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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2019年4月・星見市その5 『襲来者L/誰もが答えを探している』


――シェアハウス…………どうして、家から通えなかったんだろう。今更だけどそんな後悔をしてしまう。


「……行ってきます」


結局伏せたままになっている写真立てに挨拶して、早朝ランニング。星見市はスポーツできる環境も多くて、単純に気持ちがいい。

春先の……四月の始業式も終えてすぐな日々の中、差し込む優しい木漏れ日と、海の輝きに目を細める。

自然とやってきた見晴台……輝く水平線の景色と、響く波音に心がきゅっと引き締まって。


そうして急ぎ足で……いろいろな持ち回りに遅れないよう戻ってきたところ……。


「あ、琴乃ちゃんおはようー」

「「おはよう、琴乃ちゃん」」

「…………おはよう……」


ダイニングキッチンで、エプロンを翻し調理中な沙季さんと那美さん、さくらに挨拶。

なお、沙季さんはボールで何かを器用にかき混ぜていて……笑っていたかと思うと、少しきりっとした表情で嘱託を見やる。


「ほら、二人とも−! ゴミ出しまだでしょ!」

「そ、そうだよ……すずちゃん、雫ちゃんも、起きて……」

「あと……二時間…………」

「こんなの、人間が活動する時間じゃありませんわ……」

「もう朝の七時だよ……!? ほら、ニュースだってやっているし……」


……千紗も可哀想に。というか彼女の言う通りだった。ちょうど今テレビでは……。


『今女性に大人気のアイドルユニット≪LizNoir≫が新曲をリリースするそうです! ファン待望の新曲ということで、注目度も相当と聞きましたが!』

『えぇ。LizNoirのリーダーである神崎莉央さんは、長瀬麻奈さんが事故死された件から調子を崩し、しばらく活動を休止していましたから。
NEXT VENUSグランプリの決勝で戦うはずだった彼女が亡くなったことは、同年代のライバルとしてはいろいろ思うところもあったようですよ』

『……えぇ……』

『ただ、今のリズノワは相当強いですよ。そこから復活を信じ待ち続けた井川葵さんともども、活動再開後は勢力的に動いていますし。実際VENUSプログラムのランキングもぐんぐん上がっています』

『まさに破竹の快進撃ですね! 今後のLizNoirにも期待です!』


…………まぁ、ちょうどうちのお姉ちゃん絡みでの話だったけど。

ひとまず……大人っぽい衣装を着た、ショートカットの女性二人は置いておく。今重要なところじゃないから。


「琴乃ちゃん、スクランブルエッグと卵焼き、どっちにする?」

「……えっと…………」

「……ほら、二人とも−。早く起きて−。美味しいごはんだよー」

「ごはん……」

「おなか、すいた…………」


あの、あれはいいのかしら。さくらがハーメルンの笛吹きが如く、お皿に盛られたスクランブルエッグとソーセージ、サラダを餌に……雫達を起こして、引っ張っているけど。


「そのためにもゴミを捨てて! 着替えて、顔を洗おう!」

「りょうかい、ですわ……」

「腹が減っては……アイドルは、できぬ……」

「……って、雫ちゃん……駄目だよ……! ここで脱がないで……!」


そうして廊下に出て行くみんなを見送り……自然と、改めて沙季さんを見やると。


「さくらちゃん、手慣れているというか……力があるというか」

「凄いですよね。
……で……琴乃ちゃんは、どっちにする?」

「…………みんなと、同じで……大丈夫です……」


二〇一九年四月――――こうして私は突きつけられる。


「……って、マネージャーは」

「もう会社に出ているわ。久遠ちゃんと一緒にね」

「そうですか……」

「やっぱりアイドルさんのマネージメントって、忙しいんだね。早朝出勤もちょいちょいあるし」

「えぇ」


やっぱり……コミュ力って、大事だったんだと……!




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2019年4月・星見市その5 『襲来者L/誰もが答えを探している』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


恭文が言っていたこと、凄く突き刺さる。というかマネージャーがオーディションのときに言っていたことも……。

どうして、コミュ力なんてものが必要になる世界になったんだろう。それがないと夢一つマトモに追いかけられないなんて……弱者には悲しすぎる。


「――――ふーん……なんだか楽しそうだね!」

「別に……沙季さんの調理が細かくて、ときどき揉めることもあるし」


ただ、そんな私ではあるけど、一緒にお昼を食べてくれる友達はいて。

セーラーの上からニットのカーディガンを羽織ったこの子……私と勉強机を囲み、お弁当をつまむこの子は、伊吹渚。

元々付き合いの悪い私にも、凄くよくしてくれる親友……と言える存在で。渚は私と違って、人なつっこい笑みで……首元まで伸びた髪を揺らす。


「そういうとき、琴乃ちゃんはどうするの?」

「え……」


つい、ばつが悪くて揚げパンをかじる……。

なお、私のお昼は渚と違って、購買部のパン達。そして野菜ジュース……これくらいでまぁ、足りるし。


「どちらでもいい……みんなが決めた方に私は従う」

「え……」

「…………似てた?」

「……似てない」


渚に対応を見抜かれて、更に恥ずかしくて顔を背けちゃう。くぅ……こういうの、本当にやりにくい。


「グループで頑張るんでしょ? しっかりしなくちゃ」

「……知っているでしょ? そういうの……苦手だって」

「でも、恭文君とは仲良くなれたんだよね」

「…………それはむしろ渚でしょ……!?」


なに平然と私と恭文が仲良しみたいに言えるの!? むしろそれについては渚の方だから! 私が渚もオーディションを受けていたって聞いたとき、どれだけ驚いたか!

しかもそれで整地って……いや、実際……助かってはいるけど。すずも聞いてみると、本当に……私が長瀬麻奈の遺志を継いでって思っていたらしいし……!


「そこについてはファインプレーって褒めてほしいなー。受けたはいいけど、お父さん達がシェアハウス暮らしは不安だって言って……もしかしたら駄目かもって感じだったし」

「……だから、恭文の話は渡りに船?」

「そうそう。というか、忍者さん……それもあのTOKYO WARや核爆破未遂事件を解決したレジェンドが出入りだよ!? お父さん達も凄く安心してくれたし!」

「そう……」


あぁそっか。芸能活動ってやっぱり悪いことを企む人もいるし……星見プロもお姉ちゃんが亡くなってからは今ひと…………んん……遙子さんも凄く頑張っていたけど、それでもって感じだったし。

渚のお父さん達、優しいけどきちんとしている人達だから。その分どうしてもってところはあるか。


「まぁ……いざというときは牧野さん達を地獄送りにして、その首を届けるからーって話をされたときはびっくりしたけど」

「それは止めなさい……!」

「だから止めたよ。お父さん達が、泣きながら。拷問すら示唆する構えだから」

「重たすぎるでしょ! というか、あの人はまた……!」

「まぁ、それくらい責任を持ってくれるってことだから。……琴乃ちゃんや他の子達だってそうだよ?」


……渚、そこで気に入った様子でにこにこしないで。あの人、平然とテロリストもろともとか言い出すクレイジー枠なんだから。しっかり叱って止めないと……いちごさん達も大変そうだったし。


「それに私の知る限り……琴乃ちゃんから友達になろうーって言い出したことなんてほとんどないんだけどなぁ。それも知り合って一日となると」

「渚も会ったから分かるでしょ! あの人、ほんと無茶苦茶なんだから!」

「でも目的を達成するために、全力を尽くすところは凄いと思っている」

「…………それは…………うん……」


また見抜かれて……ううん、前に話したことだから、つい……ばつの悪さで揚げパンを二口続けてかじる。

……実際、マネージャーを追い出すような形になったときもそうだった。子どもである私達だけで暮らす危険性とか、それで背負う責任とかも……叱ってくれたし。

それに……難しい障害を抱えているのに、それと上手く付き合っているというか、乗り越えているというか……この言い方も的確かどうか分からないくらい、繊細な問題だけど。


でも、渚の言う通りだ。その……いろんなものを使い尽くす覚悟と構えとかは、凄く……尊敬は、していて。


「あと琴乃ちゃん、その言いぐさは完全に彼氏扱いだよ?」

「な……渚ぁ!」

「ごめん、冗談。というか……琴乃ちゃんの彼氏になるというのなら、まず私のチェックからクリアしてもらわないと」

「あなたは私のなんなの!?」

「親友のつもりだけど」

「それ以上の関係でやることでしょ、それ!」


あぁ、どうして私はこうも弱者なのだろう。人間関係弱者……もちろん分かっている。

きちんと……グループの一員として、みんなとも仲良くしなきゃいけないって。だけど……その一歩がどうしても踏み出せなくて。


……もしかしたら私は、怯えているのかも、しれない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


なんとか寮暮らしも慣れてきた今日この頃……いや、まだ数日というところなんだが。

それでも星見プロは動き出した。四月になったら、また一気に加速するだろうし……やっぱり春はこういう期待感がないとな。


「――しかし、見事に個性やスキルもバラバラだな」


三枝さんは社長室のデスクに座り、改めてみんなのプロフィールとにらめっこ。

なお、あっちこっちに段ボールが置かれているのは……これも今後の準備に備えてのものと考えてほしい。


「上手く纏まるといいんですけど……」

「だがその辺り、蒼凪君が発破をかけてくれたんだろ?」

「自分より強い相手に勝つためには、相手より強くならなければいけない……そうですよ」

「ふ……なるほどな」


三枝さんはこの一発で分かるのか。とすると俺、修行不足だな。最初は琴乃が言ったみたいに、矛盾ってところで思考停止していたし。


「とはいえ、それもバランスが大事だ。個性が……強みが鋭利であればあるほど、衝突したときのダメージも深くなる。もちろん抱えている事情も関係してくる」

「実際琴乃とさくらがそうでした」

「というか琴乃の場合、それが分かっているから……どうぶつかるか二の足を踏んでいるだろ」

「えぇ」

「……グラついたら即座に支えるぞ。それが俺達の仕事だ」

「はい」


さすがは三枝さんだ。俺も一緒に暮らしていてようやく分かることを、見抜いてくれる……麻奈の資質を見抜いた碧眼も、その裁量も、決してさび付いていない。

これは俺も身を引き締めなければと思っていると、ドアがノックされる。


「どうぞ」

「失礼しますわ」


するとレッスン着のすず、さくら、沙季、千紗、雫、琴乃が入ってきて……。


「牧野は……あぁ、いますわね」

「牧野“さん”だろ? それかマネージャー……というか、恭文君にはさん付けしているじゃないか」

「…………牧野と恭文さんを一緒にしてはいけませんわよ」

「どういう意味だ……!」

「どうも恭文さん、すずちゃんを可愛がってくれている……同じお嬢様達と親しかったみたいで。それでまぁ、こんな感じに」

「そう、なのか?」

「えぇ。バニングス社のアリサさんと、月村重工のすずかさん……お二人とも、わたくしの目標と言える素敵なレディですのよ!?
そのお二人に認められている以上は、成宮家の令嬢としても礼節を示しませんと!」


……沙季の補足で大体のことは納得できた……できないよ! なんだよそれ! これが学歴や経歴社会か!? 縦と横の繋がりが持つ強さか!? 一般市民には理解できない!

いや、それ以前に恭文君……どうしてそんな人達と知り合いに! どの会社も、俺の知る限り日本有数の大会社じゃないか!

あぁでも、彼の経歴を考えたら……実際声優業界にも天原さんや絹盾さん達という顔見知りがいるわけだし、不思議はない! 顔が広い子だしなぁ!


よし、後でちょっと確認してみよう……そう、後でだ。とりあえずその辺りと今回の突撃は、関係ないと……関係ないよな?


「じゃあ、その礼節はいずれ俺にも示してもらうとして……揃ってどうしたんだ」

「体幹と発声のトレーニングは終わりました。それで……ですね……」

「…………毎日基礎基礎基礎基礎基礎基礎基礎! そろそろダンスの振り付けやレコーディングがあってもいい頃ですわ!」

「いや、レコーディングもなにも曲すら」

「それ……もう言った……」


え、雫が言ったのか? アイドルオタ……もとい、アイドルにいろいろ詳しくて、それで自分もって思った雫が。だったらと思うが、みんな表情は同じで……。


「でも、すずちゃんの焦りも分かるんです。
もちろん基礎は大事です。ただ、講師の方もおらず、目標もないようでは不安にもなります」

「それは確かに、分かるんだが……」

「それで、みんなと話したんですけど、なにか簡単な曲とかでダンスの練習ができないかなって……駄目、ですか」

「うーん……」


沙季とさくらの言いたいことは分かる。だがこちらもまだその辺りで準備が……。


「いいじゃない」


そこでふわりと、脇から麻奈が出てきて……お前、みんなに自分は見えないからってまた気楽に。


「モチベーションが低いと、基礎練だって効果が薄いよ」

「でもなぁ」

「それに……女の子を“その気”にさせるのは、牧野くんの得意技でしょ?」

「誤解を招くような言い方はするなよ……!」

「……なにがですの?」

「あぁいや、こっちの話だ」


麻奈の奴……やっぱりコイツ、幽霊になってから自堕落が進んでいる。あとできっちり締めなくては。


「……とにかく、それは全員の要望ってことで……大丈夫だろうか。雫と千紗も」

「ん……!」

「じ、自信……ないけど、頑張りたい……です……」

「そうか。……琴乃は」

「私は…………」


そこで琴乃は、軽く目を伏せる。みんなのことは見ないようにしつつだ。


「本格的なレッスンができれば……なんでもいいです」

「……そうか。なら、明日まで待ってもらえるか? 課題曲を考えてみるから」

『……やったぁ!』

「頑張ろうね、琴乃ちゃん!」

「え、えぇ……」


そこでみんな……自ら高い壁を設定している形なのに、楽しげにしていて。それには俺と三枝さんも、どこか安心のようなものを覚えた。

上を……もっと上を……そういう貪欲さも、アイドルにとっては必要だしな。


「しかしまぁ、社長としては嬉しいものだ。こうも揃って向上心があるとはなぁ」

「恭文さんと……先日お会いした絹盾さん達のおかげです」

「沙季、それは……って、そうだよな。みんな、声優さんのお仕事についていろいろ聞いていて……」

「ん……それで、ビリグロのステージ……まずはYouTubeチャンネルのダイジェストだけど、見た……凄く、わくわくした……。
トリエルは自然と注目していたけど……あれは……また違っていて、新鮮……」

「ただステージに立つだけではなくて、演じる役を降臨させるというか……そのキャラクターとしてのステージを成立させる。
声優さんがステージで、キャラクターソングをうたう意味というか、凄さを感じて……胸が熱くなってしまって」

「そ、それに恭文さんも……一緒にレッスンしたら、発声とか、滑舌とか……凄くて……。体力も……全然、勝てないし……」

「体力面については仕方ないよ。あの年で事件の最前線に飛び込み続けてきたわけだし……だから、千紗も一歩ずつでいい」

「は、はい……!」


さすがに頂が高すぎると、千紗は軽く諫める。この子も自分に自信がないタイプだから、それで自虐しないようにしておかないと……あぁ、そうだ。

恭文君も自分の学業や仕事はあるけど、こっちにはできるだけ顔を出してくれている。俺と麻奈の状態観察もあるし、トリエルのガンプラバトル講習もあるしささ。

俺の見込み通り……みんなとレッスンを一緒に受けてもらったのは大正解だった。発達障害の弱い部分も、あの子が実際に飛び込み、体感することである程度だがカバーできる。みんなの状態観察やアドバイスにも繋がるんだ。


それでまぁ、これは想定していなかったんだが……絹盾さん達をお呼びしたこと、声優という職種で一線を進んでいる人達との交流は、みんなの気持ちを奮い立たせてもいて。しかもアイドル作品に出て、演じている人達だしな。

それに鈴村さんにも……またお礼をしないとなぁ。こう、事務所の枠に悪い意味の影響を与えない形で。


……って、そういえば一つ気になったことがある。


「でも雫、アイドルファンって言っていたよな。ビリグロ……というかアイラバとか、そっちの作品を掘り下げは」

「……リアルアイドルを追いかけるのに夢中で……一生の不覚……」

「私もだよ! いちごさん、すっごく奇麗でスタイルもよかったし……それに田所さんも、親しみやすくて、キュートで! でもうたうとかっこよくて!」

「それに、Instagramとかの服も……やっぱりおしゃれで奇麗……」


なんだ、さくらと千紗もハマっているのか。いやだが気持ちは分かる。特に田所さんは凄い人だからなぁ。

なにせあのホリプロのオーディションを勝ち抜いてデビューした人だ。その資質だけでも相当だし……きっとそれに見合うだけの努力をしてきたんだよ。そういうのはみんなにも伝わっているんだ。

……まぁ彼は先輩とか言いながら割合雑な扱いをしていたような気もするが……絹盾さん曰く、それは違うらしい。


――恭文くん、素直に愛情を表現するのが苦手……というかちょっと怖がっちゃう子だから――

――怖がる?――

――ガイアメモリを受け入れたことでもそうだし、元々“普通からは逸脱した自分”を嫌ってほど突きつけられているんです。
それでその“普通“が、そんなものに対してどれだけ冷酷で、無慈悲になれるかを知ってしまっているし、受け入れることがとても勇気のいることだというのも……分かっている――

――………………――

――ロジックに走りがちなのも、手段を選ばないのも、そういうところが根っこなんです。もちろん……誰かの夢や希望を守る戦いに飛び込んでいったのも――

――普通から逸脱した……発達障害で、できないことが多い自分には……そういうお話でしょうか――

――だから私も……みんなも恭文くんのこと、放っておけないんです。
……いっぱい……忘れそうになっても大丈夫なように、伝えたいんです。一緒にうたうことは楽しいんだよーって――


……そこで改めて納得したよ。どうして絹盾さんほどの人が、忙しい合間にそこまでするのかってさ。

でもそれは同情じゃない。彼がそれでも……それでもと、憎んでいた普通も含めて、たくさんのものを守って、繋いできたからだ。絹盾さんはそうも言っていた。

そうだ……きっとそれでいいんだ。普通じゃないことを理由に、距離を取るとしたら……それは誰かと一緒にうたう可能性そのものの否定なんだ。俺はマネージャーとして、それは違うって首を振りたい。


少なくとも琴乃達は……彼と一緒にうたうことが嫌ではないし、得るものは大きいと……楽しんでいるんだから。


「……でもそれなら俺と同じだな」

「……マネージャーも、あれで触れたクチ……?」

「というより、リアルを知っているとこう……作品に求めるラインが高くなるから、自重していたんだよ。
だけどアイラバは問題なかった。楽しいよな」

「ん……!」

「マネージャーとの連携もちょっとずつ取れているようで何よりだ。
だが、壁に挑む以上は気合いを入れろよ? その壁は誰か一人のものではなく、みんなで超えるものだからな」

『はい!』

「…………はい……」


そして琴乃はみんなと遅れて……やっぱりコミュニケーションにはまだ難ありか。

まぁ、それも少しずつだ。……本来なら俺が様子を見つつ出すべき課題だったが、いいタイミングだったのかもしれない。

当然みんな、最初はバラバラだろう。お互いの呼吸も、お互いの色も分からないんだから。それを合わせる練習……チームワークの土台作りとしては好都合だ。


これで琴乃が、みんなに一歩踏み出す……そんな道が作れるように、背中を押していかないとな。……明日からは特に大事だし。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


…………みんなで超える壁……壁……みんなで……。

どうしよう。もちろん私だって同じ。絹盾さん達とお話して、ステージを見て……私が見上げているものとは違うけど、その輝きにはドキドキして。

恭文が教えてくれた、強さを組み合わせる戦い方……そのためにも必要なことだって分かっているのに、どこかで殻に閉じこもっている。


それが駄目だって、自分でも分かっているのに……シェアハウスまで続く海沿いの道を歩きながら、私は……みんなと一緒なのに、一人でいようとして。


「さすがは牧野ですわ。わたくしをセンターに選ぶとは」

「え……そういう話、していなかったような……」

「成宮家の令嬢たるわたくし以外にはいないでしょう」

「そこ、家の名前と力でなっちゃったら、いろいろ台無しじゃないかしら……」

「がふ!」

「ご、ごめんね。お姉ちゃん……その、ツッコミが鋭くて、名刀しらいしなんて言われていることが…………」

「……千紗、ちょっと待って。それ知らなかったんだけど……どこで言われているの? 誰が言ったの?」


どうして一人なんだろう。どうしてグループなんだろう。

私は……お姉ちゃんみたいにって……ああもう、これも泣き言なのに。全部納得していたはずなのに。


「というか、名刀じゃあ神刀や妖刀に勝てないわよね……。
神刀きぬたて、妖刀アサクラとあるわけだし」

「お姉ちゃん……なにと戦っているの……!?」

「あの領域は、むしろ神域……立ち入れない……」

「ありがサンキューなんて伝説を残すのも、私には難しいし……」

「あれも本当に奇跡の領域……! 普通は止まる。いろんなものが止まる」

「というかお姉ちゃん、それ煽っているから……!」

「……よし! なら明日からのレッスンに備えて……親睦会も兼ねて、外でお食事しようか!」


いろいろ考えていると、さくらが両手を叩き、明るく提案。……こういうとき、みんなを引っ張るのはいつもさくらだった。今朝もそうだったし。


「いいですわね! ……でも、ドレスコードって皆様はどうしますの?」

「た、多分……そういうお店じゃないと思う……」

「でもお食事……うん、いいわね。私もみんなに言いたいことがあるし……夜の鼻歌とか、お片付けが疎かとか、夜更かしでアイドルライブディスクの鑑賞とか」

「「「う!」」」


さくら、すず、雫が頬を引きつらせて一歩下がる。でも千紗さんの笑顔は消えない……完全に寮母さんだった。

……みんなもうすっかり仲良しさんで……私は、そこにやっぱり…………


「琴乃ちゃん、行こう!」

「……ごめん」


だから、誘ってくれたさくらにも顔を合わせず……走り出してしまって。


「私、ちょっと体……動かすから。それじゃあ」

「ぁ…………」


誰かが手を伸ばしてくれたような気がする。でもそれすら見られない。それすら向き合えない。どう向き合っていいか分からない。

それが……たった一人で頂点を目指し続けると決めた、私の覚悟。そう、これは覚悟の結果だ。


覚悟が宙ぶらりんになって、その処理を……割り切りをできず、ただ止まっている。今の私は、きっと……滅茶苦茶に情けない。


「――それならちょうどよかった」


でもそこで……すっと……安全な形で私を抜き去り、前に止まるバイクが現れた。

蒼と黒のツートンカラーで、ヘッド部分にWのアンテナを携えるそれは、とても見覚えがあるもので……。


そこに乗っていた和服姿の男の子は、素早く停車し、ヘルメットを脱ぐ。


「……って、恭文!」

「琴乃、ツーリングに行こう」

「いや、私は」


すると恭文は、どこからともなく予備のヘルメットを投げてきて……私は慌ててそれをキャッチ。更にそのヘルメットの中には、グローブとプロテクター一式も入っていて。


「みんな、琴乃は寮まで僕が送るから。夕飯も食べてくる」

「なら、お任せします。……でもまたいいタイミングでしたけど」

「聖夜市で用事があってね。そのついでだったの。
……それよりほれ、琴乃」

「あの、せっかくですけど、私は」

「いいから……行ってくるといいわ」

「そうですわね。お土産も期待しておりますわよ?」


え、ちょ……沙季さん!? すずまで……なんで背中を押すの!


「はい、じゃあプロテクターもちゃんと付けてー」

「怪我……しないようにって……貸してくれているから……」

「千紗、あとこのジャケットも着させて」


更に私が両手両足にプロテクターを装備していると、千紗が黒いジャンバーを渡されて……!


「僕が作った、異能のバリアが発生するジャケットだ。エネルギー源も搭載してあるから、機関銃程度じゃあ穴一つ空かない」

「凄い……あれ、でもデザインがちょっと……琴乃ちゃんなら……もっと、シンプルな方が……」

「千紗、その辺りはまた後で相談に乗ってあげればいいから」

「あ、うん……じゃあ恭文さん、これは……また、バージョンアップで……」

「あ、はい」


バージョンアップってなに!? というか待って! ジャケットをかぶせないで! 抵抗を許さず……ついにヘルメットまで装着させられてー!


「じゃあ……荷物は、預かる……」


雫も私の学生鞄をふんだくらないで!? なに、この連帯感!


「琴乃ちゃん、財布やスマホは大丈夫?」

「いや、それは問題ないけど……でもどういうこと!? 私は」

「じゃあ私が上半身を持つから、すずちゃんと千紗は両足をお願い」

「「了解!」」

「担ぎにいかないでください! 分かった! 分かりました! 乗るから……せめて自分の足でまたがらせてぇ!」


そうして結局、私は薄い後部座席に飛び乗るようにしてまたがり……。


「じゃあ夜の九時までには帰すから」

≪遅くなるようなら連絡しますね≫

「はい。あ、でも……釈迦に説法ではありますけど、くれぐれも安全運転でお願いしますね」

「それも了解。……じゃあみんなも、あんまり遅くならないうちに帰るんだよ」

『はい!』

「琴乃、両脇のグリップ、しっかり握っていてね」

「は、はい……」


え、こういうときって抱きつくんじゃないの? 違うんだ……驚きながらもグリップを握る。

それで、バイクはゆっくりと……力強く走り出して。


『行ってらっしゃーい!』


……なんでごくごく普通に見送るの! バックミラーで見えるんだけど! でも手を振らないで! 笑わないで!

いや、そもそもこれが気遣いだとしたら……一体どういう趣旨なのよ! アイドルなのにツーリングデートをしているんだけど! そういうハメになっているんだけど!


ただ……暮れていく夕焼けを、紅と黒が混じり合う海を見ながら、風を切る感覚がそんな疑問を吹き飛ばす。


「……!」


今まで知らなかった世界、視点。そういうものに襲われて……ふだん見慣れているはずの、星見の風景が、全く違う輝きを放っているように感じて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――そんな世界の中、バイクは瞬く間に高速へ乗っかり、気が付くとレインボーブリッジに……比較的空いているのか、一時間ちょっとで……私達はお台場に到着する。

そう、一気に江東区よ……! いくら星見が海に近いところで、そこから経路はあると言っても……急展開すぎる。


それでバイクを留めて、私達は……これ、見たことがあるわね。

白い一角獣みたいな、巨大な人型ロボット。それが……各部の装甲が開いて、中身が赤く輝いて……。


「いつ見ても迫力あるなー! 等身大ユニコーンガンダム!」

「お兄様、好きですねぇ。ですが気持ちはよく分かります」

「やっぱユニコーンは夜だよな、夜」

「いや、あの……ここって」

「ダイバーシティ東京の名物だよ。で、ここの上層階に……ガンダムベース東京がある! もう限定品も含めて、いっぱいガンプラがあるんだー!」

「ガンプラを買いに来たの!?」

「制作スペースもあるよ!」

「なんのためにそこへ私を引っ張ったのよ!」


そこで恭文は、頬を赤らめ……軽く顔を背けて。


「友達……だから、かな」

「気持ち悪いから今すぐやめて……!」

「……友達って言ったのはおのれなのに」

「そこじゃない! そのあからさまなテンプレポーズが怖いの!」

「じゃあぶっちゃけよう。明日トリエルと来るから下見」

「私が主軸ですらなかった!?」


ほんと余計なことを言わなきゃよかった……! 渚にもツッコまれたし!


「というか、私……こんなことしている場合じゃ」

「でもどこでどうすればいいか分からない。自分はチームワークも作れないから」

「…………!」


それで……あぁそうよ。一番腹立たしいのは……この子は全部、私の気持ちなんて見抜いているってことで。


「琴乃、まずそこが勘違い……チームプレイに“チームワーク”は必要ない」

「え……!?」


それで少ししょんぼりしていたら、とんでもないことを言い出したし……!


「いや、でも!」

「この前話したでしょ。それぞれの得意な武器を鍛え上げ、組み合わせればーって下りで……現場では突然強くなることもできないってさ」

「あ、うん……」

「チームワークもそれと同じ。災害級の事件が起こった場合、部署や管轄なんかをすっ飛ばし、各所が協力し合うことになる。
当然仲良く親睦会なんてやっている暇はないし、その場合でも手持ちの技能をお互いに上手くかみ合わせ、機能させていくのよ」

「だから、チームワークは必要ない……必須ではない? じゃあ、チームワークって」

「それを基本として、更に高い次元に……それこそコンマ何ミリ、何秒という領域まで突き詰めて連携していくなら、お互いの呼吸や考え、スタンスを知ることも大事ってことだね。つまり上級テクニックなのよ」

「…………」


…………目から鱗だった。


いや、ほんと……言われてみれば納得なのよ。東日本大震災とかでも大変だったし、それこそこの子が関わったような事件だってそう。

核爆破未遂事件とかも、知り合った刑事さん達と一緒に……一日足らずで解決したっていうし。でも……そうか、それも技能をかみ合わせたがゆえの。


「もちろん、親睦を深める効果は馬鹿にできないし、おのれらはまだ自分の武器がなにかも定まっていない。
その準備期間を無駄にしないために、まずチームワークからっていうのは間違いじゃない」

「やっぱり武器……私の強み、個性……色を知るところから」

「そして、チームメイトの色を知ること。じゃないと、まずおのれから武器をかみ合わせていけないでしょ」

「それは、分かる……ううん、分かりたいと思っている。でも……」

「相手に合わせるのとかが苦手?」

「……うん」

「興味もないことは興味がないって言っちゃうし、好きでもないことはそうだって言っちゃう。やんわりとした体裁を取り繕うこともできない」

「うん…………って、なんでそこまで分かるの……!?」


さすがに驚きなんだけど! しかも当然って顔だし!


「僕も似たようなものだもの」

「え……いや、あの……もしかして障害で」

「それ。ロジックによるパターン化で、こういう感じかなーって推測できる程度でね」


やっぱり人の機微とか、分かりにくいんだ。だから……なんだか親近感を感じて、自然と……ガンダムの近くにあるベンチで、ちょこんと……二人で座っていた。


「分かっているの。マネージャーも説明してくれた。
……今VENUSプログラムのトップにいるのは、ほとんどがユニット。お姉ちゃんみたいなのは奇跡レベルだって」

「複数人いれば、パフォーマンスの幅が広がるしねぇ。あと単純に目立ちやすい」

「それで、歌やダンスだけが上手くても……特筆した個性だけでも売り出せるほど、甘い世界じゃない。
というより、自分達には情けないことに、そんなノウハウが……事務所の力がない」

「そう言えるのは牧野さん達の凄さだよ」

「ん……私も、そう思う」


普通は取り繕う。奇麗に纏める。自分達は悪くない、そういう業界なんだと……それで終わらせればいいのに。

あの人達は……馬鹿みたいに、私達へ正直にあろうとする。……お姉ちゃんにもそうだったのかなと、今更ながらに思い知った。


「だけど……ううん、だからこそ自分が情けなくなるの……!」

「うん……」

「気持ちだけしかない……私には、気持ちだけしか返せない。でも、その表現すら人を傷つけそうで……ううん、傷つけてきた」

「じゃあ、おのれはみんなを傷つけたくないの?」

「傷つけたい人なんているの……!?」

「だったらそれでいいじゃないのさ」


またあっさり……いや、違う……。


「少なくともおのれは、自分のエゴでみんなを振り回したくない……傷つけたくない。そう思う程度には気持ちを傾けている。まずそんな自分を認めるところからでいい」

「……それで、いいのかな」

「それだっておのれの色だもの」

「ん……」


あぁ、そうなんだ。そういうことなんだ。

今怖がっている私も……一人で頂点に昇り詰めるって、お姉ちゃんみたいにって周りも見ずに思っていた私も……それをちょっとだけ後悔している私も、私が生みだした色なんだ。

その選択は変えられない。時間なんて巻き戻せない。こんなことになるならって分かっていても……でも……それならまた、ここからその色を認めて、踏み出せばいいって……。


「まぁその話も、ガンダムベースで遊んでからだね。それともご飯からがいい?」

「……まだ、お腹……そこまでじゃないから、ベースからで」

「ならいこう」


恭文に手を軽く伸ばされる。

自然とその手を取って……取れてしまって……エスコート以上の意味はないけど、それに甘えてしまう。


「まぁ明日からはまた大変になるしね。景気づけだ」

「……あなたも参加する流れなんだけど」

「その前におのれだってー。渚、親御さんの許可が取れて合流予定だし」

「え!?」

「あれ、それも牧野さんからは」

「聞いていないわよ! あの人はまた……!」

「きっとサプライズ大好きなんだよ。渚ともども」

「だったらそろって説教じゃない!」


……きっとこれも私の色なんだと刻みながら……あの巨大で、どこか神々しいガンダムに別れを告げて、中に入っていく。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――そして翌日…………本当に渚は、マネージャーと一緒にレッスンスタジオへやってきて。


「――伊吹渚。星見高校二年です。これからよろしくお願いします」

『よろしくお願いします!』

「…………渚、マネージャーともども説教よ。覚悟しておいて」

「琴乃ちゃん!?」

「待て、琴乃……ひとまず拳を握るな!
あれか! ここまで話がなかったことか!? そこなんだな! よし、よく分かった! 目で物語っていたからな!」

「そ、それでえっと……あぁ……あなたがさくらちゃん」


渚、そんな取り直すようにさくらへ近づかないで……いや、彼氏みたいな言いぐさだけど。でもいろいろと気になるから。


「あ、はい!」

「いつも琴乃ちゃんから話を聞いていたの」

「そうなんだ」


……え、待って。渚? ちょっと……伊吹さん!? 伊吹さんー!? やめて、その話は!


「琴乃ちゃん、最初に会ったときは、やっぱりあなたのことを誤解していたって……謝りたがっていたの」

「え……」

「志望動機はやっぱりオカルトなのかってビクビクしていたんだけど、レッスンは誰よりまじめで見直したって。
……きつい言い方しちゃって、ずっと……まぁ今言った感じでお話してくれていたんだ」

「渚ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「……やっぱり言ってなかったー。恭文君から聞いていた通り」

「恭文もグルかぁ! 恭文は……蒼凪はどこ! 蒼凪の大馬鹿者はどこ! マネージャー!」

「きょ、今日はトリエルのみんなとガンダムベースに行くとか言っていたが……」

「私も行ってきます! 道ならもう知っているので!」

「琴乃ちゃん、落ち着いて! というか……昨日はバイクだよ!? 琴乃ちゃん、免許もないよね!」


さくら、止めないで! というか納得したわよ! だから優しかったんだ……だからフードコートでたいめいけんのオムライスとか、ごちそうしてくれたんだ!

というか……本当に下見だったんだ! 昨日の全部! さすがになにかの冗談だと思っていたのに!

いや、オムライスは美味しかった! 美味しかったわよ! レインボーブリッジを走りながら見る夜景も奇麗だった! デートとしては……その……楽しくは、あったけど……。


でもそれで取り返せるようなことじゃない! やっぱり説教してやらないと!


「まぁまぁ琴乃ちゃん」

「それで取り直せると本気で思っているわけ!? 私、完全にあなたや恭文のアホに振り回されているんだけど! もちろんマネージャーも!」

「俺はそこまでのことをしたのか……!?」

「でも、ちゃんとお話した方が、もっとみんなと仲良くなれるよ?」

「う……!」

「琴乃ちゃんがあんな顔するの、初めて……じゃないわね」

「ん……意外だけど、恭文さんとお話しているときとかも……あんな感じ……」

「嘘でしょ……!?」


え、なにそれ。私、恭文とそこまで仲良しみたいに見られているの? ちょっとショック……いや、嫌いとかそういうのはない。……仮にも、友達だし。

でもあの馬鹿は性格に問題がありすぎるもの! 現に今だって!


「まぁまぁ、琴乃……ひとまずレッスンからだ。いつもの基礎から始めて、その後課題曲を発表するから」

「そして、その更に後は私からのお説教ですね。分かりました」

「そこは逃がしてくれないのか……!」

「あははは……恭文さんにもちょっと、メッセ送っておこうかなぁ」

「それは駄目よ。私が味わった感情を、そのまま、的確に、お返ししてやりたいんだから。
特にトリエルがらみの下見に引っ張られたこととか……」


えぇ、そうよ。まずそこよ。だから……だから徹底的にお返しをしてやらないと。


「ふふふ……ふふふふふふ……!」

「魔王……降臨……」

「……アイドルがしちゃいけない顔をしていますわね。修繕費絡みで悪巧みしていた沙季さんと同じですわ」

「え、待って? 私さすがにあんな顔……え、していないわよね。嘘よね」


顔がどうかなんてどうだっていい。とにかくあのアホに礼を……徹底的な礼を。


「……渚ちゃん、それって完全にヤキモチだよ」

「渚!?」

「だって、生まれて初めてのデートなのに、それが仕事の下見だったのが嫌なんだよね」

「そういうのじゃないから!」


というか、あれは……ああもう! それもこれも全部恭文のせいだ! やっぱりしっかりお仕置きしてやる!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ん……?」

「恭文さん、どうしたんですか」

「いや、ちょっと……寒気が……空調かなぁ」


どこかで誰かが噂したような……まぁいいか。ひとまずは瑠依達の方だし。

やっぱりガンプラバトルを始めるなら……ガンダムベースは外せない! そんなわけで僕達、ここの制作スペースをお借りして、早速購入したものを作っています。


「でもお前ら全員クランシェとはなぁ。優だけノーマルクランシェだが」

「ユニットで使うなら、一緒の機体がえぇなぁって……まぁうちは生粋サポーターやし、それに合わせてセッティングしようかなーと」

「でもでも、カラーは合わせていこうかなって考えているんです! トリエルの衣装カラー!」

「あれは映えるなー」

「私も……やっぱりビルドダイバーズのあれ、忘れられなくて」

「分かる……凄く分かる」


テーブルの向かい側に座る三人が作っているのは≪HG AGE クランシェ≫。なお瑠依とスミレが隊長用のクランシェカスタムで、優がノーマルのクランシェ。

ガンダムには珍しい、味方側の量産型可変機……しかも試作機とかじゃなく、エース向けと言えどきちんと量産されているものだよ。

HGも作りは……まぁクセがあるところもあるけど、完成度としては高い。ありがちな差し替え変形もなく、完全変形できるしね。ハンブラビなみの楽さだよ。


まぁあえて差し替えるところがあるとするなら、股間と足の下部に収納されているライディングギアだけ。それだって置いて飾るとき用だから、問題ないんだ。

その上ハンドパーツも充実している。デフォルトで武器持ち手、量の握り手、左の平手とついているしね。


「でもこの前腕と足の合わせ目、どうしようかと……真ん中にばっさりじゃないですか。それに背中のパーツも外れやすいし……足首の装甲も」

「そうだなぁ……まず合わせ目は、エッジを削って、一直線のモールドにすることかな。そうすれば分解・整備の手間も省ける」

「でも不格好になりませんか?」

「だから他にも手を加える。……たとえば」


僕もお手本になればとクランシェカスタムは組んでいたので、手持ちのペンでクランシェの左前腕を……その合わせ目の両側に、さっと線を書き込む。


「情報量増加も兼ねて、こうやって三本線にすると……外側、中央二枚って感じの装甲になるよね」

「あぁ……これなら確かに」

「足も横のラインを入れるとか、プラ板を貼り付けて複雑な形状にするとか……」


更に足の方もこんな感じでーって適当な模様を書き込む……。


「こういう形なら、今すぐにでもできる」

「うんうん……細かいおしゃれさんにするわけやな。それはえぇかも」

「なら、背中のパーツは……」

「余っているポリパーツとプラ板を合わせて、可動部を仕込むとか? または三ミリ軸なり仕込んで、増加パーツをセットする……これ、個人のモデラーさんが作ったものだけど」


一旦ペンを置いて、スマホを見せてあげる。……クランシェの背中に追加ブースターやら、ストライカーパックを付けているんだよ。その数々の作例には、瑠依も前のめり。


「なるほど……これなら、確かに……!」

「というか恭文さん、すらすら出てきて凄いです! やっぱり詳しいんですね!」

「クランシェ、発売当時に作ったしね」

「そうなんですか!?」

「ん……」


というわけで、そっと取り出すのは……ゼータプラスカラーのクランシェカスタム。発売当時に作って、いろいろ改修しているものなんだ。


「わぁ……本物の戦闘機みたい!」

「そっちを意識したカラーにしてあるしね」

「腰アーマーもノーマルと違うよなぁ。
それに背中の装甲も……可動部を作っているんやなぁ。これなら外れんわ」

「腰アーマーはプラ棒とかで仕立てたドッズスマートガン。色ともども、Zプラスっていう機体を参考にしているんだ」

「それも可変機体なん?」

「そうだよ。
……翼もある程度大型化して、ヴェイガン側の光波推進システムで飛行するって設定にしている。
ドッズキャノンもそれを生かしてビット化できるんだ」

「設定……」

「受け売りだけどね」


すみれが不思議そうにするので、苦笑しながら補足しておく。


「模型って自分なりに想像したものを、心の中にあるものを形にする遊びなんだよ。
だからそういう設定もバトルの強さに繋がる」

「なるほどー」

「え……戦闘機ってあの、緑とか銀色とかが多いんじゃ。
あとはあの、なんかこう……凄く複雑な迷彩」


すると瑠依がきょとんとしながら、僕と自分のクランシェを見比べて……あぁそうか、その辺りも一般常識ではないから。


「その辺りは……迷彩の必要性と歴史も絡むから、またお昼を食べながらお話するよ」

「お願いします、先生!」

「先生!?」

「瑠依ちゃん、ノリノリやなー。
でもそういうところも含めての想像……設定っちゅうわけかぁ。いろいろ考えていくのは楽しそうやなぁ」

「楽しいよー。このクランシェは実在兵器に寄せた表現だけど、そういうのに囚われず、好きな色に塗ってもいいし、ディテールやギミックだって同じだ」

「別作品のロボを、ガンプラでオマージュするっていうのもあるしな。表現方法は自由で無限大だ」

「おぉ……それはえぇなぁ」


そうそう、ヒカリの言う通り。実際舞宙さんも新作……HG ゼイドラの改造機体なんだけど、それで作っていてさぁ。最近テレビ電話で見せてくれたんだ。

……とはいえ、その話はできないな。もしかしたら関ヶ原ガンプラバトルで出してくるかもだし……うん、ぐっと飲み込んでおこう。


≪とはいえコンテストとかに出すのなら、相応に他者の評価……理解を得られる形も求めないといけないんですよねぇ≫

「そこはうちらの歌やダンスと同じやなぁ」

「でも、それも結局遊び方の一つだと思うんだ。
誰かのそんな自由を侵害しない限りは、そんなの知るかーで自分の好きを突き詰めてもいいの。
というか、そういう突き詰めた先で、そんな理解を得られる……誰かのこころに届く何かを作れるかもしれないし」

「ん……」

「確かに……ここに置かれている作例はそうですよね。みんな自由に作って、楽しそうに……」


瑠依は改めて周囲を見渡す。やっぱり笑顔が絶えないベースの中を……ショップに続く道には、タレント・声優さんが作ったガンプラも置かれている。実は舞宙さんやいちごさん達の作品もね。

その様子には、瑠依も思うところができたようで……いつもはきりっとした表情も緩んでいた。


「ガンプラが好きなこと……楽しむことが表現で、強さになるんですね」

「細かい技術や戦術も、その上で突き詰めることだよ。僕はそう思って戦っている」

「それは、天原さん達も」

「同じだよ」

「そうですね。その意味……少しだけ、分かるようになったと思います」


瑠依はいとおしそうに、仮組みが済んだクランシェカスタムを撫でる。……みんなと一緒に飛ぶという気持ちを込めた、瑠依の翼を。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


あの人は改めて見てくれる。私達の拙い手で作ったクランシェ達を……翼を。

それが少し恥ずかしいけど……でも……。


「それでも正直、私には……まだ納得しかねるところがあります」

「だと思う」


あの人がなにを考えているのか。私のやり方が違っているとしたら……どうすればいいのか。なにも分からない。ううん、分かりたくないのかも。

今までが……今までが嘘なら、私はどうすればって。情けなく逆ギレして、殻に閉じこもって……。


「長瀬麻奈のように……ライブバトルにも勝ち続けて、それで……って、ずっと思っていたから」

「でもおのれはそのために、誰かの夢を砕く覚悟も求められている」

「えぇ、分かっています……分かっていた、はずなんです」


生き残りが厳しい世界。そう言うのは簡単だ。だけど……相手もまた同じ夢を描いている誰かなんだ。その密度が、願いが、努力の質が違うだけで、そこは絶対に変わらない。

だから……。


「だから……やっぱりあなたには、責任を取ってもらいます」

「瑠依ちゃん……」

「そうです。行けるところまで付き合ってください。私が答えを見つけるまで……私達のステージから目を離さないでください。
……それが……私にこんな楽しさを……迷いを教えたあなたに、まず求めることです」

「もちろん言った以上はそのつもりだけど……いいの?」

「構いません。私とあなたはもう、夫婦同然なんですから」

「「それは絶対に違う!」」


あれ……すみれもどうしたの? ほら、この間言ったじゃない。お風呂に……そ、その……夫婦のコミュニケーションに誘った以上、責任を取ってもらうしかないって。


「大丈夫です。うちの母にも相談しましたし……応援してくれたので、今度挨拶にきてください」

「え、なに家族の話し合いを準備しているの!? というか待ってよ! 僕はおのれと結局お風呂なんてしていないよね! そこを誤解されるのは本当に嫌なんだけど!」

「私から誘ってしまったなら同じことです! そういうものだとネットでも書いていました!」

「きっとそれはほら吹きだよ! 信じなくていいよ!」

「……瑠依ちゃん、そこは順序が違うよー。まずうちからやからなー」

「優ちゃんも煽らないで!? これ絶対止めなきゃ駄目なやつだよ!」


そうだ、これも考えよう。というか、考えなくちゃいけないって思っている。

……少なくとも私は、それがお断りって感情はなかったし……なにより、この人に私の歌を……ステージを見てほしいって気持ちは、嘘じゃないから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


蒼凪は……恭文はどうしてくれようか。いっそシェアハウスの庭に簀巻きで一晩つるすというのはどうだろうか。それなら私の怒りも伝わるはず。


――そう思っていた時期が、私にもあった。少なくとも渚の歓迎会を超えて……翌日になるまでは。

その電撃のような出来事は、みんなで課題曲の練習を始めて……大まかにでも通せるようになってからだった。


「ふふ……早くも通して踊れるようになりましたわ!」

「まだまだバラバラだけどね……」

「そりゃ当然でしょ」


そこで息も切らさず……胴着姿の恭文が、腰に両手を当てて致し方なしと、沙季さんに告げる。


「なにせお互いの呼吸と動きを覚えている最中だもの。
しかもその中でベストなものも掴んでもいないし、それを意識的に共有もできないんだから」

「ぼ、ぼろくそですわね……」

「むしろ当然の評価だ。おのれらはまず、チームとして一歩踏み出したばかりなんだしさ」

「最初の一歩を踏み出したのであれば、課題が山積みなのは当然……それを一つずつ解決していくところからと」

「……だからさぁ……僕がこの練習に参加するの、駄目だと思うんだけど。七人と八人とじゃあやり方だって全然違ってくるし」

「まぁそこは、フィジカル面での監督も兼ねているということで……やっぱり専門のコーチもまだ付きませんし」

「確かにおのれらだけにして、怪我でもしたら大変だしなぁ……」


まずは一歩……やっぱりまた一歩かぁ。

でも、こんな調子で本当に……目指したアイドルへ近づけるんだろうか。不安が妙に募っていくんだけど。

……ううん、違う。これは八つ当たりだ。結局私は……渚が言うみたいに、恭文が言うみたいに……まだ自分なりの一歩を、気持ちを晒すことから怖れていて。


それも超えていかなきゃいけない壁なのに……お姉ちゃんにこれで、追いつけるのかな。


「…………琴乃ちゃん?」

「ごめん。ちょっと、外の空気を吸ってくる」

「なら僕も行くよ」

「一人で大丈夫ですから」

「そうじゃなくて……妙な客人が来ているっぽいんだよねぇ」


すると恭文が、渋い顔で妙なことを言い出す。


「事務所の方……いら立った気配がしている。怒りや失望みたいなものも感じる」

「それって……そっか。元々異能力者って言っていたから」

≪正解ですよ、あなた。ただサーチでは武装等などはしていませんけど……一応警戒しておきましょう≫

「うん」


いや、そう言いながらどこからともなく刀を取り出して、腰に差さないでよ……! 事務所でドンパチやるつもり?


「みんなはここにいて。琴乃もそれならやっぱり」

「……私も行くから」

「駄目。戦闘になったら」

「戦闘前提で話を進めないで……!? もちろん、心配してくれているのは……ありがたいけど」

「でもさ、まだおのれの遺書は書いていないんだよ……」

「……あなたを一人にしておくと危なっかしいから、付きそうって言っているの」


どうも言葉が通じていないようなので、ぐいっと詰め寄り……しっかり目を見据えてお話する。


「あと遺書は書かないように頑張って。OK……!?」

「NO!」

「断るんじゃないの!」

「僕はその前に、瑠依の親御さんに挨拶するという難局があるんだよ……!」

「まだ続いていたの!? 天動さんの勘違い!」


本当にこの子は……! とにかく恭文と一緒に、レッスン室を出て……気配がするという事務所オフィスに。

それで、そっとドアを開けると……。


「…………」

「事務所の子達?」


きりっとした顔立ちの、ショートカットな女性二人が立っていて。スタイル……負けているかも。


「いや、そっちの子は違うね。確か……トリエルにガンプラバトルを教えているとか言って、出入りしている忍者君だ」

「LizNoir……!?」

「驚かせて悪いな……俺の客だ。近くを通りがかったから、顔を見せてくれたんだよ」


バンプロ……トリエルと同じ事務所に所属する、若手の中ではトップクラスに近いデュオユニット。

右側の、灰色髪の女性は神崎莉央。左側の群青髪は井川葵。


LizNoirの特徴は、それまでのアイドルでよく求められる笑顔や愛嬌……そういうものを一切排除したこと。笑顔などいらない。純粋な歌とダンスのパフォーマンスで観客を魅了する。

その理念にふさわしい楽曲を歌いこなす彼女達は、VENUSプログラムでも最恐の一角とさえされていて……。


「葵、なによそれ」

「なんでもガンプラ絡みの仕事をするから、きちんと勉強だってさ。
昨日もガンダムベースだっけ? そこでガンプラを作って楽しそうだったとか……霧子がぼやいていたよ」

「……そう……まぁ仕事絡みなら仕方ないけど、どうしてそんな子がここに」

「元々蒼凪君は、俺が女の子と間違えてスカウトしてな。それと同時期に、彼自身の縁から朝倉にも仕事を振られたんだよ」

「彼……!? え、でも」

「……神崎さん、恭文君は高校二年生の男の子です」

「はぁ!?」

「…………なるほど。おのれは僕を豆粒ドチビと見下してくれたわけか。ぶち殺すわ」

「とんだ逆ギレだからやめなさい……!」


まぁ冗談の類いなのは分かるけど、ほんとやめて!? ビビるから! そう、冗談よ。刀に手をかけていないから……でも顔が怖い! 本当に人が殺せそうな勢いだもの!


「あと、以前の仕事で……まぁ声優の事務所なんだが、そこの養成所で潜入任務をしていた経験があってな。
そこで歌や演技レッスンも受けていたので、みんなと一緒にレッスンも受けてもらっているんだよ。スタッフとして」

「いや、どういうスタッフですか……」

「でも面白いね。僕達のレッスンにも参加してもらおうか」

「葵もまた突拍子もない提案をしないの。というか、専門家でもない人間が私達についていけるわけが」

「でもトリエルのレッスンに参加して、普通についていったそうだよ?」

「いや、ボーカルと基礎レッスンだけだよ? ダンスレッスンはほら、人数が増えたらフォーメーションとか変わるし」

「「それでも参加したの!?」」


つい神崎さんと声をハモらせたけど……いや、それは許してよ! 本当に参加しているとは思わなかったもの! というかどうするの!? 邪魔じゃないの!?


「蒼凪君はアイドル達と一緒にレッスンすることで、コミュニケーションと信頼度、更には指導力も乗算的にアップする……うちの切り札だ」

「本当にどういうスタッフですか……!」

「……スタッフっつーか、ヤスフミは相当特殊なタイプというしかねぇなぁ」

「なのでまぁ……バンプロに戻れって話ならやっぱりお断りだ」

「え……」

「いや、そこで僕を理由にされると、もうにっちもさっちもいかないんですけど。逃げ道がないんですけど」


恭文、落ち着いて! 言いたいことは分かるけど、今はいい……そこじゃないから!


「だったら、私達がバンプロから独立して、ここに移籍します。それなら」

「勘弁してくれ……。正当な理由もないのにそんな真似をしたら、朝倉にも失礼だろうが」


バンプロに戻れ? LizNoirが……星見プロに移籍!? え、でもどうしてLizNoirが! そんなことをする理由がないじゃない!


「だったら……長瀬麻奈はどうなんですか!」

「お姉ちゃん……?」

「え……」


つい口にした言葉で、LizNoirの視線が私に集まる……。


「あの、挨拶が遅れました。長瀬琴乃……長瀬麻奈の妹で、こちらにお世話になっています」

「妹さん……」

「そういえば、似ている……」

「……いや、似ていないと思うなぁ。主にコミュ力の差で」


恭文、黙っていなさい……! というかどこと見比べているのよ! マネージャーと私を交互に見て、納得したような顔をしないで! そういう雰囲気じゃないでしょ!

いや、でも本当にどういうこと!? どうしてこうなったの!? 誰か教えて!


「でもそっか。確かLizNoirの二人を見いだしたのは三枝さんとか」


でもそんな恭文から、また凄いボールが投げられて……。


「恭文、そうなの!?」

「でも独立でいろいろと揉めたそうだよー?
その後二人のプロデューサーになった姫野霧子……女性の方だけど、その人も三枝さんのおこぼれをもらって出世したとか……。
それで芸能関係の重役との会席をアイドルにも強いるとか……」

「会席……って」

「まぁ枕営業のことだよねぇ。
なので総じてやり口が汚いとか……」

「……あなた、随分私達のことに詳しいのね。忍者にはプライバシー侵害って言葉はないのかしら」

「朝倉社長が教えてくれた」


神崎さんが不愉快さを視線に乗せてぶつけると、恭文はあっさりと……手を振って答える。


「あと井戸端会議でも聞いた」

「は……!?」


……それで神崎さんも、口をあんぐり……そりゃあするわよ! 社長が教えただけじゃなくて、それが井戸端会議で話をされているとか、怖すぎるんだけど!


「え、待って。君……それ、本当に?」

「神崎さん……おのれ、一度休業しているでしょ? それで姫野プロデューサーも言った通り評判はよろしくない部分がある。
成果を出しているならと思っていたけど、万が一それでトラブルに発展した場合にはって……僕やPSAにもフォローする手はずを頼んでいたのよ」

「社長が……」

「……朝倉にしてはまた丁寧なエスコートだな」

「じゃ、じゃあ井戸端会議ってなに!?」

「こういう仕事柄、嫌でも細かい情報……情勢の変化ってのは察知しちゃうんだよ」

「忍者資格は、正式には≪総合諜報・戦技資格≫だったか。
組織内の情報収集及び正当な組織評価も必須スキルと聞く。……因果な職業病だなぁ」

「もう慣れました」


あぁ、なるほど。だから自然と……お仕事で培ったスキルから、組織内の情報や空気みたいなものを読み取ってしまうと。

あとは、さっきの……そうだそうだ、あの共感覚なら……実際神崎さんからは、社長に対していら立ちみたいなものは感じる。実際に見れば、私でも分かる。


「でもそれは知りたくなかったなぁ。僕だって傷つく心はあるんだ」

「だからみんな揃って、ガラスな心に配慮しているんだって……。優しいことだよ」

「嬉しくて泣きそうだ」

「……でもまぁ、おのれらがそんな話をしに来た時点で……噂は噂じゃないってよく分かるよ」

≪そもそも退社して五年近く経っているのに、今更三枝さんを呼び戻そうとする……その上星見プロへの移籍すら考える時点でお察しですよねぇ。
どういう形であれ、あなた達は三枝さんに執着している……いえ、神崎莉央さんがと言うべきですか?≫


そこも分かることだった。もしその姫野さんとの信頼関係もあれば、こんなことは言い出さないもの。


「…………」


だから恭文は、軽く頭をかいてため息。


「だったら相談してよ」

「え?」

「三枝さん、正当な理由があればいいんですよね? LizNoirの二人が、バンプロでの活動に我慢ならない……そう思うだけの理由が」

「まぁ、それはそうだが」

「現時点で出ているでしょ。偉い人との会食……枕営業すら疑われる行動を強いられるとか」

「……そうくるか」

「一応言っておくと、忍者としてもそういうのは見過ごせませんよ? 立派な売春……違法行為ですから」


そう言いながら恭文は、改めて資格証を提示する。自分は忍者……専門家で、そんなことを放置できないと。


「おい、恭文君……それはさすがに」

「だから僕がその件で、直接動くのは……よっぽどのことがない限り無理です。トリエル絡みの繋がりもありますし。
……でも……LizNoirの二人が、自分の意思で、PSAなり弁護士に相談して、対処していくというのなら……それは僕が関するところじゃないんですよねぇ。
もちろん三枝さんが昔の馴染みで話を聞いて、それならと後押ししたとしても……それは三枝さんの裁量ですし、僕の関するところじゃありません」

「完全に詭弁じゃないか……!」

「どこがですか。僕はなにも知らないし、なにも聞いていないんですから」

「……三枝さん、彼ってもしかして……悪人なのかな」

「これくらいできないと死亡必至な事件ばかり取り扱ってきたそうだよ。可哀想なことにな」

「失礼な。全部僕の周囲で馬鹿なことをしてくれた奴らのせいだっつーの」

「恭文、お願いだから黙りなさい……!」


それは立派に可哀想なことなのよ! 運が悪いことなのよ! 実際いちごさんと田所さん、同情気味だったじゃない!

だからほらほら……神崎さんもぽかーんとして!


「……あなた、名前は……それにそっちのしゅごキャラ達も」


え、神崎さん、しゅごキャラ達が見えているの!? ということは…………いや、大丈夫。お化けなんてプラズマだし、しゅごキャラもプラズマだもの。プラズマなら見えるんだから。


「蒼凪恭文」

≪どうも、私です≫

「ヒカリだ」

「シオン……諦めと絶望を砕く、聖なる炎。それが私です。
そしてこっちがショウタロス先輩。しゅごキャラ界きっての使いっ走りです」

「ちげぇよ! ショウタロウだ! あとパシリじゃねぇ!」

「その、ありがとう。いろいろ無礼なことを言ったのに……気遣ってくれるとは思わなかった」


すると神崎さんは、険しかった表情をゆるめ……恭文に笑いかける。


「まずその噂については、半分当たりというところよ。
姫野さん、わりとそういうところはドライというか……できることは全力でというタイプだから」

「じゃあ会食も本当」

「……嫌な思い出しかないわ。愛想を振りまくハメになったし、お酒もつがされたし……しまいには家まで送るとか言われて」

「無粋だなぁ。せめてそこはタクシーを手配してさようならーが華麗だろうに……」

「そうね。少なくともあなたと違って紳士ではなかったわ」


……どうしよう、それについては言いたいことが山のように出てきてしまう。というか、あんなアホをかます紳士がいるはずない。性格にも問題があるし。


「というか、その姫野さんが愛想を振りまき、お酒もついで、更には家まで送ってもらえばいいのに。それなら誰も文句はないでしょ」

≪薄い本も厚くなりますしねぇ。いいことですよ≫

「……実践していく尊さは大事だけど、そんな形での発露は絶対やめてほしい」

「一応聞くけど、上への抗議は」

「それも考えたけど……やっぱり、いろいろとね」

「忍者としてはそういうの、すっごく困るんだけどなぁ……。業界やら職場のローカルルールでいちいち法律を破られたんじゃ、警察官が何人いても足りないっつーの」

「耳が痛いわ。私達もつい厳しい世界だからと考えがちだけど……」


……あぁそっか。恭文……だからそういう話も自然と獲得していたんだ。バンプロの中で、そんな匂いを感じ取ったのもあるから。


「だったらやっぱり外部へ相談だ。それで相応の事実確認が取れたのなら、力になれる部分はあると思う」

「私達が嘘を言わなければ……姫野さんを悪意で貶めるようなことをしなければってこと?」

「そうだよ。……じゃあこの場での話は、なかったことにしておこうか。
あとはもう……僕がたまたま置き忘れた連絡先やら資料やらを見て、誰かが勝手に何かをすることだし」

「えぇ」


あっさりと密約まで結んだんだけど……! え、これいいの!? 思わずマネージャーを見やるが、困り顔をしているだけだった。


「社長……」

「蒼凪が言うように、莉央達がたまりかねて相談するなら……俺達には止められないだろ」

≪止めて意味があるなら、わざわざあなたに戻ってほしいなんてことは……というか、普通に考えれば非常識ですよ。
こうして会社まで設立して、いろんなところからお金だって出してもらっているだろうに……それを自分達の頼みだけで畳んで、出戻りしろって≫

「……言い訳になるけど、その辺りは本当に……私が未練たらしいだけだから」

≪まぁ人間ですし、そういうこともあるでしょ≫

「……ありがと」

「……よし、だったらちょうどいい。もし時間があるなら、うちの連中とレッスンしてみないか」

「え……」


話しも切りよく纏まったところで、三枝さんがとんでもないことを……というか、LizNoirとレッスン!? 仮にも新人枠ではトップクラスなのに!

いや、でも……チャンスではある。今の位置を……目指す頂の高さを知るなら、それは……!


(その6へ続く)






あとがき

恭文「というわけで、琴乃の幼なじみである伊吹渚……更にLizNoirの二人が本格登場。その裏で、ちょこっとずつ瑠依達との仲も深まって…………じゃないよ! あのアホがぁ!」

あむ「まじで桂さんやラウラと同類に描いているじゃん……! いいのこれで!」


(きっとトリオユニットを組んでくれることでしょう)


恭文「まぁ麻奈の名前を今まで間違っていたと気づいて、慌てて置き換え修正しまくったけどそれはそれとして」

あむ「駄目じゃん!」

恭文「アイツ、幽霊で本編にはなかなか出ないから……」

あむ「そんな言い訳があるかぁ!」

麻奈「全くだよ!」

あむ「…………でたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

麻奈「ひゃああ!?」

恭文「……あむ、幽霊やホラーとか苦手なんだよ」

麻奈「キャラ持ちなのに!?」

ラン「だから私達のことも、最初は悪霊とか思ってたんだよー」

ミキ「恭文と関わってからは、大分改善されたけどね……」

麻奈「また複雑だなぁ……」

ダイヤ「まぁ気にしなくていいわ。恭文君の方はもっと因果な子がいるし」

麻奈「そうだった! ヒカリちゃん、ガチホラーとか駄目だったんだ!」

スゥ「だから麻奈さんとお会いしたときもぉ、ちょっと顔を背けていたんですよぉ?」

麻奈「そんな描写が!?」

恭文「……思えばクールビューティーキャラで生まれたキャラなのに、どうしてこうなった」


(というわけで、今日のアイプラキャラ紹介は、今作のキーパーソンでもある長瀬麻奈です)


恭文「というわけで、長瀬麻奈……享年十九歳。星見市を中心としたたった二年の活動で、様々な記録を塗り替え、アイドル界の頂点も夢ではなかった≪星見市の星降る奇跡≫。
VENUSプログラムでも快進撃そのもので、NEXT VENUSグランプリの優勝候補……というか、ファイナル進出者」

あむ「確か、その決勝の相手が……今回出てきたLizNoirだったよね」

麻奈「そうだよー。でもその途中……乗っていたタクシーが事故に遭って、そのまま私も幽霊ってわけ」

あむ「あ、はい…………!」

麻奈「距離を取らないでほしいよー。劇中だと牧野くんと恭文くん、ヒカリちゃん達に……あと那美さんと久遠ちゃん以外、誰にも見えないしさ−。
というか、恭文くん達が来るまではずーっと牧野くんとだけしか話せなかったんだよ? もう話すこともないって感じだったし」


(『嘘を吐くなよ! 話題が尽きることもなくいろいろぶちまけているだろうが!』)


あむ「でも、星降る奇跡?」

恭文「初ライブ……星見祭りっていう夏のお祭りでやったんだけどさ。
そのときに雨が降っていたのに、麻奈の出番になると晴れたそうだよ」

あむ「なにその伝説的なエピソード!」

麻奈「いやー、我ながらあれはできすぎなレベルだったけど、晴れちゃったんだよねー。凄いんよねー」

恭文「なお、すずは麻奈の大ファンでさ。サインも手管を駆使して手にしているんだよ。『まな』ってひらがなででっかく書いているの」

あむ「また分かりやすいサインしているなぁ!」

麻奈「……いや、もうちょっと手の込んだサインだったはずなんだけど……それ、多分私じゃない」

あむ「え!?」

雫(ひょいっと登場)「……それについては、触れない方向で……さすがに可哀想……」


(自称二代目星降る奇跡、みんなから愛されています)


恭文「で……おのれはどうしたら成仏できるの?」

麻奈「それはトップシークレットってやつだよー」

恭文「…………」

麻奈「さらっとこう、黒鍵を取り出さないでくれるかなぁ!」

莉央(ひょいっと登場)「いや、もうとっとと成仏しなさい。いろいろ悪影響があるかもって話も出ているんだし」

麻奈「私の扱いずっとこんな感じ!? そうなの!?」


(みんな、安らかな眠りを望んでいるのです。
本日のED:LizNoir『The Last Chance』)


恭文「麻奈についてはまぁその2を見てもらった通りなんだけど……CVはなんとあの神田沙也加さん。
声優さんのお仕事もちょくちょくこなしている人だから、アニメでもまた違和感なく……凄いよねー。アイプラのアプリでも今度SSRで出るし」

莉央「だからとっとと成仏しなさいよ……!」

麻奈「それは、最終回まで待ってよ!」

莉央「メタ過ぎるでしょ!」

麻奈「それに大丈夫! 拍手世界なら幽霊の人もちょいちょい出てくるし……ね、アリシアちゃん!」

アリシア「もちろん!」

ルーチェモン「いや、あんまりよくはないんだよ?」

ルーチェモン・アルバ「アルバー」

あむ「アンタ達も変わらず仲良しかぁ! もう慣れている自分が怖いよ!
……って、そうだ。LizNoirってこのときは二人なんだよね。莉央さんと、葵さんだけ……こころも、愛さんもいない」

莉央「えぇ。まぁ私もメタに走っちゃうけど……このとき愛とこころはバンプロの養成所所属。
それがLizNoirのメンバーとして編成されるのは、NEXT VENUSグランプリが終わった後のことよ」

葵「アニメで言うと最終回の方だね。前に恭文君も言っていたけどさ。
だから僕達の楽曲も、四人でうたうバージョンと、二人が加入前の……僕と莉央でうたうバージョンに別れているんだ」

あむ「…………それがほんと、今回の話で滅茶苦茶救いだよ……!」

莉央「そうね。こころが出てきたら……ほんと、二人して思考パターンが似ているもの……!」

葵「確実に、あらゆるものが滅茶苦茶にされるね。今のうちにお札でも貼って封印しておく? 長瀬麻奈と一緒に」

莉央「それでいきましょうか」

麻奈「ひど! とばっちりひど!」

こころ「莉央さんと葵さんがひどいですー! こころがいなかったら、リズノワは始まらないじゃないですか!」

莉央「じゃあ私達が頑張ってきたこの数年はなんだったの!?」

恭文「……虚無?」

こころ「それですね。さすがは恭文くんです」

莉央「今すぐあなた達を地獄へ送れたら、きっと私……幸せの絶頂で死ぬと思うわ……!」

恭文「だったら僕達、死ねないね! 地獄にも落ちない!」

こころ「もちろんだよ! なにせこころ達の命には……莉央さんの命運がかかっているんだから!
安心してください、莉央さん! この赤崎こころ! 恭文くんともども天寿を全うしてみせます!」

恭文「だからおのれも死なない! 絶対だ!」

莉央「あぁああぁああぁああぁあぁ!」

あむ「莉央さん、落ち着いて! 分かる! 気持ちは分かる! でもマトモに相手をしていたら胃に穴が空くからぁ!」


(おしまい)





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あきゅろす。
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