小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作) 西暦2019年6月・雛見沢その10 『勝つためのL/間宮律子はいかにして袋小路に陥ったのか』 魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s 奉祀(たてまつ)り編 西暦2019年6月・雛見沢その10 『勝つためのL/間宮律子はいかにして袋小路に陥ったのか』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 前回のあらすじ――。 「――園崎魅音! 追加勝負を申し込む!」 そう……部活の恥辱は、部活で払うしかない! そうして掴むよ、完全勝利! 「追加勝負?」 「僕達が狙うのは完全勝利だ! こんな痛み分けじゃあ満足できないねぇ!」 「で、勝負に勝ったら二人を元に戻そうって? そんなうまい話が」 「まさか元祖部長たるものが、新人部員の挑戦一つ受けられないのかな」 にやりと笑うと、魅音が僕と同じ笑いを返す。それは挑戦を受けた、王者が浮かべる余裕の笑い。 「考えたねぇ、やすっち……いや、考えていたんだよね。沙都子と組んだ辺りから」 「ど、どういうことですの! 魅音さん!」 「実際は上手くいったけど、圭ちゃんに反撃される恐れもある。 それでボロ負けした場合……狙うは一発逆転。それで全部こっちにってわけだ」 「……確かに、罰ゲームの内容に逆らっているわけじゃない。ただ新しい勝負によって、結果が塗り替えられるだけ。 だがなんで魅音なんだ? それなら現部長の俺が……つーかそれで俺が勝って! 俺を元に戻させてくれよ!」 「まぁまぁ珍獣……」 「人間扱いしろよ馬鹿がぁ!」 ”後で説明する”と圭一を制しておく。そう、すぐに分かることだしね。 「で、どうするの。まさか逃げるんじゃ」 「そんなわけがあるか! この園崎魅音、どんな相手やどんな勝負だろうと……逃げの文字はない!」 「なら決定だね」 「で、勝負の条件は?」 「一回こっきりの大一番。他者からのアドバイスやカンニングの類いは禁止。園崎魅音がこれまで培った知恵のみで解決してもらう。 僕が勝ったら、瑠依達は元の服に戻す。魅音が勝ったら、焼き肉食べ放題をご馳走しよう」 「「恭文さん……!」」 「いいんだね? おじさんは食い荒らすよ……マナー良く、高級カルビを食い漁るよぉ?」 「マナー良くなら問題なし。……無論これだけじゃない。負けた方はやっぱり薄着になってもらう。 例えば……あそこにあるめっちゃ際どいハイレグとかね!」 そうして指差すのは、教室の隅にある四次元ロッカー。 そこには確かに、もう布切れではと言わんばかりのきわどいハイレグがあった。 全員の視線がそこへ集まり、まさかという顔をする。だってあれを僕が……僕達がアレを着たら、完全にアウトだし。 「な……恭文、本気か! 魅音のスタイルでそれを装着したら、それだけでR18物だぞ! いや、優も同じだ! お前は二人のわがままボディを甘く見ている! 下手をすればこっちがもん絶死するぞ!」 「圭一くん、それは完全にセクハラだよ? その前に恭文くんが着た場合を……かあいいよー!」 「いや、それだと私達、よりひどくなるってことですよね! ちょ、恭文さん……というか優も」 「…………うちは一向に構わんで! うちが着ることになっても、恭文くんと瑠依ちゃんが着ているところを見られるし!」 「優の馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「駄目だよ、瑠依ちゃん! 完全に自分を見失っている! というか……恭文さんもこれで」 「元より承知の上! ……僕を部員として迎えてくれたみんなに、礼を尽くす必要があるでしょ」 ――そこで電流走る。 「ま、まさか蒼凪さん! 元部長に勝負を申し込んだのは……!」 「俺達のために……!」 「みんなー! 魅音のわがままボディが見たいかー!」 『――見たいー!』 「見たいでー!」 「ついでに写真も撮りたいかー! 今なら保存用・布教用・使う用とやりたい放題だー!」 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』 「天国やんかー!」 「もちろん僕達が負けても……優のわがままボディも! 僕のあれこれも見られるぞー!」 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』 「それは最高やぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 煽りに煽ると、男どもが一斉に乗ってくれる。 拳を振り上げ、僕達は叫ぶ……わがままボディが見たいと! だって絶対に奇麗だし! なお一名、滅茶苦茶笑顔で拳を振り上げている馬鹿がいるけど、無視します。 「自分が負けても部員達からの株を上げるって……ただでは転ばない男ですわね」 「なのです。というか優も狂っているのですよ。……圭一に至っては」 「……恭文ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! お前は男だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! だが欲望に忠実すぎるだろ!」 「これですし……!」 「馬鹿だねぇ、圭一は! 男が欲望に忠実じゃなくてどうするのよ!」 そう宣言すると、圭一は『分かっている』と言わんばかりに静かな笑いを浮かべる。そして僕達は静かに握手。 この瞬間、確かに男の友情は結ばれたのだった。もっと言うとコノシュンカンヲマッテイタンダー。 「部長を取られる勢いなのに、意気投合したのですよ……」 「さてお姉、どうします? 部長じゃなくなっていますし、余計なリスクとは思いますが」 「皆まで言うな。……やすっち、負けたら分かってるんだろうね」 「覚悟の上だよ。どうせおのれらのことだから、僕の単装砲を隠すこともさせてくれないんでしょ?」 『――』 すると魅音だけでなく、全員が鼻で笑った。あれか、僕のを見るのも辞さない覚悟ですか。 なんだ、この狂気の集団は。既に祟りが始まってるんじゃないの? 「え、あの……単装砲って、なに? 恭文さんに武器みたいなものが」 「……瑠依ちゃん、お(ぴー)のことだよ」 「へ……!?」 すみれは大人だなぁー。これで分かるんだからぁ……なお顔を真っ赤にした瑠依はともかく、魅音も盛り上がっていた。 「というわけで……みんなー! やすっちの単装砲が見たいかー!」 『見たいー!』 「もっと可愛く飾り付けしてほしいかー!」 『してほしいー!』 「アイドル達のあんな姿も見たいかー!」 『見たいですー!』 ちょ、今度は魅音が女子達を煽ってきた! というか、小学生にそれは犯罪では! ≪いいぞ、もっとやれー。おー!≫ 「おのれも乗るなぁ!」 「ヤスフミ、申し込んだ時点でてめぇも同類だ……!」 「うちも構わん! 覚悟はあるで! どうせすぐ見ることになるし!」 「優も黙れぇ! てめぇ本当にあの狸と魂が同じか! ほんと紹介してやるからひとまず黙れ!」 「というか優ちゃん、それただのスキャンダルだから自重してぇ! 瑠依ちゃんの前に優ちゃんだからぁ!」 「……恭文くん、優さんとはきちんとお話しなきゃ駄目だよ? 冗談っぽく聞こえるかもだけど、レナ……本気しか感じないもの」 「あ、はい……」 レナに窘められながら……チップにする優の同意も取れたので、敵を鋭く指差し! 「じゃあ合意ということで……勝負だ、魅音!」 「いいとも! 勝負内容は」 それは既に決めてある。なので用紙を取り出し……記憶のままに模写! 「これだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 そうして描かれる数式を魅音に突き出すと、その表情が引きつる。 「園崎魅音に問題です! このファルコンの定理を……数学問題を全て解けますか!?」 「な、な……!」 「あ、制限時間は四十五分ね」 「しかも長! ちょ、こういうのはアリ!?」 「魅音、部活はどんな勝負も行うんだよね」 「――!」 「どんな相手や勝負だろうと、逃げの文字はないんだよね」 なので笑って指差すと、魅音がギョッとする。 「ふふ、お姉としたことが口を滑らせましたねー」 「ここで逃げたら魅音さんは……ですがこの勝負、余りに恭文さんが有利ですわ! 魅音さんの学力は一般的小学生以下!」 「チンパンジーか魅ぃちゃんかってレベルだもんね……うちの学校、世界の首都が言えれば入れるし」 「沙都子ぉ! レナァ!」 「……いや……これは……」 ふ、圭一はさすがに知っていたか。下級生の子達も何人か察したようだけど、口出しはしない。 既に条件付けはしているからね! 更に口を出そうとしても無意味! 素早く富田君、岡村君にアイサインを送ると、二人と男子達は女子達の前に立ってガード。 その断崖絶壁のようなディフェンスに、魅音側の女子達も手の打ちようがない……のはまぁいいとして。 「みんな、ちょっと待って。小学生以下って……だって魅音さん、すみれと同い年で」 そう、瑠依が驚愕している点だ。明らかにおかしいもの。小学生以下って……進学校レベルの勉強ができないとしても、この分校で、中学生の身分でいながらそれは。 「あのですね、瑠依さん……まぁ見ての通りな状況で、街の学校より勉強が進んでいないというのもあるんですけど……それ以上に、魅ぃちゃんの学力がちょっとアレで」 「年下な俺に、毎回勉強を教わっている有様だしな……」 「レナぁ! というか圭ちゃんまでぇ!」 「否定できませんよ、お姉。大体レナさんは首都とか言っていましたけど……アメリカの首都がどこか分かっているんですか?」 「…………ニューヨーク!」 「む、正解です」 「「首都はワシントンDCだぁ! いくら存在感がないからってそこを双子揃って間違えるなぁ!」」 「「え!?」」 「……圭一、恭文とツッコミがシンクロしているのですよ」 梨花ちゃん、これは許してよ! これは仕方ないよ! だって……街の学校に通っているはずの詩音ですらこれって! 出題者から理解していないって! じゃあ双子揃ってアホってことじゃないのさ! コイツらなんなの!? 「というか、よくその有様でわたくしのねーねーを名乗れましたわね。それなら恭文さんと優さんに靡きますわよ、わたくし」 「沙都子がひどい!」 「ひどくありませんわよ! アメリカの首都が言えない上、温野菜丼なんておぞましいものを追及するマッドな姉を名乗る不審人物なんて用がありませんわよ!」 「いや、そこと比べられるの、ほんと不服なんだけど……おのれが比べたくなる気持ちも分かるけどさぁ」 「でもこれだと魅音さん、来年の受験とか危ないんじゃ……詩音さんも」 「そう、よね。すみれだって地元の学校を受験しようと頑張っているのに……あれ、部活している暇とかないんじゃ! 詩音さんも温野菜丼とか肩入れしている場合じゃありませんよ!」 「やめてください! 私の、沙都子への愛まで否定しないでぇ!」 「く……ふふ」 みんなが将来を危惧する中、魅音は不敵に笑って僕へ指差しする。 「分かってないね、やすっち! これは作戦だよ! あえて自分を追い込んで、限界以上の力を引き出す! だがアンタは違う! 自分の土俵を使ったことで、気持ちに余裕ができてしまっている! そんなのでどうやって勝つのさ!」 「……魅音、それ現実逃避って言うんだよ?」 「やかましいわぁ! わたしはこの勝負にも勝つ! それが引いては受験戦争での勝利にも繋がる! それが真理さ!」 「ついに部活の勝敗で高校受験も乗り切ろうとしているのですよ。この元祖部長……負けたら浪人決定なのに」 「まぁ納得したよ……お魎さんがあんなことを言った理由」 「お魎が?」 「今朝、公由さんともどもお話をさせてもらったとき……帰り際にさ、言われたんだよ。機会があれば魅音に勉強でも教えてやってくれーってさ」 「婆っちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 はいはい、魅音が怒る義理立てはないからねー。というか現実逃避した奴に言われたくないからねー。 「それ、うちらも言われたわ……。東京の子なら勉強とかちゃんとしとるやろーって」 「……恭文くん、レナからもお願い。実は高校浪人するんじゃないかってビクビクしてて」 「分かった。じゃあ魅音が負けたら、もうちょい学業にも身を入れるようにーっていうのを付け足そう」 「く……ならば絶対に負けられない! ここまで調子こいて、見下ろしてくる奴に」 「それはどうかな」 一言そう言っただけで、魅音は驚がくの表情を浮かべる。いや、それは圭一とレナもか。 ……みんなは知っているんだね、このセリフが持つ意味を。そしてその力を。 「ま、まさか……その台詞は」 「そう、カードバトラーなら誰しも言いたい言葉だ」 「カードバトラーじゃありませんわよね。数学ですわよね」 「その意味は……実地で確かめようか」 もう僕達に言葉は不要だった。ただ。 「あぁ、やってあげるよ……さぁ、こい!」 ≪ではカウントスタート≫ 戦いの始まりを告げるだけでいい。こうして命がけなバトルはスタートする。 「ふ……やすっち、わたしを見くびり過ぎたね」 でも問題に取りかかろうとした瞬間、魅音は静かに筆を置いた。 「騙されそうになったよ。危うく、やられそうになったよ。このわたしを相手に、瑠依達を助けるためとはいえあれだけのリスクを背負い、ペテンを仕掛ける……最高だ。 わたしも部長としてあらゆる戦いを目にしてきたけど……ベストだよ。ベストオブベストオブベストオブベスト……ベスト中のベストに匹敵する」 「……魅音、頭の悪い英語も中二病の症状だぞ」 「圭ちゃんうっさい!」 でも、内心では舌を巻いていた。まさかこうも簡単に見抜かれるとは……制限時間の問題かな? いや、無駄話が多かったし、その間に洞察したのか。 「どうしたのですか、魅音さん。速く問題を解かなくては」 「その必要はないんだよ……沙都子」 「どういうことですの!?」 「やすっちは何て言った?」 ――これが解けますか―― 「いや、“全て解けますか”だからね? そこ間違えないで」 「細かい違いだねぇ! なんにしても解けるか否かという問いかけでしょ! だったらこれは数学の問題じゃない! あえて言うなら――常識問題!」 『――!』 そこで教室に激震が走る。そう……常識だ。数学が常識の類いに入る? 残念ながらそこまで入らない。ごく一般的な日常生活で使うものと言えば、せいぜい簡単な足し算と引き算程度だろう。 こんな、明らかに専門家向けの数式などまず使わない! となれば、その”常識”は何を説いていいるのか! 「ま、まさか魅ぃちゃん……というか恭文くん!」 「……!」 「恭文さん……そう、なんですか!? これ、答えを出すとかそういう話じゃないんですか!? 園崎さんが言うみたいに!」 あえて慟哭し、魅音を徹底的に調子づかせる。奴は予想通りに鬼の首を取った様子で笑い、三回転半捻(ひね)りで笑う。 「ゆえにこの問題、その答えは……”解けない”だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 その問いに衝撃を受ける一同。僕は出題者として、苦々しい顔で聞くしかない。 「魅音……一応、聞く。その理由は? “自分の学力が追いつかない“とかは笑えないけど」 「そんなわけないじゃんー! ……これはファルコンの定理! ファルコンという人が最初に解いたんだけど、その人が死亡後……解き方も消失した! それゆえに答えが”なく”、数学界でも長年の謎とされている! 解いた人は数学界どころか、歴史に名を馳せるって言われているんだよ!」 「あ……! だから恭文さんは、そんな問題を!」 「村育ちなら知らないって侮ったのかな!? 残念……この園崎魅音に死角はない! さぁ、覚悟を決めて単装砲を出してもらおうかぁぁぁぁぁぁぁ!」 「魅音、一応聞く。本当に問題を解けないんだね? そう言った以上、残り時間全て放棄して、こんなの出来レースだーって叫ぶことになるけど」 「くどい! 園崎魅音に二言はないよ!」 「――はい、不正解でおのれの負けだ」 右指を鳴らし、激震する教室に冷や水を浴びせる。……すると誰もが信じられない様子だった。 魅音がここまで断言したにも拘わらず、僕があっさり否定した上に余裕……哀れみさえ感じさせる表情だったからだ。 魅音は知らなかった。既にこの”悪魔”が打倒されていたことを――敗因はただそれだけだった。 ――僕の予想した通りに。 「ど、どういうことよ……どうして蒼凪さんは、あんなにも自信満々に!」 「分からないわよ! 何があると言うの! 不正解だと言わしめる何が……!」 「やすっち、往生際が悪いねぇ。ファルコンの定理は解けない……これは常識」 「……もう違うぞ、魅音」 さすがに呆れた様子で、圭一がぶー垂れる魅音に補足を加える。 「今朝のことだ。この『ファルコンの定理』が解かれた――謎が解明されたと発表されたばかりなんだよ」 『……へ?』 あぁ、やっぱり大半は知らなかったのか。知っているのは圭一や富田君、岡村君……それなりに勉強ができるタイプだけみたい。 「はい、圭一は正解。……アメリカの数学者さんが今年の頭に解いて、世界中の著名な数学者さん達に試算を依頼したんだよ。 そうして慎重な検証を重ねた上で、今日の未明に発表されたってわけ。もちろん解き方とその原理も公表されているよ」 「な、ななななな……な、ななな……なぁ!? そんな、馬鹿なぁ! そんなはずがぁ!」 「本当だってー。 ……というか僕達、その頃は舞宙さんと予定を合わせて、オーストラリアに旅行していてね? たまたまそんな数学者さん達と仲良くなったのよ」 「え……!?」 ≪だからファルコンの定理が解かれたこと自体は知っていたんですよ。公式発表まで黙っていただけで≫ 「まぁ魅音が知らないのは無理もないかな? ……昨日はレナの件でいろいろ大変だったし」 一晩騒いで、そこからきっちり学校でしょ? そりゃあ情報収集する暇もないわー。友達思いで大変だねー。 「いや、それを踏まえた上でこの問題を出している時点で悪質ですよ!? 助けられる立場で言うのもアレですけど!」 「瑠依ちゃん、そこは本当にアレだから黙っておこうか……。このままよりはマシだし」 「そうなんだけどね!」 「……っと、瑠依、すみれ、いい仕事をしてくれたよ」 「「え」」 「おのれらが学力問題を広げてくれたから、魅音が洞察し、思いっきり罠へはまってくれたからねぇ。 あの展開なら、七割くらいの確率で放り投げる方向に走ってくれると思ったよ」 「「あれもトラップ!?」」 いやいや、当たり前でしょ。これで逆転されてもアレだしさぁ。 「……ちなみにだけど恭文くん、魅ぃちゃんが解けるーって知っていたらどうするつもりだったのかな」 「もちろん“解けるかどうかこの場で証明してもらう”だけだよ。四十五分以内に、カンニングなしで。なおカンニングしていたと分かった時点で失格」 「うわぁ……!」 「こっちも含めて解けたら、さすがに白旗を揚げるしかないけどね」 そう言いながらテストペーパーを捲ると……あら不思議―。裏にもびっしり問題が出ていた。 「ちょっとぉ!?」 「レナ、なんで驚くのよ……。数学問題だってちゃんと言ったでしょ」 「裏まで続いているとは思わなかったよ! えっと、別の問題」 「別の問題達だよ」 「……レナ、お前も……というかみんなもいつかは受験に立ち向かうときがくるから、覚えておくといい。 受験において一番に注意するべきところは、名前の書き忘れと……裏面の確認を怠らないことだ」 「小学校中学校なだまだしも、高校大学……いわゆる資格試験とかでもよくあるしね。 実際僕も忍者資格の筆記試験で、初めてこれに遭遇した」 「……圭一くんもだけど、恭文くんも言葉が重たいよぉ」 「あぁあぁああぁあ……!」 あれ、瑠依が頭を抱えて呻き始めた……って、そうか! コイツやらかしたな! 「……ごめんなぁ。瑠依ちゃん、高校一年最初の定期テストでそれやって、赤点取ったんよ」 「だって、裏面あるとは思わなくて……初めての事態で……!」 「ならよかったじゃないですかー。お姉がどこを受けるとしても、これで少なくとも教訓はできたわけですし?」 「でも恭文、これは四十五分で解けるのですか?」 「そこは大丈夫だよ。すみれに勉強を教えるときに使った、学力テストの例題から出しているし」 「…………あ、本当だ! これ全部見覚えがあります!」 「アイドルに勉強まで教えていたのですか……」 「私が無理に頼み込んじゃってー」 そう……すみれは家族との話し合いもあって、高校卒業までは山形の実家からの遠距離通勤アイドルを続けることになった。 元々朝倉社長も勉強そっちのけでアイドルなどさせるつもりはなく、両立できるようある程度の配慮はする予定だった。だから……なんだよね。 「実は今回の合宿も、すみれについてはそういう勉強期間の一つなんだよ。夏付近は受験生の本番だしさ」 「それで恭文くんにもまた無理を言って、サポートしてもらおうってー感じなんよ」 「……それをさらっと部活で、この状況で、魅音に出してくる辺りが底意地悪すぎなのですよ。しかもどう足掻いても絶望って」 「マジシャンズセレクトってわけやな……」 「マジシャンズ……? えっと、優」 「まぁそこんとこは、口で説明するより実際にやってみた方が分かりやすい。……レナ、こっちにきて」 軽く手招きして、レナを呼び寄せる。で、勉強机の一つを借りて、硬貨を左から一円玉、五十円玉、百円玉と一枚ずつ並べる。 「レナ、コレは予言のマジックだ。おのれが選んだ硬貨を、僕が当てる」 「うん……」 「硬貨を二枚取って」 レナは左の一円玉、右の百円玉を取る。僕は残った五十円玉を脇へ置く。 「一枚渡して」 レナが一円玉を渡してくれるので、それもまた脇に。 「手を出して」 当然レナは手に取った……残った硬貨である百円玉を見せてくる。……そこで僕も左手を開き、握っていた百円玉を見せてあげる。 「え……えぇえ……!?」 「おま、凄いな! 本当に当てやがったが……話通りなら、トリックがあるんだよな」 「ん……だから特別サービスでもう一度見せてあげる」 というわけで、また硬貨を並べ直して……。 「レナ、これは予言のマジックだ。おのれが選んだ硬貨を、僕が当てる」 「はい……」 「レナを二枚取って」 並べられた硬貨は先ほどと同じ。レナはさっきと同じように一円玉と百円玉を取り、残った五十円玉を僕が脇に置くのも同じ。 「一枚渡して」 レナが渡すのは……さっきと違って百円玉。だからその瞬間に、また握られていた百円玉を見せてあげる。 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』 「あ……なるほど! そういうことなんだ!」 「これならわたくしにも分かりましてよ」 「みぃ……!」 ……やっぱりレナは……いや、みんな察しがいいなぁ。これだけですぐ分かっちゃうとか。 「え、あの……え……え……!? 今の、どうして分かったんですか!」 「瑠依ちゃん……!」 「すみれ、どうしたの? だって凄いわよ。二回連続で当てられたし」 「……奥村さん、心中お察しします。私とお姉様もショウタロス先輩にはよく泣かされているので」 「ハーフボイルドの塊みたいな奴だからなぁ……しゃりしゃり」 「こっちの台詞なんだがなぁ、それは! あとヒカリ! てめぇそのアイスどっから持ってきた!」 まぁ、瑠依みたいに分からない人は分からないんだけどね! あとヒカリはほんと……ちょっと聞いておこうと思う! ここのものだったらさすがに悪いし! 「鈴村さん、まぁほぼ初対面でこう言ってはあれですけど……天動さんはこう、わりと直球というか」 「まぁ、ストイックが過ぎるときはあるな。うん」 「うちの部活とは相性が悪そうですねぇ。いや、ある意味お姉と同類?」 「同類なんか? 元祖部長さんやのに」 「お姉、その部活初期では負けの常連だったんですよ。でも言い出しっぺがそれじゃあ情けないって、“事前対策の鬼”に成り果てまして」 「ほうほう、それはそれはー」 ……瑠依、ちらりとこっちを見るな。まぁ僕も似たようなものではあるけどさぁ。 「恭文さん、ようするに“どう出しても当たるようになっている”のですね? 最初から」 「そうそう」 「でもこれ、百円玉だけが残ったらどうするのですか?」 「簡単ですわよ、梨花。……“これだけを残すと予言しました”って話にするのです」 「とんだペテンなのです……」 「だから圭一が言った“トリック”というのはちょっと違う。ようするに論理的思考で筋道を立てているだけなんだよ」 「とはいえ、それがペテンやって分かるんは連続で、一度に見せられたからなんよなぁ。 しかも恭文くんは“予言”と言っただけで、どこでどう当てるかはお楽しみでぼかしとるもん」 優は驚いているみんなを見ながら、軽く髪をかき上げため息。 「これを初手で、その場限りで見抜くんは無理よ。それこそ元々ネタを分かっとらんとやし、ツッコめるのも二度目からやもん」 「だから魅音さんも“絡め取られたのですね」 「ん……さっきのも同じだ。問題は解けるかーって話だから……常識問題で解けないと答えたら、解ける事実を突きつけ不正解にする……。 解けるって言うなら、じゃあやってみようかーって数学の問題にすり替える……。 もちろん真正面から定理や問題を説くコースもあるけど、魅ぃちゃんの学力だとそれも難しい……というか、それでできたら本当に白旗ものだよね?」 「そうなったらさすがにねぇ。……とはいえ、そのタイミングがないことは承知していたけど」 「発表されたのは今朝だしね」 「だから魅音がこうも好き勝手か……!」 その圭一の言葉には、生暖かい笑いを送るしかなかった。 「圭一、こんな言葉を知らないの? ……北風と太陽の太陽になるというのなら、世界を灼熱地獄に染め上げ、パンツ一枚残さず脱がせろってさぁ。コート一枚脱がせただけで勝利者気取りなど温すぎる」 「どこの蛮族的思考だよ!」 「古御門さんっていう、お世話になりっぱなしな弁護士先生の言葉だ」 「しかも弁護士ぃ!?」 「………………恭文さん、本当にお話しましょう! いつもこうなんですか! そうなんですか! だったら妻として見過ごせません!」 はいはい、瑠依も落ち着け−。とにかくこれで終幕――硬貨はしっかり回収して、お財布に入れて。 「さぁ、魅音――」 「おじさんが……この、元祖部長が……」 「ショウダウンだ」 「……ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 完全敗北を認めるような絶叫――! 元部長兼委員長としての威厳をへし折られた。 ……これだけならまだ良かった。問題は”正解を知っていた人間が他にいたこと”だ。 「……お、恐ろしい……東京の男! まさか先輩が解けると知っていても、問題なく勝てる布陣を組んでいたとは!」 「蒼凪さんが問題を出したとき、正解をすぐ言われるんじゃないかとか思っていたけど……それ以上を行くなんて! 間違いない! この人は……ここへ来るべくきた人だぁ! 東京にいながら、雛見沢の僕達と同じく鬼を宿している人だぁ!」 「みぃ……富田、岡村、この定理はそんなに凄い……凄いですよね。話通りなら大騒ぎのようですし」 「それはもう! こんな快挙は……別分野ですけど、≪マックスウェルの悪魔≫の解決以来と言われているし!」 「しかしよく分かりましたわ。恭文さんもトラップ使い……わたくしとは少々流儀は違うようですが、なかなかの腕前でしてよ」 「ありがと、沙都子。……って、おのれもトラッパー? ちなみに流儀は」 「仕掛ける罠はたった一つ。あとはほんの一押しで奈落落ちですわ」 「なるほど、納得だ」 僕はついコンボで徹底的にってやりがちだけど、沙都子は一発勝負なのか。それは潔し……! 「「……!」」 お互い通じ合うところがあるので、つい笑顔で握手を交わしてしまった。 「瑠依、言っても無駄のようですよ。トラップ使い同士友情が芽生えたのです」 「い、いいのかしら……これ……」 「まぁレナもできるだけフェアで、全力でーってスタンスだし……そこは人それぞれですよ」 「私も勝つなら、私のスタンス……その上での戦い方をと……」 「その上でありとあらゆる努力だな。……できなかった結果が俺だ……!」 「あ、はい……というか、今の私もそうだし……!」 瑠依もいい感じで反省したところで、これにて閉幕――。 「――畜生めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 ――その結果教室内では、魅音の叫びが響いた。それが勝利のファンファーレとなったのは、言うまでもないだろう。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ その日の夕方――またひぐらしが鳴き、空があかね色に染まる。 静かな田園風景の中、異常な集団として僕達は歩いていた。 そう、異常な集団だった。ボクはスク水猫耳尻尾という姿で……なお耳と尻尾は自前です。 瑠依は魅音と同じレベルのハイレグを装備し、すみれはわき出し巫女。優はバニーガール。梨花ちゃんと沙都子ちゃん、シオンも……エンジェルモートというローカルファミレスの制服を着ていた。 レナもカボチャのかぶり物にモデルガンを持った、偽マフティー状態だし……なんだろうね、これ。ハロウィンかな? 「…………どうしてこうなったんだよ」 「ショウタロス、私達はそれを見ていたはずですよ。 ……しかし他の部員さん……富田・岡村コンビなどもやりますね」 「それで全員地獄絵図だったからなぁ……」 そう……実はあの後、富田くん・岡村くん達他のメンバーも奮起し、みんなでやろうーと盛り上がった。 盛り上がり、それを受けて立った結果……それぞれ負けて、負かしてを繰り返した結果、僕達は揃って季節外れのハロウィン状態となった。 「最後、最後……読み違えなければ、私は勝てたのに……!」 「いや、むしろ幸運や。うちはもう幸せすぎて天へ昇りそうやし……」 「優、おのれについては撮影した写真、全消去だから」 「なんでよぉ! 富田くん達にはそないなこと言わんかったやないか!」 「みんなはネットにアップなどもしないって約束してくれたからでしょ! でもおのれは持っているだけでもアウトなんだよ!」 「理不尽やないかぁ!」 「やかましい! ……まぁ……」 そうして見るのは、死にかけな顔をした魅音。僕の右側で魅音は、豊かな乳房やメリハリある体つきのほとんどを晒していた。 胸の先や股間はハイレグの布で隠されているものの、それも包帯みたいなもの。ちょっと暴れるとかなりやばい。それは瑠依もだけどさぁ。 「魅音については、問題ないけどさ」 ≪えぇ。魅音さんは今、野生児として……人本来の強さを取り戻しているんですから≫ 「やかましいわ! 何良い話っぽくまとめようとしてるの! こんな格好で野山を駆け回ったら、身体中傷だらけだっつーの! 保護されてるのが背中だけって何! 逆貧ぼっちゃまじゃん!」 「まぁまぁお姉……いいじゃないですか。野獣みたいなお姉にはぴったりです」 「詩音! でもこれ、ちょっとやばい! サイズがキツいし、思ったよりも小さいし! なんかこう、横にはみ出しそう!」 あぁ、それは大変だ。なので足を進めながら、魅音へ優しく笑いかける。 「大丈夫だよ、魅音。はみ出したら圭一がガードしてくれるって」 「――!」 「そうそう、俺が優しく風のように……って馬鹿ぁ! 何言ってんだお前!」 「婚約者だって聞いたけど」 ≪そうですよ。富田君達から聞きましたよ? ラブラブカップルだと≫ 「大樹! 傑ぅ! というか、誰がラブラブカップル……こら魅音! お前も赤くなるなぁ!」 さすがに僕がガードはできないので、圭一に……でも二人は年若いゆえ、まだまだいろいろあるらしい。 「……そういえば園崎さん……というか前原くんの、新部長就任パーティーでそうなったのよね。古手さんからも聞いたけど」 「そうですわ。……みんなの部活入りを利用して、圭一さんが新部長にふさわしいかどうか試そう……そういう趣旨の勝負で、圭一さんは見事器を示したのです」 「まぁその圭一くんも今はスク水ですけど、そのときはかっこよかったんですよー。 あえてみんなに意地悪するレナ達にふざけるなーって一喝して、富田くん達を引っ張り、あらゆる手段を使い尽くして……勝利して」 「いや、最後の最後で届かなかったし……梨花ちゃんが缶を蹴ってくれて、だからさ。 ……もうそこは梨花ちゃん様々だよ」 「だったら自信を持ってほしいのですよ? ……部活は選ばれた誰かがするものではなく、みんなで楽しむもの……そういう道を開き、示した圭一に、ボクのフラグが三本立ちだったのです」 「そう………………でも、それでどうして婚約者に……!?」 瑠依もいい話だなぁとしみじみしかけたけど、すぐ疑問顔になる。そりゃあそうだよ。僕だって詳細が分からずもう大混乱だよ。 「……どっちかが勘違いして、お風呂にでも誘ったのかしら。 そうよね。それ以外に考えられることなんて」 「いや、もっと他にあるだろうが! 瑠依と一緒にするな……というか、どうしたら俺と魅音がお前らみたいな勘違いをするんだよ!」 「そうだよ、瑠依。というか……魅音、なにをやったのよ」 「速攻でわたしを疑うわけ!?」 「圭一は引っ越してひと月も経っていない新参者で、おのれは村では大地主の孫娘。それが村を挙げて婚約者同士と認められて、反対意見もなしで纏まったんでしょ? そりゃあおのれの恋路をみんなが応援したとか、そっち方向で考えるのが自然だよ」 「あがぁああぁああぁあ! 違う! 違う! あれはミステイクなの! みんな誤解しているだけだからぁ!」 「だったら早めに解いた方がいいと思うよ? 圭一にだって選ぶ権利があるんだし」 「そ、それは……あぁあああ……!」 なるほど、やっぱり予想通りか。少なくとも魅音については気持ちがあると。圭一は……気づいていないんだろうなぁー。その辺りは今までの様子から見れば分かる。 「はう……やっぱり恭文くん、ロジックでこれこれこうだーって考えるのが得意なんだね。あっさり流れを見抜いちゃうんだもの」 「ほな、これで正解なん?」 「えぇ。しかも傑作ですよー。お姉ったら、新部長と委員長任命パーティーのお目付役……火も使うので公由のおじいちゃんに頼んだとき、相当紛らわしいことを言ったんです。 ……たった一人の信頼できる人とか、この人になら全部任せられると思った人とか……それでまぁ、親戚中が集まってお祝いに」 「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! あれ、思い出すと心が痛いんだからぁ! 圭ちゃんのお母さんとお父さんにも挨拶されて、滅茶苦茶気まずかったんだからぁ!」 「俺もお前の親戚とお母さん達に笑って迎えられて、困り果てたけどなぁ……! いや、受け入れてくれる度量は素晴らしいし、感動したんだが」 「……だったら、私が恭文さんの妻というのも問題ないのかもしれないわね」 「大ありだよ馬鹿!」 コイツ、さらっと影響を受けてやがる! というかそうだ、社長の娘という意味では立場が似ていた! 公表できないだけで……え、待って。 じゃあ僕、公表できる状況だったら、バンプロのみんなからこの扱い? …………怖すぎるわ! 本気で止めておかないと! 「というかそこ、違うかもーって話はしたよね! 今朝したばかりだよね!」 「そ、それでもそうかもしれない……そんな可能性もあります! 私はそれを否定したくない程度には……あなたに、心を許しているみたいですから」 「あらあら、こちらもこちらで大変そうですねー。鈴村さんはこれでいいんですか?」 「問題ないよー。ハーレムは許すけど……それでも恭文くんには、アイドルとして、女の子として、一番のファンになってもらうし」 「優!?」 「一番がおることは、別に悪いこととちゃうやろ?」 え、優はその、どういう意味で……僕、これでもいろいろ悩みながら進んでいるのに。 「ん……♪」 でも優はそんな僕を見ながら“それがえぇんよ”と笑ってくれて……ちょっと、照れくさい。 「あれ、でもそうなると……その婚約者さん達をこの格好にした恭文さんや私達、アウトじゃ……!」 「すみれ、そこは気にしなくていいのです。なにせ部活ですから」 「その発言も重たいんですけど……!」 「とはいえ魅ぃについては……本当にこぼれそうなのです。なにを食べたらそうなるのですか」 「地産地消の精神に則った結果だよ! というかこれは……よし、自分の手だよ! 幸いなことに、おじさんには両手あるから! 明日をこの手で掴むのと同じように、自分の胸くらいは掴めるから!」 「レナ、沙都子ー」 「「はーい」」 一声かけると、二人は笑顔で魅音と腕組み。いやぁ、実にほほ笑ましい光景だねぇ。これが仲間か。 「ちょ、掴めない! わたしの明日が掴めなくなる! 二人ともやめて!」 「「あははははははははははは!」」 「その笑いも怖いからやめい!」 「瑠依ちゃん、安心してえぇよ! こぼれそうでもうちがきちんとカバーしたる! うちの両手で、瑠依ちゃんの明日は掴むから!」 「あ、ありがと……」 「いやいや……優ちゃん、ハウス」 「すみれちゃんつれないなぁ!」 優の叫びも虚しく響き、みんなは笑顔……そう、笑顔だった。なんだかんだで負けまくったりはしたけど……それでも楽しかったしね! 「でも園崎さん、入れ墨が……あるんですよね。頭首の証というか」 「あー、うん。ごめんね、びっくりさせちゃって」 「いえ」 そう、魅音については、ちょっと背中が隠れるようにしている。園崎当主の証……鬼の入れ墨が入っていたしね。さすがにそれはさらせないってことだ。 「その辺りはもう、古い風習に則ってじいさま連中がやらかしちゃった感じなんですよ。さすがに時勢として笑えないだろうという意見もあったんですけど」 「そういや魅音、お魎……頭首には必ず鬼の文字が入っているよね」 「母さん……茜母さんもそうでしたよ。まぁうちの極道父さんに婿入りしたことで、相当揉めまくって……頭首候補からは外されましたけど」 「やっぱり東京というか、他の地域とはいろいろ違うところがあるのね。……だから型にはまった正悪もない」 今朝の話を思い出してか、瑠依がこちらを神妙そうに見やる。 「まぁ……とは言っても、多分こういうのはわたしで最後になるだろうけどね。 うちも瑠依達が聞いている通り物騒だけど、時勢を鑑みて……一般的な会社への変換を模索しているし」 「とはいえ難しいところはあるよね。犯罪云々はアウトとしても、警察だけでは手が届かない裏界隈に目を光らせるのも、園が居組……園崎家の仕事だろうしさ」 「まぁねー」 「……こういう場所でも、そんな組織が必要なんでしょうか」 「こういう場所だからこそ、だね。犯罪者やらが逃げ隠れたり、違法物を一時的に隠すってことが……それこそ戦国時代からよくあったんだよ。 だから園崎は“必要悪”として、そのときどきで悪さをする連中に、睨みを利かせてきた“自警団”ってのが……その本質かな」 「確かに、あっちこっち山とか林ですし、それなら……」 それで瑠依も納得する。魅音が言うように、時勢や法律を守ることは大事だけど、その備えをなくした場合はどうするか……そういうお話をしていくことも必要なのが、雛見沢という土地であり、園崎という組織の変革なのだと。 「まぁ魅音や園崎組の肩を持つわけじゃないけど、そういう……正真正銘の昔ながらな極道っていうのは、警察サイドも頼りになることが多かったんだよ。蛇の道は蛇って言うしね」 「それは、恭文さんもですか?」 「こういう仕事をしていると、それなりにって感じだね。 ……とはいえ、そこまで筋が通った人間っていうのも、悲しいことに少なくなっているんだけど」 「うちの母さんと父さんも、その辺りの取りまとめは苦労している感じですね。 まぁ、それならいっそ民間会社に鞍替えーって流れではあるんですけど……だったら何をやるのかとまだ揉めていて」 「園崎組の規模なら、土木関係とかかなぁ。または民間の警備会社で、警察とも連携が取れるお仕事とか」 「あ、それよさそうですね! うちのみんなも食いっぱぐれが少なくなりそうです!」 「よし、じゃあ母さん達にはまた提案してみようか。……ところでさ……レナと沙都子をそろそろ」 そんなことを言う魅音には顔を背けて……あぁ、夕日が奇麗だなぁ。カラスも鳴いているよー。 「徹底して無視してきたし!」 「いや、僕はその……許してよ。さすがに婚約者もいる子なのに、それをじろじろ見るのは」 「今更だよ! おじさんの魂を輝き溢れるものとして、純粋な瞳で見ていたのにさぁ!」 「……でも恭文さん、大きさには本当に……拘らないって言ったらあれですけど、変な見方はしないんですよね。 優もそうですし、私もその……奇麗だって見てくれていますし」 「私も見てくれますよね。こう、すっごく目を輝かせてくれて……えへへ……♪」 「……それだけ聞くと完全にセクハラなんだけどなぁ。レナがおかしいのかな、これ」 「レナさん、その辺りはやっちゃんの人徳というか、ほんとに魂を見ているがゆえですよ」 そうそう。僕はいやらしいつもりは一切ない……一切ない! 本当にない! 魂の輝きを感じるんだもの! 感じるんだもの! 「でもやっちゃんも……自前猫耳は驚きましたよ。いえ、それなりに面倒なものを背負っているから、ビギンズナイトもあの大混乱ですか」 「まぁねぇ」 そう……魅音がテストを受けている最中に、苺花ちゃんやミュージアムとドンパチした下りも話した。また、すみれも泣きそうな顔をするから、ちょっと申し訳なかった。 なお、テストの結果は…………これを元に、圭一と後日やることができてしまった。知恵先生と、海江田校長だっけ? その人にもまた話さないと。 「とはいえ納得はできましたよ。……例の薬問題も絡んで、以前のやっちゃんも梨花ちゃまに近い立場だったからと」 「赤坂さんにも、その辺りの話はしたから……」 「……辛くなかったのかな、かな」 「むしろ途中から、糸がキレて楽しくなった。邪魔するものは皆殺しでよくなったし」 「それは安心できないよ!? いや、キレる理由もレナは分かるけど!」 「でも、それだけの状況でも……勝ちの目を諦めず掴んだからこそ、ここまでの活躍ができるんですよね。 ……私はさすがにそのレベルは、無理だけど……でも……うん、なにか掴めてきているのかも」 「あらあら……天動さん、すっかり部活にハマっちゃって−。これは現部長的にも嬉しいですよね」 「まぁな……! なにせ結局魅音と同レベルの露出だっていうのに、これだからな!」 ……瑠依は燃えていた。この格好なのに、それも気にしないくらいに……でも肌つやも、スタイルも、本当に奇麗。 瑠依が一つ一つ努力して、積み重ねていった結果だ。つい見入っちゃいそうになるけど……そこは、自重して……! 「瑠依ちゃん、類を見ない負けず嫌いだから……」 「そういえばトリエルもライブバトルで無敗記録継続中だよな。やっぱりそういうのも……」 「まぁ、瑠依ちゃんの努力家なところに引っ張られてーってのはあるかなー」 「納得かも。だってスタイルも本当に、お人形さんみたいで……すっごく鍛えているのも分かるし……はう……」 レナは瑠依を見上げる。頬を赤らめながら、自分よりも高い身長な、瑠依のスタイルを……彫刻みたいに引き締まっているからなぁ。気持ちはよく分かる。 ――そうして練り歩く中、僕達に声がいくつもかけられていく。 「魅音ちゃん、みんなもこんにちはぁ」 『こんにちはー』 「こんにちはー。……お、そっちは噂の旅行者君達かい。ようこそ、雛見沢へ」 「ありがとうございます。しばらくの間、お世話になります」 そう……時折村の人らしき、おじちゃんおばちゃん達とすれ違うのよ。あとは畑仕事してる人とかさ。それ自体は瑠依と朝経験したことなんだけど……。 「あの、恭文さん……!」 「……村の人達、この変態集団を見ても普通にしてるね」 「えぇ……!」 「まぁやっちゃんとすみれさんの疑問は実に正しいです。 実際圭ちゃんも」 「俺も最初は驚いたよ」 メイド服の圭一は苦笑しながら、遠目に見えるおじいちゃんを見た。 僕達の左手側にいるおじいちゃんは、畑の手入れ中。僕達の姿を見ても笑顔でお辞儀するだけで、特に変わったことはない。 「こういうの、わりと普通なの? あの、顔見知りじゃないからよそからきた人だーっていうのは、朝恭文さんと一緒に経験は……したんだけど」 「普通だな。……だからこそ戦慄したよ。どんだけ部活のことが浸透しているのかと」 「もはや名物の扱いだしねー。はうはうー」 「ちなみに魅音、その格好で家に帰った場合」 「……婆っちゃと家のお手伝いさん達に大笑いされると思う」 「魅音さんは一応園崎家の頭首代行なのに、誰一人これで怒ったりはしないんですの」 わぁ、家族にも浸透してるんかい。……でも、本当にいい仲間だ。 乱暴で、粗雑で、遠慮なくて……だけど優しくて、ちゃんと繋)がっている。 この繋がりが事件のせいで歪んで壊れる。たとえ夢みたいな予言であっても、そんなの否定したいに決まっているよ。 ――苛まれている魅音も引っ張りつつ、僕達はまた歩き出す。その間もひぐらしは鳴いていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 圭一、魅音、沙都子と梨花ちゃん……一人一人別れながら、僕とアルト達、瑠依達、そして詩音は竜宮家へ。 一応騒動の直後だし、お父さんにも軽く挨拶をしておこうと。僕達の帰りは詩音……というか、葛西さんの車に乗せてもらうこととなった。 「詩ぃちゃん、ごめんね。いろいろ面倒かけちゃって……瑠依さん達も」 「それは言いっこなしですよ! もう部活仲間なんですし!」 「ん……」 「私はまぁまだまだ客分という感じですけど、情報提供者としての責任も果たしたいですし……なにより、ようやく手が空きましたしね」 それがどういう意味かは聞くまでもない。野菜丼Ver2.0……! というか、まだ諦めてなかったんだ! 「詩ぃちゃん……レナもね、お肉とお魚、お野菜でバランスのいい食生活がいいと思うなぁ」 「まさかレナさんまで……駄目です! 沙都子の姉枠は私一人で一杯! レナさんや優さん、やっちゃんの入る余地はありません!」 「僕、男なんだけどなー!」 「だから私を悟史くんからネトラ」 「そこまでにするんだよ!」 「……詩音ちゃん、人から『重い』って言われたことがあるやろ」 「どうして分かるんですか!?」 ≪いや、丸わかりでしょ≫ そんな詩音のバーサーカーぶりに恐怖しながらも――――数分で竜宮家に到着。 でも竜宮家は戸締まりされている上、明かりも当然ながら落とされていて。 「あれ、留守……あぁそっか。レナさん」 「……お父さん、園崎の弁護士さんとお話中だったね」 それが長引いているらしく、僕達はレナの鍵で中に入る……入ろうとした。 レナは忘れていたことを苦笑しながらも、懐を探る。……でもすぐに二度、三度と慌てた様子で探り直す。 「あれ……あれ、あれ!?」 「レナさん?」 「おのれ、もしかして」 「ど、どうしよ……鍵、忘れちゃってたぁ!」 ≪お父さんのお出かけを忘れていた関係からですね。まぁあなたもまだ冷静じゃないってことでしょ≫ 「うぅ、ごめんー!」 「よし、僕がピッキングで開けるよ。そうすれば」 「やめてくれるかなぁ! というかさらっと提示する手段じゃないんだよ!」 レナ、おのれ……あまりに立場を理解していないので、ついため息を吐いてしまう。 「え、なに……その反応」 「……というかレナ、おのれは早めに家へ入らないと、偽マフティーとして地球連邦を粛正する定めだよ? 閃光を踊り倒さなきゃだよ?」 「そうだったぁ! レナだけがちハロウィンだったぁ! で、でもさすがに……うぅ……!」 「いや、それを言ったら私達の格好も大概なんですけど……!」 「……詩音さん、竜宮さんのお父さんと連絡は取れるでしょうか。すぐ戻ってくるならいいわけですし」 「あ、そうですね。ならちょっと確認してきますから」 「詩ぃちゃん、お願いー! レナ、さすがにあの人体構造無視なダンスはできないよー!」 ――詩音は一旦表玄関を出て、歩道を軽くうろつきながらも通話開始。でもなんだろう、この気づかわれている感覚。 さすがに破壊行動に出るのもあれなので、僕とレナも……優も適当に立ち尽くすしかなかった。 「…………って、あなた……なにしているんですか!?」 するとシオンが突然驚いて……そちらを見やると、そこには一人の女がいた。 髪がボブロングで、村の風景から浮くような薄着。肩や胸元も出ているし、ミニスカなのかな? というかお腹も出ているや。 しかも隣りには困り果てた様子の葛西さんまでいて……なにより。 「――リナ、さん……!?」 レナがその影を見て、ただただ呆然としていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――まだまだ不釣り合いな家具を処分しきれていない竜宮家。さすがに家の前で話すのもあれだと、レナには強引に許可をもらい、ピッキング。 葛西さんと間宮律子にも入ってもらい、ひとまず応接用の居間に……改めて二人と向き合うと。 「――――本当にごめんなさい!」 間宮律子は、悔恨の表情で……涙を浮かべて、深く深く……頭を下げた。 僕達の格好に面食らった様子なのに、それすらすっ飛ばして……。 「え……」 「きちんとあなたにも相談するべきだった! 謝り尽くしても許されるわけじゃないのは、分かっている……でも……ごめんなさい!」 「えぇ……!?」 レナが混乱するのも無理はなかった。 何度も何度もごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……そうつぶやき、繰り返す間宮律子は、詐欺を働くような悪辣な女には見えなかった。 「……葛西、お灸の据え方が相当厳しいように見えるんですけど」 「いえ……彼女は確保した当初から、この有様でした」 「はぁ……!?」 「葛西さん、もしかして」 「そういう、話でした」 なるほどね。適当にでっち上げたつもりだったけど……そうじゃなかったってわけか。 「今日こちらに連れてきたのも、本人の意志と……その辺りを蒼凪さんにもご相談したかったからなんです」 「あの、恭文さん……どういうことですか? だって、この人」 「瑠依、僕と大石さんが最初……この人が男達に囲まれて、脅されて、実行犯に仕立て上げられる……そういう可能性があるって話をしたのは」 「覚えています。でもそれは、竜宮さん達の反発を必要以上に呼ばないための…………って、それで大正解ってことだったんですか!?」 「瑠依ちゃん、そこんとこは本人にお話してもろうた方がえぇやろ。……間宮律子さん、顔を上げてもらえますか?」 混乱しているレナの代わりにと、瑠依が厳しめに声をかけると……間宮律子は、赤く目を腫らして、顔を上げる。 「まぁこの格好で初対面やから、面食らってはいると思いますけど」 「それは、大丈夫。……部活、よね」 「……それです」 「おいおいヤスフミ……!」 「興宮に住んでいるはずの人にも浸透しているとはねぇ」 「あ、リナさん……というか律子さんには、部活の罰ゲーム途中に何度か遭遇したから」 あぁ……そりゃあ家にも出入りするならあり得そうだわ。でも僕よりもすみれと瑠依だよ。 「「………………」」 嘘だろって顔で固まっているもの。この格好でする話でもないから、余計に衝撃が大きいみたいだよ。 「こほん……えー、葛西さんから大まかなことは聞いとると思います。あなたのやったことが、どういう事情を持っていたにせよ許されてえぇとも思いません。 ……でも、それで苦しんだレナちゃんには、ちゃんと説明……できますよね? そのためにここに来たんやったら」 「する……させて、ください……!」 「なら、そもそも……根本のとこから聞かせてください。 ……アンタ、結婚詐欺をかまそうとしていたんか」 「最初はそういう狙いもありました。ただ……レナちゃんには、ものすごく不快なことを言ってしまうと」 「えぇ」 「お父さんの勢いが凄すぎて、これはちょっと止めた方がいいんじゃないかと……そう感じてしまって……!」 ――間宮律子の話を纏めると、こういうことだった。 確かにいい金づるだという話はした。北条鉄平ともした。それは嘘じゃない。 ただしあくまでも、軽いお小遣いをくれる……というより、お店で景気よく遊んでくれる程度のレベルまで。 どうもレナのお父さんは、そんな間宮律子ですらどん引きさせるような……数々の行動を積み重ねていたらしい。 ――新居の頭金、家具、その他諸々のお金……そういうものをあの人は、“何も言わずに”差し出してきた。 自分の出勤日には必ずやってくるし、羽振りもいい。指名も、同伴もしてくれる。ただしそれは、レナのお父さん以外のお客さんへ、一切の応対ができなくなるレベル。 それがどういうことか。間宮リナという夜の女は、レナのお父さん専属。それ以外のお客さん……コネクションを掴めない。稼ぐチャンスを逃してしまう。 当然間宮リナ目当ての客が他にいても、金に物を言わせて占有されては、その客も離れる。他の従業員に取られるか、または店そのものに来なくなる。 更に言い換えれば、お父さんはお店を通じ、間宮リナの行動・生活を管理……監視していたとも言える。悪く言えば“店のキャストへのストーキング行為”だ。 「――そちらについても、改めて彼女の勤め先……及び竜宮さんのお父さんから話を聞いて、確認が取れています。 店の方はお父さんの豪遊っぷりで儲けが凄かったらしく、特にその辺りへの対処をしていなかったそうです」 「しいて言うなら、間宮さんに“上客やから逃がしたら容赦せんでー”って感じですか」 「これについては完全に我々の落ち度です。元々彼女についていい噂を聞かない……悪く言えば鼻つまみ者だったとはいえ、その弱みにつけ込んでそのような行為を当然とするのは……」 「まぁ、お店の評価……引いてはケツ持ちである園崎の評判にも差し障りますよね。 それで二人の間がこじれたら、本当に刃傷沙汰もあり得るわけですし」 「でも、ストーキング……それだと丸々図式が変わるじゃないですか!」 瑠依の言う通りだった。その息苦しさは元々自堕落に生きていた間宮律子にとって、得られる裕福さの対価としては重たすぎるものだった。よく見るとちょっとやつれた様子もあるし。 特に……レナという娘もいた上で、その行動をとり続けていることが……定職にも就かずその状態であることが、間宮律子にとっては衝撃的だったそうで。 ≪――なんというか、皮肉ですねぇ≫ 僕の肩でぬいぐるみモードなアルトが、軽く座り込みながらため息。 ≪ようするにあなた、自分の娘をさて置き、将来の蓄えさえ崩しかねないほど入れ込んで公開ストーキングする駄目男相手に、ビビり散らかしていたわけですか。チンピラなりに≫ 「……えぇ。チンピラなりに。 だから、レナちゃんにもお願いしようと思っていたの。私から言っても全く止まらないし……身から出たさびとはいえ、店長達もお話しした通りだったし」 「それやったら竜宮家入りも躊躇いますよねぇ。なにせストーキングを疑うレベルやったわけで」 「それも、本当に……申し訳ないけど……!」 「……優……そんなのって……本当に」 「いやぁ……あり得ると思うよ? うちは」 「僕も。まぁレナには、本当に申し訳ないんだけど……」 ついレナをちらっと見やると、なぜか半笑いだった。いや、あの……これは、怖い……ほんと怖い……! 「源氏名のことすらさっぱりだったんでしょ? だったら適度な遊び方とか分からなくても 仕方ないんじゃ」 「じゃ、じゃあ……この家具は!? あなたが買ってほしいとか、せがんだわけでは!」 「とんでもないわ! というか……申し訳ないを重ねて本当にアレなんだけど、私の趣味でもないのよ!」 「じゃあ本当に、お父さんが……新居に備えて……って、そうだ! その新居は!? あなた、上納金と合わせて転居費用を!」 「……そんなときだったの」 「え」 「その上納金強奪に引っ張られたのは……昔、もっと悪さをしていたときの男に……弱みを握られて……!」 「……彼女をかばうわけではありませんが、それも事実です。みなさんも目にされた、転居先で一緒に住むはずの男でした」 葛西さんが数枚の資料を出してくる。それを僕が受け取り、確認……脇からみんなも見てくる。 「その男は鹿骨市外の組……園崎とはソリが合わないところのチンピラですが、そこがこちらのシマを奪うために画策していたようでして。そうして目を付けたのが彼女とその男です。 ……偶然を装い再会させて、脅し、まず上納金強奪という事態を起こす。そうすれば私達はどうするか……というお話です」 「ど、どういうことですか……!?」 「瑠依ちゃん……ようするに核爆破未遂事件と同じ。マッチポンプよ」 「園崎組が主犯とされている間宮律子……この人に制裁を加えれば、それは当然犯罪……非合法活動だ。 このご時世でそんなことをしていると分かれば、それはもう大荒れ。あとは園崎組が社会的制裁を受けてすっからかんなところでーって話だよ」 「……さっき話していた……園崎という自警団が、鹿骨界隈を守っていたってところですか! その自警団を潰すための計画に……」 「間宮律子は利用されたわけだ」 どうやら相当怖い思いをしたらしく、間宮律子は震えながら頷く。自分をキツく抱きしめながら、必死な様子で……。 「でもそれ、この人から話が伝われば」 「えぇ。ですから……その男は皆さんが竜宮さんをフォローしている合間に、その組のシマで他殺体として発見されました」 「………………!」 「……死人に口なし。そうすれば全部彼女の不始末……命惜しさの言い逃れに聞こえる」 瑠依が絶句するほどの悪辣さに、シオンは髪をかき上げ、呆れ気味に声を漏らす。 「当然園崎も裏付けは……いえ、取ろうとしていても、無視しても、同じですね」 「だね……。裏付けを取るのも時間がかかる。その間に話が広まれば、諸々の再開発問題も頓挫して、園崎は正真正銘オヤシロ様の祟りを受けるべき“村の怨敵”だ。 今まで手綱を握ってきた園崎が、そこまでごたごたしたら……そりゃあ鹿骨界隈を牛耳るのも楽そうだわ」 「つまり、その悪い組の人達は……雛見沢連続怪死事件も利用しているってことですか!? そこをツツけば、園崎を壊せるから……なんて、ことなの……!」 「……鬼婆どもの自業自得……いえ、それで片付けちゃいけませんね。 そんなのは、その鬼婆から雪解け宣言を引き出してくれたやっちゃんやすみれさん達への裏切りです」 「詩音さん……」 「葛西、落とし前は付けますよ」 「もちろんです。ただしそれは……正々堂々、お天道様に誇れるやり方です」 葛西さんは改めて僕を見やる。そこは違えない……絶対に譲らないと、宣言するように。 「この件は既に興宮署の大石さんにも相談させてもらっていますし、彼女についてもしばらく、きちんとした形で園崎と警察で預かり、守ります。 ……蒼凪さんも更に厄介ごとを抱えさせて申し訳ありませんが、心の片隅においてもらえないでしょうか」 「分かりました。レナの身辺も含めて、きちんとします」 「助かります」 「でも、組の中は大丈夫なんですね?」 「今回のことで、再編成……民間組織への鞍替えを反対していた連中も、戦々恐々としていましてね。さすがにお手上げだと、揃って納得しています。 ……改めて前原さんと梨花さんにもお礼を言わなくてはいけません。あそこで察知できていなかったら……本当にどうなっていたか」 そこで、葛西さんが少し寂しげな笑みを浮かべる。……きっと組の変換……時代の流れに、一人の極道として思うところはあるんでしょ。 でも、そのこだわりだけじゃ守れないものもあると、ぐっとこらえて、飲み込んで……その姿勢に感じ入っていると、改めてレナへ向き直り、その頭を深く下げた。 「……竜宮さん、今回は本当に」 「葛西さんが……謝ることじゃないです。ただ、一つだけ」 「……はい」 「お父さんって、殺しても罪になりませんよね」 そう言ってレナは静かに立ち上がり……。 『ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』 レナ、ちょっと待とう! さすがにそれは駄目……駄目だから、肩を掴んで強引に座らせる! 「おのれ、アホか! 舌の根どころか首根っこから引きちぎれるつもり!? つい先日……そういう短絡的なのは最悪手だと! 学んだばかりでしょうがぁ!」 「そうだよレナさん! だから葛西さんだって、きちんと……正しい形で頑張ろうって! そうですよね! あの、私初対面ですけど、それだけはよく分かりました!」 「えぇ、それはもう……」 「……葛西、ミサイルランチャーって用意できますか? ちょっと四十発くらいぶち込みましょう」 「詩音さんも落ち着いてください――」 「でも今のレナさんを止めるのは、ちょっと……」 「それでも止めるんだよ! じゃなかったら惨劇発生だからね!?」 詩音、怖いのは分かる! 僕もよく分かる! でも今止めなかったら駄目なんだよ! だから震えず立ち向かわなきゃいけないんだよ! でもこれ…………あぁあぁあぁ……そうかそうか! だからいちごさんや舞宙さんが、ふーちゃんがいろいろ止めてきたんだ! キレてるときの僕ってこんな感じなのね! よく知ったよ! 「……あはははははは! あははははははは! 今年の綿流しはお父さんだよ!? だよー!? そんな、ストーカーに成り果てていたとか……それでその人をうちに連れ込むとか! エッチするとか! さすがに引くんだけど!」 「落ち着けぇ! 分かる! おのれの気持ちはよく分かる! 蓋を開けてみたら全部自業自得であの有様とか、娘として恥ずかしいのは分かる! 女遊びもマトモにこなせなかったのかと鼻で笑いたくなる気持ちも分かる! そのエッチも垣間見ちゃったんだよね! それで軽蔑するのも分かる! でも……だとしてもそれは駄目ぇ!」 「そうよレナちゃん! 元はと言えば全部私が悪いの! 私も言ったとおり、最初は狙っていたし!? エッチもそのためならって許しちゃったし! だから殺すとしても私にしてぇ!」 「それも駄目だから止まれぇ! というか全員落ち着けぇ! 席に着けぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 「……地獄絵図だな、おい」 「というか本当に皮肉だぞ。ここまで馬鹿げたクズ女だと思っていた奴に、ここまで良識的に止められるとか……」 「竜宮のお父さんには、追加で説教が必要ですね」 本当にあの人はぁ! というか、だからか! だから勝手にこの人を捜し回っていたのか! 本気で自分と金の力でなんとかすると! もう……僕は絶対に、見習わないようにしよう。見習った瞬間、レナに首を落とされそうだし。 (その11へ続く) あとがき 恭文「というわけで――奉祀り編での間宮律子はSSRでした」 歌唄「……ひぐらし業から分岐した世界なの? これは」 恭文「どうだろう」 (『わしを……信じて……!』 これが令和で公式化するとは誰が想像したか) 恭文「なお、笑うカンガルーの話はどこかで書きたい……クリスマスとか頑張ろう」 歌唄「そうね。先でいいわ。それより私のことよ」 恭文「あ、はい」 (というわけで、本日(11/09)はドS歌姫ことほしな歌唄の誕生日です) 恭文「歌唄、改めて誕生日おめでとうー」 エル「おめでとうなのです、歌唄ちゃん!」 イル「恭文と一緒に準備した、新しいフライパンだ! これで料理もちょっとずつ頑張ろうな!」 歌唄「ありがとう……えぇ、そうよ。私は料理ができるように…………なっている!」 (ドS歌姫、登場時から成長したことを誇る。全力で誇る) 童子ランゲツ「ちゅるちゅる……ちゅるちゅる……美味しいのー♪」 (ハラオウン家の式神、童子形態で貧乏人のパスタを美味しそうにすする) 歌唄「でも恭文のアドバイスに従って正解だったわ。本当にキャンプ料理とか、スロークッカーでの煮込み料理とか、私でもできるものばかりだったし……というか、仕込みに時間はかかっても、作るときは楽なのが多い」 恭文「キャンプ場で大幅に風呂敷は広げられないし、スロークッカーも置いておくだけーってことが多いしね。 しかし……うん、このパスタはほんと美味しい。火加減も、アルデンテの具合もいいし……腕を上げたなぁ」 歌唄「まぁ、料理関係では置いていかれがちだったし、ちょっと頑張ったのよ。 ……もちろんお礼はするわよ? 今日は私から半径一メートル以上離れられると思わないことね」 恭文「……離れようとしても、GPSで捕まえるんだよね」 歌唄「当たり前じゃない。でも後悔は絶対させない。今日は……私が一番だって感じてもらうから」 (というわけで、次回からは割と日常編。元祖本編のひぐらし編ではやっていないあれこれもやれたらと思います。 本日のED:[Alexandros]『閃光』) レナ「鳴らない言葉を……はうはうはうはうはうー!」(粛正を強いるダンス) 恭文「おぉ、レナ上手だよー。レナパンの要領ならあの速度で動けそう」 レナ「さすがにあんなの無理だよぉ! 早送り処理させてぇ!」 歌唄「駄目よ。というか恭文……アンタ、私と出会う前に天動瑠依とか、鈴村優とか、浮気をしすぎているわよね……。そうそう、長瀬琴乃もいたかしら」(殺し屋の目) 恭文「リインと同じく理不尽がすぎる!」 レナ「レナもさすがに、そんな過去まで掘り下げるの……どうかと思うよ?」 琴乃「というか、私はそういうのじゃないから!」 歌唄「でもアンタ、敬語呼びでとか言いながらあっさりため口になったじゃない。月を見ながら感動シーンやっていたじゃない」 琴乃「感動シーンとか言わないで!? 逆に台なしだから……ちょ、目が怖い! 本当に怖いんだけど! 恭文−!」 恭文「歌唄はこれがデフォなんだよ」 琴乃「あり得ないでしょ! というか、GPSで居場所を探られるのも……いや、さすがにそれはないか。どうせ二次創作的な大げさ表現」 恭文「原作でやっていた」 琴乃「………………」 恭文「やっていた」 レナ「歌唄ちゃん、原作から愛が重たすぎる子なんだよ……だよ……」 (おしまい) [*前へ][次へ#] [戻る] |