小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作) 西暦2014年8月・軽井沢その7 『アメイジング・ビギンズ/破綻』 魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s 西暦2014年8月・軽井沢その7 『アメイジング・ビギンズ/破綻』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ スケールモデル――それはガンプラとはまた違う方向性のプラモデル。というか模型というものの基礎の基礎。 ほら、ガンプラはあくまでも架空兵器のプラモでしょ? もちろんも昨今では、漫画やゲームなどに出てくる架空モデルはかなり多い。 それに対し、スケールモデルは根幹……実在のメカニックや情景などを元としたもの。例えば戦車や戦闘機。 それだけじゃなくて、車やバイク、電車などの身近な題材もプラモデルになっている。 ……そもそも模型は、いわゆる地球儀なんかもそれに入る。その歴史は紀元前から遡るとされている。もちろんその時代だと木型が基本かな? そこから技術や時代が発達するに連れ、検証や資料としての模型から、一般人にも手が届く、娯楽としての模型が広がった。 ただ一般的なスケールモデル……その組み立て難易度は、ガンプラより高い。というか、ガンプラがイレギュラーだった。 パーツごとの色分けも基本ないし、スナップフィットになっていない場合がほとんど。接着・塗装が基本となっている。 僕の中だと……スケールモデルだったらタミヤが印象深いかな。ミニ四駆とか作っているところだよ。 プラモ販売当初見落としていたディテールを、最新版でアップデート的に再現していたりするらしい。金型を修正してね。 まぁこういう言い方するとアレだけど、それもしょうがないのよ。 「――実は現代だと、その手のスケールモデル製作は『考古学』に片足を突っ込んでいます」 「「「考古学!?」」」 「まぁうちの学校の……模型部の先生が言っていたことなんですけど」 ライブ前の合宿ももうすぐ終わり。舞宙さんもこの三日間は仕上げに集中……なので差し入れを持って、練習場にお邪魔した。 絹盾さん……いちごさんと、才華さん、スタッフさんも喜ぶもの。でもウェストとか体型に影響しない程度に、ヘルシーなもの。 いわゆる塩分補給用のドリンクとか、サプリメントとか……まぁそんな感じでね。 で、舞宙さんも様子が気になっていたようで、どうしたのかと聞かれたので…………そうしたらまぁ、目を見開くわけで。 「え、待って待って。どうして考古学? そういう戦車とかって、近代の」 「もちろん全部じゃありません。ただ……舞宙さんが想像したようなのは、あれでしょ? 世界大戦当時使われていたような戦車や戦闘車両関係」 「そうそう! おもちゃ屋さんとかで売っているような……もう男の子の世界!」 「問題はその世界大戦から、もう半世紀以上経っているところです」 僕はこの話をの先生から聞いて、衝撃だった。 忘れがちだけど、七十年以上経っているんだよ? その時間経過が意味を持つのは、別にドンパチだけじゃなくて……。 「僕も、舞宙さん達も、戦争なんて知らずに育った世代です。 その僕達がそれらの資料をきちんと集めて、“実際に使われた車両や情景”を再現しようとすると、実はかなり手間がかかるんですよ。 ……なにせ当時は写真や映像の大半がモノクロですし、戦争中や戦後の混乱で失われている場合も多いですから」 「ん……でも、博物館とか、そういうところで撮影とかするのはどうなの? 残っているものでどうにかとか」 「まぁ形状なんかはいちごさんが言うような感じで大丈夫ですけど、色が結構面倒だそうです」 「色?」 「当然そういう実物は、作られて長い間経っているわけで……退色しています。 つまりその見たままの色で塗っても、当時動いていたものの再現には遠いかもしれない」 「だったらそれを逆算は……いや、難しいのかな。塗り直した上とかなら、また違うだろうし」 「そこもネックだそうです」 いちごさんの指摘はもっともだけど、模型となれば……細かく突きつめると、かなり面倒な要素があるわけで。 それが色や形、構造の表現。もちろんそこを誤魔化すテクニックもあるけど、突きつめる楽しみ方に足を入れると……正しく沼だった。 「もちろん当時の人に聞くとかも難しいです。 その当時、そういう記憶をはっきり覚えている人だと……もう九十才以上。 近親者にいるかどうかって話ですよ。核家族化も進んでいますし」 「……だから考古学なんだね。そういうのをほんと、発掘して、検証するような作業が必要だから」 「……目から鱗かも。というかやっくん、なんか専門家みたい!」 「いや、僕も教わった立場ですから!」 というか、才華さん、その……ちょっと近いような! ぐいぐいその丸っこい目で見られると、あの、ちょっとドキドキがー! 「それに色とかを抜いて、単純な構造とか装備だけに留まっても、かなり沼なんですよ……」 「……マジで沼だったよなぁ……」 「沼なの!?」 「沼です。ドイツ軍が大戦期使っていた『タイガー』という戦車だけを取っても、多種多様なバージョンがあるそうで……」 タイガーは当時最強と言われるほどの戦車で……その分扱いはかなりピーキーだったそうだけど。 まぁ性能議論は一旦置いておくとして……問題はそのバリエーションだよ。 「タイガーならタイガーT・タイガーUと車種があるし、生産時期・運用場所によっても装備が違うんです」 「え、待って! じゃあ……ここでこう使ったタイガーを再現したいなら、まずその装備も調べて……で、車種も当てはめて……とかやるの!?」 「しかもその資料も、発掘作業によって新しい話やシチュエーションが出てくるんです。今もなおですよ」 「本当に沼じゃん!」 「…………!」 ……あれ、舞宙さんがすっごく静かに……色の辺りから僕といちごさん、才華さんしか喋っていない。ショウタロス達がツッコむ程度で、黙っている。 これはもしかして……やっぱり来ておいてよかったなぁ。それにタツヤも、なんだかんだで人を見ている。 「ならさ、現代で……そういう発掘が必要ないものはどう?」 「あ、今売っている車とかなら、なんとかなりそう! それに最新の戦車や戦闘機!」 ≪……そう思うでしょ?≫ 「「え?」」 ≪最新型は最新型で、使われている技術が秘匿事項になる場合もあるんですよ。 特に戦闘使用が前提の機材だと、細かい仕様がバレるのは命取りですし≫ 「レーシング車両なんかもそうだよね……。なにせどこのチームも血肉を削る勢いで、エンジンやフレームとかを開発しているわけで」 「だからその手の車両がプラモ化されるのも、去年の優勝車両がーって感じだよな」 「そうそう」 ある程度公表しても大丈夫な部分だけって流れなんだけど……そうそう、もう一つあったと拍手を打つ。 「その手のスケールモデルなら、イングラムやヴァリアントみたいなレイバー系もあるけど……イングラムについては後継機に代替えするまでは、完全再現的なモデルは出なかったしね」 「あー、警察車両の扱いになるからか!」 「今使われているヴァリアントも似た感じです。TOKYO WARのときにも乗っているから、余計に分かるんですけど」 「……それって、もうちょい身近な感じでも同じかな」 「市販されているものならそこまでじゃないですけど……そういえば前にタミヤがやらかしたって話があったなぁ」 「やらかしたって、なにを?」 「車のプラモデルを作るために、実車を購入・分解して、パーツ単位のデータを取ったそうです」 「は……?」 …………あの、いちごさん、引かないで? 僕も腰を抜かすほど驚いたけど。 ≪でも分解して組み立てができなかったらしく、ちょっとどうしようって話ですよ≫ 「えぇ……?」 「まぁその辺りも、バラして問題がない現行品だからこそですね。 大戦期の兵器も、資料として貴重なのでそんなことは絶対できませんし」 「……プラモがちょっとお高めな趣味ーってイメージなの、納得したよ」 「それだけ手間がかかっていたら、ねぇ……なぁー。高くなるよなー! 金型から一千万単位だし!」 そう、手間暇をかけて、一つ一つの製品は開発されているんだよ。そりゃあその結晶である金型も高くなろうってもんだ。 「……あれ?」 ただそこで、才華さんがぽつりと声を漏らす……。 「サイちゃん、どうした?」 「いや、それならガンプラとか、他のプラモはどうなるかなーって。実機がないし」 「3Dに起こすときに、解釈で悶着がある感じですね。どうしても二次元ゆえの嘘があるし、作画のばらつきも絡んで人によってイメージが違いますから」 「あー、やっぱりかー」 「元々3Dな……特撮もののメカとかも難しいですよ。 スターウォーズの戦闘機やメカは特に」 「「あれかー!」」 いちごさんと才華さんは、すぐに納得……するよね! なにせビッグタイトルだもの! 今新作できるとか聞いて、ちょっと僕もビビっているし! 「劇中プロップを精密に再現とかなると、それはもう……劇中の描写やら、映画関係の資料とにらめっこは当然」 「ファンならこだわっちゃうだろうしねー」 「あとそういうプロップってスターウォーズに限らず、市販品からパーツを流用して、上手く組み合わせていることも多いんです。 だからキットのディテールだと甘いなーってときは、実際にそのプラモからパーツを取って組み合わせるとか……」 「そこまでいくと、もはや自分でレプリカを作って、手元に置いておく気分だよね……」 「そういう意識の人は多いですよ……。さっき言った学校の先生もそのタイプですし」 ≪そういう意味でも考古学ですよね。スターウォーズに限ったって、ここにいる誰も生まれていない時代の作品ですし≫ 「……その沼に足を突っ込んで…………タツヤ君、大丈夫かなぁ……!」 ……あ、ヤバい。舞宙さんがガタガタ震えている! 自分が煽ったというか、ちょっと刺激を与えた部分があるから、責任を感じているよ! 「あの子、基本的にこう、一直線というか、集中したらがーって突っ走るじゃない? 徹夜してガンプラを仕上げたのもそうだけどさ……! なんていうかほら、今までゲーム禁止とか、遊びが駄目とか言われて育った子ども! いや、子どもなんだけどね、あの子!」 「……言いたいことはよく分かりますよ。タツヤ、お父さんの後を継ぐからって勉強ばっかりだったから」 「でしょ!? どうしよう……もうちょっと考えて話すべきだったかなー!」 「そっちは僕も見ていますし、ヤナさんも監督しますから」 それでライブに集中できなくなってもアレだし、そこは問題なしと笑っておく。 「型を探して模索中なら、案外大丈夫かなと」 「ほ、ほんとに?」 「えぇ。何よりそのタツヤから伝言が」 「伝言?」 「次のバトル、予定が空くようなら……絶対見に来てほしいと」 「絶対行くよ!」 「……ライブあるけど……まぁ、仕方ないか」 「だね。言葉の責任は見届けなきゃ」 呆れながらも背中を押してくれるいちごさんと才華さんには、心から感謝する。 ……完全に我がままで寄り道なのは確かだ。でも、タツヤは舞宙さんにも伝えたいものがある……それも確かで。 あとは僕も、負けないように……G-EZBW、弄っていかないとね。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――スケールモデルからタツヤがなにを学び取ったか。それも今から行われるバトルで分かる。 だから僕とアルト、ショウタロス達は……フィアッセさん、ふーちゃん、舞宙さん達は、固唾を飲んで見守る。 特に舞宙さんは、もう……。 「まいさん、落ち着いて……ソワソワしすぎだから」 「いや、でもさー」 「特に無茶はしていないって話だし……話、だったよね」 「えぇ。ご飯もしっかり食べています。だけど何をしていたかまでは……ヤナさんも教えてくれませんし」 「そこはお楽しみというやつです」 ≪フィールドセッティング完了……宇宙≫ 今回のフィールドは宇宙。ただし大きめな小惑星がゴロゴロしていて、はた目から見るとかなりカオス。 そんな中を飛ぶストライクは、巨大な火柱を放ちながら前進していた。 右手にはソードユニット、左手にはガンユニットを持って……でもストライカーがおかしい。 翼はエールのそれより巨大で、足のように後ろへ伸びるスラスター。更に下部はゆりかごのように丸い補助翼。 「どう見てもあれは……」 「ガンダムSEEDに出てくる、アークエンジェルの後ろ半分!?」 『驚いたか! スケール違いのキット――七百分の一アークエンジェルをストライカーに! 高速移動に耐えうる、空間把握能力を高めたアンテナ装着! これぞエンジェルストライクガンダム!』 「戦艦って……そういうのもプラモにあるんだ」 「……スケール違いのデンドロビウムやら、ミーティアやらと組み合わせるって改造は見たことがあるけど……そうくるかー!」 いちごさんが感心している間に、ストライクは小惑星の間をすり抜け、一際大きいものへ近づいていく。 『こっちもこっちで準備してきたってことだ!』 ……本当にその突進力は圧倒的だった。正しく流星……。 ≪とはいえ、あの突進力だと機敏に反応とはいきませんね。もちろんパワーは絶大ですけど……≫ 「となると、タツヤ君がどう出るかだね!」 『タツヤ、お前もスケールモデルで足回りを強化したんだろう! 一つ機動力勝負といこうぜ!』 そんなタツヤのνガンダムヴレイブは……一際大きい小惑星上にいた。 その不安定な大地を踏み締め、νガンダムヴレイブはストライクを見上げている。 νガンダムヴレイブからすればストライクは、まだ星のように小さく、それでもブースターから太陽の如き光を放っている。 だからすぐ目につくのだろう。対してトオルは、少し遅れてそれに気づく。 『ん……?』 そのフォルムに変わったところはない。 トオルと同じ配置で、マーキュリーレヴを装備しているだけ。たったそれだけの姿に目を細めてしまう。 『なんだ、マーキュリーレヴを着けただけの』 『そう見えるかい』 …………いや、違う。 タツヤの表情は自信に溢れていた。 その原因はなんだ。当然νガンダムヴレイブだ。でも大幅な変化はない……となると、見るべきは…………あぁあぁ…………! 『――!』 トオルも“それ”に気づいたから、衝撃の余り息を飲む。 そう、違っていたんだ。いや、違うという言葉すらためらわれるほどに、vガンダムヴレイブは……進化していた。 「そういう方向できたか……!」 「あの、恭文くん……」 「ふーちゃん……フィアッセさん達もよく見て」 まずは全身のボディ……装甲だ。三日前は基本的なつや消しだったのに、今は輝きを放っている。 でも塗装面にたわみや歪みらしきものはない。とても均一に、奇麗に……工業製品を思わせるように塗られていて。 「全身の仕上げはカーモデルのように美しく、光沢溢れる仕様」 「あ……ピカピカだ!」 「三日前はつや消しだったよね。それもよかったけど、これはまた一段と……ビシッとしていると言うか」 そのボディの次に注目すべきは、ブースターや関節部。 「しかしながらスラスターや関節部など、接触や汚れも多くなる箇所にはきちんとした汚し塗装。 ツヤの表現も変えて、別素材としての存在感も出している。あれは、戦車モデルの応用?」 「でも本当の意味で汚い感じはないよね。特にスラスターは虹色だし」 「天原さんの家とは大違いですね」 「そうそう、私の家は本当に汚い……汚くないよ!? ちゃんと掃除も頑張っているし!」 はいはい、喧嘩しないのー。というかシオンも邪険にしないのー。確かに新聞紙カーテンって時点でアレだけどさー。 いや、待てよ。そう言えば雨宮天さんも、ラジオでやっていたって……まさか声優界わいの流行り……そんなわけないかー! 「というかやっくん、あれは」 「……バイク模型などである、焼け部分の表現ですよ」 「だよねだよね! 何度か見かけたやつだ!」 「でも上っ面だけじゃない……その表現の根幹を支えるのは、塗装前の徹底的な下地処理です。全体のディテールも以前よりずっとシャープになっている。 スジ彫りも塗膜で厚くなるのを考慮して掘り直されているし、どうしても甘くなるエッジも鋭い……これは飛行機モデルの技術?」 ≪見事ですねぇ。細部に亘るまで、入念に……まるで”実在するνガンダムヴレイブ”を再現するかのように、手が入れられている≫ 「HGUCのνガンダム、名作には数えられているけど、結構古いキットなのに……よくもまぁ……!」 「おいおいおいおい! それじゃあタツヤの奴!」 「独創性溢れる発想(トオル)とは真逆を行く、基礎の基礎を突き詰めた工作だ。言うなら」 そう、言うなら……これは。 「≪リアルタイプνガンダムヴレイブ≫……!」 「えぇ。それがお坊ちゃまの答えです」 『たった三日で、こんな技術を』 トオルも驚きの余り、進軍を停止。遠距離からνガンダムヴレイブに見ほれている。 「恭文くん、これ……」 「三日じゃ誰でも無理だよ……!」 「だよね! 実際私は無理だもの! クランシェ、あんなふうに作れないよ!」 いや、知識だけならいいよ!? こういう技術があるんだーって覚えるだけなら! それなら僕も……今隣でおののいているふーちゃんだって納得する! でもタツヤは、それ実践して、相応に見られるレベルにまで昇華させているの! そのレベルまでは体得しているの! もちろん見る人が見れば、各々の技能には荒削りな部分はあると思う! 付け焼き刃と言われるかもしれない! でもタツヤはまだ七歳! プラモ制作を初めてひと月も経っていない! それがこれだけのものを作るんだ! 三日間根を詰めてこれだけできるなら、今後……本気で学んでいったら……! 「……!」 背筋が凍り付いて、そのまま砕けんばかりの気持ちだった。 でも燃え上がる……僕も燃え上がっているよ、タツヤ! 僕ももっと上に、もっと強くってそう叫んでいる! 「……タツヤくん、本当にどうやって」 『基本さ』 タツヤはフィアッセさんの……ううん、トオルの問いかけに堂々と応える。 『ガンプラは架空の兵器――だがその製作方法は、長いプラモデルの歴史が根幹にある。 様々な技術を取り入れ、創意工夫して作られた』 タツヤの言う事は正しかった。 プラモデルの始まり自体は、一九三六年。イギリスのフロッグという会社さんが、イギリス製戦闘機などを発売したのが始まり。そこから第二次世界大戦後、アメリカを中心に大ブームとなった。 ただ、それ以前から模型は存在していた。それこそ紀元前から……加工しやすい木材などを基本に作っていたから。それこそ地球儀とかも、定義的には模型なんだよ? その発展を大きく手助けしたのが、宇宙戦艦ヤマトのシリーズから続き、ヒットを飛ばしたガンプラだった。 ……例えばアニメ劇中だと、迷彩モビルスーツとかってほとんど出ていない。作画の問題もあるから。 ガンダムに至ってはヒロイックなカラーリングがほとんどだし、迷彩なんてアニメ再現を重視するなら邪道と言っていい。実際の戦闘機みたいな地味なカラーもご法度。 でも実際ガンプラには、様々な作り方がある。迷彩塗装もそうだし、カーモデルのような奇麗な塗装もある。 もちろんトオルみたいに、オリジナルパーツを自作する場合だってある。僕や舞宙さんみたいに、自分なりのオリジナルガンプラを作る場合だってある。 マーキュリーレヴは特殊だとしても、方向性だけを見れば……おかしいことなんて一つもない。 ガンプラは架空の兵器。だからこその自由があり、だからこそ絶対の工作法なんてない。 だけど……自由だからと言って、基礎がないわけじゃない。 縮小されたプラスチックモデルを、工作や塗装で実物さながらの存在感を、迫力を獲得する技術。 それこそがガンプラ……ううん、プラモデルの根幹。おもちゃではなく、『あり得た可能性』を作り出す。 それを知ったから、νガンダムヴレイブはあんなにも進化した。 「やばい、ほんとワクワクする!」 「恭文くん……」 「どんなバトルを見せるのかって、体が熱くなってきている!」 「ん、そうだね」 そこでふーちゃんが、手をぎゅっと……落ち着いて、真剣に……一秒も見逃しちゃ駄目だと、励ますように握ってくれて。 だから僕も、その手をぎゅっと……強く握り返した。 『……君は僕より経験が長いし、優れた独創性も持っている。 恭文さんなら様々な雑学・戦術をガンプラに生かしていた。 そんな君達に僕が追いつくには……基礎を! 歴史を! 一から学ぶしかない!』 「タツヤ君……」 『ただひたむきに――それが僕の”型”だ!』 「……基礎、かぁ」 「うん。それはわたし達にも言えることだ」 才華さんも、いちごさんも……フィアッセさんも、笑顔で首肯。 「やれライブだPVだラジオだグラビア撮影だって言ったって、まずは表現者としての基礎が大事」 「しかも私達、まだまだ新人のチャレンジャーだしね。うん、余計に一からって気持ちは持っていないと……」 「それは私もだよー。新しいやり方がどんどん入ってくる世界だし……でもそっかぁ。タツヤくん、そこに行き着くんだね」 フィアッセさんはちらりと、微笑むヤナさんを見やる。でもそれ以上は何も言わず、納得した様子でタツヤを……生まれ変わったνガンダムヴレイブに笑う。 「きっとそれで正解だ。もっともっと強くなるなら……その気持ちが、いろんな可能性を広げてくれるから」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 燃えている……あぁ、僕は燃えているんだ。 瞳を開き、歓喜で笑いながら、胸の炎を叫びに乗せて吐き出す。 ……それがなんと心地のよいことか! 『……だからスケールモデルか』 トオルは歓喜の笑いを浮かべ、再突撃――。 『ガンプラの前に、自分を進化させるなんて……やるな!』 ストライクが今まで以上に加速――だが覚えたことを試すにはいい相手だ。 嬉しくて嬉しくて…………口元が大きく歪む。 「その言葉、僕が勝利するまで取っておいてもらおう!」 『勝たせるかよぉ!』 一拍呼吸を置いて、素早く右に移動。身を捻るようにズレると、天使の翼が機体の脇を掠める。 ……一瞬で見て取った。トオルはソードユニットから、両刃のブレードを展開。こっちに突き出し駆け抜けていった。 『避けた!?』 ストライクはその加速力に見合う形で、一気に数百メートルの距離を取る。 そうして反転している間に、ガンユニットのガトリングを展開。 (……確かにあの加速力は圧倒的。 だがストライカーが大きいせいもあって、小回りが全く利かないらしい) 読み取ったことを……それへの対処を組み立てながら、アームレイカーを操作。 右親指でウェポンセレクトウインドウを開き数度回転。 (ならば!) 右人差し指で、ガトリングをセレクト・決定。 ガンユニットから展開した砲門……それをストライクに向けて、弾幕展開。 こちらへ方向転換し、突撃しかけたストライクが速度を落とす。すぐさま重い機体を振り回し、左へ退避した。 だがその時、翼や左スラスターなどに被弾。爆発するほどではないが、それで確信を得る。 (ガトリングガンによる弾幕で広範囲に弾をばら撒き、相手の進路を遮断。更に突進力を殺す。 そして……) マーキュリーレヴが接続部から百八十度回転。ガトリングの砲身を一旦収納する。 二つ折りにされていた長砲身が先から展開し、チャージ開始。 ――ターゲットサイト内にストライクを収める。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 被弾したがまだまだと思っていると、モニターに警告表示。 指し示す方向は間違いなくνガンダムヴレイブだ。 だがガトリングの射程外……すぐに気付けたのは幸運か。それとも不幸か。 慌てて左方向を見ると、ガンユニットのレールガンが出されていた。 「な……!」 方向転換……無理だ。再突撃のため、既に加速しちまっている。このストライクはそこまで小回りが利かない。 しかも砲身の動きを見るに、ストライクは狙ってねぇ。 (『こちらの進行方向』を……狙われたのかよ!) ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 狙撃の基本は相手を狙うことではなく、相手の動く先を狙うこと。風や地形、場合によっては重力による慣性も計算に入れる。 戦車砲などはそれが基本となっている。ロックオンしたから安心というものではない。 思えば恭文さんも、先日のバトルでは……ずっとそうしていた。それで僕を制し、νガンダムヴレイブを壊さないよう決着してもいた。 でもそういう話なら……! (僕は幸いなことに、計算が得意だ!) トリガーを引くと、火花が走りながら砲弾発射。 それは大回りでこちらへ向き直ろうとする、ストライクへ狂いなく命中。機体すら飲み込む、大爆発を引き起こした。 「やった……!」 勉強した通りだ! 一つ……また一つ手ごたえを得た! (レールガンはチャージこそ長いが、弾速が速く高威力! それはガンプラバトルでも変わらない!) 『まだだ!』 トオルの声……ハッとすると、爆煙の中からストライクが飛び出す。 (馬鹿な、無傷……いや、違う! エンジェルストライカーがない!) だったらと思いながら、ソードユニットを盾にする。 展開しっぱなしなレールガンは、左腕を振りかぶると同時に素早く収納。近接戦では邪魔なだけだ。 更に中心部にて仕込まれている、ビームサーベルを展開。ただし正面に出すのではなく、やや斜めに上げてビームを走らせる。 ストライクのソードとビームサーベルがぶつかり合い、派手に火花を走らせる……鍔迫り合い! お互い動きが止まっている間に、ストライクの状態観察だ。 (よし……押し負けてはいない! 最初のときとは違う!) それに安堵しながらも、計算を……観測を継続。 (やっぱりストライカーはない。そうなるとあれか、咄嗟にストライカーを切り離し、自分は離脱したのか) ガンユニットを再度回転させ、今度は中心部に収納されているショットガンを使用。 せり出された砲身に気づかせぬよう、静かに銃口を腹に向け……至近距離で発射。 『……!』 だがトオルは寸前で気づいたのか、左に回避する。その時右サイドアーマーや右足側面を散弾が掠める。 (ショットガンは射程こそ短いが、適正距離であれば高威力。適正距離を多少離れても、散弾であるためけん制にも使える) なので振り向き更に追撃。ストライクはジグザグに動き射線から逃れるものの、拡散する散弾を肩や胴体部に受け、更に後退していく。 距離二百メートル……そこで停止したストライクは、あちらこちらが傷だらけ。けん制が効いているようだ。 『てめぇ……スケールモデルを作っている間に、実在兵器の特性を学びやがったか』 「あぁ。おかげでマーキュリーレヴ(こいつ)の使い方も分かってきた」 よく考えたら、今まではそれすら知らず戦っていたんだなぁと反省してしまったが。 ……それは勝てるはずがない。 天原さんも見かねて、ああいう話をするはずだ。 天原さんは言っていた。自分は演技では、感情を抑えた冷静な役が得意で、はしゃぐ……ヤナみたいなタイプは苦手だと。 歌なら、音域を生かしたバラードが得意だと。実際そういうゆったり目の曲は、とても聞き心地がよくて……感動するくらい素敵だった。 でもそれは、天原さんが……もちろん絹盾さん達も、自分の武器を、長所短所を理解し、その上で最大現生かし、伸ばそうとする努力があればこそだ。 そこが見えていない僕は、弓矢で敵を殴りつけ、遠くの敵に剣を投げつける≪山猿≫と変わらない。 山猿が無策に、知恵を生かして戦う人間に勝てるか? 野生のパワーや才能とかを発揮するならともかく、僕はそれができるタイプでもなかった。 だから、自分が一番やってきたことで……これならと言えることをぶつけることにしたんだが……それは正解だった。 少なくとも基礎の基礎に立っただけだと思う。でも……見えたものは生かし切る! 『お前の”型”、見せてもらったぜ……ガリ勉』 「ガリ!?」 『そうです。お坊ちゃまは勉強しか能がないのです』 『お前それ、褒めてないだろ!』 『……タツヤ君、倒れるよ』 天原さんに至っては滅茶苦茶心配しているし! いえ、大丈夫です! 休憩はしていますので、どうかご安心をー! 『……だが』 ……まぁ、その辺りはまた後で伝えるか。 トオルはソードユニットに仕込まれた、全ての刃を展開。 あの姿を見ているとまさしく十徳ナイフだ。ほれ、商品見本で全部出しているのがあるだろ。今のソードユニットはあんな感じだ。 『格闘戦はどうかな』 「そんなに出しても使いこなせないだろう」 展開しっぱなしだったビームサーベルを更に回転。甲剣のようにしておく。 『いいんだよ、これがオレの『型』なんだから』 「そうか」 僕達は笑いながら、それぞれのガンプラを加速――ハリネズミのようなストライクの突撃をかわしつつ、サーベルを打ち込んだ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ トオルの型は無茶苦茶だけど、合理性はあった。突進からあのハリネズミを突き出されると、確かに怖いもの。 結果νガンダムヴレイブは頭部アンテナや各所を損傷。ストライクも右肩アーマーが吹き飛ぶなどの被害を受けた。 電撃戦は名前通りすぐ終わり……でもその内容はとても濃く、どっちが勝ってもおかしくなかった。 だけど、倒れているのはνガンダムヴレイブ。 「……届かなかった……!」 「でも、今までで一番いい勝負でしたよ!」 「あぁ、ほんと……オレが一番不思議だもの!」 それでもぎりぎりという感じだけど。トオル、息乱れまくりだし。 「駄目だな! 基礎は大事だわ! オレも修行しないと!」 「……そう思ってくれたのなら、タツヤくんの頑張りも意味があったかな」 「もう意味どころの騒ぎじゃないですよ! タツヤ様ーって尊敬したいくらいだし!」 「そっかー」 「それは、私達も嬉しいなー」 舞宙さんといちごさん達も楽しげに笑い、タツヤを見やる。タツヤはただジッと、倒れたνガンダムヴレイブを見て。 「……タツヤ君、ありがと」 「……」 「今のでね、三人とも気合いが入った。 ……初ライブ、招待するから見に来て! 練習ももっとして、最高のライブにするから!」 「………………」 「あれ……タツヤ君、大丈夫? やっぱり体調が」 「……トオル!」 タツヤは舞宙さんのツッコミをすっ飛ばし、トオルへ詰め寄る。 そうして両肩を掴んで逃がさないよう……ちょ、目が怖い! それは……ふーちゃんが浮気したーって詰め寄ってくるときの目! 「もう一回戦おう! 今のバトルで思いついた事があるんだ! もう一回……もう一回だけ!」 「そっちかー! やっぱり聞いてなかったんだね!」 「タツヤ、落ち着け! それにほら……宿題が」 「なに言っているんだ! もう終わっているだろ! 恭文さんと風花さんも、いろいろ教えてくれただろ!」 「そうだよ。というかまだ残って…………あ」 「あれか……!」 そうだ、僕達子どもの天敵……無間地獄を再現するおぞましき儀式があった。 「「……自由研究!」」 「あぁ……そういえば結構難しいことしていたんだっけ。やっくんにも話を聞いて」 「……トオルくん、もしかして結構危ない感じ?」 「いや、そこは大丈夫! 風花さんもそうだし、恭文達のおかげで……ほんと大丈夫だから! もう終わりかけで、だから……ちょっと集中したいなと!」 「それ危ない人が言うことだよ……!」 「全くだ! というか…………そんなの僕が手伝ってやる!」 「――心の友よー!」 話はまとまったらしく、二人は力強くハグ……なんて力強いんだ。 友達を作るのに、名前で呼び合う必要なんてなかったのだ。お話とか言ってドンパチする必要もなかったのだ。 ただ、相手の自由研究を手伝えばいい。これは学会に発表するべき新発見だろう。 ……ちなみに、トオルの自由研究は『TOKYO WARの影響による不動産地価の変動と、経済への総合的影響』という……わりと難解なものだった。 「……でもあれ、タツヤに手伝えるのかよ……」 「まぁサポートくらいなら、大丈夫じゃない? ただ……タツヤー、舞宙さんが、ポプメロのライブに招待してくれるってー。ちゃんと返事しなきゃ駄目だよー」 「え、そうなんですか!?」 「やっぱり聞いてなかったかー! ……とにかく、招待するから! もうみんな来ていいよ!」 「私とサイちゃんも招待するしね。うん、楽しんでくれたら御の字だ」 「ありがとうございます! なら、予定を付けて……必ず」 ――――そこで、ニュータイプ的な閃きが走る。 いわゆる『キュピーン』という音だよ。そう、それが……どういうわけか、ヤナさんの胸元から聴こえた。それも何度も、何度も。 「……ヤナ、さん」 「あ、ごめんなさい」 ヤナさんは少し恥ずかしがりながら、胸の谷間からスマホケースを取り出す。その携帯からあの音が響く。 ヤナさんがケースを開き、通話を開始するまで……ずっと……! 「……私も今度やろうかなー」 「フィアッセさんは駄目です……!」 「風花ちゃん、どうしてかなー!」 「どうしてもです!」 「……ああいうこと、してほしいのかな?」 え、待って。おのれら待ってよ。僕はあのリアル峰不二子の真似に、衝撃を受けているんだよ。 特に舞宙さんは……なんでまたドSの顔をするの!? それで自分の胸を触らないで! 「ほらほら、言ってみようよー♪ 思っていることを全力でほらー♪」 「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「……舞宙、それ半分八つ当たり」 「あ?」 「だからそれ、タレントがしていい顔じゃねぇよ!」 「というか、言ったら言ったで更に気にするでしょうに……そうですか、あなたは実はドMなのですね。 それでお兄様に、御主人様としてなぶってもらいたいと……なんて高度な誘い受けを」 「違うよ! というか、私はむしろこう……御主人様になりたいの!」 「そのドSの国へ、今すぐ帰ってください……!」 ほんと発言がアレすぎるからね!? また田上さん達に相談しないと……! 「……まいさんがやっても、すり抜けて落ちちゃうよ?」 「ぐはぁ!」 いちごさんが鋭く振り下ろしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ガチでツッコんだよ! 舞宙さん崩れ落ちたし! 「いちさん、それは残酷……!」 「い、いくら自分が挟めるからって……」 「いや、私もさすがにあれは無理だから。ヤナさんは欧米モデル並なんだし」 「十分だよ! ブラジャーを装着状態ならきっとできるよ! 今度やってみせてよ!」 「そうだね、やってよいちさん!」 「セクハラだよ!?」 「そうですよ。というか二人とも落ち着いて…………ん?」 さすがに見過ごせず止めようとしたところで……僕にも着信。 「ちょっと済みません」 スマホを取り出し、画面をチェック。……かけてきたのは、沙羅さんだった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ その日の夜――ここ最近では珍しい雨雲が軽井沢の空を覆い、強い雨が降り注ぐ。 深夜には晴れるらしいけど、雷も鳴っているためどうもざわざわする。先日の大騒ぎを思い出したから? いいや、違う。ワクワクしながら工作に没頭するタツヤ以外全員が、妙な不安を感じていた。 そんなうちの一人がタツヤの部屋を開けようとしたところを。 「やめてくれる、ヤナさん」 雷光が廊下を照らす中、トオルが声かけして止める。ぎょっとしながらこちらへ振り返るヤナさんは、悲しげにトオルと僕を見た。 「お二人とも」 「知っちゃったんだ、ヤナさん」 「え、えぇ。ぼ……タツヤ様のお父様から。サツキカンパニーが、倒産されたと」 「倒産っていうか、乗っ取りかな」 トオルは無理に笑おうとするものの、その頬は引きつっていた。 「……トオル、これでも食え」 「今はそんな気分じゃ」 「いいから食え。必要なとき、動けるようにな」 「……ありがとな」 ヒカリから渡された肉まんを、トオルは受け取り……ガッツリとかじりつく。 「ん……ニンニク効き過ぎじゃね? これ……」 「それがいいんだ」 「というか、ビックリしたよ……恭文もその話、知っていたとかさぁ」 「……悪かったね。ゴタゴタするかもだから、ヤナさんだけは不安って話だったんだよ」 ……サツキカンパニーは、少し前から危うかった。 その立て直しに奔走していた中、関わったのが塗料メーカーでもあるタツヤの実家……ユウキ家。 ほら、不動産……建設業は、塗料関係が切っても切り離せないでしょ。土台の保護や、内壁の塗装なんかでもさ。 何かの打算か、それとも思うところがあったのかは分からないけど、別荘に一人きりのトオルに、お父さんはタツヤとヤナを向かわせた。 その上でPSAに依頼をかけたんだよ。倒産のドタバタでなにかあっても駄目だと……。 そしてPSAもこの依頼を受けた。一つの好機……というより、状況を深く監査する手段として。 「これ、オフレコでお願いね? 最近犬飼建設大臣の孫が誘拐されて、その絡みである寒村のダム工事が中止になったのよ」 「大臣のお孫さんが……!? では、その工事中止のために」 「そういう取り引きがあったし、反対運動に関わった村の重鎮やらも、現地の公安や警察に相当強くマークされているそうです。 ……その件とサツキ・ユウキ家は関係ありません。でもどちらの会社も経営破綻などが起きれば、TOKYO WAR復興中の経済に大きな影響を与えかねない。 それを狙った派閥が動く可能性もあったので、ネックになりそうな子どもの警護……状況監視は必要と判断されたんです」 「それで、年も近くて、話が合いそうな恭文様を……というか、風花様とフィアッセ様も連れてくるのは」 「あの時点では、ただ危惧の段階。話はほぼ上手くまとまるし、それを見届けるだけで……そういう流れだったんですけど」 でも、現実はそうはいかなかった……それも、最悪な形で切り替わった。 「全く、急だよなぁ」 それをトオルに告げるかどうかも迷っている間に、状況は進む……トオルは笑う。 こういうこともあるさと、まるで通り雨に濡れたかのように、笑って。 「なんだかんだ言って、踏ん張ると思ったんだけど……兆候はあったんだ。 最近親父、ピリピリしていた。ガンプラ仲間を家へ入れなくなったの、そのせいもあったのかも」 「TOKYO WARのドタバタが原因なんだっけ」 「一時的にでも都心が麻痺した結果、経営やらなんやらで打撃を受けたからな。 不動産業がこれから強くなるとか言ったの、ほんと誰だよ……」 ……これが”夢幻”で不正義だって曰う大人もいるんだから、ヒドい話だ。 もっと早くに事件を止められていれば、こんなことには……そんな、無意味なことも考えながら、つい頭をかいてしまう。 ここで僕が自己嫌悪に陥っても、トオルに気を使わせるだけだっていうのに……それでも、吹っ切れないものがあって。 「ただまぁ、乗っ取り相手がイースター社ってなれば……それはなぁ。さすがに勝ち目もないって」 「だ、大丈夫です! お父様はきっと復活されます!」 「オレもそう思っているよ。だけど……このこと、タツヤには伝えないでほしいんだ」 「え」 戸惑いながらヤナさんが僕を見るので、僕は了承していると頷いてアピール。 「アイツは凄い奴さ。たったひと月前まで、ガンプラも知らなかったのに……今じゃオレだって必死だ」 その間にトオルは肉まんを食べ終えて……。 「ご馳走様。……ヒカリ、美味かった」 「だろう? 私のとっておきだ」 「確かに、今は必要なエネルギーだな」 「あぁ。お前がそこまで見込んだ奴が、次こそ本気で挑んでくるんだ」 「……だったらラストバトルは気兼ねなく、ベストな状態で戦いたい」 引きつり気味だった笑顔や軽い表情が、そう言い切った時だけいつものトオルへ戻る。 一体どうして……とは言う事なかれ。このことを知ったら、タツヤは間違いなく動揺する。 本気だからこそ、全力でぶつかって悔いがないようにしたい――そんな気持ちはヤナさんにも伝わったらしく、表情が緩んだ。 「分かりました。私もお坊ちゃまの成長を見てみたい」 「よし、交渉成立。……でも恭文には悪いなぁ、タツヤとやりたがっていただろ?」 「僕は大丈夫だよ。タツヤとも、トオルとも、またいつでもバトルできる」 もうここでは無理かもしれない。だけど大丈夫だと、両手を腰に当てて思いっきり笑う。 「僕はそう信じているし……それに」 「それに?」 「――誰にも、二人のバトルを邪魔なんてさせないよ」 「ありがとな。 ……なら明日だ明日! 二人とも楽しみにしてくれよー!」 「もちろん」 「……えぇ」 辛いはずなのに、苦しいはずなのに、トオルは笑って明日に向かう。その姿がとても強く、でも悲しくも見えた。 この雨は泣こうとしないトオルの代わりに、空が泣いているのかもしれない。明日、笑顔でバトルするために。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――――そして運命の日はやってきた。 いつものベースから、いつもと同じように粒子が生まれる。 外では雨が晴れるものの、場の空気はそれと反比例しているが如く重い。いい意味での緊張感がそれを生み出している。 今回のフィールドは草一つない荒野――立ち並ぶ山々に囲まれながら、二体は対峙する。 『朝早い時間からにさせてもらって、すまない』 『僕も早く戦いたかったところだ、構わないさ。……ところで目、腫れているぞ』 『気にするな』 タツヤは修復作業のせいだろうと、勝手に納得したようだ。 「くそ……!」 「ショウタロス」 「……」 でも本当は違うと、僕達は察する……僕達は知っている。 「……今はバトルに集中しよう」 ≪そうですね。……さて、タツヤさんは≫ νガンダムヴレイブはしっかり修復されていた。でも少々違うところがある。 破損したアンテナパーツは大型のものへと換装……あれは新造パーツかな。 更にマーキュリーレヴのガンユニット後部に、大剣が装備されている。片刃剣だ。 『マーキュリーレヴの弱点に気づいたわけか』 『あぁ。マーキュリーレヴは万能武器だが、近接武器のレンジはさほどでもない。 中距離用――大剣を持ったνガンダムヴレイブ。言うならνガンダムヴレイブ+かな』 でもあれ、ただの大剣じゃない。今はトンファーみたいに持っているけど、設置場所は……あれも答えか。 『そういう君は、エールストライカー? もっと独創的なものが出てくるかと思ったけど』 『さすがに昨日の今日じゃなぁ。それに』 とか言いつつ、トオルもマーキュリーレヴに追加装備をつけていた。 「……恭文くん、あれって」 「ショットランサーですね」 「ダークハウンドと同じ」 「いえ、多分違います……」 ソードユニットのビームサーベル基部が展開し、そこにランスがついているのよ。小型だけどね。 ショットランサーというのはガンダムF91に出てくる実体武器で、あれで突き刺したりするのよ。 あとは槍自体が射出したりさ。まぁあれがそういう機能付きかどうかは分からないけど。 『今のお前にはバランス型が一番合いそうだ』 『そうか』 (お互い考えることは同じってわけか……) ……ただトオルの読みは当たっている。下手に特化すると、マーキュリーレヴの対応力に押されて終わる。 もうタツヤは、それだけの技量を……知識を、型を構築しているんだから。 だったら臨機応変に動けるエールストライカーは、適切な装備だ。 『まぁ舞宙さんがいないけど、始めるか』 『あぁ。あの人には勝利報告で十分だ』 『オレのな』 『今回は奪わせてもらう……!』 舞宙さんも、ライブ前の練習中。本当は見たがっていたけど……でも映像は撮っている。あとでちゃんと送っておかないと。 『恭文、号令頼むー』 「……OK」 巻き込んでくれたことに感謝し、ベース脇へ移動。それから粒子フィールドに触れないよう、右手を出す。 『え、号令? いつもはそんなの』 『ノリだよ、ノリ』 「いくよ。――ガンプラバトル」 右手を振り上げ、試合開始のゴングを鳴らす。 「レディィィィィィィ! ゴォォォォォォォォォォォォォ!」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 夏休みの締めだから……だろうか。ちょっとした特別感に胸が高鳴りながらも、ガトリング展開。 (……あの武装はトオルの得意な突進攻撃を強化するものと見た) ならばとトリガーを引く……銃身が焼き付くまで引き続ける! (なので先手必勝!) ガンユニット・ガトリングで弾幕展開。 トオルは突撃しながら弾幕をすれすれで抜けていく。 『その攻撃は既に見切った!』 「さすがに柔軟……だが!」 更にランスをかざし最大加速――被弾覚悟の突撃? それならそれで構わない。弾丸をトオルへ集中させる。 ……だが槍の両側からピンクのビームが吹き出し、それがカーテンのように展開。 弾丸を尽く弾いて、逸らし…………これは、まさか。 「ビームシールド!?」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「Who!」 「恭文くん、あれってぇ!」 「マーキュリーレヴの直結したビームサーベルだ! それをバイパスとして利用し、ビームの壁を形成しているんだよ!」 ≪さすがに発想力は一枚上手ですね。まさしく攻防一体……自分の強みを理解した上での攻撃≫ 「同時に、基礎の基礎だね」 フィアッセさんの言う通りだった。トオルは言っていた通り、自分の基礎を……半日もない中見つめ直して、アレに行き着いたんだ。 自分の得意なこと……やりたいことを武器として、より高い次元へと羽ばたくために! 「宝石みたいだね。お互いを磨き合って、高め合って」 「……昨日のタツヤくんが、今日のトオルくんを強くした……!」 ガトリングによる弾幕はビームを突き抜けることができず、全てかき消されてしまう。 『ちぃ!』 タツヤは……νガンダムヴレイブは反転。そうしながらガンユニットを盾にして、トオルの突撃を受け止める。 受け流す……いや、そのまま止めようとしてきた! ブースターを吹かせて拮抗……でも押し込まれる! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「さすがにエールストライカー付きには無理か……!」 トオルのことだ、基礎の基礎として、各部を作り込んでいるに違いない。トオルもトオルで、積み重ねの上でできた型だ。簡単にぶち破れるはずがない。 「だったら!」 ガンユニットを回転。逆刃となっていた刃を抜き放ち、ストライクの下へ潜り込むように伏せる。 ガンユニット表面を槍が削るのも構わず、左薙一閃。 『……!』 だがストライクは急上昇し、斬撃を遠慮なく避ける。 懐へ入り込んだというのに……マーキュリーレヴを再度回転させ、後退しながらガトリングでけん制。 放たれる弾幕をストライクは華麗に避けていく。さすがに……やる! 「間合いを詰められても引き離すぞ! そのための大剣だ!」 『なるほど……! なら何度でも突っ込んでやる!』 空中へ飛び上がり、機動戦開始。 (ここからは我慢比べだ) トオルの突撃を、その速度を、鋭さを……目に、身体に叩き込み、対応する。滲む汗ごとアームレイカーを握り締め、幾度も動かし、トリガーを引く。 (持ってくれよ……νガンダムヴレイブ) 狙うは一瞬……あとは、予測できることを、予測した通りに対応するだけ! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 機動力ではエールストライクには敵わない。しかも機体の体格差もあって、取り回しや小回りという部分でも負ける。 その分パワーや頑強さはνガンダムが上だけどさ。だからこそ、タツヤの基本戦法はカウンター狙いとなる。 ……問題があるとすれば、得物はデカすぎること。 威力はあるけど、甲剣式の設置方法で、他の武器との兼ね合いもある。振るい方も限られるし、発動前兆も決して小さくない。 そこさえ踏まえれば回避は難しくない……だから。 「タツヤくん……!」 「……押されちゃっているね、やっぱり」 数度目の突撃で左サイドアーマーがはじけ飛ぶ。 次は右腕が根本から潰され、今度は右太もも……派手にえぐれるものの、まだνガンダムヴレイブは立ち上がれた。 「でも、νガンダムもさすがに頑丈だ。トオルもクリーンヒットを取れない」 ≪我慢比べですねぇ。タツヤさんが”なにか狙っている”のは明白。 それを出す前に仕留めたいところですけど、下手に踏み込むことが発動スイッチになりかねない≫ 「あの突撃も様子見だっていうの!?」 ≪損傷も構わずって感じじゃありませんからね≫ 「なによりマーキュリーレヴを作ったのはトオルだ。癖を知り尽くして当然」 ………………そこで家の周囲に違和感を覚える。 地下だから音としては届きにくいけど、それでも伝わる軽い振動。 「ん……?」 フィアッセさんも感じ取ったのか、アホ毛をぴくぴくさせる。 それも幾つも……近くにトラックなんかも止めているっぽいね。それはずかずかと家へ入っていく。 鍵がかかっているはずなのに、平然と開けてきた。 ”……いいところで邪魔をしてくれる” ”どうしますか” ”当然こうする” 術式発動――家に入り込んだ奴らと、外で待機している奴らは全員結界内へ閉鎖。これで奴らは、この”現実”には触れられない。 ふふふふふ……TOKYO WARでのあれこれをほんと反省してね! 結界魔法、最優先で練習して、修得したんだ! ”後が大変ですよ……” ”上手くやるよ。それに……この勝負の邪魔だけはさせない” やっぱり人間積み重ねだと感動しながら、改めてバトルを見守る……。 ”二人には、悔いなんで残してほしくない” これは遊びだ。だから……最後まで全力で。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「νガンダムヴレイブ、ごめん……!」 僕がもっと上手く使えていれば……痛いよな、苦しいよな。 「だけど付き合ってもらう! 壊れたら僕が何度だって直す。何度だって強くしていく。 その覚悟ならこのひと月でついた。それを持って、数度目の突撃を真正面に捉える。 『守っているだけじゃ勝てないぜ!』 (知っているさ……) 『この程度か、タツヤ! お前の本気は!』 (そんなことは、よく知っている!) ……まだだ。 ギリギリを捉えなきゃ意味がない。 地面を斬り裂くように飛ぶストライクを、全身で受け止めるように停止。 ほんの数秒……いや、数瞬? 焦れったくなるほどの停止を飲み込み、恐怖を飲み込み……。 「――!」 ようやく、その瞬間を迎えた。 距離が三十メートルを切ったところで、左半身を突き出しブレードパージ。 大剣は全てが新規パーツではない。ある武装を基部代わりにして、接続していただけ。 刃が地面に落ちる事で、基部となっていた武装本体が露出。砲口がストライクを狙う。長大なそれは。 『レールガン、だとぉ!』 そう、レールガンだ。もちろん近接戦闘しながら、しっかりとチャージさせてもらった。 『ちぃ……!』 「もう遅い!」 トリガーを引くと、鋭く砲弾射出。 ……だが射出したのは向こうも同じだった。 いや、レールガンじゃない。槍の穂先が分離し、こちらへ飛んできた。 まさか……考える事は、やっぱり同じだと言うのか。 「……!」 それが楽しくなりながらも、アームレイカーをほんの少し前に出す。踏み出すように、前に……次の瞬間、ストライクの胴体に砲弾が着弾。 だがνガンダムヴレイブの左腕にも槍が突き刺さり爆発。 ……どうやら相殺はされなかったらしい。 左腕が二の腕から砕け散り、衝撃でこちらの体勢が崩れる。 それでも踏ん張っていると、大穴の空いたストライクが目の前で爆発。 それに巻き込まれ、今度こそνガンダムヴレイブは吹き飛んでしまう。更に爆発で機体各所が損傷。 ズタボロの状態で地面を滑るものの、残っていた両足でなんとか立ち上がり……青い空を仰ぎ見た。 「……勝った」 呟きながら、震える両手をぐっと握り締める。 「やった」 続く言葉は声にならず、ただかみ締める事しかできない。 ひと月……ひと月かけて、ようやく追いついた。それが嬉しくて、瞳から涙がこぼれた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ラストバトルの余韻も吹き飛ばす形で、僕達はタツヤに本当の事を告げなければいけなかった。 …………『遊び』は、もう終わりだということも。 「……恭文、くん……」 「……黙っていて、ごめん」 後片付けをした上で、僕達は家を出る。 「でも、これで終わりだ」 閉じ込めていた黒服達を解放すると、蹂躙するかのように仕事が再開された。そうして家のものが根こそぎ運びだされていく。 一緒に見たテレビやプレイヤー。 ディスク。 寝転がったじゅうたんやテーブル。 椅子などの調度品。 それに……地下のバトル装置も。 赤札が貼られ、次々と到着していくトラック達に運び込まれる。 その様子を家近くの坂から、僕達は静かに見下ろしていた。 「なに、これ……!」 そこで……Tシャツとジャージ姿の舞宙さんが……いちごさんと才華さんも慌ててやってきて。 「……ただごとじゃないよ……」 「け、警察……警察は必要!? いや、忍者はいるか! あの」 「必要ありませんよ、才華さん」 さすがにそれはアウトなので、改めて資格証を提示しながら……落ち着くようにと宥める。 「今回は警察や忍者が、表だって出張る暇はないんです」 「恭文君、どういうこと!?」 「サツキカンパニーが乗っ取られました」 「乗っ取られた!?」 「そもそも僕がここに来たのは、タツヤのお父さん……ユウキ社長からの依頼です。 ……乗っ取り阻止のために援助と協力を申し込んできた、不動産会社の子息がいる。 自分も対処のためしばらく動けないから、万が一に備えて、その子息と自分の息子達を護衛していてほしいと」 「じゃあ、沙羅さんは!?」 「沙羅さんは元々企業問題が専門の人で……その乗っ取りで、何らかの黒い動きがないかどうか"見張る役"だったんです」 タツヤはまだ事実が受け止めきれないのか、瞳を揺らし続ける。 「……本当だよ、まいさん……ほら!」 いちごさんが検索でもしたらしく、スマホの画面を見せてきた。 ……もう出回っているって辺りで、相当の根回しがあったのはすぐに窺えた。 「業界最大手、サツキカンパニー……合併吸収。 合併先は」 トラックには全て、『EASTER』のロゴ……。 「イースター社……!? それって、あの世界的大企業の!」 「実際のところ、法に触れるようなことは……ここに至るまで、一切発見できなかったそうです。 根回しについても、合法的……だから」 「だから、止められないの!? ”これ”を!」 「……まいさん」 「それで」 「大丈夫」 舞宙さんが怒って当然だよ。親もいない……子どもだけのところで、こんな、叩き出しを当然とするんだから。 それを分かっていながら止められない。なにもできないのが、本当に……情けなくて。 ……でも。 「確かに乗っ取りは止められない。それは僕や沙羅さん達の手の先にあるものだ」 「……恭文君?」 「――――舐められたツケは、払える奴に払ってもらう」 「なにか、手があるのかな」 「材料は揃っています。まぁ多少危ない橋も渡りますけど」 そう告げると、舞宙さん達も安堵の顔を見せる。 ……いや、舞宙さんは……”危ない橋”で表情が曇った。 「なに、するつもりかな」 「ちょっとした”おねだり”ですよ。それより……」 「強引な手を使うとは聞いていたけど、こんな……差し押さえ同然のことまでするなんてね……!」 問題はフィアッセさんの方だった。 「フィアッセさん……」 「……クリステラさん、先ほどから”コレ”なんです」 「怒りをここまで露わにするとはな。気丈な奴ではあるが、初めて見たぞ」 「ん……」 フィアッセさんは今まで見たことがないくらい、怒りを滲ませていて。 あの奇麗な爪で手を引き裂くんじゃないかと言わんばかりに、強く……強く手を握り締めていた。 ……ただまぁ、それも沙羅さんの調査結果なら当然だけど。 「……ごめん」 それでもフィアッセさんは、冷静さを取り戻し……本当に深い呼吸とともに、怒りを自分の中から叩き出す。 それでも険しい表情は変わらず、ただ、あの”処刑式”を見つめていて。 「イースター社には、私も……ちょっと因縁というか、逆恨みする程度の理由があってね」 「フィアッセさんが……!?」 「本当に個人的なことだよ」 フィアッセさんはそう吐き捨ててから、ゆっくりと向き直る。 自分の居場所を……大事なものをなくした、小さな王子様を。 「トオルくん」 「…………ラストバトル、楽しかったよな!」 フィアッセさんもさすがにと怒りを滲ませたのに、トオルは明るく笑い、空を仰ぎ見る。 ……昨日雨が降ったせいか、空と周囲の空気はとても澄んでいた。 それで、少し季節外れになったひぐらしの声も、あちらこちらで響き続けて……まるでこれから旅立つトオルを見送る、合唱のようだった。 「君は、大丈夫なのか。その」 「あぁ……会社を乗っ取られたことよりも、そこまでに無茶したのがなぁ。 多分あの差し押さえみたいなのも、そのせいだよ」 「……なら、父は……くそ……!」 「気にすんな!」 タツヤを励まし、トオルは笑いながらサムズアップ。そのおかげか、タツヤは顔を上げる。 「おかげでオレ達は出会えた」 「……トオル」 「……トオル、あの」 「ストップ」 僕の言わんとしていることを察したかのように……ううん、察するように、トオルが左手を挙げる。 「夜逃げとかそういうのはなし。フィアッセさんも、世界的な援助とかいいから」 「トオル、そうじゃなくて」 「いいんだ」 不要だと、ぴしゃりと拒絶する。それに面食らっていると、トオルは笑う……また笑う。 「うちの親父を甘く見るなっつーの! 一代でここまで成し遂げた……オレの親父だぜ!? 絶対に再起する!」 「……」 「だから……舞宙さん達も、ありがとな。ステージは行けそうにないけど、応援しているから」 ……長には、城を守れなかった責任がある。それを果たす義務がある。 そこから逃げることは許さない。息子の自分が許さない。というより、自分も逃げることは許さない。 トオルの言葉は……強がりなんかじゃなかった。恨み辛みも、何一つなかった。 ただ、その上で未来が叶えられる……そう信じていて……! 「大丈夫! ガンプラと同じだよ! 作って……壊して、また作って! 戦って壊れるのも、もっと強くなりたいって改造するのも同じ! だからオレ、ガンプラはやめないぜ? もう装置はないし、そんな余裕もなくなるかもしれない。 けど……それは休むだけだ! 必ず復帰して、まだまだお前に勝たないといけないしなぁ!」 「そして僕達は強くなる……か」 「そうさ!」 「……そっか……だったら、逃げられないよね! 戦わなきゃ、勝てないもの!」 「まいさん……」 「だから、だから……絶対、諦めちゃ……駄目だよ……!? 私も届けていくから!」 「……おう。男の約束だ」 トオルと舞宙さんは、握った右拳をぶつけ合って……。 「あのね……私は女だっつーの……!」 「……え」 「…………ちょっと、なんで引くの! ほら、見て! この外見を!」 その姿を見て、僕も静かに目を閉じる。 「いや、だって……新聞紙の遮光性がどうとかって言っていたし。ブログも見ていたら、うん……」 「何を感じ取ったの! アンタに女のなにが分かるのよー! ぐあぁぁぁぁぁぁ!」 「まいさん、落ち着いて! 理不尽だから! 致し方ないから!」 「そうそう、仕方ない……仕方ないんだよ?」 「これが!?」 ……逃げる選択なら幾らでもある。逃がす選択なら、本当にたくさんある。 「でもトオルくん、なんだったら……私達のホテルに泊まる? 私達ももうすぐ東京へ帰るし」 「あ、そうだよね。さすがに無一文で帰るのは……」 「それなら大丈夫。……あの人達が送ってくれるってさ」 「いや、でも……!」 「天下のイースター社だぜ? 下手なことしたら、どこぞのヤクザと変わらないよ」 だけど……それは侮辱だ。戦おうとする親子への、最大の侮辱だ。この哀れみは罪だ。 ≪これは法に触れない『正々堂々とした吸収合併』。だったらというわけですか≫ 「え、そういう感じ!? そこで利用しちゃうの!?」 「ふーん……やっぱりトオルくん、なかなかやる子なんだね」 「まぁなー♪」 だったら、僕がかざせるのは……。 流れていく時間に……変えられない今に、立ち向かうためには。 「……恭文くん」 そこで背中をポンと押される。慌てて目を開くと、ふーちゃんが笑って頷いていて。 泣いても、それでも大丈夫だと……だからそれに感謝し、もう一歩だけ踏み込み、声を送る。 「トオル、悪いけどそれはちょいストップ」 「……恭文、だからオレは」 「友達としては、それで納得するよ。 でもね……僕は忍者なんだよ」 「依頼なら、ちゃんと守ってくれた。だからオレ達は最高の夏休みを」 「まだ終わっていない!」 「――!」 分かっている。これは矛盾だ。だけど……まだ……まだできることがある。 「何より……こういう状況も想定していない僕だと思っているの?」 「いや、でも……」 「大丈夫。僕を信じて? 信じるものは救われるから。毎月のお布施も欠かすことなく信じ続ければ……」 「途端に怪しい発言をするなよ! つーかそれ、悪質な違法宗教だろ!」 ……じゃあ、ショータイムといこうか。 「まぁまぁ。それでも……借金関係を〇にはできると思うから」 「なんだってぇ!?」 「でも、会社を新しく作るとか……そういうのはトオルやお父さん達の手でやるんだよ?」 「ちょ、恭文君……なにするつもり!? それ、さっきの”危ない橋”だよね!」 ぴぽぱーっと……いやー、番号を聞いておいてよかったねー。 「あの、答えて!? 今ね、すっごく胃がキリキリしているの!」 「電話をかけるだけですよ。ユウキ塗料の社長と、イースターの星名一臣専務に……まずはイースターの方かなー」 「はぁ?!」 「父と星名専務に!?」 「いや、なんで!? つーかその笑顔……怖ぇよ! なにもかも踏み荒らす覚悟が見えて、マジで怖ぇんだよ!」 「大丈夫大丈夫ー」 出ないなー、出ないなー。まだかな……偉い人だから、忙しいのかなー? 「――――子どもを舐めてくれた腐った大人には、ツケを払わせるだけだから」 「だからなにするつもりだぁ!?」 「……あの、トオルくん……舞宙さん達もだけど、一つ言い忘れたことがあって」 「なんだこの状況で!」 「恭文くん、キレると相当ヤバいの……!」 でも…………。 「そして今、滅茶苦茶ブチギレています!」 「え……」 「「「えぇ……!」」」 もたもたしていると、勝手に爆弾を爆発させちゃうよ? “御前”のこととかさぁ。 (その8へ続く) あとがき 武蔵(FGO)「というわけで、予定よりちょーっと長くなった夏休みももうおしまい……でも、タツヤくんも、トオルくんも……あぁぁあぁあ! 時間ってなんて残酷なの!」 恭文「…………」 武蔵(FGO)「……恭文くん、落ち込まないで元気だして? ほら、今日の大爆死は明日の大勝利よ」 恭文「伊吹童子ぃ…………」 (説明しよう。蒼い古き鉄はFGOガチャで久々の大爆死。伊吹童子ピックアップで三百六十個の石を溶かしたのだ) 酒呑童子「でもまぁ、鬼滅で鬼退治の人達と一緒にいたんやろ? それやったら寄り付かんのも納得やけど」 恭文「………………ぁ」 酒呑童子「旦那はん……」 茨木童子「お前、そこを忘れるとかすっ飛ばすとか駄目だろ……もぐもぐ」 ヒカリ(しゅごキャラ)「この安倍川餅美味しいなぁ」 茨木童子「うむ。正月の予行練習で、吾がついたからな」 (蒼凪荘のイバラギン、幸せそうに大食いしゅごキャラと餅をもぐもぐ……もぐもぐ……) 武蔵(FGO)「仕方ないなぁ。じゃあ……お姉さんが慰めてあげる」 恭文「武蔵ちゃん……なにが、狙いなの?」 武蔵(FGO)「それひどくない!?」 恭文「だって、最近ずーっと静香ちゃん静香ちゃんーって言っていたでしょ! 同人誌の一件以来更に警戒されたから!」 武蔵(FGO)「今回は違うから! そういうのじゃなくて……ん……恭文くんにも、ちゃんと私の気持ちとか……伝えていかなきゃ駄目だなって、反省したの」 恭文「武蔵ちゃん……」 武蔵(FGO)「だって……」 胡蝶しのぶ「……ここは本当に平和な世界なんですねぇ。たまにならお邪魔するのもいいかもしれません」 武蔵(FGO)「またお嫁さん連れてきたし……!」 恭文「しのぶはそういうのじゃないよ!?」 (グラブルコラボでいろいろあったらしい。 本日のED:LiSA『炎』) 恭文「でもグラブル鬼滅コラボでストーリーも終わったけど……切なさもあるなぁ。 あの後無限列車編やらで……だもの」 しのぶ「えぇ……だから驚きましたよ。私の、個人的な敵討ちも助けてくれましたし。みんなの治療や支援で凄く手厚く助けてしてくれましたし」 ルルーシュ「……やったのか、お前」 しのぶ「やってくれたんですよー。恭文くんは私をお嫁さんにしたいがために、命がけで馬鹿みたいに戦って、好感度を稼ごうとしていたんですー。 それで私を家にまで連れてきて……一体どこまで惚れ込まれたのかと、心配になっちゃいました」 ルルーシュ「やはりか……」 スザク「まぁ、カレンにもあれだったし、察してはいたけどさ。 でもカレンもちょっと気にしていたから、ちゃんと話してあげてほしい」 恭文「待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! そこまでしていない! そんなことはしていない! というかそんな理由じゃないー!」 マシュ「あの、恭文先輩……それでしたらフェイトさん達をなんとかしていただけますか!? 京都の方がもう、ロボットが出るやらなんやで大騒ぎなんです!」 恭文「あぁ、ゲッターロボでしょ? 大丈夫大丈夫……竜馬さん達なら安倍晴明だって倒せるさ」 マシュ「どういう根拠で仰っていますか、それ!」 古鉄≪……実際に倒したからですよ。似たような状況で≫ マシュ「え!?」 (おしまい) [*前へ][次へ#] [戻る] |