あの会見……嬉々として出会いを語る天動瑠依の姿と反比例して、期待感を撃ち砕かれ、ツッコみづらくなった記者達の姿が印象的すぎて……いえ、むしろ哀れだわ。 しかも当のジンウェンもさすがにツッコんでいるようだし……これで揚げ足とって大笑いしたら、赤っ恥をかくのはこちらよ。 「ただ、むしろ喜ぶべき事案なのは確かです」 なのでまぁ、考え方は変えようと……大事なクライアントには提案しておく。 「彼女がそうやって暴走しがちな子どもなら、我々大人がきっちり制御しなければ」 『確かにね。で……姫野くん、今日の予定は大丈夫かな』 「えぇ。いつも通りのコースで、お部屋に伺います。……だだ」 『あの件なら大丈夫。ちゃーんと手は打っているから。 ……すぐに話は広まるし、星見プロなんて邪魔者はさようならだよ』 「助かります」 『いいっていいって。じゃ、楽しみにしているからね?』 「……私もです」 そうして秘かに愛を忍ばせ、通話を切り……ふぅっと息を吐く。 「星見プロ……長瀬麻奈が消えた後だし、必要ないとは思うけど」 ダッシュボードに入れた資料……それをめくり、ある少女を見やる。 「でも、念には念を入れないとね」 ――川咲さくら―― 「ごめんなさいね? でも、これくらいできなければ、この業界では生きていけないのよ」 彼女には一つネックがある。 スキャンダルというのとは違うけど、ゴシップという火種を燃え上がらせるだけのものが。 彼女は耐えられるかしら。自分の歌声が、伝説のアイドルから受け継いだ遺産……なんてプレッシャーに。 いいえ、耐えないでもらった方がいい。その方が私の“栄転”にも箔が付くし……星見プロへの意趣返しもできる。いいことづくめなのだから。 (その15へ続く) あとがき 恭文「というわけで、NEXT VENUSグランプリ本戦開始。季節は十月から十一月、一気に年末と駆け抜けていくわけだけど……莉央がやらかした」 フェイト「ヤスフミもやらかしているよね! いいの!? これいいの!?」 恭文「大丈夫だ、問題ない」 フェイト「ヤスフミ−!」 (蒼い古き鉄、いつも通り全開です) フェイト「そ、それであの、えっと……今日のアイプラキャラ紹介は」 kana「……蒼凪ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! アンタ、一体どういうことよ! Kanaの悪評を平然と流すんじゃないわよ! 仮にもマネージャー……じゃないけど! でも関係者でしょうが!」 フェイト「あ、kanaちゃんだ。うん、今日も元気にメスガキキャラだね」 kana「黙れ天然! あとkanaはそんなキャラじゃない!」 恭文「というわけで、いつぞやのfranに続き……日々人々のヘイトを稼ぐことが得意なkanaです」 Kana「黙れ馬鹿! 大体kanaはアンタと違って体裁を整えられるのよ! アンタと違ってね!」 恭文「業界の人には丸バレだけど」 Kana「は……これだからエターナルエセショタは。それすらちゃんとごまかしているに決まって」 恭文「分かる人には分かるから」 kana「え」 恭文「おのれら、まさかアイプラ東京編後に村八分状態だったの、プレタポルテがやらかしただけだと思っていたの? んなわけないない」 kana「え……」 恭文「全部、バレているんだよ。だから“おのれらもどうせ共謀している”って感じで、手を引きまくっていたの。巻き込まれたくないから」 牧野(ひょっこり)「……事実、です。実際実力は認めていても、今ひとつという顔をされる方が多くて……」 kana「えぇ……!?」 (というわけで、今回はIIIXの中で一番裏表が激しいkanaです) 恭文「じゃあカナタロスについて紹介。 身長166センチ、体重44キロ。 スリーサイズは78・55・83。4月10日生まれの20歳。 趣味はSNSとパーティー」 フェイト「あ、陽キャってやつだよね。うん、勉強した」 kana「アンタの奥さん、逐一発言が怖いんだけど大丈夫!?」 恭文「元々は大人気モデル出身で、SNSのフォロワーは二百万人以上。 アイドル……というか見せる側の人間としては抜群の才能があるんだけど、いかんせん性格が見ての通りで」 Kana「アンタにだけは言われたくないんだけど!」 恭文「……と思わせて、実はIIIXのヘイトを一身に背負おうと自らメスガキキャラを演じているという、思いやりに溢れる優しい子なんだよ」 kana「その気持ち悪い善良キャラ設定を付け足すなぁ! いっそ性格最悪って言われた方がすがすがしいんだけど!?」 フェイト「そうだったんだよね。うん……私、それを聞いて、kanaちゃんも応援しなきゃって思って」 kana「勘違いで応援するなぁ! ちゃんとkanaの魅力にノックダウンされてから出直しなさい! というか……なんでそんな設定足したの!」 恭文「ほら、そうすればカナタロスを誤解していたんだなーって見直してくれるだろうから。まさしくファインプレー」 kana「とんだ凡打に決まっているじゃない! もうやだこいつー! Kanaも確かに性格いいとは言えないけど、そのkanaや山田さんと武田さん以上に最悪だし! しかもまたタロスってつけてぇ!」 (なお、山田さんがfranで、武田さんがmihoです) 恭文「まぁまぁ……CVが田中あいみさんなんだし、落ち着いて」 kana「どういう屁理屈よ!」 フェイト「それでえっと、どうしてkanaちゃんはメスガキキャラアイドルになったのかな」 kana「アイドルから前の肩書きを全てぶっとばしなさい! というか、アンタ達に答える義理立てなんてないし」 フェイト「うん、分かっているよ。kanaちゃんは生き別れたお父さんに見つけてほしくて、アイドルをやっているんだよね」 kana「…………この下り丸々いらなかったでしょうが!」 フェイト「それで、SNSでフォロワーを増やそうと頑張っているのも、人気アイドルになるのも、お父さんが見つけやすくするためなんだよね」 Kana「kanaの個人情報ダダ漏れじゃない! ちょっとアンタ、どういうことよ!」 恭文「あのね、カナタロス……フェイトはこれでも、腕利き執務官とか言われていたんだよ? この手の人情話への対処なら、僕なんかよりずっと上手なんだから。人情話への対処だけならね」 Kana「えぇ……引くんだけど。アンタがなにもしなくても見抜かれているとか……kanaのプライバシーガードこそガバガバじゃない」 フェイト「だから、私も手伝うね。うん、これからIIIXのみんなは、私が専属マネージャーってことになるから。四人で頑張ろうね」 kana「え」 (閃光の女神、笑顔でガッツポーズ) kana「ちょっと……アンタ……!」 恭文「人手が足りなくてねー」 kana「コイツ、ドジでウォーターサーバーぶち壊していたんだけど。ペダル踏み砕いて水が噴水みたいに噴き出すとか、kana見たことがないんだけど」 恭文「おのれ、毒をもって毒を制するって言葉を知らないの?」 kana「いや、だからアンタが」 恭文「それでも全然だから、更に猛毒を追加することにしたの」 kana「……お願いだからコイツだけはやめてぇ! 絶対とんでもないことになるからぁ!」 フェイト「あ、えっと……これはアレだね。ヤスフミから聞いているよ。即オチ二コマ」 kana「黙れこのど天然がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 (こうして、閃光の女神マネージメントによる新生スリクスは動き出したのだった。 本日のED:TRINITYAiLE『réaliser』) 瑠依「……恭文さん、ハウリングガンダムをよく見せてほしいんです」 恭文「いきなりどうした!?」 瑠依「シェンロンガンダムベースで、モビルファイター系に寄せていますよね。 私も似た感じで改造をしたくて……できれば兄弟機的に」 恭文「それはまぁ、嬉しいけど……え、おのれGガン履修したっけ」 瑠依「しました。なので今度の関ヶ原ガンプラバトルでは、一緒に撃ちましょう……石破ラブラブ天驚拳を。名乗り付きで」 恭文「おのれなに考えているの!?」 琴乃「先を、越された……」(ガンダムエアリアルを持って崩れ落ちる) 恭文「おのれもかい!」 琴乃「だって、告白しちゃったし……告白と言えばアレなんでしょ!? ガンダムでは!」 恭文「それ以外にもいろいろあるんだよ!?」 フェイト「まぁまぁ……でも瑠依ちゃん、兄弟機ってことは、翼ない感じ?」 瑠依「それもアイディアを纏めているんです。 格闘もできる汎用可変機体で……そう、こういう感じに」(R-1のプラモを出す) フェイト「やっぱりそこは拘るんだー」 瑠依「というわけで恭文さん、ハウリングガンダムを見せてもらった後は、特訓をお願いします。格闘戦……それも徒手空拳をきっちり覚えたいので」(ガッツポーズ) 琴乃「……なら恭文、私はゴッドフィンガーからでいいよ」 恭文「おのれら、そろってちょっとギアナ高地で修行しなよ。二人一緒なら寂しくないでしょ」 (おしまい) [*前へ][次へ#] [戻る] |