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小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作)
西暦2017年6月 『Wの約束after/ひぐらしが鳴くには早すぎる』




魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix

とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s

西暦2017年6月 『Wの約束after/ひぐらしが鳴くには早すぎる』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


蒼凪もライブへの付き添いという形で任務継続させて申し訳ないが、状況が状況だ。運営側からも頼まれているし、そこは踏ん張ってほしい。

なにより……こちらも今は、後々のことを考えて行動しておきたい。そのために深町本部長と、港署の松村署長・町田課長ともリモートだが会議と相成った。

今回のことがただの異能犯罪ではなく、明確に政治結社が……悪意を持って、一般人を“実験”に利用した。そういう側面があるのは、もはや明白だからだ。


なお深町本部長はIT技術は余り詳しくないとのことで……松村署長と同席と相成った。


『――それで町田課長、現場の方は』

『蒼凪くんが陣頭指揮を執ってくれていたおかげで、事後処理以外で混乱はありませんでした。伊佐山奈津子さんについてもPSAと警防預かりというのは納得してもらいましたし?
……あ、それと蒼凪くんご執心の雨宮さん。彼女や同僚の方々も、碇専務達とは決定的に深い関係へ持ち込まれていなかったそうです。そこは伊佐山奈津子さんが確保していた、専務達の遺留品から確定です』

「そうですか……」


そうかそうか。それは蒼凪も一安心だな。

なにせ彼女は……いや、違うんだったな。あぁ、違うんだ。それでいいんだと、既に蒼凪が定めていた。


「深町本部長と松村所長のおかげです。初期段階から我々に……蒼凪に預けてくださったこと、感謝しています」

『いえ。餅は餅屋に預けただけですし』

『蒼凪君の専門とも上手くかみ合ったわけだし、そこはお互い様だよ。
しかし……神奈川県警としても、今回のことは無視できん。なにせ横浜は港町だ』

『そこなんですよね。その美咲涼子が服用されたとする薬……またはガイアメモリが、海外に輸出されるだけでも大問題ですよ。さすがに蒼凪くんだけで手が回らないでしょうし』

「えぇ。そちらについては警防とも連携していきますが、やはり横浜をよく知るみなさん……特に鷹山・大下刑事を有する港署とは、連携を密にしていきたいんです」


一連の事件、蒼凪とアルトアイゼン達だけではさすがに解決できなかった。蒼凪の異能にもその経験と含蓄から対応できて、補佐にも回ってくれた二人の力添えがあればこそだ。

もちろん若手で有能な、水嶋・鹿沼両刑事も……他の方々も同じだ。横浜という港街を知り尽くし、目を光らせることができる人員と連携できる。それはこちらとしても魅力的な要素だ。


「蒼凪もしばらくの間は……休養期間が明けてからにはなりますが、ガイアメモリと次世代兵器研究会絡みの事件捜査に当てていくつもりです」

『そうですか……。
港署署長としても、あれだけ有能な子が手伝ってくれるのはありがたいです。二人とも馬が合うみたいですし?』

『合いすぎて僕は心配ですけどねぇ……! まぁでも、刑事課課長も了解です! とにかく異能絡みとなると、さすがの先輩達でもちょーっときついですし……本部長はどうでしょう』

『現場の判断を優先するよ。通常の動きで対応が難しい場合も……その責任は私が取ろう。
とにかく優先するべきは、市民の平和と安全だ。劉代表代理もそれで』

「問題ありません。……では、蒼凪と鷹山・大下両刑事……そして鳴海探偵事務所と照井警視達を中心とした≪特別編成チーム≫の結成は、承認ということで」


三人が首肯するのを見てから、手元の書類にはんこを押す。

……これが会議の議題だ。現状普通の警察力では……情報収集も、実力行使も難しい。ガイアメモリが絡むとどうしてもという形だ。

いや、それがなくてもだろう。なにせ相手は実体も上手く掴めない政治結社。この国の中枢に、のうのうと居座っているのだから。


だからそれができるエースを……若手・ベテランを問わずかき集め、捜査に当たらせる。我々はその尻をきちんと拭うというわけだ。

相当に厳しい戦いになるだろう。蒼凪達も今回みたいな……それ以上の危険にさらされるかもしれない。そのフォローも当然ながら必要だ。


だがそれでもやり通していく。こんな無法を見過ごせない……そこだけは、立場は違えど皆同じだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


サードライブは全国を回り、ありがサンキューで締められる……意味が分からないけど、そんな決着で落ち着いた。


「「……夢は生まれ変わるー♪ 再会はー明日のシルエット―♪
信じられるー理由にー気がついたー♪ 自分でー決める結末(こたえ)―♪
過去も変わってーいくー♪ その日々の意味が今―は分かるー♪
この両手が翼に感じるーのはー♪ 同じ宙(そら)見上げてるーからー♪」」

「うんうん、それだそれ! え、でもなんでそんな音楽流れるの?」

「なんかこう、空気を読んで……時空が歪んで。この間はフリーダムパックでしたし」

「大下さんも手刀で音楽流していたですし、よくあることなのですよ」

「ないよ!? あたしはあれが……ショウタロス君とかが初体験!」


ライブも終わり、なぜかあのとき流れた曲を雨宮さんにうたうこととなり……いや、でもほんと僕とリインもよく分からないんだよ。

こう、時空が歪んで、空気を読んで流れるから。なんだかんだでこの曲も……玉置成実さんだと思うんだけど、覚えがない。


「まぁ地球のメロディとかあるですしね。きっとそのせいなのですよ」

「なにそれ!」

「オカルト界隈で伝えられている伝説……隠された歴史の一つですよ。
……人間が種として成立し始めた時代……まだ言語とかが発達していない頃、同じ人間や人間以外と歌でコミュニケーションしていたそうなんです」

「歌で!?」

「しかもそれはこの星……惑星という生命体とも対話を可能としていた。それが地球のメロディです。
人間って生き物は、その影響から歌を力に変える異能的DNAを潜在的に宿しているそうなんです」

「歌で……コミュニケーション……力に変える……」

「まぁガイアメモリの根幹も、そんな惑星の記憶だしね。
この星は普通に暮らす人達が思っているよりもずっと、いろいろな手を打っているのさ」


フィリップ、また雑な説明を……まぁざっくりでもまとめるしかない話だけどさぁ。

とにかく田所さんという生涯の推しが……新しい推しが生まれたのもわきわきしながら、控え室で笑っていると。


「そうだ……蒼凪、先ほどPSAのドクトルから連絡があった」


照井さんが妙に頭を抱えていたかと思うと、すぐいつものハードボイルドフェイスに戻る。


「やぱり薬物らしきもの……事後検査では成分分析などに繋げられなかったそうだ」

「……そうですか」

「だが同じ錠剤を入れていたと思われるケースは、猪熊修也の自宅や遺留品からも見つかっている。こちらも空だったが」

≪内調過激派の生き残りはどうですか≫

「そちらも厳重に保護した上で問い詰めたが、知らないときている。それが事実であれば、水橋参事官による独断だろう」

「横田警備局長は……あぁいや、深町本部長に半殺しだったか」


さすがにそれで吐かないわけがないでしょ。となると奴らを追い立てる糸が……。


「……糸ならあるよ」


そこで入ってきたのは、黒髪を品良く……しかしどこか快活に整えた男性。

ノーネクタイスーツに身を包み、がっしりとした体つきを隠している。精悍な顔つきには、相応の戦闘者としての風格が漂っていて……。


「慎重にたどるべき糸、だけどね」

「……赤坂さん!?」

「蒼凪君、ご無沙汰……というほどじゃないね。天原さん達もお邪魔しています」

「あ、はい……え、あの……どうしてここに!」

「そうですよ! あの……また、やっくんに事情聴取ですか?」

「いえ、ああいう事件が起こったという話は聞いたので……念のためこちらでも警戒をしていまして。
それでライブもちらほらと見せてもらったんですが、とても素敵でした。最後の挨拶もユニークで」

「ぶがぁは!」

「おっと……これは失礼」


田所さん……まだ笑いの天才としての自分を受け入れられないのか。まぁ僕もそういう時期があったから分かるけどさぁ。

……って、そっか。舞宙さん達はともかく、照井さんと雨宮さん達は初対面だった。


「えっと、この人は赤坂衛さん……警視庁公安部・第七資料室に勤める刑事さんです」

『公安の刑事さん!?』

「初めまして。赤坂衛警部です。
みなさん、大変なライブを乗り越えた直後にお邪魔してしまって、申し訳ありません」


赤坂さんは温和な笑みを崩さず、警察バッジを見せる。それでまぁ、場がざわつくわけで……照井さんとはまたタイプが違うからなぁ。もちろん鷹山さんともだよ。


「彼や鷹山・大下両刑事……天原さん達とは、核爆破を阻止した後、軽く事情をお聞きしたときに知り合いまして」

「では俺と行き違いだった公安の捜査官というのは、あなただったんですね。
……風都署の照井です、初めまして」

「照井警視ですね。お噂はかねがね」


そこで赤坂さんが敬礼……それに目をぱちくりさせた舞宙さんが、軽く僕の肩をツツいてくる。

(恭文君、赤坂さんが警部ってことは……)

(照井さんは警視なので……実は“年下で役職が滅茶苦茶上の後輩”という面倒臭い関係ですよ)

(だからあたし達の前でもきっちり敬礼かー)

(初対面ってこともありますしね)

「――――しかし公安の第七資料室というと……なるほど、あれだけの大事件ならば出てきても当然か」

「照井竜、知り合いかい?」

「いや。だが公安の中でも選りすぐりの精鋭で、秘密警察の誹りもなんのそのという強行部隊というのは……こちらも噂程度に」

「噂は噂……まぁそういうことにしておいてください」


そう……第七資料室という名前から、そういう荒事に飛び込まないタイプに見えるかもしれない。でもそれは勘違い。

そもそも公安が相手取るのは、水橋達のような厄介な政治犯やら、国家転覆をこのご時世で本気にやってくる阿呆どもばかり。どれもこれも一筋縄ではいかない。

それに捜査官とバレた時点で、家族もろとも攻撃対象となる危険性だってある。それゆえに本当の精鋭部隊には、それらしい名前なんて決して与えない。


裏方……ある意味島流し同然な扱いを表向きは当然として、それをカモフラージュとして活動する。赤坂さんはまだ三十代に入るかどうかって年齢だから、それでそんな部署に入れるのは……相当なエリートなんだよ。


「でも蒼凪くんに事情聴取って……」

「本来なら核爆破未遂とか、マードックと恩金包の武器密輸会談とかは……公安が出張って止めるような案件なんです。
でも今回は内調の動きが巧みだった関係で、赤坂さん達もいろいろ出遅れて……そうしたらまぁ、恥ずかしそうにひょこっと出てきて」

「かなり想定外ではありましたけど、こちらとしても国益を損ねる問題人物達を一掃できましたし……まぁそのお礼もしつつ、ついでに調査報告書作りを手伝ってもらった形です。
あとは、私個人としても……三歳くらいの小さな娘がいますので。蒼凪君のことは興味もあり、多少ぶしつけな心配もありという感じで」

「それでまぁ、事情聴取がてら仲良くなったんです」


なのでそこまで心配する間柄じゃないと補足すると、雨宮さんやみんなも空気を緩めてくれて…………ただ、僕はそうも行かない。


「それで赤坂さん、たどる糸というのは」

「その前に、失礼」


そこで赤坂さんは懐からごつい端末を取りだし、部屋の隅々までそれを当ててチェック……三分ほどして、表情を緩めて機械は仕舞う。


「お手間を取らせました。職業柄、盗聴などには気をつけるのが習慣ですので」

「盗聴……!?」

≪私達も気をつけてはいましたけど、さすがにという感じですよね。……でもいいんですか? それだとこのまま話す形に≫

「本来であれば民間人でもあるみなさんに、こういうお話をすることはあり得ません。ですが、伊佐山奈津子さんが起こした事件で、あなた方は間接的にでも関わりを持ってしまっている。
……今後、あなた方の周囲についても相応の警戒をさせてもらう……ここはPSAのガードに協力する形ですので、そのお願いがしたかったというのが一つ」

「……ガードについては恭文くんも説明してくれました。
鷹山さん達と射殺前提で追われましたし、私達も、事務所の方も納得はしています」

「助かります。もちろん、正式なお願いは改めて……事務所の方々も交え、させてもらいます。
そのときにまた、伊佐山奈津子さんについても情報共有ができればと思います」


暗に軽く事情を聞かせてほしい……そういうお願いなのを察し、みなさんも一瞬表情がこわばるけど、そこはもう覚悟しているとすぐ頷きが返ってきた。


「それで三つ目ですが……ここからはオフレコでお願いします。
結論から言えば我々公安は、次世代兵器研究会……ABCプロジェクトについてはその存在を把握し、マークしています」

『えぇ!?』

「正確に言えば“大して理解していなかった”と今回の一件で突きつけられた……飼い主気取りで泳がせていたツケを払っている最中。そう言うべきでしょうか」

「……赤坂さん、どういうことですか。雨宮さんには殺されてもおかしくないくらい問題発言ですよ?」

「教えては、くれるんですよね……!」

「やはりオフレコはお願いしますが」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――赤坂さんはその覚悟もしているという様子だったので、雨宮さんも……ふーちゃんも、照井さん達も一旦矛を収める。

赤坂さんには空いていた椅子を出して、座ってもらい……その鋭いまなざしを、発せられる言葉を聞いていく。


「みなさんもご存じの通り、現代の日本では核兵器は論外。生物・化学兵器も国際条約の問題から使用不可能……というより、使用した段階で鬼畜の扱いは免れない」

「地下鉄サリン事件……オウム真理教が起こした一連の事件への教訓ですか」

「なにより現代の戦争形態を考えると、そういった戦略級兵器に縋る……それによる特需や軍需利益、更には抑止力に縋ることそのものがナンセンスです」

「そもそも現代の戦争って、今回みたいな都市への局地的テロとか、国家内の内紛を指しますしね……。しかも抑止力についても、今だと机上の空論に近い」

「そこなんだよね。一番の問題は」

「ちょ、ちょっと待った! 私も学校でそういうのは教わったけど……机上の空論ってどういうこと!?」


そこで伊藤さんが鋭く挙手。なので……さらさらとスケッチブックに絵を描き、見せてみる。


「というわけで、図解してみました」

「早! というか上手!」

「やっくん、美術力はかなり高いから…………模写じゃないと分かりにくいけど」


抑止力というのは、大量破壊兵器を使えば相手に撃ち返される……結果国家間の終末戦争が起きかねないから。

お互い大量破壊兵器を保有することによって、牽制し合い、そういった終末戦争やそれに連なる大規模攻撃そのものを抑制する……冷戦時代から続く平和思想の一つだ。


実際これは効力があった。一九〇〇年代終盤まではね。……それにほころびが出てきたのは、やっぱり戦争の形が変わってからだった。


「そもそもの話です。仮に核なりが撃ち込まれたとして……終末戦争に連なると分かっていて、誰が反撃のトリガーを引けるのか……。
仮に引ける人間がトリガーを預かっているとしても、地理的な問題で反撃できない場合はどうするのか……。
抑止力の根底には、この不確定な要素二つが引っかかっているんです」

≪反撃のトリガーを確実に引くことと、必ず反撃できる状況で攻撃を受けなきゃ成立しないんですよね。
で……今回の事件でその辺りの問題点も浮き彫りになっています。水橋達の作戦が成功していた場合、日本は誰に反撃をすればよかったのか……そこも答えがきっちり用意されていましたし?≫

「そっか。大体のことは全部蒼凪くんや、鷹山さん達のせいになっていたわけだし……あとは犯人がちゃんと潰せましたよーって広報すれば、過激派の人達は万々歳?」

「日本もそういう核攻撃を受けても、きっちり反撃はできる国だって示せるわけです。ひとまず今回は……でも次回どうなるか分からないとか煽って、平安法による国力増強を図った」

「TOKYO WARで亡くなった海法警視総監は内務省復活論者として有名だったけど、水橋参事官達も大して変わらなかったそうだよ。
大日本帝国時代のように、国民自身を一つの戦力とし、有事の際にはいつでも動かせるようにする……そんな準備が必要だとね」

「徴兵制はコスト的にも無駄が多いって、専門家も認めていたのに……あぁいや、大体分かりました。ガイアメモリですね」

「あれなら手軽に人を超人とし、大概の現代兵器も無力化できる。それも……封入記憶によっては街全体とかも、あり得るんだろう?」

「あり得ます」


フィリップと照井さんもそこは同意見なので、すぐに首肯を返してくれる。


≪……そこで三つ目。今回はマッチポンプでしたけど、テロリストが核兵器を保有する脅威自体はやっぱり存在しているんですよね。
抑止力はあくまでもそういうものを軍備として保有できる国同士でのやり取りですから、そもそも守るべき国がない武装集団には、“撃ち返されたらどうしよう”なんて考えそのものが適応されないんです≫

「それで、今の戦争はそういうテロ対策が基本だから……そもそも抑止力でなんとかとめようっていうのが、間違っている……じゃあその、研究会さんがやっていることって」

「そもそもその呼び方自体が全くもって正しくないですね。……そういう特需にどうやったら甘んじることができるか……時勢を読み切れないご老人達が集まって、わいわいしていただけの“同窓会”です」


その身も蓋もない言いぐさに、ふーちゃんもさすがに絶句。伊藤さんも、舞宙さん達も戸惑うように僕を見てきて……。


「更に言えば、プロジェクト自体が彼らへの献金……賄賂を流すための仕組み。実のところ老人達も成果そのものは求めていなかったんです」

「賄賂……!?」

「……つまりこういうことですか? 実際にそういう兵器を作る……作れるだけの研究はする。そのための予算も割く。
でもその一部は構成メンバーの懐に入れて、政治活動の基礎として使っていく。
そういう定期的な“お小遣い”をねだって、もらうための場が、次世代兵器研究会……ABCプロジェクト」

「その通りです」

「緩い意識だなぁ! というかやっくんは」

「TOKYO WARのとき、劉さんや……柘植の同志だった荒川さんからも聞いています。だから警戒度もそこまで高くなかったと。
……だから公安の赤坂さんが知っていること自体は、驚きじゃないんですけど」

≪だとしたら解せませんね。奴らはミュージアムへの出資も行っていた形跡があるんですよ?≫

「そこで絡むのが、水橋参事官達のような若手メンバーが入ったこと……というより、同窓会内での世代交代が始まっていたことだ」


その情報は……僕も初耳だな。フィリップも軽く見やると、知らないと首を振られる。


「元々の目的は今言った通りだったんだが、時代に即した経済・外交を主とした平和路線への転換が始まっていてね。
実はABCプロジェクト……次世代兵器研究会というのも、今やそれに取り残された……または抗っている旧体制を示す名前に成りはてているんだ」

「世代交代という名を借りた派閥闘争ですか。
その組織内で旧体制以前とした連中と、その平和路線主体の新体制でぶつかり合いが始まっている」

「ミュージアムへの出資もその対策を兼ねてのものだった。……更に言えば……君が関わったウィザードメモリ、だったよね。
その開発に向けて、一時的に出資額の増額が行われている。それを担当していたのは当時の水橋参事官だ」

『……!』

「無論、正体については厳重に隠した上でね」

「でしょうね……。だったらおじいさんがとっくに証言しているはずだもの」


……そこで軽く繭を潜めてしまう。というか、舞宙さん達もさすがにとざわついて……。


「ウィザードメモリが……!?」

「じゃあ恭文君達が誘拐された事件も……元を正せば全部そいつらのせいじゃん!」

「……いろいろ因縁試合だったわけか」

≪あなたへの応対がほんと……蛇蝎の如くって感じだったのも納得がいきましたよ。
ミュージアムの一件からも散々邪魔をしてきた上、TOKYO WARも潰されて激おこカムチャッカファイヤーだったんですねぇ。
……でも、組織概要を考えると水橋参事官や横田警備局長辺りは下っ端同然でしょ。よくそこまで動けましたね≫

「ついでに鷹山さん達も交えて、尾藤やファンとのドンパチをネット中継して、世界規模で賭けにしていた理由もね……。
あれで僕がメモリやらなんやら取り出すようなら、容赦なく社会的に抹殺するつもりだったんでしょ」

≪陰湿ですねぇ。だからモテなさそうな顔だと思っていたんですよ、私≫

「全く同感。人間性の悪さがにじみ出ているよね」

「……お前達、揃って鏡を見てきたらどうだ?」


照井さんがなにを言っているかよく分からない。それよりも話の続きだよ。


「旧体制を維持している主要メンバー自身も高齢で、その後継者の座を若手も狙っていた感じかな。または下っ端だからこそ斬り捨てやすいと判断した」

≪よくあることですねぇ≫

「現に組織をまとめ上げた小泉氏自身も、かなりの高齢だからね。その跡目争いの前哨戦も込みとなれば……」

「……まさか、あの小泉さん?」

「その小泉さんだ」


そっかそっかぁ……“あの事件”にも関わっているとされている、クソジジイかぁ。ほんと面倒なことしかしてくれないね! この手の奴らはさぁ!


「蒼凪」

「一応政界からは引退していますけど、それでもなお絶大な影響力を持つとされるフィクサーですよ。
戦後に厚生大臣も務めて、現状の医療体制を纏めた功労者として……紫綬勲章も受章しています」

「それなら、俺も聞き覚えがあるな。だがそんな人物がなぜ」

「そんな人物だからこそとも言えますね。今はともかく、昭和辺りだと元軍人の中曽根康広さんが首相を務めていましたし」

≪戦後のドタバタや、高度経済成長期の勢いで成り上がった感じなんでしょうね。
その影響力で今もふんぞり返ってくれているわけですよ≫


実は次世代兵器研究会の旧体制思想は、決してイレギュラーなことじゃない。いわゆるタカ派の流れを汲むものだしね。

今だって政治ゴロみたいなのはそれなりにうろついているし、右とか左とかで騒ぐ場合もある。というか……時代の返還ゆえに、そういうのも有り様を変えている。

嫌韓絡みで一時期論争の種になった、ヘイトスピーチだってそうだ。実はああいうのも、歴史や政治的な思想から叫んでいる奴らばかりじゃない。


たまたま誘われて、やってみたらストレス解消になって……っていう“にわか”も相当数入り込んでいる。で、そういう人達は自主勉強とかも特にしないから、偏った知識を受け取り、それを伝える。

そういう脆くも陰湿な文化的遺伝子≪ミーム≫が伝えられていくことで、元々の革命的思想も薄れ、ただの問題組織に成りはてるってわけだ。

もちろんそういう連中が増えることは社会的にも、政治的にもよろしくない。それが民意となって取り上げられたら、本当に政治的思想で動いているタカ派にとってはいい種だもの。もちろん相応の金だって動く。


小泉氏もそういう動きを上手く乗りこなし、僕みたいなペーペーでも知っているフィクサーに成り上がったわけだ。あんまり見習いたくはないけど……そうそう、見習いたくないことがもう一つ。


「それに……小泉氏には、ローウェル事件への関与嫌疑もかかっていたじゃないですか。立証はされませんでしたけど」

「……そうだったな」

「恭文君、ローウェル事件ってあれだよね。
海外の製薬会社≪ローウェル社≫が作った、プラシルって薬を飲んで……異常行動とか、死亡事故とかが起きた事件」

「まいさん、さらっと出してくるなぁ……!」

「……ローウェル事件は、恭文君と風花ちゃんにとっても因縁深い事件だから」


雨宮さんが感心し切りだけど、あんまり喜べない理由だと……痛み混じりに舞宙さんが苦笑して。


「当時、発達障害もまだ法的整備が始まったばかりで、不理解……差別偏見に相当する意見も多かったの。
しかも精神障害者ってくくりだから、事件を受けてそういうのも加速したんだよ。二人がまだ小さい頃にね」

「……なら蒼凪くん、その……おじいさんが関与って」

「小泉氏はその経歴から、ローウェル社の手引きをしたんじゃないかって疑われたんです。薬の審査をする人達への“お小遣い”も込みで」

「だから実際に公安も……僕がいるところとは別部署の先輩達が調査しているんです。でも確定と言える証拠は出なかった」

「それ、捜査に当たった人達の所感は」

「“当たり“だ。次世代兵器研究会の設立にも関わっていた点からも、筆頭容疑者と言えるほどだった」

「BとCにも連なりますしね。プラシル……というかその手の精神薬で使う臨床データは」


ローウェル社……この会社は数年前、ローウェル事件と呼ばれる薬害問題を起こしている。

ローウェル社製の医療薬品≪プラシル≫を服用した患者が、原因不明の熱病に冒され、死亡者も多数出した。

この薬は当初からいわく付き。構成成分に不可解な点が見られ、専門家も安全性に欠けると指摘したほど。


しかし、それでも……プラシルは日本国内の審査を容易く通過し、一般病棟にも流通した。その結果の惨事だった。

ではなぜ、そんな薬が審査会を通過したか。……結論から言えば、審査会上層部に賄賂が送られていた。

これらが内部告発により明らかとなり、ローウェル社の幹部はもちろん、賄賂や研究員……多くの事件関係者は逮捕。


しかもそれはアメリカ政府の与党内部にも及び、彼らは体勢の一新を強いられた……そんな一大事件。今でも事件の余波を巡って、FBIやらが調査をしているとのことだった。

……でもまぁ、そこにABCプロジェクトが……ウィザードメモリのことも含めて絡んでいるっていうのなら、納得だよ。


「やっぱりあの事件も、今回のことも、臨床実験としての側面が大きかったわけか」

「それはボク達も推察したところさ。ガイアメモリは言わずもがなだし、伊佐山奈津子達が服用したと思われる“悪魔の薬”も同じだ。
もちろんそんなものを……たとえなんらかの治療を口実にしたとしても、実際に人間をサンプルとして実験する場は作れない」

「ガイアメモリの場合は、超人になれる……法では縛られない人工的な超能力者として、好き勝手ができる。そういう名目で販売されていたそうですね。つまり買う側の得を示した」

「対してプラシルという薬については、“扱う側の得“と言うべきかな?
……自国の一般人に協力を求めたとしても、倫理的な観点から見てもリスクが大きすぎる。
なら国内ではなく海外――それも生活水準が一定に達している文明国で、臨床実験を行えばいいというわけだね」

「そうすれば国内で行う実験と類似した条件下で、詳細なデータを入手しやすくなるから。
ただ……この事件についても、やはり政治的スケールが問われる場面もあったんです」

「どういうことだい、赤坂衛」

「まずローウェル事件……内部告発というのが一般的な話になっているが、実際は違います。ローウェル社自ら暴露したんです」


……そこで場が一瞬静まりかえり……そしてざわざわという声が響き出す。というか、僕自身もさすがに驚いて、口をあんぐり。


「議会で追及された結果だそうですよ。その結果事件が明るみに出て、国内での死亡事故との繋がりも露呈した。そうでなければ、国内の死亡事故は全部闇に葬られていたと。
それで、ここで関わるのが千葉現厚生大臣……『東京』という隠語で呼ばれてもいる、この組織の次席に収まる一人ですよ」

「……赤坂さん、確かローウェル事件については、一応決着がついていましたよね。
当時の医薬局次長≪大沼茂≫が主導でことを動かしていて、実際に逮捕されて」

「うん……私達も、記事で見たよね」

「それはスケープゴート……えん罪だよ」

「「………………」」


やっぱそういうことかぁ……! 流れは分かる……分かるけど、さすがに頭が痛すぎてこめかみをぐりぐり。


「ローウェル社もまた西側諸国のフィクサー達によって動いていた公然企業の一つ。
その指示に従い、彼と繋がりの深かった元外務大臣≪今村陽平≫の勢力を弱めさせる目的があったらしい」

「……当時強い発言力を持ち、アジアよりの外交を推進しようとしていた外相の存在が、それと反対する西側諸国にとっては目障りだったわけですか」

「じゃあ……あの、その西側寄りの外交を支持していたのが」

「当時の奥野防衛省長官と、その盟友の千葉だった。千葉は医薬局次長の名義と権力を利用し、あの騒ぎを起こしたんです」

「それ、異論というか、異議申し立てみたいなのは」

「僕も今回の件で、改めて先輩達に確認して知ったんだけど……大沼茂氏の娘が、名誉回復のため事件を調べていたそうですよ。
ただそれも千葉達はマークしていて、マスコミなどを通じて彼女の社会的信用が損なわれるようバッシング。結果彼女は自殺したと」

「……!」

「……ふーちゃん」


ふーちゃんも怒りをたぎらせ、近くのデスクを殴り付ける。みんなもびっくりするから諫めるけど……これは無理だな。


「それで逮捕とかは、できない感じなんですか……!? えん罪とかも出しているのに! しかも娘さんを自殺に追いやるって!」

「……我々警察の力不足です」

「そんなのないです! 恭文くんだって……それに巻き込まれて、鷹山さん達ともども死んでいたかもしれないのに! それも核爆弾を運んだ犯罪者として!
しかもローウェル事件は……今言った通りなんです! 恭文くんと風花ちゃんにとっても他人事じゃありません! 現に当事者として……だったら」

「……いちごさん」

「本当にそれもこれも全部、そんな人達の身勝手が原因じゃないですか!
それがなかったら恭文くんは……恭文くんは!」

「いちごさん」


気持ちは嬉しいし分かるけど、赤坂さんを責めても仕方ない。いや、責められる覚悟はしていただろうけど……それでも理不尽だと、軽く制しておく。感謝も込みで……優しくね。


「まぁ流れは分かりましたよ。事件の目的は薬害の糾弾ではなく、日本の政治方針を転換させること。
そのためにわざと問題となる危険薬を日本へ持ち込んで、それを暴露することで関係者……それも自分達に反抗的な人間を社会的に抹殺した。
ローウェル社があるアメリカの方でもドタバタした絡みを見るに、向こうでもそっちの方が都合もよかった方々は万々歳……」


そう、納得はできる。それを飲み込める度量もあると自負はしている。ただ……愚痴の一つもぶちまけたくは、なるわけで。


「……政治の舞台って伏魔殿すぎませんか?」

「人を動かす権力や、それを動かすための資金……そういう力への責任は、まともな人間では背負いきれないものなのかもしれないね」

「それを言われると、僕も耳が痛いですけど……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


……いちさんが……あの大人しそうな風花ちゃんが激昂する程度には、蒼凪くんにとって因縁深い事件。それがローウェル事件みたい。


「ざけんなほんとに……!」

「というかさ、それで今回のこともやっくんに押しつけるとか……伊佐山さんのことも……なんなのその人達!」

「……有り得ませんよね」


というか、まいさんやサイちゃん、歌織ちゃん達も激怒ってレベルだし、相当根深いんだろうなぁ。

ただあたしは……また少し、違う感想を抱いていて。


「とにかく公安もそれくらいはやらかす問題人物達ばかりいるし、当然警戒はしていた。
でも件の世代交代で沈静化すると思っていたら、水橋みたいな若手もハッスルして“この騒ぎ”」

「水橋参事官や横田警備局長は、TOKYO WARで亡くなった海法警視総監と同じく、内務省復活論者でもあったそうだよ。
まぁ次世代兵器研究会が、そのための武器を作ろうというところからスタートした結社だしね。当然とも言えるけど」

≪さすがは紫綬勲章ももらうほどの人物とそのシンパですねぇ。
……というか小泉氏、言われているほど人望がないんでしょ≫

「同感。実際それを受け継ぐ旧体制思想が圧されているっぽいし、死ぬ前の段階から跡目争いがバチバチって……まぁ仕方ないかぁ。
あのおじいちゃん先生じゃないけど、“自分達を儲けさせてくれる政治家先生”ってところしか興味がないんだろうし」


蒼凪くん、そういう難しい……政治とかの話もすらすらできちゃうんだよ! あたしよりちっちゃいのに!

いや、忍者さんだし、規格外の事件とか関わりまくっているから当然!? やっぱりレジェンド枠なんだ! 今更だけど痛感した!


「そうだね。あとはまぁ……君にはいろいろ嫌みをぶつけてしまうかもしれないんだが」

「……はい?」

「僕の経験から言わせてもらうと、高度経済成長期の勢いに乗ったとはいえ、まともな手段ではあれだけの財やコネクションを築けないよ。
全体的に見て国益をもたらす存在ではあったとしても、相応の黒さは……それを振るったことによる犠牲者は出してきている。そういう人物なのは舞違いない。
実際家族からも白眼視されていてね? ……老いてなお性交関係が盛んだったせいで」

「なんですかそれ……」


するとあの子は……ハーレム状態な自分に軽く触れていると分かった上で、笑って手を振る。


「だったら今更ですって」

『え……!』


余りに明るい様子だったから、赤坂さんですら赤坂さんが頬を引きつらせるんだよ……!


「まぁ、そういう……エッチなこととか、女の子に興味がないとは言えませんし? 大好きなのは確かです。
でも、その前にやっぱり気持ちからだなぁと……改めて反省したばかりですし」

「あぁ……碇専務絡みの話かな」

「あと、事件のことでいろいろ心配をかけて、舞宙さんとも、ふーちゃんとフィアッセさんとも……いちごさんともお話していくので。
うん……やっぱり気持ちなんです。贅沢だけど、みんな一緒がいい……ずっと一緒にいたいなって……そういう気持ちを『一人の人だけにするのが普通だから』で見過ごしても、それはそれで不誠実だし」

「それは常識に則っただけで、君自身が考えて、そうしたいと出した結論ではないから……か」


……でも、その言葉で赤坂さんも、あたし達みんなも、ほっとして……。


「うん……そうやってまじめに考えていくのなら、大人としても安心できるかな」

「というか私達もですよ……! ほんと蒼凪くんが流れというか、そういうのを大事にしてくれる子でよかったなって!
実際私達のファンでもあるから、凄い距離感とか……取り過ぎだよーって心配になるくらい取ってくれますし!」

「まぁ今だと事実婚でどうこうとか、いろんな方法もあるし……そこもきちんと決めつつだよね?」

「はい」


もちろんだと、ころあずやもちにも首肯。


(……やっぱり、まいさんから聞いていた通りだなぁ)


いつでも本気だし、本気には本気で応えようとする子だって。

でもそれならやっぱりまた、これからもこの間みたいに……。


(………………)


だったら、ちゃんと考えなきゃ、だよね。

そんな子が軽い気持ちで……あの人達みたいに、侍らせてコレクションする気持ちで、好きなんて言うわけないし。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ですがまぁ……またスケールが大きい話ですね。
自己の利益を守るため、汚職を働く奴らとは……規模も構想の高さも違います」

「見習いたくはない大きさだがな……あぐある……♪」


シオンはまた右手をかき上げ、ヒカリは好物の蒸しパンをもぐもぐ……また幸せそうに。いや、でも蒸しパンは正義だよね。幸せを呼ぶ天使だよね。

……それに甘えてばかりもいられないんだけど。


「だけど、プラシル……」

「才華さん?」

「やっくんもほら、発達障害の絡みで、その手の精神薬っていくつか飲んでいるよね」

「サイちゃん……というか、蒼凪くん、そうなの!?」

「精神安定剤とか、睡眠導入剤とかですね。記憶のフラッシュバックで不安定なときもあるので」

「わたし達も仲良くなった直後……食後に飲んでいたのを見て、教えてもらったんだ。フラッシュバックで……事件現場とかの映像が突然よぎったりして、辛いときがあるからって」


うん……発達障害を患っている身としても、割と身近な話なんだ。だから伊佐山さんの状態が“あれ”だったのに、凄くビビったんだけど……!


「でさ、その……ローウェル事件が、本当に『東京』って組織の仕業だったら……今もあるってことだよね?
その人達の手元に……プラシルのデータが……飲ませたときにどうなるかっていう症例データが……!」

「……えぇ」

「もし、それが改良とか、また実験とか……そういうのが始まっているとしたら!? それが伊佐山さん達の飲んだ薬っていうのは」

「十二分にあり得ます」

「……実は今回またお邪魔させてもらったのは、内密に君とのパイプをきっちりしておきたかったからなんだ。
その改良型を服用したせいで、伊佐山さんもガイアメモリの力をより強く引き出し、これだけの事件を起こしたとしたら……」


赤坂さんはその後の言葉を続けられない。

……そうなったら……それが事実だとしたら、本当に恐ろしいことだ。そのプラシルの改良型は、ガイアメモリのブースターとしても機能するからね。


「……以前俺達が関わった事件でキーとなった、ガイアメモリの能力を引き上げるブースターとは違う」


照井さんが取り出す銀色の四角いソケットが、その増幅ブースター。実はその事件で手に入れたものを、アクセル用に調整して使っているんだ。

アクセルブースターって言うんだけど、これも滅茶苦茶かっこいいの!


「使用者の適合上昇を、薬物によって促すわけですね。実際伊佐山奈津子は記憶や認識に重大なずれを引き起こしている」

「……実はあたし、ちょっと疑問だったの。そういう自殺する薬とかあるのかなって。
でも、プラシルの事件を考えると……そういうのもやっぱ……!」

「もちろん直接的に、自殺行動に走らせる薬はありません」


雨宮さんがまた混乱している。さすがにライブを気持ちよく終わった後にこれは可哀想なので、持っていた障害者手帳を見せながら補足する。


「僕も服用している立場だから言い切れます。
あと、前に自殺の調査をしたこともあって……そういうところから、精神科の先生に教えてもらったことがあって」

「直接的にはってことは……こう、回りくどい感じならありそうなの?」

「あるみたいです」


そう、あるんだよ。それも相当に怖い形で。

これもまた傍目には分かりづらい障害たり得るので、支援や理解を得られるのが難しい……それは悲しい痛みを生み出すものでもあって。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――基本的な話をすると、人間の精神は脳の分泌物が作っている。ストレスは脳内で情報処理が上手く行かないときに生まれる負担。

それは人に相談するとか、趣味や運動などで発散するとか……時間経過による希薄化を利用しての“開き直り”などで解消される。

……でも、伊佐山さんみたいに相談できる人がいなくて、趣味などの発散もできず、問題を無責任に放置もできない場合、思い詰めて……鬱病などの精神病が発生する場合もある。


自殺調査でお話を聞いたときは、それで内罰的思考に走って、自我の確立を行うために自傷……自殺へ走るケースもあるって内容だった。

伊佐山さんの場合はストレスの原因を、殺害行為で潰す……そういう方向に走ったわけだけど、どちらも共通していることがある。


「……一般的な心理学見地から言うと、心理面が内向状態……つまり内で考えているところから、外に転じるときに最も自殺が多いと言われています。
内向状態のときは、自信……自己肯定感も底辺で非常に悲観的。でも自殺はしないんです。その気力すら出せないから。
逆な場合でも、行動的で自己肯定感も……まぁ行きすぎていたとしても強いから、自殺をする理由がありません」

「でも、そういう……内向状態から、明るくなっていく中で自殺しちゃうの?」

「内向状態で自己否定を抱えたまま、その方向が真逆に動くのが危ないんです。
自殺という大仕事を果たす気力に溢れて、衝動的にやってしまう可能性がある……。
しかもその理由には、“変身願望の達成”というものも含まれる場合がある……」

「……悪いことをした自分……人にもっと頑張れとか、甘えるなとか言われても変われない自分……そんな自分を“悪い自分”という別人格に捉え、自傷行為などで罰する……だったよね。
だから、自殺で自分を肯定するという一見矛盾した動きが成立してしまう」

「ん……」

「風花ちゃんもなんか凄い! 滅茶苦茶詳しいんだね!」

「先日ちょっと触れた美澄苺花ちゃんが、そういう流れで自殺しかけたんです」


……雨宮さんが……みんなが感心してくれるけど、僕達にとってはあまり喜べない話でもあった。


「苺花ちゃんも発達障害を患っていて……恭文くんとは療育関係で知り合ったんです。
だけどお父さんが障害に全く理解がなくて、甘えとか医者が金儲けのために付けた病名だってにわか知識を振りかざして、追い込んで……」

「……あの、ごめん」

「いえ、大丈夫です。私の方こそ……恭文くんもごめん。あの、ちゃんと恭文くんからお話するべきところだったのに」

「いいよ。どうしても思い出しちゃうのは……仕方ないし」

「じゃあ恭文君、もしかして……苺花ちゃんを助けられたって下りは」

「……九年も前で、本当にちょっとだけだったので、覚えていないのも仕方ないって思います。というか、多分似ているだけで違うだろうし」

「え」


話が逸れるけど……赤坂さんにも“すみません”と断ってから、雨宮さんを見やる。


「僕、苺花ちゃんが家を飛び出して、どこに行ったか分からないって聞いて……探しに出たんです。
知り合いな野良猫達にも手伝ってもらって、思い当たる場所を徹底的に」

「あぁ……動物さんともお話できるから」

「それでも掴みきれなかったとき、たまたま通りがかった……学校から帰る途中のお姉さんに、藁にも縋る思いで聞いてみたんです。
長い奇麗な黒髪で、声も最高に奇麗なお姉さんに」

「え……!」


そう、声も奇麗だった。そこまで分かった……だって……だってね。


「一人で鼻歌をうたいながら歩き、コンビニで買ったと思われるコロッケを楽しげに食べていました」

「……あぁ……それは間違いなく天さんだ」

「一人ってところがねぇ。闇が深い時代だったから」

「ちょっと、やめてよ! たまたまだったかもしれないじゃん! たまたま、一人で……ね!?」

「あ、あのですね……実はそこで、一つ申告が……!」


麻倉さんや夏川さんが断定しているところ申し訳なくて……つい右手を挙手。


「実を言うとその、その人が雨宮さんかどうか……自信が、ないんです」

「へ!?」

「え、ちょっと待って。蒼凪くん、今も直接会っているよね? それでも分からないのかな」

「……………………」


あれ、雨宮さんがなんでか心苦しげに……いや、今はいいか。まず説明をしないと。


「慌てて探していたんで、名前とか……あとどこの学校かとかも聞いていなかったし、チェックもしていなかったんです。
というかあの、その後に……そのお姉さんが『見かけた』って教えてくれた通りを見に行ったら、苺花ちゃんが電車に飛び込む寸前で」

「……そっちに上書きされちゃった感じ?」

「……それでなんとか止めたら、“どうして助けたの“と……そう言われてしまったのもあって」

「そっか……」


あぁ……空気がなんて重たくなっちゃって! だからこの話はしたくなかったんだよ! だから絶対に嫌だったの!


でも……一人だったけど、凄く楽しそうに……その笑顔が、歌声がすっごく引っかかって。いや、嫌いとかそういう意味じゃなくて、本当に奇麗だなぁって。

まぁ普通ならそこで終わっていたんだけど、そのときはとにかく慌てていて……それで、ちょっとしたひらめきもあって。だから聞いて見たら、いい結果が出たんだ。


「……励ましてもらったのも台無しにしたから、余計ショックで……」

「励ましって、天さんが?」

「友達と喧嘩したって思われたらしくて……だから、喧嘩したなら仲直りしなきゃ駄目だよーと。大切にできる人がいるのは、いいことなんだからと……」

「そう、だったんだ。あの、あの……あの……」


それで雨宮さんは本当に驚いた顔をして……。


「やばい、どうしよう……あたし、ほんとに覚えてない……!」

「ご、ごめんなさい」

「いや、君は悪くないから! さすがにそれだと……ねぇ!」


恥ずかしげに頭を抱え、打ち震える……というか僕も抱える! やっぱり負担だったなぁって猛反省!


「それで恭文君、今回はいろいろ生卵だったんだよね。
確証がなくても、そのお姉さんと“似ている”天ちゃんが自分と同じようなことで困っていたしさ」

「でも私、気になるかも……。そこまでこじれて、どうやって仲直りできたの?」

「試合が終わればノーサイド……紳士的に解決したんです」

「大人だー!」

「「「………………」」」

「蒼凪ぃ……!」


あれ、舞宙さんといちごさん、才華さんが凄く疑わしそうに……というか照井さんも頭を抱えて。

まぁいいや! 事実だしね!


「その話はまた、バーベキューをしながらで。じゃないと話が、横道に逸れまくるので……!」

「それもそうだね。……でも……その人が天さんかどうかは別としても、すっごく素敵なことだって思うな」

「麻倉さん?」

「だってさ、通りすがって……もしかしたら適当に放言しただけの言葉が、君の中にちゃんと生きていて、それが今みんなを助けていったんだから」

「……はい。僕も……そう思います」


そうだ……あそこなんだ。最初は失敗で、悲しい思い出になったけど、でも大事なこと。

……今はすれ違うだけの……家族以外の可能性も守れたらって、そう思うようになった……最初のキッカケだ。


「でもこれで二人揃って自信がなくて、確証がないって……雨宮さんは高校生くらいで、外見年齢的にもほぼ完成されていたでしょうし、恭文くんだって外見は基本そのままだし」

「そのままって言うなぁ! 一五〇台には近づいているから! 大台はもうすぐだから!」

「それ、女の子としても小柄なんだよ? というかほら、声変わりもしていないし」

『…………え?』

「小さい頃から高音三オクターブの女性キーなんですよね。私と知り合ってからも声が全く変化していませんし」


ふーちゃん、その補足は駄目! あと歌織も説得力が強すぎる! おのれ、お母さんの音楽教室を手伝っているから、プロ側なんだよ!?

だからほらほら……みんながぎょっとした様子で僕を見始めて!


「実は、うちの母が音楽教室をやっていて……それでいろいろ気になってボーカルレッスンと称して調べてみたら、本当にここ数年で変化がなくて。強いていうなら音域が広く強くなったくらいで」

「え、ちょっと待って! あのレッスンってそうだったの!? なにそのローウェル事件みたいなだまし討ち!」

「あれとは一緒にしないでくれるかな……!?」

「でもでも、その分高いボーカル力を……普通の男の人では難しいキーで生かせるのは利点だよー。恭文くんも歌とかいろいろ出してみればいいのにー。さっきだってまた上手になっていたし」

「確かに……やっくんがうたってみた動画とか出したら、わたしヘビロテするかも! あの、当然顔出しした上で! こうさ、和装で……コスプレとかもしてさ!」

「だったらその演出、あたしに任せて! あたしは恭文君の全部を知り尽くしているから!
というかね、そういうのならうたってほしいのが……天ちゃんところあずの曲は押さえて、後はあれとかこれとか」

「変態まいさんの出番はないよ。……恭文くん、そういうときは彼女な私に頼ってほしいなー。和服のおしゃれなら専門だし……知っているよね?」


はいはい、フィアッセさんと才華さん達も落ち着け! 僕をプロデュースしようとするな! 計画を立てるな! いちごさんも今までで一番いい笑顔を出すな!

というかそれ、忍者の服務規程に反して……いるかどうか分からないかも! だって個人の趣味活動だもの!


「それ、あたしも乗っかっていい……?」

「よし、それであれだ。ありがサンキューをやろう。君に譲るから……ね……ね!? 受け取ってくれるよね!」


駄目だ、ここで一度断ち切らないと脱線し続ける! 現に……雨宮さんとかもにこにこし始めたし! 田所さんもだよ!


「あの、その話はまた後でじっくり聞きます! バーベキューのときも聞きます! でも今はほら、シリアスですから!」

「……蒼凪、それならば俺も力になれるかもしれない。女装なら前にやらされたことがある」

「ボクも経験者として微力ながら……それに、とてもゾクゾクするよ」

「おのれらも乗っかるなぁ! ほんと収集が付かないでしょうが!
あと田所さんは落ち着いてください! それやってもただの悪質な物まねですよ! 受け取れませんから!」

「そこをなんとかぁ!」

「だから無理−!」


はい、というわけで仕切り直し! 脱線から仕切り直し! はい、シーン転換でシリアスに戻るよー! ……さんはい!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


持ったままだった手帳を懐にしまい、大きく息を入れ替える……。これでシリアスに戻れるからね!


「大前提として、自殺って文化的……相応に知性的な手段を執るものなんです。
高所からの飛び降りだろうと、刃物や銃、ガス、練炭……そういうものを使うのだって同じです」

「たとえ根っこが衝動でも、確実に死ぬって計算した上でやるからだね。実際苺花ちゃんはそうだったし……」

「でも今回の件は、完全に理性を失った異常行動。
薬物を過剰に摂取するとか、内向的な気持ちを強引に外向に過剰転換させる薬を飲むとか……もちろん喉の病気などとも違う状態だよ。
……伊佐山さんの話をそのまま信じるのであれば、飲んだ途端に理性を失い、冷静に見えても疑念や破壊衝動で満たされ、自衛のために他者へ危害を加える……そういう錯乱を起こす。
それも事後の精密検査じゃ服用の事実すら掴めない“悪魔の薬”だ」

「なら蒼凪、その手の薬が処方されるような場所は」

「普通ならあり得ません」

「……ローウェル事件の下りを考えれば、当然のことか」

「もしそういう薬が必要になるとしたら、それは動物実験の段階ですよ。意図的に症状を悪化させるような薬を投与して、その生体反応を観察するとか……でもそんなの、人間に対してやることじゃない」


そうそう……そこと絡んでもう一つ。金……実弾がばら撒かれているのは、審査会だけじゃないんだ。審査する≪材料作り≫でも同じなの。

実は薬のデータって、服用実験に持っていく段階までが滅茶苦茶大変なのよ。まぁ人の命に関わることだし、ザルなのは駄目なんだけどね?

でも、そこまで厳しいからこそ、それをなんとかすり抜けようと“実弾”に頼る場面も……そういう輩も出てきちゃうわけで。


いわゆる治験の前段階……動物実験などで薬の効能を試す場合、そういうことに詳しい医師に依頼をかけるのが普通。でもそこで有能な人は、抱えている仕事も実績の分多い。それだけでも順番待ちが発生する。

……そこで実弾を飛ばして、上手く優先席を作るわけだよ。それに精神薬というジャンルそのものも、更に注目度を集めている。

そこが二十一世紀に入って、発達障害や境界知能という“新たな見えない壁”が大きく認知されたことだよ。


生まれついての特性なので、根本的な治療は無理だけど……薬物投与と症状を自覚した上での事前準備で症状緩和は可能だから

でもそうなると、千葉は……いや、断定はまだ危ういな。水橋参事官とその上の人間とでは、いろいろ意図が食い違っているように思うんだよね。

ううん、むしろ食い違っているからこそ、参事官達はこれだけの暴挙に出た……そう考えてもいいのかも。


派閥の中核であり、彼らの収入源とも言えるABCプロジェクトは、新体制派閥にとっても厄介なお荷物で恥部でもあるしさ。

まぁここまでが新体制の内情……それにまつわる推測だけど、だったら千葉達旧体制……ABCプロジェクトにしがみついている連中はどういう思惑で動いているのか。

たとえば水橋参事官達なら、平安法を是が非でも通そうとしていたけど……それだって組織内の派閥闘争に使える手だ。なにせ新体制の平和路線が無駄だと断定できる部分だもの。

平安法成立に連なる軍事特需や国力増強……旧体制の正義と有用性を改めて示すことができれば、その色を塗り替えられたかもしれない。

もっと言えば、ABCプロジェクトで扱っている案件だ。それが国益を……いえ、“自分達の懐”を潤すものだと示せれば、その図式も塗り替えられるかもとか……考えたのかなー。


……だったら、もう一つ確認だ。


「赤坂さん、ABCプロジェクトの連中はどう始末を付けるつもりなんですか」

「俺も気になった。……あくまで水橋達はその若手として暴走し、ガイアメモリや何らかの薬物を持ち出した……“ただそれだけ”のことで、上層部の意図とは違うものだと釈明するのでは」

「少なくとも向こうはそう切り捨て、上手く逃れる算段だと思います。
……とはいえ、こちらはそれじゃあ収まりが付かない。ガイアメモリの脅威度はここにいる照井警視が……ここにいるみなさんが知っての通りですし」


だからわざわざこっちに来て、協力していこうとお願いをする……それも表には出さない形でってわけだよ。

敵がそれだけ根強い権力を振るってくるのであれば、正規の手段では通らないかもしれない。だから“まともじゃない”僕達とも上手く利用し合う。そういう覚悟で赤坂さんはこちらにきている。


「もちろん今回出てきた“薬”も追及する。もし本当にローウェル事件の繰り返しなら、それは絶対に阻止しなければならない」

「またなにかしらの……外交関係の陰謀が企てられている気配とかは、あるんですか?」

「今のところはないね。ただ……千葉については、そこまでスケールが大きい人物には思えないんだよ。それはローウェル事件を調べていた部署の方々も同じ意見だった。
もしかするとだが背後関係などもさっぱりで、自分が逮捕されなかったのもただ運がよかった……そんな考えなのかもしれない」

「つまり、ほとぼりが冷めたからまた小遣い稼ぎをやってやろうと」

「そんなノリであんな薬を作って、伊佐山さんに流れた……?!」

「事実なら呆れるしかありませんけど、千葉が持っている“力”も相当なものです。……TOKYO WARで当時の幕僚長や政治の中枢にいた人間が、相当数辞職しましたよね。
その中には千葉とは政敵に位置する人達や、新体制派閥の要職達も多数いたんです。結果事件を受け、千葉の勢力が……『東京』の旧体制派閥が活気づいたんです」

≪現にあのパッケージも薬の名前などがなかった点を除けば、普通に処方されるものと変わりなかったですからねぇ。……あなた、あの形で……名前も入った上で処方されていたら、どうしますか≫

「先生の説明もあった上での処方なら、疑いなく飲むと思う」


そう……プラシル事件が問題視されたのも、今回のことでここまで危惧が強まるのも、ここなんだよ。

そもそも病院……ある種の権威機関で処方されているものが、違法性や人の生き死にすら左右する危険性を孕んでいる……その提示がされないというのがあり得ないことだった。

しかも今回、伊佐山さんについては事後調査では服用証明ができないでいる。普通の事件捜査だったら、間違いなく当人の罪として処理されるレベルだよ。


そういう点からも、ローウェル事件との類似性が窺える。そりゃあ赤坂さんもまた出張ってくるわ……!


「恭文君もそれなら、その薬がばら撒かれたら……本当にとんでもないことになるよ!
伊佐山さん達みたいな人が、たくさん出るってことでしょ!? それもそういうお薬に頼りながら、頑張っている人達が……薬のせいなのに、犯罪者として扱われて、裁かれて!」

「当然精神障害への風評被害も出てきます。ただでさえ研究中の症例も多くて、素人考えでの批判や指摘は危ないっていうのに……」

≪ただまぁ、水橋達が理想としていた“大日本帝国”の姿は見えてきましたね。
そういう“弱さ”を切り捨てて、ただ強く……強いものだけが残り、それらが愛国心を持って国に尽くしていくわけですよ≫

「やっぱり頭がおかしかったんだね、あのアホども」

≪狂っていますよねぇ……≫


……なんにしてもできるだけ早めに……慎重に捜査を進めないと。


「赤坂さん、パイプの方は了解しました。多分PSAも港署や警防と連携して、専任チームを作るでしょうし……そこには僕と鷹山さん達も加わると思います」

≪事件被害者でもあるあなたが参加するのは、余りよろしいことじゃないんですけど……でもガイアメモリ絡みの専門家も少ない関係で、どうしても引っ張られるでしょうしね≫

「すまないがそこは俺の権限でも引っ張ると思う。専門家による広域的な捜査は、今回の事件では絶対に必要なスキルだ。
……フィリップ、所長にも話を通すが……お前と左も民間協力者として対応を」

「もちろんそのつもりさ。翔太郎とアキちゃんも乗り気ではあるから、安心していいよ」

「……ありがとう。こちらもその誠意を裏切らないよう、全力で対応していくよ」


今のままじゃ、本当に……伊佐山さんや罪を償うことができない。その所在を明らかにできないんだから。


「ね……それ、怪我が治ったらって話だよね?」

「そこはきちんとします。今無理をしても、後に続きませんし……それに、雨宮さんお勧めのバーベキュー? 実はすっごく楽しみでー♪
あ、もちろん今度のソロライブも、TrySailとしてのライブも楽しみだし、ラジオも毎週欠かさず聞くし……舞宙さん達のライブも絶対行きたいし!」

「蒼凪くん……」

「もちろんありがサンキュー先輩のライブも見に行きますし!」

「名前で呼んでくれたら嬉しいのになぁ!」

「だから、大丈夫です。
……やりたいことも、叶えたい夢もたくさんあるから。邪魔する奴はたたき伏せていきます」

「……なら、バーベキューは期待してくれていいよ! もうロケーション的にも最高だし、ドリンクも美味しいし!」

「はい」


そもそも今回の事件がどうして起こったかもきっちり把握できない。もちろんその処遇への扱いも相当に変わってくる。

本当に一段落が付いただけなんだ。巻き込まれた雨宮さん達の笑顔が曇らないように、できるだけ……うん、頑張らないとね。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――二〇一七年七月

核爆破未遂事件からひと月後。原宿近辺



ライブも無事に終わり、私達も日常へ戻る。いつものお仕事をこなしつつ、また新しい挑戦に向けて充電もする。

そんな中……ちょっと予定より遅れちゃったけど、恭文くんと約束のデート。和服が多い私だけど、ちょっとおめかしして……チョコ色のガーリーなシャツにスカートを翻して。

恭文くんは袴姿……なんだけど、いつもよりちょっといいお着物。うん、いつもの動きやすい袴じゃない。それより生地もいいもので、羽織も着ていてさ。でも華美すぎない程度に整えて。


……紺色の袴……いろいろ考えて選んでくれたのかなって、ちょっと嬉しくなっちゃう。その点では私達、両思いなんだから。


「えへへ……えへへへへへ……♪」

「いちご、滅茶苦茶にこにこしているなぁ……。
まるで麻倉を見ているときの夏川だ。またはお前を見ているときの才華だ」

「ショウタロス、それ以上いけない……」

「そこを掘り下げると、絹盾さんと麻倉さんが食材かなにかですしねぇ……」


でもでも、それやこれから行くケーキバイキングと同じくらい楽しみなのは……渋谷の屋上テラスでバーベキュー! 天さんが言っていたのってそこだったんだ!

調べてみるとおしゃれに、夜景を見ながらバーベキューが楽しめるお店って結構多くて……そこのも美味しそうなの! 牛・豚・鳥……全部のお肉が楽しめて、エビやホタテもOK!

もちろんお野菜もあるよ! エリンギ、オニオン、ピーマン、スイートコーン! 焼きそばだってできちゃうんだから!


……って、そうだそうだ。そんなにこにこはしていられない。


「恭文くん、コーンはお店の人にお願いして、出さないようにしているから……安心していいよ」

「え……いや、さすがにそれは! 食べなければ大丈夫ですし!」

「いいの。みんなも“見なければ大丈夫”は気にするし」

「……すみません」

「そういうときは“ありがとう”だよ? あと、その分ちゃんとお話する」

「はい」


恭文くん、実は生のトマトだけじゃなくて、粒のままなコーン……ミックスベジタブルとかも駄目なの。小さい頃、給食で出たミックスベジタブルの味や匂いで凄く気持ち悪くなったらしくて。

……これも発達障害の症状なんだよね。嗅覚や味覚で独特な部分……過敏だったり、逆に鈍麻な部分があったりで、実は偏食気味なところがあるの。

恭文君もその絡みで……ピーマンとにんじんも、その関係でちょっと苦手なんだよね。まぁこっちはパプリカとか、本当に甘くて美味しいにんじんとかを食べてちょっと改善気味だけど。


ただ、お話が必要なのは……それだけじゃなくて……!


「……療養期間だって言ったのに、早速別の仕事を受けちゃったしねぇ」

「いや、そこははやてに“相談に乗ってくれ”と頼まれただけなので……」

「模擬戦、したんだよね? それでなにか……相手の女の子を、ひん剥いたとか?」

「謝り倒しました!」

「そっかそっか……だから、私からまた説教だね」

「いちごさんー!」

≪一応治っていたんですけどねぇ。ナノマシンのおかげで≫


はいはい、アルトアイゼンも逃げないの。全く……聞いたときはびっくりしたよ。

なんでもミッドチルダの方で、変な薬物が出回っていて……その捜査を手伝ってほしいって頼まれたんだって。えっと、陸士108部隊だっけ? ひん剥いた子がギンガ・ナカジマだっけ?

まぁそれだけなら療養期間ってことで断れたんだけど、プラシルやガイアメモリ絡みじゃないかってことで……お話を聞くだけでもって向かったら、ご覧の有様だよ!


それでも学校中心で、もし何かあればまた出張るって流れで決着したらしいけど!? それでもさすがに心配だから、ちゃんとお話するんだから!

でも……そっか。今日と明日は、めいっぱいお話する時間、あるんだよね。それは嬉しくて、胸が高鳴っちゃう。


「でも楽しみだなー。
今日は恭文くん、約束通りお泊まりだし……明日はみんなでパーティーするし。
……恭文くん、みんなと一気に仲良くなれちゃうね」

「さ、さすがにこれを利用してっていうのは……」

「でもほら、お仕事の付き添いとかも頼まれているよね」

「そっちはPSAの手透きな人達で分担していきます。下心がなさそうな人達に」


恭文くんは、さすがにそれはないと……軽く手を振ってくる。最初、まいさんに……私達にそうだったように。


「……恭文くんは行かないの?」

「まぁ今回みたいなことがあれば別ですけど……僕はそもそも舞宙さん達の方で手一杯ですし、学校もありますし」

「そっか。でも……まいさんのときみたいに、避けるようなことはしちゃ駄目だよ? みんな気にするから」

「……はい」


まずみんながこれからも笑って、活動していけるように……かぁ。

まぁそうだよね。今回の事件を受けて、以前のサウンドラインやミュージックレインみたいに、みんなの事務所もそういう防衛意識とか高める方向に動いているし。

恭文くんは一応そういうお仕事の前例というか先輩として、その辺りのノウハウを生かして、いろいろ手配して……それで私達への優先順位を大事にしてくれて。


だけどそれだけじゃない。見上げる立場の人間でもあるから、きちんと線引きが必要だって刻んでいる。これを利用して……恩に着せて仲良くなるのは駄目だって思っている。

それは決していいことじゃない。今はよくても、きっと後でお互いに傷つく結果が出ちゃうから……だからって……うん、分かっているよ。

苺花ちゃんの下りを隠していたことでもね、みんなにも伝わっているんだ。そういう不器用な優しさ……私もまた感じて、自然と左腕に抱きついていた。


「いちごさん?」

「大丈夫。私も、まいさん達だっているから。本当に無理そうなら、代わってあげるし」

「……ありがとう、ございます」

「でも、できるだけ頑張ってほしいとも思うんだ。
天さんもね、軽い気持ちではないから」

「はい」

「ん……それと、今日はね? 恭文くんは私の彼氏だから」


だからあのときみたいに……碇専務からかばってくれた後みたいに、めいっぱいの笑顔を届ける。


「うん、当然だよ。じゃないと家にお泊まりも、お風呂も、添い寝も……デートだって許さないよ?
だから私のこと、彼女として……ちゃんと、大切にしてほしいな」

「いちごさん……」

「もちろん、恭文くんが私のこと凄く気遣ってくれているのは、分かるよ? それは凄く嬉しい。
でもね……これからはもう少しだけ、踏み込みたいんだ。ときどきでもそういう時間を作りたいんだ」


……今回の事件で……気持ちがかき乱されて、それでも強くなったものを確かめられて。だから言えた言葉。

今は、これが精一杯。もっとはっきり……堂々と言えればいいのに、臆病で弱い私は、これが精一杯で。


驚く恭文くんに……きっと、私のためにってまた気遣ってくれるところに、今すぐには踏み込む勇気もなくて。


「少しだけ……恭文くんへの好きが、その意味が分かってきたから」

「「「……」」」


しゅごキャラ達は……ヒカリちゃんは、“まぁ及第点だ”と言わんばかりに頷いてくれるけど、それはちょっと情けない。

だけど、それでも踏み込んだ分だけは……そう思って、もう少しだけ……鼻先が当たるくらいに、顔を近づける。


「駄目、かな」

「そ、そんなことないです! あの、ありがとうございます」


恭文くんは一旦、私の腕を優しく解く。それが少し寂しく感じていると……ちゃんと向き合って、両手を握ってくれて。


「凄く、嬉しいです――!」

「ん……私もだ」


だから私も握り返す。この場でキス……は恥ずかしいけど、ほっぺたを軽くすり合わせて、気持ちを伝える。


「受け止めてくれて……すっごく嬉しい……♪」


――――ずっと一緒だと、変わらないと思っていた。でもそれは違う。

私も、恭文くんも変わっていく。まいさん達だって…………ヒカリちゃん達だって。


――私達は、恭文が描いた未来の可能性……『なりたい自分』。だからアイツがその可能性を掴んだとき……自分の力で描いた『なりたい自分』になれたとき、そのままアイツの中に帰っていく――


ヒカリちゃんはあの後、私にこっそりとそんな話をしてくれた。

まいさんにも、サイちゃんにも……シオンちゃんから話していたみたい。サイちゃんとか、泣きそうな声で電話をかけてきたし。


――しゅごキャラが大人になると消えるというのは、そういう意味なんだ。
私達という可能性の先取りだったものに近づき、並び立てたとき……本当の意味で私達は一つになる――

――……じゃあ……もしかして、もう……――

――私達とのキャラなり以外で……可能性の前借りに頼らず、伊佐山奈津子の未来を繋いだ。兆候はもう出ているんだ――


それで私も泣きそうだった。

いつの間にかずっと一緒で、変わらないと思っていた。ヒカリちゃんと一緒にご飯を食べるのも、ショウタロスくんのハーフボイルドにツッコむのも……シオンちゃんの嫁願望に振り回されるのも、当たり前でさ。

それで……あぁ、そうだ。一番当たり前なのは、ご飯を食べるときだ。恭文くんはずっと……“みんなと”ご飯を食べていた。


もう、その時間も終わる。ずっと当たり前だった時間は……いつか、“そのとき”が来たら当たり前じゃなくなる。それは思い出していくものになるんだ。


――それ、恭文くんには――

――伏せておくさ。……『東京』も追い立てていく中で、“また生卵になられても困る”――

――ん……――


それは、ある種の確信でもあった。もし恭文くんが……自分達が、そんな人達が起こす事件を、核爆弾や伊佐山さん達の事件を……その根っこを止められたのなら、きっとそれがゴールなのだと。

だからみんなにとってそれは、最後の事件。絶対にやり遂げるという気概を溢れさせながら、ヒカリちゃんは私の目をのぞき込んできて、こう言ったんだ。


――なのでまぁ、遺言じゃないが……お前に言いたいことがあるとしたら――

――なにかな

――アイツは馬鹿だから……三年前の里帰りでお前と約束したことを、律儀に守り続けようとしている。それは……分かっているな?――


また一緒に街を歩きながら……この当たり前だけど、当たり前じゃない時間を刻むように、手を繋ぎながら……ヒカリちゃんの言葉を噛みしめる。


――お前のことが大好きだから、幸せになってほしい。ずっと笑っていてほしいと……自分がその相手になる選択肢を二の次にして、お前の気持ちだけを考えている――

――……うん――

――まぁお前も恋愛についてはトンビですらかっさらうのを躊躇う油揚げだし、そこまで期待はしていないが……それでももっと踏み込みたいと思ってくれているなら、アイツと一緒にご飯を食べてやってくれ――


ずっと一緒にはいられない。その先が見えたヒカリちゃんとの、大事な約束を。


――恭文は私がご飯を食べる姿が大好きだからな。寂しがっても、お前の食べっぷりを見れば元気も出る――

――出して、くれるかな――

――それくらいアイツもお前が好きだ。そこは保証する――

――だったら、嬉しい……あぁそうだ。それがすっごく嬉しいんだ――


ヒカリちゃん……みんな、私も今回のことで思い知ったんだ。私は自分が思っているよりずっと、この子のことが大好きなんだって。


――私は、まいさんみたいに一気呵成にはいけそうにないけど……でも約束するよ。
絶対、絶対ちゃんと向き合って、二人で決める――

――頼む――


だから、もっと勇気を出そう。不器用でも、へたっぴでも……私なりに気持ちをぶつけて、ぶつけられていこう。

今繋いだ手を離したくない……この子と笑い合える時間を大切にしたい。それは絶対に、嘘じゃないんだから。


(Wの約束――おしまい)






あとがき

恭文「というわけで、今回は横浜編アフター。予定より早く赤坂さんやまだしぶとく生きている小泉氏、千葉などの話も出てきて、特別チーム編成も決定。
間接的に事件へ関わってしまった舞宙さん達や、ビリオンブレイク組のみなさんもきっちりガードしようと話が纏まって……ここはちゃんとしないと」

古鉄≪これが後々、南井巴さんや垣内署絡みに繋がるわけですね≫


(でもこれだと裏ルートに深く関わりそう……いや、ガイアメモリのことをほいほい話せずごまかしたーって図式ならまだ)


古鉄≪更に最後の間に、もしもの日常Ver2020本編でやったギンガさんとの出会いイベントも……≫

恭文「ほんとすぐの話だったんだよ」

いちご「だから、お説教だよ?」

恭文「あ、はい……」


(神刀ヒロイン、むくれて登場)


いちご「そうだよ……そうなんだよ! 私と一緒にダガーL、作ってくれなかった! 自分だけ先に作ってさ!」

恭文「それについてはスケジュールとかいろいろ絡んでのことですから! というか二体目はほら、一緒に作ったじゃないですか! ストライカーだって!」

いちご「最初の一歩が大事なんだよ! ケーキ入刀だって一緒にやるよね! 一刀目を恭文くんだけがやるわけじゃないよね!」

恭文「それ結婚式でしょ!? いちごさんは僕と結婚したいんですか!」

いちご「………………したいよ!」

恭文「はい!?」

いちご「恭文くんと……そういうことできたらなぁって、考えることくらい、あるんだから! じゃなかったらこんな……ないよ! 私、本当に恋愛とかよく分からないし!」


(神刀ヒロイン、蒼い古き鉄の胸元にぽかぽか……ぽかぽかー)


いちご「そりゃあ、年上なのにあんまりリードできないけどさ! でも、でも……恭文くんの、せいなんだから」

恭文「あの、いちごさん……」

いちご「私、男の人に……好きとか言ったのも、恭文くん……だけなんだよ……? ちゃんと……受け止めてほしい」

恭文「……じゃあ、いちごさんの気持ち……教えてくれますか。また、ちょっとずつでもいいから」

いちご「……ん……お話、する。プラモも作りながら、だね」

恭文「はい」

舞宙「…………じれったい……じれったい……そのまま飛び込んでしまえと言ってやりたい……!」

才華「まいさん、我慢だよ。ほんと、それは台無し」


(こうして油揚げ二人の仲は、周囲をやきもきさせながら進展していくのです。
本日のED:松澤由美『僕達はもう知っている』)


古鉄≪というわけで、予想外に早く判明した、青い人との縁……が、ガチでそうだったかはマスター当人にも分からないという≫

あむ「……相当慌てていたんだろうね。ほんと通りすがり……すれ違って、特徴が近かったってだけで。
というか……アルトアイゼンは知っていたよね! なんで止めなかったの!?」

古鉄≪それはフィリップさんと風花さんに言ってくださいよ……。
いや、でもフィリップさんがああ言ったってことは……≫

あむ「そっか、検索があるから……!」

フィリップ「そこはノーコメントとしておこうかな。……ところで日奈森あむ、アルトアイゼン、君達は知っているかな?」

あむ「え、いきなりなにを……ってちょっと待って! このパターンは」

フィリップ「そう……パンケーキという食べ物を! いや、これについては知っているかもしれないが、甘さ控えめで主食としてのパンケーキが存在していることまでは知らないだろう!」

あむ「やっぱりー!」

フィリップ「パンケーキについてはホットケーキを検索したときに見ていたはずだが、ボクとしたことが盲点だったよ……。
いわゆるデザートの印象が強かったんだが、なんでも目玉焼きやベーコンなどと食べる……パンに近い形での食べ方もあるらしい。
更にパンケーキの調理法もアレンジが多種多様だ。よく言われるのが、牛乳の代わりに豆乳を使うもので……」

あむ「どうするのこれ! パンケーキとかちょっと面倒臭いところじゃん! 恭文とりんさんも凄い語っていたし!」

恭文・りん(アイマス)「「主食としてのパンケーキと聞いて!」」

いちご「聞いて!」

あむ「嬉々として出てくるなぁ! というかいちごさんまで!」


(おしまい)






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