小説(とまとVer2020軸:劇場版リリカルなのは二次創作) 西暦2017年6月・神奈川県横浜市その3 『Wの約束/街を泣かせるもの』 魔法少女リリカルなのはStrikerS・Remix とある魔導師と古き鉄と機動六課のもしもの日常Ver2020・Episode 0s 西暦2017年6月・神奈川県横浜市その3 『Wの約束/街を泣かせるもの』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 恭文くんはなんとか間に合った。手傷を負わせていたこともあって、アントライオンドーパントはお店に手を出せず、そのまま鎮圧できた。 そう、できたんだ。それで事件解決……できれば、よかったんだけど…………! 「シャマルさん、恭文くんは……!」 「……ほんと、付いていって正解だったわ。応急処置が手早くできたから、大事には至らなかった」 「よかったぁ……」 「でももし戦闘できるとしたらあと一回だけ。 それを使い切ったら、有無を言わさず療養生活に入ってもらうから……風花ちゃん、歌織ちゃんも監督をお願いできるかしら」 「「はい」」 「あたしも見ていきます。さすがに心配だし」 「……舞宙ちゃんはその前に、恭文くんとのお付き合いについてちょっとお話です。というかお説教です」 「はい!?」 アントライオンドーパントは、確かに猪熊修也さんだった。 でも恭文くんが……鷹山さん達が危惧していたとおり、共犯者がいた。しかもその人もメモリを持っていて。 「舞宙、それは受け入れろ……」 「いくらやっちゃんが忍者で房中術もいけるからって、後ろからハグして足で……ってのは、なぁ。しかもわざわざ猫耳も出してもらってさぁ」 「なんで知っているんですかぁ!」 「でも先生の魔法でほいっとってわけにはいかないのか……」 「万能の薬がないのと同じですね」 「待って! 無視しないで! それより大事な話を……できない状況だけどぉ!」 新たに出現したドーパント……共犯者の人に口封じを受けた。 「特に……ガイアメモリの影響とか、その反動は魔法でも難しいところがありますし」 「蒼凪が……というかショウタロスがかました零距離砲撃がまずかったと」 「自爆同然ですから……!」 しかもそのドーパントは接触致死型の能力を持っていて、詳細も不明。相当殺傷力が高いドーパントらしくて、横浜は現在厳戒態勢の真っ最中……その捜索に、いろんな人達が走り回っていた。 「状況は最悪です」 私の肩に乗っかったシオンちゃんが、ため息交じりで髪をかき上げる。 「フィリップさんは麻雀検索に没頭中……。 能力的にも照井さんや鷹山さん達……一般警官の方々も戦力外……。 お兄様は無茶なマキシマムドライブの影響をもろに受けて、身体はがたがた。しばらくの間動けない……。 当然ながらお兄様と一つとなって戦う私達も無力化された……。 にもかかわらず外には、中近距離で接触致死攻撃もできるドーパントが野放し……」 「すまねぇ……!」 「あなただけのせいにはしませんよ。というより、それで収まる話でもなくなった」 「振り回された当の本人が、責任の取り方を示したからなぁ……ほれ、先輩」 そう言いながらヒカリちゃんは、手に持っていた蒸しパンを半分に分けて、ショウタロスくんへ無理矢理押しつける。 「ヒカリ……」 「ミスを悔やむなら、託されたものを果たし抜け」 「……あぁ」 ショウタロスくんは反省混じりで……それにかぶりついていく。 ……絶対折れない……諦めないって……ほんと、もうなぁ……! 「……恭文くんの、馬鹿」 「いちさん……」 「絶対目が覚めたら……滅茶苦茶ご飯、詰め込んでやるんだから……!」 いちごさんもベッドの脇から絶対離れないし……舞宙さんも、才華さんもそれは同じで。 私達のところに着てくれた歌織ちゃんも変わらない。治療もあって、あっちこっち包帯だらけな恭文くんの額に、優しく濡れ布巾を乗せてあげて…………というところで、ノックが響く。 「俺が行こう」 照井さんが率先して動いて……少しして、心配そうな雨宮さんが大きめの袋を持って現れて。 「雨宮さん……!」 「これ、差し入れ。 あと……蒼凪くんも食べるかと思って、おかゆとか……流動食も買ってきたんだけど」 雨宮さんはベッドで眠る恭文くんを見て、痛々しそうに表情を歪ませる。 「無理そうだね」 「……目が覚めたら必要になると思うから、あたしが預かっておくね。ありがと」 「ううん。いっぱい助けてもらっちゃったし…………病院には」 「一応大丈夫って感じです。これ以上無茶はできませんけど……」 「……そっか」 それでようやく、不安げな表情が緩んで……私達の分も差し入れがあったので、サンドイッチとか、おにぎりとか……思い思いにつまんで、お茶もぐいぐいといただいていく。 思えばもう夕飯時。最初にお邪魔してから、本当に濃密な一日だったよ……。 「……しかしさ、やっちゃんはなんで……二人目がいるって気づいていながら、なにも言わなかったわけ? というか、どこで気づいたわけ?」 「共犯者の可能性は最初にちょっと触れていたし、わたし達はその辺りからかなーと……いや、違うなぁ。 やっくん、発達障害の絡みもあってロジックに走りがちなところがあるし……危惧するだけの“何か”は見つけていたと思うんだけど」 才華さんが目を閉じ、口元に右手を当て思考……でも数秒で答えを出す。うん、多分私と同じ考えだ。 「アルトアイゼン、聞いているんだよね」 「……よく分かったな。いや、蒼凪も確かにそう言っていたんだが」 「あと例の……ウィザードメモリ? それを持ってくるってのもさ」 ≪……実は沙羅さんには追加の調査を、翔太郎さん達には“必要になる”とお願いしているんです。 ただ、本当に……最悪の事態に備えての予備策だったんですけど。あとは経験則ですね≫ 「経験則?」 ≪今回のスタッフに、やっぱり共犯者がいるかもしれない。 で、普通にメモリブレイクしたら殺す可能性もある……まぁそんな話です≫ 殺す…………あぁ、そっか。今回の事件、怨恨が原因だから、連鎖的に思い出しちゃったんだ。 『……』 フィアッセさんも、舞宙さんも、才華さんも、いちごさんも……もちろん私も状況を知っているから、すぐに察する。 ……その場合今日顔を合わせた雨宮さん達にも、一体どれだけの傷を刻み込むか分からないから。 「あの、どういうことかな……いや、共犯者はともかく、殺すって! メモリを壊すだけもできるんだよね!」 「できるんだけど、メモリの使用状況によっては……副作用的な反動が出てくる場合もあるそうなの。 ……実際恭文君も……それで死んだ人とか、記憶喪失になった人とかをそれなりに見てきて」 舞宙さんもベッドの脇に寄って、恭文くんの……眠り続ける恭文くんの頭を優しく撫でる。 「きっとさ、その人があたし達の顔見知りで……そういう状況になったらって、考えたんだよ。 それでまたギャンブルにはなるかもしれないけどって……そうだよね、アルトアイゼン」 ≪魔法使いは最後の最後まで諦めないものらしいですからねぇ≫ 「……でも、命がけなんだよ?」 「ん……」 「まいさん達はともかく、あたし達のためにもって……いや、この言い方も駄目なんだけどさ……!」 ≪まぁ気にしなくていいですよ。あなたにいいかっこして、フラグを立てたいだけですから≫ 「さすがに嘘でしょ!?」 「それでも……諦めたくないんです」 だからそんな二人を見ながら、戸惑う雨宮さん……ううん、鷹山さん達にもそう告げる。 「自分も助けてもらったから……可能性があるなら、家族も、家族以外も……全部守りたい。それで気づいたことを不幸のままで終わらせくない」 「……なるほどね。それがやっちゃんの望んだ“魔法使い”の姿ってわけか」 「……だから、ウィザードメモリとも適合できた……シュラウドさんが前にそう教えてくれたことがあるんです」 ――――それは、恭文くんのビギンズナイト。 最高で、最悪な出会い……まさしく運命の出会い。それが示した道。 だから……うん、止めないよ。心配はすっごくするけど、止めない。 私だって恭文くんを見ていて、やりたいことができたんだもの。だから……! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 風花は少しだけ昔を思いだし、浮かんだ涙を払う。 「……ほんとさぁ、今更だけど風花ちゃんや才華ちゃん達と親しくなれてよかったよ」 するとユージがそんな風花に笑いかけて……同じ笑みを、眠り続ける蒼凪に向ける。 「ほら、俺とタカはやっちゃんと短い付き合いだし?」 「君も年ってことでしょ」 「同い年だよな、俺達。 ……だが、ガイアメモリってのはあんな殺し方もできるものなのか」 「できます」 そこで即答したのは、自身もガイアメモリを使う……仮面ライダーアクセルを名乗っている照井。 ホットドッグを食べきり、静かに両手を合わせて……。 「ご馳走様でした」 買ってきてくれた彼女も含めて、しっかり感謝を伝える。 「……奴についての捜査は、こちらが全面的に引き継ぎます」 照井もなかなかに強い男だ。自分の戦い方とは相性が悪くても、いざというときは……そしてなにかあったときのためにと、話を進めていく覚悟なんだよ。 「申し訳ありませんがあなた方は、その補佐に回っていただいても」 「メモリについてはそっちの専門だからな。PSAとも上手く連携するなら構わないが……どうにかなるのか?」 「それもフィリップが復活しないと、どうにもというところですね。 特に問題なのが、メモリの名前……正体が不明な点」 照井は赤い……エンジンメーターのような描写で描かれた、Aのメモリを取りだしスイッチオン。 ≪Accel≫ 「たとえば俺に適合したメモリはアクセル……加速の記憶。 これは毒素を除去して扱う次世代型です」 「やっちゃんから聞いているよ。それなら安全に使えるってね」 「では……鷹山さん、大下さん、試すようで恐縮ですが、この言葉から能力を予測できますか?」 「そりゃあまぁ、早く動けるとかか?」 「音とか超えそうなイメージはある」 「あ、あたしもそんな感じです! ほんでもうタカとか撃ち落とす勢いで、ばびゅーんと!」 そこでロイヤルブルーのシャツと黒髪を揺らす彼女が、明るく挙手……なんだかんだで強い子だ。 というか、え……ほんと美人…………まぁ置いておこう。今はこの問題の方が……そう、問題の方が大事なんだよ……! 「……タカ、ロックオンされているな」 「し!」 「あ、えっと……済みません! いや、鷹山刑事さんじゃなくて、本物のタカで! あと撃ち落とすって言ってもキルするって意味で!」 「なんでそこを付け加えたんだよ! 俺がそれでいろいろ誤解するように見えたのか! そうなのか!」 「……お三方とも、三割正解というところでしょうか」 「「「え!?」」」 ちょっと待て! 今の下りはあれだったが、さすがに気になるぞ! アクセルで……加速で、三割!? どういうことだ! 「そもそも加速というのは、内燃機関……自動車やバイクなどに使われる、エンジンのパワーと特性を指します」 「エンジン……いや、なるほど」 「そういう話なら、俺とタカは確かに的確じゃない」 だが照井の補足ですぐ納得がいく。つい変身やらなんやらで考えていたから、その視点が抜け落ちていた。 「……つまりあれだよ。俺や君が走るのと、タカがバイクで走るのとは……仮に同じ速度が出ていたとしても、全然違うってこと。 速度っていう結果じゃなくて、その出し方や使う力……中身が丸々さ」 「あ、そっか……!」 「それが七割を埋める鍵です。……内燃機関が生み出す高いエネルギー。それが熱を呼び、使用者に絶大なパワーを与える。 その特性は速度に生かすのみならず、氷を使うドーパントの能力をはね除けたり、力任せに敵を押しつぶすこともできます」 「……あたし達が想像したみたいな、ただ早く動くだけだと……確かに、そういう力は出せなそうだなー」 「ならさ、やっちゃんとショウタロス達がキャラなりで使っていた……ヒートとかは?」 「あれは熱という概念が形になったメモリです。単純に炎や高熱を出すだけではなく、精神の熱……闘争本能を高める効果があります」 ≪まぁ内燃機関という使用方法がある程度限定……というか特化された記憶を使う分、生み出す熱量や出力はアクセルメモリが上なんですけどね。照井さんのドライバーもそこに最適化されていますし≫ ……似たような能力でも、メモリの名前が……封入されている記憶が違うだけで、できることやその意味合いも大きく変化するわけか。 「ならそれを読み取っていくのが、ドーパント戦では大事な要素で、検索小僧の能力はその大きな足がかりになる」 「その通りです」 俺の解答に納得した様子で、照井はそのままメモリをしまい込む。 「しかもこれは大前提……定義が分かったとしても、実際に対処できるかどうかという問題も付きまといます。 単一的な特化能力を振るうのか……または記憶の性質上、幅広い能力を発揮するかでも違いますし」 「……ヒートがそうだったな」 「井坂という男も天候≪ウェザー≫のメモリを使い、局所的な天候変化……自然現象を利用した攻撃ができました。 火炎放射、雷撃、凍結、嵐……もし昼間出てきたドーパントがそういう類いであれば、あれ以外の能力が飛び出す可能性もあるということです」 「天候……天気だから、それを自分で起こせると? またズルだなぁ……」 というか、この間出てきたマグマだったか? 蒼凪に瞬殺されたが……あれの上位互換っぽく思うのは俺だけか? まさしく魔法かなにかだろ。 ……だが、それだけメモリの事件に詳しい照井が……例の探偵達とも親しく、蒼凪のこともよく知る男がいるのは、俺達にとっても心強い。 だからずっと疑問だったことを、照井に……できるだけストレートにぶつけてみる。 「なら照井、お前はあのドーパントをどう思った」 改めてになるが、俺達はメモリについては素人。外観から全てを察することなどできない。 だが照井なら……風都でそれを専門に動いているコイツなら、何かを読み取れたのではないか。 いや、蒼凪もそれは同じだ。だからショウタロスにだけキーワードを……なにかの切り札も託していた。 照井も俺の意図を即座に読み取り、軽く目を伏せるが……すぐにあの鋭いまなざしをぶつけ直す。 「……ただ単純に、触れたものを壊す……上手く言えませんが、そういう印象を受けました。 壊すために力を振るうというより、壊す……傷つける……そういう意思そのものをぶつけて、表現するというか」 「記憶そのものがそういう“概念”を表すワードで、だからその単純さ……純粋さが現れる? 壊すとか、傷つけるとか、殺すとか……」 「だったらそれを足がかりで……って、そりゃ無理かー。もしかしたら俺達も全然知らない解釈の記憶かもしれないし?」 「一つ言えるのは……破壊活動を行うドーパントは多く見てきましたが、あれはそのどれとも……もちろんアントライオンとも違うという点です。少なくとも相当に特殊ではある」 「あぁ、そうだな。俺も専門ではないが、そんな印象は受けた」 「でもさ、もしそうなら犯人……早めに捕まえないとやばいよね。メモリとの適合って、その人の能力とかだけじゃなくて、考え方でも変わってくるんでしょ? しかもお互いに引き合うわけで……」 壊したい、傷つけたい……それを表現することに迷いがない。純粋な破壊衝動を持ち続けていた奴か。 だとすると……ああもう。蒼凪がこれな以上、ハマのデカとしてばしっと解決したいところではあるんだが……いや、捜査に遠回りはないか。 「……タカ、やっぱりそこんとこは」 「地道に行くしかないだろう。まずは猪熊修也……いや、碇専務達の周囲から調べ直す。 その間あの怪物がおとなしくしてくれるかどうかだが……」 「怪しい糸はすぐ浮上すると思うけど、そこが問題だね。アリバイの絡みもあるだろうし」 「このままフェードアウトして、適当に逃げるというのも考えられる。なにせ襲撃自体は一段落しているんだ」 「だね……。 ところでさ、エクストリームってなに?」 そうだ、それも気になっていた。ショウタロスとヒカリ達、切り札みたいに言っていたしな。 「……恭文君とシオンちゃん、ショウタロス君の三人でするキャラなりです」 「まいさん……!」 「言わないわけにはいかないよ」 そこで応えてきたのは、舞宙だった。ただいちごが強めに……怒りをぶつけてきたのが気になって。 「……複数のしゅごキャラと一緒にできるのか」 「えぇ。私とショウタロスを受け入れ変身する≪ダブル・エクストリーム≫……。 私とお姉様が中心となり、ショウタロスも受け入れられる≪リインフォース・ライナー≫……それらがダブルの最強……いえ、究極形態。 特にエクストリームは、対ドーパント戦に置いては絶大なカウンターを発揮する姿です。同時にこの究極形態では、お兄様が主軸となって戦います」 「逆を言えば、お前達の……蒼凪のキャラなりは、全員を受け入れて初めて完成する?」 「そう解釈はできます」 「……それともう一つ。左とフィリップが変身する≪ダブル≫も、エクストリーム化ができます。 地球のデータベースに直結することにより、相手の能力をリアルタイムで解析・対処・無効化しながら戦えるんです」 「なになになになに……そんな凄い切り札があったわけ!? だったらさっきは」 「絶対駄目!」 だがそこで、いちごが嫌悪感むき出しで叫ぶ。また瞳に涙を浮かべ、俺達をにらみつけて……ふだんの自由な振る舞いとは違う。 ただ純粋に蒼凪を想い、心を痛め、それだけはと感情的に声を張り上げていた。 「翔太郎さん達はともかく、今の恭文くんがそんな真似したら……本当に身体が壊れるよ! シオンちゃん達も使うのは……本当にやめて……!」 「いちさん、落ち着いて。……あたしもそこはお願いするつもりだったし」 「いちごちゃん……というか、シオン達か? どういうことかな」 「エクストリームやライナーは、お兄様と私達の力が……そのバランスが最大かつ最高のバランスで取れて、初めて変身できるんです。 ですがお兄様は満身創痍寸前。やはり今のままでは……」 「……究極ゆえに、いろいろ求められちゃうわけね」 確かにそんな状態なら、今の蒼凪で使うのは無理だ。そこは素人の俺でも分かる。 一緒に変身するシオンが、ショウタロスが……無理だという様子でもあるしな。 「それに一番の問題は」 「………………エクストリームが、万能じゃないって辺りだね…………」 …………そこでハッとして、全員がベッドに注目するアイツは身体を起こそうとするが……無理だと判断し、目を閉じて大きくため息。 「お兄様……!」 「恭文君!」 「やっぱ駄目だねぇ……好きなことしている最中は、ぐっすり寝てもいられない」 「俺達としてはぐっすり寝ていてほしいんだがな……。というか蒼凪、どういうことだ」 「そうそう。究極形態なんでしょ?」 「まず変身者……つまり僕達や翔太郎達より純粋に強く、技術もある相手には解析・無効化できたとしても押し負けてしまうんです。 もちろん何らかの事情でそれらができない場合も同じです。実際一度風都を襲ってくれたNEVER……大道克己達はそうだった。それにクラブ・ドーパントのときも」 NEVER……その名前は聞いたことがあるな。確か海外を渡り歩いていた傭兵だとか……ちょっと待て。クラブ……クラブ!? 「おい、クラブってのは……」 「カニです」 「え、お前ら……究極形態でカニの怪人に負けかけたのかよ!」 「負けかけたんです。……泡による再生能力があったんですけど、それが余りに早すぎて……そもそも無効化攻撃すら泡で受け止められ、傷を入れた瞬間に治ってしまって」 「現状のダブルでは、エクストリームだろうとどう足掻いても対処不可能……恭文にも、フィリップにもそう言わしめた強敵だ。カニだったけどな」 「そりゃまた……」 「つまるところ相手の行動、能力……その手の内を全て把握し、先読みし、圧倒することが強みなんです。それができない場合も想定しておかないと、どんどん被害が広がる……」 だから余計に情報戦を制して……か。とすると、辛いとは思うが蒼凪にも聞いておきたかった。 「蒼凪、照井にも聞いたことだが……お前はあのドーパントをどう思った」 「……破壊……傷つけることに特化しているというか、体現している印象はありました。僕達のメモリで近いのは、銃撃手の記憶≪トリガーメモリ≫」 「そういえばあれは銃を出すメモリだったか。 ……で、お前は犯人心当たりができたんだな」 そこでちらりと蒼凪が見やるのは……当然付き合いの浅い彼女だった。 「仕方ないかぁ……。勝利と敗北……希望と絶望は同じテーブルに載せなきゃ、勝負すら始められない」 「蒼凪?」 「例の限定商品、その製作者を洗ってください」 「制作者を?」 「猪熊修也以外に、最低でももう一人……開発に携わっている人間がいるはずです。 恐らくその人はフライリースケールを追い出され、経歴を隠し……今回のライブに関わっています」 「なんだと」 いや、言っていることは分かるんだ。蒼凪が襲われたことも考えたら、ライブのスタッフ・出演者……そのどこかに犯人がいるのは間違いない。 「あと、かなり最近……碇専務と接触しているはずです。 そこも含めて、昼間の一件でアリバイがないなら……ビンゴですよ」 「ね、ちょっと……なんでそこまで、分かっちゃうの……!?」 「碇専務が殺された時点で、予測できますから」 「できるの!?」 「やっちゃんの言う通りだよ。碇専務、ピンポイントで襲われたわけでしょ? あの場で、ホテルにいることも承知しておいて、なおかつあの時間に衣装保管室へ入っているって分からなきゃ無理だって」 「しかもその衣装室はビリオンブレイクの荷物で一杯。そんなところを待ち合わせ場所にできるのは、スタッフだけですよ。 ……その時点でやっぱり、ライブ関係者の中に犯人がいるのは確定。だから猪熊修也という“そうじゃない人間”が出た時点で、最低でももう一人いるのも確定でした」 それで襲撃も予測できたわけか……。コイツ、やっぱりそういう推理というか、状況整理が得意なんだな。 「挙げ句雨宮さんと舞宙さん、歌織が鉢合わせする前に、僕のことも襲っていますから」 「その後にもね、話していたんだよ。あの時点でやっくんが事件に関わって、襲えるのは……あのときホテルにいたライブ関係者だけだって」 「その人からあのアントライオンに話が漏れて、襲われたってこと!?」 「まぁ、まだ内緒でお願い。背後関係から調べて……だよね、やっくん」 「えぇ、お願いします」 「あ、うん。 でも……ほへぇ……!?」 雨宮も、この怪我でそこまで考えられるのかって戦慄しているよ。やっていることは正真正銘名探偵だからな。 「ただまぁ、あんな物騒な能力ってのは予想外でしたけど……アルト、能力解析は」 ≪もうしていますよ。とはいえ言えることは一つですよ?≫ 「一発も直撃を食らわず、ダメージを与えられる攻撃も考えて、きっちり当てた上でメモリブレイク」 ≪自分が触ったもの……受けた攻撃などに対しても破砕効果を発揮していましたからねぇ。 その辺りはシャマルさんとクラールヴィントのデータもありますから……≫ 「つまり、触る……接触するという形のオートガードフィールドを身に纏っているわけだ。 とすると……戦闘映像を回して」 ≪了解です≫ 蒼凪は浮かんだ空間モニター……そこに映る昼間の様子を、目を細めてチェック。 「……杭も体の一部と定義していいかもね。 外見から判断が難しいから、多分概念的なものだ。炎熱とか、氷とか、特定の属性に寄ってはいない」 「なんかすご……! 外見でそこまで分かっちゃうんだ」 「アントライオンなどもそうだが、外見というのも大きなヒントなんだ。メモリのワードという軸で怪人化するゆえだな。 ……だが、それ以上に蒼凪は対異能戦のキャリアが半端ない。なにせもう十年選手のベテラン……俺より先輩だ」 「十年!?」 「恭文くん自身、元々異能力者だったのもありますから。 ……でもどうしよう。今回については、外見でも分かりにくいよね」 「画像は送っているんだよね。翔太郎達のところに」 「もちろん。ただ、翔太郎さん達も外見に覚えがないって……照井さんも同じく」 それもあったな……。ここでアントライオンみたいに、鳴海探偵事務所だったか? その面々や照井が戦ったことのあるドーパントだったら楽だったんだが……。 そして蒼凪についても、そのキーワードの正体については読み取れない。やはり例の検索小僧が復帰するのを待ちつつ、限定商品周りを調べるのが得策か。 「うん、鎮圧方法は固まった」 『え!?』 「殺すだけなら体さえ動けばできる」 『えぇ!?』 かと思ったら、早速とんでもないことを言い出したぞ! もう対策が固まったと! 「恭文くん、エクストリームは駄目だよ!? それだけは絶対許さないから!」 「あ、そうじゃん! それは、あたしも反対! 絶対駄目!」 「え……なんで雨宮さんが」 「いちさんとシオンちゃん達からさっき聞いたよ! 万全じゃないと使えないんだよね! 使うとしても相当無理するって!」 「なので使いませんよ。ちゃんとそれ以外の方法です」 「それでなんとかなるの!?」 「まぁ出たとこ勝負なところは多いですけど……言った通り、殺すだけならなんとかなります」 あっさり言い切りやがったよ! 究極形態に頼らずなんとかすると! 「とはいえ、できれば生かして捕まえたいんですよねぇ」 「……どうしてかな。だって、そんな状態で」 「動機が気になるんですよ。メモリのせいで暴走していたとしても、その火種がでかくなかったら……ここまでしません」 「俺も同感だ。そこを紐解くことも、警察官としての仕事になる」 「忍者の仕事でもありますね。……危険度が高すぎて、現時点でアウトだけど」 「それでもやるつもりか」 「雨宮さんのフラグを立てて、いいかっこしたいんですよ……」 「あらま!」 いや、その話から起きていたのかよ! 本気じゃないのは分かっているが、ビックリするぞ! 「まぁどうせ振られるでしょうけどねー。素敵な人には素敵な相手がいるものですよ。 うん、それで……いいんだよね……」 「やっちゃん?」 「あの、だったら……そういう強がりもなしは、駄目かな。あんなヒドい状態で、また戦うとかしたら」 すると蒼凪が頭から布団をかぶって……。 「……どうした?」 「あの、ちょっと……あんまり、近づかないでくれると……」 「いきなりそう言われるのは傷付くんだけど!? その時点でフラグ立てるつもりないよね!」 「天ちゃん……ほら、恭文君は寝ちゃうと近くの人に……お話したよね」 「あ、そっか! なら、眠い感じ?」 「かなり……もう、限界……なので……」 それで蒼凪はうつらうつらと……あぁ、それでもやっぱりぼろぼろなのか。 「ん……じゃあ、これだけ。 あの、今日……助けてくれてありがとう。あたし、本当に……それだけで十分だから……!」 「いえ……というか、僕こそ……ごめん、なさい……」 「なんで謝るの? あの、いろいろ見ちゃったことなら」 「ショウタロスのアホが自爆しなくても、あの程度なら安全確実に、倒す手段が……いろいろあったので……」 「え」 「あぁ、あったぞ。私がキャラなりするとかな」 「お兄様の魔法でも、一点集中で潰せていましたね。つまりあの特攻自体が無駄です」 「なにそれぇ!」 「がふ!」 おい、そうなのか! つまり怪我したこと自体が無駄だと!? だったらなんだよ、この状況は! 「それなのに……お見舞いも、差し入れまで……」 そこでそう言い出した理由も分かる。蒼凪が見ているのは、省テーブル上に置いた差し入れの袋。 「いちごさんにも、謝らないとです……。完全に抜けていた」 「……だったら、ちゃんと怪我を治すところからでいいよ。もちろんショウタロスくんには私からもお説教するし」 「あたしもだよ! だって……みんながここまで言うのに、無駄特攻ってさぁ!」 「俺にもその説教をしてもらえるか。つい乗っかってしまった」 「すんませんっしたぁ!」 「……たすかり、ます……」 うん、まぁ……そういう理由ならショウタロスは反省しろ。心からな。 というか、理解したよ。蒼凪が戦闘下手とか言っていたんだが……こういうところからなのか……! 「なので…………あとは俺と左達に任せて、ゆっくり休むといい」 「照井さんは……銃撃特化の新形態とか出してから、発言してください」 「どんな無茶ぶりだ……!」 「危なくて近づけられないでしょうが……。 あと言ったでしょ……? いいかっこをするんだって……」 「そのために無茶ぶりするのか、お前は!」 そして、その無茶ぶりを最後に、蒼凪は目を閉じて……。 「でも、あの……もう一つ、だけ」 「……なにかな」 「ありがとう、ございます……」 「ん……どういたしまして」 それだけ言って、ようやく落ち着いた呼吸を……規則正しく漏らす。 「…………すぅぅぅ…………すぅぅぅ………………」 「蒼凪……寝付きよすぎない?」 「……本来なら目が覚める状態じゃないもの。そのまま寝かせてあげてください」 相当無理して起きたってことか。どんだけ気持ちが強いのか。……とはいえ、俺とユージにとってもいい情報が得られた。 専門家でもある蒼凪も照井と同じ印象で、なおかつ……ライブ関係者の中に犯人がいると確信している。しかも彼女の身近……親しい人間だ。 同時に二体目のドーパントが、彼女やシャマル先生達には一切攻撃しなかったのも……。 「うぬう……」 すると蒼凪が呻いて、寝返り…………そのまま左側にいた舞宙に抱きつく。 「まひろ……さん…………」 「ん、ここにいるよ」 「……やっくん、まだ寝ていてもまいさんのことは分かるんだなー。さすがは濃い先取りをしていた仲だよー」 「いや、ほんと……さっきのいつバレた? というかどうしてバレた?」 「天原、その前に説教だよ?」 「疑問点は解決させてくれないわけですか!」 まぁそこまでならほほえましかった。やっぱりいろいろ特別なんだろうと……暖かく見守ることができた。 だが問題は……蒼凪の手が自然と……本当にごくごく自然に、舞宙の方に向かっていって……なんかさすり始めたんだけど! 「「「……!」」」 さすがにどうかと、俺とタカ、照井は慌てて顔を背ける。 「よしよし♪」 「……舞宙さん、離れてください。説教が先ですよ?」 「というか、自首じゃないかしら……」 「風花ちゃん、歌織ちゃん、やめて……その目、ほんと怖い……!」 え、女性陣はどうして納得!? なに、ハ王の能力なの!? それなら僕達も見習いたいけどさぁ! 「あー、ほら……やっくんって添い寝とかすると、胸を揉む癖があるじゃないですか。だからなんですよ」 「あ、それでやっちゃんも、雨宮ちゃんに近づかないでと」 「……“これ”だと、確かに申告して、遠慮してきちゃいますよね」 「だからね、ふだんだとお昼寝とかも……人前ではしないの。知らない人がふいって近づいて、そのままってこともあるから」 だが才華は優しかった! 戸惑っていた俺達に気づいて、すぐに補足されるからな! お前、絶対いい女になる! 蒼凪にはほんと紹介する奴を厳選しろって、俺からも言っておくわ! 「…………ところで、所長にはそんな真似をしていないだろうな」 ……おいそこの警視! なにとんでもない掘り下げ方しているんだ! 男が触れちゃいけない領域だぞ! ≪あら嫌だ。過去の男を気にするとか、器が小さいですよ?≫ 「過去……!? おい、そうなのか! 本当にそうなのか! 俺の妻にはそんな過去があったのか!」 「現に恭文君は、あたしの過去とかもう全部受け入れてくれているしねー。 あ、でもたまにヤキモチ焼いて、グイグイくるのも楽しいかも♪」 「そういうものなのか! それで大丈夫なのか!」 ≪大丈夫になるよう頑張るんですよ≫ 「……なら、振り切るぜ!」 アルトアイゼン、やめてやれ! そこは多分弄らなくていいところだ! というか、弄ったらいろいろ崩壊しそうだから許してやれ! 片意地張って頑張っている子なんだからさぁ! 「まいさん、心地よさそうなところ悪いけど、照井さん達もいるから」 「分かっているって。……後でまた、一緒に寝ようね」 「…………天原は退場!」 「どうしてさー!」 どうやらバストタッチ状態は解除されたようなので、俺達は恐る恐る蒼凪の方を見やる。 ……よかった……みんなソーシャルディスタンスを保っている! 健全だな! 「それよりもアルトアイゼン、あれこれは裏付けしていくんだよね」 ≪えぇ。検索に頼れない分しっかりと≫ 「なら……オレ、ちょっと出てくるわ」 「出てくるって、どこに」 「頼まれたからな」 「なら私も」 「いや、フィアッセさんもヤスフミについてやっていてくれ」 「……分かった。でも無駄特攻は説教だよ? 雨宮ちゃんにもすっごく心配かけているんだし」 「あ、はい……!」 ショウタロスはすいっとオレ達の輪から抜け、部屋を出る。 ……迷いなくそう応えて、今すぐ動けるのなら……一応は安心か。 ただまぁ……その、なんていうかなぁ……。 「…………いいね? 添い寝は、私がする。まいさんはステイ……ライブ前だもの」 「いや、いちさんも同じだよね! 同じラインだよね!」 「そうよ! それなら現地妻一号たるこの私が」 「現地妻ならノーサンキューだよ! ここは婚約者たる私だって思うな!」 「お菓子でも食ってろ!」 「「どういう暴言!?」」 「いちごさん、落ち着いてください! というか近い近い……恭文くんに近いですー! というかですね、そういうのなら私がします! 幼なじみですから!」 「「「「お菓子でも食ってろ!」」」」 「だからなんですかそれぇ!」 まずいちご達を落ち着かせた方がいいな! なんかもう情緒不安定だしな、コイツも! 「……よいしょっと……それじゃあ、お休みなさい」 『歌織(ちゃん)!?』 そして歌織はベッドに入り込むな! というか、いつ着替えた! いつ寝間着にチェンジした! 魔法かって思うくらいの速度だったぞ! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 託されたキーワード……切り札としての戦い。そこを揺らがせるつもりはないが、どうにもクライマックスになり切れなかった。 なにせオレのミスだ。照井に後押しされたからって、突っ走ったツケを……あぁ、そうだよ。こういうことなんだよ。 しゅごキャラのオレ達がアイツと一緒に戦うってのは……命と身体を預かるっていうのは、“こういうこと”がいつ起こってもおかしくない。 特にオレは、ヤスフミやヒカリ、シオン達ほど戦闘が上手ってわけじゃない。ダブル・ジョーカーだって一人じゃメモリの使いこなしもできない。ヤスフミがサポートしてくれて初めて主導で戦える。 オレができるのは、信じてくれる相棒達に食らいついていくことだけ。ほんとにもう、それが……情けないというか、なんていうかよぉ……! 「……!」 両手で頬を叩き、ホテルのラウンジからハマの夜景を……彩られたネオンの輝き達を見やる。 (迷ってなんていられねぇ。アイツはそれでも賭けてくれたんだ) そうだ。この街だってこんなに奇麗で……あんな事件があっても、怖くても、止まらず進み続けるみんながいて。 (そうだ。オレはどこまでだって食らいついていく。絶対に折れない。オレができるのは、まずそこで) 「ん……」 ……すると左側から聞いたことのある声が響く。そちらを見やると……五十メートルほど先の席で、タブレットを抱えた女がいた。 眉間にしわを寄せ、青いスタッフジャケットを……羽根模様のそれを着こなしながら、ペンで画面に何かを描き続けていて。 その様子が妙に気になって、手すりからふわりと上がり、アイツに近づいていく。 「気晴らしになるのか、それ」 一声かけるとその女性は……伊佐山さんは、ハッとしてオレの方を見てくる。 「ショウタロス君……だっけ」 「おう」 「あ、そうだ……蒼凪君は大丈夫なの!? 怪我したとか聞いたけど!」 「オレのせいでな。……だがすぐに起き上がってくる」 「……ぶれないって感じなんだ」 「そこだけは譲らないって、オレ達みんなで決めたからな」 「……」 そういうもんだと笑うと、伊佐山さんは苦笑。どうやらその辺りはふだんの仕事でも覚えがあるみたいで、細かくは聞かずに納得してくれた。 「つーか、それより伊佐山さんの方だろ」 画面を……って、駄目か。いくらしゅごキャラとはいえ、第三者だしな。保守義務とかが絡む仕事の最中なら……そうじゃなくてもレディに対してのマナーじゃない。 「奈津子でいいよ」 「なら奈津子……明日も一応リハがあるっていうのに、ドタバタしてたら休まらないだろ」 「ん……でもね、なんか落ち着かなくて」 「そりゃそうか……」 伊佐山……奈津子と一緒に、ハマの夜景を、止まらない街の姿を見やる。 「いちご達から聞いたが、開催中止も検討されているとか」 「あんな事件が起きたら、どうしてもって感じだね。お客さんの安全もあるし」 「その上犯人がまだ逮捕されていねぇからなぁ。自首でもしてくれたら、話は早いんだが」 「捜査とかしている人達がその感じだと、素人な私達はまさしく神頼みだ」 ……まぁそんな簡単にはいかないなぁと思いながら、ちらりと奈津子の目と視線をチェック。 「そういやさ……舞宙達とはそれなりに付き合い、あったんだよな」 「え」 「いや、実はちょいちょい話は聞いていたんだよ。ほれ、みんなデビューしたての頃に作品と関わって、ライブにも出て……だろ? オレらもちょうどそれくらいに舞宙達と関わったから、それでさ」 「あぁ、うん……最初は雨宮さんのグッズ関係……Tシャツとかの制作を手伝っていたんだ。……滅茶苦茶大変だったけど」 「……舞宙やヤスフミと同じで、青にこだわるらしいからなぁ……」 「そうなの! もうちょっとでも色味が違うと、スマホのカラーコードを取りだし熱弁してくるから……って、蒼凪君も!?」 「名前だけじゃなくて、青にはいろいろ縁があってな」 そうそう、そこからなんだよな。アイツが雨宮さんのファンにもなったの……まぁ舞宙と違って今まで接点はなかったから、憧れまくった感じだが……うん、そうだな。そういうことなんだ。 「だからそのこだわりなグッズもうちにあるぞ。めっちゃ大切にお手入れしてさぁ」 「それは制作に関わった人間として嬉しいなー! ……そのお仕事で実績が認められて、ビリオンの方にもお呼ばれされた感じだし」 「そこからだったのか!」 「でももうてんやわんやだったよ−。アニメ関係で、アイドルで、劇中の衣装を声優さんが着て……なんて想定外だったし」 「普通のライブとは違う世界だしな」 「だけどビリオンブレイクのお話も見せてもらって、みなさんが一人一人役を大切にしているところも見て……いろいろ吹っ切れたんだ」 そこで奈津子がちょいちょいと手招き。一体なんだと思って軽く近づくと、タブレットの中を見せてくれた。 ……そこにはゲーム劇中で登場した衣装……それもまだライブなどでは使われていない、最新のラフがいくつも描かれていた。 舞宙やいちご、才華……雨宮さん達がそういうのを着ていてさ。細かいデザイン……二次元を三次元に引き上げるときの処理とか、その手順もまとめている最中だった。 それで……ジャケットにも描かれている羽根が、隅っこにあって。なにやら手癖でかいたらしい。小さいのがいくつも……ヤスフミもよくやる落書きだ。 「演者さんであり、その人が演じるアイドルさん……それぞれ年齢も、育ちも、なにかも違う。 でも舞台上に上がったみなさんは、その輝きを、幻想を一瞬でもステージに映し出す。観客はそんなプリズムを見て、それぞれのとらえ方でエールを送る。 ……私達は裏方だけど、そんな夢みたいな時間を作る一人で……すっごくやりがいのある仕事だってね」 「……そうだな。確かに夢みたいだ」 奈津子の描いたものに……そこに込められた夢に笑みがこぼれる。 「きっとこの街の……この事件で泣いた人達の日常にも、そんな夢が、可能性があったんだ」 「それは、殺された人達が……殺されるだけの理由があっても?」 「だからこそなんだよ、奈津子。その理由と……罪と向き合って、変わる可能性すら殺した。それが間違いだと突きつけて、向き合う可能性すら殺した。 ……もしヤスフミがそれを正しいことだと宣うなら……自分達の正義もまた暴力だという罪を背負えない奴なら、オレ達は最初から生まれてなんていない」 「……」 「だからこの街も、可能性も……これ以上は絶対泣かせたくないんだ」 「……そっか」 そのままふわっと……奈津子から離れる。……腹は決まってきたからな。 「じゃあオレ、戻るが……ありがとな」 「え」 「まだ人に見せられないものだろ? ヤスフミにも黙っておくよ」 「あ、そうだね。じゃあ君と私だけの秘密だ」 「おう」 ……頭を冷やして正解だった。奈津子とも話せてよかった。 オレ達の……ダブルの軸はなにもぶれない。それは分かったが……あとの悩みどころは、あれか。 一体どこまで、最低限の仕事を果たした上での我がままを通すか……その限界点を見極めること。それくらいだった。 あ、それくらいじゃないな。まずは説教……何はともあれ、奴らの説教を受けるところからだった……! 覚悟しよう! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 恭文君の睡眠を邪魔してもあれだけど、ついていないといつどうなるかも分からない……とにかく今は無防備だもの。 なので添い寝についてもひとまずは“代替案”で対処することとして……私達はともかく、天ちゃんにマミマミするのはアウトだしね。 「んにゅぅぅ……♪」 「……いちさん、あれ……」 「抱き枕。恭文くんの揉み癖、ああしておけば暴発しないんだ」 「納得した。でもほんと幸せそうだなぁ」 「人の鼓動を感じ取れる……それくらい受け入れてもらえるのが嬉しいみたい。そういうので壁を感じやすい子だから」 「……普通とは違うから、かぁ……」 まぁじゃんけんで決めることにしつつ……改めて、あたしから鳴海探偵事務所に連絡する。 照井さんや大下さん達、捜査の指示だしとかで出ちゃっているからね。いろいろ顔なじみとして任せられたってところ。 そう、任された。それで一勝負だ。 私は恭文君を信じるって決めた。殺さないで止める……その可能性を探すって言ってくれたんだ。それもあんな状態になってまでさ。 「えへへへ……ゆかな、さぁん……♪」 「……って、なんでゆかなさん……になるかぁ! なんかめっちゃ好きなんでしょ!?」 「悠久の嫁って言っているから」 「永遠の亜種を名付けるくらいに好きなんだ! え、でもそれはやめてよ! 強がりでもさ!? あたしにいいかっこしてフラグ立てるとか言っておきながら!」 「気持ちは分かるけど、近づくのは駄目だよ? 恭文くんが気を遣ったのも無駄にしちゃう」 「じゃあ、目が覚めてから……だね!」 「うん、お願い」 だったらそれに応えられなきゃ……そこで腹を括れなきゃ、あたしはもう二度とあの子に顔向けできないじゃん……! 『はい……こちら、鳴海探偵事務所でございます』 いろいろ決意していると…………よかった、出てくれた! それに安堵して、所長さんに挨拶。 「あの、お久しぶりです。天原舞宙です」 『あぁあぁ、天原様……これはご丁寧に、どうもー』 「いや、その媚びへつらった口調はいいから! ……現状は聞いているよね」 『うちの旦那様から、たっぷりと……!』 「それでね、恭文君がついさっき目を覚まして……そっちにお願いしてきているよね。ウィザードメモリを持ってきてほしいって」 『あ、うん……そのこと、だよね。えっと……その−!』 『…………もしもし、代わったわ』 あれ、そこで電話が変わって…………というかシュラウドさん? もとい文音さん? あの、フィリップ君のお母さんの。 『天原舞宙、あなたも知っているはずよ。あれはまだ渡せない』 「でも、恭文君がどうしても必要だと言ってきたんです。このままじゃ使用者も殺すしかないと」 『左翔太郎達のエクストリームもある』 「それでもあたしは信じます。……あたしやライブに出ているみんなのためだから」 そこで数秒の沈黙。でも、すぐに深いため息と一緒に破られる。 『……分かったわ。来人達には持たせておく』 よっし! これで第一条件クリア! シュラウドさんの許可もあるならばっちりだ! 恭文君、これで……少しは役に立てたかな。 『ただ今日中は無理……というより、あなた達の業界はどうなっているの?』 「へ?」 『今来人は声優の麻雀愛好家についてそれはもう、必死に調べているの。関連項目が二千万件を突破しているとかなんとか』 「………………好きな人が、多いので……!」 『あなたも雀荘がよいが板に付いているそうね』 「そこまでご存じでしたかぁ!」 というか、え……いろいろ波及しているってこと!? そういうことなの!? 凄い怖いんだけど! 『まぁそこはいいでしょう。健全に楽しんでいるのなら』 「はい、それはもう!」 『こちらも空腹とかで倒れないように、気をつけていくわ。 だから……あなたも気をしっかり持ちなさい。メモリじゃないけど、あなた達は引き合う運命を信じたんだもの』 「……はい。ありがとうございます」 いろいろ心配かけちゃったのかなと、もらったエールに感謝して電話を終了……だけど……あぁ……どうすれば……! 「……まいさん……ちょっと、ね……」 「言わないで……!」 「あ、あたし……やばいこと、しちゃった……!?」 「あの、大丈夫です! お話を聞く限り、雨宮さんはなにも悪くありません! むしろ被害者です! そうだよね、歌織ちゃん!」 「検索のこととかも知らなかったんだし、さすがに理不尽よ……。だけど、どうしましょうか」 そこで歌織ちゃんが、自分のスマホを取りだしぽちぽち……。 「麻雀自体歴史もあるゲームだから、それだけでも一億近い項目が引っかかっているの。そこで二千万だと、一晩で足りるのかしら」 「数を出しちゃ駄目だよ! 追い込んでいるから! 徹夜じゃすまない現実を晒しているから!」 「あとはもう、これ以上被害拡大しないよう願うしかないねー。 ……恭文くんがまた起きるのが先かもしれないけど」 「ほんと最悪だー!」 というか一億項目って見られるの!? ずっと見られるの!? 恭文君も過集中で凄く頑張っちゃうときがあるけど、そこまでじゃないよ!? いや、もうこうなったら見られると思うしかない! 全部見てもらって……でも不安すぎて頭を抱えるしかないー! 「……話は聞かせてもらった」 あ、鷹山さんと大下さんが戻ってきた! そっか、いろいろ連絡とか終わったんだ! それは何より……じゃない! なんかお怒りだし! 「舞宙、どういうことだ……なんか検索規模が広がっているだろ! 家族麻雀はどうした!」 「そうそう! もう彼女だけじゃないよね! 業界全体の話になっているよね!」 「関連項目も含めて見ていくんです……!」 「一つ一つ!?」 「一つ一つです!」 「というか、声優さんで麻雀が好きな人って多いんですよね。雨宮さんと舞宙さんも、声優さんが開いている雀荘……禁煙・ノーレートのところに通っているって」 「それで被害拡大か……!」 「…………そりゃやっちゃんもあれだけ絶望するわ」 あ、あたしと歌織ちゃんの説明で二人も落ち着いてくれた! いや、昼間ちょうどそういう話を……襲われる直前にしていてよかった! 味方が多いって素晴らしい! 「え、じゃあ君も……家族麻雀の関係で、鳴らしちゃっているわけ?」 「鳴らしちゃっているんです。あの、おじいちゃん達のところに、年末年始過ごしてやるのが通例で。 でも、まさか……それがこんな形で波及するとか!」 「いやいや……そこはもう、風花ちゃん達の言う通りだって。俺とタカも気にしていないしさぁ」 「というか、麻雀なら俺達もやるし……あ、今度一緒にやろうか。というかそのお店? ちょっと興味もあるし」 「…………鷹山さん、大下さん?」 「「い!?」」 ちょ、いちさん!? また目が……また神刀をぶっこ抜いて! また課長モードが入って! 落ち着いて! 麻雀をやろうってお話だから! 「恭文くんも天さんが凄い好きで憧れているけど、そういうプライベートに踏み込むことはしませんでした」 「ちょ、いちごさん!」 「あらま……いや、でもそうだよね。あたし達にも特別な人がいるかもしれないしって言ってくれたし……あれって、付き合っているどうこうじゃないんだよね」 「そうだよー。もしかしたら片思い中で、それで自分が茶々を入れてこじれたらって……そういうとこも含めて」 「いちさんが言っていた通りの子だった。 そういう、機微の理解が難しいって自覚があるから、余計に優しいって……言ってたもんね」 「だから私の彼氏なの。…………そうだよ……そういう気遣いを頑張ってくれるんだよ」 いちさんはまた恭文君を彼氏扱いした上で、ギロリとその視線を研ぎ澄まし続ける。 それでもう、あたしもサイちゃんと……鷹山さんも大下さんと手を取り合い、がたがた震える。 「当然ながらそのお店にも、当然いろんな声優さんや、そのお友達も顔を出しているんだよね。 もちろん麻雀界隈の凄い人や若手さんも多く来店しているの。コンテンツとして成り立つ大会だって、何度もやっているの。 なので……恭文君にしたみたいなナンパとか、女を紹介するとか、男を紹介するとか……そういうのは絶対に駄目。いいね?」 「絹盾課長、ちょっと待て……それは誤解だ! ユージじゃないんだよ、俺は! そんな早々に手は出さないって!」 「俺だってさすがに遠慮するよ! これはほら……ね? 重たい話ばかりで気分もめいっているし、とどめにライブの開催中止検討でしょ? だからもう、一旦そこは置いて、先のことを考えようって気晴らしで」 「つまり、早々と思われない程度は、時期を待って頑張る」 「「………………」」 いや……あの、お二人とも!? 揃ってそこで顔を背けないでくれますか!? 「先のことを考えようって……支えになっていく感じで、距離を詰めていこうと」 「それは、タカだから」 「お前だろ……」 「……二人はあれですね。一度やっくんとわたしから、オタクの有り様というものをレクチャーするので、そのままステイしましょう」 「待て待て才華……俺達も同じ……同じなんだよ。もう蒼凪課長とは一心同体」 「おかしいなぁ。私の前で二人揃って堂々と……もうついていけないとか、無茶苦茶だとか言っていたのに」 「今そこを持ち出すの、ずるくないか……!?」 「あはははははは……!」 そして二人は反論の目をなくし――。 「この……大馬鹿者……!」 「「はい……!」」 いちさんのとても控えめな……恭文くんに配慮した一喝に、心身ともに打ち据えられた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――――そして長い一日は終わり、月は巡り、夜は明ける。 舞宙さんと才華さん、いちごさんはさすがに恭文くんと違うベッドに入り、鷹山さん達も改めて調査に出て…………現在午前七時。 私も恭文くんとの添い寝から離脱して、朝日を窓から浴びながらのび……なお、歌織ちゃんは…………よかった。ちゃんと着衣状態だった……! ただ安堵したおもつかの間。目が覚めたショウタロスくん達も交えて顔を洗っていたところ、舞宙さん達のスマホにメッセージ着信。 ライブ関係のグループLINEだったそうだけど、内容としてはこういう感じだった。 ――前日リハ開始見合わせ。ライブ開催は当日判断として、既に公式Twitterにて告知―― 「……やっぱこうなっちゃうかぁ」 「でもまだ……中止や延期じゃない……!」 才華さんも気合いを入れるようにガッツポーズ。でもその勢いはどことなく力がなくて……それはそうだよ。朝ご飯もまだだったんだから。 「よし、ひとまずなにかお腹に入れようか。それでまた考えようか」 「ですね……。フィリップさんからも連絡が来るかもしれませんし……というか来てほしい……!」 「……でもその場合、一億越えの項目を全て閲覧したという恐ろしい話になるんだよね」 「絹盾さん、そこには触れない方向で」 ……というところで、部屋に響くノック音。 それで何事かと訪れた人達を迎え入れると……。 「おはよー♪」 雨宮さんがまた……ロイヤルブルーのシャツを揺らしながら、手を振って入ってきてくれて。しかも両手に一杯の荷物を持っていて。 「雨宮さん! ……えっと、恭文くんの様子を」 「ん……本当はもちとナンちゃんも来たがっていたんだけど、ちょっと事務所と連絡中だしさ」 ≪それはそうですよね。なにせ片割れなあなた、マトモにドーパントと向き合って、襲われちゃいましたし≫ 「……あれが虫じゃなければ、いろいろご迷惑をおかけすることもなかったのに……っと、まぁそれはそれとして」 雨宮さんは笑顔で、両手一杯の荷物を……ビニール袋をぐいっと差し出してきて。 「ここのモーニング……ホテルの人にお願いしたら、いくつかテイクアウトできたんだ。……朝ご飯、まだだよね」 『ありがとうございます!』 もうちょうどそれが欲しかった! それが嬉しかった! だからみんな揃ってただただ平服! それで恭文くんはまだ寝ているけど…………歌織ちゃんと寝ているんだけど、みんなでたくさんの容器をテーブルに並べて、さくっとご飯の時間となって。 「お、まだ眠って……どういうこと……!?」 あぁ、ツッコみますよね。明らかにその、歌織ちゃん……恭文くんと同じくらい熟睡していますし。胸をもにもにされても平気ですし。 「歌織ちゃん、朝が全く駄目なんです。ただ、今はまだいい方で」 「朝日をさんさんと浴びながらも起きないのに……!?」 「寝相にも少し問題があって……前に私達とお泊まりしたときは、気づいたら全裸でした」 「そりゃきついなぁ! というかこれ、起きたらびっくりは……大丈夫な感じ?」 「恭文くんとはお風呂もOKな間柄だしね。……もしかしたら事件解決までずっとあれかもー」 「ねぼすけってレベルじゃないので、それはやめて欲しいです……!」 フィアッセさんには怖い想像をさせないでとツッコみながら、おかかのおにぎりをもぐもぐ……いやぁ、バイキングでおにぎりって珍しい。でも即座に食べられて心も温かくなるし、素晴らしいよ。 それにスープまで……なんだろうな。この……変哲もない、にんじんとタマネギが入ったコンソメスープの安定感は。 もちろんサラダとか、オムレツとか、ミートボールとか……昨日の疲れを吹き飛ばす美味しさ! 特に肉って力が湧く! ホテルの人達、そして皆さんに話してくれた雨宮さんにただただ感謝だよ! ちゃんとお礼もしないと! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『――ご馳走様でした!』 めいっぱいの感謝と活力をいただきながら、しっかり食べきって……両手を合わせてご馳走様。 それで私も率先して後片付けをして……まぁみんな捨てられる容器だから、持ってきた袋自体がそのままゴミ袋に早変わりだよ。 「いやー、でもほんと助かったよ! 特にミートボールとナポリタンが当たり!」 「ううん。それに……やっぱあたしやみんなのために、無茶させちゃっているし」 そこで雨宮さんが気にするのは、やっぱり恭文くんで……なお歌織ちゃんはもう、見えない扱いに……! 「……あなた方のためだけではありませんけどね。 事件を解決できなければ、横浜の人々も……同じようなイベントやライブも潰れ、それで生活している人達も困るわけですし」 「それでもだよ。犯人を殺さず止める……そこにこだわるのも、なんか察しちゃったし。……こだわらなかったら、楽な勝負なんだよね」 「……えぇ」 「というか、やっくん自身も接触致死型の攻撃をいくつも持っているし、むしろプロとして先手打ちまくれるしさ。うん、楽ってレベルじゃない」 「だったら余計に、ちゃんと胸張っておかないとなぁって……そう思ったんだ。 ……滅茶苦茶憧れられているらしいし?」 その照れくささと、申し訳なさが混じったような笑顔に、私も曖昧な笑みを返す……それしかできなかった。 そうして自然と……あとはもう、座して待つしかない……そんな、昨日感じまくった圧がまた、全身を蝕み始めたところで。 ≪〜♪≫ ……舞宙さんのスマホに着信。 舞宙さんはハッとしながらビデオ通話を繋ぎ、私達にもその画面を見せてくれる。そこに映るのは……元気はつらつなフィリップさんで! 「フィリップ君!」 『やぁ、天原舞宙……待たせてすまなかったね』 「ほんとだよ! でも、そう言うってことは……!」 『あぁ! 声優と麻雀の関連項目は、全て閲覧した!』 『…………よかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』 「Fantastic―♪」 やりきったぁぁぁぁぁぁ! 本当にやりきったよぉ! 一億以上の項目を、こんな短時間に! 奇跡だよ! これなら事件捜査もぐいっと進む! 『……ところで雨宮天の項目で、新聞紙がカーテンという聞き覚えのある項目を見つけたんだが……これも声優業界で流行っているってことなのかい?』 かと思ったら別のことに興味を持ち始めて、うずうずしていたぁ!? 「……フィリップくん、いい?」 でもそこで、ずいっと……いちごさんがまた、神刀アイズで笑みを浮かべながら、スマホに……フィリップさんに詰め寄って……! 「どっちもずぼらってだけなの。どっちも女子力へのスキル振りを失敗したってだけなの。 だから、君が興味を持って検索するほどのことはない……それで納得して、とっととお仕事。OK?」 『あ、あぁ……了解した』 「ちょ、いちさん!」 「というか、あたしまで巻き添えなんだけど! それに……もうずぼらじゃないし! 花嫁修業で頑張っているし! 知っているよね! 家奇麗だよね! ねぇってばぁ!」 「揃って発言をやめるんだよ! というかまいさんについては、恭文くんが通い夫をしている関係だよね!」 「え、蒼凪くんに掃除してもらっていたの!? それはずるいじゃん!」 「だから発言をやめるんだよ!」 「そうですよ! これ以上興味を持たせちゃ駄目ですから! またスタートに戻っちゃうからー!」 駄目だ、これ以上フィリップさんに、雨宮さんへの興味を持たせちゃ駄目だ! どこでどういろんな広がりが出てくるか分かったものじゃない! というか、そうだよね! よく考えたら声優さんだよ! アーティスト活動もしているタレントさんだよ! それ自体が検索項目の山だもの! 本当にどつぼにハマっていくしかないよ! 「まぁそこはいちさんの指示に従ってもらうとして……フィリップ君は今どこ!? やっくんも目が覚めていなくて、このまま普通に戦闘は相当難しいの!」 『それなんだが……実は君達にもう一つ謝ることができた』 「え……!」 『ボクは大丈夫だ。ただ翔太郎が……事務所の資料を調べていた最中、腰をやってしまってね』 「は……!?」 『結論から言うと、エクストリームには変身できない』 『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』 ちょっと、なにそれぇ! つまりつまり、能力が分かっても無効化は…………嘘でしょー! 「えっと……」 ≪……翔太郎さん達のダブル……エクストリームも同じなんですよ。どちらかが体調不良などでバランスを欠いていると使えない。 前にオールド……対象を老化させるドーパントに攻撃されたとき、翔太郎さんだけが老人となって、戦闘不能に追い込まれましたから≫ 「ドーパント怖すぎない!? というか蒼凪くん、そういうのが専門だって!」 「だからまいさんやいちさんも心配しまくるんだよ。ある意味核爆弾はイージーコース……じゃないけどさぁ! というか翔太郎さん、大丈夫なの!? 腰って!」 『フィリップ、俺は……大丈夫だぁ! いいからいく……あがあがが……!』 『ああもう、無理しないの! 年なんだから!』 『……年ではないんだが、過去……鳴海荘吉が所長だった時代に、類似ドーパントがいなかったかと資料をあさっていてね。それで重たいものを何度も持ち運びしたものだから……』 あぁ、それで頑張り過ぎちゃったんだ! しかも声が全然大丈夫そうじゃない! というか……本当に最悪だぁ! それなら恭文くんがエクストリームになるしかないもの! 『本当に申し訳ない』 ≪まぁ埋め合わせはまた後日でお願いします。……ショウタロスさん、ほら≫ 「あぁ……! フィリップ、キーワードは伝えた通りだ」 『フライリースケール、羽根、女……だったね。 君とアルトアイゼンから教えてもらったワードを元に、既に検索は進めてある』 「……結果は出たんだな」 『あぁ』 よかったー! これで……って、ちょっと待って。 恭文くんは昨日、倒れてからそのワードをショウタロスくんに伝えたんだよね。でもそんな要素、どこに……! 「フライリースケール、羽根……でも、女……!?」 「……恭文くん、昨日の……あの段階で性別まで分かっていたってことかな。でもどうして」 「フィアッセ。……フィリップ、説明の続きを」 『まず使用されたメモリはインジャリー』 「インジャリー?」 「負傷、損傷を意味する英単語だよ」 首を傾げていると、才華さんが左人差し指で補足してくれた。 「またはロスタイムの別名。負傷による中断時間を指して≪インジャリータイム≫とも言うんだ。 ……確かにこれなら、やっくんや照井さん達の読みにとても近い」 「傷を示す怪人だから、傷つけたものを……その傷を広げて壊すこともできた……!」 『……本来ならできなかったんだよ』 「フィリップさん?」 『インジャリーメモリと体質が合い、その能力を限界以上に引き出してしまい、猪熊修也とも深い関係を持っていた人物はたった一人…………』 フィリップさんは背後のクリップボードに……右手で白紙の本を持ちながら、そのキーワードを描く。 「……!」 ――NATSUKO ISAYAMA―― ある女性の……私達の誰もが知っている、女性の名前を。 ショウタロスくんが分かっていた……分かっていたのだと天を仰ぐ中、私達は凍り付いてしまい……。 「伊佐山、奈津子……!?」 『今回、外注会社から君達のライブに派遣されたデザイナー……そして、彼女のグッズやライブ衣装製作も手伝っていたスタッフでもある』 そこでフィリップさんが見やるのは、雨宮さん……雨宮さんは無言のまま、震える吐息だけを漏らし続けていて。 『彼女はフライリースケールの元社員だ』 「…………」 「やっぱ、そういうことか」 「……ショウタロス、お前はいつ気づいた」 「昨日頭を冷やしていたときだよ。 碇専務が着ていた背広……。 今回のライブに使われているスタッフジャケット……。 それに襲われた現場で落ちていた、商品……。 そのどれにも同じ特徴の羽根飾りが……デザインがあった」 ≪あの人が気づいたのもそこなんです。ただ、その時点では犯人と断定する要素がありませんでしたから、重要参考人止まりでした≫ 「あくまでも捜査の手がかりと」 「……ジャケットって、これのことだよね」 いちごさんが震える手で、置いていたジャケットを見せる。私も慌てて……手元にあった現場写真を撮りだし、それと見比べてみる。 ……確かに同じだった。見比べてみると、よく分かる。孔雀の羽っぽい描き方が……これも、背広も、現場で散乱した商品のいくつかにも描かれている……! ≪あとは、あの怪人が逃げるときの様子……でしたよね、舞宙さん≫ 「様子?」 「動き……きびすを返すのがね、なんか……どっかで見たことがある感じだったの。 こう、鋭くお尻を動かす癖……現場で走り回っているときの、伊佐山さんそっくりだった……!」 ≪……その辺りも昨日のうちに……舞宙さんともども、鷹山さん達に話しています。 でもほんと、ダンスとかやる人は凄いですねぇ。プロじゃなくてもなんとなく気づいちゃったんですよ≫ ……それについては、雨宮さんも同じみたい。 「……!」 悔しげに……本当に、悲しげに……拳を握って、打ち震えていて。 信じたくなかった……信じたくない……そんな葛藤に苛まれていて。 「じゃあ猪熊修也さんに情報を流して、最初に恭文くんを襲わせたのも……伊佐山さん……!」 「……だから舞宙達への攻撃もしなかったし、そのまま逃げたんだよ」 そこでまたノック……私がみなさんを制して対応したところ、訪れたのは……。 「……ちょっと遅れたみたいだな」 「鷹山さん、大下さん……!」 「こっちもさ、裏付けが取れたんだけど……ほんと大したもんだ」 そう、鷹山さん達だった。私から軽く事情を説明したから、揃って鈍い表情で……。 「あの会社を……いや、碇専務とその取り巻き達を恨んでいたのは、猪熊修也だけじゃない。彼女もその一人だよ。 例の限定店舗で売られていた商品……その企画・デザインに猪熊は部下として、彼女は主任として辣腕を振るっていたんだけど……」 「その手柄を、碇専務達に奪われたのですね」 「いろいろあったらしいよ? それだけじゃなくて、仕事上の面倒や始末は押しつけられ……口説かれたけど袖にしたら、自分相手に枕営業をかましたって噂まで流されたってさ。 もちろん相手は社長の息子で、その社長も息子相手にはあまあま。結果彼女は自社ブランドの目玉商品たるものを開発しておきながら、不名誉をかぶるだけかぶってリストラされたんだ」 「ひどい……!」 「そういうのが横行していた関係で、フライリースケールの経営は見かけ以上にやばかったみたい。とにかく社長一族が馬鹿やりまくって、優秀な人材が次々消えていくしさ」 ある意味そこで伊佐山さんの……その優秀な人達が作ったものを目玉にしていたのも、その滑稽さを示すものなのかもしれない。ふとそう思ってしまった。 それはつまり、今の社員さん達では、それを超えるようなものが……素敵な服やアクセサリーが作れない。その力がないと示すものだから。 というかこれ、恭文くんと勉強した駄目な会社の典型例だよね! 家族相手へのえこひいきでやる気がなくなって、優秀な人が消えるのはもちろん、残った社員も太鼓持ちばかりで会社全体がパーになるって! 「ビリオンブレイク……みんなが出る作品とのコラボも、それを覆す一つになるはずだったってもっぱらの噂だよ。 ほら、水橋達の事件でちょっと延期しちゃったけど、みんなもうちの一日署長とかやる予定だし」 「いや、その起死回生で縋った相手に対して、あの人好き勝手やろうとしていたんだけど。恭文くんという彼氏がいる私を口説こうとしていたんだけど。年収二億に勝とうとしていたんだけど……嘘だったけど」 「絹盾課長……嘘だったから駄目だったんじゃない?」 「そうかもしれない。……でも、流れは分かりました。だから横浜から離れて……今の会社も経歴を隠して入っていて」 「それでも捨てきれなかったんだろうね。大好きなものを衣服に刻んで、作っていくってのはさ」 それがあの羽根……本当の意味で経歴をなど隠しきるなら、捨て置くべきだった思いの形。でも、なんだろう……それなら余計にというか、身体中に悪寒が走って……! 『だが彼女は碇専務と再会してしまった。それで碇専務はどうも、彼女に枕営業の斡旋を依頼したようだよ』 「……その営業、私やまいさん達がってことかな」 『そういう話だ。元々彼女や猪熊修也がデザインしたものが主力商品となった関係もあり、相当に恨み辛みを抱いていたところに……ガソリンを注いでくれたわけだ』 「ほんと馬鹿馬鹿しい……!」 「いちさん……」 「そうそう、それでメモリをどこで入手したかって話なんだけどさ……ちょっとこれを見てよ」 そこで大下さんが、封筒に入った写真を渡してくれる。これ……市街地の監視カメラ? いや、なんかそれっぽい映像の切り取り写真になっていて。 「うちの水嶋が市内の記録にハッキン……もとい内密にチェックを入れてね」 「隠しきれていませんよ!? というか水嶋さん……まともな人だと思っていたのにぃ!」 「……水嶋の奴、いつそんな好感度を稼いだんだよ」 「まぁまぁ風花ちゃん……それより、コイツらだよ」 大下さんが私をなだめながら指差すのは……カメラに、猪熊さんや伊佐山さんと一緒に映っていた男性。 オールバックで、スーツ姿のその人は……あれ、たしかこの人は……! ≪…………水橋参事官じゃないですか≫ 「だ、だよね! あの……核爆弾を持ち込んで、恭文くん達に全部押しつけようとした、あの!」 そうだよ、ニュースでもう顔も晒されているから、私でも分かる! だから……舞宙さん達も顔を見合わせて、ざわざわし始めて……。 「ちょっと待って……つまり……これって」 「これも水橋達が提唱した、“大日本帝国再建”……その一手というわけだ」 怒りに打ち震える舞宙さんに、鷹山さんはあきれ果てたとため息を吐く。 「実は伊佐山が再就職した会社は、海藤と美咲涼子が主催していた≪キャロット≫と仕事上付き合いがあった。 デザイン会社として海外展開もしていたところなんだが、その海外向けのHP作成やネット営業のサポートなどをキャロットに依頼していたらしい。 で、猪熊もそのキャロットの下請け企業にいた」 ≪そこから伊佐山奈津子達に目を付けて、メモリを渡したんですね。自分達が起こした核爆破に続いて、更なるテロとして今回の事件を取り上げ、平安法の施行を後押しすると≫ 「じゃあ……あの、もしかして……今まで……ミュージアムが潰れてからも、メモリの事件が起きていたのって!」 「……くそがぁ!」 そこでヒカリちゃんが珍しく……そう、珍しく本気の怒りを隠すこともなく吐き出し、テーブルを拳で叩く。 「やはり奴ら、ミュージアムから相当数のメモリをふんだくっている! こういうことが惜しくはない程度には!」 『……実はこちらの検索結果でも、似たような結果が出ている。とはいえ水橋参事官達には、本気のドーパントを制御するだけの器量も……その脅威を把握する知恵も備わっていなかったわけだが』 「だから伊佐山さん達は核爆破が阻止されてもなお、事件を起こした……ううん、そういうレベルじゃない……だって、こんなの……!」 『そうだ、風花……以前の風都市民と同じ状況が、次世代兵器研究会の手によって日本中へ拡散しつつある』 「ふざけた真似を――!」 「……お姉様」 こんなの、あり得ない。 国を守ろうとする人達が……よくしようという人達が、そこに住む人達を実験台同然に扱う? だからミュージアムみたいな組織にも投資するし、核爆弾も爆破させていい? それが意にそぐわないなら口封じもして当然? そんなの……あり得ていいわけがないよね! ううん、絶対許せない! 私は知っている! ミュージアムが恭文くん達になにをしたのか! 一体どれだけ苦しめ傷つけたのか! そんな人達を増やすようなやり方、絶対に許せない! 恭文くんだって……そんなのが嫌だから、今まで頑張ってきたのに! (その4へ続く) あとがき 恭文「舞宙さん達にとっては余りに残酷な真実。というか、死んでもなお国辱ものな水橋達。家族麻雀という壁を越えた先は余りに残酷……」 志保「いや、まずその壁を越える段階に至ったことが台無しすぎますよ! というか……鷹山さん達、通っていませんよね! 例のお店! それで見上げたファン面していたとかどうなんですか!」 恭文「横浜から移動になるから、実はそんなには行っていないらしいよ。それは救いだねー」 志保「本当に僅かな救いですね! ……というかあなたもそれは」 恭文「いや……碇専務があれだったし、あんまりこうグイグイ行くのは駄目だなぁっと……」 志保「いろいろ反省もしちゃったんですね……」 (実は青い古き鉄がいろいろ奥手な要因の一つです) 恭文「あ、ただこういう事件が起きた関係もあって、ビリオンブレイク……というかアイドルグランドライバーのスタッフや各事務所さんから、ガードなんかの依頼は飛ぶようになった」 志保「ちょっと!?」 恭文「だから僕以外の忍者さんにうまく割り振って対処している」 志保「あなたは……って、そうですよね。スタッフも含めたら百人単位なのに、それをあなた一人でとか」 恭文「各々のライブやイベントとかでも言えることだし、そもそも日程がかぶっている場合もあるでしょ? 最初から原理的に無理だって分かっていたもの。 で、そういう話の流れから……かざねが通っていた養成所とその事務所さんにも伝わって、内偵に繋がったのよ」 志保「それもありましたね……」 (そういう意味ではいろいろ転機の事件です) 志保「でも水橋参事官や次世代兵器研究会の人達……最悪すぎませんか……!?」 恭文「核爆破で混乱している隙にって意味なら、適切ではあるけどね。……なんにしても伊佐山奈津子はおいそれと殺せなくなった」 志保「事情抜きで、情報を聞き出す必要もあると……もちろん殺させないための処置も」 恭文「同時に奴らをきっちり始末しなきゃ、伊佐山さんは本当の意味で償って、やり直すことができない。一生なにかしらの庇護を受け続けなきゃいけない」 志保「恭文さん……」 恭文「というわけで……そろそろこの夢から覚めようと思う」 志保「あとがきを夢扱いしないでくれますか!?」 (というわけで次回こそ決着。果たして上手に解決できるのか……オムライスを食べながら待とう! 本日のED: JINDOU『WILD CHALLENGER』) シオン「想定以上に末期でしたね、この世界……次世代兵器研究会を潰さないと、先が開けません」 ヒカリ(しゅごキャラ)「潰してやるさ。私達の邪魔はさせない」 シオン「あとはショウタロスがまたハーフボイルドを出さなければいいんですけど……」 ヒカリ(しゅごキャラ)「あれはいつものことだろ」 シオン「いつも通りには動けないんですよ?」 ヒカリ(しゅごキャラ)「それでも変わらないさ。少なくとも恭文はそのつもりだ」 シオン「……」 ヒカリ(しゅごキャラ)「私はまたも余りだからな。あとはお前がどう腹をくくるかだ」 シオン「えぇ、そうですね。……うじうじと根に持っていても、確かに無駄です」 (おしまい) [*前へ][次へ#] [戻る] |