小説
仔狐育成日記17
「やっべ、遅刻する!」

朝起きて目覚ましを見ると、飛び起きずにはいられない時間を示していた。
大慌てで洗面所へ駆け込み顔を洗い目を覚ます。


ばたばたと支度をしていると、ベッドから目をこすりながら元就が起きてきた。
というか、元就は一度目を覚ましているはずである。
日の出を拝むために暗いうちに起き出し、日の出を堪能して再びベッドにもぐりこんで二度寝をする。
そういえば今朝は目覚ましが鳴っただろうか。いや、そんな覚えはない。
もしや…と疑いの目で仔狐に視線を送る。大きな欠伸をしていた元就は、こちらの視線に気づいてきょとんと首をかしげた。
その様子を見てがっくりとうな垂れた。今は追及する時間もないし、したとしても元就の機嫌を損ねるだけで良いことは何もない。


気持ちを切り替えてキッチンへ走り、昨夜のあまりものを弁当箱に詰めていく。
自分の朝ごはんは抜けば良いし昼は適当に買えば良い。だが仔狐の食べるものだけは準備していかなくてはならない。
大急ぎで弁当を作り、朝ごはんはお茶漬けにさせてもらった。

「悪い元就!朝はこれで勘弁な」
微妙な顔でお茶漬けを眺めている元就の頭をよしよしと撫で、支度を再開する。
鞄に必要なものを詰めて玄関に座り込む。こういうときに限って靴が上手く履けないのだ。
苛々しながら足を靴に押し込め、鞄を持ち上げて扉に手をかける。
「待てもとちか!」
玄関を開けるより先に元就が駆け寄ってきた。



「かがめ」
足元でちょこんと立っている元就は、何故かふんぞり返って命じてきた。
悪いが今は急いでいて相手をしてやれない。
「元就、俺は急いでて…」
「わかっておる。だから早くかがむのだ」
元就が何をしたいのかわからないが、先に元就の気が済むようにしなければ出かけられない。
時間を気にしながら、大人しく元就と視線が合うように上半身を屈めた。


「気をつけて行け」


ちゅっ!



唇に柔らかい感触がして、すぐに離れていった。
何が起こったのかわからず…いや、わかっているが、頭の中でいろいろ処理しきれず、固まった。
今のは…今のは…。


「何をしておる、急いでいるのだろう。行くが良い」
用は済んだとばかりに元就は手を振って見送る体勢だ。
待て、待て!


「元就!」
「な、何だ!?」
「今、今お前何を…!」

焦るこちらに、元就は首をかしげた。

「人間はああやって出かける者を見送るのだろう?」
テレビで見たぞ、と続く言葉に一気に力が抜けて、その場に座り込んでしまった。

「もとちか、どうしたのだ? 行かぬのか?」

ああ、そうだな。時間がないんだった、遅刻してしまう。
頭の中ではそんなことがぐるぐる回っている。
だが、正直今はそれどころではない。そんなことよりも重要な問題が発生してしまったのだった。



その後、家を出ることも忘れて必死に元就と話をした。
だがどこをどう間違って覚えてしまったのか、元就は頑なに見送りの挨拶をするのだと言って聞かない。
結局、口ではなく頬にするということで決着がついた。というか諦めた。


元就はいったいどんなテレビを見たのだろうか……。





(H21.6.16〜7.15)


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