小説
君との出会いに
君との出会いに




駅前のケーキ屋はうちの仔狐のお気に入りだ。
何かの記念やバイト代が入る日、ちょっと良いことがあった日などはここでケーキを買って帰る。
嬉しそうにそれを食べる元就を見ると、良い気分が更に増すからだ。


だから今日もケーキを買った。
それも特別大サービス。普段は買わないホールケーキだ(小さいサイズだが)。


「帰ったぞー」
玄関を開けて帰宅を告げると、仔狐が待ちかねたようにとてとてと駆け寄ってきた。
「もとちか、腹が減ったぞ」
早う夕餉を作れと帰るなり催促してくる元就に苦笑いが浮かぶ。
だが足元に擦り寄ってくる姿が可愛いのでよしとする。この可愛い姿にいつも絆されてしまう。
台所に向かおうとすると、元就が何かに気付いたようで服の裾を引っ張った。
「もとちか、けーきか?」
鼻をひくひくさせて問いかけてきた。
目ざとい…ではないな、鼻ざといとでもいうか。気付かれた。
「よこせ、我が食す」
「はいはい。夕飯の後にな」
「今 食べるぞ。我が手に!」
「だーめ。夕飯の後」
台所までしつこく着いてきた仔狐をなんとか宥めながら夕食の準備に取り掛かる。



夕食が出来上がったのでテレビの前のテーブルに持っていくと、ケーキを食わせなかったので拗ねてしまった仔狐がソファで丸まっていた。
「ご飯だぞ」
「いらぬ!」
意地を張ってやがる。
「いらねえのか」
「いらぬ。もとちかの作ったものなど食わぬ!」
「へーえ。元就の好きなオムライスなのにな」
「う……い、いらぬぅ…」
ぴくぴくと尻尾と耳が揺れてるが、まだ意地を張るらしい。
「そうか。じゃあオムライスは俺が全部食うか。その後のケーキも全部俺が食うかな」
途端に毛玉が跳ね上がった。
「だめだ!おむらいすもけーきも我のだ!」
あっさりとこちらの挑発に乗った元就が、涙目で睨みつけている。それを顔を緩めて見ていると、元就もからかわれていたことに気付いたのか悔しそうに呻いた。
「もとちかは意地悪だ…」



しゅんと落ち込む元就も可愛い。そんな末期的なことを考えながら元就の頭を撫でてやる。
「ほら。冷める前に食おうぜ。デザートはケーキだ」
抱き上げてテーブルの前に座らせると、元就は目の前の誘惑に勝てずスプーンを手に取った。
あぐあぐと食べる元就を眺める。
「美味いか?」
「…もとちかの作るものは美味だ」
ちょっと悔しそうな、でも嬉しそうな声で答えが返ってくる。
「…ありがとな」
よしよしと頭を撫でると、嬉しそうに尻尾が揺れた。



テーブルの上を片付け、冷蔵庫に入れていたケーキを取り出し元就に披露した。
いつものように切られたケーキを想像していたであろう元就は、目の前に出されたホールケーキに釘付けになっている。
「いつもより大きいぞ」
「まあな。特別だ」
「特別?」
目を輝かせながら見上げてきた元就を、そっと抱き上げる。
「特別だ。今日はお前と出会った日だからな」
丁度一年前、この可愛い仔狐と出会い、そして一緒に暮らすようになった。
「我と、もとちかが…」
「そう。だからこれはその記念と感謝だ」
「感謝?」
「お前に会えたことと、こうして一緒にいられることへの感謝。ありがとな、元就」
「…………」
なかなか元就から反応が返ってこないので、どうしたのかと身体をちょっと離してみると、元就は泣きそうに顔をゆがめていた。
そしてぎゅうっとこちらにしがみ付いてきた。
「元就?」
「ぅ…き、貴様がひとりではかわいそうだから、一緒にいてやっているのだ。思う存分感謝せよ!」
言ってることは生意気なのに、声が震えて泣きそうになっているから可愛らしい。
「そうだな。ありがと」
「うぅ……わ、われも…かんしゃ、するぞ…」
小さく小さく元就が言った言葉も、ちゃんと聞こえた。



一年分の想いを込めて、感謝を。



しかしその夜、ホールケーキを全部食べようとした元就を止めて半分を次の日にまわしたので、結局また元就の機嫌は悪くなってしまった。
やっぱりホールで買うのはまずかったかと反省した。





END




実は11月7日がサイト開設日でした。
一周年を記念してフリーSSです。
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