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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2008年・風都その4 『Vの蒼穹/FREEDOM』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2008年・風都その4 『Vの蒼穹/FREEDOM』



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……だったら、私も一緒だよ」


だから私も……恭文くんが離れないように、もう一度手を伸ばして……ぎゅっと握り返した。

ぼろぼろになった部屋の中、恭文くんが驚いた顔をして。


「私も、風都には一緒に行く」

「え、なんで?」

「その問いかけもひどいんだがなぁ……!」

≪……?≫


……あの、ファングメモリ……だっけ? 恭文くんの頭に乗っかりながら、首を傾げないで? というか、いきなり仲良くなりすぎだから!


「最後まで見届ける」

「いや、ふーちゃんは」

「また答えを聞いていない!」

「ふーちゃんは、忍者にスカウトされていないよね? 僕、滞在費とか払えないよ?」

「そこじゃないんだよ!」

「そこ以外にないでしょうが!」


そうだ、迷いなんてなかった。


「蒼凪君、とりあえず……彼女の話を聞いてあげようか」

「駄目ですよ! 劉さん、ふーちゃんがどれだけヤバいか話しましたよね! 絶対止めるって言いましたよね!」

「分かっている……! でもほら、聞かないと余計ヤバいことになるから……豊川さん」

「恭文くんは、私と一緒に戻ってくるの! それでちゃんと苺花ちゃんとも仲直りするの! もらったエールにも応えるの!
そうだよ……恭文くんは私を道連れにするんだから……それが嫌なら……」


私が命を賭けることで……怖くても命を晒すことで、恭文くんの重しになれるのなら。


「恭文くんは、自分も、泣いていた子も、私も……みんな守って、ハッピーエンドにするしか……ないんだから――!
それで……私も今度は絶対に逃げない! 恭文くんが助けたい子なら、私も手を伸ばす! 絶対……絶対力になるから!」

「いや、だからふーちゃんって、家が近所で幼なじみってだけで……そんな重たいことをする関係じゃないよね」


重しになれるのなら…………そう思っていたのに、またとんでもない一言が投げつけられる。


「うん、だから……もういいの。ふーちゃんは家に戻っていてよ。おじさん達も心配するし」

「お前さん、マジか……!」

「もう一度言うけど、僕は……ふーちゃんの滞在費まで賄えないの。賄っていいかどうかも劉さんに聞かないと分からないの。
更に言えば、戻ってくるとかそういうのいらない。死なば諸共こそ正義だから。だから……ね? ゴートゥーハウス」

「しかもだめ押ししおったぞい! ちょ、ミカゲー! お前さんどういう教育をしとったんじゃ!」

≪ちょっとちょっと……なにが共感性ですか。なにが感受性ですか。
そもそも一番身近な人のことを何一つ理解していないでしょ≫

「というより、年齢を考えれば“この手の話”がまだ早すぎるんじゃないかしら」

「いや、これについては、その……なんと言いましょうか」


そう、逃げ場なんてない。


「はいはい大人どもも納得して! というか……さっきのを見れば分かるでしょ! ふーちゃんはキレると僕よりヤバいんです!
そもそも許されるって選択肢を相手に与えないから! 僕は選択肢をちらつかせた上で、はしごを落とすのが好きだけど……ふーちゃんはそれすら許さないんだから!」

「それはどっちもどっち……ちょっと待ちなさい。
だったらどうしてそんな子を連れてきちゃったのよ」

「そうだよ! 誰!? いや、ヘイハチさんしかいないけどさぁ! 僕は劉さんに“絶対ふーちゃんだけにはなにも教えないで”―ってお願いしたし!」

「お願いされたね。……トウゴウさん、その辺りは」

「ワシに言われても困るぞい! その子……包丁片手に、話をさせろって迫ってきとったし……!」

≪迫りましたねぇ。しかも無自覚だったから、お父さん達も慌てていましたよ≫

「でしたら余計に察していけたでしょう……」


だから……これが本当の意味で、最初の選択。


「坊や……」

「包丁のことなら……覚えが、あります」

「……絶望ね」

「嫌ですよ、僕。自分の命最優先なのに、ふーちゃんのことまで責任を持つとか……絶対嫌ですよ? シュラウドさん、頑張ってくれますか?」

「頑張りたくても、多分側にはいられないでしょうから……」

「ですよね……!」

「…………なにをごちゃごちゃ言っているの!?」

「「あ、はい」」


そう、もう結論は出た。出てしまった。


「分かっているよ! 恭文くんが今一番好きなのはお姉さんなんだよね! ずーっとずーっと憧れて、大好きで! こうなりたいって思って……」

「なんじゃとぉ!?」

「あぁ、そういうことね……。それで忍者のあなたも聞いてはいたと」

「というか、察していけました。ですので……えぇ、とても複雑なんです」

「でも、私だって諦めきれない……だから一緒に行くよ!
それに恭文くんは魔法使いなんだよね! だからメモリとも引き合ったなら……きっとできるもの!」

「あの、だからふーちゃんの滞在費は払えないんだよ。僕は自分の世話だけで精一杯なんだから」

「今すぐ発言を控えるんじゃよ! なんで死体にむち打つ……というかそんなやべー相手を刺激するなぁ!」

「……もちろん、分かっているよ。恭文くんは私を危ない目に遭わせないようにって……でもそれは駄目!」

「いや、その前にふーちゃんは人を殺しかねないんだって。僕と違って衝動的にやりかねないんだって。死なば諸共じゃなくて一方的に殺戮しかねないんだって」


恭文くんに……大好きな子に踏み込むと決めた、最初の選択。


「恭文くんがそこまで好き勝手したいなら、私のことだって利用していいよ! それで苺花ちゃんになにもできなかったことも許してもらえるなら……なにをしたっていいよ!」

「ねぇ、話を聞いて? さすがにね、風海さんやおじさん達にも悪いの。僕、嫌だよ?
風都に行ったら、ふーちゃんが何人か殺しちゃいましたーって報告するのは。それ、僕の役割になるよね? どんな顔で話せばいいの?」

「笑って話してくれていいよ! らんらんるーって!」

「お嬢さん、さすがにそれは無茶ぶりよ……」

「嫌だよそんなサイコパスみたいな真似……。
僕が一番嫌いなのは暴力だってよく知っているよね?」

「お前今すぐ今までの行動を振り返れぇ! それ絶対嘘じゃろうがぁ!」

「え、これは愛ですよ。鳴海荘吉が米沢のおじさんをかばい立てした以上、そういうルールになっているんです」

「なんじゃその地獄!」


障害のあるなしとか、普通がどうとか、私にはよく分からない。だけど、一つだけ胸を張って言えることがある。


「もう手を離さない……私は、絶対に離さないから!」

「分かった。……お前達、これ以上言い訳を続けるなら……僕はふーちゃんを殴る。蹴る……暴力を振るう。
言い訳一つごとに三つの暴力が飛ぶと思え。その判断は僕がする。お前達に決定権はない。
それでもいいっていうなら……どうぞ今みたいな話を続けるといいさ。ふーちゃんは多分死ぬだろうけどね」

「そうそう…………ちょっとぉ!?」

≪ちょっと、平然と人質に取ってきたんですけど。迷いが全くないんですけど≫

「もう無理……というか、ふーちゃんをこれ以上怒らせるよりマシでしょうが! 言っておくけど、僕よりヤバいからね!?」

≪さっき聞きましたって。というか、あなたも十分ヤバいんですよ。お似合い過ぎる程度にはヤバいんですよ≫

「……シュラウドちゃん、やっぱもう二本メモリ、作ろうか。恭文と風花ちゃんには必要じゃ」

「こういうことのためにあるものじゃないわよ……!」


私はいつだって、誰かのために頑張るこの子が……そんな優しさを失わないこの子が、大好きなんだって。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……話し合いは実に上手くいった。まぁ、蒼凪君と豊川さんのキレ具合に対処するのは大変だが……それでも上手くは進んだ。

特に懸念事項だった部分は予想外に良好着地できたので、早速本部の沙羅さんに連絡を取る。


ひとまず……『はぁぁぁぁぁぁぁ!?』なんて叫びが聞こえてくる豊川家には、背を向けながらだ……!


『そうですか……』

「沙羅さん、予算……でますかねぇ。その、状況的に豊川さんも狙われる危険がありますし……何より今の調子だと、乗り込んできそうで」

『……相当あぶないんですよね?』

「……鳴海荘吉に、熱湯入りのポットを、容赦なく投げつけましたからね。それも頭に」

『しかも自覚がない初恋についてのあれこれも読み取った上で……はぁぁぁぁぁぁぁあ…………』


すまない、沙羅さん。私が無力だったばかりに……! だが彼女は、うん……怖い。本当に怖い。


『では、そのメモリガジェット、でしたね。そのライブラリもこちらには』

「提供してくれるそうです。
更にシュラウド氏についても、一度鳴海氏から引きはがす方向で決定。もちろん所在は蒼凪くんには伝えない」

『その方がいいですね。しかし……まさかライブラリ……部材データの価値まで知っているとは』

「その上最初のときも、咄嗟に鳴海荘吉へのトラップも仕掛けていた」

『……レポートの様子からも見て思いましたけど、あの子はただの子どもじゃありませんね』

「障害を言い訳にしているなんて、とんだ誤解ですよ。……あの子は現時点で、ただの子どもより何倍も努力している。
そんな子が利用される覚悟で振る舞ってくれていたからこそ、ミセスシュラウドの確保も上手くいった」


……実は今回我々が喉から手が出るほどほしかったのは、鳴海荘吉の協力ではない。

いや、一応それに連なるものだが……あのシュラウド氏の身柄と、その知恵を絶対に確保したかった。

もっと言えば、鳴海荘吉が保有しているであろうドーパントへの対抗手段……それを構築した人間が保有するライブラリだ。


いわゆる工業製品……スマホなどでも、ネジ一本から様々な部材検証が成されている。

高圧、低圧、高温、低温……様々な環境下で動作を確かめ、その生産コストから計算され尽くした上で作られている。これが軍用製品……蒼凪が作る戦闘用デバイスなどなら余計にだ。

だが一つの新しい製品を作るとき、それを一から全てやることはほとんどない。過去の実験・運用データを元に、ある程度流用ものは引っ張る。その上で新規部材とのフィッティングを行う。


それゆえに工業製品の部材データは、それ自体が“金の卵”。なにせ基礎データそのものが腐ることはほぼ永久にない。これはどんな分野でもそうだ。

なお、この辺り……今はもう使われないような古い技術も含まれる。そういうものでも検証の手間を省く要因になるし、今後の技術発展などでリメイクや再評価がされる場合もあるからだ。


……まず我々PSAがこの事件に介入するのなら、必要なのは戦力ではなく知識……そういう装備面からのフォローだった。

無論うちでも装備開発部は存在しているが、相手は超常的な怪人。そんな奴相手の装備を一から作ろうとすれば、当然年単位の時間がかかる。

まずドーパントの肉体強度や性質、それに対しての有効な攻撃威力の割り出し……やる仕事が山のようにあるためにな。当然現場での……命がけの“実験”も繰り返す必要がある。


この辺りは……あぁ、そうだな。平成ライダー第一作にして不動の名作≪仮面ライダークウガ≫を思い出すといいかもしれない。

未確認生命体第四号だけで、敵である他の未確認生命体……グロンギを倒していたわけではない。警察も相応の犠牲と痛みを払いながら、グロンギという驚異について解析し、戦う力を備えていった。

グロンギが起こす殺人ゲームのルールを紐解き、対策を整え、切り札としての第四号……クウガをサポートする。


どうしてもこういうとき無力な存在として扱われがちな警察も、世界を守るヒーローとして描かれている……素晴らしい作品だと思う。

……っと、話が逸れたな。とにかく今回については、そこまでの時間と経過を積み重ねる余裕はない。その間に蒼凪君はどんな状態になるか分かったものではない。もちろん鳴海氏もだ。

となれば……多少強引な手を使ってでも、それらのデータを握っている人間……今回の場合はミセスシュラウドを確保し、協力を確約させるのが必須というわけだ。


最低でも前線に出張る人間には、そのデータは有用な物として働いていくだろう。さすがに装備を隅から隅まで支給は難しいかもしれないが……それでも“今後のこと”に備えることはできる。

そのために六歳の子どもをダシにしたことには、心も痛むが……その当人が、利用されるつもり満々だからなぁ……!


「……普通我々は悪い大人になるのでしょうが、あの年にしてその清濁を飲み込む覚悟まで備えているというのは……これがなかなか」

『きっちり確認した方がよさそうですね。
しかも……立ち木打ちをその年でこなし、薬丸自顕流の教えも遵守しているのでしょう?』

「だから彼の“殺す”は子どもの強がりやハッタリなどではないし、その体つきと体力もやはり一般の子どもを大きく超えている。
……鳴海氏はその辺り、まだ甘く見ているようですが」

『で、当人は』

「ドライバーとメモリ、メモリガジェットを没収した上で、適当に放り出しました」

『いいんですか?』

「見張りは付けていますから。それに……他の協力者についても、きっちりリストアップする必要があります」


折れた腕は一応繋ぎ治してあげたし、問題はないだろう。それよりもこの状況を崩そうと、無駄なあがきをしてもらわなくてはいけない。

ミセスシュラウド氏が裏切り同然にこっちへ付いた以上、元々のツテをフル活用する。そこからじっくり潰していくわけだ。


「それで、タイミングを見計らって……芋づる式に」

『直接蒼凪君を叩きのめすという方向も考えられますが』

「できるものならやってみるといいですよ」


それは無理だと確信している。教えられた期間や内容にもよるが……庭先に出て、あの立ち木を見る。


「庭先に、太い立ち木を打ち込んであるんですよ」

『えぇ』

「直径二メートルほどの、しっかりとした柿の木です。
それがですね、五十センチ近くえぐれているんです。たった半年足らずの間に……信じられますか? それを、六歳の子どもがやったんです」

『信じられませんね』

「私もです」


……毎日毎日額面通りに打ち込みを続けなければ、生まれないような抉れを……時間が有り余っている子どもとはいえ、これは驚異的だ。


「だが一つ、謎が紐解けた」

『御影という師が、そこまで徹底的に教えていたとなれば……親御さんが心配するのも頷けますが』

「“こういう状況を想定していた”のなら話は別です」

『そこまで予測していたと?』

「彼と親しかったヘイハチ氏は、そう仰っていました。……しかもそれは正しかった」

『そのこと、蒼凪くんは』

「既に気づいています。“残酷な現実”も……鳴海荘吉を救いようがないことも含めて」

『…………後者については、私達の罪です』

「えぇ」


残念だが、鳴海荘吉は救えない。街を守ってきたヒーローなどとしては扱えない。彼には負け犬となってもらわなくてはいけない。

彼の戦いは、決断は、その全てが間違っていた。そうでなくてはいけない。

我々にできることがあるとすれば、彼が間違えたくて間違えた人間ではないと……情状酌量もあると示すことだけだろう。それもきちんとした法の裁きと、彼自身の反省を経た上でのことだ。


だが……それすら危うい現状に、彼がこれ以上無頓着でいれば……。


「……それより、会長は」

『先ほどロンドンからお戻りになりました。
……手ぐすね引いて待っていますよ? 噂のクレイジーボーイを』

「それはなにより……ではこちらの引き継ぎが終了次第、早速顔合わせということで」

『はい。それまではよろしくお願いします』


通話を終了し、スマホを仕舞っておく。……これでまず一つ……泥臭いやり方だが、前に進めたな。

だが彼にも改めて、しっかりと話をしなければ、理知的な面が強くて気づきにくいが……相当……ヤバいキレ方をしているからな。

だが、その原因についても既に聞いている。“先ほどの件“でも理解した。


(……背負う覚悟をしなければな)


鳴海荘吉……あなたが想定している“自分のこだわりを貫ける優しい未来”来は、どこにもない。あなた達だけが我慢をしないで済む未来は、もうあなた達自身がぶち壊した。

彼はあなたやご両親によって、本当に大切な物を破壊されているんです。心の支えになっていたものを……徹底的に。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


園咲……その名に課せられた使命はとても重たい。ゆえに相応の責任も果たさなければならないけど…………私は今、その資質から疑われていた。

こうして食卓を囲んでいても分かる。上座の父親が私にはなんの興味も抱いておらず、ローカルアイドル気取りの妹は私をあざ笑っている。

和やかに見えても、何一つ暖かさはない。少なくとも私には、それが向けられることはなかった。


「――でも……戦子万雷(せんじ ばんらい)さんでしたっけ? お姉様の会社(ディガル・コーポレーション)で警備インストラクターを務めている方。
なんでもあの≪戦争の記憶≪ウォーズメモリ)≫に適合しただけではなく、うちのベテラン護衛役も一蹴するなんて……凄い方なんですね」

「幼少期から戦地を回っていただけあって、腕は相当に立つとの触れ込みだったけど……正直私も驚きだったわ。ドーパントとなっての戦闘にもそれが生かせるんだから」

「だからお姉様も気に入って……なんて、素敵だわー。……でも、それなら先日の一件でもお連れになっていれば……あんなことにはならなかったのにー」


…………その言い方が癪に障る。この子は明らかに私を嗤っている。


「でもほんと、お姉様って幸運ですわね。両目まで潰されたのに、それを出来損ないと馬鹿にしていたあの子に治してもらうんだから」

「……ジーンメモリ……遺伝子の記憶があればこそでしょ」

「でも適合する人間がミュージアムにはいなかった。だったら……やっぱりあの子は魔法使いなのね! えぇ、間違いないわ!」

「…………」


そう……私の傷は治してもらった。ジーンメモリによる遺伝子操作で、肉体を再生して……それも屈辱だった。

この園咲冴子があざ笑われている。お父様に甘やかされて、アイドルなんてお遊びに興じている子ども程度に……!


「まぁまぁ……そこについては私の責任もあるよ。
彼はまだ試用期間中だったし、ウィザードメモリについては組織内でもトップシークレットだった……なにせ、新たなゴールドメモリを創成する計画だったからね」

「……そう言っていただけると、助かります」

「で、彼についてはそこまで警戒していたことも不正解……取り越し苦労だったのかな? それとも」

「正解の方でした。戦子万雷は経歴を隠していましたが……NETという国際的テロ組織の幹部として、FBIにも指名手配されています」

「まぁ怖い! テロリストさんだったなんて……さすがはお姉様が気になられた殿方だわ」

「……私、そこまで男の趣味が悪いような失態……晒したかしら」


さすがにそれはないと視線を厳しくすると、若菜はクスクス笑って舌を出す。……この子は……!

いらだち気味にテリーヌを……奇麗に切り分け、口に入れる。でも今は味なんて分からない。分かるはずがない。


「ただ……その辺りをツツいたところ、相応の資金提供が受けられることになりました。
『財団X』から出資された増額分も合わせると、手が回らなかった設備投資問題は解消できそうです」

「そうか。では冴子、上手くやってくれるか? ……ウォーズメモリもちゃんと、仕掛けは施しているんだろうね」

「えぇ」


だからいざというときは問題ない。ウィザードメモリほどではないとしても、あの男が適合したウォーズメモリも……シルバーメモリとしてはかなりの力を発揮する。注意をするに超したことはない。


「あと、その男は彼女に近づけないようにしておいてくれ」


…………そこで胸にくすぶるものが生まれる。いえ、ずっとくすぶり続けている炎だった。


「さすがに彼女を、テロリストの仲間にしたくはないのでね」

「それは私も賛成! あの子はそういうのが似合わない子だもの!
……あぁ……でも早く戻ってこないかしら! お食事は暖めればいいけど、お仕事前にちょっと遊びたかったのに!」

「はははは……若菜は本当に彼女が気に入ったようだね。まぁミックもだが」

「にゃあー」

「それはもう! なにせお姉様ですら適合に失敗した……あのウィザードメモリを使いこなす凄い子だもの!」


炎が燃え上がる。私が……ただ私だけが、この中で阻害されていくから。


「まぁそこは仕方ないだろう。あれは適合条件が特殊すぎるし……ただ、彼女が我々の目的に賛同してくれたのは幸運だったよ。そうでなければスペアの少年ともども“可哀想なこと“をするしかなかった」

「……やっぱり、辛い思いをしてきたのよね。今だってメモリの使用で身体に不都合がないかどうか……飲んでいるお薬とのミスマッチがないかどうか、念入りに検査中でしょ?」

「今回はスペアとのリンクも相当強かったようだからね。いや……彼女が、彼らがそれを望んでいた……それを魔導師の記憶が叶えたと言うべきだろうか」

「そのスペアの子も、味方をしてくれるかしら」

「私はそのつもりだよ。ただ……彼女はどうも、その点については無理ではないかと思っているようでね」


そうだ、もともと魔導師の記憶は……私が使うはずのメモリだった。私がテストしたものだった。

なのに魔導師は拒絶した。この私を……園咲冴子を……! しかも、それだけならまだしも、あの……発達障害とか言う、訳の分からない障害を抱えた出来損ない二人に適合した。

しかもそのうち一人には……六歳の子どもに、メモリを初めて使う子どもに負けて、メモリブレイクを受ける失態まで……!


「あら、どうしてかしら。だってその子も同じ病気で、嫌な思いもいっぱいしてきたのよね」

「だからこそだよ。……彼は同じ病気の人間も、そうでない人間も……困っているなら助けようとする。そういう優しい子だからと……少し寂しげにね」

「そう……難しいわね。そういう子だから、ウィザードメモリに適合したんでしょうけど」

「そして冴子も一蹴された」

「………………!」

「おや、どうした……冴子。食が進んでいないようだが」

「いえ……先ほど話した設備投資の件で、引っかかったことがあっただけ……ですので」


平静を装い、またテリーヌを切り分ける。……もう皿なんてぶちまけたい程度にははらわたが煮えくりかえっているけど……今は駄目……駄目だ……!

今抗っても、この男には勝てない。若菜はどもかくこの男は無理だ。


「お父様」

「あの子と少年が直接戦わない形で、上手く話を回してみよう」

「よろしいんですか?」

「なに……あの子ももう“彼女がこちらにいること”には気づいている。
…………それに若菜……私もお前と同じく、あの子が気に入っているんだよ」

「お父様……!」

「直接会ってみたいじゃないか。私の≪恐怖≫にも屈することなく、その目的を正しいと選び取ってくれた……そんな強い彼女が、そこまで心を許す少年だ」

「えぇ! きっと あの子に負けないくらい、素敵な子だって思うわ!」


なにが素敵よ。なにが……あんななんのために生まれたかも分からない、出来損ないの子どもが……私より上であっていいわけがない……!

隙を見つける。その上で二人揃って……そうよ、戦子万雷に押しつければいい。あの男はおもしろい話も持ってきてくれたもの。

GC――グラスチルドレンプロジェクト。それに入れ込めば、魔導師の記憶はもうあんな出来損ないに適合しない。


今度こそ……私に……恐怖すら倒す魔法の力は微笑んでくれる――!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


最悪だ……最悪極まりない。シュラウドまでまさか、あんな奴らに付くとは。ドライバーも、メモリも、スタッグフォンも奪われていた。

親父さん達も連行され、坊主もそのまま……こうなれば俺が全てなんとかするしかない。権力にこびない男の戦い方で、奴らが無駄死にしないうちに止める。

そう決意しつつ、元々別に持っていた携帯電話で……風都の檀家に連絡しておく。


するとその男は、神妙な様子でこう告げてきて……。


『――――実は……まだ確証はないんだが、ミュージアムは業務拡大のために動き始めている』

「……風都以外での商売を始めるつもりか」

『そのためにエージェントをあっちこっち視察に向かわせているらしい。
スポンサーからかなり多額の資金援助もあったようだし、その東京での実験もそんな業務の一環だろう』

「忙しいことだ」

『鳴海さん。もうそろそろアンタの手に負えない状況になってきていると思うよ?』

「それを決めるのは俺だ。そして……俺は奴らには決して折れない」

『そうだったなぁ。だが、警察はそうもいかない。
ここ十年でドーパント犯罪に対して後手後手だったのもあって、警視庁の方もしびれを切らしている。
アンタが聞いたっていう専門捜査部署についても、大本からのてこ入れって面が大きいそうだ』


やはり……くそ、それで無駄に死人を出すつもりか。


(風都のことは風都の人間に任せればいい……たったそれだけのことが、なぜ分からない)


路上を歩きながら胸の内で愚痴っていると、坊主が通っていた幼稚園も見えてきた。

一応、どういう奴かくらいは調べておこうと思ってな。そうして男として話せば、もうあんな駄々をごねることもないだろう。


「馬鹿なことを……」

『それはアンタや俺達が、いわゆる渡世の人間だからさ』

「極道になったつもりはない」

『同じことだよ、鳴海さん。……実際風都内でも、散々問題提起はされているじゃないか。
ドーパント犯罪を取り締まるとはどういうことか……それはメモリを使用した人間に、きちんと法の裁きを受けさせることだと』

「ドーパントになった奴らは、人間じゃない。人の心を捨て去っている」

『だがドーパントにならなくたって、人間は悪いことをするじゃないか。アンタが名探偵と謳われながらも、たびたび法の目をかいくぐり、暴れているみたいにさ』

「…………」

『もちろん俺もだが……まぁ、つまりそういうことだ』

「哲学にも興味はないな」


それでもこれしかない。俺がこの手を血に染めてでも、翔太郎のように……風都を愛する者達の命を守る。その誇りを守る。

そうすれば必ず、奴らを倒すチャンスも来る。俺はそれまで戦い続ける……それだけでいい。それだけのことだったんだ。


……それを邪魔するのなら……それもあんな子どもを利用して介入するというのなら、奴らに靡く理由はない。シュラウド……文音についても見損なったと言うしかない。


「なにか新しいことが分かったら、早めに頼む」

『分かった』


電話を終えて……痛む左腕を引きずりながらも、幼稚園の入り口をくぐる。

……が、ドアがしっかりと施錠されていた。入ろうとしても入れないので目を細めていると。


「……あの、なにかご用でしょうか」


五十代ほどの女性職員が、不審げにやってきた。……世知辛い世の中になったものだと、用件を告げると……彼女は俺を園長室にまで入れてくれる。


「そうでしたか。蒼凪くんの……」

「物騒な暴力も教わって、親父さん達も手を焼いている。こっちでは止めなかったのか」

「……失礼ですが、蒼凪くんのことはどこまでご存じですか?」

「アイツが発達障害なんて、わけの分からない言い訳で甘ったれている……その程度なら分かる」

「とんでもないことを言わないでください!」


すると園長が急に激怒。それも俺が非常識で、あり得ないという様子で……。


「失礼……ですが、あなたの発言は非常識な差別です。
蒼凪くんが患っているものは、命や生活にも差し障りがでる立派な“遺伝子と脳機能の障害”ですから」

「だがアイツは普通に話せるし、手や足だったある。目だって見える」

「でしたら逆にお聞きします。あなたが彼と同じ発達障害ではないという証拠はどこにありますか」

「馬鹿を言うな。俺はそんな言い訳をしたことはない」

「そんな言い訳を“運良くしなくてすんだだけ”……そうではないという証拠は、どこかと聞いています」

「………………」


なぜだ。なぜそこまでそんな言い訳に気を遣う。正直理解できなかった。大体そう言うものは知恵遅れと言うものだろう。だったら坊主は違うはずだと言うのに……あぁ、もういい。

ここで揉めても、なにも話が聞けない。納得はいかないが、適当に合わせるとしよう。


「……それで、坊主の様子は」

「帰ってください」

「まだ聞きたいことがある。この園ではどういう様子だった。友達はいるのか」

「あなた、本当に蒼凪さんのお知り合いですか?」

「探偵だ。依頼を受けている。それは説明した通りだ」

「そうですか……では、少々待ってください。資料を持ってきますので」


すると園長は部屋から出て…………ドアの付近まで近づき、聞き耳を立てると……。


『はい……はい。探偵を名乗っていますが……鳴海荘吉と。
はい……すぐに来ていただけますか。当園に通う児童……そのご家庭へ、重大な加害をぶつけかねない様子で』

「ち……」


ここまでか……仕方ないと園長が使っていたデスクのすぐ後ろ……日が差し込む窓を開けて、素早く抜け出す。

靴下のまま靴を置いた玄関まで……気配に気をつけて周り込み、靴を回収。すぐに園から離れていく。


「全く……最近の先生というのはみんなああなのか?」


なぜああまで坊主の肩を持つ。そんなものはみんなのために我慢して、普通にしていれば済む……そういうものだ。


(それがアイツの、家族として飲み込むべき筋だろうに)


現に親父さん達だってそれを望んでいる。だから俺は。


「…………なんだお前!」

「怪しい奴! 警察だ警察!」

「……俺は探偵だ、坊主ども」


そこで絡んできた活発そうな子ども達が……仕方ないのでしゃがんで、軽く目線を合わせる。というか、一つ聞いてみよう。


「そうだ……お前達、蒼凪恭文という坊主については知っているか」

「あぁ……あの、変な奴……?」

「変?」

「だって、幽霊とか見えるーって嘘吐くし、お歌やダンスもずれずれだし、積み木組むのも下手だし」

「猫耳や尻尾も生えるし、妖怪だもんなー。それに、前に先生を蹴り飛ばして怪我させていたし」

「なんだと」

「あれ……あれ……アレルギーがどうとかで、食わず嫌いしてた子を叱っていただけなのに、げしーって。
……そうだ! それでその先生が逮捕されたって言ってた! 理不尽だよな!」

「そうだそうだ! それで表彰もされたって! おかしいよな! 好き嫌いは駄目だって、うちの母ちゃんも言っていたのに!」


……大人にまで暴力を振るうことは、普通だったのか。なのに……くそ、だったらあの園長もとんだ狸じゃないか。


「……二人とも、何をしているのー!」

「あ、先生だ!」

「……行ってやれ。
教えてくれてありがとうな」

「うん!」


……去って行く子ども達を見送ってから、素早く駆け出し……。


「…………こら、待ちなさい!」

「あぁ、園長先生……どうされたのですか」

「不審者です! 当園の子どもに危害を加えようとしています!」

「えぇ!?」


とんだ風評被害だと……遠慮なく兵を乗り越え、そのまま幼稚園を出た。もちろんその場からは全力で離れる。

大したことは分からなかったが……いや、よく分かった。やはり俺の考えは間違っていない。


「坊主はメモリの力に取り込まれている……もう間違いない。
……発達障害などという言い訳に甘えさせていたのも原因だな」


だったら、探偵として……男として、人の親としてやることは一つだ。


「俺が正すしかない……か」


俺は決して折れない。今日やられたのだって、ただ異能力なんて出てきたためだ。そうでなければなんの問題もない。


「幽霊なんて見えなくてもいい。歌やダンスも人の五倍練習すればいい……たったそれだけなんだよ、坊主」


親父さん達が捉えられた今、その愛情を伝えられるのは、もう俺だけだ。


「待っていろ。――お前の目は、必ず……俺が覚ます」


お前は普通だ。障害者なんかじゃない。そう信じて、親父さん達のために我慢をする……それだけでいいのだと。

きっとそれは伝えられる。俺が男の姿勢を見せつければ、きっと坊主も思い出す。


……あのとき、お前はその勇気が出せる奴だった。それは、障害なんて言葉を言い訳にしている半端者には……決してできない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


本当にとんでもない人がいたものだと思う。発達障害者支援法もできて、これからちょっとずついろんな形での支援を考えていこうというときに……でも、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。

私だって数年前まで、そういうものがあるとは知らなかった。蒼凪くんが実例で……凄く手を焼かされてもいるし。


ただ……それでも、あの子が誤解されたままというのは、教職に就いているものとしても見過ごせない。……なので。


「――はい。というわけで、今日の特別授業はアレルギーについてです。
少し前、悪い先生のせいで……とっても悲しいことがあったので、改めてお話することにしました」

「園長せんせー! それって好き嫌いじゃないんですかー!」

「そうだよなー! そんなの、んぐーって我慢すればいいだけだしー!」

「わたし、ピーマン嫌いだけど息を止めたら食べられるよー」

「とんでもない……アレルギーを持っている人が、駄目なものを食べると……最悪死んでしまうんです」

『嘘だー!』

「本当です」


……大きめの教室に集まってくれたみんなに、そう告げたところ……一斉にその表情が凍り付く。

私が本気で、迷いもなく、まじめに言っていることが……ちゃんと伝わったようでなにより。


「だから夏休み前に倒れたともやくんも、怖くてこの幼稚園に来られなくなっています。別の幼稚園に通うということもできません」

「…………え…………」

「それと、蒼凪くんを……恭文くんを悪く言う子がいると、園長先生も聞いていますが……とても悲しいことです。
もし恭文くんがあのとき、悪い先生をやっつけて、ともやくんに応急処置……助ける行動を取らなかったら、ともやくんは間違いなく死んでいました」

『え…………!?』

「なのでまぁ、みんなのお父さんお母さんにはプリントを通してお話していますけど、みんなにも改めて……私達で分かりやすく説明したいと思います。ちゃんと聞いてくださいね」

『は……はい!』


――この仕事をしていて思う。普通とはなんだろうと。

普通にやればいい、普通にしていればいい……その言葉を私達は、必ず自分以外の誰かにぶつける。諸注意の一つとして使いがちになる。

でも、自分にそれをぶつけることもまた歪。そもそも普通とは絶対的なものじゃない。時代も含めた環境によって、いくらでも変化する相対的なもの。


たとえばその昔日本は、平均寿命の短さと跡継ぎ確保のため、一夫多妻制が基本だった。ある程度の役職に就いている人間には、妾を取ることも普通だった。

服だって和服だったし、混浴文化だって普通だった。食事や物価だって……結局普通というのは、要するにその状況を……“空気を読め”という言葉にすぎない。


なら、それは誰のための空気なのだろう。


「――情けないことに私の目が行き届かなかったせいで、ともやくんを殺すことが当たり前……普通のことだという空気が広まっていました。
そしてあの場にいたみなさんも……今の今まで蒼凪くんを化け物みたいに罵っていた子も、その空気を当たり前にしていたんです」

「あ、あの……だって……俺……好き嫌い、駄目だって……」

「ママから……ママからそう教わって! だから」

「言っておきますが、先生はそう思っている人達を悪い子だと叱っているわけではありません。それを言えば、一番悪いのはあの先生を雇った園長先生です。
ただ……みなさんには、忘れないでほしいんです。普通という言葉が、本当はとても怖いものだと」

「普通が……怖い……?」

「その普通が間違っていて、誰かが誰かを傷つけることも当たり前のことになったとき……それを止めるのは、とても大変なことなんです。
……それが間違いだとちゃんと言える、正しい知識を覚えていなくてはいけません。
……傷ついた人達を助けるための、正しい手立てが分かっていないといけません。
なにより……ママから、パパから、先生から……自分より凄い大人の人がそう言っていても、それを間違いだと言える勇気がなくてはいけません」


私はあの子に救われた。だからまぁ、現金ながら……あの子はあれでいいのかもしれないと、そう思ってもいて。


「恭文くんは、飲み込まれて、言い訳して、見過ごすのが楽なのに……ともやくんのために、必死に“間違っている”と叫んでくれました。大人でも……先生でも怖くて仕方ないことなのにです。
それでともやくんも、先生達も助けられました。本当ならこの幼稚園も、そんな悪い先生がいたから潰さなくちゃいけないんです」

『…………』

「……先生は、そんな勇気を持った恭文くんは、とても凄い子だと思います」


少なくともあの子は、ともやくんのように普通へ流されて、傷つけられて……苦しんでいる人を見過ごさない。

そのために相手がどれだけ大きくても、間違っていると言える勇気を持っている。その勇気だけでは足りないからと、努力し続けている。


……きっとそれは、とても大切なことだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――話は実に……予定通りに……予定以上に“美味しく”纏められた。いやぁ、おじさんがアホでなにより…………全然よくないんだよ!

どうしようどうしようどうしよう……(こっそり話した)シュラウドさんも頭を抱えていたよ! 一応説得はしてみるけどとか言っていたけど、絶対納得しないって断言していたもの!


「……あぁもう、割り切るしかないか」

≪鳴海荘吉ですか≫

「どう考えても破滅コースは避けられない。というか、僕の手で破滅させなきゃお父さん達も巻き添えだ」

≪……あなた、もしかして一度転生とかしています?≫

「だったら苺花ちゃんのことも完璧に止めていたよ」

≪強烈な説得力ですねぇ≫

「むしろ転生していた方がマシなんじゃがなぁ……」


なのでその辺りも相談しようと、劉さんに引っ張られて……ヘイハチさんもついてきた上で、PSAの総合本部へ。結構な大型ビル最上階……会長室でそわそわしながら待っていると。


「――――やぁ! 遅くなってすまない!」


大柄で頼りがいのありそうなおじさんが、スーツ姿で入ってくる。なのですっと立ち上がってお辞儀。


「君が蒼凪恭文くん……それと付き添いのヘイハチ・トウゴウさんだね! 初めまして!」

「初めまして、蒼凪恭文です」

「初めまして……しかし声がでかいのう」

「すまないねぇ! これだけが取り柄みたいなものなんだよ!」

「おうおう耳に響く……! 劉氏や、こやつが」

「えぇ。……PSAの風間章太郎会長です」

「I am a Ninja! あーはははははははは!」


うわぁ……なんか凄いテンション高い人だー。というか、この人……凄いマッスルなんだけど! スーツ越しなのに筋肉の線が浮かぶ勢いなんだけど!

ただ、そんな風間会長だけど……とてもお話はできる人で。決して簡単ではない状況を説明し、時折鋭い質問が飛ぶのを僕が返していくと……納得した様子で顎を撫でる。


「……実は風都については、我々も前々から注意していたのだよ」

「おぬし、早速腹を割って話すのかい。もうちょいもったいつけると思ったんじゃが」

「蒼凪少年はあまりそういうものを好まないし、これだけのことを飲み込む器量もある。ならば合わせた方が話も早いだろう」

「……助かります。でも注意って……劉さんも軽く触れていたんですけど、具体的には」

「あそこの博物館……園咲琉兵衛が館長を務めている場所だが、そこや彼と付き合いのある研究団体に外部から相当額の金が流れ込んでいる。
名目上は風都内の貴重な発掘物や、博物館への寄付ということになっているが、それにしてはこそこそしている上に多額だ。
あと……その娘……君が接触した園咲冴子という女。彼女が社長を務めるIT企業≪ティガル・コーポレーション≫にも同様の気配があった。
街に怪物が出ているために風都を離れたという人間もいるし、実際不可解な事件が後を絶たない。それで内密に調査も進めていたんだが……」

「……進まなかったんですね」

「調査員も特に怪しいところがないと、はんこを押したような反応でね。しかも誰も彼も、それ以上風都には近づこうとしない。
まぁどうしたものかと思って、私自ら赴こうとしていたところだったんだが……なるほど。その恐怖の記憶≪テラーメモリ≫が原因か」

「私も話を聞いた限りでは、会長と同じ感覚を覚えました。シュラウド……園咲文音曰く、変身していない状態でもその力が振るわれるそうなので」


というか、考えたらとんでもないチート能力だよ。変身していなくても館長さんとしてちょっと接触したら、そもそも捜査することから避けるんでしょ?

そりゃあシュラウドさんも、そういう能力の対策を立てた人間にいろいろお願いしたくもなるわ。


「同時に鳴海荘吉氏がここまで協力を拒むのも……そういう事情でしょう。ドーパントもウィザードやテラーの下りを聞く限り、異能力に特化した怪人のようですし」

「その記憶を体現するが故に、だな。そちらは君が離れて大丈夫なのか」

「沙羅さんに変わってもらいましたので。二人についても勝手をしないよう、所在認証を取り付けました」

「そうか……とすると、いろいろと疑問はあるな」


そこで風間会長が僕をギロリと見てくるので、どうしたのかと軽く背筋を伸ばす。


「そもそも君はなぜ、変身できたのはよしとして……その幹部クラスを倒せたんだ」

「ちょっとだけ戦い方を教わっていたのと、本棚にこもるのが好きなので……」

「ふむ……ならどんな本が好きなのかな」

「化学式とか、物質構造とか……鉱物とか、建築物とか……錬金術とか、魔術の本とか……その手の解説本は片っ端から読んで、二巡三巡としていたら自然と」

「蒼凪君、ちょっと待ってくれ。片っ端……国立国会図書館の蔵書を、特定分野と言えど何度も読み直しているのか? 全て」

「発達障害の絡みで、過集中ってのがあって……あんまりよくないんですけど、本を読んでいると自然とスイッチが入って」


だから一日中本を読むのも平気だし……気になった本はお小遣いから買うこともあるし。というか、本を読んでいる時は幸せ。その中にすーっと入り込めるもの。

だからついにこにこしちゃうと、劉さんが風間会長と顔を見合わせて、ちょっと驚いた様子で。


「あ、でも一番大好きで何度も見ているのは……≪ラストイニング≫って野球漫画で」

「ラストイニング?」

≪……検索しました。ビックコミックスピリッツで連載している野球漫画ですよね≫

「……お前さん、やっぱあれか? それでみんな一緒に頑張る友情的なのが」

「全然違います!」

「違うんかい!」

「その漫画、監督が主人公なんですけど……そういう青春ドラマ的なのじゃなくて、ちゃんと相手を研究して、心理戦も交えて作戦を立てて、チームもきちんと指導して戦っていくんです。
それで、八勝九十二敗のチームでも甲子園に行けるって言っていて……」


すると先生が不思議そうな顔をする。まぁそれはそうだよね。僕も最初びっくりしたもの。


「その九十二敗で材料を集め、八連勝して甲子園出場ができるチームにする……そういう戦い方もあるって話なんです。九十二勝できるチームでも、八回負けるうちの一回がトーナメント中なら意味がないですし」

「勝ち続けるために、先を見据えて……ベストパフォーマンスをその八戦に……のう。しかしまた極端な」

「でも、僕はそのシーンが一番好きで……それなら失敗も、人に負けるのも材料にして、先を見据えて……大事な勝ちのために頑張れば……たくさん考える力があれば、いろんなことができるのかなって」


僕には悲しいかな、なんでもできる才能なんてなかった。誰かとチームワークを結べる普通さもなかった。

だけど、考えることは得意だから……だから図書館にも通いまくって、勉強して……そういうことを続けていたら、今みたいな感じになって。


……僕にとってその主人公さん……鳩ヶ谷 圭輔(はとがや けいすけ)さんもまた、見上げるヒーローだった。まぁたばこを吸うのは真似できないけど……匂い、嫌いだし。


「……御影先生も、それでいいって……たくさん、教えてくれましたから。だからバトスピや遊戯王も、ずっと続けて……」

「カードゲームだったか。……なるほど、その対人戦の経験も……まぁテンプレ的だが実戦は違うと言うところだが」

「確かに違いました。でも……場を見て、思い通りにならない手札を見て、それに全力で応えていく……そこは同じだった」

「これまたテンプレになるが、人の命を奪ったことについては」

「なにもありません。後悔も、言い訳も……テンプレ的な葛藤なら、なにも」

「…………」

「刀を抜いたのにグダグダするなら、殺した人達への侮辱だ。教えてもらった通りそのまま全部背負う」

「……そうか」


多分ここについては、取り繕っても意味がない。だから言い切ってやった。それは最悪手。でも止まらない……そこで終わらないと言い切る。

そうだ、後悔なんてない。殺したくなかったなんて言い訳をするつもりはない。そんな言い訳なら抜く前にいくらでもできた。それでも抜いたのなら……そんなの無駄だ。


「……ミカゲの奴……やっぱり徹底的に教えていたようじゃのう。
だからあのときも戦えたし、美澄苺花ちゃんの一件でも折れなかった」

「負け続けることから学ぶ……ならば、君には彼女の一件を当たり前にする理由がないな。
そこからすら君は学び取り、次の勝利に導こうとしていたのなら……っと、そうそう。それだけじゃなかったな」

「シュラウドさんが、園咲冴子はタブーの力をそこまで引き出していなかった……そもそも同じドーパントとして考えたら、僕より質が悪かったのかもとは言っていたことですよね」

「それだ」

「だがそれでも彼女を倒し、メモリも破壊した。
それでも」

「それでウィザードメモリも、園咲冴子の身柄も取りかえされました。他の増援もいたら負けていましたし、証拠品のメモリも鳴海荘吉に奪われて終わった。
もちろん一緒に攫われた人達が今どうなっているかもさっぱりです。
……とどめに一週間もの出遅れちょんぼ……それじゃあ駄目だ」

「ふむ……」


そうだ、あれは実質負けだ。アイツらをきっちり仕留めて……もう一人か二人来ても捌ける余裕があって、初めて勝利と言える。

僕にはあそこが限界だった。強くなるなら……もっと先を目指していくなら、それは反省しないといけない。


「…………アルトや、ちょっとプログラムを見せてもらえるか」

≪いや、プログラムって≫

「適当でえぇよ」

≪じゃあ初級どころから……これ、どういう術式か分かりますか≫


すると空間モニターっていうのが展開する。その中で走る……英語に似た文字列。それを見て…………ん、これは……。


「……電気を使う魔法かな。前に見た電気配線の図面と近いものがある。
それに……Bind……バインド? 動きを止める感じなのかな」

≪……よく分かりましたね。初級の電撃拘束魔法……魔力で縛った相手をしびれさせて、抵抗すら止めるというものなんですけど≫

「プログラム関係も把握できるのか……。それも異世界の術式を」

「いや、不思議はないぞい。恭文が使っとった肉体強化や打撃なんかも“単純と言えど魔法”じゃ。無意識的に……感覚でプログラムを作り、魔力を制御するセンスはもう養われとる。
……“本棚”で得た膨大な知識量と、“九十二敗“から学ぶ覚悟が後押ししとるわけか。じゃから年不相応な恫喝混じりの交渉も……恭文、そっち関係は」

「その主人公……ポッポ先生、もともとインチキセールスマンとして働いていて、そういうの得意な方だったんです。それで漫画を見て……他の本も交えていったら、自然と」

「………………そっちは、見習わんでもよかったと思うぞい?」


あれ、ヘイハチさんが頭を抱えて……でも分かりやすかったんだけどなぁ。MDCに人を分けて考えるとかさ。

……あ、もう一つあったと拍手を打つ。


「あとはギャンブル関係の本も見ていました」

「ギャンブル?」

「テキサスポーカーとか、カジノでの活躍を記した自伝とか……そういう心理戦がもう読んでいて凄くドキドキして! 最近のお気に入りだったんです!」

「ほうほう……ではちょっとやってみようか! 私もポーカーには自信があってね!」

「はい!」

「会長……また予定外のことを……!」

≪……あなたもやけに手慣れていると思ったら、振り回される側だったんですね≫

「うちの会全体でな」


……あれ、つい軽く返しちゃったけど、これはなにかの試験……ううん、それでもいいや。

それでもいいから、楽しんでいこう。いつだって勝負はわくわくどきどき……楽しむものなんだし。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


というわけで、ちょうど四人いるので宅を囲んで……ゲームでもやったことあるけど、楽しいよねー。ポーカーは楽しいよねー。

四ゲーム一勝負で……一ゲーム目と三ゲーム目はドロップして、チップを温存……そうして五ゲーム目で。


「レイズ」

「レイズだ」

「ふん、ではレイズじゃ!」

「……ドロップ」

「劉君、ここは大きくいこうじゃないか!」

「会長、それは負けるフラグです」


カードは四枚提示……スペードのエース、キングは出ている。今の所ノーペア。でも……!


「レイズ」

「ふむ……ではレイズだ!」

「ふぉふぉふぉふぉ……さすがに分かりやすいハッタリじゃのう。オールインワンじゃ!」

≪ちょっとあなた、これやばくないですか? このコースだと出るのは多分≫

「さすがにないじゃろ!」


五枚目…………スペードの…………10!


「レイズ……というかオールインワン」

「ではこちらもレイズ!」


カードは揃った。だから鋭く手札二枚を提示する。


「さぁ、ショウダウンだ――!」


どうやら切り札は、常に僕のところにくるらしい……。


「キングのフォーカード!」

「ほう、それは奇遇じゃのう。……わしも10のフォーカードじゃこんちくしょうー!」

≪だから言ったのに……で、あなたは≫

「……ロイヤルストレートフラッシュ」


僕の手にあったのは、スペードのジャックとクイーンだった。それに風間会長も、ヘイハチさんも目を見開く。劉さんも『ほぉ』と小さく漏らす。


「むむ……この私に競り勝つとは!」

「だからフラグと言ったでしょう……。しかしうちの会長からここまでかすめ取れるとは」

≪きちんと勝負どころの気配を……相手の手や流れを見てとって、計算して行動している証拠ですね。
というわけで、ポットされたチップ二百八十枚はこの子の元に。もう勝負は付きましたね≫

「いや、まだだ! あとワンゲームある!」

「僕、ドロップするかもしれませんよ?」

「それはないと言い切れる! ……君の実力を僅かながらだとしても、アピールする場面だからね」


なるほど、そういう回し方もあるのか。確かにこれは……。


「ならやりましょ! 当然気は張らせてもらいますけど!」

「そうこなくては!」


というわけで、勝負の五ゲーム目。カード三枚が提示され…………あ。


「すみません、ドロップで」

「なにぃ!?」

「いや、もう……完全に、駄目なんです。掠りもしていないし、来る気配もなくて」

「それもまさか共感覚の漏れか? まぁ……会長、私と進めてみましょう」

「だな!」


というわけで最後の最後……会長はエースのスリーカードで勝って、二位にのし上がる。でも……僕は……。


「やっぱり……一枚も来なかった……!」


掠りもしなかったダイヤの二とクラブの七を置き、つい膝を抱えてしまう。


「これはまた……厳しい手だなぁ」

「ぶーぶー! つまらんぞいー! そこは気迫で札を呼び寄せるところじゃろー!」

≪……と、呼び寄せるネタすらない負け犬が言っていますけど≫

「ま、ままままま……負け犬とちゃうわぁ! ちょっと今日は、風邪気味じゃっただけだし!」

「……ヘイハチさんは絶対ギャンブルとかしちゃ駄目です。僕、それだけはよく分かりました」

「慰めるなぁ!」

「ふむ……だが引き際を弁えられるのは大事な資質でもある。
それに君が事前対策さえしっかりしていれば、大人顔負けの判断力を見せつけるのも分かった」


バラバラになったカードを片付けると、会長が箱ごと受け取ってくれて……どうやら印象はよかったようで、明るい笑顔が返ってくる。


「意外に思われがちだが、戦うより逃げる決断の方が重要だし難しいんだ。引き際を誤れば、先ほどの私みたいにすかんぴん寸前となる」

「……会長さん、もしかして気づいていたんじゃ。僕みたいなペーペーでも“気配”が分かるなら」

「それも謙遜かつ嫌みだぞ? 私は本気で勝負して…………なのでもう一回やろう! もう一回だけ……な!?」

「会長、それは勝つまでやめない流れです……。それより話の続きを」

「ん……まぁ劉君が気に入ったのも分かるが、さすがに年齢的なことを考えると危ういのは否定できない」

「そう仰るのは分かっていたので、一つ……あの場では言わなかった話があります」


その点は分かっている。僕も納得はするしかないと、風間会長に詰め寄る。


「まぁ劉さんにはもしかしたらって形では伝えているんですけど」

「……劉君、そこは私には」

「申し訳ありませんが、お伝えしていません。直接彼から聞いてほしかったので」

「まず、僕はいきなり戦わせろなんて……言う権利はありません。力もありません。
……でも今のまま、鳴海荘吉に命を預ける状況だけは絶対にごめんです。現にあの探偵崩れ、僕達を殺す方向でしか解決できませんし」

「また随分と嫌われたものだが…………ちょっと待ちたまえ。僕達と言ったか?」

「はい、僕達です。……確証はありません。でも……僕は多分、本来のメモリ適合者を知っています」

「つまり、君が死亡する……それに近い状態になれば、その適合者も」


そう、僕達はもろともだ。だから……だから絶対に、鳴海荘吉だけには任せたくない。


「更に言えば、その適合者は鳴海荘吉を嫌っています。嫌う理由があるんです」

≪待ってください。あなた……その適合者がメモリを使っていたとき……≫

「うん……感情の声が聞こえた。向こうが見ている景色も見えていた。
……だから、鳴海荘吉は破滅するしかない。多分そのために動くと思う」

≪…………≫


だから僕は、劉さんに……会長にお願いする。


「お願いします。鳴海荘吉を、できるだけ早めに、ミュージアムに通じていた疑いで、逮捕してください」

「それは、君のご両親のことがあるからか?」

「それもあります」

「他には」

「……僕だって生き残りたくて、相手の事情も構わず人を殺しまくったくそったれです。その点で鳴海荘吉を批判するつもりはない。
でも……だからミュージアムが報復的に潰すのを見過ごしたら、それこそアイツらと同じだ。
鳴海荘吉の非合法私刑……犯罪は、法律で裁く。警察や忍者さんが、ドーパントの犯罪に無力じゃないって示す。その材料として利用する」

「なかなか大胆な提案をしてくれるな、君は……」

「でも向こうもメリットはありますよ? 本当に、一つたりとも私的な恨み辛みで敵を殺していないのなら……情状酌量くらいは得られるかもしれない」


このまま好き勝手されるよりは……そう提案すると、会長は僕の目をじっと見る。なので僕も少しの間それを怯えもせず、たじろぎもせず見返していると……。


「……劉君……彼は、本気だなぁ……!」

「えぇ、本気です。交渉術の本も相応に読み込んでいるんでしょうね。
……なによりこちらの内情をある程度明かしているとはいえ、問題点にも踏み込んでくるんですから……会長」

「分かった。ただ、恣意的なものになってはやはり問題だ。
相応に手順を踏む必要はあるぞ?」

「僕が囮になれば問題ないでしょ。鳴海荘吉の周囲でうろつき、言うことを全て無視し、イラつかせ……鉄拳制裁にでも走らせれば」

「おいおい……無茶をしてくれるなよ。さすがにそれは」

「多少はしますよ。無関係な家族まで狙われることを考えたら、本当に……急いだ方がいい」

「あぁ……大阪の妻と娘か」


……確証がある。


「劉君」

「そちらも確認は取れています。既に近辺の者に連絡し、事情説明の方を……」

「よし、そこももう少し話を聞いてから、改めて考えていこう」

「ありがとうございます」


このままはまずい。鳴海荘吉じゃあ……おじさんじゃあ確実に潰される。それを見過ごすことはできない。

考えられるコースはいくつかあるけど、今手っ取り早いのは……だから……うん、これでいいよね。

甘いかもしれないけど……でも、やっぱりそこでミュージアムの私刑を当然とするのは、違うと思うから。


もちろん、僕自身も……ただで済むわけがない。やっぱり家裁送りが当然だろうし……まぁ、仕方ないよね。


「それで蒼凪くん……それは向こうも見えるんだな? だから全部筒抜け」

「あと、リンク中はおじさんを見ているだけで、とんでもない怒りがわき上がっていた。だから分かったんです」

「その適合者とリンクしたことで、お前さんと二人分の感情……激情がぶつけられとったわけか。あぁ……じゃからあの剣幕で」


そのためにはPSAの力が必要で、最悪の場合は僕がメモリを使う覚悟も必要になる。

さすがに死にたくはないし、いろいろ考えた。でもいつ爆発するかも分からない時限爆弾が首にくくりつけられている以上、僕には覚悟が……神経を張り巡らし、命をチップとして賭ける覚悟が必要だった。


「え、じゃあ風花ちゃんは」

「……ふーちゃん、怒るラインと『殺してやる』って思うラインが同一なので……怒らせるとまぁ、大体あの感じに」

「あ、はい」

「なのでヘイハチさん、頑張ってください」

「え」


いやいや、そこで自分を指差さないでくださいよ。連れてきちゃったのはヘイハチさんなんだし、頑張ってもらわないと……だから、ね? 顔を真っ青にしないでいいのだと、優しくはにかんでみる。


「えぇ……!?」

≪この人とんでもないですね。悉くを私達に押しつける構えですよ≫

「劉さんや風間会長にも押しつけるし、それで命だって駆けさせるんだもの。今更異世界の魔導師とデバイスが増えたところで問題ないよ」

≪開き直りもここまでくると尊敬に値しますね≫

「まぁ我々としては安心だがなぁ。この年にして賭ける命も、賭けさせる命も、奪う命も等しいと言い切れるのだから」

「……先生が良かったんじゃよ。ちょーっと問いただしたいところが多いだけでのう」

「それは何よりだ。
では蒼凪くん、話は前後するが……その適合者は誰なんだ。君の知り合いなのかね」

「それは――――」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


この街は風が全てを運んでくれるらしい。そしてこの街だからこそ、地球に繋がる泉も見つかった。

検査が終わってから、そこに入らせてもらって……ライトグリーン……ううん、いろいんな輝きで満たされるそこを見やる。

ここにいると凄く落ち着く。ここではわたしのことも……恭文くんのことも、全部受け入れてくれるような……そんな感覚がして。


「君も気に入ってくれたようだねぇ。この泉の輝きが」


ハッとして振り返ると、おじいさんが立っていて……会釈すると、大丈夫と手で制してくれる。


「まぁ大体のことは医師からも聞いたが……もうお互いに“挨拶”は済んだんだね」

「……はい」

「彼はここへ乗り込んできそうかな? 一応君の身柄については、こちらでも上手く偽装しているが」

「あ、それが疑問で……よくできたというか」

「餅は餅屋というやつだよ」


おじいさんは笑ってそう返しながら、一緒に泉を見てくれる。……こんなこと、恭文くん以外とはできないって思っていたのに。


「さて……私は君の人生を狂わせた悪人だが、同時に君を客人として……若菜の友人として感謝もしている」

「そんな、お友達なんて……若菜さんには私がお世話になりっぱなしなのに」

「いやいや、それがいいんだよ。あの子は弟を……来人のことを余り覚えていないからね。そのせいか、君がきてから随分明るくなったし強くなった」

「……だったら、嬉しいです。わたしも若菜さん……好きですから」

「ありがとう。……だが……本当にいいんだね?」

「はい」


わたしはもう決めたよ。恭文くんはどうかな。まだ、ちゃんと確信が掴めていないのかな。慎重に、証拠を集めてーっていつもやっていたし。

……こんな力で戦うことになるのは、怖いよ。でもわたしは、あの輝きに賭けたい。あの輝きなら、わたし達が一緒に夢見た優しい世界もあるって……そう信じたいの。


「わたしは……一度恭文くんから逃げたから。だから、今度は逃げたくない。喧嘩することになっても、ちゃんと……もう一度」

「……そうか。なら、多くは言わないよ」

「ごめんなさい」

「こらこら……そういうときは“ありがとう”でいいんだ」


そう言っておじいさんは、頭を撫でてくれる……私の頭を。


「――――苺花」

「……はい。ありがとうございます」


そう、美澄苺花――――それがわたしの名前。

そして、この世界を変える魔法使い。わたしはもう一度、新しい夢を描いて……ここにいる。


(その5へ続く)







あとがき

恭文「というわけで改訂版第四話。
今回は風都行きの前段階……更にミュージアムの様子と、園咲冴子との因縁……そしてここで苺花ちゃん初登場」

古鉄≪追加シーンであなたの過去も軽く掘り下げつつ、鳴海さんの罪状が増えてまぁ……≫

恭文「まぁそれもまた次回だよ。……それよりアルト! 遊戯王マスターデュエルだよ!」

古鉄≪あれ、あっちこっちで好評ですよね……≫

恭文「今のところ致命的なバグなどもなく、カードの分解・再精製からの欲しいデッキを作るのにもさほどお金はかからない。
というか、デッキを一つ二つ本気で組むくらいなら、最初にもらえる石やら、打っているストラクチャー、ソロモードで獲得できるデッキパーツを使うことでなんとかなる。
もちろんそのデッキ構築についても、リアルと同じルールだからこれまでのデータや有識者のアドバイスが使えるし……受けない理由をむしろ聞きたいよ」


(本気を見た……これで遊戯王復帰した人も絶対に多い)


恭文「でもスマホ片手に集まって、リアルデュエルとかできるわけかぁ……まさしくスマホがデュエルディスク」

古鉄≪遊戯王本編が連載していたときとはまた違いますけど、いい時代になりましたよ。まさしく街は戦場です≫

長瀬琴乃「……恭文………………」

恭文「あれ、琴乃? どうしたのよ」

琴乃「お願い、助けて……」

恭文「……今度は何をやらかしたのよ」

琴乃「私じゃない! VENUSプログラムがおかしくなったの!
これからはライブデュエルの時代とか言って……遊戯王ができないと駄目って!」

恭文「誰だー? もしもボックス使ってきたのはー。架空デュエルでドラえもんとのび太がやっていたぞー」

琴乃「冷静が過ぎない!?」


(――というわけで、お家時間はマスターデュエルで……でも、複数のプラットフォームでのアカウント設定は気をつけましょう。なんかいろいろ難しいみたいです。
本日のED:La-Vie『FREEDOM』)


葵「……ガチ環境デッキを勧める霧子と、自分の好きなカードで勝ちにいこうとする莉央や僕の確執なんかも描かれるわけだね。
そして東京編ではそんな霧子に牧野君がデュエルで負けて、トリエルはプレタポルテに移籍してしまうという……」

莉央「架空デュエルならではのありそうな展開はやめなさい……!」

瑠依「莉央さん、そういうの詳しいんですね……。実は私、優から教えてもらって初めてで」

莉央「ちょうどそういうのが流行った……ニコニコ動画全盛期の直撃世代だから。
学校でも友達が休み時間、教室とかでよくやっていたわ」

優「男の子ならみんな通る道やなぁ」

莉央「だからまぁ、マスターデュエルも普通にやれたんだけど……琴乃はなんであんな滅茶苦茶なことを信じているの?」

瑠依「さぁ……というか、確かマスターデュエルの公式番組で初心者代表としての出演が決まったと、聞いたような……」

葵「……そういえばついさっき、琴乃とこころがなにか話していたような……」

優「あ、うちも見たわ。それで琴乃ちゃん、めっちゃ慌てて走り出して……」

瑠依「……それ、犯人確定しているんじゃ」

莉央「ちょっと、こころを呼び出しておくわ。早急に、全力で、来るようにと……!」


(おしまい)







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あきゅろす。
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