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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2008年・風都その10 『Vの蒼穹/才脳人応援歌』


魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2008年・風都その10 『Vの蒼穹/才脳人応援歌』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


風都に渡って四日目の夜――。


乞食清光に刻まれた、濃密な記憶を見ていく。まずはそこから。

ウェイバーは教えてくれた。投影が使いにくく武器にしにくい魔術なのは、人間のイメージ力があやふやなせいだと。

普通の投影は外見とか、形状とか、その役割とかくらいで、鋼鉄の剣でもガラス細工同然。それなら頑張って本物を用意した方がいいというレベルのものだった。


だけど……僕はウィザードメモリのおかげで、物質にも共感力を発揮できる。沖田総司の、乞食清光の物語に触れていくことができる。

幕末の京都……ドラマやるろうに剣心でも見たことはあるけど、やっぱり実際はもっと違う。それに……斬り合いに望むときの割り切り。

自分の心を鋭い刃のように研ぎ澄まし、斬れと言われれば斬る……ただそれだけを果たす冷徹な有り様。


だけど、それが奇麗だった。

人殺しが楽しいわけじゃない。ただ冷徹に命を賭け、役割を果たす。

それで……あぁそうだ。病に冒されても戦おうとしたその根底にあるものは、たった一つ。


みんなと……仲間と一緒に戦い抜きたい。ただ最後まで、一緒に……この仲間達と、誠の一文字とともにある。

だから……あぁそうだ。それができなかった。その後悔の念も刻まれている。この刀はずっと、側でそれを見続けたから。

剣術だけじゃない。御影先生がやったような、柔術や合気術……いろんな技も詰め込まれている。沖田総司の身体が、魂が、刻まれた行動がそれを教えてくれる。


もっとだ……一つ一つ、物語を丁寧に見据える。

一つ一つの言葉に、視線に、感情に、交わされた全てに自分を重ねる。

もちろんそこは、この刀が生まれたその瞬間……刀鍛冶が込めた願いも含まれる。


必要なのは、オリジナルへの徹底した観察と分析。

想像された理念を鑑定し……。

基本となる骨子を想定し……。

構成された材質を複製し……。

制作に及ぶ技術を模倣……。

成長に至る経験に共感……。

蓄積された年月を再現する……。


理念、骨子、材質、技術……これらはウィザードメモリの共感のおかげで、大分理解できた。さすがに全てじゃないから、知識が必要だ……更に新撰組の、刀作りの知識が必要だ。

それで今は、経験への共感……その積み重ねをしているところ。一つずつ……心の動き、気迫……そういうものを自分の経験として取り込んでいく。


……僕の色は変えられない。

僕の系統も変わらない。

きっと沖田総司もそうだった。新撰組の誰もがそうだった。


だけど……それでも僕は……………………そう思っていた時期が僕にもありました。


「やすっちー♪」

「恭文君、お作法を教えてあげる時間だよ」

「ふにゃあー!」


現在……夜の修行を終えて、汗を流そうとしたら……いろいろ考えながら眠ろうとしたら、アリアさんとロッテさんに襲撃を受けて、サンドイッチみたいにぎゅーっとされて……!

後ろと前でふかふかな感触が頭を包んで……く、苦しい。幸せだけど、苦しい…………! それも、お風呂だから……こう、いろいろ触れちゃって−!


「あ、あの……僕、もう一人で大丈夫なので」

「大丈夫なわけないじゃんー。お薬ないと眠れないし」

「それはいつものことなのでー」

「アルトアイゼンから聞いたよ? 目が覚めて吐くときもあるって」

「アルトアイゼン−!」


今はお風呂だから側にいないけど、ちくしょー! どうして余計なことをー!


「というか、私達の胸にいっぱい甘えちゃったのとか……駄目なことだとか思ってる?」

「ぅ…………」

「まぁ、いろいろ見ちゃったから……悟っちゃったのも分かるけどね」


するとリーゼさん達が、僕を挟みながら頭もなでなで……それが心地よくて、自然と耳と尻尾をぴょこんと出してしまって。


「でも、私達は……恭文君に甘えてもらうの、嫌じゃないよ?」

「そうそう。お母さんみたいに求めてくれるのも嬉しいし……やすっちがもうちょっと大人なら、赤ちゃんできるようなことしてもいいし」

「そ、それはさすがに!」

「じゃあ、アタシ達に甘えるの、嫌かな?」


そう真っ直ぐに問われて、二人が僕の目をマジマジと見てくる。それで…………首を振るしかなくて。


「嫌じゃ、ないです。リーゼさん達に甘えるのも、お作法を教えてもらうのも……好きです」

「ん……」

「でも、やっぱり……大事なことなんだなって、思って……それで……」

「そう、大事なことだよ。……だから、恭文君が駄目なら……最初に甘えられたときに叱っているよ」

「アリアさん……」

「アタシも同じだよ? だからほら、遠慮しないで」


二人がすっと離れる。それで、笑顔で僕にそのままを……奇麗な体を、瞳を見せてくれて……。

本当は我慢しなきゃいけない。でも……それができなくて自然と、二人のことをぎゅっとして……右手をロッテさんの左胸に、左手をアリアさんの右胸に当てる。


「ん……いい子だね」

「じゃあ、改めて……アタシ達にいっぱい甘えてね? アタシ達もまたお作法……もっと凄いの教えちゃうし」

「お、お願いします……!」

「……ロッテ? 加減はするようにね。やっぱりまだ子どもなんだし」

「大奥ならやすっちくらいの年から本番OKだったそうだよ?」

「いや、どこの知識!?」


……一緒に汗を流して、二人に甘えながら、包まれながら、いっぱいいっぱい受け止めてもらう幸せを堪能して。

きっと、子どもだから……今のうちだけ……分かっているけど、でも……もし大人になっても、二人とこんなふうに一緒だったらって……ちょっとだけ、考えちゃって。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


恭文君は私とロッテにいっぱい甘えてくれて……私達も二人がかりでお作法を教えて……いけないこと、しているなぁ。

でも嬉しいんだから仕方ない。それで今日は恭文君を両側からぎゅっとして添い寝。恭文君が安心して眠れるように、胸はそのままで……眠りに就きながら、甘えてくれる感触が嬉しくなりながら、私達も頬をすり合わせる。


“……ねぇアリア……”

“ん……?”

“やっぱりこの子、いいよね”

“そうだね。さっきもまた凄かったし……きっと将来は女たらしだ”

“だったら最後の最後まで、アタシが教えたいなぁ”

“それは私……というか、最初にお作法を教えたのは私だし”

“それもずるいじゃん! ここは姉妹で仲良く半分こ!”

“半分じゃないでしょ……”


まぁ、私達には父様っていうご主人様はいるけど……別に父様とは、体を求め合うような関係じゃないしね。父様はその辺り、びしーっとした人だから。

だから私達は私達でまた自由にって感じだったんだけど、やっぱりこういう身分だし、そこまで深くは……だったんだけどなぁ。


……ちょっとだけ……いろんなことを考えちゃう程度には、この子に絆されていて。というか、もっともっと力になりたいというか。


“でも、支えたいって気持ちはあるよね”

“ん……きっと、これから一杯悩むことが増えるもの。それこそ本当に好きな子ができたら……って、それは今更か”

“お姉さんにべた惚れだもんね。……だから余計に、努力だけじゃ変えられないものに……躓いて、悩んで……父様にまたお話しないとだね”

“お作法も教えちゃったしねー。……あとは”

“鳴海荘吉だね。そっちはウェイバー君が増援もつれてきて、対処している頃だけど”

“これ以上アイツがいると、悪影響極まりないしなぁ……”


そう……鳴海荘吉については、相当強情な上に面倒しか起こさないので、てこ入れを……って、この言い方も違うか。


“ただ、その点は私達もちょっと勘違いがヒドかった”

“……まぁね”

“そっちはPSAのみんなも手を打ってくれているし、上手くいくことを祈ろうか”

“ん”


もう恭文君は、鳴海荘吉に戦力として戦うことは望んでいない。いや、望んではいけないのだと気づいた。

それは私達もすっ飛ばしていたことだった。それを突きつけるため、ウェイバー君も今頑張っているところだと思う。


……その辺りを恭文君に悟られないためにも……そして私達の幸せのためにも、この穏やかな夜をゆっくり楽しみたいと思う。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


俺は……俺は厳しい言い方をしているかもしれない。

だが、それでも坊主が……家族のために、我慢を飲み込める男だと見込んでのことだ。そこに嘘はない。

あんな殺人を肯定する覚悟なんて間違っている。子どもは子どもらしくいればいい。


ただそれを説いただけだ。それを認める奴らに、その愚かさを説いただけだ。

たったそれだけ。人の道を……変わらない正しさを説いただけ。一人の男として譲れないものを、その強さを示し、坊主にもう一度他人のためにする我慢を……その勇気を思い出させようとした。


――――それだけのことで俺は、すべてを失おうとしていた。


「…………こんなものかね」


夜闇の中、走り込んだ拳……そこから続く乱打。その全てが悉く、神父服に身を包む男の手刀で弾かれる。そんな馬鹿なと思いながら右回し蹴り……頭を狙ったそれは、たやすく膝をはたかれることで止められる。

よろめきながらも着地し、左拳を振りかぶり。


「遅い」


次の瞬間懐に入り込まれ、打ち込まれた右拳……それが俺の胸元を文字通りに砕く。


「がぁあ…………」


その衝撃で派手に地面を転がる。

それでも……それでも立ち上がろうとするが……くそ、生身同士……大した差は、ないはずだぞ……。


「変身したまえ、鳴海荘吉。素手で私に勝てるわけがない」

「そいつの言う通りだ。なにせ聖堂教会の代行者……その中でも腕利きの神父だからな」


――坊主に脅され、街と娘を盾に取られ、俺は折れるしかなかった。

だがそれも一時のこと……俺が男を示す機会はある。それさえ掴めればと思っていたら……突然俺の身柄は、ウェイバー・ベルベットに引き取られた。

そうして街外れに連れて行かれたかと思うと、突然やってきた男と戦えと言ってきた。それも変身した上で……当然断った。それは俺の主義じゃないと。


だったら好きにしろと……それでコイツに勝てるなら、娘も返すと言われて……そうだ、負けられない。

立ち上がり……口から漏れた血を拭い、拳を握る…………そうして駆け出し……。


「ふん……!」


顔面にはフェイント。すぐさま足払いを……だがその前に俺の顔面が蹴り抜かれ、後頭部を吹き飛びながら打ち付ける。


「あ……あぁあぁあ……!」

「変身をしたまえ。これでも神に仕える身……赤子の腕をそう幾度も捻りたくはない」

「言った、はずだ……男の喧嘩に、あんな道具は」


――体を起こしたその瞬間、頬が何かをかすめる。そして背後には爆発音。

振り返ると……俺の十数メートル後ろで、巨大な穴が空いていた。


「最終警告だ。変身をしたまえ……鳴海荘吉」


それでもう一度奴を見ると、その手には十字架のような剣が……それが消えたかと思うと、今度は左側で破砕音。

……………………そこで一つの影を見つける。


目を閉じ、うなだれた様子で……頭だけが飛び出した影。それ以外が全て地面に埋まっているような、その姿にようやく気づく。


「翔太郎……!」


奴が放った剣……その穴は、翔太郎のすぐそこで……粉じんは翔太郎の顔にもかかっていた。


「安心したまえ。よく眠らせているだけだ」


そして奴はこれを当然だと……実に当たり前のことだと語る……。


「そしてこれ以上のことをするつもりはない。
ただの喧嘩……やせ我慢の勝負という甘えを捨て去るのならな」

「……この人でなしどもが……」

「同情しよう、鳴海荘吉」

「なんだと」

「ここまで風都の状況を悪化させたのは、その甘さだ。
メモリを使うのも、戦うのも、いつだってそれは最悪の事態になってから。まさしく非情になり切れない生卵……」


どこまでも人を見下すのが、異能力者の特徴ということか。それはよく分かった。


「人を殺す程度の覚悟にいちいち深呼吸をする素人には、正義のヒーローなど荷が重たいだろう。今ここで下ろしたまえ」

「御託はいい」


ならば……俺も覚悟を決めて、ドライバーとメモリを取りだし。


「そんなに見たいなら見せてやる」

≪Scull≫

「変し」

「……ふん」


その瞬間だった……胃を潰さんばかりの拳が打ち込まれ、血反吐を吹き出してしまう。


「が……あぁああぁあ…………」


なんだ、今のは……いつ踏み込んだ。一体いつ……動きが、全く……。


「あぁ、すまない。余りに隙だらけだったので……」


そのまま拳が振り抜かれると、俺はまた情けなく地面に倒れて……。


「おい!」

「今のは悪かった。さぁ、変身とやらをしてもらおうか」


舐めてくれる……なんとか、起き上がり……ドライバーにメモリを差し込み、展開。


「へん……しん……!」

≪Scull≫


左手でソフト帽だけは外し、変身完了してからかぶり直す……これだけは譲れない。


「ほう、それが怪物の姿か」

「……俺からも警告しておく。こうなっては、俺自身も加減ができない。変身できないなら下がれ」

「それはそれは……ご厚意痛み入る。
では私の膝を一度でも突くことができたら、こちらの負けということにしよう」

「できないことは言うものじゃない。幾らお前が拳法の使い手だろうと……骸骨は殺せない」

「面白いことを言う。その調子で六歳の子どもに殺されかかる程度には……貴様は甘く弱かったはずだが」


…………どうやら問答は通用しないらしい。それならばと拳を握り……。


「お前達の手品に意味はない」


そのまま走り……死なない程度の加減をした上で、奴に向かって右拳を叩き込む。


「男の意地に比べたら、軽いものだ……」


俺の思い……男の決意を込めた拳。それに対して奴は生身で、盾にした拳を打ち込む。

駄目だ。そんな真似をしては体が壊れる。死ぬつもりか。これではもう止まらない…………その瞬間、衝撃が弾ける。

そうして俺の拳がはじけ飛んだ。強化された肉体、骨格……それが火花を走らせながら横に弾けて……ダメージを与えられた。


ただの、生身の拳なのにだ……!


「な…………!」

「本当に軽いなぁ……鳴海荘吉」


奴が懐へ踏み込み、また拳を振りかぶり……そして防御する暇もなく、胸元に拳を狂う。そうして十数メートルまた吹き飛び……胸部が砕かれる音を聞きながら、地面に倒れる。


「が……あぁあぁあぁあ…………!?」

「貴様の拳は軽い。
殺したくない……。
傷つけたくない……。
傷つきたくない……。
そんな悲鳴ばかりが聞こえる脆弱な拳だ。貴様は痛みと感情を捨て去るメモリで、その弱さをごまかしているにすぎない」

「なにを……し……たぁ…………」

「蒼凪恭文と同じだ。純粋なる力を……暴力を打ち込んだ……ただそれだけのこと」


それでもなんとか、立ち上がり……歩み寄る神父を睨み付ける。だがそれでも、奴の歩みは止まらない。俺の決意を……俺の怒りを、そよ風のように流していく。


「戦うなら必ず殺す……。
殺すと定めることを躊躇わない……。
殺すと定めたのであれば、殺されることを厭わない……」


覚悟の話というのか。だが、それなら俺も覚悟はあった。ならば勝つのは俺のはずだ。俺はこの街を守る……その覚悟が拳に乗り、道を開く。今までだってそうしてきて。


「だがその覚悟が道を開くなどという妄想に囚われない……。
そんな、実に当たり前のことを通しているだけのこと」

「なに……」


だが奴は、その覚悟を妄想だと……そんなことに意味はないと告げる。


「なぜ驚く。繰り返すが実に当たり前のことだ。
覚悟など相手もしている。ならば勝敗を決めるのは気持ちなどではない……純然たる力、戦術、そして運だ」

「……神父が言うことではない」

「ただの神父ではないからな。……自己紹介が遅れた。私は言峰綺礼」


奴は神父服の襟を正し、誇るように笑う。自分が絶対的強者だと……。


「聖堂教会所属の代行者……あぁ、説明が必要だったな。
代行者というのは、魔術師や貴様……ミュージアムのように“異能”を使い、悪さをする者達に鉄槌を下す仕事だ」

「あいにく俺は、そんな変な力を持っている覚えはない」

「そこにあるじゃないか。その媒体に内包された記憶……貴様と一体化している骸骨の記憶が」

「なるほど……」


その説明だけで十分だった。


「お前が、この街を丸ごと殺し尽くしてでも、奴らを止めようとする組織の……手先か」

「正確にはその一人……そして現場担当の下っ端だ」

「なら、余計なことをするな。
この街は俺達風都に暮らす者が守る……守ってみせる……」

「下っ端一人に右往左往する程度の力で正義を騙るか。随分なほら吹きがいたものだ」

「力など関係ない」


またそれか。力がない……知恵がない……だが違う。それは違うと……もう一度拳を握る。


「それでは戦闘兵器と同じだ。風都を守るのは」


もう一度奴へと飛び込み……男の魂を……渾身の力を込めた拳で、奴の傲岸無知な顔を狙う。


「この街を愛する……心だ」

「ではメモリなど捨て去ればいいだろう。その心とやらでミュージアムと話せばいい」

「だからこそ、その心がないお前達に譲ることなどしない」


力ではない……その心が街を守る。俺がそれを証明する。そう信じて戦い続ける。

そうだ、誰かに託す必要などはない。そんなことはしなくていい。俺がこの街を守り続ける……それができると、証明する――!


「お前達はミュージアムと同じ――力に取り憑かれた化け物だ――!」


打ち込んだ右拳……それはたやすく手首をはたかれ捌かれる。

ならば当たるまで幾度も拳を打ち込む。打ち込む。打ち込む……だが、奴はそれをただの手刀で払い続ける。


「そうそう……貴様には蒼凪家・美澄家への接触禁止令が発令された」

「なに……」

「貴様の妄想は子ども達にとって余りに有害。そう判断された。
これ以上蒼凪家の……蒼凪恭文の周囲をうろつけば、それだけでも逮捕案件だ」

「この……」


ふざけたことを言うな。殴り合っておいてそんな嘘が通用するものか。

苛立ち混じりに足払い……奴は俺の足を踏みつけ、たやすくそれを停止。蹴って払う。

それでもすぐ踏み込みストレート。それは下からのからの掌打でたやすく跳ね上げられる。


「……!」


その衝撃だけで、右腕が肘からへし折れた。


「当然だろう」


そうして奴が伏せたかと思うと体当たり……それだけで全身に火花が走り、また情けなく地面を転がる。


「あ……あぁあぁあ…………」

「貴様は言っていたはずだ。あの少年には我慢が足りない。他人のための我慢を思い出させる。
あのとき……組織に攫われ、皆のためにメモリを使い、戦ったときの我慢があれば、障害などという言い訳から脱却できると」

「そうだ……だから、俺は戦う」


何も変わらない……いや、こうやって下っ端を名乗る奴と向き合って、その気持ちが正しいと確信できた。

俺がまず我慢を示せば、坊主はあの勇気を……気高い心を思い出す。それがあんな……権力だなんだという言い訳を打ち砕く。


「お前達のまやかしを打ち砕けば、アイツは本物の男になれる……」

「これは驚いた。自分が異常なことを言っていると気づかないのか」

「異常は貴様らだ。あんな子どもを利用して」

「だからその子どもが“正当防衛とは言え人を殺したこと”を、『尊く素晴らしい、気高い心が成した偉業』だと持ち上げ、後悔や恐怖すらさせずに肯定させるのだろう?」


その瞬間…………胸にとんでもない衝撃が走った。


「なにを、言っている。俺はそんなことは」

「それは、貴様が自分の行動をそう認めて欲しがっている証だよ」

「違う……!」

「貴様はあの子どもを利用し、自分の行いが正しいと証明したがっているにすぎない」

「違う!」

「違っていれば言わないはずだ。
普通の子どもであることを望むのなら、悪しき存在であろうと殺すことは悪……最悪手だと教えないはずがない」


違う、誤解だ。


「貴様の拳が軽い理由はもう一つあったな。
……相手が人の心を捨てた怪物だなんだと言って、殺人の……命の重さを無意識に見下げていることだ」


俺は……俺はそんなことは、言っていない。コイツはなにを言っている。


「気づかなかっただろう、鳴海荘吉。
それはそうだ……貴様は自分とあの少年を重ねていた。重ねていたから自分の想定内に閉じ込めようとした」


俺は言い続けたはずだ。あのときのアイツは、他人のために我慢していた。それは素晴らしいことだ。その気持ちがあればと……だから。


「だからあの少年は、お前を、最初から軽蔑し、一切信用もせず、自分の父親達にも近づかないようにしてほしいと……PSAに頼んでいた」

「……………………!」


その言葉で分かった。コイツは……コイツらは、俺の心をへし折るつもりだ。今折られた腕のように。


(そうだ、腕が、折れた……折られた……吹き飛ばされた)


どうなっている……一体どうなっている……。


(変身している俺の体が、奴より弱いというのか……!)


ただの体当たりで……坊主に腕や足を切られたときと同じだ。投げられ続けたときと同じだ。

本当に、ただの力だけで、俺の心が……風都を愛する心が踏みつけられる。


(なぜだ)


分からない。分からない……一体何が足りない。なぜこうもゴミのように扱われる。


(俺は、十年戦ってきた。この街を守るために……戦い続けてきたんだぞ)


俺の拳には、覚悟が宿っている。男としての……探偵としての覚悟が。それに揺らぎはない。


(それが、あんな子どもに……変身した上で、柔道や剣道の真似事で殺されかけ、このわけの分からない男にも弄ばれるように潰され……)


俺は確かに戦闘のプロではない。だが、そんなものになってはただの戦闘兵器と同じだ。

必要なのは心……風都を愛する心。それがあるから俺は戦える。それが今まで立ちふさがってきた悪を倒してきた。それが答えだった。


(なにが違うんだ)


なのに、コイツらはそれを……ただの力で……戦闘兵器のような力で押しつぶす。坊主もそれに巻き込む。

そんなことが間違っていると言葉で言っても通じない。拳を振るっても圧倒的力で押しつぶされる……いや、耐えろ……耐えるんだ。


奴らが根負けするまで耐えれば俺の勝ちだ。それだけが俺の……俺が得意なこと。もうあのときのように倒れはしない。。


(俺が例え、プロの戦闘者じゃないとしても、この街で戦ってきた経験がある。自負がある。それは……決して奴らに劣らないものの)

「……お前が戦ってきた十年なんざ、薄っぺらいお遊びだったんだよ」


そこでウェイバー・ベルベットが、全てを見抜いたようなことを言ってくる。


「ボク達魔術師は魔術の道へ入るとき、最初に必ず教わることがある」

「なんの、話だ……」

「――ボク達はこの現代社会で異能を追及し、それを至上目的とする“人でなし”。だがそのために表の世界で、平穏に生きる人間を利用しない。その社会生活を否定し、踏みつぶしてはならない。
それは魔術という神秘の隠匿……その基盤の保護を揺らがせることにもなる。だからそんな人でなしからも外れた外道がいるなら、相手が誰であろうと迷わず殺せ。そして自分がそうなれば、殺される覚悟を決めろ」

「待て……まさか、お前は……」

「ヤスフミにも当然教えている。アイツがそうなったときは、ボクが手ずから殺すとな」

「あんな子どもに、そんなことを……あんなことを教えたのか。お前は……!」

「その子どもに、人殺しは素晴らしく楽しいことだと教えようとしただろ。お前は」

「違う……」

「アイツはもうそう受け取っている。だから接触禁止命令も通った」


奴は冷徹に告げる。軽蔑のまなざしをぶつけながら……。


「お前みたいな異常者には、マイカ・ミスミにも、フウカにも……もちろん親にも二度と近づいてほしくないってさぁ」

「誤解は、解くと言ったはずだ。いいからそれを見てい」


……その瞬間、突如顔面が殴り潰された。あの神父の拳で……顔の骨にヒビが入ったのだと気づいたときには、数メートル吹き飛び、地面を転がっていた。


「感心しないなぁ、鳴海荘吉。貴様は弟子と自分、娘の命を握られているんだぞ?
……それで命乞いをするのであれば、道は二つ。握っている人間を楽しませるか、引き金から指を引かせるだけの道理をぶつけるかだ」

「だから……何度も、言わせるな……!」

「分からないというのなら、BLACK LAGOONという漫画を読みたまえ。あれはなかなかにいい愉悦が楽しめる」

「そんな誤解をさせたというのなら、俺が解いて」

「まさか貴様は、自分がそんな道理をぶつけていると思っているのかね?」


すると神父は嘲笑……あの剣を翔太郎の眼前に投げつけ……破裂させる。


「翔太郎!」

「まさか貴様は、自分や彼が殺されないと……本気で思っているのかね?」


なんだ、この男は……。

なぜこんなことができる。

なぜこんな冷徹な目ができる。


俺は嘘など言っていない。人として当然の話をしている。子どもを利用するなという当たり前のことを言っている。

それが、道理にすらなっていないというのか。俺がそれすら分からないと……そんな、馬鹿な……馬鹿な話があるか……!


「なぜだ……」


わけが分からない……立ち上がりながら、恐怖しながら首を振る。


「努力すれば……アイツは、友達にだって認められる。普通の子どもになれる。
そのために、他人のために我慢して、戦った勇気を思い出せと……そう言っただけなんだぞ……!」

「それは立派に異常だよ」

「そんなことはない……他人のための我慢があれば」

「それではあの少年は、貴様のために我慢し、人を殺したことになる」

「ふざけるな。俺がなにを」

「元はといえば十年もの間……ミュージアムを潰せなかったせいだろう?」

「だから、その責任は取る……取ると言っている……!」

「あぁ、もういい。だったら武器を使いたまえ。そうでなくては練習にもならない」


話すつもりもないとも、見下しているのか……この神父は……!


「貴様は罪深い人間だ、鳴海荘吉……一人の無辜なる少年の願いを踏みつけた」


だから、違う……。


「人とは違い、普通というものとは縁遠い少年だ。だが少年は自分と同じように苦しみ、惑う人々になにができるのかと考え続けていた。そのために力を、資格を、公的な権力を求めた。
だがそれを……障害に理解を示そうともしない貴様が、“そんな奴らのようにはなるな”と見下し、自分が描いただけの理想通りな子どもでいろと、その力を掴むための機会すら砕こうとした」


そんなものは間違いだ。

アイツは甘ったれた言い訳しかしない奴らとは違う。男として、両足で踏ん張って立ち上がればいい。たたたそれだけのことを叱っただけだ。


「自分がどれだけその甘く儚い願いを傷つけ、あざ笑ったかも自覚できない……そんな人間だと見下げたからこそ、彼は貴様の娘を人質に取った。街を見殺しにするとも言った。
だがそれでも非情になり切れない少年は、貴様に道を示したはずだ。誰かに託せと……託せる人間を見つけろと」


それもお前達の差し金だろう。そんなことはもう分かっている……だから、俺は折れない。

俺が風都を守り続ける。お前達の手など必要ない。それが答えだ。


「……だから我々は、人の気持ちも理解できない怪物である貴様ら親子とその助手に、死の鉄槌を下すと決めたのだよ」

「………………」


なにを言っている。

俺は男として叱っただけだ。普通のことを普通にしろと言っただけだ。

ただそれだけのことで……たったそれだけのことで、ここまで見下げられるのか……! その肩を持って……そこまであの子どもを。


――利用しているのは貴様だ――

「……………………違う!」


そうだ、俺は利用なんてしていない。あの坊主に男として、人の親として正しい道を示そうとした。

それは変わらない。変えてはいけない……だから、だから……走って奴に飛び込む。


何をされようと耐えきる。今度こそ耐えきる。力で劣るというのなら、そんな我慢比べで。


「…………」


両手で奴がどこからともなく十字架を……そう見える細い剣を次々と取り出す。それを一つ一つ指の間に挟んで……それは、まさか。


「……って、おい! 黒鍵は」

「実験も必要なのだろう?」

「……だが、殺すなよ。あくまでも実力を分からせるだけだ」

「了解している」


まさかそれを投げるつもりか? 斬り付ける……だが無駄だ。スカルの体にそんなものは………………次の瞬間、俺の肩や足、腹にその刃は突き刺さり。


「が……あぁあぁああぁああぁあ…………!?」


鋭い激痛が走った。突き刺さった箇所から蒼い炎が生まれ……慌てて刃を引き抜くが、その炎までは消えず、地面を派手に転がる。


「それは特殊な武装だ。霊的な存在……いわゆる悪霊や不死の怪物などを倒すものでね」

「馬鹿を、言うな。俺は人間だ……」

「痛みを感じない死んだ骸骨だろう? その性質はまさしく動く死者≪リビングデッド≫……ならば黒鍵も、それに近い性質のガイアメモリも、骸骨を殺す天敵たり得る」

「なに……!」


奴は俺を憐れむ。余りに無知で、幼いと……子どもの駄々を見るような目で、俺を……。


「ウェイバー・ベルベット、確か蒼凪恭文という少年は、その事実にも気づいていたのだったな」

「映画やゲームで、聖なる力がそういう死者を浄化する……ダメージを与える描写は山のようにあるからな。霊障絡みのこともあるし、そこからすぐに思い至ったそうだ」

「素晴らしい才覚だ。……会うのが楽しみになってきた」

「そんなとんちに、この俺が……なら……」

「ならば耐えるだけ?」


その声は例の刃が、俺の左太ももを貫いた瞬間に聞こえた。それで崩れ落ち、また膝を突いてしまう。


「が……あぁあ……」

「確かに人間としての性質も兼ね備えている。特攻攻撃と言えど、本当の悪霊や死者のようにはいかないだろう。耐えることは十二分にできる……が」


次に俺の胸元めがけて刃が突き刺さる。奴の腕が翻る……それすら見て取れず、また次の刃が体に刺さり……。


「それもまた、相手との実力差がなければの話だ」

「ぐ……!」


ならば、撃ち落とす……あれさえ刺さらなければと、スカルマグナムを取り出す。

……が、今度はマグナムが一瞬で弾かれ、手の中から消え去る。


いや、マグナムは両断された。たやすく……今まで一緒に戦ってきた相棒は、ただのスクラップにされて。


「遅いな」

「な……」


そしてまた刃が投げつけられる。次々と……まるでドーパントの遠距離攻撃が如き衝撃で、俺の体は燃やされながら吹き飛び……。


「あ、あぁああぁあ…………」

「ところで質問だが、貴様は生身で……メモリなども使わずに、時速五十キロで走れるかね?」

「なんの、話だ……!」

「私はそれができる。その程度には鍛えている」

「だから、なにを……あぁあぁあ…………」

「いやなに、ちょっとした疑問だよ。スカルメモリが貴様の肉体……骨格を強化する形となっているのなら」


そうして奴は、もがき苦しむ俺を見て……ほの暗い笑いを浮かべる。


「貴様の……戦闘兵器になる努力すらしてこなかった脆弱な肉体が強くなったところで、程度は知れていると思ってね」

「きさ、ま…………!」

「なぜ怒るのかね。貴様は四十代……体力に衰えも見える年齢だ。そもそも強化する肉体に不備があると疑うのは当然だと思うが」

「何度も、言わせるな……俺は、戦闘兵器じゃ……ない!」

「だから、それほどの力を手に入れ、制御することからも逃げてきたのだろう? ……“人の五倍努力すること”から」

「違う!」

「ではなぜ這いつくばっている。弱者として、惨めったらしく、私という唾棄すべき悪に対して、なぜ負け惜しみをぶつけることしかできない」


…………違う……それは、違う…………。


「ウェイバー・ベルベット、データは取れているかね」

「問題ない。……だが、やっぱり普通のアンデッドより効きは」

「悪いな。しかしそれは幸運ではない。
死者としても格が低い……中途半端という話だ」

「……じゃあ予定通りだな」


わけの分からない話を、するな…………。


「貴様は黒鍵をはね除けるだけの力を、そのメモリから引き出すこともできない。メモリを使うことから忌避して、その能力についての洞察を一切してこなかったからだ。
人間としても、ドーパントとしても中途半端……まぁそれほどの格を地力で備える努力も怠ってきたのなら、致し方ない話ではあるが」


なぜ分からない……。


「鳴海荘吉……貴様の不幸は、誰にもその限界を突きつけられてこなかった点だ。
だから誰よりも自分が甘いと……自分自身に甘いという事実にすら気づかなかった」


それは、間違っている……!


「貴様の十年は、六歳の少年が積み重ねた数か月の鍛錬にも劣る」

「お前達は、なにも分かっていない……。」


スカルメモリをドライバーから取りだし、素早く右側のマキシマムスロットに装填。素早く右手でスロットごと叩く。


「認めたまえ。貴様には街を守る力も、度量も、積み重ねもないのだと。それが貴様にとっての救いだ」

「この心は……」

≪Scull――Maximum Drive≫

「そんな屁理屈には負けない――!」


折れた胸部装甲……それを開き、骸骨の怨念を吐き出す。今まで多数の怪物を打ち据えてきた力……これならばと、俺はその力とともに跳躍。


「ほう……」

「とんちの時間は終わりだ」


二メートル台に肥大化した力……それを生身の人間に向けることには、一瞬躊躇いも出るが……それでも右足を振るい、その力を蹴り出す。


「とぉ――!」


蹴り出された怨念……それが奴を真っ直ぐに襲い、飲み込む。それで終わり……それで、俺は力を示す。

また一人殺すことにはなる。だが、それでも俺は、その決断を背負って…………だが、放った骸骨の力が粉砕された。

あの刃が幾度も振るわれたかと思うと、たやすく霧散し……空中にいた俺は、それをただ見ていることしかできなかった。


「な…………!」

「それが必殺技かね」


……その声は、眼前から聞こえてきた。アイツはいつの間にか、俺の目の前に……!


「ならば実に愚かだ」


後頭部から地面へと叩きつけられて……そしてあの刃が、炎を生み出し、体を焼き……!


「骸骨の記憶……その力をぶつける攻撃が、私に通用するはずがないだろう。私は天敵だぞ?」


抵抗できない。俺が……この俺が、そんなとんちで……俺の覚悟が……こんな、奴に……!


「あ、あぁあぁ…………」

「だが、一応礼を言っておこう」

「があぁああぁあ……!」

「この相対そのものは無駄ではない。
魔術により強化されていない私の肉体と、変身した貴様の肉体……その強度や力はさほど差がないと分かった。
変身者が戦闘のプロでなく、ガイアメモリの力をよく引き出せるセンスもなければ、ただ力が強いだけの存在。私達で十分殺し切れることも分かった。
ドーパントという存在が一点特化しているがゆえに、その能力を紐解き、対策を整えれば一方的に殺せることも分かった」

「あぁああぁ……あぁあぁああ……!?」

「まぁ、逆を言えば貴様が素人なせいで、その程度のことしか分からなかったわけだが……そんな貴様でも対応できてきたのがこの十年というのなら、一般のドーパントは我々だけで十分対処可能だ。
そこにガイアメモリの専門家から助言をもらえるのであれば、より盤石と言ったところだろう」


馬鹿な……そんなはずは、ない。ドーパントだぞ。


「あぁ……それと先ほどまでの侮辱は、全て撤回させてもらう。
……あなたが本当の意味で素人だとは思わなかったのでね。済まなかった」

「なん……だあああぁあぁあとぉ………………!」


しかも謝ったのか。俺に対しての発言を、今コイツは謝ったのか。

俺が素人だと……なにも分かっていない素人だと……だから指摘したことも理解できるはずがないと、見下げたのか……!


まだ……まだ勝負は終わっていないと、奴の力を払いのけようとする。

だが俺の手は、奴の力を払いのけられない……それはコイツが、変な力を使っているからで。


「そうそう……強化するとどうなるか、試していなかったな」


……その瞬間、俺の顔面が……骨格がひび割れる。そして俺の頭は地面へと埋まっていき……。


「あ……がぁああ……あああぁあぁああぁあぁあ……!」


馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な……コイツは、今まで……そんな力は、使っていなかったというのか。

ではあの、銃弾より速い投擲も、全部素の身体能力で……!?


「ドーパントの特殊能力が絡まなければ、私と同等以上の代行者は問題なく貴様らを鎮圧できる。その確証が得られた」

「やめ、ろ……風都に、手を…………」

「とすると……唯一残った問題は、その無知からくる負け惜しみをどう砕くかだな」


必死に拳を握り、殴り付ける。腕を折れば……そう思って殴る。


「あなたは取り憑かれて、誤認している。実に胸が痛いことだ……実に嘆かわしいことだ。
幼なじみを助けたかっただけのあなた……。
依頼人を守りたかっただけのあなた……。
街の平和を望んでいただけのあなた……。
その志は正しく美しい。だが、ドン・キホーテは風車を打ち砕くことなどできなかったぞ」


そんな憐れみはいらない。俺の覚悟は本物だ。俺の覚悟が、坊主の目を覚ます……街を守る。だからお前とて倒せないはずがない。

だが通じない……奴の服が、肉体が、鋼鉄のように堅くなり、俺の拳を弾いてしまう。


それでも喉を潰せばと思っても、手が届かない。俺より一回りどころか二回りも大きい体型のせいか、俺はまさしく子どものように、手を振り回すことしかできず……。


「では、まずそんなあなたから矛を奪うとしよう。
――私が殺す、私が生かす」


奴が妙な言葉を唱え始めた瞬間……全身から炎が走る……力が一気に抜けて、命すら砕けるような……そんななにかがまとわりついて。


「我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」

「あ、ああぁあ……あぁあぁああぁあ…………」

「打ち砕かれよ。
破れたもの、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え」

「あぁああぁあ――――――!」

「休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる。
装うことなかれ。許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」


漂う……なにかが漂う。俺の根幹が……何かが、ひび割れ……やめろ、やめろ、やめろ……やめろぉ……!


「休息は私の手に。あなたの罪に油を注ぎ、印を印そう」


俺はただ、風都を……この街を守りたかっただけだ。

発達障害なんていうわけの分からない言い訳から、坊主を解き放ち、あの幼稚園の子ども達も受け入れられる……そんな普通の子どもになるよう叱っただけだ。


「永遠の命は、死の中でこそ、与えられる。
――許しはここに、受肉した私が誓う」

「そこまでだ!」

「キリエ・エレイソン」


――――――そこで俺の全てが砕け散った。

そう思うほどの衝撃が走り、体からヒカリがほとばしり……そうしてはじけ飛んだ相棒が……スカルメモリが…………粉々に、舞い散った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


さすがに見過ごせないで止めたが……あのやろう、最後まで通しやがって!


「――“この魂に憐れみを“(キリエ・エレイソン)」


はじけ飛びながら粉々となるメモリ。

発生していた浄化と天昇の輝きがはじけ飛び、消え去っていく。ドライバーは……よし、無事だな。

それで変身も自動解除。中からはぼろぼろな素人が出てきた。黒鍵で突き刺された箇所からは血が滲み、その口からは血反吐も出る。

同時に腰のドライバーからは火花が走り、自動でベルトが仕舞われる。言峰はそれを慎重に回収して、実にいい笑いを浮かべる。


やっぱ、こいつに頼んだのは失敗だったかも……!


「洗礼詠唱……我が主の教えに基づき、迷えし魂をあるべき座へと還らせる……要するに浄化の儀式だ」

「スカ…………ル…………」

「骸骨という不死者はその対象となっていた。これもまた重大な情報だ」

「満足……か……」

「それに属する存在であれば、我々協会の者ならむやみに戦うこともなく、一方的に屠ることができる」

「ここまで……俺を、否定して……満足……か…………!」

「五倍努力すればいいだけではないかね?」


その端的な言葉で、ぽきりと…………奴の心がへし折れた。


「メモリなどに頼らず、犯人を殺さずに捕らえ、罪を償わせる……そうなれるよう努力すればいいだけの話ではないか」

「あ……あぁあぁあああぁ…………」

「なにより、風都を救うのがあなたの言う心だとするなら、メモリは不純物だ。違うかね? 鳴海荘吉」

「あぁああああぁあぁああ――――!」


そんな言葉も通用しない。

それで探偵としての能力も、ここまでの状況で機能不全。

挙げ句戦う手段でもあったスカルメモリも粉砕……まぁこれは……別にいいか……!


マイカ・ミスミの狙いが『骸骨男の非合法私刑をそのままやり返すこと』なら、やっぱりスカルメモリはただの足かせにしかならない。PSAの戦力として当てても同じだ。

ヤスフミの奴はハイドープの影響も消し去っているし、これでコイツ相手への特攻攻撃が成立しなくなった……命だけは助けられる状況になった。それは喜ぶべきだろう。


「…………」

(まぁ、当人そんなことは気づきもせず、打ち震えているけどな)


しかも……あのコトミネの口元を見ろよ。僅かにだけど笑っているぞ、アイツ。

これでもう戦えない。心だけでどうにかなるわけがない……誰にもなにも託せないと、その道すら自分で踏みにじったのだと愉悦してやがる。


「…………よく分かったよ、ソウキチ・ナルミ」


ちょっと呆れながらも近づき、這いつくばるしかない男に告げる。


「お前はどこまでも“普通”の人間だったんだな。
こんなことに立ち向かう力もない……そのための努力も想定できない。
そして、人とは違う色を持つ誰かに対して、寄り添いではなく見知った常識を振りかざす……そんな愚かさも備えた、普通の人間」

「……俺は、間違ったことなんて……言っていない…………」

「だから結論も出た。
……お前にはやっぱり、ウィザードメモリと適合することはできない」


……その言葉には失笑しか出なかった。


「なんの、話だ」

「今ボクが言ったことは、ひっくり返せばそのままウィザードメモリへの適合条件だ。……お前は努力すればなんでもできると一致得たが、勘違いだよ。
お前が十年積み重ねた有り様を努力と定義するなら、お前は“それ以外の自分になる可能性”を捨てている。理想を貫くことで、その有り様を限定化したからだ」

「馬鹿を、言うな……」

「現にお前の相棒は、愛しい者を絡め取り、一人締めしたいとスパイダーに適合した。
愛し合う者同士への嫉妬から、クモ毒という呪いの力も生み出しただろ」

「いいから俺に」

「あんな子どもを戦わせるのが悪なら……ただの素人であるお前を、これ以上巻き込むのもまた同じ悪だ」

「……………………」


ボクから繰り返す。それでコイツもようやく察する。

……全てのことは、別にコイツをいたぶるのが目的じゃない。最初から勝つのは分かっていた勝負だ。だからそこが本質じゃない。


ボク達は改めて確かめたかっただけだ。コイツが戦う人間かどうかを。ただこの状況を見過ごせず、巻き込まれただけの“善良な人間”かどうかを。

だから最初から、ショウタロウ・ヒダリを殺すつもりもなかった。強制的に協力はしてもらったけどな。


……あとは……。


「なので――お前を風都から叩き出す」

「なん、だと……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


コイツはまだ分かっていなかったのか。いや、仕方ないんだろうな。実に仕方ないことなんだろうな。

あそこまで脅されておいて、まだ縋っていた。縋ってしまっていた。それでも自分がやれると示すチャンスはあると……まぁ、そういう奴なのは分かっていたからな。


「――お前を風都から叩き出す」


だから冷たく告げる。そんなお遊びはもう終わりだと…………そうしてある書類を奴に向かって放り投げる。


「それが……その条約を交わすことが、お前が人でなしの世界から娘達を守る唯一の方法だ」

「なん、だと……」


鳴海荘吉は必死に体を起こし、羊皮紙に書かれた条約に目を通し…………瞳の奥を揺らし始める。

とはいえ書いているのは魔術的要素も含めた専門言語だし、読めないので解説してやる。


「――束縛術式。
対象:言峰綺礼。ウェイバー・ベルベット。
言峰とベルベットの刻印が命ず。
各条件の成就を前提都市、制約は戒律となり手、例外なく対象を縛るものなり――」

「なんだ、これは……」

「それは『自己強制証明』(セルフギアス・スクロール)……ボク達魔術の世界において、絶対的な約束ごとを交わす際にされる術式だ。
それで交わした約束事は、魔術刻印という……魔術の家が代々引き継ぐ生体型魔導書に死の呪いとしてかけられる。つまりボク達はその呪いを持って、お前の娘やショウタロウ・ヒダリに手出ししないと約束するんだよ」

「俺はあいにく、そんなオカルトは信じていない…………」

「問題ないよ。これは我々を対象とした呪い……貴様が条件をのみさえすれば、魔術師でなくとも、そのアンチだろうと契約は成立する」


――策謀が渦巻く魔術の世界において、数少ない絶対的な約束。その束縛力は今言った通り……いや、それ以上だ。

たとえば自分が約束を守り、刻印を請地だ子どもが条文破りをやろうとしても、刻印に刻まれた呪いが発動……即座に地獄の苦しみを伴いながら死ぬことになる。

それは家の魔術を引き継ぎ、育て、時代へと受け継がせていく魔術師にとっては一生の呪い。死後の魂まで束縛されると言っていい。


「契約内容は実に簡単だ。我々は貴様とその娘である鳴海亜樹子、探偵事務所助手の左翔太郎を対象とした永久禁則を背負う。
この三人に対し、殺人・傷害の意図、及び行為を永久に禁止する。
無論これは魂を賭けた取引だ。見合うだけの条件を飲んでもらう必要がある」

「……一応聞く。それはなんだ」

「即刻PSAに自首し、その身柄を預け、風都で連発した非合法私刑の実行犯として裁かれること。
そしてPSAと我々の方針に今後一切の異議を申し立てず、その方針に従うことだ」

「だったら断る。……その条件は俺がウィザードとなり、奴らを潰す……そう書き換えろ。それなら飲んでやる」

「あちらを見てから言うことだな。それは」


コトミネが左側を指す。闇夜に隠れて……本当にぐっすりな助手を。


「やめろ……」

「私達にそのつもりはない。が……ミュージアムはどうするだろうか。
あなたがこのまま街にいれば、確実に彼も危険にさらされるだろう」

「………………」

「だからソウキチ・ナルミ……お前をPSAが逮捕して、身柄勾留……その上で裁判にかける。
非合法私刑を繰り返した重犯罪者として……だが、警察や市民がミュージアムに籠絡されている中、むやみやたらに周囲を頼れなかった悲劇の市民としても扱う」

「な……に…………」


そう告げると、倒れたままの奴が目を見開く。何を言っているかとわけが分からない様子だろう。


「この状況ならそういう覆しも可能だ。なにせマイカ・ミスミとミュージアムの策略で、風都市民はお前への“非合法私刑”を実際に行っているからな。
……逆に言えば、それだけミュージアムの影響力は強く、またその実体も大きい。そんな中でPSAに頼れなかったのも、まぁ仕方ないことだろうとは言える」


そう……実際に行われている。この街は警察も含めて、非合法私刑を当然としている。……それこそがミソだ。

実例があるということは、前歴だって疑われる。前歴が疑われるということは、この街……風都そのものへのてこ入れ理由になる。それだけでもな。

なにせミュージアムの首魁は街の名士。政治的影響力も大きいし、風都は関東近郊の都市。東京は目と鼻の先だし、そりゃあ政治家連中も打ち震えるさ。


そういう危機感を煽りに煽って、風都の現状をなんとかするってわけだ。これが一番ベターな覆し方だよ。


「その点を上手くいかして、市民や団体からくる賠償責任云々も……まぁノーダメージとはいかないだろうが、大半は回避できるはずだ。それもミュージアムの差し金ってことにすればな?」

「待て、それは……」

「なので裁判の場で、犯罪者としてさらし者になれ。そして自分の行いが間違っていると反省を述べろ。PSAが提案する永続的な恩赦を受け入れろ。
そうすれば少なくとも今回の件で、なにかしらの請求が行かないように調整する。もちろんお前の娘にも、助手の男にも金銭的負荷がかからないようサポートしてやるよ。……PSAがな」

「ふざけるな……誰の入れ知恵だ。貴様らはそうやってまた子どもを利用するのか」

「全部アイツの発案だ」


まだ分かっていないのかと……侮蔑を視線に乗せて告げると、ナルミの瞳が揺れる。


「だから、利用しているのはお前になる」

「嘘を吐くな……」

「アイツはこういう状況も想定して、PSAやら管理局の偉い連中……政治的判断ができる奴に知恵を借りていた。
お前はアイツがそうやって努力して導き出した答えにより、実刑間違いなしの犯罪者から格下げを食らう。街の連中を犯罪者同然に扱って、生き残りを図る」

「だったら、やめさせろ。必要ない……俺がなんとかする」

「だがこうしないとアンタを救えない。アンタは戦う人間じゃない……ボク達が守るべき市民の一人にすぎないんだ。
そんなアンタを戦わせることは、悪なんだ。アイツが子どもで戦うのが悪というのなら、譲ってはいけない悪だ」

「俺はアイツとは違う!」

「確かに違うな。……アンタは、あんな子どもが人を殺したことが正しく素晴らしいと……そう宣う程度には素人だ」

「………………」


まぁ、コイツが戸惑うのも分かる。恐怖するのも分かる。それについては同情もしている。


(この計画……風都の市民を被疑者扱いにするって点が結構鬼畜だからなぁ……!)


まぁ計画の主導がマイカ・ミスミ……ミュージアムの側で、計画が実行されているから拭いようがないっていうのは、ある。だがそれだけじゃない。

……ヤスフミ自身、この状況を自ら招いた風都市民に対して、猛烈に嫌悪感と怒りを抱いているんだよ。

実際メリッサのことだってそうだろ。その風都市民であるそこのアホ探偵と、メリッサの事務所が勝手をしたからなぁ。


つまるところ、これはアイツなりの報復でもあるわけだ。


「やめろ……俺を、見下すな……」

「正しい評価だよ。アンタが戦える人間というのなら、コトミネに一撃食らい入れられていた」

「俺は十年戦ってきたんだぞ……!」

「だから済まなかった。十年もの間、そんな“無駄なこと”をやらせ続けて……それについては、警察やPSAがなんらかの形で保証する。間違っていたこととして……アンタを被害者として必ず救う」

「やめろ!」

「そうして踏みにじるわけか! あの子を怪物にした……その後押しにしたアンタのために! ここまでしたアイツの真心を! アンタがヒーローであるために!」

「………………」

「できないよな! アンタはアイツに、普通の子どもでいてほしいもんな! だったら……アンタも戦っちゃ駄目なんだよ……」


ソウキチ・ナルミは恐怖で震える。今までとは違う……全く違う見下しに晒され、混乱する。


……正直これはお為ごかしだ。全てにおいてお為ごかしだ。ヤスフミは陰湿にコイツの心を砕きに来ている。

あぁ、その程度にはぶち切れているよ。この報復でソウキチ・ナルミは救われるが、それは奴にとって不本意に他ならない。


自分が戦ってきた十年全てが間違いだと否定され……。

守りたかった街の人間に尻ぬぐいをさせた上で、被害者ぶって生き残り……。

もちろん流れ的に、これ以上風都を守るためになにかできない。コイツは風都から叩き出されるだろう。


しかもそれを断る道もない。これは、表面的には、にっちもさっちもいかない……十年間五倍努力することからも逃げていた自分のために、憎しみを捨てて作り出した救いの糸だ。

それをはね除けても、もちろん娘や助手が巻き添えを食らい地獄行き。だから……怖いだろう、ソウキチ・ナルミ。昼間の脅しが緩いと思うほどに。

でもな、これはボク達にとっても慈悲なんだよ。アイツの手でそれを突きつけさせたら、ボク達は本当に人でなしだ。だからボク達が勝手に、真相をほのめかす形で教えることにした。


(……ほんと、アイツを怒らせるのだけは絶対にやめよう……!)


ソウキチ・ナルミの事情を理解した上で……理解し尽くした上で、断崖絶壁に突き出し蹴り落とすんだからなぁ。悪魔のやり口だよ。


「…………ウェイバー・ベルベット」


コトミネに制され……仕方ないと一歩下がる。というか、コイツの体格だと本当に怖い……押し負けるの確定だし……って、いつのまにボクの脇に!


「鳴海荘吉……私個人としては、あなたに同情する一面もある」

「は……!?」


え、この性悪神父が同情!? あれ、お為ごかしじゃ……いや、違うな。口元がやっぱり笑いかけている。

身に余る大望を抱えて、それになにが足りないかも分からないってところで愉悦を感じて……そういうことか、おい!


「あなたは困っている誰かがいれば見過ごせず、しかし暴力や悪しき手を嫌い、また決断にも時間がかかる……そんな普通の人間だ。
我々のような人でなしとも、蒼凪恭文という少年とも違う」

「違う……それこそ、違う。坊主も普通の子どもだ。それを親父さん達は望んでいる」

「それは無理というものだろう。彼は遺伝子病も抱えている関係で、一生薬や医者の世話になる。
それゆえに恋愛や結婚を忌避されることもあるだろうし、将来の仕事や友人関係も左右される。
……残念ながら彼は、あなたと違って最初から“普通”の枠には入れない。それは運命というものだよ」

「そんなものは言い訳だ。運命だというなら、それを変えるだけの努力をすればいい。
そうだ……だから俺も」

「運命が努力で変えられる……その程度のものが運命だと軽く見ていることこそ、あなたが凡庸たる所以だ」

「なんだと」

「……努力だけでは変えられない……我慢だけでは終わらない……そもそも変えるべき宿業すらない理不尽。
それにより人生が左右されるのに、その事実そのものを変えられない……それこそが運命が運命足るというもの重さだ」


そう……結局コイツはその程度。でもそれは悪いことではない。むしろ仕方のないことだった。


人は生まれる親を、環境を選べない。特に金の問題は大きいだろう。

親が貧乏であれば、自分とその子どもも貧乏……統計でも出ているほどの話だ。

それが将来の道筋を、可能性を閉ざし、就ける仕事にも制限をかける。それは悲しいことに現実だ。


もちろんそれを努力で覆して成功というのは確かに美談で見習うべき点もあるが、矛盾はある。

そもそもそれはマイナス……ハンディキャップ。それも自分の不徳で背負ったものではなく、親から理不尽に課せられたものだ。

……それを子が親の分まで覆すことが、果たして美談なのか。ボク自身魔術師としてはそこまで恵まれた家系でもないから、突き刺さる部分もある。努力の万能性というのは肯定したい気持ちもある。


だが、一教室を預かる講師として……そんなハンディを背負う人間の一人として、あえて言い切ろう。それが美談になるかどうかは、他人にとやかく言われることではない。

たとえば貧しさを引き継がせてしまった親が、それを心苦しく思い、できる限りのことをと願うのであれば……その気持ちは子にも伝わり、努力の源になるだろう。

だがその親が貧しさへの嘆きや申し訳なさも抱かず、育ててやっただけでもと放り投げ、二宮金次郎のような偉人を持ち出し、お前は努力が足りないなどと言い出したらどうだろう。


子は思うだろう。“だったらコイツは努力せず、言い訳してばかりのクズなのだ”と……そんな大人に感謝する奴なんていない。たとえ成功したとしても、そいつは確実に親を見捨てる。賭けたっていい。

現にマイカ・ミスミは父親に対してそうした。ヤスフミもソウキチ・ナルミの底を見切り、表面を取り繕った上で地獄に蹴り出した。

まぁ金のことでとも思うだろうが、金は生きていく上で必死だし、そのために人生のほとんどを働くことに費やすしな。どうしても重たくなるんだよ。


それが身体的なことや、アイツみたいな障害となれば…………だからソウキチ・ナルミは気づいていなかっただろう。全くもって気づいていなかっただろう。

その障害で……“自分の努力だけではどうしようもないなにか”を理由に、人を見下し、『そんな奴らのようになるな』と宣った自分に対し……ヤスフミが完全に殺す構えを取ったことにさ。


でもそれも仕方なかった。コイツはどこまでいっても普通の人間なんだよ。

本来ならこんなことに関わる人間じゃないし、普通だからこそ普通じゃないヤスフミやマイカ・ミスミに対して理解が及ばない。そのことすら分からない。

しかもその普通でも、比較的善良な方。だからいろいろなことが見過ごせず、深入りし、地獄への片道切符片手に爆走する。


決して完璧超人なヒーローじゃなかった。その凡庸さが悪く働いているだけ……それはボクも分かっている。

だからここまでしている。ここまでしなきゃ、コイツは止まらない。それこそ自分が殺される寸前……そこまで追い込まれなきゃ、誰かに託そうともしない。それも確信が持てた。


「あなたはこのままだと確実に死ぬ。
それも本懐を遂げられない中途半端なところで、誰にもその最期を見取られることもなく……当然相応の巻き添えを出した上だ」

「誰に、託せと言うんだ……」

「そのために私も来た。ガイアメモリの横行……その実体を霊障に絡んだものとした上で、魔術協会や聖堂教会が警察と連携し、風都を守る……という手もある」

「………………だったら、それはできない」

「断る権利はない。力ずくで鎮圧し、叩き出せという指令なのでね」

「頼む……アイツへの誤解を、解かせてくれ。
ウィザードメモリは俺が使う。そうして男の我慢を示す……アイツが、障害なんて言い訳に甘ったれた奴らのようにならない道を、俺が示す……!」

「――その言葉が極めて悪影響かつ差別的だから、接触禁止命令は通ったと自覚するべきだ」


…………そこで、空気がピシリと凍り付いた。ソウキチ・ナルミは呆然と……償いの道すらないことに、その瞳が揺れて。


「そんなのは、言いがかりだ……!」

「あなたの中ではそうだろう」


愕然とする。ただ今ある常識に……これまでの常識に縋って、遵守して、生きてきた男が震える。

……コトミネの性格に思うところはあるが、今この瞬間については……立派に神父だった。だから鳴海荘吉も、ほいほいと口を滑らす。

元々探偵としての地力も、男としての腕っ節も……自信の全てを砕かれたせいもあるが、それを利用し尽くす手腕には感動していた…………ちょびっとだけな?


「俺が……俺が“普通”だから、何も伝えられないというのか――!」

「無知から逃げる人間に付き合うほど、彼らの人生は余裕に満ちあふれているわけではない。
……彼らに必要なのはいい学校を出て、経験を積み、知識にも溢れる専門家の手助けだ」

「…………………………」


……たったそれだけのことが分からない、人ではない化け物。

でもその化け物としても格が低い中途半端で一貫性がない存在。

それが鳴海荘吉だった。


では、それは悪逆だろうか。いいや違う……悲しいかな、それもまた“普通”だった。

無知さを軽んじ、子どもだからと見くびり、自分の知識や経験を押しつけ、その通りにすればいいとあざ笑う……そんな適当な傲慢さもまた、普通の人間が持ちうるものだった。

コイツはどこまでもそういう人間だった。普通の善良ゆえにミュージアムのことは放置しなかったけど、普通の無神経さゆえに相棒を悪の道に走らせ、被害を拡大させて……そしてまた今も同じことを繰り返す。


その程度には“普通”。長所もあれば欠点もある……でもこう言うことに関わるような、突き抜けた要素もない。その程度には普通の人間。

発達障害というまだまだ未知な障害を……HGSという管理を怠れば命にも関わる障害を、薬にも頼らず我慢一つで乗り越えられると、知識もないのに見くびり宣った普通の人間。

その無知さゆえに相手どる必要もないと告げられ、それでも気持ちだけはと……気持ちだけは嘘じゃないとしかのたまえない普通の人間。


その証明が……そんな普通さへの最終通達が、両家への接触禁止命令。

十年積み重ねた有り様によって、ウィザードメモリをやっぱり使えないという死刑宣告。


恐らくそれは、もっと大きな形で拡大して……いや、そこはいいか。


「今日のところは警告だけとして、我々は失礼しよう」

「……おい……!」

「鳴海荘吉、契約書は一旦こちらが預かっておこう。あとはあなたの決断次第だ」

「………………」

「残された猶予はそう多くない。存分に使い尽くして決めることだ」


そう告げて、言峰はきびすを返す……。


「行こう、ウェイバー・ベルベット」

「ああもう……!」


そうしてボク達は去る。アイツが這いずりながら、手で……がりがりと、堅く踏み固められた土を掘り起こす音に背を向けながら。

そこから先はボク達の仕事じゃない。アイツに足りないもの……その決断は示したからな。


「……これで止まると思うか、アイツ」

「無理だろうな」

「おい……!」

「蒼凪恭文は、彼に託せと……押しつけろと言った。だが彼が善良な人間故に、それを恐れ躊躇う」

「……そこはヤスフミの見立て通りか。とりあえずボク達は力しか示せないけど……それじゃあ足りない」

「そんな怯えきった彼が、それでもと託せる人間がいれば……話は別となるがな……」


そこは力や論理での解決じゃあ無理ってことか。くそ……そこさえ上手く行けば、一気に話は回りそうなんだけどなぁ。

だが……。


(さよならを言うことは、少しの間死ぬことだ……だっけ?)


ハードボイルド小説の有名な台詞だ。


(アイツはただ、この風都に……骸骨男という呪いに、さよならを言うことができなかっただけなんだ)


ヤスフミはアイツの娘から無茶ぶりをされた。生きた上で、間違いを認めてやり直す道に進ませてほしいと。だからヤスフミは街を滅茶苦茶にしてでも、それができる道筋だけは守った。

だがアイツはそれすら踏みにじろうとしている。だから脅した。人でなしらしく、人でなしの方法で……温い脅しをかけた上でだ。

でもそれじゃあ変えられない。それに根負けして、覚えながらでもさよならを言ってくれればと思っていたが……だが、もう猶予はない。


(それを告げることで……アイツは初めて、自分の限界を超えられる)


理由はどうあれ、この街にさよならを告げる……それこそが、あの凡百の男が決断すべきことだった。


「………………ああぁあぁああぁあぁああぁああぁああぁあああぁああぁああぁあぁ――――――!」


だから、聞こえないふりをした。

ぽつぽつと降り始めた雨……それをかき消すような叫びは、聞こえないふりをした。

その決断は、ボク達人でなしには関係がないこと。別世界のおとぎ話みたいなこと。


この狭くも広い街で、誰でも迫られる決断の一つ……そんなものに対する嘆きが聞こえないことくらい……誰にでもあるだろ?


(その11へ続く)







あとがき

白ぱんにゃ「…………うりゅー」


(ふわふわお姉さん、蒼凪荘の庭で空を見上げながらちょっとあんにゅい)


白ぱんにゃ「うりゅー」

恭文「白ぱんにゃ、どうしたの?」

白ぱんにゃ「うりゅ……うりゅりゅりゅ、うりゅー」

恭文「あぁ……仲良しだった猫ちゃん、家ごとお引っ越しで遠くに行っちゃったんだ」

白ぱんにゃ「うりゅー」


(ふわふわお姉さん、お別れの挨拶はしたけど、それでもちょっと寂しいらしい)


恭文「まぁお引っ越しで遠方だと、早々会いには行けないか」

白ぱんにゃ「うりゅ……」

恭文「……おいで」

白ぱんにゃ「うりゅ?」

恭文「こっちこっち」

白ぱんにゃ「……うりゅ!」


(ふわふわお姉さん、蒼い古き鉄の膝上にぴょーん。そうして頭を撫で撫で……)


白ぱんにゃ「うりゅう……」

恭文「なら会いに行く?」

白ぱんにゃ「うりゅー。うりゅりゅりゅりゅー」

恭文「そっかぁ。……なら、白ぱんにゃも負けないくらい元気にいかないとね」

白ぱんにゃ「うりゅ?」

恭文「今は落ち込んでいていいよ。それにも飽きたら……また、いつも通りね。いっぱい甘えてくれてもいいし」

白ぱんにゃ「……うりゅ♪」

恭文「ん……」


(ふわふわお姉さん、頭をめいっぱい撫でられ、抱っこされて……ちょっと元気が出たようです。
本日のED:BUMP OF CHICKEN『才脳人応援歌』)


鷹山「…………鬼かよ……!」

大下「やっちゃんさ、やっぱほら……陰湿。陰湿なんだよ。まるでタカみたい」

鷹山「ここまでのはやった覚えがないぞ……!」

いちご「恭文くん、確認なんだけど……もっとこうさ……分かり合って一緒に戦うとか、そういう方向はなかったのかなぁ」

恭文「鳴海荘吉はただの一般人ですよ? 駄目です……巻き込んじゃいけません。みんなで守ってあげなくちゃ。人の道に背くだけでしょ?」

いちご「その言っていることをそのままぶつけてやり返すの、ほんと悪いクセだと言ってきたよね!」

先輩「お前ほんと陰湿だな! 肉の盾とか言っていた方がまだマシってどういうこと!?」

恭文「先輩までもう……苺花ちゃんがミュージアムにお得を示しましたし、テラーを砕かないうちは逆転なんて無理です」

先輩「……お得?」

恭文「そもそもおじさんに対してここまでアンチ・ヘイトが高めたのは、囲い込みを目的としたものです」


(蒼い古き鉄、右人差し指をピンと立てる)


恭文「まず園咲冴子を治療したジーンメモリは、地球の巫女たり得る若菜さんの資質を強制開花させる力もありました。つまり、この段階で奴らの目的であるガイアインパクトは達成寸前」

先輩「え……!?」

恭文「でも今のままだと不確定要素も多い。特に街を知り尽くし、人脈も多数持つ鳴海荘吉は……それを利用して隠れているシュラウドさんは危険要因だった。
でもその所在と同行が精神リンクでバレたから、苺花ちゃんは提案したんです。
……鳴海荘吉を徹底的に公開処刑することで、計画樹立の時間稼ぎをしつつ、シュラウドさんの反撃手段を全て潰そうと」

鷹山「それで町中が大騒ぎとなり、鳴海荘吉も探偵としては機能不全に陥る。当然正体もばれたからシュラウドも今まで通りには頼りにくい……そこを捕まえるなり始末するなりしようとしたわけか」

恭文「それが一の矢です。……ジーンメモリによる強制開花が難しい場合も考えられたので、改めてミュージアムの強大さを知らしめる目的もありました。
そうすれば第二第三の骸骨男を目指して頑張っても、ミュージアムという組織の力には対抗できないと嫌でも伝わる。“鳴海荘吉のようにはなりたくない”と誰もが怯え腰になる。
これは今までと違い、園咲琉兵衛という恐怖の象徴と接触しなくても伝わる“万民向けの恐怖”……圧政ですからね」

鷹山「その圧政で、計画成就までの間、不測の事態が起きないよう意識を硬直化させる……風都市民を縛り上げるわけか。もちろん拡大路線を進んでいたミュージアム内の統率力も上がる」

恭文「それに踊らされないPSAや警視庁……僕達もいますけど、それは自前の戦力でどうとにでも払いのけられる。そういう算段もついているから盤石です」

古鉄≪同時にシュラウドさんの復讐計画もこれで破綻です。風都市民の意識がそこまで変質してしまったら、誰も話を聞きませんよ。
いや、見込んだ戦士が実はミュージアム側という恐れもあるから、そもそも風都関係者からは選び取れない≫

恭文「しかも新しいガイアメモリ開発には、相応の設備が必要になる。風都市内で使える設備は全て出入りも難しくなるから……倍プッシュだ」

赤坂「……美澄さんのヘイトを稼いだ……というのもただの一因にすぎないんだね。
鳴海氏はただ、彼らの囲い込みに“ちょうどいい材料”だったから利用されただけ。ミュージアム側からすればそんなのは誰でもよかったと」

先輩「敵って認識ですらなかったってことですか……!?」

赤坂「それも当然のことです。彼らは強大な組織と資金源を持つシンジケートなんですから」

鷹山「まぁ、それとやり合うならやり方ってやつはあるな。相応にまともじゃないやり方だ」

大下「鳴海荘吉はそこんとこも……やっぱり一般人感覚だったから、巻き込むことそのものがアウトだったわけだね」

恭文「えぇ、そうです。残念ながら奴は正義のヒーローにもなれなければ、ミュージアムに与する悪党にもなれなかった。僕のように悪党を潰すのが趣味な悪党にもなれなかった。
ごくごく普通の善良性と無神経さを持った、ただの一般人……たったそれだけの、どこにでもいる大人。メモリの力があってもそれは変わらなかった」

赤坂「……その表現も残酷極まりないよ。
メモリの力に飲まれなかった……力を制御していたという意味では、鳴海氏は立派な人間だったろうしさ」

恭文「そういう一般人に戦わせちゃいけない。守ってあげなきゃいけない……このときからPSAも、ウェイバー達魔術サイドも、そこは一致団結するようになったんです。素晴らしいですねぇ」

いちご「やり返しがやっぱり陰湿なんだよなぁ……」


(それでも蒼い古き鉄、楽しげに笑う)


恭文「だから、そんな一般人をやり玉にしてくれた苺花ちゃんとミュージアムには、笑いが止まらない程度には感謝しまくりでした」

赤坂「うん…………うん?」

恭文「というか、ラッキー過ぎて笑うしかありませんよ。やっぱりこっちの下準備する手間暇を、悉く肩代わりしてくれたわけですし」

赤坂「蒼凪君……?」

いちご「……蒼凪、口を慎むんだよ……!」

恭文「そんな一般人を、街に潜む巨悪に煽られ、警察が、市民が、その傀儡となって非合法私刑に走るんですよ? 街の人間全てがその実行犯です。
これで風都市民が警察共々、とんでもない危険集団だと示せる……。
管轄書も籠絡されているから、堂々と警視庁や周辺組織がてこ入れできる……。
経済制裁への批判も“アイツらに金を持たせたらヤバい”の一言ではね除け除けられる……」

照井「実際この一件を理由に、風都市に当てられる予算やその金の流れは徹底管理されているからな……。行政破綻しないギリギリのやりくりを今後数十年は迫られるだろう」

フィリップ「風都市民についてもこの件がクローズアップされたことで、悪い意味で目立ち続けているしね……」

恭文「だから苺花ちゃんとミュージアムの計画そのものは、特に破綻させる必要がなかった。テラーを砕かないうちは中途逆転とか絶対無理でしたし? やっぱり結末だけこっちの都合良く変えてハッピーエンドです」

いちご「そのハッピーエンド、完全に風都の人達と鳴海さんがこぼれ落ちているよね! あと顔! その楽しげな顔!」

恭文「……にまぁー♪」

いちご「顔−!」


(蒼い古き鉄、アルカイックスマイルー)


鷹山「でもさ、蒼凪……大分聞いていた話と違うんじゃないのか?」

恭文「でもおじさんが言い訳しまくっていたから、結局死刑になったんですよねぇ。馬鹿ですよ」

フィリップ「……君……その記憶改ざんはまだ続いていたのかい? いや、察してはいたけど」

照井「それでも鳴海荘吉を助けるのは不服だったと聞いているが……だが落ち着け。いいことをしたんだぞ」

恭文「照井さんは亜樹子さんに(ぴー)させるのを妻として素晴らしいと褒めるんですか?」

照井「表現を考えろ貴様ぁ! 俺の妻だぞ!」

恭文「僕なら止めます。舞宙さんは特にうたうたいですし」

舞宙「ん、いっつも気遣ってくれるよね……って、そうじゃなくてね!?」

鷹山「お前、ここまでやって憂さが晴れていないのかよ!」

大下「これで鳴海荘吉、もう二度と風都には足を踏み入れられないってのにさぁ……蒼凪家と美澄家にも……って、あれ?
その周囲に近づくなって形で命令が出ているんだよね。ということは……」

風花「…………刺し殺したい…………」

鷹山「風花、落ち着けぇ!」

大下「そうそう! 普通の人だったんだろ!? こういうことができない普通のドン・キホーテだったんだろ!? だったらそれで納得しようよ!」

風花「だったら風車に激突して、そのまま潰れちゃえばよかったのに」

鷹山・大下「「落ち着けぇ!」」


(おしまい)






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あきゅろす。
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