小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
act.21 『贖罪(フェブルオー)』
なぜこんなことになった。
我々の選んだ道は正しかった。
なのに……そのはずだったのに。
私自身もかなり混乱している。
ただ時間が、ただ成果が必要なだけ。そう信じたかった。
しかし彼女達のくだらない児戯を押し返すこともできず、多数の死者を出し、その上……!
「中将、委員会からの報告です」
緊急対策会議出席前に、レジアス中将のオフィスへ寄る。
父は受けた被害のせいか、かなりいら立った御様子。
「中将へ緊急査問が行われると……同時にアインヘリアルの運用も」
「どうしてだぁ!」
そして中将は右拳をテーブルへ叩(たた)きつけ、いら立ちを吐露する。
なぜ……どうしてと、怒りを声と拳に込める。
「緊急事態は継続中だ! 査問など引き延ばせ!」
「限界はありますが、仰せの通りに。それとあの男との連絡はやはり……外線は全て変えられ、研究所ももぬけの殻でした」
「あの男のいいようにさせるか! 動かしてきたのはわしだぁ!」
テーブル上に置かれた、陶器製の小物。
決して大きくはないものを掴(つか)み、いら立ちとともに床へ投げつける。
甲高い音とともに割れる、トロフィーのようなそれを見やっても、私達のいら立ちは消えない。
「歯向かうのならたたき落とすまでだ!」
「全力にて取り計らいます。……それと機動六課ですが、同じタイミングで隊舎が襲撃、こちらも多数の被害者を出したそうです」
「つまり……奴らやリンディ・ハラオウンが仕組んだのではない」
「そうする理由がないかと。我々のように恭順するのならともかく、これは……反逆ですし」
現に我々が戸惑っている……そうだ、我々が進んだ道は正しかった。
私も中将の選択を、その先の未来を信じている。
同時に機動六課は我々の敵だが、局員としての姿勢は見習うべきところもある。
だからこそ……直接話したからこそ思う。
この襲撃、彼女達ではない。
つまりスカリエッティは管理局とスポンサーを裏切った。
甘く見ていたのかもしれない。御せる人物だと……きっとあるんだ。
我々が知らないだけで、もっと別の切り札が。それこそ、予言で言われた通りのものが。
「この場合、前々から我々に対し、反旗を翻すため準備していた。そう考えるのが妥当かと」
「何のためにだ! これまで重用してきたはず……最高評議会もだ! そうだろう、オーリス!」
「えぇ。ただ」
「何だ!」
「……彼らにも事情があるようです。そして我々はその全てを理解していなかった」
少なくともこれに関しては……正直父に見せるのは迷いもある。
だが混迷した状況を正す、導(しるべ)になるかもしれない。
右手で抱えていたタブレットを取り出し、記録された戦闘映像を――その中で映る騎士を見せる。
空中でユニゾンをして、炎を操り、機動六課の副隊長相手に戦っていた。
その姿を見て、父は瞳を見開き、震わせる。
そうだ、忘れようもない……なぜなら父は、今も彼との写真を持っているのだから。
「何、だと……!」
「例のアギトという融合騎とともに、どさくさに紛れて強襲。それに気づいた機動六課のヴィータ副隊長が対応。
しかしユニゾンしていたため、二人は止めきれず墜落。ちょうど現場にい合わせた古き鉄が止めました」
「どういう、事だ」
「召喚師によって逃亡されてしまいましたが……ただ古き鉄と交戦したとき、彼はガジェット及び量産型オーギュストと共謀。
AMFによる完全キャンセル状態を意図的に作り上げ、古き鉄を殺そうとしました。……父さん」
「なぜ、お前が……お前が生きている! ゼスト!」
そう、彼はゼスト・グランガイツ――父が正しさを貫く上で、切り捨ててしまった盟友。
しかしその犠牲は無駄ではない、
その仲間達もスカリエッティの力によって、人造魔導師の研究素体として大きく役立ってくれる。
それがミッド地上の、引いては陸の未来を守ってくれる礎となる。
父はそう信じていたし、私もそれを受け入れた。
父は痛みを乗り越え、それでも地上の平和と安全を守ろうとした。
その姿こそ局員の、正義のあるべき姿だと信じた。
だが父は揺らいでいた。いや、私も揺らいでいた。
なぜ生きている……死んで、私達の礎となった人が、なぜと。
「ぐ……!」
そして父は急に苦しみだし、右手で胸元を掴(つか)み蹲(うずくま)る。
……その様子に慌てて、両肩を掴(つか)んで揺らす。
「中将……父さん、しっかりしてください! 父さん!」
「なぜ、だ……お前は、あのとき……なぜ」
慌てて父のデスクから、常備していた薬を取り出す。
その間も父は混乱し、迷っていた。
なぜこんなところへ、きてしまったのだろう。
私達は……正義を貫くはずだったのに。
音が聴こえる……私達を断罪する、ギロチンの音。
私達も結局、機動六課と変わらないということか。
致し方ない犠牲を受け止め、それでも人々のため尽力してきた。
それでもなお……神がいるとすれば、相当に底意地が悪いようだ。
……私には、そうとしか思えない。
父はそんなに間違っていたの?
私達はそんなに……方法などなかったのに。
何度も声を上げた。
何度も分かり合おうと、手を取り合おうと叫んだ。
その全てを振り払ったのは本局(彼ら)ではないか。
リンディ提督のような、我が身しか守ろうとしない卑きょう者どもが。
……なのに、私達が悪だと言うのか。
『とある魔導師と機動六課の日常』 EPISODE ZERO
とある魔導師と古き鉄の戦い Ver2016
act.21 『贖罪(フェブルオー)』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
前回のあらすじ……やっぱりリンディさんは真っ黒だった。
「じゃあはやて……提督は六課のデータを、本当に」
「うん……マリエル技官にも解析を頼んだけど、送り先も不明で」
「なら俺とやっさんに任せてくれよ。即行で調べ上げる」
「アカンって言うてるでしょ! 命令したはずですよ、もう捜査には関わるなと!」
「だが現状、六課も動きを取りづらいはずだが」
六課へのデータ引き出し、フェイトやシャッハさんへの『洗脳』と思(おぼ)しき行為。
その六課も、現在大ピンチだって言うのに……隊舎が潰れ、保護児童であるヴィヴィオも攫(さら)われた。
負傷者多数で、まともに動けるのは前線メンバーだけ。つまり、部隊としての体を成していない。
「……それは、何とかします。あなた方は情報提供だけしてくれれば」
「そうか、なら仕方ない……と言っても、出せる情報はあらかた出したんだが」
「あとはラプターのことだけか」
「ラプター? ヒロリス」
「教導隊とも協力体制にあるCW社とレジアス中将が、極秘裏に討議していた人型デバイスだよ」
CW社……ラプター……人型デバイス! そうか、それが!
「ただしユニゾンデバイスとは違い、量産性と戦闘力・活動限界点が極めて高いロボット」
「ロボット……そうまで念押しするということは、質量兵器に近いの!? それをCW社と一緒にってあり得ないわよ!」
「マジかい……!」
「二人とも、あり得るよ。……ゼスト・グランガイツと接触していた情報屋、いるよね。ソイツも出してたんだ……その名前」
「うちらが知らんかっただけで、相当有名な話ってことか。
ならレジアス中将が、アインへリアルの後に導入しようとしたのは」
「いや、それはない」
早計な僕達を軽く制し、サリさんは話を続ける。
「飽くまでもデバイス扱いで、行動制御を操作する人間に預けて運用。
そうして地上の戦力不足を解消するって計画……なんだが、現行技術ではそもそも実現不可能。
そのためコンセプトだけは残す形で、開発計画は一時凍結されている」
「あぁ、それで……でも一時凍結ってことは、技術面の問題さえクリアできれば」
「再始動される。中央本部のみならず、局全体の慢性的な戦力不足も解消可能だからな。
それが実現したなら、レジアス中将の権限は更に肥大化し、手が付けられなくなる」
「そういう意味でも、戦力確保になりふり構ってないのも明白だよ」
「でもスカリエッティは、そんな現状を放り出した。鍵は三つ……一つは管理局崩壊を招く切り札は何か」
右手を挙げ、人差し指から中指までを順に上げていく。
「二つ、本当の黒幕は誰か」
「会議のとき、あなたが言っていた通りね。レジアス中将の局員年数を考えれば、スカリエッティには別のスポンサーがいる。
だからリンディ提督もその後押しを……精神的に受け、暴走してしまっている。同調してしまったシャッハやフェイト隊長達も」
「更に言えばこの一件が、スカリエッティの独断か。
はたまたその本当の黒幕と合意した上か……そこにも絡みます」
≪そして三つ。同じタイミングで襲撃された隊舎……そこからなぜ、保護児童であるヴィヴィオさんを攫(さら)ったか≫
≪三つ目が一番解せねぇよなぁ。六課を行動不能状態に追い込む……ならまだ分かるが≫
「……ヴィヴィオは、聖王オリヴィエの遺伝情報を元としたクローンよ」
その答えは、カリムさんから飛んできた。
しかもはやても知らなかったらしく、目をパチクリさせる。
「カリム、何それ……どういうことよ! うちは何も!」
「私もついさっき、聖王教会から聞いたの。安否確認の連絡中に」
「ちょっとちょっと……聖王オリヴィエと言えば、古代ベルカの戦乱時代を終わらせた【ゆりかごの聖王】じゃないのさ!」
「それやと……そうか、ヘリの撃墜は聖王の鎧! シャマルが言うてたんです!
そういう自動発動型のレアスキルを持っていたって!」
「聖王オリヴィエは伝承によると、両腕を失い、義手を操作魔法で扱い戦い続けた、強くも優しい武技の王でもあったそうだ。
もしヴィヴィオちゃんが『鎧』を発動可能状態であれば、そこらの砲撃では傷一つつかないだろう」
「メルビナのフォースフィールドと同じ、絶対防御系か」
横馬の砲撃も問題なしとするなら、実質メルビナさんレベル。
AMFでも使わない限り、倒せないんじゃ。でもゆりかごの聖王となると、もしかすると。
「じゃあ何で、それを六課に預けっぱなし?」
「もしかするとだが、何らかの学習機能が働いていた可能性も……ほれ、人造魔導師関係の技術であるだろ。
側(そば)にいる魔導師の技能を、本人も気づかないうちに習得するってやつが」
「アレか……!」
「同時に敵の切り札も見えてきましたよ。カリムさん、それって……カリムさんが聞いたのはついさっき」
「えぇ」
「分かったのはいつですか」
「……三日前らしいの」
カリムさんが心底、情けないと言わんばかりに俯(うつむ)く……いや、頭を下げる。
「これも、さっき聞いた話よ。以前……私がこの仕事へ携わる前、聖骸布が持ちだされたそうなの」
≪……地球にもある、聖遺物の一種ですね。聖人(せいじん)の遺体を纏(まと)った布……その血が染みついた遺品≫
……え、ミッドなのに地球の話? 関係あるのよ、概要は今アルトが言った通りだから。
例えばキリスト。キリストが十字架に張り付けとなったとき、手首に打ち込まれた釘(くぎ)。
その死を確かめるため、突き立てられた槍。聖人(せいじん)の血を浴びたそれらもまた、聖遺物として保管されている。
しかもこれらは宗教的シンボルの意味もあり、巡礼などの旅行者を呼び、地域活性にも繋(つな)がる。
そのため見つかった現物には、相応の値段が付けられる場合も多いんだ。
聖王教会もそこは同じ。聖王オリヴィエにまつわる遺品は、ロストロギア関係も多い。
ただそれだけじゃなくて、宗教的シンボルとしても聖遺物は大事。
信仰対象にもなり得るし、積極的な調査・収集が行われている。もちろん危険度などは省みた上で。
「管理していた司祭により……でも、彼はその後死体で発見されたわ」
「聖骸布は」
「そのまま行方不明に終わっている」
「聖王のコピーが生まれているとしたら、それは聖王教会の失態。
同時にヴィヴィオちゃんは聖王の生まれ変わりとして、珍重される可能性も……カリム」
「ごめんなさい……私が、もっとしっかりと聞き出していれば!」
襲撃前に聖王のクローンだと知っていれば、対策もできた。
隊舎があそこまで壊されることも……カリムさんはそうして、後悔の涙を流し続ける。
でも、全てが遅かった。もう血は流れている……痛みも、恐怖も。
「カリム、泣いている暇はないよ。……アンタ、機動六課をこのままにしていいの?」
ヒロリスさんが面倒臭そうに頭をかくと、カリムさんの方が震える。
「……それは、任せてもらいます。部隊もすぐに立て直して、新しい拠点も用意して」
「おのれはアホか。そうして相手に手を読まれまくって、またみんなに負けろと?」
≪今日の襲撃だっておかしいでしょ。高町教導官達も、フォワードも、ギンガさんも……尽く動きを読まれた。
配置関係のデータ、間違いなく向こうに流れていましたよ≫
「そんなん分かっとる! でも……もうそんなことにはならん! ううん、うちがさせん!
恭文、協力して! オーギュストを倒したアンタなら、何かえぇ方法が」
「ない」
はやての妄言はきっちり否定。……いや、本当にないのよ。
僕は魔法なしでも戦えるよう、鍛えているから対処できただけ。
でもそれがなしだと無理。ゼスト・グランガイツとかを見れば分かるでしょ。
魔導師は、魔法なければ、ただの人――単独で勝つ方法は、ほぼないと言っていい。
「てーか言ったはずだよ、おのれらには協力できないと」
「そんなん言うてる場合か!? 今日の被害を見てよ! アンタの力が必要なんよ!
お願いやから……アンタのことも、部隊員のことも、誰にも利用させん! 絶対守るから!」
「死んでいった奴らを人質に、僕に譲歩を迫る……汚い奴に成り下がったねぇ、おのれ」
「恭文ぃ!」
「現に守れなかったでしょうが、今日」
なのでその矛盾をツツいてあげよう。……それだけではやては言葉を失い、顔を真っ青にするから。
「……はやて」
カリムさんが起き上がり、混乱するはやてを諫(いさ)める。
「恭文君、どうしても……駄目かしら」
「駄目です。アンタ達の太鼓持ちになるつもりはない。しかもリンディさんには、『敵方に情報を流した疑い』まである」
「一応、聞くわ。レジアス中将がやったとは」
「あり得ませんよ、そんなの」
……もう犯人、断定してるようなものだしね。
まず前提。情報を漏らしたのがレジアス中将ってのは……百パーセントない。
あくまでも『現状では』ってのがつくけどね。
「サリさんがさっき言った通り、ここまでするメリットがない。六課が狙いなら、六課だけを襲わせればいいでしょ。
そのための戦力は整っていたんだから。しかも……ここでおかしいことがある」
「六課の方には、量産型オーギュストが出なかった件ね」
「アイツらが十体もいれば、シャマルさんやザフィーラさんでも瞬殺。バックヤードは揃(そろ)って皆殺しにできるでしょ」
その結果は言うまでもない。
部隊員の大半を失った機動六課は、事実上の解散……活動停止となる。
レジアス中将がクロなら、ここで本局の捜査を許すはずがない。
現段階で証拠がない中、拘束もできずに小競り合いが続き……そうして時間切れだ。
奴らには最初からあったんだよ。爆撃なんてしなくても、皆殺しにできる手段が。
「また見過ごされたんですよ。殺せるのに殺さなかった……とりあえず、スカリエッティ側には間違いなくある。そうする理由が」
≪あと、本局と陸には大きな隔たりがあるだろ? それこそ別組織という勢いで。
……それで、どうやって六課の情報を入手したんだよ。配置だけならともかく、合流ルートまでは教えてねぇだろ≫
「……はやて」
「ない……! でも、だからってリンディさんなんか!? 他に誰か……黒幕が直接データを引き出した可能性かて!」
「じゃあ証明してよ、それを」
そう……だから間違いなくいる。六課内部、又は後見人にスパイがさ。
その場合、一番疑わしいのは。
≪……あなた、言ってる場合じゃありませんよ≫
「アルト?」
≪これを≫
そこでモニターが展開……慌てて携帯端末を取り出し、イヤホン装着。
更に音声は念話の回線に載せ、サリさん達に送る。
『――えぇ。嘱託魔導師蒼凪恭文は、重大な違法行為を犯しました。
完全キャンセル状態のAMF内で、魔法を使ったんですから』
『では』
『今すぐ指名手配とし、確保を。捕まえ次第私が直々に尋問します』
『分かりました。しかし、残念なことです……優秀な魔導師で、局のエースとなれる逸材なのに』
『だからこそ再教育が必要なんです。私達を、組織を、仲間を信じる、その尊さを思い出させないと』
”やっさん、これ”
”リンディさんの端末からかけられた、リアルタイム通信ですよ。
相手は……リンディさんが局入りを誘った、部隊の課長さん?”
一度会ったことがあるよ。提督のおかげで、私はこんなにも幸せですとか言い切る人。
ただ下心が見え見えだったので、僕は何も言わなかった。
男だものね、外見だけなら超絶美人だしね、仕方ないよね。
”おいおい、いつこんなもんを仕込んだんだよ”
”仕込めるときに”
もっと言うとリンディさんが通信越しに、盗み聞きをしていたときだよ。
堂々と登場してきた中、一度切った通信……それを掌握して、僕が再接続させたでしょ。
あのとき、個人と仕事用を問わず、あの人が使用している通信機器全てを掌握。
それで一か月放流して、データを集めていたってわけ。……当然でしょ。
裏切り者である可能性が高いんだから。なので放流結果も、後でチェックしましょー。
『そうそう……彼に悪影響を与えたと思われる、GPOとサリエル・エグザ、ヒロリス・クロスフォードにも尋問を。
特にGPOのメンバーは、全員局への協力義務があります。六課の臨時隊員として、働いてもらわないと』
”とばっちりじゃねぇか!”
”メルビナ達まで!? ちょっとちょっと、そんなの受けるわけが”
『分かりました! 他ならぬリンディ提督の頼みとあらば……私からも彼を説得しましょう!
提督の言う大人になることは、間違いなく幸せに繋(つな)がると! GPOなどに取られても、不幸になるだけだ!』
『ありがとう。あの子も、あなたのように大人となってくれれば……こんな愚かな道へ進まずに済んだのに』
”引き受けやがったし! どうなってんだよ、このおっちゃん!”
”下心全開なんですよ。リンディさんの胸ばっか見てました”
僕は気をつけよう……そう思いながら、三人揃(そろ)って立ち上がる。
「というわけではやて、僕達……そう、映画を見に行くから!」
「へ……いや、そんな場合とちゃうやろ! なぁ、お願いやから……アンタしか頼れる奴がおらんのよ!」
「そう、じゃあクソして寝ろ!」
「カリムもクソして寝ろ!」
「ヒロリス!? いや、ちょっと……待って。いきなり」
というわけで、転送魔法発動――即座に中央本部から脱出。
更にシルビィ達にも号令をかけ、早速逃亡生活スタート。
今ここで確保されたら、間違いなく黒幕と御対面……何をされるか分かったもんじゃない。
しかもこれが黒幕の意図通りなら、指名手配は間違いなくされる。ははははは、もう慣れっこだー。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
現在私ことジェイル・スカリエッティは、アジト奥で頭を抱えていた。
え、なぜかって? あははは、簡単だよ。
……うちの娘達がよりにもよって、管理局員半殺しで連れてきたからだよ!
あぁあぁ、やってくれたさ!
その上あの銀髪悪魔は置き土産とばかりに、中央本部の人間を五十人ほど虐殺してくれたしな!
私はあれほど『人は殺さないように・重症化するような怪我(けが)はさせないように・サンプル達の確保はできればで良し』と言ったのにな!
なのでクアットロにはしっかりとお仕置き中。
量産型オーギュストについても、私は全く聞いてなかったので……全処分しているところだ。
あぁもう、これでは計画が……娘達には、私のような道を歩ませたくないと言うのに!
「ドクター、やはり計画の本目的について、妹達に告げていないのがミスでは」
「あぁそうだな。それはもう痛感していることだ。だがウーノ……告げた場合どうなる?」
「強い反発が起こるかと。そしてドクターではそれを抑えられず、私達は内部崩壊です」
「そうだな。知ってた。よく知ってたさ」
これはクーデターだ。去年カラバで起きたのと同じように、我々はクーデターを起こそうとしている。
だが余りにと大仰にやり過ぎると、その後のことに差し支える。だから適度にと言っておいたのに。
「とにかくドクター、タイプゼロ・ファーストとトーレ、チンク、セッテ、ディエチの修復を」
「そうだな。タイプゼロ・ファーストは、もし真相を話したとして」
「信じるわけがないかと。彼女は局に洗脳されているも同然です」
「では……洗脳処置の準備を頼む。余り好きではないんだが」
私は世間一般で言われてるように、凶悪犯罪者でマッドサイエンティスト。
……それでも科学者としての誇りはある。
洗脳などの相手の意思を無視し、言うことを聞かせるのは趣味じゃない。
それはその個体が持つ個性――可能性そのものへの冒とくとも言える。
だからルーテシアや騎士ゼストにも融和政策だ。
……あぁ、矛盾しているさ。
だが胸の内の『無限の欲望』が、そうしろと叫ぶのだから仕方ない。
「セッテはともかくトーレは……予備フレームを使っても、ゆりかご浮上までに修復が間に合うか問題だな。それはチンクも」
「えぇ、はっきり言えばひん死の状態ですから。彼はためらいなく二人を殺そうとした」
「ディエチは」
「ダメージのみならず、誤射のショックがありますから……前線は難しいかもしれません。『ゆりかご』防衛に回したいと思います。
……優しい子です。精神調整という手もありますが、逆効果の可能性が大きいかと」
「噂(うわさ)通りの武闘派と言ったところか。そういう意味では、彼を雇ったことは正解だったが」
だが……すまん、私にはアレは御しきれない。
どうしたものかと内心困り果てている。何よりその、ちょっと怖い。
「ですがサンプルH-1は一体何をしたのでしょう」
「魔力結合を除外した上で、魔法効果を発動するよう調整してあるんだ。
それ自体は難しいことじゃないし、AMFの穴を突くすばらしい発想だよ」
「ドクターは本当に、彼が気に入られているようですね」
「ここまで好き勝手にやってくれる相手だ。認めるしかないだろう?」
いかんいかん。今は娘達の修復が先だ。
しかしトーレもこの調子だと前線には出せんな。
ラボで私の護衛に回ってもらうのが妥当だろうか。
ここなら地の利はこちらにあるし、やりようはあるはずだ。
「セッテですが、少し妙な反応が出ているようです」
「というと?」
「今回のミッションでサンプルH-1に後れを取ったことを、悔しいと思っています」
……私はその言葉が信じられず、ウーノへ振り返った。だがウーノ自身も困惑してるらしく、表情は変わらない。
「もちろんクアットロが主導で施した、感情を気薄にする処置は完璧です。ですがそれでも」
「セッテの中に、それでは拭い切れない感情が生まれたというのか」
「はい」
たった一度の邂逅(かいこう)で……これは面白い。
面白いぞ、サンプルH-1。よし、ではここも少し手を考えておこう。
私の欲望が、セッテの変化をもっと育て観察しろとささやいている。
つい楽しくなって、声をあげて笑った。
「クアットロとしては再度処置を行いたいと……まぁ、今は無理ですが」
「いや、そのままでいい。……一つ妙案を思いついた。セッテには感情のままに動いてもらおう」
「かしこまりました。ではそのように……それと最新情報です。
サンプルH-1・2・3が、指名手配を受けました」
「……スポンサーか」
「はい。発令はリンディ・ハラオウン提督ですが、謹慎中の身ですので。実質的な発令は彼らが。
どうやら今日の戦闘に伴いサンプルH-1達は、騎士ゼストの【フェブルオーコード】に気づいたようで。ドクターと我々に使用中」
ウーノの言葉には、苦笑を返すしかない。そこには確かな間違いがあるからね。
「いえ……使用されていたものを」
そう、既に鎖はちぎれている……知らぬは飼い主ばかりなりだ。
なのに飼い主に懐(なつ)く犬がいるのも、一応の計算済み。
「となれば、目的は騎士ゼストのデバイス。だがあれは、当事者が見て初めてという代物だが」
「それでも真実に近づきすぎた、そういうことでしょう。……それに伴い、サンプルH-1の各種資格もはく奪。
彼は正真正銘、世界の敵として追われることになりました。
……ドクター、それでもなお彼は、我々の対戦相手と言えますか」
「無論だ。きっと出てくるよ……どういう形であれ、我々と彼らを潰すために」
娘たち――そして私に関わる全ての存在よ。
私という悪を見て、私が暴き出す悪を見て、嫌悪してくれ。
そうして私達のようにはと、抗(あらが)ってくれ。それこそが私の望みだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
中央本部が潰れて、大混乱な状況で助かった……わけもなく。
「やっさん、こっちだ!」
現在僕とサリさん、ヒロさん、シャンテは夜の繁華街を必死に走っていた。
てーかシルビィ達にも連絡した途端、聖王教会と本局武装隊のセッションが突撃だよ!
「待て……逮捕状が出ているんだぞ! 投降しろ!」
「リンディ・ハラオウン提督直々の御命令だ! 大人しく従え!」
平然と言ってくれるねー。町の人々に誤解されないよう、情報を流布したいところだけど……今は我慢!
とにかく人波をかき分け、裏路地へ入り込み、十数人に及ぶ追跡隊を振り切る。
「くそ、中央本部が潰れたばかりだってのに、頑張ってるなぁ!」
「厳戒態勢でしたしね! 戦力が有り余ってるんでしょ!」
「それだけじゃない! 教会騎士の方、シスター・シャッハの部下だよ! この間の盗み聞きにも参加してた!」
「私とも顔見知りだよ! なのに……あ、やば」
≪真正面からも来るぞ、姉御!≫
「分かってる!」
そう言いながら僕達は、ラブホテルの裏目がけて揃(そろ)ってキック。
壁を蹴り破り、部屋の内部へ突入。即座にブレイクハウトで、壁を修復――。
「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
なおベッドの上でコミュニケーション中な男女がいるけど問題なし。サリさんが即座にシャンテの目を塞いだから。
「はいはいごめんよ! すぐ出ていくから、後は楽しんでねー!」
「……ヒロさん、この二人は不倫ですよ。ほら、指輪と持ち物の差が」
「お前も冷静に観察するな! ほら、行くぞ!」
「ねー、どうして隠すのー。見えないー」
「君にはまだ早い!」
そのままラブホテルの中を走り、再び大通りへ出た。
とりあえず……中央本部から離れる方向で!
人混みに紛れて、サーチャーもぎりぎり誤魔化(ごまか)しつつ、何とかしよう!
≪しかしやってくれましたねぇ。嘱託資格はく奪って≫
「リンディさん一人の権限じゃあできないね。てーか今は休職中だし」
「やっさんはまだいいだろ。俺達なんて懲戒免職だぞ……退職金がパーだぞ! 今の見込みなら四千万は!」
「その上二十万以上の年金も……やってくれるじゃないのさ! こうなったらもう」
年金、もらえるのはいつのことだろう。でも、僕達の意見は統一された。
全速力で走りながら、あの甘党と黒幕に対して、ただただ怒りを燃やす。
「「「もう……地獄に落とすしかない!」」」
≪その前に走ってください!≫
≪逃げろ……逃げろ逃げろ逃げろぉ!≫
金剛とアメイジアに言われるまでもなく、逃走継続――すると大通りを奴らの仲間が封鎖してきた。
なので左に走り、再び裏路地へ。残念ながらこの街のことなら、僕達は隅々まで知り尽くしている。
ルートはサリさんに任せ、携帯を取りだしピポパ……電話はすぐに繋(つな)がった。
「あ、もしもし……副会長!? 僕だよ僕! お願い助けて!」
『……おかけになった番号は、現在使われていないか』
「あのこと、事務長とベレッタにバラすぞ!」
『おい馬鹿やめろ! ていうか今度はなんだよ!』
「犯罪者扱いで指名手配された! サリさん達共々、職と資格も全部奪われた!」
『最悪じゃねぇか!』
「大丈夫! 犯人は分かってるから、ソイツらの違法性を証明すれば」
とか言っていると、正面から教会騎士のみなさんが登場。
術式詠唱――展開しつつ。
「動くな! 抵抗すればこのまま撃つ!」
「あ、手が滑ったー!」
「恭文!?」
催眠グレネードを投てき――。
馬鹿なことに足を止めた奴らは、僕が展開したAMF(完全キャンセル状態)に取り込まれ、魔法能力を一時喪失。
そのまま爆発するグレネードとガスに捕らわれながら、路地裏で眠りについた。
その様子を見ながら、バーの裏口に入って退避。そのままドタバタと店内を抜け。
「失礼しました!」
「ちょ、なんだアンタ達!」
「失礼したと言っている! あ、これチップね!」
チップもマスターに渡した上で退店。今度は右に走り、副会長と通信継続。
「とにかく現在位置は」
そうは言いますけど、前から本局武装隊の奴らが迫って……そこでヒロさんとシャンテが疾駆。
「「あ、足が滑ったー!」」
「ヒロー!」
「シャンテー!」
二人はそのまま跳び蹴り……もとい、足を滑らせ、一団のリーダー格を蹴り飛ばし、他の奴らもなぎ倒す。
仕方ないので僕とサリさんも腹を決め、追撃――。
「あ、腰が滑ったー!」
「あ、指が滑ったー!」
≪どんな滑り方だ、おい!≫
サリさんは腰が滑っての右フック、僕は指が滑っての手刀――。
さすがに町中で市民も入り乱れる中、P90をぶっ放すのも……ねぇ。
それで邪魔な奴らを排除し、先を急ぐ。
「悲しい事故って、多発するものですね」
「そうだね」
「やべ……つい乗っちまったが、後で叱られるだろ!」
「あたし、十歳にして牢獄(ろうごく)入り!? さすがに嫌だー!」
「「でぇじょうぶだ、全部リンディ提督のせいにすればいい」」
「「それだぁ!」」
そうだよそうだよ、リンディ・ハラオウン提督という悪の使いが僕達にはいた!
明日のミッドが曇り空なのも――。
人気アイドルが喫煙・飲酒問題で芸能界から干されたのも――。
全部リンディ提督のせいにすればいい! だってそれだけのことはやってるし!?
「というわけで副会長」
放置していた副会長に、改めてお願い。助けてもらうんだし、ちゃんと冷静にお願いしないと。
「シルビィ達共々……ほら、テイルズオブ僕達って感じで、オブってもらってさぁ」
『テイルズのオブってそういう意味だっけ!? つーか俺達も犯罪者じゃね!?』
「分かった、女! 女を紹介するから!」
『いらねぇよ馬鹿!』
「馬鹿な……サリさんと課長(トオル)は、これでいつでも釣れるのに!」
「おいこら待て!」
『どんだけ地位が低いんだよ、そのトオルって!』
「俺にも疑問を持てぇ!」
とにかくこれで、追撃部隊は一蹴……かと思ったら、後ろから追加のお仲間達が……今度は倍以上いる!
『てーか楽しそうだし、俺達必要ないんじゃ』
「もう楽しいよー! こんなに楽しいの、ヴェートルの一件以来!」
『だったらそういうことで! てーか俺達、今日の件でもう働き過ぎて』
「なら……例のかつお節で、またラーメンを作ってあげる!」
『よし、すぐに行く!』
そこで即答かぁ! でもそうだよね、みんな気に入ってくれたしね!
『隊長を見捨てられる俺だと思っているのか!』
「……副会長おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
『隊長おぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
「でも早くしてね!」
『そば屋の出前じゃないかんね!』
そして電話終了。よし、これで希望が見えた……頼れるものは友達だよ、ほんと!
心から安心して、港湾区に走りながらみんなにサムズアップ。
「というわけで、十分くらいで何とかなると思います!」
「ざっくりしすぎだろ! あとやっさん、話がある……逃げ延びたら、話がある!」
「おい馬鹿やめろ! それはフラグでしょうが!」
とか言っていると、魔力反応――周囲から人影が消え、空は幾何学色に包まれる。
そうして残るのは追撃部隊と僕達だけ……ち、結界か。
「ほらー! 結界とかきちゃったし! フラグだし! サリ!」
「「サリさん!」」
「俺のせいか!?」
「そこの四人! 今すぐ抵抗をやめ、速やかに」
空から強襲して、デバイスを構え……砲撃を準備する馬鹿。
なので右足で地面を踏み締め、結界破壊。
幾何学色の空が、静寂が雑踏によって壊れる中、皆がフリーズ。
厳戒態勢の中でも、都市群の日常を止めることはできない。
しかしそれは、差し当たっての危険がすぐ近くにないから……とも言える。
本当は誰もが不安を抱いている。非日常への恐れを……それは、ちょっとしたことで起爆する。
そう……自分達に対して、砲撃魔法を撃とうとする【テロリスト】なら、起爆剤としては十分だった。
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
場は悲鳴と同時に混乱。すぐさま魔導師から離れようと、人々がUターン。津波のように襲ってくる。
「砲撃……局の魔導師が、攻撃してきたぞ!」
「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「お……落ち着いてください! 冷静に! 我々は本局武装隊のものです! 犯罪者を追って……!」
「道を空けてください! 空けて……空けろぉ! 貴様ら、分かっているのか!
我々は本局の英雄、リンディ・ハラオウン提督の命令で動いているんだぞ!」
予想通りに混乱する状況の中、サリさん達と手を取り合い転送魔法発動。
連続的転送で奴らを振り払い、更にパニック状態の大通りから何とか抜け出す。
「これでリンディさんの名前は、更に落ちていく……スケープゴートとしては十分だ」
「アンタは鬼か!」
更に分身を生成――ただし、その姿は某ゼスト・グランガイツ。
それを八人ほど人混みに紛れさせ。
「リンディ提督だと! GPOと古き鉄から手柄を奪った、最低な尻軽じゃないかぁ!」
「尻軽提督に、一体何をされたら砲撃なんて撃ってくるんだ!」
「きっといい思いをさせられたんだぜ! 外見だけならむせるような美人だからな! あの尻軽提督!」
「おい……なんだぁ今のはぁ! 誰だぁ! どこの誰だぁ!」
「リンディ提督を侮辱する者は許さん! 貴様ら全員逮捕だぁぁぁぁぁぁぁ!」
おぉおぉ……声は本人と似つかぬもの(永井一郎さんボイス)なのに、老若男女問わず疑いをかけてきたよ。
なのでゼスト・グランガイツが飛び出し、僕達とは反対方向に引きつけておく。
「こっちだ……尻軽の体に引きつけられ、正義を見失った愚か者どもが!」
「いたぞ……絶対に逃がすな! 捕まえろぉ!」
そうして分身相手に、結界を発動する馬鹿ども。
その間に僕達、一気に離れているというのに。
「馬鹿な奴ら」
「そして分身の使い方がヒドい……!」
「シャンテちゃん、残念ながら……これがやっさんだ」
「ヒロさんがヒドい!」
しかしリンディさんが散々な状態で、まだシンパがいるってのも驚きだよ。
……まぁ、それゆえに利用もしやすいんだろうけどさ。リンディさんの美貌目当てで媚(こ)びへつらう奴も多いし。
「それよりやっさん、ここは」
「大丈夫、副会長なら」
あの大通りから八百メートルほど離れ、更に再開発区域の手前。
僕の性格も理解しているし、状況を察しているなら……そこで走ってくる一台のオープンカー。
それは僕達の前で停車し、乗っていた奴は右指と人差し指を軽く動かし挨拶。
「隊長、姉御達も早く!」
「ほらね!」
「「「一生ついて行きます!」」」
「ま……待てぇ!」
しつこく追撃してきた奴らは、ぼろぼろの状態で出現。
オープンカーの背後、二百メートルほどの位置から走り込んできた。
なのでサリさんは助手席に、僕とヒロさん達は後部座席に飛び乗り、副会長はアクセルを踏んで加速。
放たれてくる【殺傷設定】の魔力弾をすり抜け、再度展開される結界も僕が破壊。
「ちょっとちょっと……アイツら、平然と殺傷設定でぶっ放してきたよ!」
≪Slug Form≫
そう言いながら、ヒロさんがアメイジアをセットアップ――。
右手の中に生まれたのは、大型のリボルバー銃。
形状は銀色で、装弾数は六発。
銃底には、紫色の丸い宝石が埋め込まれている。
これがアメイジアの遠距離攻撃用モード【スラッグフォルム】。
僕もP90を取り出し、後ろの奴らに銃口を向ける。
そう……砲撃などを撃とうとする奴らに。
≪なら、加減はいりませんね≫
≪半径五百メートルに民間人なし……やっちまえ、姉御! ボーイ!≫
そして銃声が響く――。
アメイジアから乱射された白色の魔力弾十八発が。
僕がまき散らした、5.7x28mm弾数十発が。
構築された砲撃スフィアを、放射前に尽く撃墜・爆発。
奴らはそれに煽(あお)られ、揃(そろ)って派手に吹き飛んでいく。
なお部隊の人間には一発も当てていない。全て魔力スフィアを狙った弾丸。
……僕はね! ヒロさんは非殺傷設定だから、顔面とかに当ててたけど!
そうして生まれた爆炎を、奴らごと置き去りにした。
が、今後は眼前に十八人の魔導師出現。それにはサリさんが対処。
僕達と同じように、魔力スフィアを狙った精密射撃――。
合計十八発のそれらを次々撃ち抜き、誘爆させる。
「やっさん!」
合図とともにブレイクハウト発動。車の足下に物質変換を施し、簡易的なカタパルトを作る。
副会長はアクセル全開……最大速度でカタパルトを走り抜け、大きく跳躍。
吹き飛ぶ邪魔者達、その頭上を跳び越えながら、再度術式発動――。
そのまま安全確実に着地する。
そうして合計六十四名の馬鹿どもとは、ようやくさようなら。
大丈夫、運が良ければ生きている……それに安どしつつ、副会長にお礼。
「ありがと、副会長!」
「シルビィ姉さん達も、こっちで確保してる。安心してくれ」
「そっかー。誰も欠けてないんだね」
「バッチリだ。……でも、長くは持たないぞ。向こうも無茶苦茶(むちゃくちゃ)しているしよぉ」
≪つーかこんなところで殺傷設定解除だと……姉御≫
「それについても」
そこで取り出すのは、局の共用ストレージデバイス。ミッド式の魔導師が使う、ロッドタイプのものだ。
はい、跳び越えるとき、奴らのものを強奪しました。それも……十本ほど。
更に分身も生成したので、残りのものも全て回収しておく。……シャンテにまたお礼をしないと!
「これで分かるかもしれません」
「瞬間転送で奪ったのか。抜け目ないねぇ。……そういやアルトアイゼンの件は」
「GPOと協力して開発した、【第五世代デバイス】の試験システムを搭載した。
更にパーペチュアルの術式も勉強した……という話にしていますけど」
「そっちもGPO上層部が説明してる。何せ去年の件に続いてこれだから、もう激怒だよ」
「マクガーレン長官のお父さん、過激だからなぁ。とすると……やっさん」
サリさんがこっちに振り返ってきた。なのでその鍵と思われる、もう一つのデバイスも取り出す。
……ゼスト・グランガイツの、デバイスを。これらを洗えば、何か分かる……あの魔法術式も鍵なんだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
車は再開発区域――その埠頭の一角で停車。
僕も手伝いつつ、一旦車の模様替えです。
ナンバーを変えて、カラーリングもブレイクハウトで変更してっと。
しかし夜景が奇麗だねぇ。事件があっても、人の営みは止まることなく……か。
「いやー、隊長がいると便利だなぁ。塗装ブースの手間がいらないんだから」
「主義ではないけどね。それで副会長」
「データについては、やっぱ怪しいところはない。だが」
そこで運転席の副会長が、空間モニターを展開。
表示される大量の【術式】は、回収したデバイス達に入っていたものだった。
「似たようなもんが、回収したデバイスにも入ってた。こっちは初級の浮遊魔法。
分身達の分も同じだってよ。事務長から連絡がきた」
「それ自体は不思議じゃないね。陸戦魔導師でも習うものだし」
いわゆる飛行系の魔法は、空戦魔導師だけのものじゃない。
高所からの着地衝撃緩和などに活用する、浮遊魔法程度なら初期に習うらしい。
そういうのも魔導師の生存力を高めるものなんだけど。
「問題は容量だよ。一つあれば済むものを、幾つも、幾つも……だぞ?」
「だね」
今言ったように初級レベルだから、そこまで難しいプログラムでもない。
幾ら共用のストレージだからって、こんなめいっぱい仕込む理由がない。
「ゼスト・グランガイツと同じ状況が、本局の武装隊……しかもリンディ提督の指示で動いた部隊にあるわけか」
「でも聖王教会組のデバイスにはない」
そう言ってシャンテが見るのは、ヒロさんとサリさんが回収していたアームドデバイス数機。
こっちも調べたんだけど、やっぱり……あ、デバイスのGPSは切ってあるので、バレる心配はありません。
「恭文、リンディ提督の方は」
「こっちも盛り上がってきてるよー」
ボディカラーも黄色にしたので、スイッチオン……音声をオープンチャンネルで、みんなに聞いてもらう。
『――よくやってくれた、リンディ提督。後のことは心配せず、彼らの確保に全力を尽くしてくれ。
彼らは君の努力を踏みにじり、機動六課を貶(おとし)める害虫だ。今野放しにはできない』
『我らの手で再教育を施し、君が望む通りにしてやろう。GPOがごちゃごちゃと理屈を抜かしているが、心配ない。
奴らの主張は管理局の仕事だ。それを奪った以上、今度こそあの異常者どもも解体に追い込める』
『はい……感謝しています。そうすればあの子も、きっと目を覚ましてくれることでしょう。
GPOを居場所になどしてはいけない。自分の居場所は管理局であり、私達家族の側(そば)……それ以外にはあり得ないと』
はいはい、そういうのはいいから……ソイツらが誰かってところを、とっとと晒(さら)そうか。
僕は分かっているんだけど、サリさん達はいても立ってもいられない状態だから。
『ですが、最高評議会であるあなた達が、なぜここまで』
「最高……!」
「評議会、だと。マジか」
『必要なことだからだよ。瞬間詠唱・処理能力も、魔法に頼らない戦闘技能も、この世界には必要ない。
それは人を不幸にするだけの存在だ。そんなものに捕らわれているのならば、解放し、道を正すのが局の勤め』
≪あなた、この言いぐさ≫
「……間違いない」
ゼスト・グランガイツの言いぐさそのものだ。
『これからもそのことを忘れず、任務に励んでほしい。闇の書事件のようにな』
『あの異常者どもと同じく、落ちてしまわぬよう……若き彼女達も導いてあげてくれ。
……すぐに後見人へ復帰できるよう、手を回す。ここからが正念場だぞ』
『スカリエッティ、そしてレジアス中将という裏切り者を駆逐するのだ。
もちろん危険な任務となるゆえ……生死は問わん』
『待ってください、それでは局の理念が』
『まぁ聞け。……現に今日、108の部隊員が行方不明になったのだろう? 死者も相当数。
大丈夫……全ての責任は我らが取ろう。彼女達には未来があるのだから』
『……心からの御配慮、ありがとうございます。あの子達が全力を尽くせるよう、私も死力を尽くします』
そうして通信終了……完全に黒だ。
スカリエッティとレジアス中将を殺して構わないと、後押しまでしてきたよ。
「最高評議会が直接かよ……隊長」
「あいにく知り合いじゃないよ」
となれば……そこで電話がかかってきたので、すぐに出る。
『蒼凪』
「何、風見鶏」
そう、電話相手は風見鶏だった。再ペイント済みの車体に腰掛けながら、応対開始。
『ゼスト・グランガイツのデバイスを確保したそうだな。察するにお前達を追ってきた奴らのデバイスも』
「情報が早いねー」
『それには何らかの魔法術式が登録されていただろ。それも必要量を超えるレベルで』
「……本当に情報が早いね」
通話モードを切り替え、みんなにも音声が聞こえるようにする。
「何か知ってるの? その謎について」
『フェブルオーコード――暗示及び思考操作の一種らしい。
被害者達の目には、れっきとした情報が映っていたはずだ』
「でも僕達第三者から見ると、ただの術式と」
『プログラム自体が、そもそも一つの【理論】を構築するものだ。
そこに魔法以外の付加価値を見いだすよう、何らかの調整を受けたとしたら』
≪しかもそれなら、解読などの心配はない……精神操作系の能力・技術の使用と開発は、重罪なんですけどねぇ≫
それを平然と局内部で行い、シンパ化しているわけだ。何、親和力? 怖いからやめてほしいよ。
「解除方法は」
『今のところ不明だ。ただ偉く手間がかかる方法だし、その試行には複数の条件が考えられる。
無目的にかけられている心配はない……が、スカリエッティのスポンサー達も長い間暗躍しているはずだ。被害者は相当数いると見ていい』
「スポンサーは最高評議会?」
『……よく分かったな』
「ついさっき、リンディさんが楽しげに話してたよ」
『盗聴は証拠にならないぞ?』
「取っかかりが掴(つか)めればいい」
お手上げポーズで言い切ると、電話口の向こうから苦笑……小さく声を漏らしてきた。
「風見鶏、サリエル・エグザだ。その術式、本人に見せても」
『意味がなかった。どうも他者に見られたら、暗示の内容が変更されるようだ。
……そして自分がそのために、無駄なことを積み重ねていると知れば』
「精神崩壊もあり得るわけか。で、お前さんはどこで知った」
『俺達を襲ってきた、奴らの暗部……そのデバイスを鹵獲した際、全く同じだったよ。こちらは初級用の短距離砲撃魔法式だった』
「おいおい、風見鶏と死神の鎌にまで手を出してるのかよ!」
『出してくれたさ。……こちらも調べている最中なので、情報は共有し合おう。
奴らめ、アイシアに手を出そうとしたんでな……これ以上ないくらいに喧嘩(けんか)を売られた』
うわぁ、背筋がゾクッとしたよ。サリさんも同じくらしく、生唾を飲み込んだ。
通話越しでも分かる。風見鶏が切れてる……アイシアさんだものね、仕方ないね!
『存分に買わせてもらう』
「……だな」
そこで通信は終了。携帯を懐に仕舞(しま)うと、副会長が呆(あき)れ気味にこちらをのぞき込んでくる。
「隊長、アイシアって」
「風見鶏のいい人」
「女性店員にも目を合わせられないとか」
「そんな風見鶏をぐいぐい引っ張ってくれるの。こう、綱引きのように粘り強く……腰を落として、ぐいぐいっと!」
「左様で。……とにかく暗部に属する奴らは、フェブルオーコード……だったっけ?
それで精神から掌握されていると。だとするとスカリエッティは」
「天才科学者だしね。それを自力で解除した可能性もある。つまり解除手段を見つけるなら、奴を捕まえるのが手っ取り早い」
まぁ見込み発射だけどねー。ただそういう『手綱』があるとしたら、最高評議会がここまで動かなかった理由も分かる。
いや、もしかすると……スカリエッティの反逆が正真正銘だとしたら。
「……サリさん」
「スカリエッティの犯行声明だな。落ち着いたら調べてみるぞ」
「えぇ。それと最高評議会なんですけど、ちょくちょくリンディさんと接触していたみたいです」
夏の間に溜(た)まっていた通信記録、その履歴をチェックしながら舌を巻く。
こうして妄想は確信となり、伝染していくわけか。……ルールXに近いものは、ミッドにもあったわけだ。
「サリさん、このIPは」
「……間違いない。六課のデータが送られた先だ。恐らくは俺らのデータも」
「でもさ、それだと提督が中央本部襲撃の遠因って線は切れるんじゃ」
「いや」
サリさんはIPを確認しながら、静かに首振り。
「奴らの近くに、スパイがいるかもしれないぞ」
「スパイ……スカリエッティ側か!」
「そもそもこれが反逆なら、その対象は誰だ。スポンサーである最高評議会だろ」
「だから管理局そのものを、最高評議会が構築したシステムそのものを否定するって、デカい話になってるわけだ」
「だが奴らにとって、スカリエッティはもう用済み。だからその火消しを六課にやらせるんだ。
……スカリエッティと中将に私怨を持つ、そんなメンバーばかりが揃(そろ)った部隊に」
それが機動六課……正真正銘の猟犬だったわけだ。
もちろん躾(しつけ)には手を抜かない。そのためのリンディさんなわけで。
「少なくともリンディさんは疑わない。二年前の会議で、中将に散々こき下ろされたから」
「でも隊長、穴だらけっすよ。スカリエッティやレジアス中将が、最高評議会の件をゲロったら」
副会長はそう言いかけ、右手で顔をパンと叩(たた)く。
「だから『生死問わず』かぁ。そうだよそうだよ……現時点で、レジアス中将がクロだって証拠はない」
「たとえ殺さなかったとしても……一体、誰が信じるの? ここまでの被害を出した、犯罪者の言い訳をさ。
そしてこの命令は恐らく通る。実際スカリエッティの危険度はかなりのものだし、あくまでも自己防衛の必要があるなら」
≪もちろんリンディさんの影響力もあります。しかし信じすぎじゃありませんか、あの人≫
「その答えも、きっと『これ』なんだろうね」
そう言って、ゼスト・グランガイツのデバイスを軽く放り投げる。
待機状態は指輪らしく、落ちてきたそれを素早くキャッチ。そのまま懐に仕舞(しま)った。
「とにかく反逆であるならば、奴らの行動に目を光らせない理由がない。でも誰が」
「一つ、思い当たるフシがある。やっさん、悪いが最高評議会の方は、俺に任せてくれないか」
「はい? いやいや、それなら僕がぱぱーっと」
「約束した女が待っている……かもしれない」
≪主、まさか≫
「そうなったら面白いだろ」
女……そう言われては、僕とヒロさんは納得するしかない。
潮風に吹かれながら、ついお手上げポーズ。
「仕方ないですねぇ。譲りますよ、一門代表として」
「悪いな。となると、あとはアジトとレジアス中将か。
中将にはゼスト・グランガイツもセットでくるだろうが」
「まともじゃないとすると、接触は止めなきゃいけないね。会った途端にぶすりという可能性もある。
……まぁアジトについては心配ないよ。向こうさんの狙いが火消しなら、すぐに情報が流れてくる」
≪なら、俺と姉御はそっちだな。中にはメガーヌの姉ちゃんがいるかもしれねぇ≫
「つーわけでやっさん、アンタは余り物だ。……直接突きつけてきなよ、あのおっちゃんの罪を」
「……はい」
また潮風が吹く。それに心地よさを感じながらも、車体左側から後部座席へと乗り込んだ。
「とにかく、俺達の目的は一つだ」
「コイツらの不正を明らかにすれば、退職金も戻ってくるってね」
それは道理だった。
最高評議会は、僕達が悪だと定めた。
でもそれが逆で、奴ら自身が悪だとすれば?
その真実に近づいたからこそ、僕達が追われているとすれば?
ようは……コイツらの思い通りにさせるなってことだよ。
既に、奴らの喉元には食らいついている。ならこのまま噛(か)みちぎるだけだ。
「盛り上がってるねー。でも……まともじゃないよ」
シャンテは右手でなびく髪を押さえながら、僕達を見て苦笑。
「相手は管理局を創設した、生きた偉人。それと……管理局の権力とまともにやり合おうだなんて」
「クセになる面白さなんだよ、権力に歯向かうのは」
≪私達、すっかりこの『遊び』の虜(とりこ)ですから≫
「出たよ、隊長達の悪いクセ。……でもまぁ」
副会長は鼻を鳴らし、エンジン再始動。
「面白いのには同意だ。チビシスター、覚悟しとけよ……一生クセになるからよ」
「もうなりかけだよ」
そのまま車を飛ばし、潮風を切り裂きながら走り出す。
「それでとっとと片付けようか」
「あぁ」
「そうして僕達は」
実はさっき、どうにもギンガさんのことが重くて……気晴らしにネットやって、知ったことがある。
そしてこの一件を何が何でも、平和に終わらせる理由ができた。だから声を大きくあげた。
「「「さらば電王! 絶対見に行くんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
その声が通路を、車体を揺らしたのは言うまでもない。
結果車は急ブレーキを踏み、副会長とシャンテが信じられない様子でこちらを見る。
「「何それ!」」
「おのれら、知らないの!? 電王の映画、三作目やるんだって! タイトルは『さらば・仮面ライダー電王』!」
「しかも十月四日だから、もう公開まで一か月切っちゃってるのよー! もうこれは絶対見に行くしかない!」
「だが考えてみろ……もしスカリエッティ達の馬鹿で、次元世界が潰れたら!? 映画を見に行けないだろ!」
≪だからスカリエッティも、こんな事件も、全てたたき潰す! 全ては電王最後のクライマックスのため! ……というのが姉御達の見解だ≫
「そう! 次元世界の平和に管理局のあれこれ!? 知ったこっちゃあないし!
僕達が命賭けて戦う十分な理由がもうできた! だから……ここからはクライマックスだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
――向かうのは鬼畜法人撃滅鉄の会が管理するホテル・バスター。
そこにシルビィ達もいる……あと、明日の朝一番で、ちょっと無茶(むちゃ)をしよう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
どうやら、命は拾えたみたい。目が覚めると病院のベッド……状況を聞かされ、一応は安堵(あんど)。
そのすぐ後、負けた悔しさがこみ上げてくるけど。結局情けなく生き残ったのだと……そんなことも考えて。
ただ早朝五時――突然黒のノーネクタイスーツで、サングラスをかけた子がやってきて。
≪ふたば軒の株、がくっと下がってますね。どこもかしこもですけど≫
「昨日の影響か……マルヤマさん、大丈夫かなぁ」
≪ヒロさん達の後輩ですよね。車両開発部の……あぁ、そう言えば株で財テクしてるって≫
「自分達の心配をしましょうよ! ……つぅ」
あぁ、叫んだら……叫んだら体に痛みが!
とりあえず落ち着いて、隣のベッドを見やる。
そこに座っているのは、かっこよく決めている恭文くんだった。でも堂々としすぎ!
「というか、聞いたわよ。指名手配状態だって……どうやって入り込んだのよ」
「この格好だと誰も気づかないんですよ。サーチャーでも別人と反応が出て」
「そんな馬鹿な!」
「それにまぁ、他ならぬシャマルさんのお見舞いですし」
……恭文くんはズルいと思う。
私のことをキープというか……こういうところで、ドキッとさせるんだから。
「だから言ったでしょ? フラグは踏むなって。フェイトは駄目だって」
「そっちぃ!?」
「あと、指名手配の件ならご心配なく。黒幕の圧力だってバッチリ判明しましたし」
「ほんとに!? なら、それも聞きたいところだけど」
「聞いてもらいます。医療関係者の力も必要なので」
それは気になるところだけど……とりあえず、恭文くんに手招き。
恭文くんはサングラスを外しながら近づき、ベッドの縁に腰掛けてくれた。
なのでそのまま、入院着で薄めの衣服だけど、気にせずに抱擁。
恭文くんが一杯触ってくれた胸も……腰も、全部押しつけて甘えてしまう。
「シャマルさん」
「お願い……少しだけでいいから、こうさせて」
「……駄目です」
やっぱり私は、この温(ぬく)もりが愛(いと)おしい。
生きていてよかったと思うし、絶対に離れられないとも思う。
「少しだけなんて、嫌です。……やっぱりだ」
「恭文くん?」
「シャマルさんとこうするの、とても普通で……素肌に触れるのも、裸を見せ合うのも普通で。
だから、自然と受け入れちゃって……シャマルさん、僕ももっとこうしたいです。いいですか?」
「……えぇ。どこに触れてもいいし、見てもいいから」
そのまま優しく……背中を撫(な)でる太陽の手。それを受け入れながら、私も恭文くんを強く求める。
……きっと、私のことを心配してくれた。私も臆病なのに。
恭文くんに不安なことを打ち明けられないで、中途半端なままなのに。
それすら謝れない私は、本当に弱虫で……そうして甘えてしまう。体全部を使って、あの子の優しさに。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
中央本部襲撃……その被害もさることながら、手際のよさが引っかかった。
まるで施設内部を知り尽くしたかのように動き、破壊し、殺していったんだから。
てーか……こっちが捕まえた犯人を逃がしたぁ!? あの暴力シスター、何考えてるのよ!
しかもリンディ提督にいたっては、なんか馬鹿な命令を下したそうだし!? これでクビにならないなら、マジでクソだわ!
イライラしながらもその翌日、今日も朝からお仕事。
……破壊された隊舎の現場検証を、近隣の部隊と行っていた。
スバルとエリオ、キャロは聖王医療院にお見舞い。
負傷したバックヤードスタッフは全員、そこに収容されているから。
しかし……ヒドいものだった。
エリオとキャロが救助活動を頑張ってくれたから、死者は出なかった。
鎮火も頑張ってくれたし、形だけは何とか残っている。
でもそれだけと言える。ここには苦い思い出もあるけど、やっぱり……半年以上暮らしていると、愛着もそれなりにあるわけで。
「すまなかった」
そこでシグナム副隊長が登場。まともに寝てないんだな……目の下にクマがついてる。
「シグナム副隊長」
「お前は柱として、頑張ってくれたというのに……また何もできなかった」
「そうですね。遅刻の言い訳もまだ聞いてませんし」
「あぁ」
「でもそれより」
破壊された隊舎、その外から中にいるあの人を思う。
「なのはさんの方を何とかしてください」
「察するに休みもせず、真面目に働き通しか」
「はい。攫(さら)われたヴィヴィオのことや、負傷した隊員のことを確認したら……あとは、いつも通りに」
いつも通りに……そう装っている。
それが怖い……感情をため込んで、ため込んで、爆発しそうで怖い。
あの人にとっては『娘』を攫(さら)われたんだ。その危険性は、シグナム副隊長にも伝わって。
「……重傷だった隊員達も、峠を越したそうだ」
「そうですか……よかった」
「お前もここはいいから」
シグナム副隊長は優しく端末を取り上げ、現在の情報を確認。でもそれもすぐに終える。
「みんなのところへ行ってやれ」
「……分かりました」
「頼むぞ」
「失礼します」
シグナム副隊長にはお辞儀し、そのまま隊舎の外へ……っと、その前になのはさんへ報告しておこう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
破壊の痕跡はヒドいものだった。中央本部とさほど変わらない。
キャロがヴォルテールを出してくれなかったら……本当に、どうなっていたか。
守れなかった。
偉そうなことを言いながら、私は何もできなかった。
血の一滴も流さず、みんなの悲鳴にも気づかず。
張り裂けそうな感情を必死に押し殺し、ただ作業的に仕事をこなす。
”なのはさん、ティアナです”
”あぁ……何”
”シグナム副隊長が現場を引き継いでくれました。これから病院に向かいます”
”そっか。フェイトちゃんも向かってるはずだから……あのこと、伝えてくれるかな”
”……分かりました”
ティアナも不満はあるだろうけど、特に噛(か)みつくこともなく念話は終了。
ううん、気を使わせてる……分かってるの。自分が普通の状態じゃないって。
いつもなら恭文君レベルで私をいじめてくるのに。意地悪して、弄んで、楽しんで……でも、私もそれは楽しくて。
ちょっとずつだけどお互い、素の自分を見せて……何だか、妹ができたみたいで。
今は一度やり合ったときみたいな、そんな距離感を作ってしまっている。それがとても申し訳ない。
それでも……それでもと必死に踏みとどまっていると、廊下に落ちているあるものを見つけた。
「あ……!」
それは、ヴィヴィオにプレゼントしたぬいぐるみ。
ぼろぼろに焼け、綿が零(こぼ)れ、薄汚れたそれはとても無残。
それを見て思う。ヴィヴィイオがこれを抱いていたとき、何を感じていたのかと。
ひび割れる――。
ひび割れる――。
必死に押し殺していたものが、その隙間からあふれ出す。
もう、無理なのに。
突きつけられたのに。
私はあの子のママになれない――なっちゃいけないって。
(act.22へ続く)
あとがき
恭文「というわけで、指名手配……敵は管理局! あははははは、またまた戦争だー!」
(蒼い古き鉄、とても楽しそうです)
恭文「そして風見鶏の登場シーンは、頂いた拍手を元にしております。拍手、いつもありがとうございます」
(ありがとうございます)
恭文「というわけでお相手は蒼凪恭文と」
あむ「日奈森あむです……恭文、発砲はOKなの!?」
恭文「手が滑ったんだから仕方ない」
あむ「んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
(想像以上にヤバい状況となって参りました)
恭文「まぁそんなことはともかく……あむ、タカさん(鷹山敏樹)が婚約したって」
あむ「タカさん……あ、港署の! めでたいじゃん!」
恭文「それが、何でも二十台後半の女性で」
あむ「え」
恭文「ロスに犯人を追いかけている途中、知り合ったそうなんだけど」
あむ「でも二十台後半……鷹山さんは」
恭文「五十六」
(注:このあとがき内では、Vivid編の時間軸となっています)
あむ「ほぼダブルスコア!?」
恭文「みたい……いやでも、よかったよ。今度会わせてくれるって言うし、お祝いを用意しないと」
あむ「そう言えばえっと、大下勇次さん? そっちは」
恭文「第三女神兼天使となった、ゆかなさんを追いかけている……つまりライバル!」
あむ「迷惑だからやめなさい!」
(この後待ち受けていたのは、現・魔法少女のお説教だった。
本日のED:セシリア・オルコット(CV:ゆかな)『Clear Blue World』)
あむ「でもアンタ、どうするの!? マジで犯罪者扱いじゃん!」
恭文「言ったでしょうが。奴らが『黒い』と、僕達の手で証明するのよ。
そうすれば指名手配についても圧力になる。あとは強気で押し通すだけ」
あむ「押し通すってまた強引な!」
恭文「問題ないでしょ。せっかくのパーティだもの」(そしてこの笑顔である)
あむ「あ……はい」
ラン「……これは、キレてるね」
ミキ「近年まれに見る笑顔……まぁ何とかするしかないか。未来も変わっちゃうしね」
ダイヤ「ところでフェブルオーって何かしら。サブタイトルにもなってるし」
あむ「あ、それはあたしも気になってた」
恭文「ラテン語で『浄化する。贖罪する』という意味だよ。そのコードとするなら……皮肉だよねぇ」
スゥ「……それで、悲しいですぅ。そんなことしたって、みんなの可能性が壊れるだけですぅ」
(おしまい)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!