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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
その6.6 『断章2017/君は何色だい』





魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

その6.6 『断章2017/君は何色だい』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


なんとか……なんとか風花ちゃんにはスマホを置いてもらって……というか没収した方がいいのではないだろうか。

誰もがそう思いながらも、話を勧めていく。


「……あたしといちさん達も、その話を聞いたとき……ほんと衝撃的だった。
恭文君は投薬やアルトアイゼン達のサポートもあるから、まだ大丈夫だけどさ」

「……舞宙さんやふーちゃんも、手をぎゅってしてくれますし」

「ん……というか、恭文君の次にやばいのは風花ちゃんだった。
そんな恭文君を間近で見ていた一人で、深いところまで知っている子だからさ。もうイライラが加速して……」

「…………」

「無言のままスマホを取り出さないで!?」

「ふーちゃん、スマホ……預かっておくから。ね?」

「待って! ちょっと時間を見ただけだよ! それだけだから!」

「「腕時計あるでしょうが!」」


風花ちゃん、そこで反論できるとは思わなかったよ! その可愛い腕時計、誕生日に恭文くんからもらったーって喜んでいたのに! お手入れも頑張っているのに! お願いだからまずその時計を頼って!?


「……この調子だから、ふーちゃんの風都行きだけは絶対に駄目だって……会長にもお願いしたんですよ。
鳴海荘吉を必ず殺すマシンとして機能していくからって。正直それに構っている暇もないからって」

「でも、無理だったんだよね。風都が現場なのはもう知っているし、ここで恭文君と不用意に離れて行動する方がずっと危なかった」

「まぁ、話に聞いた勢いなら……やっちゃんのところに突っ走りそうだしなぁ」

「その前におじさんですよ……。どこぞの包丁を持った有名モンスター≪トンベリ≫同然なふーちゃん相手に、ここまで刺激し続けるとか……死にますよ?
右手に包丁、左手にランタンを持って、ぐさりと即死ですよ? もちろん今まで倒した敵の数に倍数をかけた計算式で、カンストダメージも与えてやっぱり死にますよ? それを報告するんですか? 僕が」

「ほんとヤバいな、おい!」

「なにより非合法私刑やらなんやらを全部吐いてもらわなきゃいけないのに、被疑者死亡って……僕の評価にも関わる。忍者になれない」

「そこで私利私欲を出すなよ! いや、大事なことだけどな!?」

「俺達、ちょいちょいそういうミスをやらかしていたからなぁ……! むしろこれくらいがいいのかもしれない」


え、なにそれ。警察官がそんな……やらかしたときもあるってことかぁ。気安く話しているけど、伝説と言われるほどのベテラン刑事さんだしなぁ。


「み、みんなのトラウマ……あぁあぁあぁ! 数時間のレベル上げがぁ!」

「……って、天さん!?」

「雨宮ちゃん、どうした! どうしたぁ! 急に錯乱するなよ! びっくりするだろ!」


……天さんもゲーマーだから、やられたんだね? 私も恭文くんからどうして恐ろしいかを教えてもらって、ぞっとしたし。出るところではこまめなセーブ必須らしいからなぁ。


≪私も付き添っていてヒヤヒヤしましたよ……。
あなたは覚悟を決めてやる方ですし、風花さんはご覧の通り限界突破したら衝動的にやっちゃう方。それでお互いに違うベクトルで一生根に持つ。
どうして鳴海さんはあそこまで……このニトログリセリンにガソリンと有害汚染廃棄物を混ぜ込んで煮詰めたような連中を、堂々と刺激し続けられるのかと≫

「嫌な危険物だなぁ……。あぁ……でも納得はできたよ。だから、例のリーゼさん達? それも付き添って……」

≪……二人も相当ビビり散らかしましたけどね。
この人はまだ筋道と私利私欲を立てていけば話せますけど、風花さんは無理。完全バーサーカーですし≫

「……とにかく死んでくれの一点張りだしね。ふーちゃん」

「うん、だと思う」

「あれ、麻倉さんに凄い誤解されている気がする! 待ってください! あの、それは……ほら! 死んでいい奴だーみたいな!」

「言っていること同じだからね?
……でもそういうときって、ほんと難しい」


もちさんは少し悲しげに、焼けていくお肉を……ぱちぱちと鳴る赤い炭を見やる。


「私自身、割と無自覚に鋭いボールをぶん投げることもあるし……失礼な話になるけど、蒼凪くんのことを聞いてね、いろいろ考えちゃったんだ」

「というか……そのもちさんに、ちょっと注意した社員さんもなんだよね」

「その人も、ですか?」

「これ、オフレコでお願いね? ……わたしやもちさん、天さんの後輩……三期生になる子達を、オーディションで見つけようかーって話題が出始めているんだよ」

「あぁ……夏川さん達が受けた感じで」

「それ。もうすぐ募集かけるんじゃないかなぁ」

「……蒼凪」

「元々ミュージックレインには、スフィアという声優ユニットさんがいるんです。四人ユニットなんですけど」


やっぱりその辺りに詳しくない鷹山さんに、恭文くんがまたタブレットを見せる。


「そこに入っているのが、さっきお話した戸松遥さんと高垣彩陽さん。そして寿美菜子さんと豊崎愛生さんです」

「おぉ……みんな奇麗だな」

「脂も乗ったいいお年頃って? いいないいな……おい……!」

「……一応言っておきますけど? 豊崎さんはご結婚していますからね?」

「「なんだとぉ!?」」

「やっぱり豊崎さん狙いだったか! 視線が一点集中だったからすぐ気づいたわ!」


うわぁ……鷹山さんだけじゃなくて、大下さんもまた……天さんを雀荘に誘うだけじゃ飽き足らないとはねぇ。へぇ……へぇ……!


「あ、待って……絹盾課長、待って。違うの。
俺達はただ、こう……ね? あまりの美しさに見とれてしまって。タカと違って、俺はピュアだから」

「自分で言うなよ……。というか、お前こそ猛禽類みたいな目をしていたからな?」

「……蒼凪くん、サイちゃんの前にさ……二人に女性を紹介するしかないんじゃない? その方が安全だよ」

「「なんだと!?」」

「いちさんとの彼氏彼女の日も邪魔されないよ?」

「なんだと!?」

「ならそうします」

「「「なんだとぉ!?」」」


や、恭文くんがなんか責め責めだぁ! うぅ……恥ずかしいけど、嬉しいような……馬鹿ぁ……!


「とにかく、みなさんユニットとしても、ソロとしても凄い活躍をしている人です。
麻倉さん達はその先輩達に続けと開かれた、二期生オーディションの合格者です」

「だから三期生か……。それで受かったらデビューで、雨宮達の後輩……」

「オーディションそのものの広報、合格者へのレッスンやデビューまでの段階を踏んだ手続き……実際に出てくるとしたら、ほんと二年とか三年くらい後の話になると思います」

「あたしらもそんな感じだったしね……」


……なんとか落ち着きを取り戻すと、恭文くんがサイちゃんとナンちゃんを見やる。


「夏川さん……というか才華さんもですけど、二人ともオーディションを受けたのは中学生くらいですよね」

「そうそう! そのオーディションの審査員が、二人もお気に入りな豊崎さんで!」

「デビューしたのは高校生くらい……だからやっくん達と知り会ったときもまだ学生だった」

「結構かかるんだな……」

「鷹山さん達だって、警察学校では結構かかって鍛えられたでしょ? そこから現場入りですし」

「どこも“たまご”として形になるなら、相応にということか。
だが……今その話をするということは……」

「……そこで蒼凪くん……というか、発達障害の話が出ているんです」


困った顔のナンちゃんが、恭文くんを見下ろす……。


「もしオーディションに合格した子が……これからの社員が障害者だったらって……ようはそのときのPSAさんみたいな感じで」

「納得です。でも、それをオフレコ前提でも話すって……大丈夫ですか?」

「いろいろ特殊な仕事もあって、侃々諤々な感じかなぁ……。
今だと障害者が主題となったお仕事もあるし」

「そこは大きいですよね……」

「夏川、俺は余り詳しくないが……声優だよな? そういう仕事は」

「たとえば発達障害への理解を求める、行政が作った啓発動画……アニメじゃなくても、そのナレーションとかですね。
あとは……そうだ! もちさんが前にやったんですけど、フリースクールの活動PR動画!」

「あれもあったね……。あの、発達障害が絡んで、学校に居場所をなくした子が通っている場合もあるそうなんです」

「でもそこでごたごたするならと……」

「それに、二〇二〇年には東京オリンピックの開催もありますよね。必然的にパラリンピックも……あまり詳しくは話せないんですけど、それに向けた企画も今のうちから動いているんです。私達もオーディションを何個か受けたりしていて」


そう……今のうちから、いろんな企画が動いているんだよ。私もいくつか聞いている。そういうお仕事に関わるチャンスも遮られるし、会社全体の評判にも関わるから、みんないろいろ悩んでいるんだ。


「だが、ミュージックレイン……ソニーミュージックも上場企業だろ。そこでまた改めてか」

「……コンビニバイトが難しすぎる……そう言うお話を社長さんや偉い人が聞いて、戦々恐々としちゃったそうなんです」

「なんだって?」

「蒼凪くんは」

「発達障害絡みのコミュだと必ず出てくる話題です。えっとですね……」


かいつまむと、今のコンビニは完全にマルチタスクな凄い所という話だった。

ただ物品を売るだけじゃない。その品物の仕入れ管理や品出し、入れ替え、ホットスナックなどの調理……というだけじゃない。

公共料金だって支払えるし、宅配物だって預かり、送る。コーヒーメーカーで珈琲だって入れるし、一番くじなどのキャンペーン業務にも対応する。


とにかくマルチタスク……やることが多い。覚えることも多い。だからコンビニバイトはもはや誰でもできる仕事ではない。とても大変な重労働。

そして重労働の中でもマルチタスクを……臨機応変かつ迅速な行動を求められやすい職場は、発達障害者には辛いようで……。


「――お客さんへの対応もしつつですから、やることがとっちらかるんです。もちろん修得する……実行する速度も求められるから、余計に。
だから発達障害者にとってコンビニバイトは、東大に入るより難しいという定説があります」

「今のコンビニ、そんな凄いことに……いや、なっていたよな……。
田所が今度やるライブのチケット、今朝コンビニで発行してもらったし」

「鷹山さん!? え、なんで私のを!」

「蒼凪が先輩先輩って凄いアピールするから、どんな感じかと思って」

「……ほんと仲良しでなによりだよ!」

「「いやぁ、それほどでも……」」

「照れるなぁ! 私は褒めてないんだよ! どっちも褒めてないんだよ! 明確に怒りを露わにしているんだよ!」

「……やっぱり好きなんだね、ころあずが」


もちさんの言う通りだった。それは、ちょっとじぇらしー……うぅ……!


「とにかく……コンビニバイトは一例なんです。コンプライアンスやらなんやらも絡んで、いろんな仕事が複雑化しているし、即戦力って形で入るハードルも高くなっています。
単純作業が多い日雇い云々も、法律による規制で以前よりずっとやりにくくなっています。
……発達障害や境界知能がここ数年で注目されてきたのは、そういう変化もあるんです。
『誰にでもできる仕事』という救いも、『選ばなければ仕事なんていくらである』という常識も、一昔前のものになってしまったから」

「それが露わになるという表現の根底か……」

「だから蒼凪くんも……あんまり自信がない感じなのかな」

「……少なくとも、自分は違うなんて言えません」

「ん……」


それは言い訳じゃない。恭文くんが優しいから出た言葉だった。


「療育施設で、知能や身体に著しい問題があって……一般的に働けないような子達も見てきたんです」

「うん」

「愛育園でも……孤児院ってことで、経済的バックボーンが薄いですから。その辺りで将来に悲観して、非行に走る人もいました。
それで出入りしている僕も、言われたことがありますよ。親がいて、一軒家に住んでいる裕福なぼっちゃんとは違うって」

「蒼凪くん……」


恭文くんは確かに、ハンディを抱えている分いろいろ不自由や不運もある。でも……幸運も相応にあった。

そして、そんな自分より……言い方は悪いけど、救いようがない場合もあると。


「もちろんその通りだと認めました。『非行に走る負け犬と一緒にするな、ゴミクズが』と……」

「台なしだよ! そんなこと言ったら殴られるよ!?」

「安心してください。その前に床を踏み砕いて、確認しています。
僕と、本気で、喧嘩する覚悟があるのかと……。ないのならば土下座しろと」

「えぇ……!?」

≪そうしたらまぁ、泣き叫んで土下座ですよ。この人がどんだけ容赦ないかは見れば分かることですし≫

「ごめん、私は一切分からなかったよ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


もちさんが戦慄している……!


「まぁまぁ麻倉さん……僕もクソ弱いゴミ同然な素人をいたぶって、楽しむ趣味はないんです。鳴海荘吉じゃありませんから」

「鳴海さんそんな人だったの!?」


いや、でもそっかぁ。蒼凪君、武術家さんで忍者さんでもあるしね。そりゃあ感情任せだろうと手が出たら……絶対勝てないよなぁ……!


「…………」


でもなんというか、見ていて驚きだった。

いや、大暴れな武勇伝じゃなくてさ。こう言うのも失礼なんだけど……。


「でもほんと、努力すればどんなことでもーとか、死ぬ気でやっても死なないからやれとか……アホなこと抜かすのが多すぎるんですよ。
環境は自助努力だけで説明できないところが多数だし、身体的・精神的なハンディもその限界値と相談しつつやらないと、すぐ破綻するってのに」

「それでも……それでもさ? 本気で頑張ればって、そういう希望を伝えたいとか、考えられないかな。自分も頑張ってきた。だからきっとって」

「そうして自分の努力を物差しにして、自分よりできない奴を見つけてあざ笑いたいだけでしょ?」

「蒼凪くん……!」

「現に僕がそんなこと言ったって、やる必要のなかった努力があるって露呈するだけです。経済関係はお父さん達の努力があればこそですよ」

「やっぱり自重しているだけかぁ!」


ただ、言う理由はあった。運がよかったのだと……環境に助けられているのだと。そう言いきる理由はあった。

……でも共感してくれないのは辛いよぉ! いや0 、自分の言葉がそういう暴力になる……その可能性もあるんだって、自重しているだけなのは分かったけどさぁ!


(でも……それが本当に意外でもあるんだよね)


だってさ、蒼凪くんは第二種忍者として、伝説的な活躍もしている子なんだよ? 今聞かせてもらっている話だって、規格外なとこたくさんあったし。

だったらそれは誇ったっていい。自分はそういう人達とは違う。成功した人間なんだーって……まぁ、嫌な奴だけどね?

でも蒼凪くんは……心からそれが嫌だって思っている。そう見下すのは嫌だなって、表情を歪めている。


「というか、それが許されるなら僕も見下せますよ? 誰彼構わず……僕、TOKYO WARで国を救ったヒーローだし。核爆弾も解体したし。
そんな僕より自分が努力していると? だったら国の一つでも救ってみせろってもんですよ」

「そのマウントちょっとやめようか! 一般人には対処できない!」


うん、やっぱり駄目だね! 言葉を考えないと、努力ってそれだけでマウントだ! 現にあたしは実際にやられて、泣きそうになったし!


(でも……あぁ、そっかぁ)


やっぱり根っこは優しい子なんだ。メリッサさんへの捜索魔術行使も、ろくなことにならないって分かっているのにやっちゃうしさ。……そんな義理立てもないだろうに。


でもそういう子なんだよ。だから同じだと……みんな同じだと戒めて、見下さない。

きっとそれは、周囲の人達に感謝しているから。いっぱい助けてもらって、示してもらっている実感があるから。

それで……人とは違う自分の道を乗り越えるために、環境を整えて、ありったけを使い尽くす……強くなることに、いつだって全力でいたいから。


「………………」


……以前、先輩に言われたことを思い出す。


どうにも自分の仕事が……やっていることがプロの水準というか、正解なのか分からなくて、毎日泣きながら帰っていたようなとき。

今よりも自信が持てなくて、おどおどしていて、いつやりたかったはずの仕事もできなくなっちゃうのか……怖がっていたような時期……こう言われたんだ。

誰がなんと言おうと、周りの人達があなたを選んでいる。そのあなたが出したものが通るなら、それは正解だよ……ってね。


オーディションでも、お話を直接依頼された形でも、選ばれて、託されて、繋がったお仕事。その一つ一つを全力でこなすことがまずやるべきこと。

もし足りなかったとか、間違っていたなら、その周りがちゃんと正す。だから思い通りにやっていいんだって……そこからかもしれないなぁ。本当の意味でお仕事ができるようになったのは。


(……思えばそうやって、今の今まで育ててもらったんだ)


事務所の人達だけじゃない。もちにも、ナンちゃんにも、共演してきた他の事務所に所属する人達にも、監督さんにも、スタッフさんにも……たくさんの人達に、たくさん支えてもらってさ。

きっと蒼凪くんも、そういう自覚があるから……自己責任とか、そんな丸投げじゃない“なにか”を託されているんだって、そういう自負があるから戒められるんだ。


(だから、使い尽くそうって思えるのかな)


伊佐山さんのときもそうだったけど、きっとこの子は――でも、それなら……余計に気になる……!

そんな子が一目惚れするようなお姉さんって、本当に何者!?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――恭文くんには、自分は違うなんて言えない。そんな見下しはできない。

自分は救われていた。自分は幸運だった。周囲に恵まれていた。ただそれだけのことなのだと……。


「だったら余計にね……蒼凪くんには、誰かと一緒にうたうこととか、ステージを作ること……怖がってほしくないなって……そうは思うかな」

「麻倉さん……」

「ううん……怖いって思っても、それだって力にしちゃう気持ちで、いてほしいな」

「……」


……恭文くんは上手く答えられない。でも……どうしてそこまで言ってくれるんだろうって疑問と戸惑いが瞳に浮かんでいて。


「上手く答えられなくてもいいよ。私だって具体的にどうしたら支えになれるのかなとかは……凄く迷っているし」

「麻倉さん……あの」

「だからね、そう思っている人達がいるってことだけ、覚えてくれればいい」

「……」

「それだけ、また約束かな」

「……はい。忘れません」

「ん……でも、ほんとにどうしようかなぁ」


もちさんは私の方を一瞬見る。どうしたんだろうと思っていると……こっそり近づいてきて。


(いちさん、ほんとしっかりしなきゃ駄目だよ?)


そこで釘指しするようにつぶやき、視線も厳しくする。


(蒼凪くん、やっぱりクレイジーだけど……ううん、だからかな。自分が“普通じゃない”けど、それで違う誰かのことを踏みつぶすのとか……嫌だなって思っているみたいだし)

(……私、やっぱり中途半端なのかな)

(大人になるまで、ちょっとずつ……とかなら分かるよ? まいさんが変態なだけだし)

(ん……)

(でも一つアドバイスをするなら……いちさんの行動は、完全に好きな男の子にすることだからね?
それをぶつけて、時間も使わせている自覚は持つこと)

(……うん、ありがと)


そうだよね。私が恋愛とか全然……駄目駄目なだけで、もちさんが軽く離れる中、ちょっと思い悩むけど。


「あたしも、実はさ……今日きたのって、蒼凪くんにそういうお話、聞けるかもって思ったのもあるんだ。もちろん主軸から外れるかもだし、また軽く相談って感じでさ」

「そうしたら主軸でもあって、目を丸くしていたわけか……」

「それはもう! それに……環境を変えるって下り、ちょっとショックで」

「大人だから、仕事だから……それに自分を合わせることが“普通”だからな。俺も覚えがある」

「警察官だと、みんな警察学校でしごかれちゃうしね。照井だけじゃないって。
……でもさ、それならやっちゃんは力になれるんじゃない?」

「えぇ。……民間からの依頼で、発達障害の診断に付き添ってほしいっていうのも受けていますし」

『えぇ!?』

「専門部署もあります!」

『専門部署ぉ!?』


もちさんやみんながぎょっとするので、私とまいさん、サイちゃんが首肯……。


「家族の理解が得られそうにないときとか、職場に話そうかどうかーってときにも頼られるんだって。
発達障害の認知度があがって、もしかしたらって大人の人も増えたから……」

「……あ、それならわたしも見たことがあるよ! えっと、多種的精神障害支援部!」

「それです」

「そっか! 蒼凪くんきっかけで、サポートのノウハウもできたから!」

「当事者・第三者を問わず、困りことがあるなら大歓迎です」

「そっかぁ……じゃあ、ミューレごとこう、お話とかも」

「支援部が間に入る形なら……大丈夫だと思います。こう、侃々諤々で遺恨がないように」


恭文くんは胸を張っていた。みんなの周囲で……もちろんみんな自身でそういう困ったことがあっても、力になれるって。

気になるなら、何かが引っかかるなら、それを否定しなくていいって……その優しさにもちさんの表情も緩む。


……きっとそれは、うたうことを怖がらなくていいという言葉への……全力の返礼だったから。


「とにかく一度、外部の専門家に相談することをお勧めします。
法律の問題も絡むと、弁護士さんの意見も必要ですし」

「なら……事務所のみんなには私からお話して、また相談を持ち込ませてもらうね」

「僕からお話すると、三期生絡みのことがバレちゃいますし……うん、それでいきましょう。纏まったらPSAに連絡してもらえれば」

「いや、君に直接相談するよ。せっかく“電話”ももらったし」


そこでずるっと椅子から転げ落ちかける恭文くん……反応が芸人さんなんだよなぁ。


「はい!? いや、それはー!」

「やっくん……まぁ仕方ないけどさぁ。でもちょっとずつだよ? もちさんもきっちり叱ってくれるし子だしさ」

「うん。駄目なことは駄目だよーって叱るし……だから、蒼凪くんも上手く分からないときはそう言ってほしいな?
それで、喧嘩しても仲直りしていけるように……ね」

「は、はい……」


うんうん、私の彼氏はやっぱりいい子だよ。ちゃんと信頼を掴んでさ。でも……。


「もちろんいちさんともだよ? ほら、彼氏彼女の日も作るんだよね」

「それはあの……」

「そういうときは、まず君の気持ちからでいいんだよ? じゃないといちさんだって迷っちゃう」

「僕の……気持ち……」

「…………恭文くんは……ううん、分かった……うん、そうだよね。男の子だもの」


そう、だよね。うん……もちさんの言う通りだ。だから私も……もうちょっと、勇気を出して……!


「あの、そういうときは……ちゃんと、お話だよ? 私も経験ないから……優しくしてほしいし……だからあの、全部……恭文くんが初めてになるの! 恭文くんに全部あげるから!」

「……それでいちさん、意外とむっつりだからさ。うん……遠慮とかいらないよ」

「むっつりじゃないよ!」

「いや、いちごさん……否定できません。する権利がありません」


恭文くんもしー! そ、それは……あの……駄目駄目! 今は言ってあげない! 次の彼氏彼女な日が来てからだよ! 二人っきりのとき限定なんだから!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


うぅ、エッチな子扱いされた……むっつりじゃないし……むっつりじゃ、ないし!


「ま、まぁ……個人での話し合いでちょっと揉めても、“知り合いに同じよう人がいて、凄く困っていたからどうしても心配になった”とか謝罪混じりで言えば、大抵は落ち着いて聞いてくれますから」

「あぁ……それならまだ……そうだ、それも聞きたかったの」


もちさんは私を辱めたことなど捨て置いて、少し小首を傾げる。


「発達障害の当事者でも……自覚があってもそういうの、見ていて分からないのかな」

「正確に診断って意味なら絶対に無理です」


恭文くんはそんなもちさんに視線を合わせながら、迷いなく断言する。ここは絶対だと……。


「ネットで言われているような典型症状だけじゃなくて、知能テストや問診も行うんです。その結果で判断するので」

「それはそっか……。専門家さんでも判断が難しいとか、ネットの記事で書いていたし」

「えぇ、難しいんです。典型症状だけで見ていけば本当に……失礼なレッテル貼りになりますし」

「たとえば?」

「……あたしが片付けも苦手で、鶏肉放置で異臭テロをかましたのは……ADHDのせい、とかだよね」

「そうですね。整理整頓……落ち着いた思考整理が難しいという部分に当てはまるとか」

「……あぁ……やらかしたんだよね。それで君の家にしばらく居候して、先取りして」

「「あ、はい」」


二人とも、顔を背けなくていいんだよ? まいさんが変態なのはもう知っていることだし。恭文くんも……ね? いろいろ押さえが効かなかったのは分かっているし。


「あとは……大下さんと鷹山さんも……大下さんが我慢できずに突っ走るとか、落ち着きがないとかは、飽きっぽいとかはADHDの典型症例です。
……ただこれは、行動力があって、いろんな形でアイディアなどが出せる。自分から状況を動かしていけるという強みでもあります。舞宙さんも同じくです」

「そう言われるとユージだな……」

「まいさんでもありますね。こうしたらもっとよくなるんじゃないかーって試行錯誤、凄くしていきますし」

「じゃ、じゃあやっちゃん……あの、爆弾を落とすのとかは……!」

「そっちは……どうなんでしょう。確かに作業の処理能力も絡んで、手先が不器用な場合も多いです。僕もそうですし。
でも大下さんってなんだかんだでアラフィフ間近ですし、体力関係なのかなぁとは……」

「やっぱ、鍛え直すしかないわけね……!」


あぁ……それも聞いているよ。走って足がもつれ気味になって、恭文くんや水嶋さんに置いて行かれたとか。相当悔しかったみたいで、拳を握っているし。


「蒼凪、お前みたいに別の症状を併せ持つ合併症だと、また複雑なんだよな。長所と短所がかけ合わさったり、打ち消し合ったりで」

「だから発達障害か否かというイエスノー形式ではなく、その状態が……特性が強いか弱いかで見ていくんです。
知能検査により、その能力値も合わせて観察することで」

「……だったら余計に、ぱっと見で判断できるわけがないな。
で……俺の場合だとどうなるんだ」

「鷹山さんのこだわりが強い……独断専行でいろいろ動くところは、ASDの典型症状……自分のルーティーンやこだわりを崩されたくないという部分に連なります。
それゆえに人の機微が読みにくいとか、空気を乱すとか、マルチタスクとか、会話も含めたコミュニケーションが苦手です。なお僕も思いっきりそっちです」

「……やばい」


そこで鷹山さんが軽く衝撃を受けた様子で、頭を抱える。


「さっきの下りも含めると、否定できる要素があんまない……って、蒼凪。それなら鳴海荘吉は」

「当然おじさんもここに当てはまります。
……もちろんここも強みになります。辛抱強く根気のいる……同じことの繰り返しに近いことを続けられるとか、集中力が高いとか。
あと空気が読めないのも“悪い意味での同調に流されない”ということでもあります。それゆえにはっきりした……それも正当性のある規範を示されているのなら、それは絶対に破らない」

「確かにタカ、暴力団相手の仕事は蛇みたいにしつこいからなぁ。というか流されないってところはデカにも向いている」

「……やっぱり鷹山さんも普通にレジェンドだ……!」

「俺は俺の仕事をしていただけさ。君達と同じだ」


鷹山さんは、ナンちゃんにそう笑って返して……これだけならニヒルでかっこいいんだけどなぁ。これだけなら……恭文くんに女を紹介するとか言わなければ、なぁ……!

ん……でもそうなんだよ。発達障害ってね、強みもあるんだ。単純にデメリットで、勝ち負けだけで語っていいことじゃない。というか、語れることじゃない。

実際今出た我慢強いとか、集中力が高い……空気が読めないというのも、強みになるときもあれば、それが弱みになることもある。周囲の環境や、そのサポート……症状への自覚によって大きく変わる要因だよ。


だから、鳴海さんの言ったことは立派に偏見だし、差別なんだよ。それも自覚がない……一番タチの悪い差別。

ほんと“時勢”が悪かったとはいえ、あり得ないレベルの差別。


それで一番救えないのは、それが当たり前で通せて、結果……とんでもない形で対価を払う道に進んでいるってところだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


…………どうしよう。口の中がまだ甘ったるい。

というかいちごさん、本当に距離感が近い! あと彼氏彼女の日ってなに!? それもう付き合っているも同然だから! なのになんでお互いそこを踏み出せないの!?


「でも、ぱっと見だけで判断できない分……本当に苦しくて難しい話だね」

「ん……今の話だけでも分かるよ。“障害に負けるな。言い訳にするな”っていうのがどれだけ……あぶないか……!」

「……他人の“色”にどう向き合うか……これはそういう話なんです」


そう告げると、夏川さんと麻倉さんが神妙な顔で頷きを返してくれる。それが……ちょっと救われて。


「結局鳴海さんが言っていたことは、その色に寄り添い、知ろうとすることすらしない“妄言”です」

「もっと言えば手抜き、だね」

「はい」

「……実際さ、あたしもそれで……診断、受けたんだよ。恭文君に背中を押してもらってね」

「まいさんが!? ……ああぁいや……ずぼらだから」

「だから」


だから舞宙さんも、少し困った顔でビールをくいっと…………あれも、大変だったなぁと思い出す。


「あたしの場合はさ、知能指数とか能力値とかも平均で、障害者認定が下りるレベルじゃなかったんだよ。
ただこれまでの生活や性格的にADHDの傾向は見られるから……そこを意識して生活するだけでも大分変わってくるって教えてもらった。困ったらカウンセリングとかに来てねーともね。
……診断を受けたこと自体はよかったって思っているんだ。自分自身不安のあった部分とも向き合えたし……恭文君とも改めてさ、一緒にいる意味とか考えられたし」

「恭文くんも言っていました。舞宙さんとは年齢差もあるし……でももう離れようがないなら、余計にって」

「ん……でね、改めて納得しちゃったんだ。……恭文君がお父さん達のことを簡単に許せなかったのも、仕方ないって」

「お薬やカウンセリングで、気持ちを上手くコントロールして……だしね」


そこで麻倉さんが、私も思い出していたキーワードを……あの子の存在に触れる。


「だったら鳴海荘吉さんが言ったことは、本当に無責任だよ。そもそも大前提から理解していないわけだし……私もだったけどさ」

「見殺しにした……その表現は決して間違っていないよ。
そもそも恭文君、自分のこと“だけで”あそこまで激怒する子じゃないから」

「それも分かるよ。苺花ちゃんを“あんな子”呼ばわりされたことも、それで苺花ちゃんが……同じ障害を抱えて苦しんでいる人が馬鹿にされたことも、絶対に許せない」

「しかもそれで自殺しかけたのに、それも苺花ちゃんの甘えって一刀両断したしね。
……そうまでしておいて、自分に信じられようとするところが理解できないんだよ」

「……あの子はそうするにしても、嫌われて仕方ないと割り切れちゃう」

「ん……」


麻倉さんが私を見やるので、その通りと頷く。だからもう……ほんと、腹立たしくて……!


「実際あたし達に話してくれたときはそうだった。
恭文君自身、この件では絶対的に正義じゃない……むしろ悪の側だって自戒もあるから」

「……それでも、戦ったんだね」

「恭文くんにこれを見過ごせというのは、本当に無理でした。
……苺花ちゃんだけじゃない。自分と一緒に攫われた人達……風都で傷つけられている人達がいるのに、それを助けられない……助けを呼ぶことすらしないなんて、絶対に」

「鳴海さんじゃあ駄目だったのかな。もちろん非合法私刑なんて、駄目だろうけど……それでも、正しいことをしていたならって」

「……まだ話が出てくるタイミングじゃないんですけど……恭文くん、劉さん達に一つお願いをしていたんです」

「お願い?」

「鳴海さんが事件をもみ消した関係で、一緒に攫われた人達の状況が一切不明だったんです。
……明確に自分が“当たり”だと分かった上でのことなら、他の人達も相応に手を伸ばされての実験だったのに」


麻倉さんが言いたいことも分かる。バットマン的な……ダークヒーローにも見えるだろうけど。

でも、違う。それはあの人の本質じゃあない。それは違うと……嫌悪感をつい滲ませていて。


「口封じしにかかったのなら杞憂かもしれないけど、他のメモリで実験対象にされる可能性もある。
だから自分が訴えを起こすから、それを利用してなんとかその人達の所在を明らかにできないかと……」

「え、待って待って。じゃあ、もしその人達になにかあったら」

「……事件をもみ消した鳴海さんの罪です。しかも鳴海さんがどうやってその人達を黙らせたのかが分からない」

「最悪暴力……何らかの恫喝を行って……って感じだよね。
だからPSAも乗っかって、調査を続けていたんだ。今この瞬間も」

「じゃあ、蒼凪くんが鳴海さんのこと、一切信用していない感じなのって……」

「……その場合、恭文君がそこまでして助けた人達を傷つけているかもしれないから。
更にここまで顔を出しているのも、サイコメトリーでその辺りを読み取って、調査を手助けするため」

「……」


正直申し訳ない。大人として……過去の話でも、本気で心配してくれているのは分かっているし。

でも、私達はこう答えるしかない。特に恭文君は……それが絶対に許せないことだから。


「その上で恭文君の行動を『勇気ある行動』とか『他人のための我慢』とか宣っているなら、説得力皆無だもの」

「しかも……苺花ちゃんを助けられなかったときの恭文くんと同じ……うん、同じだよね」

「……はい」

「でも皮肉だなぁ。その手痛い負けがあったから、今ここでこれだけ戦えるって……」


だから苺花ちゃんのときも頑張った。でも……上手くできなかった。

だったらどうやれば、どうすればってずっと考えて……私には、それを止められなかった。止めたくなかった。

だって…………。


「実は苺花ちゃんのお父さんも、恭文くん……専門家の方から見ると、発達障害の傾向があったそうなの」

「え!?」

「……さっき話したテンプレ的な感じ?」

「感じです。まぁ、だからこそ余計に苺花ちゃんへの対応もアレでしたし……そうです、恭文くんはアレで学んだんです。
恐怖や絶望から目を背けても、自分一人じゃできないことから逃げても、誰も救えない。その“絶望”を受け入れた上で、みんなを繋ぐ“希望”を示さなきゃ……本当に大きな困難には打ち勝てないと」

「だからあの子は、みんなを助けたいって気持ちを捨てなかったんだね……。
PSAの人達も……テラーで困っている人達も助ける。そんな引き金になるって言い切れた」

「だから余計に、苺花ちゃんのお父さんも……それを傍観した周囲も許せなかったんです」


ただ子どもが甘えないように、いらないものを処分しただけ……苺花ちゃんのお父さんはそう宣ったけど、それで済むわけがない。

あのフォトブックは、ただの物じゃない。苺花ちゃんにとって、自分と恭文くんとの約束を……夢を交わした証明であり、それを叶えるための道しるべだよ。

恭文くんにとって苺花ちゃんが大事な子なら、苺花ちゃんにとっても同じ。広い空に……世界に憧れる自分の夢を笑わず一緒に見上げてくれた初めての子だって、そう言っていたんだ。


……それが甘えで、不要な物だと馬鹿にされて……そうして笑われ続けていたから、余計に嬉しかったって言っていた。

そんな中で、一緒にその夢を描いて、見上げてくれる恭文くんが……どれだけ救いだったことか。それは恭文くんも同じだったけど……同じだったのに……!


あのときのことを……それまでのことを思い出すと、本当に腹立たしくて。


「だから大嘘……みんな、嘘ばっかり……」

「風花ちゃん?」

「恭文くん、奇麗なものを守れるヒーローに……忍者になりたいって言っても、みんなから不器用で、失敗ばかりで、空気が読めないから無理だって笑われて……お父さん達も危ないからって感じで否定して。
例外は受け止めてくれる療育施設の先生と、ご近所の舞さん……愛育園っていう孤児院の先生達と苺花ちゃん。それと……御影先生だけで」

「……エールをもらったんだっけ。蒼凪くんが忍者になれば、たくさんの人が救えるって」

「障害のことも理解してくれて、苺花ちゃんのことも相談に乗ってくれて……本当のおじいちゃんみたいだって」

「そんな人が亡くなって、苺花ちゃんのことがあって……だったら、余計に辛いよね……!」

「だから恭文くん、全然笑わなくなったんです。もちろん自分の夢を誰かに話すこともなくなった」


事なかれ主義に走ったおじさん達と違って、受け止めて、相談に乗ってくれた。それで……恭文くんにとっては、初めて突きつけられた親しい人の死で。


「恭文くんはあれで悟ったんです。夢は誰かに話すものじゃない……話しても笑われ、馬鹿にされて、踏みにじられる。……世界は……“普通の人達”は、それが楽しくて仕方ないんだって」

「でも、それで納得する子じゃないよね。実際剣術の練習、凄く続けていたみたいだし」

「はい。だって……その諦めに折れるってことは……!」

「……根っこは凄く優しい子なんだね。さっきもそうだった」

「……恭文くんはぱっと見の印象よりもずっと、繊細で弱い子なんです」


麻倉さんの言葉に、つい声を漏らしちゃう。


「度を過ぎるくらいに優しい気持ちもあった。
純粋に物事を見る瞳も、違う何かを受け入れられる暖かさもあった。
それが……私とお父さん達は、ずっと怖かったんです」

「どうしてかな」

「もしそれをあざ笑って、利用して……踏みつぶす誰かが出てきたらって。
……そうして割れた心は、きっと誰にも直せない。そうしたら……そうしたら……!」

「実際お父さん達も、“もうこれで危ない武術もしなくて済む”とか言っちゃったらしいんだよ。笑って、安心しながらね」


まぁ、当然恭文くんは一切聞かなかったけど……苺花ちゃんのこともあって、相当軽蔑していたらしい。

だけど……恭文くんは……。


「それでも見捨てられなかったんだよ。だからえん罪を当然にしていいわけがない……それは御影先生が信じてくれた未来にも嘘を吐くからって」

「……だからかぁ。戦うのは好きだけど、殺すのは嫌いって言い切ったのは」

「だから絶対鳴海さんが許せない。今も絶対に許せない」

「風花ちゃん」

「その優しさを利用して、自分のかっこつけが正しいと認めさせる……その罪が謝って許されるわけがない。
恭文くんなら……優しい恭文くんなら“自分のために”我慢して、許してやれる……そう見くびったんだから……!」

「……やっぱ風花ちゃん、本部長だよ」

「田所さん!?」


いや、否定できないけど……でも、でもね! 私にも怒りがあったの! そうだよ……結局鳴海さんが言う『我慢ができる男だ』って見込みは、そういうことなんだよ。

恭文くんの優しさを利用している。それでも……それでもって叫び続けたことを侮辱して、見下して、都合のいい形で振るうことを強制している。

それをどうやって許すの? 謝って許されていいはずないよね。そんなわけないそんなわけないそんなわけないそんなわけない……!


「……まぁ、分かるよ」


すると田所さんが、私を気遣うようにそう言ってきて……。


「メリッサさんがその、輪姦された感覚……そのままってのもあるしさ」

「ん……それはね、私達みんな女の子だし、よく分かるよ? どれだけおぞましくて怖いかは」

「……恭文くん、それからしばらくの間、“それ”を思い出すと吐くようになったんです。 “そんな想い”をしている人一人助けられない……自分のせいだって……悔しがりながら」

「風都に乗り込んだことじゃないよね」

「……自分が、苺花ちゃんをちゃんと助けられていたらって…………それは私達全員の罪なのに……!」

「………………」


でも……まずい。そういう気持ちも思い出しているから……このままだと。


「…………みなさんから見て限界だと思ったら、止めていただけますか?」


赤坂さんも気づいていたから、そっと私達に近づき……恭文くんには聞こえないよう、小声でお願いしてくれる。


「知り合ったばかりの私だと、やはり加減が分からなくて……特に豊川さんには強くお願いしたいんです」

「……ありがとうございます」

「いえ……みなさんの打ち上げを借りて重たい話ばかりしていますし、これくらいは……あ、二次会のセッティングは任せてください。美味しいところを用意していますので」

「美味しいところ!」

「もちろんたくさん食べていただいてかまいません。その方が彼も元気が出るでしょうし」

「その前にもちさんの元気なんだよなー! でもあの、落ち着いて! お肉を食べながら次のグルメに向けてお腹を鳴らさないで!」


そうだ……そろそろ限界かも。記憶と感情のフラッシュバック……その連鎖を自ら引き起こしているのと同じだもの。それもお酒も飲むから、お薬なしだし。

赤坂さんもこういうことがあるかもって、気を遣ってくれていたし……臨界点を超えそうなら止めにかからないと……とは、思うんだけど。


「でも……もう少しだけなら……」

「大丈夫そうですか?」

「翔太郎さんとの……みんなとの出会いもありますし」


そこで見やるのは、楽しげに笑うヒカリちゃん達。

うん、みんなとの出会いももうすぐなんだ。そのきっかけは……やっぱり翔太郎さんで。


(――本編へ続く)






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あきゅろす。
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