小説
仔狐育成日記10
母親から電話がかかってきた。明後日までに戻って来いとの帰省の催促だった。
「あのさ、今年は帰らなくても良いか?」
帰るのを渋ると、途端に何言ってるのと一喝された。
普段は好きにさせてくれるのだが、盆と正月だけは絶対に家に帰れと言明されている。
親戚連中の集まってくる中、本家の長男がいないというのは面子に関わるらしい。
今までは面倒だと思いつつも、まあそれくらいは付き合うかと言われるままに帰省していたのだが、今年はそういうわけにもいかない。
居候中の仔狐がいるのだ。
連れて帰るわけにも一人で置いていくわけにもいかない。


なんとか帰らずにすまないかと話をしてみるが、母親は聞く耳持たず。
集まりの前には必ず帰れと言い渡されて電話が切られる。
ずっぽかしでもしたら後でどんな報復があるか、考えるのも怖い。
どうしたものかと頭を抱えて携帯電話を閉じる。



「ここがそなたの家ではないのか?」
テレビを見ているものだと思っていた仔狐がこちらを見つめていた。
「俺の家だよ。親の家を出て一人暮らししてるんだ」
「帰れというのは親の家にか?」
「ああ…まあな」
「…もう、ここには戻れぬのか?」
「は?」
どうやら仔狐はなにか勘違いをしているようだ。
帰れというのは盆の間だけ(というか親戚の集まりのある日だけ)帰って来いということで、戻って来いという意味ではない。
「いや、親戚の集まりがあるから、その日だけは来いってことだ」
「つまり一時的なものなのか」
「そうそう。けど今年は帰るつもりはないけどな」
「何故?」
「なぜって…」
お前がいるからだとは言えない。しかし元就は気付いたようで、耳を逆立てた。
「我はそなたに恩返しするためにおるのだぞ。そなたの行動を制限する気はない!」
「いや、つっても…」
「親の家とやらに帰るがよい。我はなんの問題もない」
「あのな、そういうわけにも」
「帰れ!我もしばらくここを出るっ!」
立ち上がり勢い良くそう言ったかと思うと、ベランダから颯爽と出て行ってしまった。
「おいっ!」
慌ててベランダから外を見るが、あの小さな姿はすでに見えない。
「おいおい」
またややこしい事態になったと頭を抱えるがときすでに遅し。


しばらく座り込んで頭を抱え込んでいたが、仕方ないと荷造りを始める。
ここで自分が残っていてもあの頑固な仔狐は帰ってこないだろう。



久々の親元に戻ると、やはり久しぶりの息子の帰宅が嬉しいのか母親はご機嫌だった。
親戚の集まりの日は会う人ごとにでかくなったと言われながら適当に挨拶をし、夜ともなれば宴会となった。
その翌日、もっとゆっくりすれば良いのにと言う母親に謝りつつ家を出た。
夕方、一人暮らしのアパートに戻ったが仔狐の姿はない。
あいついつまでいないつもりだろう。もしかしたらもうここには戻ってこないのかも、などと不安が沸き起こり、首を横に振って馬鹿な考えを打ち消す。
一人だけの空間はやたらと静かだった。
耐え切れずにテレビをつけ、床に座り込む。じっとテレビを見るが内容なんて全く入ってこない。
不安と苛立ちが消えない。
睨むようにテレビを見ていると、カラッと音がした。
仔狐がいつ帰ってきても良いように鍵を掛けていなかったベランダが開かれたのだ。


「もとちか」
小さな仔狐が身体を震わせて目元を潤ませている。
「お帰り」
こい、と手招きをすると、元就は駆け寄ってきて抱きついてきた。
「もとちかぁ」
ぎゅうぎゅうとすがり付いてくる元就を、こちらもしっかりと抱きしめる。
腕から伝わる温もりに心底ほっとしながら耳を撫でてやる。
「もとちか、おかえり」
「ああ。ただいま。元就もお帰り」
「…うむ」





(H20.8.13〜9.30)


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