小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作) 西暦2019年5月・星見市その7 『Pは並び立つ/もっともっとボリュームを上げて』 前回のあらすじ――。 「――さくら」 琴乃の声は一旦流させてもらって……さくらを見やる。 「俺は、君に今のグループを抜けてもらおうと考えている」 「え……」 「なんですか、それ……!」 「琴乃とさくら……二人をセンター兼リーダーとした、二グループ体勢を作りたいんだ」 「だからどういう…………って、センター!?」 「そしてリーダー!?」 「あぁ」 「……牧野さん」 沙季が険しい表情で、こちらをまっすぐに見上げてくる。……これは、本当にきちんと話さないと駄目だな。いや、今更ながら腹を括れた。 「どういうことでしょうか。最初のお話とはまた違っているようですが」 「だから改めて相談したいんだ。……みんな、ちょっと中に入ってくれるか?」 「……はい」 さすがに風邪を引いても困るから、一旦中に入ってもらい……俺の落書きに等しい企画署を……その一端を見てもらう。 「――俺はプロダクションユニットのセンターは、さくらと琴乃……どちらかにしようと考えていた。 だが二人はその素養も、アイドルとしての魅力も違う。どちらかを据えるということは、必然的にプロダクションユニットの色もどちらかに染まるということだ」 「それの、何が問題なんでしょうか。私は……さくらと真剣にぶつかった上でのことなら、納得します。 選ばれなくても、メンバーとしてさくらを支える覚悟もします」 「琴乃ちゃん……」 「なのに、あんな仲間はずれみたいな……あぁいえ、グループ二つならそれも違うんでしょうけど」 「でも……マネージャーの負担も、倍になる……。 方向性が違うアイドル、二つ……グループ同時に、育てるって……」 「それも三枝さんと相談していく予定だが……そうだな、まず琴乃の疑問に答える。 ……仲間はずれになるのはどちらかだけじゃない。ここにいる全員だ」 「は……!?」 企画署に名前を打ち込む……それは、いろんな意味で対比がしやすい沙季と千紗。 「たとえば沙季と千紗は、姉妹ではあるが性格的なものも違う……さくらと琴乃のように魅力が違う。 そこで琴乃がセンターで、沙季はユニットの色に適合するが……千紗は違うとなったら、どうする」 「……!」 「そ、それは、あの……」 「それなら努力すればと言いがちになるが……そこで引っかかったのが、恭文君と遙子さんだ」 「え……」 「これも今の例えと同じなんだよ、千紗。……遙子さんはみんなが知っての通り、穏やかだが明るいところもある。 さくらのようなキャラと並び立てば、その魅力も存分に引き出せるだろうが……逆に琴乃が出す凛とした空気では、その穏やかさが浮いてしまう。他のメンバーが適合するなら同じだ」 「……努力だけでは変えられない色……それゆえに反発するということですか。 なら恭文は、やっぱり発達障害や……異能力者という素養のことで」 「加えて、歌やダンスの表現も……だな」 琴乃が渋い顔をするのは、駅前でうたった前後のことを思い出してのことだろう。 ただ、それだけじゃない。最初はともかく……今はVチューバー≪ジンウェン≫として預かっているからな。 「確かに障害の絡みで表現者としては難しいところもある。特に連携力は……だが彼の歌やダンスは、歌詞や動きを真っ直ぐに受け止め、吐き出す一途さがあるだろ」 「言いたいこと、分かります。恭文君、頭を抱えながらもレッスンでは全力投球だし」 「恭文さんの場合、武術家としての精神性も大きいですよね。特に薬丸自顕流は苛烈ですし」 「……臨戦態勢なだけだったんだな。それが絶望だったんだが」 ……なんでも薬丸自顕流……源流の示現流では、刀は抜いたら必ず殺せと教わるらしい。 殺人を肯定しているわけではなく、もめ事も折衝などで収める努力を最大現した上で……それでも必要ならばと言う戒めだ。ようするに刀という武力を解放するのなら、それだけの覚悟をしろということだ。 実戦剣術ではみんなそういう色があるそうなんだが、示現流関係は特に苛烈で……抜いたら一撃必殺。それで決められないなら、更に斬れ。敵に斬りかかられたらそれごと斬れ。できなきゃ死ねと教わるとか……! 俺達、その話を絹盾さん達から軽く聞いて、ぞっとしながら調べて……腰を抜かしかけたよ! しかも防御の技もないから、とにかく抜いたら敵を斬ることしか考えないって言うしさぁ! でも納得できたよ! 彼、その教えを遵守しているだけなんだな! 武術家として常に臨戦態勢で、斬ると決めたら迷わない覚悟を定めているだけなんだな! いうならラストサムライ枠だったんだよ! 絶望だけどさ! ……っと、話がつい絶望で逸れてしまったが……とにかくそんな彼にも、表現者としての色がある。それゆえに……もしもグループに入るとしたら、そぐわないルートはできてしまうわけで。 「俺はもちろん武術については素人だが……その精神性は、ベクトルが近い琴乃グループ向きだと思う」 「え…………!」 ……琴乃、絶望しないでくれ。あくまでも例えだから。センターとして制御する苦労は察して余りあるが、だとしても打ち震えすぎだ。 「そうして、グループの色を統一する……それも、分かる。 リズノワも、トリエルも……みんな同じ……」 「お、お姉ちゃん……」 「落ち着いて、千紗。……あちらを立てればこちらが立たず……だからいろいろと悩んでいらしたんですね」 「みんなの色を否定する話にもなりかねないからな。 ……とはいえもう黙っていられないと思ったんだが」 「プロのレッスンを受けるとなれば、その色に合わせて伸ばす……私達の武器を鋭くするから」 「あぁ。しかもそれを……連携力で乗り越えるには、多分相当な時間が必要だ」 沙季は本当に察しがよくて助かる。だから……改めてみんなと向き合い、それぞれの目を真っ直ぐに見る。 「だからさくらを中心としたグループA、琴乃を中心としたグループB……これを星見プロの二軸とし、みんなも自分の武器を最大現生かせるユニットに入ってもらう。 その上で星見プロダクションという全体ユニットで動くときは、その違う魅力でお互いを引き立て合い、観客を魅了するダブルセンター……そしてダブルユニットのコラボパフォーマンスを武器とするんだ」 「私と、琴乃ちゃんが……」 「さくら、不安にさせる切り出し方をしてすまなかった。だから……まず一つ、君とみんなに約束させてほしい。 俺はマネージャーとして、そのユニットに優劣を付けるつもりはない。みんなの誰も切り捨てたり、利用するつもりはない。 ――みんなと一緒に、見上げた舞台に進みたいから」 「牧野くん……」 「また不安にさせることもあると思う。だが……俺にもう少しだけ時間をくれ! 頼む!」 それから、頭を下げる……いや、ほぼ土下座だ。 今だって沙季と千紗を……姉妹を例に取り、引き裂く流れになった。そういう不安を生み出した。 できれば信じてほしい。だけど……それが無理だとしても、俺は……! 「……約束を、守ってください」 すると琴乃がそんな言葉をかけてくる。自然と頭が上がってしまうと、琴乃は……苦笑気味に俺を見ていて。 「それで経過報告もください。あなた一人で考えないで、私達みんなに相談してください」 「琴乃……」 「まぁ、私の苦手項目ではあるし、言う権利はありませんけど……でも、私達と一緒に……なんですよね」 「そうですわよ、牧野。……あなたの覚悟は伝わりました。あなたがわたくし達に嘘を振りまかない限りは……信じてあげてもよくってよ?」 「私もです! いや、びっくりはしましたけど……でも頑張りますから!」 「私もまぁ、琴乃ちゃんがそう言うなら…………裏切ったら地獄に落とすけど」 渚、待ってくれ。メモ帳を取り出しながら、怖いことを言わないでくれ。その責任は……あると思うんだが! だとしても怖いんだよ! お前の行動は! 「ありがとうございます、牧野さん。私達を信じて、相談してくれて」 「沙季……相談で、いいんだろうか」 「だね。牧野くん、べらべら思いつきで喋っただけだし」 「最終結論が出る前に、教えていただいただけで十分です。 というわけで、これを」 すると沙季が、白い鍵を渡してくる。これ……まさか、マスターキー!? え、持ち歩いていたのか! 「沙季」 「私なりの覚悟です。……裏切ったら渚ちゃんともども容赦はしませんけどね」 「重々に覚悟しておく! それと、千紗……」 「あ、うん……」 「……千紗には、少し時間をもらえますか?」 「そのつもりだ。……俺もみんなが納得してくれるように、少しずつ話す。だから……聞いてくれるだけでもいい」 「…………はい……」 その言葉には感謝し、改めて頭を下げる。 ――やっぱり鍋の効果は偉大だった。みんなと……ただの仕事仲間じゃなくて、一歩踏み込んで、仲良くなれたような気がするから。 「でも納得がいきませんわね……! わたくしがセンターだと思っていたのに!」 「あー、それについてはまたおいおい考えているぞ?」 「考えていますの!?」 「たとえば沙季と千紗の姉妹ユニットとか……そういう土台があるからこそのコラボレーションも、将来的にな」 「わ、私とお姉ちゃんが……!」 「でも、そうだよな。そういうことも含めて、またみんなとはたくさん相談させてくれ」 『はい!』 「うんうん……やっぱり牧野くんは、女の子をその気にさせるのが上手だよ」 ……麻奈、うるさい。というかその言い方はやめろって言っただろ。 でも……あぁそうだな。だったらもう一人、その気にさせたい子が出てきた。 恭文君にも頼んで、探してもらってみよう。それで……上手く行けば……! 魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s 西暦2019年5月・星見市その7 『Pは並び立つ/もっともっとボリュームを上げて』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ いやぁ、美味しかったぁ。琴乃も料理の楽しさをちょっとは感じてくれたみたいだし、それはなにより……だったんだけど、自宅到着前に突然電話。 一旦走らせていたウィザードボイルダーを安全確実に停車し、電話に出た。なお、かけてきたのは……前々から相談していたさくらの主治医さん。 『――以上が、知る限りのこととなります。ですが蒼凪さん、繰り返すようですが』 「星見プロには、さくらも含めて話すつもりはありません。 ただ……念のためマスコミ関係などは注意してもらってもいいですか?」 『まさか、こんな話が報道されると……!?』 「先生もそうですし、良識ある関係者がバラす必要はありません。 ……ただ時期を同じくして起こった出来事を結びつけ、さくらの活動が滞るほどのゴシップに仕立てればいい。星見プロが……さくらが邪魔な奴がね」 『……彼女は体調もまだまだ予断を許さない状況です。そのようなことならアイドル活動は認められないのですが』 「なのでその点もまた、牧野さんという担当マネージャーさんがお話を聞きたいそうです。 会社としても先生の指示を無視した仕事振りや、レッスンは絶対にNGだと……さくら当人にも最初から言っていたので」 『それは、救いですね……。えぇ、本当に』 先生は大きくため息を吐いて、すぐに気を取り直したよう、厳しい声を送ってくる。 『蒼凪さん、すみませんが彼女のことはくれぐれも……』 「牧野さん達とも協力して、サポートしていきます」 そこで通話は終了……スマホを懐に仕舞い、ウィザードボイルダーの座席に腰掛けながらため息。 「ヤスフミ……」 ショウタロスにはこんこんとこめかみを叩いてサイン。それでハッとして、すぐテレパシーに変えてくれる。 “間違いないんだな” “予想した通りだったよ。だから先生も危惧を強めて、お話してくれた” “…………さくらさんが移植された心臓は、長瀬麻奈さんのものなんですね” “うん” そう……先生も最初は渋っていた。ただ、琴乃……長瀬麻奈の妹がすぐ近くにいて、遙子さんが心臓移植されたことも聞いていると知ったら、顔面蒼白。 少し時間が欲しいとお願いされたので、待っていたら……“絶対に口外しないこと”を条件として、教えてもらったのよ。 “本当にタイミングがばっちりだったそうだよ。さくらの心臓もぼろぼろで、もうドナーを待っている時間もないってときに……事故死した麻奈の臓器は、なんとか移植に耐えうる状態を保っていたそうだから” “それが胸の高鳴りに従い、星見プロにくるのだから……奇縁だな。 だが恭文、そうなると私達の読み、少し違っていたぞ” “うん。……牧野さんが依り代なのは確かだ。そこは間違いない” だから最初に話したように、牧野さんには命の危険すらあったんだけど……でも、そこで勘違い。 ……依り代は一つじゃなかったんだよ。 “でも……さくらもまた、麻奈の依り代だった。だから牧野さんもここまで無事だった。麻奈は二人分のバックアップを受けて現界していたから” “だが、どうするよ……! それだと麻奈になにかあれば、さくらの奴まで” “……その逆もあるかもよ” “逆?” “さくら、言っていたよね。心肺能力の問題もあって、元々歌は苦手だった。でも心臓移植からうたえるようになったって。 そしてその歌で、麻奈の霊力は……存在力は高まっていた” それで問題はラインだ。牧野さんみたいに、命のラインじゃない。恐らく触媒は心臓だけど……それだけじゃなくて。 “だったら、そのさくらが……麻奈と同じ質でうたえなくなったら?” “………………おい、ヤスフミ……!” “……川咲さんとのラインは、歌だったわけですか。麻奈さんと同じ色を奏でることで、生命力を分け与えていた” “ラグを伴っての現界もそのせいかもしれないな。 ……そのラインが何らかの理由で打ち切られたら、一気に状態が悪化するぞ。二人分でようやく今のありさまなら……” “だから僕達も最初は気づかなかったんだよ。 心臓という触媒があっても、そのラインが本格化するのはさくらがうたったときだけだし” “それで、麻奈も、牧野の奴も専門家じゃないから気づかずに……おい、どうするよ! そこんとこツツいたら!” “……ひとまず念入りに観察だ” ……自然と見上げると、空には輝く満月。 “麻奈の答えは決まっている。ウェイバー達にも頼んで、準備はしておこう” “それでなんとかなるといいんだがな……” “なんとかならない方が正しいのかもしれないけどね。……麻奈にはやっぱり、行くべきところがある” “……あぁ” とても奇麗なのに、どうしてだろう。まるで嵐の前の静けさみたいなものを感じるのは。 いや、嵐は必ず来る。ショウタロスの言う通りだもの。 さくらと牧野さん、麻奈にこれを伝えるってことは、さくらは麻奈が存在し続けるためにうたう……それを迫るってことだもの。 牧野さんの心情を考えれば余りあるけど、それは間違っている。これは元からあり得ない奇跡……神様がもたらしたほんの気まぐれ。 さくらがやってきたのが偶然じゃないとしたら、理由は実に簡単だった。その気まぐれももうすぐ終わる……そう告げる福音だったというだけ。 本当にそんな……当然の音色を響かせているだけだった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――――そして翌日……どうも牧野さんも腹を括って、改めてみんなとお話したようで……揉める心配はなさそうなので一安心。 ただ、そんな牧野さんからちょっと頼まれごとをされて……またまた星見市までやってきた僕は、ウィザードボイルダーを走らせ、あの坂へとやってきた。 そう、早坂芽衣と名乗ったあの子を探すために。まぁここにいなかったら、星見高校の方を訪ねるしかないけど……。 ≪でもいますかねぇ。昨日の今日ですよ?≫ 「いたら、僕の注意も通じていないってことだしねぇ」 「…………あ、恭文ちゃんー!」 するとあの子は、昨日と同じ場所に……思わずそのままずっこけそうになりながらも、なんとか停止。 フルフェイスヘルメットのバイザーを跳ね上げ、慌てて見上げると……あの子は明るく手を振ってきて。 「昨日も思ったけど、そのバイク凄いねー! 仮面ライダーみたいー!」 「おのれ、またそこにいるの!?」 「あ、大丈夫だよー。下りられる算段は付けているからー」 「ならいいけど……で、今日はなに。また猫ちゃんと遊んでいるの?」 「ううん! 今日はちょっと違うの! ……そうだ、一緒に見ようよ! しゅごキャラちゃん達もこっち!」 ≪「「「「はい?」」」」≫ ひとまずウィザードボイルダーを、人様の邪魔にならないところへ止めて……。芽衣が上がっている塀の上へ。 そのまま芽衣に連れられて塀の縁を伝ってぐるっと回ると、どこかの倉庫裏らしいところに……というか、そんな場所を見渡せる位置に到着。 芽衣は目をキラキラさせながらしゃがみ込んで、その裏手を……そこにいる金髪ロングで制服姿の女の子を見やる。 髪の一部が三つ編みで、緑のリボンを編み込んで……おぉ、おしゃれだ。 ≪〜♪≫ その子は流れるポップな音楽に合わせ、切れ長な瞳を輝かせながら、ステップを踏んでいる。しかも……す、凄い。最近星見プロに出入りしているし、葵や莉央も見たから分かる。滅茶苦茶レベル高い。 舞宙さん達にも負けていないし、もうキレキレ……ついその姿に魅了されちゃって。 「……芽衣、お前の知り合いか?」 「ううん! でも、名前は知っているよー! ……一ノ瀬怜ちゃん!」 「一ノ瀬……おい、ヤスフミ」 「うん。うちの学校で噂になっていたね」 スマホを取りだし軽く検索……お、出てきた出てきた。 「全国ハイスクールダンスコンテストで優勝した子だ」 「そうそう! ……なんか凄いなーって思って、いっつも見ているんだ」 「いつも……」 「るるるるー♪」 すると芽衣は唐突に立ち上がって一回転……って! 「危ないから!」 慌てて芽衣の腰をぐいっと引き寄せ、下がらせる。ほんと怖いことするなぁ、この子! 「もう……大丈夫だよー。バランス感覚はいい方だからー」 「それを知るほど、僕達は仲良くないでしょ!? まずそこを踏まえて!」 「……じゃあ、芽衣と仲良くする?」 芽衣は後ろから抱きつく形だった僕へと振り向き、キラキラの……琥珀色の瞳を向けて笑う。 「今もぎゅーってしているし♪」 「あ、ごめん」 「ううん……心配してくれてありがと」 芽衣を優しく解放すると、芽衣はまたくるりと回転。僕を……三センチ近く低い僕を見下ろして笑う。 「……早坂さんは、ダンスが好きなのですか?」 「ん……好き! 芽衣も練習したら、あんなふうにキラキラしたものになれる……そんな気がするから」 「…………」 キラキラしたものに、かぁ。その感覚……分かる気がする。ううん、僕はこの子の目に宿った色を知っている。 だってそれは、僕が……ゆかなさんを、舞宙さん達を……お姉さんを見上げて、ずっと思っていたもので。 「……あのね、芽衣」 「うん」 「実は僕、昨日一緒にいたお兄さん……牧野さんって人から頼まれて」 「…………あの…………大丈夫、ですか?」 すると、横から声。そちらを見やると、心配そうに……あの倉庫裏で踊っていた子が見上げていて。 …………そりゃあ、気づかれるよなぁっと、ちょっと反省。いや、心配しているし……忍者的にも、大反省。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ……ちょっと、裏手で練習していたら……塀の上で着物姿の女の子達がいた。それが気になって……声をかけたら……まぁまぁまぁまぁ……! 「第二種忍者……しかも、男!? 私と同年代!?」 「ご覧の通りね」 「どこがですか! というか……え、待ってください。それでなんか抱きついていましたよね。えっと……つまり」 「一ノ瀬さん、あんな縁でるるるーって回転する奴を見たら、どうする? 落ちる前に引き寄せて止めようとするよね。つまりそういうことなんだよ」 「危なすぎますよ……!」 「あはははは−、ごめんなさーい」 星見高校の子っぽい……早坂さんと、この蒼凪さんという人は、悪い人ではないようで。というか忍者……警察さんなら、間違いないだろうし。 ……でも蒼い袴で、女の子の声と外見……しかも肌つやもすべすべだし。小学生くらいにしか見えないのに。髪だってテンパー気味だけどきちんとしているし。 まぁ、人それぞれ事情はいろいろあるんだろうと、そこはツッコまないことにした。 「でも僕もごめん。練習を邪魔しちゃったし」 「いえ……でも、そもそもどうしてあなたは、早坂さんを探していたんですか?」 なんでも早坂さんを探して、見つけて……そのままあそこへ引っ張られたらしい。忍者さんだから、事件捜査かと思ったら……。 「えっと、星見プロって分かるかな」 「……えぇ。長瀬麻奈さんが所属していた事務所さんですよね」 「そこの……牧野さんってマネージャーさんから頼まれて、芽衣をアイドルとしてスカウトしに来たんだ」 「芽衣を!?」 「アイドル……!?」 「今、星見プロは新人ユニットを育てている最中なんだ。牧野さんは芽衣をそこに加えたがっている」 「……でも、それならどうして忍者さんに」 「少し事情があって、今あそこに出入りしているんだ。で……芽衣については名前と学校だけで、なにも知らないから……まず探し出して、参考資料も渡してほしいって頼まれたの」 ≪牧野さんも仕事の都合で今日は動けませんでしたけど、明日からは歩き回る構えでしたからねぇ。よっぽど気に入ったみたいです≫ アイドル……新人……早坂さんを見やると、とっても驚いた様子でぽかーんとしていて。 それはそうよ。いきなりスカウトなんて。いや、でも……美人さんだし、あり得ない話では。 「資料は持ってきているから、まずはそれを見て……ご家族とも相談していくのはどうかな。 不安なら一緒に事務所を見学してもらう……そういうところから始めてもらえればって話だし」 「うん、いいよー! 芽衣、アイドルになる!」 「…………あれ……おかしいなぁ。僕、まずは相談って言ったはずなのに……」 「混乱しないでください……! というかあなた、大丈夫!? 日本語分かる!?」 「大丈夫だよー! 恭文ちゃんがマネージャー……プロデューサー!? それなら芽衣、頑張れるし!」 「僕、非常勤の客分なんだけど!」 ≪良かったですねぇ。あなたも惚れ込まれていますよ≫ 「なんでだぁ!」 ああぁあ……頭を抱えちゃって、可哀想に! でも当然よ! 会話が成り立っていなかったもの! 一歩一歩信頼を掴んでいこうとしたら、いきなりジャンプでニーキックだもの! そりゃあ辛いわよ! しかもこの人、本職のスタッフさんじゃないみたいだし! 責任も取り切れないわよ! 「と、とりあえずあの……牧野さんに相談するから! 段階を踏もう! ね!? あの、事務所の方針でシェアハウスにも入ることになるし!」 「シェアハウス……わくわくするよー! 恭文ちゃんも一緒かな! 楽しみー!」 「なにを打っても凄くいい手応えで返ってくるー!」 「あなた、少し落ち着きましょう……!? ほら、人それぞれ歩幅があるから」 あぁ、私はなんで宥めているんだろう。そもそもアイドルなんて無関係…………いや、待って。 アイドル……アイドル? しかもシェアハウス…………それなら、あの……! 「あ、あの……!」 「あぁ……一ノ瀬さん、ごめん。ひとまずあの、練習の邪魔にならないように、芽衣とは冷静に話すから」 「それ、私も参加していいでしょうか」 「…………へ?」 「アイドルに……してほしいんです」 …………いや、あの……ごめんなさい。私も唐突だったと思います。 「………………」 でも、絶望した顔でこっちを見上げないでください……! あなたの裁量を飛び越えることは押しつけませんから! そこはお話します! 腹を割っていきますから! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ もうダンスの練習やスカウトどころじゃない……三人で近くの喫茶店へ入り、改めて芽衣には資料を渡しておく。その上で段階の大切さを……分かってくれるといいんだけどなぁ……! で、それより一ノ瀬さんだよ! どういうこと!? 僕は探すよう頼まれただけの使いっ走りって説明はしたはずなのに! …………ただ……一ノ瀬さんも一ノ瀬さんで苦労していて。事情を聞いてみると、この子も重なる部分はあって。 「――将来は、ダンサーを目指しているんです。 ただ……父と母が反対していて」 「うん……」 「言っていることは真っ当なんです。 進学関係で意見が一致しない……。 将来的に食べていけるかどうかも分からない、不安定な職業……。 更に言えば、夢なんて見ていないで就職に備えて準備しろ……。 それは分かります。私を心配してくれているのも……でも……」 「……わりと、上からガッと来る感じ?」 軽くツツくと、一ノ瀬さんが驚いた顔で目を見開く。 「ど、どうして分かるんですか!」 「言ったらあれだけど、テンプレなんだよ。……一ノ瀬さんくらいの年頃で、進路関係で揉めて……親相手に暴行やら傷害事件を起こす犯人の動機としてはね」 「嫌な経験則ですね……!」 「だから分かるんだけど……“お互いに”ある程度折り合わないと、こじれにこじれてぶっ壊れるよ」 「えぇ、そうです……そうなんです。 でも認めてもらうことが、こんなに難しいなんて……思わなくて」 「怜ちゃん……」 「一ノ瀬さんは、進学とかは」 「ダンス一本でと考えていたんですけど……今のままだと難しいんでしょうか」 やっぱり納得がいっていないかぁ。だったら……よし、ちょうどいいから麻奈を利用してやろう。 「もちろん芽が出るかどうかっていうのもあるけど……僕もPSAの偉い人達から、進学は大事だよーって話はよくされているんだ」 「あなたも?」 「警察って縦社会だから、学歴が大事になるというのが一つ。 でもそれより大事なのは……たとえば怪我や病気で、忍者が続けられない。でもそれで人生は終わらない……呆れるほどに続く。生活のために仕事をすることもある。 そういうとき、助けになるのは学歴や資格……それまでの経験なんだよ。もちろん一ノ瀬さんのように夢を追いかけて、それが一区切りついた後も同じ」 「仰りたいことは……分かり、ます。その区切りがどういう形であれ、その後も生きていくなら準備が必要……でも私は」 「で、難しいのは……そういう“寄り道”が自分のやりたいことを豊かにするかもしれない……そんな可能性もあるってことだ」 「……そうでしょうか」 「というか、そうかそうじゃないかなんて、誰にも分からない。予言者じゃないもの」 「そう言われたら、反論できません」 わりとぶっちゃけたことを言うと、一ノ瀬さんは苦笑……頼んでいたアイスティーを一口すする。 「でも……その前に大事なことが一つあるかな」 「大事なこと?」 「まぁアイドルになろうって思いついた理由は分かった。……だけど、それは話し合いでの解決を無理だと放り投げた上でのことだ。 どういう形であれ、一ノ瀬さんは暴力を振るう。成果で殴り付け、これなら文句がないだろうという暴力だ」 「や、恭文ちゃん……!」 「僕もまぁ、言った通り……忍者になったときはそんな感じで、絶縁覚悟で暴れたもの。 ……だからこそちゃんと聞いておきたい。一ノ瀬さんは“それでも”と覚悟できる人? それともできることなら分かり合いたい人?」 「……分かり、合いたいです」 一ノ瀬さんはグラスをぎゅっと握り……悲しげに目を伏せる。 「応援してほしいです。信じてほしいです。成果で……お父さん達を殴り付けるようなこと、したくありません」 「ん……」 「でも……どう話しても、分かってくれないなら……!」 「…………方法が一つあるよ」 だから……あぁ、そうだ。やっぱり見過ごせない。僕はこの子を見過ごすことなんてできない。 「僕に依頼して、一ノ瀬さん。お父さん達に訴訟を起こす……その代理人として」 「え……!」 「ただし、いきなり裁判なんて話にはしない。 さっき言ったことを……お父さん達の言葉は、一ノ瀬さんにとって凄く重たいものであるという自覚を持たせるだけ。そのためのハッタリだ」 「…………どうして、そこまでするんですか。だって、知り合ったばかりで」 「単純に今のままだと、決裂が必然だから。それはまぁ、僕自身の経験もあって凄くよく分かる」 「……えぇ」 「あとは……僕もね、そのときある人達に示してもらったの」 そこで思い出すのは、やっぱりシュラウドさんや翔太郎……風間会長の顔だった。 お父さん達も、鳴海荘吉も、結局僕と苺花ちゃんを見捨てた。本気で助けようとはしなかった。だけど……みんなは違ったのだと、胸元で拳を握る。 「子ども扱いなんてしないで、立ち向かうべき絶望を示してもらった。誰を傷つけてでも……殺したとしても、欲しい未来はなにかって問いかけてもらったから」 「いや、殺すって……六歳で」 「直接どうこうってだけじゃないよ。自分が選んだ選択で、そのしわ寄せで誰かが死ぬかもしれないってこと」 「…………」 「もちろん無理は言わない。もしかすると派手にこじれて、見たくもないものを見て、お互いに傷を広げ合うことになるかもしれない」 「それは、今更ですよ……。というか、あなたはそれでも」 「それが戦うことだとも、教えてもらったしね」 そして御影先生……だからこの子を放置できない。すれ違うだけの誰かかもしれないけど、気づいたのだから見過ごしたくない。 この……まっすぐな翠の瞳が曇って、壊れるところなんて……見たくないし。 「……分かりました」 すると一ノ瀬さんは笑って……呆れたように僕を見返してきて。 「私も戦います。 ……でも作戦は教えてください」 「もちろんだよ。というか、戦うべき相手を一番知っているのは一ノ瀬さんだもの。……その協力なくして攻略は不可能だ」 「でも、依頼料って……高いんですよね」 「じゃあプロとしてパフォーマンスできるようになったら、特等席に招待してよ」 「それでいいんですか……!?」 「トップアイドル直々の招待で、更に僕のために厳選した特等席だよ? そりゃあ激レアでしょ」 「あなた、本当におかしい人ですね……!」 そう言いながらも一ノ瀬さんはやっぱり笑って、右拳で口元を押さえる。 「なら、それで。……でも後悔しないでくださいよ? そのときには恐れ多くて足が震えるかもしれません」 「覚悟している」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ……すれ違っただけの子。小さくて、可愛くて、猫ちゃんみたいな匂いがする子。 それで真っ直ぐな……蒼くてキラキラした瞳を持った子。その子は、すれ違って……名前もさっきまで知らなかった子のために、頑張るって決めた。 その気持ちが、閉じこもっていた怜ちゃんの気持ちを動かして……止まっていたなにかが、かき乱されて……なにかが始まるような予感がして。 あぁ、そっかぁ。この子はそういう子なんだ。 「ん……」 すれ違っただけ……他人事だから。そんな理由で止まらない。気になったら飛び込んで、困っている誰かを放っておけなくて。助けるために……自分が傷つく覚悟もして。 昨日……それにあのときぎゅっとされたときに感じた、暖かくて優しい感じ。それは間違いなかった。 「ヤスフミ、お前はまた……まぁいいか」 「えぇ。これは私達≪ダブル≫の使命でもあります」 「まぁ一ノ瀬の両親についても、話し合った上で解決しろよ? 向こうもまた別の考えがあるかもしれないからな」 「ん、それは慎重にやる」 だぶる……ダブル……その意味は芽衣には分かんない。 でもね、一つだけ分かることがあるよ。 「なら、芽衣も手伝う!」 「芽衣?」 「いや、あなたはその前に親御さんと相談してください。……私が言うのもあれですけど」 「怜ちゃんが一刀両断!?」 ≪それも仕方ないことですよ……≫ 芽衣は……この子のこと、すっごくすっごく気に入っちゃったってこと♪ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――というわけで、下準備の上……星見市内の一ノ瀬家にお邪魔する。 あらかじめ連絡しておいたから、まぁまぁ二人揃って警戒していて……片付いた広いリビングのテーブルに座りながら、出されたお茶をごくごく……うーん、美味しいねー。 「いやぁ、すみません。突然お邪魔してしまって」 「……どういうことだ。娘が私達を訴訟する……それで、君のような子どもが代理人だと?」 「あなた」 がっしりとしたお父さんを、穏やかそうなお母さんが軽く制する。今にも殴りかかりそうな勢いだしねぇ。 「あ、それは正確じゃありません。僕はあくまでも仲裁を依頼されたので」 「仲裁……!?」 「あの、どういうことでしょうか。私達には本当に……怜にそこまでされる覚えが……というか、できませんよね……!?」 「そこも含めて、順を追って説明します。というわけで、こちら資料の方となります」 早速作っていた資料を取りだし、二人の前に置く。するとそれと僕を見比べて、驚いた顔をして……。 「「資料……!?」」 「口頭説明だと長くなりますし、言った言わないの水掛け論にもなりやすいので。 ……それでまず、お母さんの疑問から答えますと……怜さんから親権放棄の訴訟を起こすこと自体は、可能です」 「ですが、怜は子どもですよ!?」 「資料の八ページにも書いていますが……近年では制度が変わり、子どもからの訴訟も受け付けられるようになったんです。 ただ……まぁこれは親が親権放棄を求める場合でもそうなんですけど、健全な育児が経済的・精神的……様々な理由から不可能だと判断された場合のみです。その条件も相当に厳しくなります」 「だったらうちは問題ないです。帰っていただけませんか。怜には私から言い聞かせておきますので」 「そういえばお父さん、新年度から医局部長さんへ昇進されたそうで……おめでとうございます」 「……なんの話でしょうか」 「でも、そこで精神的DVの証拠などなどがお勤めされている病院に見られたら……一体どうなるんでしょうか」 そう告げると、お父さんは意味を察したらしく、顔が青くなる。 「それは、脅迫でしょうか……?」 「いいえ……むしろ和解の提案です。裁判で本格的に争えば、年単位の注目が集まりますからね」 「だったら問題はない。大体、そんな証拠がどこに」 「……怜さんは、頭のいい人なんですね。お父さんと進路の問題でやり合っているたびに、録音していました」 「なんだと……!」 「僕も聞かせてもらいましたけど……腕のいい弁護士であれば、お父さんを失職させる嫌がらせくらいはできそうでした」 「そんなもの違法だ。盗聴で」 「それは捜査機関……警察や僕達みたいなのに適応される話です。 一般人がやるのであれば、同意などはなくても問題ありません。……あ、そこも資料に書いていますので」 お父さん達は冷静に勤めながらも、慌てて資料を確認……一ページ一ページ、顔面を真っ青にしながら見ていく。 そこにはお父さんが吐いてきた暴言の数々もしっかり記載されているので、まぁまぁ顔色がどんどん青くなって……。 「そうそう……診断書も見せてもらいました」 「診断書だと……!」 「正確にはカウンセリング前の聞き取り書ですか? ……精神科に少し通っていたそうですね。ご家族の関係に悩んで……不眠や強い不安、焦燥感に襲われることがあったとか。 そうそう、お父さんの高圧的というか、正論で押し通す部分は自分にもあると悩んで、発達障害の検査も受ける予定だったとか」 「そんなものは仮病です。怜は甘えているにすぎない」 「あなた……」 「すみませんねぇ。僕や幼なじみの一人も、その甘ったれの言い訳で診断をもらっている障害者なんですよ」 「え……!?」 お母さんは優しいねぇ。そこでぎょっとしてくれるんだから。それで自然と……僕が置いている、録音中のレコーダーを見やって。 「でもお父さんは凄いですねぇ。専門家でもないのに……って、これは失礼ですよね。お医者さんですし」 「……いや、私の方こそ失礼をした。その点については謝罪させてもらいます。 だが、怜は」 「だったら分かるはずですよ? 目に見えない病気は身体ともに判断が難しいと」 「…………」 「……おいおいヤスフミ……これで和解できるのかよ」 「大丈夫。そうするしかないんだから」 お茶請けのおせんべいもぽりぽり……いやぁ、とてもいいご家庭だねぇ。ここまで丁寧に対応してくれるんだから。 (さて、ここからだ) まぁお母さんは冷静だけど、お父さんは……いや、こちらも冷静か。ただこれはまぁ……思っていたよりもやりやすいかも。 「ん……まぁまぁ親子間の喧嘩は、そちらが立てる弁護士次第では上手く言い訳できるでしょう。 でも精神科受診を強引に中断させたことや、障害者への差別発言はよろしくありません。お父さん……間違いなく虐待の当事者とされますよ?」 「……それも含めて、怜と冷静に話す……それでは引いてくれませんか」 「そうですね……もっと端的に言いましょう。怜さんはお父さんを……お父さん自身が想像しているより“ずっと大きく”怖がっています。言葉のほとんどが“暴言”と捉えられるレベルで」 「…………」 「お父さん、お父さんが反対されている理由も大まかに聞かせてもらいました。 人の助けになるようなお仕事に就いてほしいというのも……アイドルやダンサーが、そういうものではなく、厳しい世界だし怜さんが生き残れないと思っているのも。 できれば医者になってほしいとも思うけど、そうじゃなくてもと……そう願っているのも」 「えぇ、その通りです」 「怜さんもそこは分かっています。心配してくれていることも、理解したいと思っています。 でも……自分が本気だと、そう示すチャンスも、それを見てもらうことすらできない現状には、相当に思い悩んでいます。 精神科受診や、ちょっとした縁で関わった僕に相談してきたことが、そのなによりの証拠です」 お父さんは言い返さない。乱暴に僕を追い払うこともしない。それは当然だ。できるはずがない。 なにせ……お医者さんだもの。しかも障害者の当事者が僕だもの。それに対して行きすぎたとなればすぐ謝れる人が……当事者でそういう病気や障害の現状をよく知る僕に対して、横柄な態度を取れるはずがない。 ……怜からお仕事がお医者さん……管理職だけど、腕もいいお医者さんだって聞いて、すぐピンときた。 良識的な人なら、分野は違えど……こういう押し入り強盗が通じるってね……! 「お父さん、立ち入ったことを聞きますけど……わりと論理的というか、筋道を立てて、正論で詰めていくタイプですよね」 「……そうですね。理屈っぽいと言われることは多いです」 「まぁ僕もお世話になっている人からよく叱られるんですけど……正論で詰めると逆効果って場合も多いんです。 そっちじゃなくて感情の話をしている。それを聞いてほしいってところで行き違って、想定しない関係の破綻や諍いを生み出す」 「私と怜がそうだと?」 「繰り返しますけど、第三者に相談していることそのものがなによりの証拠です。 お母さんもお父さんよりのようですし、そのフラストレーションを吐き出す……ぶつける場所がない。タイミングがない。 それがどういう状況を生み出すかは、お医者さんであるお父さんには説明するまでもないと思いますが」 「……専門外ではありますが、精神病の根源……それは処理できない脳内の情報……自分が嫌だと感じる事柄、でしたか。 それが残り続ける限りストレスとなり、鬱などの病気に繋がりやすい。発達障害も記憶力が独特な関係で、そのリスクが高い」 「えぇ」 そう……だから和解するしかない。お父さんには立場があるもの。仕事があるもの。それが家庭内の問題で差し障りが出たら……その時点で家庭崩壊だ。 いや、それ以前の問題だね。お父さんはそこでガタガタと打ち震える人じゃあない。それは見ていて分かった。 でも僕が下がろうと、一ノ瀬さんが帰ってこようと、そういう対応を続けている限りいずれ……しっぺ返しが襲ってくる。お父さんはもう家族として信頼されていない……そんな瀬戸際に立たされている。 そう、信頼されていない。全く以て信頼されていない。もうこれっぽっちも信頼されていない。 なにせ親子の会話が密かに録音されている……その時点で一ノ瀬さんは、壁を感じていたってことだもの。 「まぁでも、お父さんが冷静に話を聞いてくれる人で助かりましたよ。正直『だったら裁判だ』―でぶち切るコースも想定していたので」 「それでも、私の考えは変わらないのだが」 「そうして“取り返しがつかなくなったとき”、フォローする手はずくらいは考えておいた方がいいです。 最悪なんの予備策もなく、勢いで家出・失踪という可能性もありますし」 「…………」 「なので妥協案を提案させてもらいます」 「妥協案?」 「えぇ。怜さんには、僕の方から改めて話して……進学については納得してもらいましたし」 そう告げると、二人がぽかーんとする。 「え……!?」 「……蒼凪さん、でいいだろうか。それは……どういう」 「まず僕自身、六歳のときに忍者候補生としてPSAの仕事に関わりだしたんです」 「六歳――!?」 「かくかくしかじか……という感じで。ただ、警察って学歴や前歴を重視する風潮が強いので、PSAの会長さんや幹部の人達からも常々言われていたんです。 ……危険も多い仕事だし、保険を用意することも必要な努力だと。なので怜さんにも、お父さんが心配していると“信じられるのなら”、多少折り合ってみてはどうかなと」 「そう、だったのか……。では君が来たのは」 「怜さんだけだとこじれそうだったので、まぁお節介を……それと同時に、お父さんにも折り合ってもらいます」 つい苺花ちゃんのことを思い出すのは、仕方ないんだと思う。だから……自然と語気を強めてしまって。 「……」 どうしよう……僕にも突き刺さる……言いながら突き刺さる。 いちごさんにもよく叱られているからなぁ。ロジックで口げんかに勝つこと……そっちに偏るのは悪いクセだって。うん、改めて反省した。 なのでここからは宥和政策だ。 「お父さん、先ほど認めましたよね。理屈っぽい……正論で詰めていくと」 「……えぇ」 「そういうロジックに則った“ゲーム”であるなら、怜さんの正論……アイドルが人を助けることもある仕事で、自分が本気だと示すチャンスがないのは、不公平だと思いませんか? 怜さんがお父さんを“想定以上に”怖がっているのは、そういう部分を疑ってしまっているからです。お父さんの善意を信じたいと思っていると同時に、ゲームのルールを自分が有利なようにねじ曲げている“圧政者”とも感じている」 「だから、私も折り合う……玲にそのチャンスを与えろと? だがこれはゲームではない」 「えぇ。人生はゲームのようだけど、ゲームじゃない。だけど――話し合いで解決したいと思うのなら、ゲームのような公平性が必要だとは思います」 「……なるほど。あなたは私や怜によく似ている。それで叱られているというのも……周囲にいい出会いが多かったのでしょう」 「そうですね。縁はそれなりにありました。だから妥協案も出せました」 お父さんも迷いが出た。……これが大事だし、掴みたかったのだと……改めて資料を出す。 芽衣にも渡した、星見プロの資料を。 「星見プロ……?」 「僕がちょっとした縁で出入りしている、アイドル事務所です。えっと……長瀬麻奈さんが所属していた事務所って言えば、分かりますか?」 「あぁ……事故でお亡くなりになった子よね。星見市中心で活動していて、凄い人気だった……」 「怜さんにそこの所属審査を受けてもらって……話が通るなら寮に預けて、一旦距離を取りましょう」 「え、つまり……怜が、アイドル……!?」 「双方にメリットがあることです。……まずお父さん達から距離を取ることで、冷静に話し合う余裕が生まれる。 星見プロは個人の意思を尊重する事務所なので、活動継続はもちろん、進学についても家族間で相談して、将来に繋がるよう支援する構えを取っている。 怜さんの心情としても、ダンス一本とはいかなくても……培ったダンス能力を生かせる仕事なので、たまりにたまったフラストレーションを晴らせる。そこから本格的なダンサーに繋がる道も作れる……かもしれない。 もちろん怜さんは……アイドルという仕事が、誰かのためになるものだと示すチャンスを掴める」 「だから妥協……怜が進学も含めて考えるから、私達も怜の夢を応援しろと……」 「あと、改めての精神科受診も行います。当人の希望もありますので」 やっぱりいろいろ煮詰まっているし、僕も当事者として気になるしね。そこは譲れないと言うけど……二人は……お母さんは問題なしと頷いてくれた。 「……分かり、ました。ただ、この人は……」 「……その点も、怜と改めて話す。その機会は作ってもらえるんでしょうか」 「あなた、いいの?」 「“正論”で真っ向からぶつかってこられたんだ。応えないわけにはいかないだろう」 「ありがとうございます。……まずそれは当然のこととして手配します。 寮……シェアハウスに預かる形なので、その見学も含めて……強引に勧めるようなことはしませんし、させません。 お父さんやお母さんが、預けるのが不安……星見プロを信頼できないとした場合でも、無理は言いません。その場合はまぁ、また別の案を一緒に考えていくってことで」 ≪ただ……怜さんとは今三人だけにならない方がいいとは思います。 あなたが悪い人じゃないのはよく分かりましたけど、それを受け止められるほど怜さんも大人じゃないんです≫ 「……えぇ。怜は子どもです。だから厳しくとも思っていたのですが……公平ではなかったとするなら」 お父さんは目を閉じ、思案……でもすぐにため息をこぼす。 「私は、怜の方針を認められない。だが、玲が本気かどうか見定める……それくらいは、してもいいのかもしれない」 「それでいいと思います。あとは怜さんのことを、きっちり見守ってもらえれば……」 「それもまた公平性ということでしょうか。私と怜の……私達が始めてしまったゲームの」 「僕はそう思います」 お父さんが渋々でも……後悔しながらでも頷いてくれて、話し合いは見事に決着。 いくつかの約束事を置いた上で、一ノ瀬怜は家を出て……自分なりの未来を探すことになった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 恭文君に、早坂芽衣さんを探してもらってから、三週間が経った。 現在は月も変わり、五月十一日……星見プロのレッスンスタジオには、新緑の季節を突き抜けるように、二人の女の子がやってきて。 「――えー、というわけで」 マネージャーとして軽く咳払いしてから、レッスン着の二人を見やる。 一人はオレンジとジャージで、もう一人は……え、なんだあの上半身の腕周りがメッシュなおしゃれ仕様。後でメーカーを聞いてみよう。 「今日から新しいメンバーが入ることになった。どちらも恭文君がスカウトしたんだが」 「早坂芽衣だよー! よろしくー!」 「一ノ瀬怜です。よろしくお願いします」 『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』 あぁ、うん。みんな……驚くよな。みんなは見学している二人とか、ご家族とか、気づいていなかったみたいだし。 「マネージャー、ちょっと……!」 「あ、はい……」 そして琴乃は、まるで校舎裏にでも呼びつけるような手つきで俺を……それに戦々恐々としながら倣い、一旦スタジオの外に出ると……。 「どういうことですか! 新しいメンバーって……というか恭文がスカウトって!」 琴乃は怒り半分呆れ半分という様子で、俺を睨み付けてきて。 「……俺も、まさか二人とは思わなかったよ」 「そんな困り果てないでもらえますか!? 困惑しているのはこっちですから!」 「実を言うと今のメンバーには、なにかが足りないとずっと思っていたんだ」 「え……」 琴乃は面食らうが、すぐ察してくれたらしく、表情をいつもの真剣なものに変えた。 「この間の、話の続き……ですか?」 「続きだな。グループの完成形……そこを今ひとつ絞ることができなくて」 「……それを、あの子達が持っていると?」 「いや、それは芽衣だけだった……はずなんだよ……!」 「え、じゃあもう一人の人は!」 「いきなり事務所のドアを蹴破って……こう言い放ったんだ」 そう、忘れもしない……彼女との出会いだ。俺もお昼の唐揚げ弁当を食べているときだったので、目を丸くしたものだ。 ――つべこべ言わず私を採用してください。……じゃないと後悔しますよ?―― 「は……!?」 「……それを社長が面白がって、こうなった……!」 「新手の押し入り強盗ですか!? というか……」 「大丈夫……琴乃の言いたいことは分かる」 そう、琴乃は恐らく……話したいことが山のようにあるだろう。 「恭文君も、もうすぐ到着予定だから……!」 「それは心から安心しました……!」 だがもう、全部恭文君に聞いてくれ! 一ノ瀬さんについては事情も聞いたし、能力も見せてもらったから、そこは納得しているが……だとしても初手がおかしいんだよ! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 恭文はやってきた……馬鹿はやってきた。ダンスレッスンの終わり際に飛び込んできた。怪我などもなくやってきてくれた。 「……恭文ちゃんー!」 その途端、早坂さんが飛び込んで、ぎゅっとして……! 「ちょ、芽衣……あの」 「大丈夫じゃないよ! ほら……こことか! こことか! 千切れてるし!」 ……早坂さんの言葉でようやく気づく。 和服……袴の袖や二の腕の部分に、切られたような跡があって。軽く血が滲んだような赤もそこには混じっていた。 それに、裾には焼け焦げたようなものも……! 「あぁ……かすり傷だし、もう塞いでいるから」 「駄目! ちゃんと見せて! 救急箱持ってくるから!」 「芽衣、だからそれは」 「それで……お疲れ様」 でも早坂さんはすぐに……お母さんみたいに、恭文の頭を撫でてきて。 「大丈夫だよ」 「芽衣……」 「恭文ちゃんは、恭文ちゃんだよ」 「……ありがと」 なにか……凄く置いていかれたような感じがして。私はただその様子を見ていることしかできなくて。 それでどうにももやもやしている間に、一旦休憩に入って……なお、あの人の傷は本当にかすり傷程度だった。 だから、普通にレッスンにも監督役として参加してくれて……。 「……どうしましょう。厳しくびしばしした方がいいんでしょうか」 「今はやんわりコースだね。おのれはチームメンバーでもあるんだし、まず信頼関係を掴むところからだよ。 ……じゃないと一緒にパフォーマンスするときも、おのれの目を気にしてみんなが萎縮しちゃう」 「私の苦手項目です……」 「でもそこで押し通したら、今度はおのれがお父さんの立場になる」 「………………」 いや、恭文? あの、なんていうか、その……。 「無理せず少しずつ……寮生活の中でできる範囲からでいいよ。 で、自分はお父さん似で、正論というデッドボールを投げやすいって自覚をする」 「それで、いいんでしょうか」 「自覚できずに暴投しまくるよりはいい」 「……ありがとうございます。なら……えっと、白石……千紗さん」 「は、はい……!」 「さっき引っかかっていたステップ、少しずつやっていきましょう。何はともあれトライアンドエラーです」 「はい……あの、よろしくお願いします……!」 というか恭文、なんで一ノ瀬さんと普通に仲良しなのよ……! あんな無茶苦茶なことをしておいて! 牧野さんが絶望で倒れかけていたんだけど! 「でも恭文さん、事情は一ノ瀬さんからもインターバル中軽く聞きましたけど……よく納得させられましたよね」 「発達障害の診断やら、家族への説明付き添いでよくやっているから」 「やっぱり揉めるんですか? ご家族や職場が理解を示さないとか……」 「肉親の場合は感情論。職場の場合は異物感……どっちにしても当人にとっては地獄だよ。悲鳴を上げても“お前の努力が足りない。甘えている”で無視されるんだもの」 「……甘えているのはどっちなんでしょうね。その悲鳴を無視すると言うことは、結局なんの責任も背負わないということじゃないですか」 「その方が楽ってことだよ」 「……」 それは余りに悲しい現実だった。しかも私達自身にも言えることもしれなくて……あぁそうか。そうやってこの子は逆らってきたんだ。 そんなのは違う。そんなの寂しすぎるって……だからたぎるような目をするんだ。それは、否定するべき現実なんだって。 それで一ノ瀬さんのことも見過ごせなかったのは分かったけど……わかったけど……! 「ただ、怜のお父さんはお医者さんでもあるし、良識的な人だったからね。その辺りは僕が発達障害者だーって話したらすんなりだった」 「……本当に……それすら利用し尽くして、交渉に繋げたと」 「それが手っ取り早かったもの。とはいえ、あとは怜次第になっちゃうけどね……」 ≪まぁそれは仕方ないでしょう。アイドルが誰かを助ける……役に立てる仕事かどうかを示すのは、本当に怜さんの頑張り次第になりますし≫ 「あとはそこんとこで根を詰めすぎないように注意だね。みんなもそれとなく気をつけてもらえるかな」 「分かりました。ただ……それで、どうしてあの初登場になったんですか?」 「僕に言われても困るよ……」 いや、恭文……困っているのは私達なの! 沙季の……みんなの顔を見れば分かるはずよね! どうして困惑できるの!? 「初めてが肝心だし、しっかり挨拶していこうって言ったら……初手であのカードを出してきて」 「私を取らないと後悔するっていうのが!?」 「いうのが。……どうも勢いでやらかして、後々後悔するタイプみたいだね。だからお父さんも手綱を引き締めすぎるんだよ」 「オレ達も呆れたぜ……! もうこれで絶対採用されないと思ったしよぉ」 「……そこ! 聞こえていますよ! あれはあの……大胆さを重視しただけです! 今のところ後悔はしていませんから!」 むしろ後悔してくれていた方が幸せだったと思うのは、私の気のせいだろうか。……いや、やめよう。考えたくない。 「まぁ沙季なら上手く制御できるでしょ。実質的な寮長さんだし」 「えぇ、任せてください」 「そう言ってくれると安心できる。……僕、やっぱりひと月かふた月くらい、こっちに来られなくなりそうだし」 『え!?』 ……そこで胸の中が、小さな痛みで満たされる。 「がさ入れの結果、ようやく……ずっと追っていたヤマが、進展するかもしれないってとこまできてさ」 恭文は楽しげに笑って、拳を鳴らす。ようやく……ようやく解決できると誇るように。 「ただ地方に出向いて現地調査することになったから、しばらく東京から離れるの」 「そうですの!? いえ、それは……喜ばしいことでは、ありますけど……」 「……行き先とかは、教えられそうですか?」 「無理。連絡もPSA経由じゃないとひとまずは……」 「そうですか」 「……琴乃ちゃん、大丈夫?」 「…………大丈夫よ。そうよ……分かって、いるし」 でも東京から離れる……出張任務みたいな感じ? だったら……ああもう、どうしてこうなるのよ。 私、絶対おかしい。この子に気持ちをかき乱されている。最初のときからずっと……。 それでも……それでもなんとか渚にも取り繕って、大丈夫だと……いつもの私を取り戻すように深呼吸。 「でもそれ、いちごさん達には」 「舞宙さんももうすぐ戻ってくるし、きちんとお話する。お迎えも任せちゃうしね」 「……でしたら、今日は豪勢に送迎会でもしませんこと?」 「あ、ごめん。今日はレッスンが終わったら、公安の人とお話するんだ。夕飯もその人と食べてくるから」 「公安!?」 「やっぱり、大きな事件なんですね」 「ん……だから……明日明後日なら大丈夫だよ。 バンプロと瑠依達への挨拶もあるから、出発の準備もちょっとかかるし……予定は開けておく」 「分かりましたわ! では……」 すずは気を取り直すように、右小指をそっと差し出す。それも……少し照れた様子で。 「約束ですわよ? わたくし達みんなとです」 「デビューも見えてきている……。 きっと、トリエルのみんなも心配する……だから、お話……」 「ん、約束だ」 恭文はその重さを受け止めるように、少ししゃがんで……すずと目線を合わせ、しっかりと指切り。それで雫とも……。 (なんだろう、私……中途半端だ) ……そうできる素直さが羨ましくて、鬱屈とした気持ちが胸を支配する。私、こういうとき……ほんと駄目だなって。 「…………恭文ちゃん、どっか行っちゃうの?」 するとそこで……早坂さんがなにやらお絵かきしていたのに、慌てて立ち上がって近づいてくる。 「あ、うん。ちょっとふた月くらい……事件捜査をね」 「えー! 芽衣と怜ちゃんも、今日から寮に入るのにー」 「ごめん。まぁ、PSA経由になるけど連絡はするから」 ……居場所は教えられないけどってことか。気遣ってくれることは嬉しいけど……その対象が早坂さんということで、また胸がもやもやして。 「なら……そうだ! 芽衣、恭文ちゃんと一緒の部屋にするよ! お掃除とかその間頑張るし!」 『えぇ!?』 「芽衣ちゃん、さすがにあり得……本当にあり得ないよね! 恭文君、寮生じゃないし!」 「実家暮らしだしね!」 「えー! じゃあ恭文ちゃんの実家……遠いかな」 「「転がり込もうとするなぁ!」」 ……している場合じゃなかった。 え、なに……どういうこと? なんでここまで好感度を高めているの? おかしくない? 「というかね、芽衣……僕は」 「ハーレム状態なのは知っているってー。ね、怜ちゃん」 「……えぇ。PSAでお世話になったとき、教えてもらいましたし。 まぁ、浮気じゃなくてまじめに頑張っているところは……感心していますけど」 「そうね。私もびっくりしたけど……恭文さん自身障害を抱えている関係から、むしろそういうことには慎重かつ臆病な人だし……」 「だから女の子の方が纏まって、しっかりサポートシェア……男に主導権がないハーレムとか、斬新……」 「だったら芽衣もシェアだねー」 「めい!?」 「恥ずかしがらなくてもいいってー。 ……一緒に塀の上でデートした仲だし♪」 …………そこで、空気が凍り付く。 「デート……!?」 つい自分で驚くほどに、私は……とてもかすれて、軋んだ声を放っていた。 デート、デート、デート…………つまり。 「今度は……誰の下見をしたの!」 「違う違う!」 「話をするわよ! デートということなら私! まず私だから! 下見でガンダムベースに引っ張られたし!」 「え、琴乃ちゃんもデートしたの!? しかもガンダムベースって……恭文ちゃん、芽衣ももっとデートしたい!」 「落ち着けぇ! 静まれぇ! 分かった! 話し合おう! だからまず一つずつ処理させて! 僕は聖徳太子じゃないんだ!」 「……出張の前に、無自覚に立てたフラグの整理整頓からですわね」 「だね。……恭文君、今日はお泊まりしようよ。その公安さんとのお話し合いが終わってからでいいし」 「あ、はい」 ――説教よ! これは説教しかない! だって、凄くいら立つ……自分でも意味が分からないけど……いらいらして仕方ないもの! それなのに、しばらく留守にするとか……デビューライブは、来てもらいたかったのに……全く……! (その8へ続く) あとがき いちご「……自由すぎる……!」 恭文「いちごさんも似たようなものですよ」 いちご「なんだとぉ!」 恭文「というわけで、ここからは五月……ひぐらし2019編導入部がこのタイミングで発生して、僕は雛見沢に。 で、遙子さんも含めて……これでようやく星見プロダクションのメインメンバーが集結したわけで」 いちご「でもあの訴訟するぞーって構えはどうなの!? 恫喝だよね!」 恭文「いちごさんから教わったんだ。勝ち負けだけで語るとこうなるって」 いちご「私、そんな教え方だけはしていないよ! もっと寄り添う感じだから!」 (神刀ヒロイン、おこです) いちご「で、今日のアイプラキャラ紹介は……」 怜「どうも……一ノ瀬怜です」 いちご「おしゃれなレッスン着の子だ!」 怜「いや、どういう覚え方ですか!」 (でもレッスン着がおしゃれなのは確かです。アニメよりゲームの方がよく分かる) 恭文「身長160・体重46。スリーサイズは上から83・56・85。 学校は星見市にある私立麗葉女学院高等部。実は成宮すずと同じ格好です」 怜「あの子は中等部ですけどね。だからまぁ、学校の帰りとかに……一緒に帰ろうって声をかけられまくって、妹と間違われて……!」 恭文「同じシェアハウス住まいだから、無碍に避けられないし……なかなか」 いちご「あぁ……だからお話の仲で芽衣ちゃんも、直接は知らないけどって言っていたんだ」 恭文「えぇ。それで誕生日は三月八日……なので劇中だと高校三年生に成り立てですね」 いちご「それで、進路に揉めて……この悪魔にさじを投げちゃったと」 恭文「誰が悪魔ですか!」 怜「否定はできないでしょ……! お父さん、人が変わったみたいになったし!」 (なお、アニメ・ゲーム劇中では理解してもらおうと奮闘中。そのためなかなか実家との連絡も取りづらい状況が続いています) いちご「じゃあ劇中だと、恭文くんより一歳年上……あ、白石沙季ちゃんと同い年か」 怜「えぇ」 いちご「それで、ダンスの大会で優勝するくらいの腕前……いいなぁ! 尊敬するよー!」 怜「いえ、そんな……絹盾さんだって、お仕事でダンスもしていますし」 いちご「私、ダンス苦手なんだよー。なんかこう、胸の辺りが重たくて機敏な動きって辛くて」 怜「………………恭文さん……!」 恭文「……そこで男の僕に振るの、多分駄目だと思うよ?」 怜「それはそうかぁ!」 いちご「あ、でも最近、しっかりした下着を教えてもらったから……ちょっと動けるようになったんだ! それなら胸も痛くならないの!」 怜「そ、そうなんですね……!」 (ダンスアイドル、混乱中。自分はそこまで痛くなったことがあるだろうかと自問自答中) 恭文「まぁいちごさんはともかく……趣味がダンス、貯金ってのは分かるけど……テーマパークってあるんだよね」 いちご「あ、ほんとだ。これ、私も気になっていたんだけど……夢の国とか?」 怜「えっと、そうじゃなくて……パレード目当てなんです。ほら、ダンスパフォーマンスもあるじゃないですか」 いちご「あぁ……そういう……」 怜「あと……私がダンスをするようになったキッカケが、そのパレードで踊っていたダンサーさんなんです。 凄く楽しそうで、奇麗で、かっこよくて……私もあんなふうに踊れたらって思って、練習するようになって」 恭文「そこからスクールにも通って、勉強して……だったよね。そのスクールの先生にも凄くお世話になって」 怜「……いろいろ感謝しています。先生にもお話、してくれましたし」 いちご「恭文くんが?」 怜「アイドルって、やっぱりダンスだけやっていればいいわけじゃないですよね。 それで……教わったこととか、いろいろ裏切ることになるんじゃないかって、不安で……」 いちご「……そっかぁ。うん、やっぱり恭文くんは自慢の彼氏だ」 恭文「その彼氏、悪魔扱いしていませんでした?」 いちご「そういうところも含めて、だよ?」 (神刀ヒロイン、ごめんと蒼い古き鉄の頭を撫で撫で……) 怜「とはいえ、甘えてばかりもいられません。最低限の生活費くらいは自分で稼がないとですし……」 恭文「怜、Vチューバーとかどうかな」 怜「できればもっと手近なところからお願いします……! あと巻き添えを増やそうという思考が透けて見えていますから」 いちご「とすると、やっぱりアルバイトかなぁ」 怜「……そういえば、絹盾さんはアルバイトなどしていらっしゃったんですか?」 いちご「デビューする手前くらいまでやっていたよー。料亭の仲居さん!」 怜「凄いですね!」 いちご「そんなことないよー。元々旅館の家だったから、着物の着付けも、お料理の出し方も……その辺りの捌き方も慣れていただけだし」 恭文「……それ、舞宙さんから聞いたことがあるなぁ。お料理関係までできるから凄い重宝されて、辞めるときも抜けた穴をどうしようかと大騒ぎになったとか」 いちご「後継を育てる時間もなかったしね……」 怜「あの、なにか乗っ取られていませんか? 大事なものが」 (それでも神刀ヒロイン、遠い目をする) 怜「でもそっかぁ。そういう技能を生かせるならともかく……私、本当にダンスとテーマパーク巡りしかない……」 恭文「というか、怜の場合もう事務所に所属しているアイドル候補生だから、そっちを生かしたパフォーマンスの仕事はしにくいよね。二重契約になるし」 怜「そうなんですよね! だからどうしようかと……あの、恭文さん……付かぬことをお聞きしますけど、コンビニって本当に誰でもできる仕事なんでしょうか」 恭文「結論から言うと、もう違う」 怜「違うんですか!」 恭文「怜、考えてみてよ。 ……物品の販売、補充、品出し。 ……店内の掃除。 ……公共料金などなどの支払い受付。 ……宅配便の発送や一時預かり。 ……切っ手や収入印紙、チケットなども販売して。 ……ものすごい種類のたばこを“あれ”とか“それ”とか言ってくる客のために取ってきて。 ……おでんや中華まん、揚げ物の調理と、什器の掃除までして。 ……必要とあらばクソ忙しい時間にコーヒーまで煎れてあげて、手渡しする。 ……もちろん店内でトラブルがあれば上手く対処して。 ……コピー機やATMの取り扱いもレクチャーする」 怜「…………」 恭文「時給千円じゃ足りないくらいにマルチタスクが要求されるもの」 怜「見くびっていました、コンビニ店員……! というかあの、恭文さんはどうしてそこまで」 恭文「発達障害……まぁ療育なんかもそうだけど、障害者同士のコミュニティっていうのもあってさ。その中で必ず出てくる話なんだよ」 怜「そっか……典型的な症状だと、マルチタスクが苦手だったり……急な予定変更や環境変化に適応できないってありますよね。そのせいで」 恭文「有名大学に入るより難しいって言うね。だから、誰にでもできる仕事じゃないの。できる人は凄い尊敬する」 (近くで店長が替わり、どんどん荒れ果てていった挙げ句潰れたコンビニを見ているので、余計に凄いと思う) 恭文「まぁそれはどんな仕事でもそうだよ。コンプライアンスやらが叫ばれるようになってから、いろいろ複雑になっているし」 怜「そもそも誰でもできる仕事というのが、蔑称に近いものなんですね……」 恭文「やる気さえあれば、仕事を選ばなければなんて言うのもね。昔とは物価や経済面も全然違うし、そういうことを言う年配の方々は適当に流していいよ」 怜「はい」 いちご「またぶっちゃけるなぁ……。とはいえ恭文くん、やってみなきゃ分からないこともあるよ?」 恭文「ですね……。大事なのは次に繋げられないほど、ぼろぼろになる前に引けるかどうかで」 いちご「だから……とりあえず寮から近くて、アイドル活動や学業にも差し障りがないところから始めてみたらどうかな。それこそ内職も……今あるっけ」 恭文「役所に相談した方が確実でしょうね。ネット関係は詐欺めいたものもありますし、逆に使えません」 怜「……そうだ、それも聞きたかったんです。バイトで詐欺って言うと、どういうものがありますか」 恭文「まぁ簡単な仕事で高収入とか、あなたの夢や自由な時間を応援します……なんてうたい文句は大体怪しい。 でもね、決定打があるとすれば……なんらかの物品なり仕事のマニュアルを購入させようとするところだよ」 怜「教材ってことなら、分かるような気はするんですが」 恭文「仕事で基本そういうものを、雇用者に買わせるようなところは基本的にない。 それが数万数十万となれば、確実に詐欺だ」 怜「そのお金目当てで、仕事は回さないとかそういう感じでしょうか」 恭文「そういう感じ。それも実力不足とか、こっちが悪いみたいな理由を付けてね。 ……よし、バイト探しは僕や牧野さん達も手伝うよ。一応の身元引受人でもあるしさ」 怜「そうですね……えぇ、頼らせてもらいたいです。よろしくお願いします」 いちご「うんうん……頑張っていこうー」 (そして、五人のダブルで戦う最後の夏が始まります。 本日のED:TRINITYAiLE『Aile to Yell』) 芽衣「えっとね……やっぱり海だね! ゆっくりお話して、ドーナツを食べて……えへへー♪」 怜「よく冷静にデートプランを組み立てられますね……! 長瀬さん、人を殺せそうな顔をしているのに!」 琴乃「そんな顔をしていませんけど!?」 恭文「琴乃、している。その自覚はして」 琴乃「あなたが言うとしゃれにならないのよ! というかほら、傷は……本当に大丈夫なの!?」 恭文「さっき治療したでしょ! それに服も大丈夫だって! 物質再構築で直すから!」 琴乃「いちいち異能力を持ち出さないでいいから! 服なら私のを貸すし!」 芽衣「え、身長的にそこは芽衣じゃないかなー」 恭文「いろいろ躊躇うから落ち着いて!」 千紗「あ……それなら、私がコーディネート、します。お洋服のことは、任せてください……!」 恭文「な、なんで包囲網が……!」 (おしまい) [*前へ][次へ#] [戻る] |