小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作) 西暦2019年6月・雛見沢その1 『逃れられないD/叫び声は誰に届くのか』 ――――都内某所にある高級ホテル。 ここは時代も……年号すらも切り替わったと言うのに、まるで昭和の黄金時代を思わせるような佇まいだった。 絢爛豪華で華美がすぎる装飾品やシャンデリアがそうさせるのではない。ここにいる人々……彼らが出している空気が、世界への認識が、そうさせるのだ。 ここはもしかすると、現代の竜宮城なのかもしれない。それほどにこの場所は世間か隔絶されていた。 そこに入り込んでいる我々もまた、浦島太郎のように、知らず知らずのうちに世間の流れから置いていかれる――そんな危惧を抱かせるほどに。 「――はい! バンケットより後方! スピーチあと一人で乾杯に入ります! 準備できているね!」 「後方OKですー! 内部全然聞こえないんで、スピーチ終了と同時にコール宜しくとのことです!」 「いいかい! 格宅にビールは十本ずつだよ! ちゃんと自分の縄張りに、スムーズに運んでね!」 そんな会場の隅では、蝶ネクタイをすっきりと着こなした若いホテル従業員達が、ビールケースから次々とビール瓶を抜き出し、乾杯の準備に備えていた。 とても広い会場内には、純白のテーブルクロスを掛けられたテーブルが、何十と並んでいた。それがシャンデリアの豪勢な光を浴びて、黄金色に見えるほどに煌めいている。 そんなテーブルには一つ八人近くが座っているのだから、この空間には数百人にも及ぶ人間がひしめいていることになる。 ……それはもう大変な熱気だった。 寿司や刺身船、美しい果物の盛り合わせ。また壁際には料理人達がまな板を並べ、新鮮な刺身を振る舞う準備までしていた。 そんなテーブルにつく客人達は、いずれも身なりのいい老紳士達。にじみ出す雰囲気から、それぞれが各界の名士であろうことは容易に窺えた。 つまり、このホテルの華美な装飾も、これだけのもてなしも、全ては彼らがこうやって迎えられるにふさわしい格がある……名実共にそれが事実だと知らしめることに他ならない。 そんな老紳士達は現在、壇上に注目中。乾杯前のスピーチにしては、余りに長い大演説。威厳ある老紳士はもはや独壇場と言わんばかりにまくし立てていた。 ……そういえば、蒼凪君が言っていたなと一人胸の中でごちる。 この手の大演説は普通に嫌われる。乾杯の直前ならなおさらだ。 蒼凪君も似たことで辟易したらしい。しかもそれが忍者の仕事ならともかく、小学校の卒業式……来賓で、区の偉い人だよ。 蒼凪君はこのとき小学五年生で、あくまでも見送る立場だったそうだけど……ただ演説が長いだけならまだよかった。問題はその合間に、頻繁に舌打ちがされるんだよ。 えー、あなたがたは……ち…………本日無事にこのめでたい日を……ち……って感じでね。 まさか本当に舌打ちしているわけじゃないだろうから、ちょっと強めなリップノイズがマイクに載ったのだろう。偉い方の口内環境がさほど良くなかったのは察しが付く。 でもそれを十五分ほど聞かされた方は溜まったもんじゃない。卒業生や親御さん達も相当困惑していたそうだよ。 ……まぁ何が言いたいかと言うと、この手の演説をやる側と聞く側とでは、どうしても壁ができやすいって話だね。それこそ演説以前の問題があればなおさらだ。 では、ここにいる客人達はどうか。その舌打ちな要人など問題外と言うしかないほどに……誰もが演説に熱狂していた。 ときにそうだそうだと感情的に叫び、大きな拍手が湧き、この場は演説をやる側、聞く側などの境もなく一つとなっているんだ。 とはいえ、それは……熱気があるという感想は、実に好意的な言い方かもしれない。 むしろ“異様な盛り上がり方”という方が的確な表現だろう。 『――戦争が終わってから、今年でまもなく七十四年が立とうとしています。 つまり、戦争を実際に体験せず生まれ育った世代が会社でも、役所でも、重要なセクションに就くことが当たり前になっているのです。 それはいい……しかし! それゆえに一部の無知で無配慮な者達は、息子や娘達に平和な時代が当たり前だという考えで以て、教育を行おうとしている! これは間違いです! 先人達が血を流して、ようやく勝ち取った自由と平和がどれだけ貴重で、そして守り抜くことがどれほどに大変なことなのか……若い奴らは分かっていない!』 壇上の老紳士が飛ばした激に対して、『そうだそうだ!』と一斉に喚声がわき起こる。 少なくとも自分達は違う。自分達はその意味を知っている“正しい人間”だと誇るように。 『……私は最近、テレビで発達障害という脳の病気がある……そんな特集を見ました。なんでも、生まれつき脳が特殊な働きをして、コミュニケーションや仕事に難があると。 ……またあるテレビでは、アニメやらに声を当てる声優とかいう仕事をしている若い女性が、武道館やらアリーナやらでうたっている映像が出ていました。 ……またあるテレビでは、マトモに働きもせず、ネットの動画サイトで遊んでいるような動画を流すことが仕事だと……子どものやりたい職業として人気を誇っているなどという話もありました。 もうね、はっきり言いましょう。その悉くが……実に馬鹿らしい!』 うわぁ、これはまた……職業・障害者差別、偏見……いろいろ混じりいっているのに、どこの誰も『そうだそうだ!』って不満をぶちまけているよ。 『働くというのは、お国のために身を粉にして、毎日汗水垂らしながら、朝早くから遅くまで頑張ることを指すのです! 決してお遊び動画を作ることではない! アニメに声を当てるだけの人間が、栄光ある武道館やアリーナでアーティスト気分の歌い手として扱われることもおかしい! なにより……発達障害なんてありもしない障害のために! 貴重な公金まで割り当てられている! その事実がひとりの政治家として実に情けない! あんなのはやる気の問題なのですよ! やる気のない若者を甘やかすために……いいや! 金儲けに利用する医者が、勝手に付けた病名に過ぎない! そんなのは、ケツをひっぱたけば済むことだ!』 これはまた……蒼凪君がこの場にいなくてよかったと思うよ。悉く彼の地雷を踏み抜いているんだからさぁ。これ、外にリークしたら面白いことになりそうだなぁ。 『みなさん、これこそが……こういう好き勝手を許し続けてきたことが! この国の腐敗を生んでいるのです! 今私の言ったことが、差別だ人権侵害だと避難し、弱者どもを擁護する売国奴に譲ってきた結果なのです! ゆえに言い切りましょう! 私の言葉は差別などではありません! これは――若者達への、愛の鞭なのです! これからはお国のためより、個人の才能を伸ばす時代!? 馬鹿を言っちゃいけない! いいですか……彼らが今勉学に励み、夢や進路を自由に選択できるのは、彼ら自身の功績ではない! あの辛い時代を戦い抜き、生活する礎を気づいてくれた先人達があってこその権利なのです! それを忘れて、それぞれが勝手気ままに生きるような考え方は自由ではなく、ただの無秩序だ! それを取り違えて、今挙げたようにお国のため、社会のため、真っ当に働き、この国に……先人達に感謝の念を尽くそうともしない若人達の数は年々増え続けている! とんでもないことです! 全ての権利は、それを可能としてくれた先人達が我々に託した義務と権利を果たしてこそ、ようやく口にすることが許されるもの……それをなぜ分からないのか! それは、難しいことではないのです! 先人達の教えを受け継ぎ、我々もまたお国のために行動する決意と覚悟……愛国心! つまりは将来、この日本に住まう人々のために、一人一人が何をすべきか、そして何が自分に必要とされているかを理解し、そのために我々先達へ教えを乞うて、その意思を引き継いでゆくこと! そして我々も、たとえ若人達に頑固ジジイと罵られようとも、そんな彼らを教え導く努力を怠ってはいけないのです! ゆえに我々は、まだまだ現役を退いて、隠居生活に入ってはならない! かつての江戸幕府に大久保彦左衛門、伊達政宗といったご意見番がいたからこそ、徳川家光が生まれながらの将軍として治世を成しえたという歴史的事実……我々は、今ここでそれを実証すべきなのです! ――TOKYO WAR、核爆破未遂事件……そんな事件を経てなおそのような有様を続ける今のこの国にこそ! お国のためと命を散らしていった大日本帝国の志が……それを教えるより強い日本の教育が必要なのですから!」 ――会場に万雷の拍手が鳴り響く。 「お国のために! お国のために! お国のために!」 「これでは平安法討議時に騒がれていたような徴兵制も必要と言う他ありませんな!」 「えぇ、そうですね。それを国民一人一人に思い出させるのですから。 それに……そんな、発達障害なんてありもしない病気で騒がれているんですもの。 大体、そんな病気があるならもっと前に分かっているはずでしょう? 今更分かるなんておかしいですわよ」 「うちの孫もそう診断されましてなぁ。そんなものはないとしかり飛ばしたら……息子夫婦がなにも分かっていないと出ていきましたよ。いや、本当に嘆かわしい。 結局は医者が金儲けしたいがために、勝手に作った病気……ようはやる気の問題だというのに」 「うちの孫もですよ。声優になりたいとかでオーディションを受けまくっていて……そんなものより、国のために尽くす方が大事だろうに! これがなぜ分からんのか! 歌手になりたいならなりたいで、クリステラ・ソング・スクールくらい目指せばいいもの! 可愛い声を出すしか能のない芸無しどもでは絶対行けないでしょう!? えぇ、世界最高峰ですから!」 会場の老紳士達も、口々に肯定を連発。自分も同じ思いだとアピールして……同時にその“普通”から外れた人々も足蹴にするが如く罵っていく。 ……そんな熱気の中、壁際に控える私と……部下の新見だけは冷静で、むしろ会場内では浮いて見えていたかもしれない。 一応スーツを着て、ドレスコードは破っていないものの……いわゆる中年に近い年齢の我々は、会場内の老紳士達と比べれば、青二才程度だ。 「……どうして政治家って、説教臭いというか、若者軽視というか……いや、これは聞いている方も聞いている方ですけど」 「まぁね。その声優でCCSに留学して、円満卒業間近な天原舞宙さんも出ている中で……あれはねぇ」 「発達障害についても、完全に差別じゃないですか。それでケツを引っ張ったいて徴兵制って……大日本帝国の志って……」 「ここにいる人達は、例の中核に近い人員だ。繋がり方は民間よりだけどね」 その分どうしても、核爆破未遂事件の水橋達のような偏った考えに行きがちなんだろう。それで誰かが泣いても、お国のためだと振り返りもしない。 そうして一生理解しないんだ。自分が、今の世界から……街という一つの流れから乖離していることを。これはわりと怖いことだよ。 なにせそんな彼らこそが、今の政治に近い距離にいるんだから。各界の名士なんかじゃなくてもね。 「ただ、こういう説教臭いのが横行するのはとても簡単なことだ」 「表、ですか?」 「そう……今の政治家にとって、顧客と言えるのは彼らみたいな存在なのさ」 ――政治家には表が……支持率が必要になる。そうでなければそもそも議員となることもできない。 でも投票権のある人間が全員、投票の日に投票所へ赴き、投票するわけじゃない。ネットで投票できるようになっても同じだ。 投票率のほとんどは、退職して時間にゆとりがあり、その分政治に関心の高い高齢者が締めている。となれば、高齢者層をいかに取り込むかが選挙で勝ち抜くポイントとなる。 若者に対しての不満は、お年寄りなら誰でも持っている。特に戦争という希有な経験をした世代……それより少し下だが、戦後の荒れた時代を経験した彼らは、とくにその想いが強い。 必死に生きてきた分、今の若い人達がのんびり、自堕落的に、身勝手に日々を送っているように見えるのも致し方ないのだろう。 が……当然ながら彼らはそんな被害者という側面だけで存在していない。時勢が変わり、生活インフラも変化したが、それに対応しきれず問題を起こすこともある。それも逆ギレ同然にだ。 いわゆる全面禁煙などの比較的新しいマナーも、若者は対応する。というより、それが当たり前になっていった世代だから常識として守る。でも老人はそうではない。 それでただ揉めるだけならともかく、場合によっては自堕落な若者への制裁として暴力に走る人もいる。そういうことから、若者もまた老人を毛嫌いする。 この二者間の溝は、恐らく人類が存在する限り埋まらないだろう。私もいつかは老人の側に……確実に回るし、他人事じゃない……っと、閑話休題。 で……ここで難しいというか、根本的なところで、彼らが歪なのは……。 「でもなんというかこう、不気味ですよね。全員戦争経験者でもなければ、戦後復興で喘いだ年代でもないのに」 「……あぁ」 そう……そんな老人として思うところがあるのは当然としても、彼らは決して“戦争世代”ではないということだ。 彼らが物心ついたときには、復興も大分進んでいたはずだ。それこそ電気やガス、水道……インフラの再整備も終わっているのではというレベルで。 戦後から七十四年立っているのもあって、当時を知る人達のほとんどが亡くなっている。生きているとしても本当にご高齢で、もう余命幾ばくもない人達ばかりだ。当然仕事に携われる体力もなく、仕事などからもリタイアしている。 つまり彼らもまた、先人達の教えを尊ぶように見せかけて……自分達にとって都合がいい政策や運営を望む寄生虫なんだ。決して大久保彦左衛門や伊達政宗のようなご意見番じゃない。 もう今の我々は、徳川家光の世代ではなく、その先……戦争を知らない中で、いかに平和や自由を守っていくか。そういう命題を突きつけられている。彼らの認識は、ただ自らの利益を感受したいがための妄想に過ぎない。 それを成してくれる政治家……壇上に立った老紳士に対し、惜しみない支援を送って、なんとか甘い汁を吸い取ろうとしているだけなんだよ。 だからこそそんな彼らに選ばれた政治家は、より票を取ろうと、老人優遇・若者軽視で先に続かない政策を当然とする。自分達も苦労してきた。それで根を上げるなど根性が足りない。もっと頑張れ……なんて言ってね。 うん、蒼凪君が以前……二年前のバーベキューで触れた、普通じゃないものを踏みつけて、その罪過すら背負わない普通は決して特別なものじゃない。こういう世代間でも言えることなんだ。 彼らはなにも見ない。生活環境・経済状況が変化して、学費も上がっていることとや、平成で乱発した不況によるデフレの影響、発達障害のように“目には見えにくい障害や病気”への軽視……それらに対する想像力の欠如などをね。 もっと言えば、今の若い人達は彼らより……僕や新見より高い学費を払い、お金を稼ごうと思っても僕達より働く宛てもなく、その上実は見えない障害や病気のせいでそれも難しい人かもしれない。そんなことも想像できないんだ。 だからね、あの話を聞いてからも本当に思うんだよ。ただ自堕落で無秩序な……自分だけよければって考えで利益をむさぼっているのは、この国を駄目にしているのはどっちかってね。 「……でも俺、改めて納得しましたよ。こういうことがあるから“若者達には選挙に行け”って盛んに言われているんですね。 それも当の政治家からも……Twitterとかを見てびっくりしましたよ」 「あぁ……選挙前だとね」 こういうご時世だから、自分のTwitterで広報や意見発信をしている政治家も多い。ただ、選挙法などの絡みもあって、Twitterで清き一票をーって呼びかける形は禁止されている。 禁止は、されているんだけど……それでも政治家として、呼びかけをしている人は多い。自分にどうこうではなく、あくまでも投票に参加してくださいというお願いだ。 「まぁ下心がゼロではないんでしょうけど……自分に投票をーとかじゃなくて、『まずは投票に行ってください。行けない人は郵送投票もあるのでそれでお願いします』って声かけですから……ちょっと面食らっちゃって」 「若者の意見を、投票の場でくみ取れない……それは当然政治の世界でその声がないものとして扱われるリスクになる。その辺りに危機感を持つ政治家も多いしね。 ……あ、もちろん実現可能な政策を掲げる、堅実な政治家に投票することが大事だ」 「いますよね……。明らかに無理だろって政策を掲げる人も、掲げた結果当選したけど無理でしたーでしらばっくれる人も」 「そういう卑劣な政治家を選び、後押ししてしまうのも、一つの罪だと知っていくべきだろうね。……もしも国民に義務や責任があるとしたら、本当に……そんなところからだよ」 そんな主義主張……今の話もそうだけど、それを本心で、それが悪徳とされたときの責すらきちんと背負う覚悟であれば、一意見として立派だと思う。 でも、ただ単に投票の主軸である高齢者の票が欲しくて、表向きだけ調子を合わせる奴らもいる。そういう迎合的な『政治屋』が淘汰されない限り、懐古主義は永遠に終わらない。 そうして後から続く若く有能で、経験に溢れる逸材が入ってきても、そんな人に……彼らによる改革すら懐古主義が押しつぶす。若い奴らには任せられないって話、今もしていたよね? まぁああいう感じだよ。 ……となれば、僕も一国民として投票の大切さは改めて。 「……赤坂さん、F卓ってあれじゃないですか?」 そこで新見が右奥手の卓を指す。この中だと……やや暗い表情をした和服のご婦人は、壇上の挨拶を終えた政治家に拍手を送っていた。 いや、他の参加者もだが、立ち上がって拍手し続けていた。ちょうどいいので、それに紛れるような形で……白髪のご婦人にそっと近づく。 「はい……わたくしですけれども? どちら様ですか」 「昨日、お電話で約束させていただきました者です。赤坂ともうします」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――場所は移り……現在ご婦人は、ハンカチで幾度幾度拭っても消えない涙をこぼしながら、応接用ソファーに座ってうなだれていた。 「う、うぅ……! ううううう! ひく……主人はね……ずっと、ずっと日本のためにと、身を粉にして働いてきたんですのよ! それなのに……それなのに……!」 「――奥さんの胸中、深くお察しします」 ……よくある話だった。 献金があった、なかった、記憶にない。 その結果、悪巧みの得意な連中が口裏を合わせ、既に政界から引退していた≪とある病弱な老人≫に全てをなすり付けた。 トカゲの尻尾切りにされた老人は、問題発生の前から病床にあり、かつては弟分でもあった同僚達に裏切られたショックも重なって、既に生きる気力は失っているらしかった。 ご婦人は場所を移し、話が始まってから……かつて夫が積み立てた功績を繰り返し口にして、“それに対する仕打ちがこれなのか“と泣き続けていた。 ……その涙を見ると、どうしても……雨宮さんのことを思い出してしまう。 ――分かっています。伊佐山さんは許されないことをした。その償いも絶対にしなきゃいけない……というか、できないならあたしだってさすがに腹が立つし―― ――……えぇ―― ――でも……その罪が薬のせいかどうかも分からないのに……ううん、そうじゃない。 薬のせいだったら、それを作った奴らは今なにしているんですか。のんきに笑って、美味しいものでも食べているんですか? 馬鹿な奴が失敗したって、そう見下してくれながら……それが…………本当に腹立たしくて……!―― ――……―― 彼女は今も変わらずにうたい続け、新しいことにも挑戦し、その活躍の場も広がっている。大好きな歌謡曲カバーのリサイタルも定期的に開いたりしているしね。 ただ……たった一部のずるくて姑息な奴らのために、彼女のような人が泣き続けているかと思うと……とても胸が痛くて。 だから蒼凪君も、事件が決着するまではと自分からは連絡していないようだしね。まぁファン的な立場もあるし、彼の場合僕より複雑なんだけど。 ……このご婦人の涙も同じだ。 政治家の妻として、相応の汚さは見ている。だがそれも含めて、受け止める覚悟があった……あったからこそ、ここまで心を痛めているんだ。 この涙に嘘がないというのなら、きっと二人は全てを受け入れ、対等に愛し合っていたのだろう。だから余計に、胸が痛む。 「ご主人の無実が間違いなければ、必ずや裁判官は正義の判決を下すでしょう。 ただ……」 「ただ……なんですか……!?」 「立ち入ったことを聞いてしまいます。それは先に謝罪させてください。 ――濡れ衣は必ず晴らせるとしても、ご主人は……その判決まで、ご体調の方は」 「……持たないと、思います……!」 やはりか……。ついこのまま、濡れ衣を晴らせると言いかけて少し迷ってしまったが、それで正解だった。 そんな有様を間近で見せられたご婦人の心情は余りある。だからご婦人はたまらない……どうしようもなくいたたまれないと、感情の雫を更にこぼす。 「お国のためにと働いてきて、こんな気持ちで死ねなんてあんまりじゃありませんか」 「……えぇ」 「あれじゃあ、死んでも死にきれません……!」 …………後ろをちらりと見やる。新見が、ご婦人から受け取った書類束を……それが入った箱を漁っていた。 とはいえ新見も話の内容が重たいため、あくまでも『受け取る前の確認』とご婦人に断り、事務的に進めている。話に聞いていたものが揃っているかどうか……その程度の確認だと。 ただ、新見の目は明らかに輝いていた。ご婦人が気分を害されないように、傷つかないようにと自重していても……ご婦人には『失礼』と一言断ってから、そっと新見の脇に。 書類は細やかな時がびっしりと書き込まれ、何が書かれているのかは……近づいてようやく見て取れた。 ……確かにこれは、私達にとっては欲しくて欲しくて仕方なかった宝の山だな。 (赤坂さん、これは凄いですよ……! 金の動きがこと細かに、びっしりと書かれている) (あぁ。だが、言った通り……ご婦人を刺激しないよう、冷静に頼む。 ……っと、書類そのものは全部揃っているんだよな) (電話で聞いたものはきっちりと……なので静かに、確認の方も終わります) (助かる) 新見も気を遣ってくれているようで何より。それに感謝しつつ、ご婦人のところへ戻る。 「すみません。ちょっと長引いていたようなので、確認を……お話で聞いていていたものは揃っていたとのことで、今片付けますので」 「いえ……」 「それで、たびたびの確認にはなりますが……この他には、書類束や……メモリのようなものはなかったでしょうか」 「……主人の金庫に入っていた分署は、それで全てです……ただ」 するとご婦人が懐から、掌サイズのUSBメモリを取りだし、見せてきた。 いや、違う。その……“化石状”のデザインには見覚えがある。 「書類とは別に、こういうものが入っていて……私、恥ずかしながらパソコンなどは分からなくて。孫や娘達にも聞けなかったので、中身などは分からないんですが」 「……ありがとうございます。こちらも……慎重に検証させていただきますので」 「どうかよろしくお願いします……」 手袋をした上で、メモリを受け取り……それを持っていた証拠袋に入れる。 化石状のそれには、メモリのイニシャルも描かれていた。……死に神の鎌を模したような形で、Dの頭文字がね。 ――Dummy―― (ガイアメモリ……それも、ダミーメモリ……!?) ご婦人の前なので冷静を装うが、内心は冷や汗が……いやそれすら出ないほどに凍り付く想いだった。 ダミーメモリ……それは、ミュージアム崩壊事件において、ミュージアムが攫い、協力員とした美澄苺花さんの報復にて使われたメモリ。 いわゆる偽物に化ける能力なんだけど、その実体は詳細な擬態と言うのが正しい。自分または第三者の記憶を参照するため、参照にした人物が“擬態対象について詳しければ詳しいほど”詳細な偽物に変身できる。 それこそ家族や恋人、友人などの記憶を参照すれば、記憶との差異が一切ない“本物”としてその人物と接することができる。おの能力により、ミュージアムの協力者は美澄苺花さんへ擬態し、その母親が心配しないよう一緒に暮らしていた。 それで……このメモリは苺花さんと蒼凪君に、ウィザードメモリの次に適合するメモリ。二人はウィザードメモリを受け入れたことにより、ハイドープと呼ばれる改造人間になったからね。それゆえにこのメモリの力も限界以上に弾き出せる。 実際蒼凪君が以前変身したという≪仮面ライダーダミー≫は、肉弾戦をせず、詳細を知り尽くしている記憶を参照にしての擬態に留めるという条件付きで、圧倒的な戦闘力を誇ったくらいだ。 ……まぁ、擬態なしだと素のスペックや攻防力が一切強化されないらしいから、蒼凪君みたいに頭脳戦が得意で、素の戦闘も強い人が使わないとブタになりやすいってことなんだけど……でも、それがどうして。 いや、これについてはまたフィリップ君にも頼んで、調べてもらおう。なんにしても“彼ら”との関係はありそうだ。 「――それで……恩知らずな連中に、一泡吹かせてやってください……! あれだけ主人に、世話になっておきながら……うぅ……!」 「……奥さん、この文書の内容には、一部ご主人にとって不利益な内容も含まれていますが……それはご存じですね?」 「えぇ……それは、分かっています。政治はね、奇麗事だけじゃないんです……! 私だって、政治家の妻ですのよ……」 「ご協力を感謝します。この書類は必ず、巨大な不正を暴くために使用します」 「……一つだけ……。一つだけ、よろしいでしょうか。 それを公表するのは、主人が亡くなるまで、待ってもらえませんか……」 ご婦人の願いも当然のものだった。本来僕達が手にしている書類束は……このメモリだって、彼女の夫が彼岸まで持っていかなくてはならないものだ。書類という形でこの世に存在してはならないものでもある。 そんな書類の存在を外部に公開するだけでも、病床の夫はその名誉をある程度、汚されてしまう。今度は濡れ衣などではない……正真正銘、彼の罪として裁かれる怖れだってある。 ……その意味を理解し、彼女に小さく頷いて返す。 「分かりました。誓って、お約束します」 ――時は二〇一九年五月――令和元年。 辛く苦しく、貧困や世界情勢などなどで数々の問題・波乱を刻んだ平成は終わり、新しい時代が幕を開けていた。 だが、そんな中でも僕達の仕事は……世界はそう変わらない。いきなり新世界に変貌することもなく、できることとできないこと……やるせないこととの折り合いを付けながら進んでいた。 それはもちろん、街と可能性を泣かせないため、走り続ける彼らも同じで。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――二〇一九年五月。 都心から外れた工場街の中、三台のワゴンが走っていた。 法定速度などガン無視。スラロームを繰り返し、エンジンの振動を周囲や路面に伝え続けていた。 剥き出しの心臓を思わせるような世界の中、いくつかのカーブを超えて、大通りに出る。 ……そこを狙って、バイク≪ウィザードボイルダー≫のアクセルを捻り、左脇から追い抜く。 その上で左手からヴァリアント・ザッパーを展開。 ≪Gun Mode≫ ヴァリアントコアが変化したハンドガンを向けて、前輪とフロントを中心に狙って乱射。 熱を帯びたゴムタイヤが、壁にも似たフロントに次々と火花が走り、奴らが乗った車はスピン気味に回転しながら急停止。 それを見ながら、こちらもアクセルを緩め、安全圏にて停車。ウィザードボイルダーのサイドスタンドを立て、素早く下車。 中から下車してきた白服の男数人が、険しい表情でこちらを睨みつける。 「数少ない保管メモリの輸送とはご苦労なことだ」 でもそれには構わずヘルメットを脱いで、おろしたてな紺色の袴を揺らし、ようやく奴らと対峙。 「でもそろそろ引き際だよ! 財団X……いや、次世代兵器研究会!」 「第二種忍者……蒼凪恭文……!」 ≪あなた達との追いかけっこもそろそろ飽きてきたところです。なにせもう平成も終わりましたしねぇ≫ 胸元で輝くアルトが、そう声をかけても、奴らは揺らがずに懐からメモリを取り出す。 ≪そんな使いっ走りのメモリともども自爆するより、更生した方が世の中にとっても徳でしょ。とっとと投降してください≫ 「黙れ! 国家の利益を散々踏み躙ってきた非国民めが!」 ≪Masquerade≫ 「水橋参事官達の仇! 命を持って、その罪を贖え!」 ≪Hopper≫ ≪Magma≫ ≪Cockroach≫ わーお、水橋って慕われていたんだねぇ。揃って迷いなくドーパントに変身してくれちゃったよ。 それにホッパー、マグマ、コックローチ……お決まりのメンバーが次々登場だよ。 ≪人の話を聞かない奴らはこれだから……≫ 「こいつら、絶対モテないね」 “ヤスフミ、どうする。キャラなりで” “いや、念のために控えておいて。伏兵がいるかもだし” “分かった。だが気をつけろよ” “もちろん” 不可思議空間のショウタロスには油断なく返しつつ、左手のザッパーを形状変換。 ≪Rising Mode≫ 『――!』 それはほぼ同時だった……。 六人の男達が懐から取り出したベレッタ。それが僕目掛けて銃弾を放つのも――。 ザッパーが一瞬で、黒塗りの鞘と刀……刃渡り六十五センチほどの分厚い刃に変化するのも。 上部にグリップ付きの鞘から、一瞬で抜刀。 唐竹・袈裟・逆袈裟・右薙・袈裟・逆風――打ち込んだ斬撃がことごとく奴らの悪意を切り払い、火花と一緒に散らしていく。 『な……』 「そんなのはどうだっていいんだよ……」 そう言いながら、一瞬で納刀。右手でヴェステージドライバーを取り出し、腰にセット。シグナルバイク・シフトカー用のスロットを跳ね上げるように展開。 続けて取り出した変身専用データカートリッジ≪ウィザードヴェステージイグニッションキー≫を差し込み、スロットを再びベルトに装填! ≪シグナルバイク・シフトカー!≫ 雨宮さんの声が勢いよく響く中、音声入力! キーワードは当然これ! 「変身!」 ≪ウィザード! ――ヴェステージセカンド!≫ 周囲の物質を分解・再構築しながら、ヴェステージフォームII(セカンド)に変身――。 WV(ウィザードヴェステージ)イグニッションキーから読み取られたデータを元に、ドライバー内部のエネルギー増幅路が加速。周囲の物質を分解し、取り込んでいく。 それによりベルト左側のエナジーバックファイアからも蒼い炎が断続的に噴き出し、その出力を伝える。 そうしている間に取り込んだ物質が再構築されて、プロテクトスーツを、両耳にアンテナ付き受信機≪メモリアライズレシーバー≫を装着。 その変身エフェクトで……プロテクトスーツに走る蒼いストリームの輝きで、続く銃弾も、コックローチの粘着液も、マグマの炎弾も次々と弾く。 それで奴らも流石にまずいとたじろぐ中――。 『やはり、魔法使い……!』 「怪物ども!」 左腰にライジングモードのザッパーをセット。 右手をスナップさせると、曇り空の中差し込んだ太陽に、鞘が煌めく。 そんな中、左膝に腕を乗せ、いつでも走り出せるような構えで……右手をスナップ 「ひとっ走り付き合えよ――!」 『怯むな! 撃て……撃て撃て撃てぇぇぇぇぇぇぇ!』 ――その言葉を合図に、前のめりに踏み出す。 体重移動≪ウェイトシフト≫と地面を掴むような指使い。更に奴らが体から……精神から放つ“呼吸”が僕の道しるべであり足場となる。 呼吸を読み取り、スーツに走る輝き≪ストリーム≫を残光として世界に刻みながら、たじろぎながらも放たれる銃弾を、粘液や炎弾を掻い潜り、奴らに肉薄。 左翼のマスカレード二人目掛けて、鞘に納められていたザッパーの刃を抜き放つ――。 『『!』』 右切上、袈裟と首を断ち切りながらも合間を突き抜け、更に刃を返した右薙一閃で別のマスカレード二体を両断。 奴らの自爆装置が発動し、マスカレードが変身者ごと爆破……その寸前に奴らの輪から抜け出し、改めて刃を鞘に納めて突撃。 『ぐ……!』 『このぉぉぉぉぉぉぉ!』 迎撃のためコックローチ三体とホッパー二体が高速移動状態で飛び込む。 ……鞘に納めたまま刃に鉄輝を纏わせ、左手でドライバー上部のスイッチ≪ブーストイグナイター≫を四回プッシュ。 ≪超超超超ハヤァァァァァァァァァイ! ――アクセラレイター・トライアル!≫ 僕の体は蒼い輝きに包まれ、奴らに勝るとも劣らない超加速を放つ。 狙うのは奴らが内包しているメモリ。 ≪――10≫ まぁ十秒限定だけど、これはこれでよし! ――アクセラレイターの加速に乗りながら、飛び込んできたホッパーその一の右ミドルキックを伏せ気味に回避しつつ、右切上の抜刀。 体と同じ……いや、それよりも濃い色の蒼に包まれた刃は、股下から奴の体を両断。 ≪8――7――≫ 跳ね上がって吹き飛ぶホッパーその一に構わず、地面を蹴りながら十字方向に反転。マグマが吐き出した炎弾を置き去りに走る。 返した刃で左薙の一撃。右翼にいたコックローチ一体を切り裂き、更に地面を蹴る。 ≪6≫ ……ううん、滑るようにしながらコックローチその二の脇を抜けて、背後を取る。 その瞬間、コックローチその三が粘液発射。更にホッパーその二も逃げ道を塞ぐように左ミドルキック。……見事にフェイントへ引っかかってくれた。 ゆえに跳躍――。 ≪5――4――≫ 粘液がコックローチその二に直撃し、ホッパーその二の蹴りが空を切る中、背を取ったコックローチその三の背中に右薙一閃。 ≪3≫ マグマが混乱まじりに炎弾を連続発射。放物線を描きながらそれが降り注ぐ前に、隙だらけな残り二体へ突撃。 ザッパーを再度鞘に納めて、ホッパーその二の右脇に迫りながら抜刀――。 ≪2≫ 背中から胸元までを右切上で両断。すぐさま粘着付着でもがいているコックローチその三へ袈裟の切り抜け。 ≪1――0≫ ――奴らが火花を走らせ、よろめく中、安全距離を取りながら停止。 「鉄輝」 ≪リ・フォーメーション!≫ 「繚乱」 とどめにマグマの炎弾がクラスターが如く降り注ぎ、爆炎が生まれる中、刃を再び納刀。アクセラレイター・トライアルも解除される。 爆炎の中、メモリを砕かれたエージェント達が次々崩れ落ちる中、振り返り改めてマグマと対峙。 その間に術式詠唱――。 『馬鹿な、ドーパントに生身で……く!』 奴が左手で炎を放ち、止まっていたワゴン目掛けて炎弾を連射。それとほぼ同時に詠唱していた術式が発動。 倒れた他のエージェントともども、証拠品を詰め込んだ車が次々と消失。閉鎖結界の中へと閉じ込められていった。 『!?』 「流石にそれは予測しているってー」 『……貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』 こちらに踏み込み、マグマで形作られた筋肉隆々な体を……その腕力を叩きつけてくるマグマ。 その右ストレートを伏せて避けつつ抜刀。刃に再び纏わせた魔力が、合計六撃の斬撃が、高熱の体をも切り裂き……ううん、切りつけた瞬間幾重もの斬撃波が発生。 「抜剣」 『――!?』 「アヤメレップウ」 発生していた炎すら散らされたマグマは、零距離で打ち込まれた範囲攻撃魔法に煽られ、三メートルほどよろめき後ずさる。 すかさずザッパーを鞘に納め、術式詠唱――この鞘は魔力のチャージャーであり、マジックカードを応用した術式のストック機能も持っている。 多弾生成が苦手な分、装備でその辺りをカバーしようって話だ。それゆえに使える術式も組んできた……だから。 「抜剣」 そのまま抜刀――右切上・逆袈裟・左薙の連撃は、刀身そのものは掠りもしない。 でも鞘にてチャージされた術式により、蒼い斬撃波が……無数の剣線として連なりながら直進し、マグマに直撃する。 それは刃を振るった分だけ……つまり、ミドルレンジで放たれた乱撃が三度襲う。 「フヨウテンライ」 某ゲームのクラスを見て、かっこよくて再現した魔法。それがマグマの体を、灼熱の炎をふたたび切り裂き、そのまま地面へと派手に転がす。 『が……ぁあぁあぁ……!?』 ザッパーを鞘に納め、再びドライバーのシグナルスロットを跳ね上げ、ブーストイグナイターをまたまた四回連続スイッチオン。 すぐさまスロットを戻し……必殺技≪フルドライブ≫の準備完了。 「さぁ」 ≪ヒッサァァァァァツ! Full Throttle――≫ 「ショウダウンだ」 時計回りに一回転しながら、瞬間フルドライブで高まった魔力を右足に収束。 更にレシーバーのサポートもあり増幅される共感力を用い、しっかりとメモリの位置も……胸元に存在する“記憶”も感知。 「――!」 そのまま飛び上がり、ふらふらと立ち上がり……両手で炎弾を連続発射してくるマグマへ突撃。 『こんな、ところで……』 ≪ビートスラップ!≫ 『我らの理想がぁ!』 「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 炎の弾幕は、僕の周囲で渦巻くように発生してブレイクフィールドによりことごとくがあらぬ方向へと弾き飛ばされる。 そうして右足を突き出し飛び蹴り――蒼い閃光がそのままマグマの胸元へ着弾。 『…………!?』 マグマの体は大きく吹き飛び、火花を走らせながら徐々に崩壊していく。 『馬鹿、な……我らは、大義のために……なぜだ……』 それでも奴は往生際悪く、信じられない様子で首を振る。 『貴様も公僕だというのなら……なぜ! その正義を理解できん!』 「あいにく僕は、推しのために戦っている」 『……!?』 「その推しを……この街と可能性を泣かせた以上、お前達は僕達≪ダブル≫の敵だ」 ≪まぁ、そこのところを地獄でしっかり味わってください≫ 『嘘だ……こんな奴に、我々の大義が……ああぁあぁあぁあああ! あぁああああぁああぁああぁ!?』 そして爆発。リーダーらしき男はボロボロになりながら、その炎の中から飛び出て、転がり……。 「あ、あぁあぁああ…………」 ≪Ma……gm……a……≫ 「われ、われ…………はあぁあ…………」 同じように落ちてきたマグマメモリが砕ける様を見ながら、意識を手放す。 ≪でもほんと、そういうところは生卵ですねぇ。思いっきりがーって考えられないんですか≫ 「いいの。“お姉さん”がこの空の下で、街で夢を追いかけていければ……可能性を大切にして、笑ってくれるならさ」 そう、それでいい……それで十分なんだと、雲の切れ間から差し込む太陽を……青を見上げて笑っちゃう。 「大事なものなら、もう……あのときにちゃんともらっているもの」 ≪……そうですか≫ 「お兄様、いつもながらお見事です」 そこで不可思議空間に隠れていたシオン達が、険しい表情で僕の脇にひょこっと飛び出してくる。……まぁ奴らには見えていないだろうけど。 「ほんとだぜ。よくもまぁゲーム由来の技を再現して……」 「魔導師としてもレベルアップしているもの。これくらい当然」 「それは何より……とはいえ油断するな。まずはきっちり締め上げてからだ」 「もちろん」 ――――奴らが自殺などしないよう、猿ぐつわもかまし、手と足の健もきっちり断ち切る。 一応周囲や車の中に危険物などがないのを確認した上で……鷹山さんと大下さんの到着を迎え入れる。ううん、港署の刑事課や鑑識総出と言ったところか。 「ほら、キリキリ歩け……ないけど抵抗するな!」 「お前らにはまた聞きたいことが山のようにあるからなぁ」 辺りにサイレンの音が鳴り響く中、エージェント達は呆然自失となりながら、水嶋さん達に引っ張られていって……。 それに感謝しながらも、僕と鷹山さん、大下さんは、ワゴンの中に入っていた荷物を……ガイアメモリの数々を外に出して確認していく。 「マネー、T-レックス、ライアー、パペティアー、コックローチ、コックローチ、コックローチ……コックローチ多すぎるだろ!」 かと思ったら大下さんが切れた。まるでモノホンを触っているが如き嫌悪感で、持っていたメモリをボックスに放り投げる。 「こっちも同じくだ……というか蒼凪、どうなってんだよ」 「説明したでしょ……。コックローチは量産型メモリとしては強力な上、生産も楽で売れ筋商品の一つだったって」 「だからって多すぎだろ! こっちのボックス、九割がコックローチだぞ! というかそれでマスカレードを使うとか馬鹿すぎるだろ!」 「タカの言う通りだよ。と言うかさ、名前だけで連想しちゃうんだよ。 そういやアイツ、空も飛べたしすっごく早く動けたなぁって連想しちゃうんだよ」 「雨宮も以前その話を聞いたとき、悲鳴を上げていたなぁ……だったら部屋の掃除もきちんとするべきだと言いたいが」 ≪でもあなた、そう言うズボラなところも魅力的とか言っていましたよね。それで例の雀荘でちょいちょい麻雀しているとか≫ 「し!」 とはいえこっちのボックスも似たようなものだった。ほんとコックローチがえっと……これで九十七本? 流石に多すぎるっつーの。 と言うかね、もう奴らが輸送していたガイアメモリの大量摘発じゃない。コクローチメモリの一斉駆除だよ。そういう認識なんだよ。 「あ、あの……蒼凪君? 大丈夫……大丈夫、だから。あくまでも僕、麻雀仲間って感じでね? プライベートには立ち入っていないから。 あ、それよりユージの方がやばいって。麻倉が……もちょがママ味増してきてめちゃくちゃ好みで天使だーとか言っていたし」 「俺を巻き込むなよ! と言うか俺はいいだろ! もちょはいいだろ! むしろ俺よりタカがお気に入りの雨宮だよ! 奴らがやべぇよ! もちょが自分のママだとか公言しだしてんだぞ! あと赤ちゃん歴二六年だっけ!?」 「やめろぉ! 蒼凪を刺激するなぁ!」 「あ……だ、大丈夫だよやっちゃん! 雨宮ちゃんはほら、いつでもやっちゃんにとっては魔法使いのお姉さんだから!」 「何を揃って怯えているんですか……」 全くもう……まぁこのボックスは確認できたから、メモリの数はきちんとメモって、区分けもして……。 最後に、二両目のワゴンに残ったボックスを取り出して、外に置いてーっと。 ただ、これは今までのガイアメモリ入りとは違うんだよね。 「雨宮さんに不埒なことをしたら揃って殺すんだから、問題ないでしょ」 「その情も交えず刃を振り下ろすのが怖いんだよ! そこに怯えているってところは認識しろよ!」 「そうだぞお前! ……と言うか、その雨宮達もちょろっと零していたぞ? やっぱりお前から連絡してくることがほとんどないってな」 「さ、さすがにそこはいろいろ遠慮というか、自重が必要と言いますかー。 と言うか、盆暮正月にはきちんとお便りだしていますよ!? いちごさんや舞宙さん達とも変わらず遊んでいますし!」 「それだよ! いちご達とも変わらずなのにってところだよ! しかも最近はほれ、かざねのこともあるだろ!」 「田所先輩もぼやいていたぞー? 自分の後輩になるのはどうしたのかーってな。 かざねちゃんとも共演作とかができて、いろいろ話を聞くのにってさ」 「ありがサンキューの後輩は誰もなれないでしょ……。 と言うか、そう言うのはビリオンブレイクの後輩に言ってくださいよ」 全く本当に……二年経っても相変わらずってどういうことか! でも、そっか……。 「…………」 もう二年経つんだね。長いと思っていた二年……舞宙さんも、もうすぐ日本に戻ってくるし。 「……舞宙さん……」 なんだかんだで僕もこっそりイギリスに言って、フィアッセさんも交えてラブラブしていたし……ライブも行ってさ。なんでか一緒にボイスレッスンするはめになったりしてさ。距離感は変わっていなかった。 ただ、逢いに行かなきゃ会えないというのは、なにかの歌みたいだけど今までとは違う距離感で……やっぱり寂しさはあったんだ。離れたくないなーって気持ちもいっぱいあったし。 でもそれ以上に、大好きな歌を、音楽を、めいっぱいに勉強して、飛び込んでいく舞宙さんの姿を見ていると……応援したいって気持ちもあって、だから僕も踏ん張れたんだけど。 ……舞宙さんが帰ってくるまでに、相応の成果は出したいな。雨宮さんのことはやっぱり気にしていたし……というか、アルトじゃないけど、そろそろアイツらの相手は飽き飽きしていたところだもの。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 霞ヶ関から動く巨額な公金――それらは国家の施策を目的として、下部組織へと交付されていく。 だが、その中には様々な思惑が入り込み、美味い汁を吸おうと……その公金にストローを突き刺して、蚊のようにすする連中が後を絶たなかった。 自分に利する組織への利益誘導、手厚い保護、過剰な配当――エトセトラエトセトラ――それを得るために、政治家や役人に近づく財界人達の接近、癒着。 以前フライリースケールで起こった事件……碇親子とそのシンパ達への報復テロもそれに近いことが原因だった。 ビリオンブレイク出演陣のみなさんは、天原さん達も含めて親しみやすくて忘れがちだけど、いわゆる芸能人……一般人とは違う繋がりも、付き合いもある。更に女性としての美貌も、器量も相当なものだ。 殺された碇親子達は、自分達の社員のみならずそういう女性を“土産”にして、そんな財界人達への繋がりを獲得しようと躍起になっていたらしい。天原さん達もそんな巻き添えになりかけたわけだ。 そして、魚心あれば水心……そういう腐心を利用し、甘える財界人達もいる。はね除ければよいのに、甘えてしまう愚か者どもが……それが、あれだけの事件を経てもなお変わらない政治汚職の根幹だった。 そんな利益誘導の不正なパイプが、何本も何本も霞ヶ浦からバイパスし、公金をこぼし続けていた。そのパイプを見つけて蚊ごと潰すことは、国益に繋がるはずだった。 だが、不正な支出が減らせてめでたしにはならない。必ずパイプに携わった人間への追及が起こり、大きな政変となる。場合によっては無実の人間がその渦中へと飛び込むはめになることもある。 政治の闇がこういった不正支出を追及しない最大の理由。それは、鎧得損益を守るだけではなく、波及する政治的打撃を意識しているところも少なくない。 早い話……膿を出す痛みに、政府が……国家が耐えられないということなんだよ。 その膿が、心臓部に近ければ近いほど致命傷たり得る。それは内閣支持率に跳ね返る。現に核爆破未遂事件でも十分致命傷なレベルだった。TOKYO WARでもそうだった。 ……僕達が今回、極秘捜査している病巣は、心臓に限りなく近く、政権のショック死すら考えられるものだった。 七帝大出身者で構成されて、各界要人が多数在籍する某同窓会組織。それをバックに、莫大な公金流出が行われているとの情報が寄せられた。 財界人や著名人が集まる同窓会は、ただ昔を懐かしみ、今を激励し合う懇談会には終わらない。ふだんの仕事では直接繋がりようのない人間とパイプを持ち、そこから金や人の動きが発生する“社交界”とも言うべき場所だった。 碇専務達も、こういう場所に女性を宛がい、有志達を接待する目的で……まずは自分達の愛人として、その辺りのしつけをしようと企てていたわけだが……なんにしても困りものだった。 なにせ、こういうことそのものは決して悪いことではない。この辺りは蒼凪君を例に取ると分かりやすいかもしれない。 蒼凪君は第二種忍者であり、次元世界でも名の知れた魔導師。フリーランスゆえに、幅広い人脈を持っている。それも世界の壁すら超える形だ。 PSA、鷹山さんと大下さん達湊署メンバー、鳴海探偵事務所、照井警視正、サウンドライン、ダイバー・エージェンシー、管理局のお仕事に絡んだ人達、退魔師、エルメロイII世さんのような魔術師メンバー……皆頼もしい味方だ。 蒼凪君が困っているとき、力が必要というときは快く助けてくれるし、彼も同じように助け合う。だから『東京』が絡んだ案件も、その様々な陣営を繋ぐ調停役≪コーディネイター≫として動いている。 悪が手段を選ばない以上、そういう繋がりも損得勘定込みで上手く作り、団結していくのが正義のやり方……彼は、ウィザードメモリに関わったことで、“お姉さん”に助けられたことで、その大切さをよく分かっているんだ。 ……ここまで言えば分かるだろう。そういう同窓会は、そんないい繋がりを……有事の際に助け合える風を吹かせる可能性も秘めている。 財界人や著名人が顔を合わせ、繋がることが悪いんじゃない。その可能性を、金や自分自身のためだけにしか使えない彼らが悪いんだ。 僕もあのバーベキュー以来、そういう可能性を悪用する輩には……まぁ、改めて正義の怒りが燃え上がってね。それで仲間達と一緒に、随分時間をかけて、内偵を続けてきた。 敵の結束は相当に固かった。ただ、組織長老の一人がトカゲの尻尾切りにあったことに、あのご婦人が相当強い不満を持っていたことで……接触に成功。見事に重要情報を入手したのが先日のことだった。 そして、今日――。 「――みんなご苦労さん!」 僕が所属する第七資料室――そこで使わせてもらっている会議室は、もう修羅場そのものだった。 ホワイトボードには読み切れないほど細かい文字がびっしりと書かれ、捜査員の誰もが眉間に皺を寄せ、資料を確認しまくっている。 何日も、何週間も泊まり込みを続けてきた中、そんな部屋に……突然……上司の嘉納さんが飛び込んできた。 「……大分外堀が埋まってきたようだね。 特に赤坂くんが入手した資料は、相当ショッキングなものだよ。随分苦労したでしょ……お疲れさん!」 「あ……いえ」 なんとなく嫌な予感がしたところで、ドアが二回ノックされる。 それで自然と全員、デスクから立ち上がって背筋を伸ばすと……室長が渋い顔で入室。 「室長、お疲れ様です!」 「お疲れさん! 立たなくていい、楽にしてくれ……実はな、諸君に今日は素晴らしいプレゼントを持ってきたぞ」 『…………』 「――嘉納、お前を息子の授業参観に行かせてやる」 ――会議室内に、誰とも知れない……あきれ果てたと言わんばかりのため息が漏れた。それで全員、立ち上がる気力もなく着席。 なお、別に……授業参観に行くのが嫌なんて、そんな理由なわけがない。 「やっぱりなぁ……そろそろ頃合いだと思っていたんですよ……! くそ!」 新見が愚痴るのも無理はない。 強力な資料を得た。一気に核心へと足場をかけて、踏み込める算段まで整えられた。 ただ僕は……過去に何度もあったことだし、そこまで動揺はしていなかった。慣れているわけじゃない。僕より経験が浅い新見でも予測できるくらい、今回は……その資料の内容はやばかった。 「…………」 ――意味が分からない人もいると思うので、簡潔に言おう。 本件の捜査は、突然、別の部門に移管されることになった。それで終わり。 僕達第七資料室でやることはもうない。その部門が引き続き捜査するという話にはなっているけど、それでなにか解決するわけでもない。 ようするに……公安上層部が、政府が、この病巣の摘出を諦めたんだ。これを公に処罰すれば、日本という国そのものが死亡しかねないと。 「くそったれ……俺達が今日まで捜査してきたのは、なんのためだったんでしょうかね」 「……膿を出す痛みが、どの程度か測るためだろうな。その結果、痛みに耐えられない規模だということが分かり、“マトモな治療”を断念した」 「そう……赤坂くんの言う通りだ。まぁこれも仕事……って、その前に一つ注意があった。 赤坂くん、例の腕利き忍者くんや、あぶない刑事達とは変わらず付き合いが?」 すると室長が……なお、これが誰のことかなど言うまでもないことだ。 「それは、えぇ。ガイアメモリ流通の一件もあるので」 「そうか……。まぁ例の長老もそのガイアメモリのことを持っていたようだし、そこは調べる必要があるだろう。 ……だが……いいね? この調査資料については、持ち出したり、話したりしてはいけないよ? バレたら私、来年は家族旅行に行けなくなっちゃうからねぇ」 「……えぇ、分かっています。僕も娘を遊園地に連れていけなくなるので」 『……!』 そこで少しだけ……場の空気が軽くなる。――室長は暗にこう言っている。 自分達がこの件で、表だって動くことはできなくなった。正々堂々とした治療は患者自らが拒否をした。でも致命傷になり得る以上、治療する必要はある。 だから、自分達以外で、信頼できる人間に、“まともじゃなくていいから”と治療を丸投げしろ……正真正銘の移管をしろという“命令”だ。それもどこにもバレずに。 実はこういうことは初めてじゃない。実際PSAなどは、国家資格持ちでありながら僕達より自由に動ける分、いろいろ連携していたからね。 蒼凪君と鷹山さん達、鳴海探偵事務所、照井警視正を中心とした特別チーム編成も、その流れからだ。彼らなら荒療治でそれはもう……楽しく派手に暴れてくれることだろう。 ……とはいえ……それを警察官である自分達が、最後まで真っ当な形で成し遂げられなかった悔しさは……相当に強いが。 だったらなんのための警察官なのかとは、時折思う。 もちろんその中止を決めた上層部も、政治家も……だったら、あなた達はなんのために、その役職に就いているのかと。 ただ僕は……私はそんな憤りを、正義感のやり場がないことを、叫んだりするほど子どもでもなかった。……大人としても中途半端だろうけどね。 「――資料の整理と引き継ぎについては、今後向こうと調整していく。赤坂くんも注意で身を引き締めてくれたしね」 「えぇ、それはもう……室長の言葉で染みいる思いです」 「それはなにより。……とりあえず、みんな長く休んでいないだろう。五時を待たなくていい、引き上げて体を休めてくれ。残務整理は明日話し合い、あとは振り替え休暇の消化をしよう。 ちゃんと消火してカミさん孝行しろよ! 主査は俺と来てくれ……以上だ!」 『はい!』 室長は嘉納さんと一緒に退室。全員、渋々ではあるものの……どこか希望も感じさせる勢いで立ち上がり、簡単に帰る準備を始める。 ――長かった秘密捜査は後味悪く終わったが、逆に言えば……ここまでの捜査が的確だったからこそ、荒療治の必要性があると室長に、周囲に思わせることができた。それは成果として喜ぼう。 ひとまず僕は……次にまたきな臭い事件が起きるまでは、休暇をしっかり取る。妻と娘にも家族孝行をしないとね。 「じゃあ、室長の言葉に甘えますかね。 みんな、今日は早く帰ってしっかり休もう!」 「でもこういうとき、早帰りすると不倫の現場に出くわしたりしちゃうんですよねー」 「馬鹿お前……赤坂さんとこの熱合いっぷりを知らないのか? 毎晩、別棟の公衆電話からラブコールをかけているんだぞ? スマホもあるのに」 「そ、それはあの……僕も見習っただけなので」 「あー、例のあぶない忍者だっけ? なんか留学中の彼女と時差もものともせずに、テレビ電話しまくっているとか……喧嘩とかしないのかねぇ」 「というか俺、羨ましいっす……帰っても奥さんが冷たくて……! なにか、秘訣は!」 「えっと……二人は、行ってきますと行ってらっしゃいのキスを欠かさないこととか、言っていたかなぁ。とにかくスキンシップだと」 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』 あ、まずい。これだと僕と雪絵もやっていると思われる。というかそういう熱の入った視線が……! さすがに居心地が悪くなって、そそくさと帰る準備を進めていると……積み上げられた資料の一部……というか一番上の一枚がはらりと落ちる。 残務整理は後と言われても、さすがにこのままは気分も悪い。それを拾い上げ、元の位置に…………というところで、書類の中身が目に入った。 「…………」 それは、膨大な不正支出の一部。 防衛庁内に設けられた、次世代兵器研究会……“あの”アルファベットプロジェクトの不正支出を暴いたものだった。 その概要、内容についてはよく分かっている。蒼凪君や天原さん……雨宮さん達も交えて説明したものだ。ミュージアムにも出資していたのも間違いない。 その見返りとして、財団Xというカバー組織まで作り、NEVERやガイアメモリの技術まで獲得していたことも……彼らの手に大量のガイアメモリがまだ存在していることも……。 だが、今回僕が引っかかったのは、そういう点ではなかった。引っかかったのは、ひしめく文字の一つ……公金の流れ先。 老いてなお、金銭欲旺盛な官僚OB達が救う天下り先の一蘭でもある。当然僕はそんな人物と懇ろなわけではないが……そうだ、僕はここに行ったことがある。 「入江――診療所」 そう名前を出したとき、記憶がぶわっと蘇る。 そう……入江診療所だ。かつて……五年前か。当時の建設大臣である犬飼氏の孫が誘拐された。お孫さんは雛見沢という寒村に連れらされている可能性があり、内密に捜査へ訪れたんだ。 結果誘拐犯達と乱闘になり、取り逃がしはしたが……なんとかお孫さんは保護。負傷した僕は村の診療所であるここに担ぎ込まれた。そのとき治療してくれたお医者さんが、入江……入江京介さん。まだ年若かったけど、利発そうな人だった。 でもそうだ。どうして忘れていたんだ。こんなに……ありありと思い出せるのに。 娘の出産日に重なる出張となったから、雛見沢に行くのは非常に嫌だったっけ。雪絵も病院に入院していたし。 それで……興宮署の大石蔵人という老刑事に会い、若造の僕はとても貴重な勉強をさせてもらった。 そうだ……それで私は、あの村で、一人の少女に出会ったんだっけ。 名前は、そう……古手……梨花……。 「……梨花……ちゃん……」 そうだそうだ、思い出した! あれから五年……今はいくつくらいだろう。中学生……いや、もっと下? だがあの愛くるしい笑顔を思い出すと同時に、彼女にされた不吉な予言も思い浮かぶ。 ――東京に帰れ―― 彼女は突然、僕にそう言ったんだ。帰らなければ不吉なことが起こると……オヤシロ様という土地神の生まれ変わりらしい彼女は、そういう不思議なことがあると、誰かが言っていたっけ。 そのとき僕は、それがただの言葉遊びなどではなく、なにか神がかった……強いものを感じ取った。もしかすると雪絵のこともあったから、注意した方がいい……そんな話だったのかもしれない。 だが仕事を……さらわれて苦しんでいる子どもを放置して、東京へ帰ることはできない。 それで東京の雪絵に連絡して、何も起こらないように……危ないことがないように、身の回りには最善の注意を払ってほしいとお願いしたんだ。時期が時期だし、悪いことがおこるかもしれないと……そう強く言った。 雪絵は心配性だと笑ったけど……その電話は、確実に雪絵をなにかの災厄から救ってくれたんだ。 事件が解決し、東京に戻った後日……産後に容体が安定しない雪絵を見舞ったとき、僕はそれを知った。 僕が電話した直後、屋上へ続く階段で転倒事故が起きて、こけた清掃員が大けがをした。原因は、階段のタイルが剥離しかかっていたこと。それを踏んで、ずるりとやってしまったらしい。 ……問題は、雪絵は私が電話する前日まで、身重にもかかわらず“その階段”を毎日通って、屋上に出ていたこと。そうして私の無事を祈ってくれていたこと。 だが私からの電話もあって、私が戻ってくるまではと自重していたところで……その事故だ。 階段での転倒事故がどれだけ危険かは、もう言うまでもないことだ。それが身重の雪絵だったら……彼女が言う通り、雪絵には“その可能性”があのとき付きまとっていた。 ……私はとんだ恩知らずだ。あのとき、彼女の預言は当たっていた。当たっていたのだからと……すぐに彼女へ連絡を取り、お礼を言うべきだったのに、すぐ日々の仕事に流されて、ここまで来てしまった。 …………梨花ちゃんは、今も変わらず元気でいて、あの愛くるしい笑顔を振りまいてくれているだろうか。 なぜそこまで気になるのか……その理由も、もう思い出せる。事件が解決し、東京へ戻る……そんな前日。雛見沢で過ごした最後の番。 満月を背負うようにしながら、彼女は語ったんだ。 ――とても不愉快なことだけど、それも多分、決まっていることなの―― ――決まっているって……誰がそんなことを決めるんだい―― ――それを私も知りたいの―― もう一つ……悲しい惨劇の予言を。 ――来年の今日。そう………………年六月の、今日。ダム現場の監督が殺されます―― あれは予定や仮定の話じゃなかった。もう既に決まっている……過去のことを、その結果を語るような静観があった。 ――恐ろしい頃され方をした後、身体中をバラバラに引き裂かれて、捨てられてしまいます。 その翌年、六月の今日……沙都子の両親が突き落とされて死にます。あるいは……事故と言うべきかもしれない……不幸な事故。 更にその翌年の六月、私の両親が殺されます。 そして更に翌年、沙都子と兄……悟史という少年の意地悪叔母が、頭を割られて死にます―― そうだ、彼女は予言していた。 ――そして更に翌年のしょ…………年六月の今日、あるいはその数日後か……私が殺されます―― 毎年、祭りの番に誰かが殺され……彼女のご両親も殺され。 ――全ての死が予定調和なら、最後の死も予定のうちなのでしょうか。 ……でもならばこれは一体、誰の予定なの?―― そして五年目には……彼女は……。 ――私は幸せに生きたい。望みはそれだけ。 大好きな友人達に囲まれて、楽しく日々を過ごしたい……それだけなの。それ以上は何も望んでいないわ―― 自分が殺されると。 ――死にたくない―― 死にたくないと言ったじゃないか……! 「…………ぁあぁあ…………」 そうだ、そのあと私達は……ダム建設が中止になった祝いの席で……というかそこで飲んでいた酔っ払った村人に向けられて、引っ張り込まれて……結局、その辺りもうやむやなまま、東京へ帰ることになって。 しかも五年目というと……今年じゃないか。祭りは毎年六月。それも、確か……記憶が正しければ、六月末の最終日曜日だったはず。 ……スマホのカレンダーを見る。 『2019/5/11』 日にちに多少余裕があるとはいえ、彼女の預言した死期はもう目の前に迫っていた。 雪絵の事故を預言できた彼女は、その後五年続く奇怪な事件も預言していた。 それらがもし悉く当たっていたなら……それは、きっと今年も当たる。 準備が必要だ。 まずは大石氏……今でもお元気なら……いや、異動なりしていても、興宮署に連絡すればすぐ分かる。 それに予言ということは、霊障なりが絡む可能性もある。だったら、専門家が必要だ。彼女の預言を、声を、馬鹿にせず受け止められる知識と経験を持った人物。 いや、その前に……そうだ、いろいろとおかしいんじゃないか? 雛見沢は確かにダム戦争で騒然としていたが、こんな公金横領のパイプが連なるような場所なのか。 そもそもそんな場所にどうしてダムを立てようとする。防衛省も絡んだ話なら、最初から計画などなかったはずだ。 だとすると、梨花ちゃんが預言した事件もそこに連なる可能性が……あぁ、そうなると……頼れる子はまず決まってくるね。 「…………」 雨宮さんと天原さん達には改めて、謝る覚悟をしようと思う。来年高校受験なのに……また面倒事を持ち込むんだから。 魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s 奉祀(たてまつ)り編 西暦2019年6月・雛見沢その1 『逃れられないD/叫び声は誰に届くのか』 (その2へ続く) あとがき 恭文「というわけで、ひぐらし編Ver2019です。まずはプロローグ。赤坂さんが『おもい……だした……』するところや、MEGAMAX的に僕が財団Xをしばくところ」 志保「というか、ごくごく自然に財団Xの正体にもなっているんですね、東京が」 恭文「残しておくと面倒だからね。これを機会に潰れてもらおうという話だ」 志保「なんて台なしな!」 (というわけで、たてまつる……奉ると祀りから奉祀り編となりました。ひぐらし奉からですね) 恭文「澪尽しも、祭囃しももうやったからね。Ver2020軸だからまぁこんな感じで……圭一達もスマホを持って大活躍だ」 志保「電波が届かないとかしませんか?」 恭文「後半にそうなる」 志保「なるんですか!」 百合子「でもいいなぁ……私と志保ちゃん達はいつ出るんでしょう」 恭文「そうだよね……トリエル、出ないかなー。ペンライト振って応援したいのに」 百合子「なんですって!?」 (説明しよう。蒼い古き鉄は最近、アイドリープライドにてアイドルの良さを認識したのだ) 恭文「優がね、すっごくいいんだよ……。普通にCD買って応援しちゃっている」 百合子「恭文さんー!」 志保「……まぁ、あれでいいんじゃないですか? VENUSプログラムもそこまで支配的じゃなくて、一つの企画トーナメントみたいな感じで……765プロは趣旨に賛同できず参加していないだけとか。 でもプログラム上位のアイドルは、相応のメリットもあるし、一番分かりやすい頂点の形だからみんな目指しちゃうとか」 百合子「志保ちゃんが乗り気!? え、どうしたのかな!」 志保「べ、別に乗り気とかはありません。ただ今日は私と百合子さん、美奈子さんの中の人が誕生日記念日なんですし、よそ見は早々に終わってほしくて」 美奈子(中の人が誕生日記念日なのでやってきた)「最近志保ちゃんはねー、LizNoirの神崎莉央さんに憧れているんだよー。アルバムとか写真集、勉強のためとか言って買いそろえているし」 百合子「普通にファンなんだね! よく分かった!」 志保「美奈子さん、なんで知っているんですか! というかバラさないでください!」 (というわけで、アイドリープライドはいいぞ。他ゲームと合わせてやりやすいシステムだし、イラスト奇麗だし、CGモデルもミリシタやデレステと違う、リアルよりな方向性が奇麗だし。 というか、アイドルものは現代のスポ根だと認識を改めました。つまりは友情努力勝利だ! 本日のED:松澤由美『僕たちはもう知っている』) 天動瑠依(アイプラ)「……恭文さん……合コンというのは、ようするに……その……不純異性交遊するための相手を見つける場所というのは、本当ですか……!」 恭文「…………誰から聞いたの、それ」 瑠依「桂さんとボーデヴィッヒさんです。なんというか、二人とは考えや話が合うというか、波長が合うというか……あ、それで勉強しました。そういうお持ち帰りを期待する場所だと」 恭文「極端すぎるからね!? ようするにお食事して、気に入ったならお友達になれればいいなーってところだから! いきなりそこには行き着かないから! つーか……あの二人はぁ!」 古鉄≪絶対絡ませたら面倒になるからと避けていたのに……フェイトさんとか大変だったじゃないですか≫ 銀さん「あー、免許センターのときな? 俺しかツッコミがいねぇから、奴らのジェットストリームアタックに対応したんだよ。途中で放り投げたけどな」 恭文「これからは、瑠依も入れて四人になります。つまりは『ガイア! オルテガ! マッシュ! ジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!』ってことです」 銀さん「面倒すぎるだろうが! つーかこの令和の時代にどうしてそんなクソ真面目な不器用暴走馬鹿なキャラを作った! キャラクリした奴ちょっと出てこい!」 瑠依「不器用暴走馬鹿!? な、なんですかそれは! 私のどこが暴走していると!」 銀さん「いきなり不純異性交遊の話をしている点で暴走してんだよ! 思春期かてめぇ!」 優「まぁまぁ……瑠依ちゃんも成長期なんよ? スレンダーに見えて日々成長中でなぁ」(蒼い古き鉄の左腕にピト) 恭文「ゆ、優……? あの、なにを」 優「いや、デートしよかなーと思うて。ほなまずはカラオケからやなー」 瑠依「ゆ、優! 待って! アイドルとしてそれはー!」 銀さん「おうおう……だったらてめぇも行ってこい。やっさんならいきなり不純異性交遊はねぇからな」 瑠依「そ、そうですね。なら……勉強させてもらいます!」 恭文「さらっと僕に押しつけるなぁ! というか待って! まずデートって……密! ソーシャルディスタンス−!」 (おしまい) [次へ#] [戻る] |